緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第2話 揺り巡る動乱

 全部知っている顛末をロイ・マスタングから聞いて。

 

「喪った手足と弟の身体、ねぇ。まぁ、治せるっちゃ治せるが」

「な……ほ、本当か?」

「……ヴァルネラ医師。私はあなたの論文や著書を数多く読んでいますが、手足が残っていなければ治せない、という記述を多く見た覚えがあります。それとも……ごく最近できるようになったのですか?」

「治せるっちゃ治せる、だ。違法な手段を使えば、って感じだよ」

「それは、どういう」

「適当な犯罪者とかから手足ぶった切って組織作り替えて接合すればいい。簡単な話だ」

「──」

 

 ま、俺の身体でできるなら他人の身体でもできる。

 拒絶反応は結構あるだろうから何回か試さないといけないだろうけど、日数かけてじっくり検査してデータ取ってやりゃそれも少なくて済む。

 

「そんで弟の方は……まぁ、肉人形でも作ってそこに魂定着させるとか? ああスマンな、秒で大言壮語を覆すけど、弟の方は俺の分野じゃねーや。怪我を治すとかの領域じゃねーだろソレ」

「……だ、そうだ。鋼の。それで満足できるか?」

「できるわけねぇだろ。どこぞの誰かの手足貰ってこの先のうのうと生きてけってか。ハ、そんなのごめんだね!」

 

 だろうな。

 それでこそだエドワード・エルリック。いやぁ、エドワード・エルリックやその周囲の人間の言動を見聞きするたびに心の中のゾルフ・J・キンブリーが「それがエドワード・エルリックです!」とか「あなたはエドワード・エルリックをわかっていない!」とか言ってくる。別に魂取り込んでないけど。

 

「ヴァルネラ医師。そういうことで、すみませんが紹介の件は無しに……」

「そもそも紹介されてないからいいよそんなん」

「……大佐。さっきからずっとコイツに下手に出てるけど、コイツそんな偉いのか?」

「年上を敬うのは当然だろう鋼の」

「年上、ねぇ。ホントは爺ちゃんが緑礬の錬金術師で、お前はそれを継いだ息子、あるいは孫とかなんじゃねぇの?」

 

 ほう。

 ……その設定で生きてきた方が楽だったかもしれん。今更だけど。

 

「まぁ、そう思うのも構わないぞ、エドワード・エルリック。錬金術師の年齢なんざどうでもいい、実力があればなんでもいい。その証明はお前自身がしているんだからな」

「そりゃ……確かに」

「あ……あの、ヴァルネラさん。一つお願いがあるんですけど、いいですか?」

「ん? なんだ、アルフォンス・エルリック」

 

 あんまり話の輪に入ってきていなかったアルフォンス・エルリックからお願い。

 なんだろう。あとバランスやばそうだねその身体。分解された範囲ヤバみ溢れてんじゃん。

 

「その……不躾ですごく悪いんですけど、そのフードの下の顔を見せてくれませんか?」

「アル? どうしたんだ? なんでそんなこと……」

「ヴァルネラ医師のフードの下、か。そういえば……私も見たことが無いな」

「はぁ? 大佐、アンタ結構長い付き合いなんじゃねーのかよ」

「長い付き合いだからこそ余計な詮索はしない。そういう関係もあるのだ、鋼の」

 

 俺の素顔を見たい、と。

 ……勘鋭いなオイ。

 

「理由を問うても?」

「ヴァルネラさん、金髪ですよね。フードの端から見えてる。それに、さっき雨の中僕たちの前に降り立った時……見間違えてなければ、金の眼をしていたように見えたんです。それで」

「オレ達と同じ特徴……?」

 

 目ざといな。つか俺のミスかこれ。

 よく見てるな。俯いていたくせに。あ、だからか? 水たまりで反射したか?

 

「見せるのはいいけど、リザ・ホークアイ中尉を下がらせた方が良いと思うぜ」

「中尉を? 何故ですか?」

「俺の顔見たら吐くだろ、流石に」

「……ヴァルネラ医師。あなたがどれほど……その、美しくない顔をしていても、中尉はそれで嘔吐するような人間じゃ──」

「いえ、すみません大佐。私は……少し出させてもらいます。申し訳ありません」

「中尉?」

 

 許可も得ずに、と言った様子で出て行ったリザ・ホークアイ。ロイ・マスタングがヴァトー・ファルマンとハイマンス・ブレダに目配せをし、彼女を追いかけさせる。

 まー流石にな。

 フード被ってる俺との対峙だけでも息が荒くなってたんだ。

 じゃあ、あの時の……爆発四散した時の顔見たらぜーんぶ思い出すだろ。

 

「ヴァルネラ。アンタが見せたくないってんなら見せなくてもいいぜ。こればかりはアルが不躾過ぎた。ずっとそのフード被って顔隠してるっつーことは、見せるのが憚られるってことだ。そこを強制するつもりはこっちにゃ無え」

「あの、ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃ……」

「だから見せるのはいいんだって」

 

 フードを取る。

 出てくるのは、金髪金眼の少年。エルリック兄弟やホーエンハイムの顔立ちとは違うけれど、クセルクセス人の特徴をしっかり持った10歳くらいの男の子。

 

「金髪金眼……なるほど、鋼のと同じ特徴ですね。もしかして同郷ですか?」

「いんや、リゼンブール出身じゃないよ、俺は。俺と同郷なのは」

「──もしかして、ホーエンハイム……か?」

 

 わなわなと震えるような声で。

 怒りと、苛立ちと、悔しさのようなものが入り混じる表情で。

 

 んー?

 

「ああ、そうだ。俺はヴァン・ホーエンハイムと同郷だよ。だから、なんだ。改めて初めましての自己紹介でもしておこうか。俺はヴァルネラ。緑礬の錬金術師と呼ばれている。よろしくな、ホーエンハイムの息子たち」

「やめろ」

 

 冷たい声だった。

 底冷えするような声だ。

 本当に嫌だ、という意思が伝わってくる。そう呼ばれるのが苦痛でたまらない、という意思が。

 

 おいおいホーエンハイム。

 これ原作以上に嫌われてねーか?

 

「っ! ……すまねぇ、アンタには関係ないことだった。けど、オレ達は……ソイツの名を聞くと、冷静じゃいられなくなる。頭に血が上る」

「……ヴァルネラさん。あの、父さんの居場所を知っていたりは」

「しないねぇ。俺が知りたいくらいだ。アイツ今どこで何してんだか」

「そう、ですか」

 

 さーて。

 トリシャ・エルリックを救えなかったゴミ親父、とかに思われてる程度ならいいんだけど。

 それ以上となると……はは、関係性修復までは生体錬成の範囲外だぜ?

 

「あんな奴のことはどうでもいい。それで、思ったよりブ男じゃなかったけど、アンタなんでホークアイ中尉にそんなに嫌われてんだ? 何したんだよ」

「それは私も聞きたい。彼女がああも拒否反応を起こすことは滅多にありませんので」

「殲滅戦。これ以上の言葉は必要か、ロイ・マスタング」

「……必要でしょう。それだけでは……いえ、まさか……」

 

 おう、頭のいい奴は適当に意味深ワード言っておけば自分で考えて自分で納得してくれるから助かる。

 問題は、頭良いけど判断材料が少ない奴だ。

 

「大佐はなんかわかったみたいだけど、オレ達は何にもわかんねーよ」

「まーまーエドワード。軍人はな、色々あるんだよ。思い出したくない過去とか、考えるだけで苦しくなっちまう現実とかがな」

 

 聞き出すまで退かない、といった風だったエドワード・エルリックの前に仲裁の手を入れてきたのは、マース・ヒューズ。

 彼のその目はしっかりと荒んでいて、けれど無理矢理に笑顔を作っていて。

 さらに背後、アームストロング少佐も難しい顔をしていて。

 

 殲滅戦にトラウマ持ってる奴多いなこの支部。

 

「今度話してやるから、な?」

「……ぜってーだからな」

「おう! そんで、ヴァルネラ医師。改めてお久しぶりです」

「久しぶりだなぁ。娘は三歳になったんだったか?」

「はい。すくすく育ってますよ。こっちが驚かされるほどにね」

 

 今の今まであった緊張感のある、というかギスギスした雰囲気が一蹴される。

 いやぁ、ホント。マース・ヒューズはムードメイカーだねぇ。

 

「医師はこの後どちらに行く予定で?」

「……色々話した後で非常に気まずいんだけどな。リゼンブールだ」

「はぁ!? てめっ、何しに来る気だよ! リゼンブールでなんかしようってんなら許さねえぞ!?」

「さっき言っただろ、別件だよ別件。東部に出たって情報入ったから遠路はるばる汽車ポッポってワケ」

「兄さん」

「……ああ、そうだな」

 

 ついていく、っていうのが不自然なら、自分から行っちゃえ作戦。

 どーせティム・マルコーはあの辺鄙な場所にいるんだろうし。

 

「大佐」

「なんだ、鋼の」

「オレ達もリゼンブールに行く。アルの鎧が引き延ばすにゃ無理なレベルで壊されててさ、その素材を取りに行くつもりだ」

「そうか。怪しいヴァルネラ医師を監視する目的ではないのだな?」

「こっちは元々決めてたこと。んでそれはさっき追加されたタスクだ」

 

 おー、堂々と。

 これぞエドワード・エルリック。隠し事は極力しない、陰湿っぽいことするなら目の前でやる。

 うんうん。

 

「いいか、アンタ。"生体錬成の権威"だか"戦場の神医"だか知らねえが、リゼンブールで何かコトを起こしてみろ、地獄の果てまで追っかけて、地獄の炎で焼きながらギタギタのメタメタにしてやるからな!」

「してもいいぞ。そんなんじゃ死なないから」

「……ヴァルネラ医師。今のは彼の意思表明というか比喩表現であって……」

「はは、わかってるよロイ・マスタング。俺そんな冗談通じない性格じゃないだろ?」

「冗談を冗談と受け止めた上で真に受けて場を混乱させる性格ではあるでしょうね……」

 

 おお、よくわかってんじゃん。

 大総統なれるよお前。

 

「ところで、アルフォンス・エルリック、エドワード・エルリック。俺からも一つ聞いていいか? 等価交換って奴だ」

「あ? なんだよ」

「なんですか?」

 

 話がまとまってきたので、一番聞きたかったことを聞く。

 

「お前らさ、俺が降り立った時、なんか落ち込んでたじゃん。なんかあったん? 悩みなら聞くぜ、人生経験豊富だからよ」

「……それは」

「……」

 

 ずぅーん。

 こーれ地雷です。踏み抜きましたねこれ。

 え、マジで何があった。ニーナとアレキサンダーとぜんまいねずみのキメラでも見たか?

 

 口を開けないでいるエルリック兄弟を見かねてだろう、マース・ヒューズが理由を教えてくれた。

 

「リオールで暴動があったんですよ。あったっつか、現在も。東方司令部も結構な人数入れて鎮圧してるんですけど、中々収まってなくて。もうそろ中央軍まで出て来そうな勢いで」

「……暴動? リオールで? ……なんで?」

「それがコイツらの落ち込んでる理由って奴でして。リオールで流行ってたレト教っつー新興宗教の教祖がペテン師だったってことが公表されて、その怒りから住民とレト教の教徒が衝突、そっから流血沙汰に……ってんで」

 

 早い。

 リオールの暴動はもう少し後だったはずだ。……ホムンクルス達が計画を早めた?

 いや、まぁ、確かに血の紋はいつ刻んでもいいものだから、早いに越したことは無い。

 

「それがなんでこいつらの落ち込む理由に?」

「教祖がペテンだって暴いたのがこいつらなんですよ。それで……」

「救った、つか、善意でやったつもりだった。……けど」

「結果的に僕たちの行動で多くの人が怪我をして、死んで……」

「あーね」

 

 確かに原因が自分たちにあるって考えるわなそりゃ。

 

「それで……僕たち、リオールで仲良くなった女の子がいたんです。でもその子はレト教の子で」

「まだ情報が錯綜してるから決定した話じゃないんですがね。──()()()()()()()()()()()()()、らしいんですわ」

「オレ達の行動が、あいつを……ロゼを立ち直らせるでも、前を向かせるでもなく……殺す結果になっちまった」

「言っておくがまだ完全な情報じゃねぇぞ、エドワード。今は混戦してんだ、偽りの情報が入ってくることもある」

「ああ、わかってる……。わかってますよ、ヒューズ中佐」

 

 ロゼが死んだ、か。

 ニーナとアレキサンダーの代価がソレ、ってか? 流石に無理矢理だな。

 

「それと、これは二人には内緒にしてほしいんですが」

「ん?」

 

 マース・ヒューズが俺に近づき、小声でそれを伝える。

 

「ユースウェルで大規模な崩落事故がありまして。炭鉱夫らが生き埋め状態で……予断を許さない状況です」

「……俺が行った方が良いか?」

「もし行ってくれるのならありがたいですけど、用があるんじゃ」

「別に、ユースウェルだって東部だからな。そっちにいるやもしれん」

「別件というのは人探しなんですか? ならウチも協力……とは行かないですよね。大総統直々の令でしたっけ」

「まぁ、そんなところ」

 

 おいおいおいおい。

 色々起きてんな。これエドワード・エルリックについて行って観光する、なんて言ってる場合じゃなくなってんぞ。

 

 別に。

 別に誰が死んだところで俺はどうとも思わない──が、ユースウェルは、なんだ? あんなところに血の紋刻んでも国土錬成陣の邪魔になるだけだ。つか血の紋は憎悪のエネルギーが刻み付けられることで起こるもの。炭鉱の崩落事故じゃ血の紋にゃならない。

 つーことはただの事故?

 それにしちゃあ、だけど。

 

「さっきからコソコソと、何話してんだよ」

「オトナの話、って奴だよ」

「子ども扱いすんなっての」

 

 ティム・マルコーの件も気になりはしている。

 あの人が行方をくらましたのは賢者の石の人体実験の凄惨さが良心の呵責を掻き立てたからだ。けれど当イシュヴァール殲滅戦ではそう何度も作れるほどの時間は取れなかったはず。

 まぁ一回でもやればトラウマになるのもわからんでもないけど、本当にそれだけか?

 

 どうする。

 どうする?

 自分らしくなく人道を貫いてユースウェルに行くか。ブラッドレイの指示に従いティム・マルコーを探しに行くか。ぜーんぶ無視してリゼンブールに行くか。

 リゼンブールに行くならティム・マルコーも探せるから、一石二鳥ではある、か。

 メリットデメリットで考えたらリゼンブールへ行くのがベストだな。

 

 よし。

 

「事情が変わった。エドワード・エルリック。すまんが俺はリゼンブールには行かない」

「……はぁ? え、いや別にオレ達は構わねぇけど」

「アームストロング少佐。手間でなければ、アルフォンス・エルリックの身体を運ぶ手伝いをしてやってくれないか? その鎧、流石に子供一人じゃ運べないだろう」

「委細承知。吾輩に任されよ──と、言いたいところなのですがな」

「ん、なんだ。どうした、お前らしくもない、しおらしい様子で」

 

 アームストロング少佐は、その毛をふにゃりと曲げて。

 

「"国家錬金術師殺し"……それも、殲滅戦に出た国家錬金術師を狙って殺す例の集団。あれは……恐らく吾輩を狙ってくることでしょう。それにエドワード・エルリック達を巻き込むわけには行きません」

「あー」

 

 そっか。

 そこが原作と違うの忘れてた。

 

「大丈夫! 少佐が狙われたらオレが守ってやるから!」

「……それに、彼はまだ子供です。あまり危険に晒すわけには行きませぬ」

「そこはどうでもいいだろ。国家錬金術師の資格取った時点で生き死にと切ったはったは覚悟済みだろうし。それより、エドワード・エルリック。気になってんだろ? "国家錬金術師殺し"たちが使っていた錬金術」

「……ああ。分解の錬金術。だけど、あの入れ墨は……ちょいと引っかかってる」

 

 あ。

 良いこと思いついた。

 

「"国家錬金術師殺し"じゃ長いからさ、これから奴らのことこう呼ぼうぜ。"刺青の男(スカー)"ってさ」

「ふむ。ヴァルネラ医師のセンスはともかく、わかりやすくていいですね」

 

 よーし。

 これで呼びやすくなった。

 

「……承知しました。ではエドワード・エルリック。吾輩はアルフォンス・エルリックをリゼンブールにまで運び、そちらは吾輩と共に刺青の男(スカー)を撃退する。その契約で良いですな?」

「ああ、頼むぜ、アームストロング少佐」

「すみません、よろしくお願いします」

 

 よーし。よーし。よーし。

 これで完全に話はまとまっただろう。フードを被り直す。

 

「んじゃ、お先に失礼するよ。多分一刻も早く行った方が良い状況だろうしな」

「すんません、こっちの事情に」

「東方司令部全体へのツケってことで。あとでなんか等価交換してくれりゃそれでチャラだ」

 

 立ち上がり──窓を開け、そこから飛び降りる。

 背後でざわつく音が聞こえる。ま、ここ東方司令部の最上階だからな。

 

 そんで、当然着地の瞬間足がぐちゃってなるんだけど、一瞬で再生して走り出す。流石にこの遠さなら再生の音は聞こえないだろうし、「いやナニモンなんだよアイツ……」で大体片付くだろうから。

 

 さぁて向かうはユースウェル。

 鬼も蛇も出ないと楽なんだけどねぇ。

 

 

** + **

 

 

 イーストシティからリゼンブールへ向かう汽車の中。

 そこに二人はいた。

 巨体、アレックス・ルイ・アームストロングと、巨体がいるせいで際立つドチビ、エドワード・エルリックである。

 

「少佐。改めて聞くんだけど、あのヴァルネラってのはなんなんだ?」

「何、と言われましても。あの時マスタング大佐が話した通りの人物ですな。生体錬成の権威、戦場の神医、緑礬の錬金術師。様々な二つ名を持つ最早伝説に等しき錬金術師」

「アレが?」

「彼の生体錬成を一度でも見れば、お主も敬う気持ちが起こるであろう」

「敬う気持ち、ねぇ」

 

 エドワード・エルリックにとって、突如現れたあの子供の印象は「怪しい」オンリーだった。

 怪しい。怪しくて怪しい。どうみても嘘を吐いているし、どう聞いても本当のことを喋っていない。さらには嫌いを通り越して憎ささえある父親と同郷で、自分と同じ国家錬金術師。

 既に焼き払った家ゆえ確認はできないが、よくよく思い返してみれば著者がヴァルネラとされた学術書が何冊かあった気もする。

 怪しい。

 100年以上生きていてあの若さ。生体錬成の権威だからといっても程というものがある。あと貫禄が無い。100歳の貫禄も覇気もない軽薄な奴。

 

 それがヴァルネラへの印象。

 

「そんなに凄いの、アイツの生体錬成」

「凄い、などというレベルではない。眼球や内臓が破裂していようが四肢が千切れていようが胴に穴が開いていようが瞬く間に治してしまうその技術はまさに神業! 80年にわたる国家錬金術師歴の中で政府に提出した数々の生体錬成に関する発見、研究結果は近代医学を飛躍的に発展させ、多くのアメストリス人を死地から掬い上げた存在!」

「……とてもそんな奴には見えなかったけどなぁ。なんつーか、全部打算で動いてて、必要とあらば友人でも簡単に切り捨てる……そういう冷酷さのある目だった」

 

 客もまばらな汽車の中。

 頬杖をついて外を見るエドワードには、アームストロングの語る美談が美化され尾鰭に尾鰭がついたものにしか聞こえない。

 

「そんで、そんなアイツが逃がした敵が、今やテロリストになって国中の国家錬金術師を殺しまわってると。ハ、甘っちょろいやり方だね。オレだったら──って、少佐?」

「……少なくとも、だ。エドワード・エルリック」

 

 アームストロングは突然神妙な顔を作り、言う。

 

「少なくとも、あの戦いに参加した兵士の中で……彼にそのような侮蔑を向ける者は一人とていないだろう。いや、ある一人はそうかもしれないが、それ以外は……彼を揶揄できるほど、自身を正当化できてはおらぬ」

「……イシュヴァール殲滅戦、って奴か。少佐も参加してたんだ」

「ああ……酷い、戦いだった」

 

 多くは語らない。

 エドワードもそれ以上を詮索しない。

 

 ただ。

 

「……少しは、知ってるつもりだ。幼馴染の両親が内乱で医者やってて……無事に帰っては来たけど、酷く憔悴してた」

「そうか。……あの場で人を救い続けていた者も、やはりいたのであるな」

 

 イシュヴァールの内乱、そして殲滅戦。

 それが東部在住の者に残した爪痕は大きい。

 

 黙り込むエドワード。対し、本でも読んでいなければあまり暗い雰囲気には耐えられないのがアレックス・ルイ・アームストロングだ。

 明るい話題を探し、そうして一つ思いつく。

 

「その、幼馴染というのは──エドワード・エルリックの恋人か?」

「はぁ!? ばっ、ちげっ、つかいきなり何聞いてんだおっさん!」

「ほう。ほほう。その反応……ほうほう」

「うわウゼェ……! 大佐もウザいけど少佐も結構ウゼェ……」

「安心しろエドワード・エルリック! 吾輩の口は硬い──誰にも喋らん」

「嘘こけぜってー少佐の口軽いだろ! だぁ、大佐に弄られる未来が見える!」

 

 アームストロングは頷く。

 暗い雰囲気は拭い去られ、和気藹々とした空気になった。

 これでこそ長い汽車旅も続けられるというもの。彼はほくほく顔で所持品の本を取り出し、ギャーギャー騒ぎ立てている豆粒ドチビの横で読書を始めるのだった。

 

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