Re:ゼロからやり直す異世界生活 作:リゼロマニア
「来るのが遅えよ、ラインハルト」
疲労困憊になったスバルは、息を振り絞って文句を垂れる。
「遅れてすまない、スバル。幕引きは僕が引き受けよう」
スバルの文句に、ラインハルトは薄く微笑んで返す。
研ぎ澄まされた剥き出しの剣気。それはスバルと、ラインハルトの天と地以上に隔たれた実力差をスバルに叩き付ける。
だが、スバルはそんな剣気に屈して堪るか、と顔を上げて、ラインハルトを見る。
ラインハルトは、敵愾心剥き出しにラインハルトを見る黒衣の麗人を見て、青い瞳を何かを思い出すかの様に細める。
「北国特有の刀剣に、黒い装束――君が『腸狩り』だね。スバルの言っていた通りだ」
「ラインハルト――騎士の中の騎士、『剣聖』に知ってもらえるなんて光栄だわ。剣聖とやりあえるなんてますます雇い主には感謝しないと」
「女性が呼びに来たら、厄介な犯罪者がいると思え――とくにそれが金髪だった場合は火急を要する。スバルの頼みだったけど、君が相手なら納得だ。投降をお勧めしますが?」
「あら? 血の滴る極上の獲物を前に、餓えた獣が引くとでも?」
「……」
引く気がないらしい。
ラインハルトは逡巡する素振りを見せ、ちらりと横を見る。
目が合ったスバルは、傷のある顔でにっと笑うと親指を立てた。
「俺は平気だ。それよりも、あとは任せた。勝てよ?」
「――ッ! 当然だよ!」
スバルの言葉に、目を丸くしたラインハルト。
当然だよ! と意気込むラインハルトは、腸狩りに戦闘をしかけた。
※※※※ ※※※※
「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
スバルは、その光景を目にしてラインハルトが『初めて剣を構えた』ように感じた。
ラインハルトの常軌を逸した戦いぶりを存分に見て、ラインハルトを頼ったことは間違いじゃなかったと確信をした。
ふざけた挙動を全部見て、規格外の戦闘光景を全部見て、スバルはラインハルトが化け物であると確信した。だが、今。
大気中のマナが全部、ラインハルトに助力する。パックの魔法で冷えた室内がより冷え込み、ラインハルトを中心に渦巻くマナが、大気を歪ませる。
室内の雰囲気を物理的にも心理的にも、がらりと変えた根源――ラインハルトは、両手剣を低い姿勢で構えている。その姿を見て、スバルは『初めてラインハルトが剣を構えた』と感じてならないのだ。
唇を舐めて名乗りを行う腸狩り改めてエルザに、ラインハルトは応える。
「『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」
厳かに対峙するラインハルト。舞台は廃墟、得物は地に濡れた短刀と錆びた両手剣。
されど、スバルの目には神話の英雄譚に映って、武を嗜むスバルは押し黙って行く末を見届ける。
「――ッ」
短い悲鳴は誰のものか。
ラインハルトの全身全霊、全力の一振りが、次の瞬間
――空間を切り裂いた。
世界がずれたとしか思えない光景。放たれた極光は盗品蔵を眩く塗りつぶすが、次の瞬間には晴れて、直後に世界は激震する。
ずれた空間が収束をはじめ、それに伴う大気が歪曲するほどの暴風となって室内を襲い狂う。
世界最強。ラインハルトが全力で剣を振るった――それだけで空間が切り裂かれた。
荒れ果てた光景に、スバルは溜めていた息を吐き出して、
「どんだけ化け物なんだよ、お前は」
「それは流石に傷付くよ、スバル」
暴風によって赤髪は乱れ、涼しい顔に汗が一筋浮かぶがその顔は晴れやか。
そして、ラインハルトに振るわれた両手剣は、というと。
「無理をさせてしまったね。ゆっくりお休み」
ラインハルトの一撃に耐えきることが出来なかった両手剣は、ラインハルトの手の中で朽ちたように崩れていく。
そんな、至高と言っても過言ではない一撃を喰らったエルザは――
「死体どころか、影一つねえ。……これが剣を振った結果」
世界を切り裂く一撃のあとは、本当に何も残していなかったのだ。
なけなしの盗品蔵を完全に吹き飛ばし、もはや何も残っていない。余波は、広場の前まで及び、その激しさと規格外さを物語っている。
「俺にも出来るかな……」
魔法と合わせれば、スバルにもあるいは。
異世界に召喚されたことだし、このような無茶苦茶な一撃を見て憧れない訳がない。スバルは17歳。されど、中二の荒ぶるハートはしっかりとスバルに根付いている。
「少しだけどやりあって『腸狩り』の強さがわかった。かなりの使い手だったよ。そんな彼女と君は戦ってスバルは見事切り抜けたんだ。君の振る舞いを見て分かった――スバルは鍛錬を積んでいるけど実戦経験はないって。けど、初陣であそこまで戦ったんだ。君なら、すぐに強くなれるよ」
「……そうかよ」
手放しの称賛。しかも、これほどのことが出来る剣士に褒められてスバルはむず痒くなる。
が、それは心地良い物で。
スバルは、やっと肩の力を抜いて、さっきからずっと己の肩を貸していた少女と向き合った。
紫紺の瞳と、黒い瞳が合わさって、
「無事に終わったの?」
「ああ。俺たちとラインハルトの作戦勝ちだよ」
「そう。それはよかった」
マナがラインハルトにそっぽを向いたせいで体調に異常をきたしていたサテラ(仮)は、荒い息を整えるようにゆっくり呼吸する。
サテラ(仮)が五体満足に生きて、濡れた唇が震え、呼吸に合わせて胸が上下する奇蹟を、スバルはしげしげと眺めて、
「どうしたの? じろじろ見て。すごーく失礼だと思うけど」
「悪い。お義父さんとの約束果たせて良かったなぁって」
もし、マナが枯渇しそうになったら。または、時間切れになりそうだったら、うんと固い剣をスバルに作ること。
その代わりに、スバルがサテラ(仮)を全力で守り抜く。
盗品蔵の前で、スバルとパックが躱した男とオスの約束だ。
一度目、託された時は力及ばずサテラ(仮)を死なせてしまったが、今こうして生きてる。
生きていてくれている。そのことにスバルは嬉しくなって涙を流す。
「もう、スバルってば」
「君の可愛い顔に傷が付かなくって良かった」
「もう! スバルってば!」
照れ隠しか、顔を真っ赤にしてサテラ(仮)はスバルを叩いた。それが、結構痛くて、叩かれた箇所を抑えながら、スバルはラインハルトの方を改めて見る。
「ほんとうにありがとう。ラインハルト。間に合って良かった、友よ」
「それを言うなら、彼女を褒めるべきだよ友達くん」
肩をすくめるラインハルトは心苦しい様子で、顎を動かして方向を示す。
その方向を見ると、
「よ、よお!」
辛うじて残った一本の柱に身を隠すようにこちらを伺っていた金髪。
スバルと目が合いフェルトは、片手を上げて挨拶とする。
「彼女が泣きながら、路地を走り回っていたんだ。だから、僕はこうして友を助けに参上できて、こうして騎士の務めを果たせた」
「それってボロ小屋を広場にすること?」
「意地が悪いよ、スバル」
胸を抑えるラインハルト。オーバーだなと苦笑しつつフェルトを見る。
そうか、泣きながら駆けずり回ってくれたのか。
初対面の印象は最悪だったが、ここに来てスバルのフェルトへの印象は上方修正される。だから、
「どうどう、落ち付いてサテラたん。すてい」
立ち上がろうとするサテラをスバルは押し留めた。
正直、フェルトが焼いて煮られようがどうでも良いと思っていたスバルであったが、むしろ痛い目に遭えと思っていたスバルであったが、泣いて助けを求めてくれたなら話は別だ。
「俺の顔に免じて、氷像は勘弁してやって。ね?」
「氷像なんて、そんなおっかないことしないわよっ」
サテラ(仮)は再び腰を下ろして、スバルの隣に座る。
自ら進んで近い場所に座ってくれたことにスバルのハートはどぎまぎする。
青春を謳歌するスバルであったが、
「スバル!」
ラインハルトが鋭く叱責。
スバルの耳も、微かな氷の足音を捉える。
廃材が跳ね上がり、中から血を滴らせながらエルザが飛び出してきた。力強く足を踏み締め、加速するエルザ。
ひしゃげたククリナイフを握り、無言で疾走する彼女の瞳に宿る感情は一つ。
純然たる殺意。
サテラ(仮)の首を刈り取ることに総てを懸けた一撃は、ラインハルトですら防ぐことが間に合わない。
だからスバルは――。
「シャマク!!!」
和風屋敷の襖の全開放。
すべてを呑み込み、感覚を外界から遮断する純黒の闇が、スバルの体から漏れ出す。
黒い闇は盗品蔵はおろか広場そのものの覆い尽くし、闇に呑まれたエルザは五感を喪いサテラ(仮)を見失ってしまう。
何も見えない。何も聞こえない筈の暗闇の中。
「スバルはすごいね」
ラインハルトは悠然と闇を踏み締め、そして疾風の如き速さで距離を詰めてエルザを蹴り飛ばした。
とにかく黒い濃い闇を重視した魔法は、スバルの平均的なマナ貯蔵を全部食い潰し強制的に解除される。
闇が晴れ、エルザはすぐさまラインハルトにナイフを投擲し、
「この場にいる全員、顔を覚えたわ。全員のお腹を切り開いてあげる」
エルザは見事、ラインハルトから逃げおおせた。
「ご無事ですか!」
ラインハルトはすぐさま、サテラ(仮)に駆け寄る。
「私はへっちゃら。それよりスバル!」
疲労困憊、連戦のせいで全身に軽傷の積み重ねとはいい傷を負い、さらに魔法を二度も連発したスバルの方が、サテラ(仮)は心配だった。
未だ起き上がってこないスバルの傍に向かって、そしてすぐさま治療を開始する。
流れるように膝枕されて、顔がとても近くて、キスでも出来そうなくらい近くてスバルは顔を真っ赤にし慌てふためく。
「ちょっちょっ近いって!」
「無茶し過ぎよ! まったく、死んでしまったらどうするの!」
「マナ切れで余計に頭が痛いけどそれだけ。へっちゃらだから! だから落ち着いて」
「すまないスバル。さっきは完全に僕が油断した。君の魔法が無ければ今頃……。この方が傷つけば――」
「うおい! ラインハルト! 俺の親友よ! そっからさきは黙っててくれよ。謝罪は貸し一つってことでありがたく受け取るから、そっから先は口にチャックしてくれ。こんだけ疲れて痛い思いしたのにお前の口から知ったら俺が報われない」
ラインハルトの謝罪を途中で遮って、スバルはサテラ(仮)の顔を見る。
サテラ(仮)の眦は濡れていて、もしそれがスバルのことを心配してのことだと思うとスバルはそれだけで救われた気分だ。
だいぶ頑張った。
かなり頑張った。
「そんな顔しないで笑って、サテラたん。君は可憐な笑顔が似合うよ? てか、ふともも気持ちいねありがとう」
屈託のない笑顔で、スバルはそう感謝を告げる。だけど、サテラ(仮)は、
「どうして?」
「なに?」
「どうしてスバルはっ。私をこんなになってまで助けてくれたの? 私はあなたに……」
眦が決壊し、スバルの頬にぽたぽたとサテラ(仮)の涙がこぼれ落ちる。
「私は何もしてあげてない! なのに偶々用が一緒だからって、私に色々してくれて。何もしてあげてないのに、ボロボロになってまで私を助けてくれて……どうして」
「俺が君を好きだからだよ」
膝枕をされたまま、スバルは震える手でサテラ(仮)を撫でた。
疲労に魔法の酷使が祟り、今にもスバルの意識は途絶える寸前。だが、視界がぼんやりと狭まる中、サテラ(仮)の顔だけは、涙に歪んだ表情だけは色鮮やかに写っていた。
「俺が君に惚れたから。一目惚れしたから、君を守りたいって頑張った。気に入られたい、そう思ったからここまで必死になって頑張った。俺は――」
「わ、私が好きだから?」
「そうだよ。じゃなきゃ、いきなりこんなこと、ここまで出来ねえよ」
「けど、私、あなたに嘘をついて。ひぐっ、そ、それにお礼もなにも」
「ならさ――サテラたん」
サテラ(仮)の涙を拭うと、スバルは親指を鳴らして、
「君の名前を教えて欲しい」
「え?」
「俺の名前はナツキ・スバル。
――君の名前を教えてください」
「エミリア。エミリアよ」
「大好きだよ。エミリアたん」
心の底から笑って目を閉じた。
「おばか」
何とも優しく、そして弾んだ言葉を聞き、スバルはその意識を手放した。
「おばか」
再度、エミリアは同じ言葉を言う。
「おばか、ナツキ・スバル」
スバルと、その名前を舌で転がし馬鹿となじるエミリアの顔は、紅潮し花が咲いたような笑顔だった。