緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第3話 搔い潜る思案と、五つめ

 ユースウェル。

 アメストリス最東端に位置するこの街は、炭鉱夫の街でもある。アメストリスの東側全域に広がる大砂漠からアメストリスを守る山岳地帯は、盾でありながら鉱脈の山という一粒で二度おいしい仕様。

 以前は悪質な経営者ことヨキが苦難を敷いていたようだけど、そこにエルリック兄弟が来て笑い話にも等しいやり方で経営書をもぎ取り、炭鉱夫に売りつけて、めでたしめでたし。

 

 の、はずだった。

 

「っと……おわ」

 

 到着してすぐにわかる惨事。

 崩落事故のあったらしい炭鉱からは煙が出ていて、その周辺には辛くも引っ張り出されたらしい炭鉱夫たちが大量の血を流して苦痛に喘いでいた。

 ……が、憎悪はやはりない。血の紋にはなり得ない。

 

「──え、そのお姿は……緑礬の錬金術師殿!? ど、どうしてここに……」

「憲兵か。丁度良かった。東方司令部から要請を受けてきた。状態の酷い者から俺のところに持ってこい。ああ、待て、少し離れろ」

 

 久しぶりに取り出すはメモ帳。

 その中の一枚を取り出して、破く。破いて放り投げて、それを足で踏んづける。

 

 瞬間発生する錬金術。

 煙の晴れたそこには──なんとも簡素な小屋が建っていた。

 

 ……良かった。倒壊の危険性のあるような不格好豆腐ハウスにならなくて。いや、苦手だ苦手だって言ってらんない場合があるからな。暇なときにちゃんと発動するレベルの造形系錬成陣をメモっておいてるんだよ。

 それでもたまにダメなことあるから滅多に使わないけど。

 

「おお……」

「看護経験のある者にさっきの事を伝えてくれ。そんで、担架がありゃ一番だけど、この際土車でもいい。一度水で洗って綺麗にしたものに患者を入れて運んで来い。人間が抱えるのはリスクが高すぎる」

「りょ、了解であります!」

 

 数が多いな。

 生体錬成は複数人をまとめて一気に、というのができない。人体組成が人間単一で同じだとしても、どこにどの細胞があるか、骨があるか筋肉があるかなんかは一人一人で完全に違う。それを一気にやろうものならもっと大惨事になる。

 

 しゃーないな。

 

「命の危険がある者だけ俺が診る。その他は医者に任せる! 安心しろ、生き埋めになってる奴ら助けてきた後で完全に治療してやるから、それまでの辛抱だ!」

「ヴァルネラ医師! 運んできました!」

「行動が早いな出世するぞお前!」

 

 簡易の小屋。手術台とかは要らないので、砂や土を取り除いた綺麗な床に布を敷いて患者を寝かせる。

 

 落石で肺が潰れている。心臓にも肋骨が掠めている。だけどこれなら一瞬だ。

 

「次!」

「か、彼はもう助からないのですか!?」

「もう治したから次っつってんだよ!」

「な──……」

「行動遅いなやっぱお前出世しねーわ。おーい外の! 次の奴運んで来い。んでコイツもってけ」

 

 次の患者──は、オイオイこっちの方がやべーじゃねーか。

 両足が完全につぶれている。その上、背骨やってんな。こりゃ流石に治すときちょいと痛むぞ。あー、麻酔なぁ。イズミ・カーティスに使ったような劇薬は常備してないんだよな。

 

「痛むぞ。頑張れるか?」

「へ……へへ、命が、助かんなら……もうなんでもいいですよ」

「そうか」

 

 生体錬成。

 患者の足を一度完全に分解し、再構成する。その痛み、想像だにしていなかったのだろう。

 炭鉱夫は「ぎっ!?」とだけ声を上げると、ぶくぶくと泡を吹いて気絶した。まぁそっちのがいいか。これからそうしよう。意識奪っちゃえばいいんだ。

 似た手法で背骨も治す。で、口の泡も除去する。こういうの気絶した時残しとくと窒息するからな。

 

「次」

「お願いします!」

 

 おお、早い。

 三人目でもう慣れたか。いいね、やっぱり炭鉱在住は効率がいい。

 

 患者……砂を大量に飲んでいて、背中には爆発痕と大火傷、頭部挫傷……あ? 爆発痕?

 

 処置をしながら考える。すでに意識は無かったから気絶はさせない。

 なんだ爆発痕って。……炭鉱崩落は、故意によるものってことか?

 

 だとすると生き埋めになってる奴らがあぶねぇな。が、炭鉱を崩して何になる。大量殺戮をしたいだけってわけじゃないだろう。

 いや、アメストリスで起こるすべての事件にホムンクルスが関わっている、とは流石の俺も思っちゃいないけど、ここまでの規模となるとやはり誰かの何かしらの意図が絡んでいると思えて仕方がない。

 

「次」

 

 ヨキ……は、ないか。あの小心者が復讐とはいえこんな大惨事引き起こせるかよ。

 そもそも爆薬をどこで手に入れたって話ではある……が、ラッシュバレーとかで結構簡単に手に入るんだよな。危なすぎる。

 

「次」

 

 この炭鉱に恨みを持つ者。

 いないだろ。ヨキ以外。気のいい奴らばっかだぞ。

 

「次」

「次」

 

 なんにせよ、さっきの爆発痕のあった奴と、今も生き埋めになってる奴らから事情を聴けば一発解決かな。

 そのためにもうやむやにされん内に助け出さなきゃならん。

 

「次」

「次」

「次だ。おい、次」

 

 ──来なくなった。

 なんだ? 外で何かあったのか?

 

 警戒ゼロで小屋の外に出る──と。

 

「止まってください! あなたはまだ動ける状態じゃ……」

「気持ちはありがたいが、息子が中にいるんだ! 少しでもいい、瓦礫を退かして……」

 

 とか。

 

「夢、か?」

「いいえ。奇跡ですよ。……あなたは治ったんです」

「ならば……儂の班の者達は」

「……それは、まだ」

「な、らば……助けに、行かんと……」

「だめですよ! 肺に穴が開いていたんですよ? それを……」

「奇跡とは皆で分かち合うもの。儂一人が受け取ったところで何も嬉しくはない……心配は、感謝する」

 

 とか。

 

 俺が治す際に意識奪ったやつはともかく、そうでないのは怪我した体を引きずって、あるいは快癒せども意識朦朧な状態ででもと身体を揺らして、崩落した炭鉱へ向かおうとしている。

 ……せっかく治したんだから無駄死にはやめてほしいんだがな。それにまだ対価を貰っていない。未払いで冥府に逃亡とか、許さんぞ。

 

「ん……? こど、も……」

 

 疑問を持つ前に、だ。

 顔を掴んで生体錬成を発動し、意識を奪っていく。

 ニューオープティンの森でやったのと同じだ。記憶は奪わないが。

 

 ふらついた大人数十人程度なんてことはない。

 一気に制圧して──向けられる恐怖の目に気付く。

 

「意識を奪っただけだから、適当に寝かせておいて。俺はアレどうにかしに行くから」

「は……はい」

 

 問題があるとすれば──どうにかできるかどうか、の方だ。

 

 

 

 

 俺の錬金術である緑礬は、知っての通り触れた個所から侵食するような形で対象を緑礬に変え、風化させる。

 それを今炭鉱の入り口で積み重なっている落石に使ってみろ。

 下の石が崩れたらバランスが変わって上の石が……って具合に、さらに大きな崩落を招きかねん。

 侵食速度を上げたらいい、というそこの君。

 できてたら苦労はしない。

 そう、俺の緑礬の弱点は侵食速度が一定以上にならない、ということだ。

 媒介が俺の血液や血肉だから、俺がそれを俺であると認識し続ける限り緑礬は発動し続けるんだけど、たとえばイシュヴァールでやったように谷を作るのなら地中深くまで落ちていく血液を意識し続ける必要があるし、速度は普通に重力任せなので上げられない。

 

 まぁ十分強いんだけど、こういう場面では活きないのである。

 

 ──いや、まてよ?

 

「憲兵、爆薬の類はあるか?」

「ば、爆薬ですか? まさか落石を吹き飛ばすつもりじゃ……ダメです、中に人間がいる状態でそんなものを使えば、」

「人間と一緒にするなよ憲兵。こちとら国家錬金術師、人間兵器だぞ。爆薬を普通に爆薬として使うワケないだろ」

「……で、ですよね。……そ、そう。そうですよね。それならこちらに発破用のものが。先ほど一人の炭鉱夫に調べておいてくれと言われたものです。特に異常はなかったのですが……」

「ん、ありがとう。そんじゃ離れててくれる? 巻き込むと危ないから」

「りょ、了解であります!」

 

 キョドりすぎだろ。

 ……顔、覚えた。気になるよな。なんで崩落現場の近くうろついてたんだろうな。

 

 では、これもさておこう。

 

 俺が何をやるか、なんてわかり切ったことを説明する必要はない。

 

 爆薬を体に括り付けてー。

 BOMB!

 

 

 

 バランスを崩す間もなく風化して崩れた落石達。

 その中に、彼らがいた。

 

 顔面蒼白、唇は紫。

 チアノーゼか。酸欠だったんだな。

 

「助けに来た。外の奴らも全員生きている。あとはお前らが生きて帰るだけだ。──歩ける奴はいるか?」

「たす、け……?」

「そうだ。よし、じゃあお前から──」

 

 蒼白顔の炭鉱夫の口が動く。

 

 い、え、お。

 逃げろ。

 

 ──瞬間、俺の足元が大量の光を放ち──爆発した。

 

 

++ * ++

 

 

 炭鉱の中は、凄惨な有様だった。

 千切れ、折れ、潰れた肉塊が壁に張り付いている。それらは悉くが焼けていて、つまりもう無理だとわかる。

 

「おや、前の時のようにすべてを結晶化する、ということはしないんですね」

「したら崩落でかくなるだろ馬鹿か」

 

 俺の──じゃない。

 俺はもう再生している。だからこれは、生き残っていた炭鉱夫のものだ。

 

 もう無理だ。死んでいる。

 これじゃあ俺は治せない。

 

「上官殺しで捕まったって聞いてたけど?」

「ええ。ですが、今世間を騒がせているテロリスト"国家錬金術師殺し"がイシュヴァール人の集団であるとわかりましたので、お上が特別措置として釈放してくれたのですよ。条件は一つ。テロリストの全てを殺し切ること」

「で、それがユースウェルの炭鉱爆破とどう繋がるんだ?」

「いえ何、ここでイシュヴァール人の子供が匿われている、という話を小耳にはさんだもので。それを住民に問いますと、知らないの一点張り。不審に思ってこの炭鉱周辺を監視していれば、やはりいましたね、イシュヴァール人が。褐色肌に赤目の子供」

「テロリストは大の大人だっただろう。子供を狙う理由はあんのかよ」

「子供でも大人でもイシュヴァール人ですよ。()()()殲滅戦があったのです。同胞を殺した恨みとして、アメストリス人全体に恨みを抱えていてもおかしくはない。小さな子供でも、ね」

 

 それは正しい。

 実際そうであるイシュヴァール人はいるのだろう。殲滅戦当時は子供で、命からがら逃げ延びたけど、復讐心だけが育って青年になった──そういうイシュヴァール人が。

 

「テロリストを殺すことが条件であるのなら、テロリストの芽も潰しておくのがサービスというものではありませんか?」

「ま、否定はしないよ。人間の恨みつらみってのは莫大なエネルギーだ。憎悪と憎悪の連鎖はその地に残留するくらいには強い」

「おや、意外ですね。貴方は幽霊の類は信じない方だと思っていましたが」

「実際見たことあるからなぁ。信じるも信じないもないっつーか」

 

 背後から足音。複数人だ。

 爆発音を聞きつけて駆けつけてきたのだろう。

 

 メモ帳を取り出そうとした──その瞬間。

 俺の横を爆破の筋が走って、再度入り口が崩落した。崩落させられた。

 

「確か貴方は造形する錬金術を苦手としていたはず。これで如何でしょう?」

「なに? やけに気が利くじゃん。投獄されて真人間に目覚めた?」

「真なるヒトにそう言われると、中々嬉しいものがありますね」

 

 真っ暗になった炭鉱内。

 その中で──妖しく光る、赤い石。わお、もう貰ってんのか。あの大きさ、殲滅戦で使ってたやつじゃないな。

 

 身を屈め、一気に間合いに入る。

 そしてその腹に手を当て──俺の腕が、破裂する。

 

「ッ!」

「おお、怖い怖い。そう──貴方、ただの医者に見えて、実はとても速く動けるのだとか。闇討ちや奇襲もお手の物。生体錬成は治すだけでなく壊すことにも使用でき、特に危険なものは記憶操作──合ってますか、この情報」

「合ってるよ。ブラッドレイに貰ったのか?」

「まさか。むしろ彼には睨まれましたよ。"アレは私の獲物だ。アレに止めを刺すのは私だ。横取りをするなよ、人間"とね」

「ワオ熱烈に愛されてんな俺」

 

 ブラッドレイにそんな力熱があったなんて。

 えー、距離置こ。

 

「まぁ情報源が誰かなんてどうでもいいや。そんで、それを知ったお前さんはどうすんの? それで俺を殺せるワケ?」

「フフ、おかしなことを言いますね。私の仕事はテロリストであるイシュヴァール人を殺すこと。貴方をどうこうすることは仕事に含まれていません」

「だったらさっきの爆発と腕の破裂はなんだったんだよ」

「降りかかる火の粉は払う、というだけですよ」

「百歩譲って腕の破裂はそれでいいとして、最初のはなんだよ」

「私が潜伏していた穴が貴方に踏まれそうになったので爆破しました。正当防衛でしょう」

「人間地雷かお前」

「お互い様では?」

 

 破裂した腕をぐじゅりと再生させる。

 

「隠さないのですね」

「誰も見てねぇし、見てんのは俺が不老不死だと知ってるお前だけ。ならなんでカモフラージュの生体錬成を使う必要があるんだよ」

「……不老不死。不老不死。……私達錬金術師が一度は夢見る真なるヒト。雌雄同体の龍。尾を食らう蛇。太陽の記号──呼び名は様々ありますが、世界が始まって以来誰も成し遂げたことのない神秘」

「なんだ、興味あるか? なってみたいかよ、紅蓮の錬金術師」

「死んでもお断りしますよ。そんな美しくないものに自身がなるということは、毎日毎日、自らが美しくないことを自覚しながら生き続けなければならないということ。それが終わらないなど、私にとってはそちらの方が地獄です」

 

 舌を噛み千切り、プッと飛ばす。

 それが地面に当たる前に地面ごと爆破された。

 

「破裂ばかりだな。爆裂は使わないのか?」

「貴方がこっそり岩と岩の間を錬金術で穴埋めしたというのに、ですか?」

「なんだよ気付いてたのか」

「ええ、遠隔で錬成ができる、というのも教えられましたから」

 

 ま、ブラッドレイじゃなくても知ってることだろう。

 報告もしてただろうし。

 

「それでも時間の問題じゃないか? この密室でいつまで呼吸が保つよ」

「そうですねぇ、保って四時間くらいじゃないでしょうか。普通なら」

 

 言いながら、それ……賢者の石を見せてくる。

 その周囲から出ている気体は……あー、そういう使い方もできるのね。贅沢な酸素ボンベだなオイ。

 

「で、耐久勝負するか? お前さん、イシュヴァール人殺しに行かないといけねえんだろ?」

「そうですね。仕事を疎かにするのは私の信条に反しますから、貴方との決着はまた次の機会に、ということでお願いできますか?」

「ああ、いいよ。ただ気をつけなよ。イシュヴァール人、お前が思ってる千倍強いから」

「でしたら貴方もお気を付けください。──着々と、計画は進行しているようなので」

「何の、」

 

 話、まで言えなかった。

 何故って──俺の身体が大爆発を起こしたから。……いつの間に。

 

 ガラガラと崩れていく炭鉱の奥で、手を振って別れを告げてくる彼に、こちらもバラバラになった手を振る。

 流石にそこまではできないと思っていたのだろう、ギョッとした顔にニヤりと笑みを投げて──ぐじゅり、と再生した。

 

「りょ──緑礬の錬金術師殿! 大丈夫です……ひっ!?」

「お前か。キンブリー中に引き入れたの」

「あ、い、いや、ちが、脅されて」

 

 さっきのキョドり憲兵。

 彼の顔を掴んで、意識を奪う。まったくさぁ、脅された程度で……いや怯むか。相手紅蓮の錬金術師だし。むしろ立ち向かえる奴のが稀有だわ。お前フツーだよフツー。

 

 さて、後片付けだ。

 飛び散った血肉を結晶に変えて風化させる。

 そんで、中で生き埋めになってた人達は……しゃーない、作るか。流石に爆散してました~、じゃ色々都合がつかないだろうし。

 大丈夫大丈夫。全員覚えてる。顔も体つきも声も。だから喉の作りもね。

 あ、これは人体錬成じゃなくて生体錬成ね。魂も精神もない肉人形。原作でもロイ・マスタングがやってたやつ。

 

 計三十人分。

 ……なんらかの手段で後ろのが掘り起こされた時が面倒だな。少し緑礬で崩しておくか。再起不能なレベルに。

 

 しかし。

 しっかしイシュヴァール人討伐、ねぇ。

 分解と再構成の使えるイシュヴァールの武僧相手に、彼らの最大の敵と言っても過言ではないアイツが行って……果たして無事でいられるかどうか。

 

 しーらね。

 

 

 

** + **

 

 

 

 それはエドワードとアームストロングがリゼンブールへ向かう汽車に乗っていた時のことだ。

 突然アームストロングが窓から身を乗り出して駅構内を歩いて行った男性に声をかけた。「あなたはマルコー医師ではないか」と。

 問われた男性は一目散に逃亡。エドワードとアームストロングはこれを追いかけ、彼がこの街で「マウロ」という名の町医者をやっていることを知る。

 そうして聞き込み調査を重ねた結果、彼らは「マウロ」の家に辿り着く。

 

 マウロ。本名をティム・マルコー。かつてイシュヴァールの内乱において錬金医師として投入され──しかしその全ての時間を全く違う研究に使わされていた男性。

 その研究が。

 

「賢者の石……」

 

 そう、錬金術の効果を底上げどころか何段階も上げる石、賢者の石。

 ティム・マルコーが研究していた石がその名を持っていた。軍上層部に命じられ、悍ましい実験と共に賢者の石を作る実験を戦地でしていたのが、このティム・マルコーだ。

 

 しかし、軍上層部には誤算があった。

 もっと出るはずだった素材が早々に尽きてしまったのだ。とある錬金術師によって、素材としては使えない状態にまで復元されてしまったがために。

 ゆえに焦った上層部はマルコーに石の研究を急がせた。少ない材料でも作ることができないか、材料を何かで代替できないか。手を変え品を変え命令を出してくる上層部にマルコーは人形のように従った。そこに意思など介在しない。そこに意思があっては良心の呵責で狂ってしまう。だからマルコーは、言われるがままに研究をし続け──そして。

 

「そして……?」

「とうとう"材料"が底を突いた。すると、どうだ。軍上層部は、今度は……私達研究チームから、"材料"を奪おうとしてきたんだ」

「その"材料"ってのは……」

「すまないがそれは教えられない。あの研究は禁忌にしなければならない。私はその命令を拒否した。そしてその夜にはそこを去った。身の危険を感じたからね」

 

 ゆえに逃げて、逃げて、この街に身を隠したのだとマルコーは語った。

 話はそれで終わり。賢者の石の材料も製法もマルコーは話さない。

 

 ただ──。

 

「ヴァルネラ、ってのは……アンタよりすげぇのか、マルコーさん」

「っ! ……ヴァルネラ医師か。そうだな、彼は凄い。私などよりも……遥かに」

「なら、アイツなら賢者の石の製法を知ってるかもしれねえ、ってことでいいんだよな」

「……それはわからない。だが……軍上層部はヴァルネラ医師を酷く酷く嫌っていた。その名を聞くだけで顔をゆがめるほどに」

「それって……」

 

 その意味をマルコーは知っている。ただ、それだけではないようにも思っている。

 少なくともあの地で"材料"が底を突いたのは紛う方なきヴァルネラ医師のせいだ。あるいは、おかげ、かもしれないが。

 ただ、それ以上に、もっと根深い怨恨が彼と上層部にはあるように──マルコーは感じていた。

 

 だからそれは、一般的には"口を滑らせた"というのかもしれない。

 

「ある……ある将校が、こんなことを言っていたよ。"緑礬の錬金術師さえ手に入れられたのならば、賢者の石の研究などしなくていいのだがな"、と……」

「それは、彼が賢者の石の代替品になる、ということですか?」

「……そこまではわからない。ただ彼は軍においては真人とされているか……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 忘れられるはずがないだろう、という三人の心の中のツッコミ。

 そしてそれ以降、ティム・マルコーは口をつぐんでしまった。材料も製法も研究資料の在り処も口を割らない。彼が持つ不完全な賢者の石も渡さない。

 

 ゆえ、エドワードとアームストロング、そして彼に担がれたアルフォンス・エルリックは駅への帰還を余儀なくされた。

 ティム・マルコーは見送りに来ることもなく──エドワードたちは、当初の目的地であるリゼンブールへ向かう──。

 

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