緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
一応、知りあっといたっていう話
──クセルクセス。
今はまだ無いアメストリスと、かなーり東の方にあるシンの狭間。周囲を砂漠に囲まれた暑い暑いあつーい国……に、いた。
俺が。
「はぁ」
いや、溜め息も出ようというものだ。
錬金術がそこそこに発達したこの国は、こんな砂漠のど真ん中にありながら素晴らしいまでの発展を見せている。オアシスであることも勿論要素として加えられているけれど、やっぱり錬金術の発展が何よりものファクターだ。
そしてそれは、この国がもう少しで禁忌の扉に飲み込まれんとする盛者必衰の表れでもある……のかもしれない。
「あー……真面目に」
真面目に、どうしようか、と。
何度も溜息を吐く。
クセルクセス。周囲を砂漠に囲まれた大国。
ちょうど、本当についさっき──見覚えのある少年が腕に包帯を巻いて帰ってくるのを見てしまった。
金髪金眼。真なる人を表す「金」の、その象徴、由来とさえ言われた特徴。
奴隷二十三号。
後の名を──ヴァン・ホーエンハイム。
あと少しでこの国は「
だから、逃げるべきだ。
賢者の石となるのはクセルクセスの国、その範囲内のみ。
だから、逃げるべきなのだ。
ホーエンハイムが主人に認められ、錬金術師として一人前になるまでにはもう少しかかる。その間に逃げて──逃げて。
思い入れなんかこれっぽちもないクセルクセスを見殺しにして、逃げるべきだ。
抗いようもないだろう。こっそりあの家に忍び込んでフラスコを割る、くらいしかあの「
妙案である。
すぐさま実行しよう。
そして逃げよう。
「……それができりゃ、苦労しないって」
ちゃりん、と金属音が鳴る。
がちゃり、と金属音が響く。
足先を見れば、そこに当然とばかりに存在する鉄の足枷。手にもまた枷が嵌められていて、指先を合わせることだってできやしない。
うん、まぁ、罪人なんだ俺。
奴隷二十三号よりもさらに下──クセルクセスで罪を働いて、フツーに捕まった罪人。
死罪ではない。ただ終身刑に近い。
少なくともホーエンハイムが一人前になるまではずっと牢の中──だし、"その日"が来ると誰に伝えたとて譫妄と笑われておしまいだろう。
「果たして……俺がいる意味如何や」
「おい、さっきからうるさいぞ。妄想も独り言も今に始まった話じゃないが、少しくらい静かにすることを覚えろ」
「へーい」
見張りの番人。名は知らない。
こいつもいずれ賢者の石の材料になるだろう。その前に死んでおけば楽な話ではあるが。
罪人──とて、いつまでも牢暮らしではないらしい。
数年経った頃だろうか、牢から出され、灌漑工事へと駆り出された。
といっても手枷足枷は外されていない。外されていないまま、足枷を大きくされて、ずりずり引っ張って線をつけていく……そんな作業工程に組み込まれたわけだ。
こーれ国土錬成陣作ってます。いやー、もうそんな時期か。早いねー。俺全部知ってるのになーんもしてないやハハハ。
ずりずり、ごりごりと引っ張って行く。
早すぎても怒られるし遅すぎても怒られる。俺以外にも罪人はいるから、それらと隊列が乱れても怒られる。水分補給なしだから、中には耐えきれずにぶっ倒れる奴もいるけれど──そういうのにくれる目は存在しない。
一日の作業が終わるまでそれがずぅっと続く。
悲しいかな、錬金術師になった、けれどまだ年若いホーエンハイムは中央の裕福層にいる。こんな奴隷仕事やってる奴と出会うはずもない。フラスコの中の小人もまた同じ。
ごーりごり、ごーりごり。
「……やらせている私が言うのもなんだが、貴様疲れないのか?」
「疲れてフラついたら鞭が飛んでくるんだ、だったら疲れない方が得ってモンでショ」
「それはそうだが……そういう話ではないような」
一人、また一人と倒れて行って、尚。
俺は倒れない。フラつきもしない。水を求めて喘ぎもしない。
言われた通りに、言われた通りの場所を歩いて、クセルクセスの地に……この国を囲う円を描いていく。
正確に、一寸の誤差のない、完璧な円を。
「──ここに、歳を取らない罪人がいると聞いたが、お前か?」
クセルクセスの外側にある集落が何者かに襲われ、村人が惨殺される、という事件が巻き起こる渦中に、その邂逅は起こった。
奥深く。すでに見張り番もいなくなった、同じ牢に入れられていた者も老い死んだ中、ただ一人──若いままに生き残った罪人。
俺の罪状はただ一つ。
クセルクセス王の命に背いたこと。その口を一切割らなかったこと。
即ち。
「ああ、俺だ。初めまして、ヴァン・ホーエンハイム。そしてフラスコの中の小人。王が不老不死となる前に出会えて心より嬉しく思うよ」
不老不死になる方法について、一切を話さず殺され──そのままケロっと生き返った一般クセルクセスの民。
俺は、そういう感じの、ただそれだけの能力を持つ一般転生者君である。
さて──。
全身に鎖やら何やら、とかく拘束するものをつけられ、手足には杭を打たれて動けなくされている俺に、ヴァン・ホーエンハイムはしっかりと動揺した。
既に原作のヴァン・ホーエンハイムっぽい見た目になってきている。それくらいの時が経ったのだ。
その間、結局俺は何もせず、何もできずにずっと罪人だった。奴隷にして働かせたら何をやらかすかわからないと、灌漑工事を終えた後はずっと牢の中。飲まず食わずで平気だとわかってからは本気で放置され、今に至ると。
「不老不死? 不老不死……オマエが?」
「信じられないか、フラスコの中の小人。まぁそうだろうな。俺の見た目はもう完璧なまでに一般クセルクセス人だし。でもほら、両手足に杭を打ち込まれて、床一面にこれだけの血を流しているのに、俺は死んでいない。加えて、俺がここに閉じ込められたのは五年くらい前だ。その間一切の飲食をしていない」
残酷であると思ったのだろう、わなわなと震えているヴァン・ホーエンハイムとは裏腹に、腕を出して咢……というか体の底面に手を当てて、一つ目を細目にして「ほぅ……?」と声を漏らすはフラスコの中の小人。
疑わしい。顔にそう書いてある。
そりゃそうだろう。彼の知識を以てしても、不老不死など作れはしない。超長寿再生者は作れても、完璧な不老不死など存在しないことをフラスコの中の小人は知っている。
「これほどまでに不自由で、これほどまでに縛られているオマエが、不老不死などという自由の象徴たる特徴を得ているとはにわかには信じ難いな」
「まぁ、本当に死なないかどうかは本当に死ぬ前にしかわからないから、不老、だけにしておいてもいいぞ。無論、そうしたところで死にはしないんだけど」
最初は普通の民だった。
けれど歳を取らないことを誰ぞかに密告され、クセルクセス王の前に突き出され、その秘密を明かせ、と迫られた。
まー断った。断ったら打ち首である。
打ち首にされても生き返ったら、取り押さえられて獄中へ……と。
酷い話だよ、まったくね。
「どういう……これは、どういうことだ。こんな少年に……人はここまで酷い行いができるものなのか」
「ヴァン・ホーエンハイム。もし俺に同情してくれるのならば、この枷と杭を壊してはくれないだろうか。なぁフラスコの中の小人。儀式に不純物は入れたくないだろう。俺という異物があるせいで中心がズレたら、なんて考えたらぞっとしない──そうじゃないか?」
「確かに一理ある。オマエが本当に不老不死だというのならば、ただそれだけで"記号"になってしまう。よし、ホーエンハイム。彼の枷を外してやるといい。その代わりに、とっとと国外へ去ってくれるとありがたいのだがね?」
「もちろんだとも。俺はこの国に愛着というものがない。枷が外れたら、すぐにでも出ていくことを約束する」
惨状ではある。
手足の杭以外にも、俺を縫い留め、殺さんとする様々がこの身体にぶっ刺さっている。
どうしたら死ぬのか。何故死なないのか。死なないのなら、再生の瞬間をどうにか収められないか──と、数々の実験に晒された痂疲だ。血は固まり、乾き、肉さえもこそげ落ちたままになっているから、かさぶたと呼べるかどうかは怪しいけれど。
ホーエンハイムが──足の杭に手をかける。
力で引き抜こうとしたのだろう。だけど、それは叶わない。深く、深く、奥深く。骨の髄にまで突き刺さり、返しまでつけられたソレは、力ではどうにもできないだろう。
「っ……待っていろ、今形を変えてやるから……」
言って、その場に錬成陣を描いていくホーエンハイム。
それをつまらなそうに眺めるフラスコの中の小人。
「しかし、オマエは何なのだろう。不老不死などというものが自然に発生するわけがない。オマエは何らかの目的で作り上げられた実験生物だろうか。それともオマエ自身が己に錬金術を施し、不老不死となったのだろうか」
「さてねぇ。案外、カミサマの気まぐれ、って奴かもよ?」
「ほう! "神"の気まぐれか。それはそれは、大それた予測を立てたものじゃあないか。それともなんだ? 気まぐれだとして、オマエという個人は"神"に見初められるだけの価値があると──そう言いたいのかね?」
知ってて踏み抜きに行った逆鱗は、まっくろくろすけの口角をさらに上げるに終わる。
神。神だ。
神を取り込まんとするこの正体不明生物にとって、不老不死などというものがこんななんでもない奴にホイと渡されるのが気に入らないのだろう。あるいはとても気になるのかもしれない。俺というファクターを通せば、神なりし者に干渉できるのかもしれないのだから、気になるのも仕方がない。
パチ、っと。
青い光が迸る。一瞬のことだ。
けれど、本当にたったそれだけで、本当にたった一瞬のことだけで──俺を縫い留めていた杭が、俺に巻き付いていた鎖という鎖が、そして俺の身体にぶっ刺さっていた拷問器具や実験道具の数々が溶け落ちる。
直後、じゅるりと音を立てて塞がる傷口。
「!」
「……今のは」
決してホムンクルス……
錬金術特有の青い光も賢者の石に類する赤い光も発されない、それはあるいは時間をかけて傷が塞がっていく様子を早回しにしたかのような光景。
「ンンッ……ぐ、ぅぅう……ぁあ、久しぶりの自由! あぁあ……伸びが気持ちいいなぁ、いや、いや、その前に──うん、ありがとうホーエンハイム! この借りはいつか必ず返すよ!」
埃臭い地下牢を出る。
走って、制止の声も無視して。
さて、はて、久方ぶりの地上は、外は──。
「……おやまぁ、何故に臨戦態勢?」
「──ッち、見られたか。消せ!」
馬に乗った一個小隊。
あ、コレもしかして、五つ目の血の紋を刻んだ帰りの部隊ですか。
「ハ──逃走一択!」
フフーフ、何年動いてなくたって衰えていない俺の足に追いつけるかな!
追いつかれて首を刎ねられました。
いや馬にはかなわんよ、フツーに。
とまぁ、そんな感じが俺の生い立ち。
あとはクセルクセスの滅びを見届けて、シンへ行ったりなんだりして錬金術も錬丹術も学んで──生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて。
怪しまれたら移動して、疑われたら移動して。
「1835年10月──第一次南部国境戦。ここがPeriodだ……ってね」
高い所に上って、双眼鏡でその戦いを見下ろしながら呟く。
馬鹿と煙は高いところが好きなのだ。え、つまりホークアイ中尉は馬鹿ってこと? なんてこというんだ。彼女まだ生まれてないんだぞ!
と。
「あれ、何用? 邪魔するつもりはないんだけど」
「邪魔するつもりが無いのなら、この国でうろちょろしないでいただきたい。アナタはいるだけで"記号"になり得る──邪魔なんですよ」
「そりゃあ酷いってもんだよ、
「……コレを見て観光とは、良い趣味をお持ちのようだ」
「そっちに言われちゃおしまいだぁ」
行くつもりだ。
見るつもりだ。
せっかく不老不死で、せっかくこの世界に来たのだから──この世で起きるすべてを直に見たいと、そう思うのはなんらおかしなことではないだろう。
リヴィエア事変も現地で見た。カメロン内乱も現地で見た。ソープマン事件は遠くからリアタイしたし、ウェルズリ事件もちゃんと近くにいた。
そしてこの第一次南部国境戦を経て、次は……あ、グリードがフラスコの中の小人から離反した後くらいの時期じゃん。
「もう飽いたのですか?」
「ああうん。西部でビールが飲みたくなってさ。ちょっと行ってくるよ」
「その容姿でアルコールを出してくれる店があるんですか?」
「盗み飲むに決まってんじゃーん」
高い所だ。
そこから飛び降りれば、当然足がぐしゃっとなる。
ぐしゃっとなって──すぐに治る。
あまりにも脆く、けれど変わらない。
給金欲しさに取った資格と、その時付けられた二つ名は。
「本当に、手を出したりして邪魔だけはしないように」
「あいよん」
緑礬。
俺は、緑礬の錬金術師である。
……まだ一回も錬金術使うトコ見せてないけどね。