Re:ゼロからやり直す異世界生活 作:リゼロマニア
「「おっと、失礼した。ぶつかってしまい申し訳ない」」
「は――?」
スバルの頭は混乱する。
自分は確か死んだはずだ。
腹をばっさり切り裂かれて、出血多量で死んだはず。
「よそ見をしていたんだ。本当にすまなかった」
なのに、こうして生きていて。不可解な現象を目にしている。
ぶつかって倒れるスバルに、差し伸べられた手を、差し伸べた人物の大空の様に澄んだ青い双眸をじっと見つめて、スバルは困惑したまま人物の名を言った。
「……ラインハルト。……」
「そうだよ、如何にも僕がラインハルトだ。初対面に名を知られてるとなると、僕自身に向けられた期待を否応なく自覚できて身が引き締められる思いだ」
「初対面……か」
差し伸べられた手と、いつの間にか路地裏でなく表通りに移動し、いつ間にか地面に転がって倒れている状況に、スバルは、ただ疑問を零すだけで精いっぱいだった。
※※※※ ※※※※
「大丈夫かいスバル?」
地面に伏したままのスバルを、ラインハルトは助け起こし、スバルのただならぬ様子に不安を覚えて近くの喫茶店まで介抱したのだ。
喫茶店で紅茶を一杯飲み、冷静に物事を把握しようとするスバルに、ラインハルトはそう声を掛ける。
「ああ悪い。ちょっと混乱しててな。もう平気だラインハルト」
「本当に俺とお前は初対面なんだな?」
「……少なくとも僕の認識ではそうだよ。それに、君とあったことがあるなら忘れるなんてことにならないと思う。容姿、人柄、それに強さ。どれをとっても君は非凡だ」
「さらっとディスられてる気がするけどスルーして。俺も同意見だ。となると、俺の白昼夢か?」
ともすると随分リアルな白昼夢だった気がする。
初対面なラインハルトを鮮明に描き、死のあの説明し難い感触も手に取るように思い出せる。
あのチンピラから拝借したナイフも、あとかたもなく消えていた。ともすると、白昼夢なのだろうか。
「ふむ。もしかすると、君の加護なのかもしれないね」
「加護?」
「世界が与える祝福みたいなものさ。ひとによって効果は様々だけど……こんなことも知らないとはスバルはよっぽど遠くから来たんだね」
「おうともさ。ともかく、加護か」
その加護とやらが、スバルに未来を見せたと言うのだろうか?
路地裏でのスバル無双――金髪ガールとの遭遇。それから、あの『死』も。
「それで、君が見た光景で他に何か気になることはないかい?」
「金髪の少女知ってっか? 初対面の男に変態なんてほざく失礼な奴なんだ。とにかく、逃げ足が速い!」
「悪いけど、寡聞にして知らないな。僕の力不足で申し訳ない」
「それじゃ、女の殺人鬼は知らないか? ものの見事に腹を掻っ捌ける腕を持つ殺人鬼」
最期に聞いた艶っぽい声は、間違いなく女性の物だった。
スバルの発言に、ラインハルトは顎に手を添え、物思いに沈む。
自分が見聞きした犯罪者の中で、該当するとしたら――。
「……性別までは知らないけど、王都で確認されている殺人鬼だとすれば『腸狩り』だと思うよ。でもどう
してそんなことを? それも、例の夢に関係ある事なのかな?」
「いいや、別。噂で聞いて、興味がわいただけ。単なる好奇心って奴だ」
「そうか。それなら良かった」
「変なこと聞いて悪かった」
本当は死んだことまでぶちまけたい。けど、スバルはそれをしなかった。
紅茶をぐっと飲み干すと、スバルは立ち上がる。
「時間取らせちまって悪いな、騎士って奴は忙しいんだろ?」
「いや、君と話せて楽しかったよ。こちらこそ、すまなかった。何度も言うけど、困ったことがあれば僕の名を呼んでくれ。直ぐに駆け付けるから」
「じゃあな」
スバルが女なら完全に惚れていただろう、殺し文句をスバルは手の平をひらひらと振ることで返答とした。
※※※※ ※※※※
「異世界召喚の特典は未来視って奴かよ、おい」
スバルは、はあーっと溜息を吐く。
「何をわからねえことをごちゃごちゃと、うるせえやつだな」
「おい、こいつ。自分の置かれた状況が分かってないんじゃないか?」
「なら、わからせてやろうぜ!」
表通りをぶらぶら、行く当てもなく観光していたら、突如として暴漢3人組に道を阻まれあれよこれよと路地裏に連れていかれたと思ったら、これだ。
3人組の顔に見覚えがある。言動までも、スバルの経験した光景とそっくり。
ここまで精度が高いとなると、ラインハルトの言っていた加護という線を疑ってしまう。
「俺がノしたら弱い者虐めになっちまうしな。いや、待てよ。てことはあの失礼なガキんちょも――」
スバルの、内に荒ぶる才能に身を任せたら弱い物虐めになってしまう。というより、夢(仮)の行動と違い、ラインハルトとお茶をしたというのに、またもや同じ暴漢に攫われてしまうとは暴漢三人組は暇なのだろうか。それとも、愛されているのか。
と、感慨深く三人組を、一人腕を組みうんうんと唸っていたスバルは、ひらめく。
「おい、マジで舐めてんのかよ?」
自分たちを前に、余裕な態度を崩さないスバルに業を煮やした男が唾を飛ばすが。
「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」
と、どこか場違いな声と一緒に、金髪の少女が割って入って来る。
それは、スバルを夢で変態と罵った少女と瓜二つ、というかそのものであり。
「ああーー! お前ええぇーー!」
スバルは少女を指差し叫んだ。
「――ッ。うお? なんだ兄ちゃん! 悪いけどまた今度な」
と言って、少女は風のように走り去る。だが、それを黙って見過ごすスバルではない。
「ちょっ、おいこら! 待て、そこのガキんちょ!」
走り去る少女を、慌てて追いかけようとするスバルであったが、スバルの行く手を暴漢三人組が通せんぼする。
「おい、お前らに構ってる暇はないんだ。どいてくれトンチンカン三人組!」
「そっちこそ何舐めたこと抜かしてんだ! ぶっ殺すぞ!」
スバルとしては穏便に説得を試みたつもりだったのだが、お気に召さなかったようだ。致し方ないが、ここは実力で押し通るしか。
めんどくさくなり、弱い者虐めも仕方なしと短絡的行動をしようとしていたスバルを、凛とした声が止めた。
「そこまでよ、悪党」
その声は雑踏の喧騒も、男たちの野卑な罵声も、スバル自身の呼吸も、なにもかもをねじ伏せて路地裏に響いた。
見た目が麗しい、年若く見える少女。
腰まで届く長い銀色の髪はひとつにまとめられ、理知的な瞳が射抜くようにスバルたちを見据えている。直接見つめられているわけではないのにスバルの心臓はどきどきと高鳴る一方だ。柔らかな面差しには美しさと幼さが同居し、どことなく感じさせる高貴さが危うげな魅力すら生み出していた。尖った耳は少女が人間ではないことを物語っている。
身長は百六十センチほどだろうか。紺色を基調とした服装は華美な装飾などなく、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。ゆいいつ目立つのは、彼女の羽織っている白いコートに入った『鷹に近い鳥』の紋章を象った刺繍か。その荘厳さすら、少女の美しさの添え物にすぎない。
少女が息をして、じっとスバルたちを見ている。
それだけのことなのに、どうしてだろうか?
心臓の鼓動はさっきから早鐘を打って落ち着く気配がないし、胸の奥から熱いものが止めなく溢れ出てくる。眦からつーっと零れた涙には一体どんな意味が込められているというのか。
胸を渦巻く激情を、スバルは知らない。
だから、意図せずして零れ落ちた言葉を、スバルは止められなかった。
「君が好きだ」
「ふぇ?」
スバルの唐突な告白に、銀髪少女は目を白黒させて狼狽えたのであった。