緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第5話 掛け違う真相

 リゼンブールへようやく到着した。

 まぁティム・マルコーに会っても言えること無いしな。肩の傷治してやるくらいだけど、流石に自分で治せるだろうし。

 いやぁ。

 いやぁ、いいね。久しぶりの田舎だ。

 

「ん-じゃま、エルリック家……はもう無いから、ロックベル家に──」

 

 

 

「え、帰った?」

「あはは……入れ違いですね。エドワード君たちなら、今朝の始発に乗ってイーストシティに帰りましたよ」

「マジか」

 

 始発か。それなら俺がわからないのも納得。すれ違った汽車ならアルフォンス・エルリック独特の氣でわかるけど、始発汽車はすれ違いさえしてないからわからんわからん。

 えー。

 えー。

 ティム・マルコーから研究資料の在り処聞いたりしたのかなぁ。ラスト、図書館燃やすんだろうか。

 おいおい後手後手もいい所だぞ。

 

「あの……あなたはヴァルネラ医師、ですよね。緑礬の錬金術師の……」

「ん、あぁそうだぞ。そういうアンタはユーリ・ロックベルだな。さっきいたのはサラ・ロックベル」

「な……何故自分たちの名を」

「殲滅戦出ててお前らの名前知らん奴いねーだろ。前線も前線なんなあぶねーとこで良く治療なんかし続けたよ。素直に称賛するわ」

「そんな……いえ、ありがとうございます。そうだ、少し上がっていってくれませんか? お話したいことがいくつかあって」

 

 こ、これはっ!

 田舎に行くと割合ある「少し上がっていって(夕方くらいまで)」のパターン!?

 生憎とそんな時間は……あるけど。ロックベル夫妻が俺に何を話したいのか気に……なるな。あと結局鉢合わせなかったピナコ・ロックベルとかウィンリィ・ロックベルにも会いたいな。

 

 お?

 断る理由なくね? 確かエルリック兄弟がティム・マルコーの研究日誌解読するのって10日くらいかかってたよな。シェスカが見つからないって可能性もあるし、ラストがもっと手際よくやってる可能性もある。

 

 ……10日の猶予デカいな。

 

「まぁ、いいよ。特に予定もないし。ただ錬金術の話は勘弁な。あんまりペラペラ口外するもんじゃねーんだわ」

「あはは……問題ないですよ。ロックベル家に錬金術を理解できる人いませんから」

「ん? そうなん? でも機械鎧技師いるだろ?」

「あ、はい。いますが……」

「機械鎧も錬金術ちょっと使ってんだぜアレ。ん-、ちょうどいい機会だ。現代の機械鎧って外側、つまり手足とかが主流じゃん? けど、俺今度内側……心臓含む内臓の機械鎧、ペースメーカーとか他の内臓の代替となれるもんを作れないか試してみようと思ってんだよね。それも稼働したまま外部からメンテナンス可能な奴。その辺の話しようぜ、医学の話交えながら」

「ぜ……ぜひ! 母も喜びますよ! あ、ウチでは母と娘が機械鎧技師で」

「俺も機械鎧そのものはからっきしだからなー、ここで見聞を広めたい」

 

 という風に。

 いや、いや。

 盛り上がっちゃってさ。

 

 それなりの時間をリゼンブールで過ごしたよね。

 

 

** + **

 

 

 セントラルは国立中央図書館。

 そこにエルリック兄弟はいた。

 

「えーと、ヴァルネラヴァルネラ……あ? うげ、この棚全部ヴァルネラかよ!」

「兄さん兄さん。ここ図書館だよ。大声はダメだよ」

「わーってるわーってる。……はぁ!? 次の棚も……その次まで!」

「兄さん……あ、ごめんなさい。強く言って聞かせますので、本当にごめんなさい」

 

 リゼンブールの鍛冶師たちから譲り受けた鎧の素材。それにより、引き延ばすこともせず完全な姿へと戻ったアルフォンスは、ギャーギャー言いながら図書館の棚を見て回る兄に溜め息を吐く。吐けない体だけど、わざわざ「はぁ」と言った。

 周囲の目が痛いのだ。

 ここは国立中央図書館。

 当然、利用客も多い。軍人や憲兵、一般人や民間の錬金術師まで様々な人間が本を読んでいる。静かに。

 

 突如現れた豆粒ドチビ……なんてアルフォンスは思っていないけれど、静かな図書館に突如現れた騒ぎ立てる子供はさぞかし迷惑だろうなぁと肩身の狭くなる思いだった。

 

 そんな凹凸激しい彼らに声をかけてくる者。

 

「お? なんだお前さんら、勉強か?」

「あれ、ヒューズ中佐?」

「よぅ。イーストシティで別れて以来だな」

 

 マース・ヒューズ中佐。軍法会議所勤務のメガネをかけた美人嫁持ち子持ちのおじさんである。

 

 

 

「上からの命令で突然の釈放……そういうこともあるんだなー」

「過去にもないことは無かったんだがな、ちょいと気になるレベルの速度で出されたもんだから、こっちもてんやわんやでよ。俺はここの分館に殲滅戦の時の記録を取り出しに来たってワケ」

「殲滅戦。……中佐も参加してたんだっけ」

「あぁ、俺はほとんど後方支援だったけどな」

 

 座りながら本の読めるスペースで、エルリック兄弟とヒューズがそれぞれに必要な本を読み漁る。読みながら会話できるのは前提で。

 

「うげぇ……」

「なんだ、エドワード。そんなにグロいこと書いてあんのか?」

「いや、グロさとかじゃなくて……」

「多分兄さんはイライラしてるだけだと思います。ヴァルネラさんのイメージに反して、著書があまりにも完璧なので」

「あー、そいや東方司令部でもお前さんらヴァルネラ医師のこと嫌ってたもんなぁ」

「僕は嫌ってないですけど、兄さんが」

 

 無論、アルフォンスとて少しは「怪しい」と思っていたりはするのだけど、それを通り越して「お医者さんはすごい」という純粋な気持ちが彼の中にあるために、「怪しい」が表に出てくることはない。

 実際にすごいのだ。

 人体錬成の際に手足を"持ってかれた"兄を前に、隣の家の医者夫妻は迅速なまでの処置をしてくれた。何から何に至るまでが完璧な連携を取っていて、おかげでエドワードの命は助かった。「お医者さんはすごい」。その知識量は錬金術師にだって勝るとも劣らないだろうことを、アルフォンスは知っている。

 

「で? お前らなんでヴァルネラ医師の著書なんか漁ってるんだ? 医者でも志すのか?」

「……ちょいと危険な話過ぎて中佐には教えらんねえ」

「お、なんだ違法行為か。賭博はほどほどにしておけよ? 国営の奴だけにしとけ、その方が安全だ」

「ちげーよ」

 

 ティム・マルコーの発言が正しいのであれば、賢者の石の研究をさせていたのは軍上層部。それも殲滅戦への命令決定権を持つような……将官クラスである可能性が高い。そんな者が発していた「緑礬の錬金術師さえ手に入れることができれば賢者の石の研究などしなくていい」という発言と、それなのに軍上層部がヴァルネラを嫌っているという事実。

 二つを掛け合わせ、辿り着く真実は──流石にまだ無いけれど、これはあまり言いふらさない方が良い情報だ、ということはわかる。

 

 特に軍人相手には危険だ。

 ソイツがその将校に繋がっている可能性は勿論の事、その事実を知ったから、という理由で口封じが為される危険性もある。

 マース・ヒューズはまだ中佐。階級的には高い方ではあるとはいえ、油断はできない。

 

「ヴァルネラ医師のことで危険、ねぇ。……そうだ、お前らこんな噂知ってるか? 俺は全く以て信じてない噂なんだけどよ」

「信じてねーのかよ」

「ハハハ、全くな。荒唐無稽もいい所だからなぁ」

「で、何。その噂って」

「──緑礬の錬金術師は不老不死である」

 

 不老不死。

 錬金術においては神と同等か少し下とされるもの。太陽の記号や雌雄同体の龍、尾を食らう蛇などで表される、錬金術師の、いや人間という存在が一度は夢見る"富"。

 そんなものが、ヴァルネラ。

 

「馬鹿馬鹿しい」

「だろ? だから信じてないんだよ俺は」

「でも、確かにヴァルネラさん若いですよね。若いって言うか兄さんより年下に見えるっていうか。でも国家錬金術師歴は80年、なんでしたっけ」

「あぁ、そうだ。俺が士官学校入った時も、軍人なった時も、殲滅戦参加した時もあの姿だった。幾らか歳を取ったら若返る、とかじゃねぇ。ずっとずっとあの姿のままだ」

「そりゃ……」

 

 もはやバケモンだろ、という言葉をエドワードは飲み込む。

 少し前に自戒したばかりだ。良く知りもしないのに知ったような口を聞いて、あるいは傷つけてしまったかもしれない人が二人いる。

 

「もはや化け物、ってか?」

「いやオレ言わないようにしてたのに」

「ははは、いいんだよ。多分軍人なら誰もが思ってる。俺もロイもな。でも普通に付き合いがあるし、俺なんか娘が生まれた時のパーティに呼んだ。なんでかわかるか?」

 

 化け物と思っている相手を自らの懐に入れる。警戒もせず、恐怖もせず。

 それが何故か。

 

「アイツが凄腕の医者だから……とか?」

「ちょ、オイオイ。俺がそんな打算まみれに見えるのか? そうじゃなくて、あの人笑わないんだよ。自嘲気味だったり偽悪的にだったりで笑うことはあっても、嬉しそうに、楽しそうに笑ってるとこを見たことが無かった。だから呼んでみたんだ。幸せのお裾分けって奴さ」

「それは……素敵な考えですね。ヴァルネラさんはそれで笑ってくれたんですか?」

「ああ。ちょっと困ったように、ではあったけどな。そういう風にさ、こんだけすげぇことしてくれてる人なのに、心から笑ってくれないなんて寂しいだろ? まぁロイがこの理由かどうかはわかんねぇけど、一般兵の中にゃこういう理由ですれ違ったら挨拶したり、食事に誘ったりする奴も多いんだぜ」

「……笑わない、ねぇ」

 

 余計化け物染みたが、とか。

 誰も思ってない。

 

「ああ、そうそう。そういや俺の娘の誕生パーティな。あの人、すげえことして帰ってったんだよ」

「すごいこと?」

「何をしたと思う? 生まれたばかりの赤ん坊に目線の高さ合わせて、その場にいた誰もが驚くことだ」

 

 突然のクイズに兄弟は考える。

 ヒントの少ないクイズだけど、ヴァルネラを思い浮かべてポクポクポク。

 

「首切って生体錬成でくっつけて驚かせた、とか……」

「べろべろばぁ、ってしながら舌を長ーく伸ばしたとかですか?」

「お前らあの人のことなんだと思ってんだ?」

 

 それはもう生粋の化け物である。

 

「会話したんだよ。娘と」

「……ん? 誕生()パーティで、だから……初めての言葉がヴァルネラとの会話だったってこと?」

「いいや、誕生パーティだ。生まれたお祝いだよ。俺の娘エリシアは0歳で、多分俺がパパだってことさえわかってないような時分だ」

「そんな赤子と……会話を?」

「そ。中には会話したフリしただけだ、っていう奴もいたけど、ヴァルネラ医師は生体錬成の応用で他者の精神を診断することもできる。あの人ならもしかしたら本当に……ってな。すげぇだろ? ……って、どうしたエドワード。アルフォンスも」

 

 精神を診断、会話。

 天才という言葉を恣にする二人の脳内に、今まで拾ってきた数多くのワードが駆け巡る。

 一般人であるヒューズだからこそのこのワードチョイスだ。これをもし錬金術風に言うのなら──。

 

「あの人は……魂を認知して、会話ができる?」

「まさか、マルコーさんの言ってた"人から奪う材料"って……」

 

 ヴァルネラは軍上層部から嫌われている。もしそれが、言うことを聞かないからだとしたら。

 ヴァルネラは魂を認知し、会話し、あるいは操作までできる。

 ティム・マルコーの参加していた実験は軍上層部からの命令で行われていて、ある"材料"をもとに賢者の石を作るものだった。

 材料が底を突いたあと、マルコー達研究チームから──つまり人間から材料を抽出しようとした。だからマルコーは逃げた。

 

 ある錬金術師のせいで底を突いた実験材料。

 戦場で死地にある者を治癒し続けたヴァルネラ。軍上層部は非道な実験を表沙汰にはしたくないはずで、なら目をつけるのが戦地の死体であると考えるのはなんらおかしなことではない。

 

 様々な思考が、バラバラな思考が二人の頭を巡り、そして辿り着く。

 

「賢者の石の材料は……ヒトの魂か?」

「おわ、なんだよいきなり。いきなり黙ったかと思えばいきなり意味深な顔して……なんだ? 賢者の石? 魂?」

「いや、中佐は聞かなかったことにしてくれ。あ、そうだ。娘さんとヴァルネラが話した時の会話内容って覚えてるか?」

「聞かなかったことって……まぁわかったけどよ。で、会話内容ね。覚えてるよ。印象的だったからな」

 

 エドワード達はヒューズから聞かされたソレを書き留める。

 ──"ええ、そうですね。……それくらいはしましょう"。

 ──"ああいえ、私、こんなナリですが子供ではないので"。

 ──"はい。ですが、……その代価が、等価と認められたら、ですかね"。

 

「こんだけ?」

「こんだけだ。なんだ、期待外れだったか?」

「いや……」

 

 賢者の石の材料がヒトの魂である。

 このピースと、ヴァルネラが魂と会話できる、というピースは別のパズルのものであるという印象を受けたエドワード。

 覚えていて損はない。だけど今調べていることには嵌らない。

 ただやはり、代価、等価というワードは錬金術関連のものだ。会話していたフリなどではなく、ヴァルネラはエリシアの魂を認め、それと会話していた可能性が高い。

 

「ありがとな、中佐。ためになった」

「おお、そうかい。ソイツは重畳だ。……っと、ちょいと長居しすぎたな。俺の調べ物が長引くと他の奴らの残業が増えちまうんで、俺はここらで失礼するよ。お前らも、風邪ひかない程度に頑張れよ」

「おう、改めてありがとな中佐」

 

 マース・ヒューズが去っていく。

 エドワード達との会話の最中に目的の記録を見つけていたのだろう。卒がなく、頭の回転の速い人だと二人は痛感する。

 

「兄さん。次、彼に会ったら」

「ああ。とっ捕まえて拷問だ」

「そこはせめて尋問って言おうよ……」

 

 手をワキワキさせ、頭の一本角もとい髪を稲妻のような形に変形させるエドワード。その表情は悪鬼羅刹。とても正義を為すような人物には見えない。初めから正義の味方ではないのだが。

 

「……と、まぁ無駄かもしんねーけど、アイツの書いた精神や脳に関する著書も漁っておくか」

「だね。……どうする? 鎧とか無機物への魂の定着方法とか書いてあったら」

「膝蹴り追加だな」

「あはは……」

 

 兄弟はまた、巨大な図書館の奥へと消えて行ったのだった。

 

 

** + **

 

 

 それなりの時間をリゼンブールで過ごし過ぎたよね。

 いやぁ、気のいい家族! そんで手料理!

 俺ってば不老不死だから食事必要ないわけよ。俺自身が美味いモン好きだから全然フツーに外食するけど、自炊はほぼやってなくて、さらにはこういう家庭料理とか食べる気なくて。

 うめーわ。

 フツーにうめーわ。サラ・ロックベルの料理もピナコ・ロックベルの料理もうめーわ。

 医学、機械鎧、生体錬成談義もかなり盛り上がった。体内に埋め込むなら別に鎧にしなくていい、外部からメンテナンスするなら肉体との癒合部分の鎮痛をどうするか、生体錬成の仕組み、どうして医者になろうとしたのか、機械鎧の良さ、機械鎧の可能性。

 ピナコ・ロックベルから「もしアンタが四肢のどっか落としたら機械鎧の一本くらい無料でつけてやるよ」と言われる程度までには仲良くなった。絶対お世話にならないんだけど。

 

 そんな感じで後ろ髪を引かれながらの帰還。

 行き先はイーストシティ。もう他から報告上がってるだろうけど、そういえば俺炭鉱崩落事件の報告なーんもしてなかったじゃんって思い出したのである。

 

「ん? 崩落事故? ……ああ一週間前の。いや、流石に遅すぎでしょう。道草食ってたってレベルじゃないですよ」

「スマン。だからアレだ。俺を調査に行かせた等価がこの大遅刻で」

「チャラになるって自分で思ってます?」

「思ってないから謝ってる」

 

 ロイ・マスタング。

 なんか……イライラしてる。ふむ。

 

 腕がいつもより上がっていない。足も背筋もぐったりしている。倦怠感強めか。ストレスもあるな。イライラしているし、血圧も上がっている。こめかみを揉んでいるのは俺に呆れているからではなく頭痛だな。あ、机の上のペン落とした。注意力散漫。

 

「お前今寝不足だな、ロイ・マスタング」

「……だからなんですか」

「原因は……そうか、刺青の男(スカー)か。俺がいない間に何件あった?」

「アナタは……。はぁ、まぁいいです。国家錬金術師殺しは起きてませんよ。イーストシティには私しか殲滅戦に参加した国家錬金術師はいないので。ですが、この街の地下にある古代の下水道、それが地上に露出している付近で大きな爆発がありまして。そこに血まみれの刺青の男(スカー)の服が。恐らく何者かと戦闘したものと思われます」

「誰か殲滅戦に参加してた国家錬金術師が入ってるって話はないのか」

「ないですね。だから困ってんですよウチも。誰か殺されているかもしれない。今度こそ民間の誰かかもしれない。今のところ国家錬金術師しか狙っていないからといって、いつその矛先が民間人に向くかはわかりません。アルフォンスだって関係のない民間人だったのに壊されたことを考えるに、仲間を救うためならなりふり構わない可能性が高い」

 

 確かに。

 もしアルフォンス・エルリックが中身空っぽじゃなかったら、あの時殺されていたやもしれない。殲滅戦に参加していない、国家錬金術師でもないアルフォンス・エルリックが。

 

 ただ、俺的には爆発って言葉と刺青の男(スカー)って言葉でなんとなく想像はついているんだが、原作でも爆発してたから微妙なんだよな。

 つまり、グラトニーと戦ったのかキンブリーと戦ったのかわかんないっていう。

 

「悩みの種を増やすようで悪いが、一応共有しておく。ゾルフ・J・キンブリーが出所している」

「……な、あの紅蓮の錬金術師が?」

刺青の男(スカー)たちがイシュヴァール人の集団だってわかったから、やり残しを全員殺し切ることを条件とした出所だとよ」

「あの男が市街を出歩いているということですか……?」

「やべーだろ? んで、炭鉱崩落の犯人もキンブリーだ。炭鉱夫たちがイシュヴァール人の子供を匿っていたから爆破したんだとさ」

「……!」

 

 ゾルフ・J・キンブリーの狂気は殲滅戦に参加した兵士ならば誰もが知っていることだろう。

 たとえ担当地区が違えど、必ず耳に入ってくる──爆弾狂。

 

 それが街中にいて、何なら東部にいて。

 イシュヴァール人を殺すためなら周囲を巻き込んでまで爆破の錬金術を使用する、など。

 

「……っ、次から次へと頭痛の種を……!」

「ユースウェルは生き埋めになった三十余名プラスそのイシュヴァール人の子供が死亡。それ以外は生きてる。全員治した。キンブリーの行方はわからんが、イシュヴァール人の多く住む場所に行くとしたら」

貧民街(スラム)か!?」

「と、俺は睨んでる。どこのスラムかは微妙だが、イーストシティ周辺のどれかであるのは間違いないだろう。ただ困ったことに」

「キンブリーの行動は軍の命令によるもの……憲兵では止められんか」

「そ。さらに言えば、憲兵だの一般兵士だのに"スラムのイシュヴァール人の避難誘導して"つってもやる気出す奴いねーだろ」

 

 一応今のところ大惨事は起きていない。

 ゾルフ・J・キンブリーはあくまで自らの矜持のもと動く狂人だ。その感性、その価値観が常人と違うから狂人とされているだけで、彼の矜持から見たら理性的な行動をしているとさえ言える。

 スラムを爆破することは彼の矜持には合わなかったか。それとも余計なことをしている余裕がないだけか。

 

 ホムンクルス側としても余計な場所に余計な血の紋刻まれても困るはずだから、注意を促したって可能性もあるな。vsキンブリーじゃ細々と暮らすイシュヴァール人でさえ憎悪を募らせてもおかしくはないから。

 

「ロイ・マスタング。俺はセントラルに帰る予定だが──まぁ、今言ったように報告が遅れた対価が必要だ。お前らの要請を受けた対価は今度俺からのなんか要請を受けてもらうことでチャラにするとして、今回の件に関する対価はとっとと支払っておきたい。入れ子構造の等価交換はダルいからな」

「要約すると一件だけなら何か手伝ってくれる、と」

「"年寄りは話が長い"。また言われたなぁ」

「だから言ってませんってそんなこと」

 

 考える。

 ロイ・マスタングは考える。俺に任せるべき案件がどれか。俺をぶつけるべき相手はどれか。

 "生体錬成の権威"、"戦場の神医"、"緑礬の錬金術師"。何を申し付けるにも十分な肩書きが揃っている。

 

 さて、彼の答えは。

 

「──刺青の男(スカー)です」

「ほう。キンブリーではなく、か」

「ええ。何故なら彼らは貴方が逃がした存在。貴方が撒いた種だ。私は貴方のあの行いを否定しない……どころか称賛さえしていた。けれどあの時貴方はあの行動を"要否"故と答えた」

「そうだな。それでお前は俺に幻滅した」

「イシュヴァール人を逃がし、テロリストにするという行為が貴方の言う"要否"だったのですか、ヴァルネラ医師」

 

 ……。

 まぁ、ふん。そうか。いいとこ突くな。

 

「違うな」

「では、彼らを正しい軌道に戻すのも要否──違いますか?」

 

 正しい軌道、なんてものを決めるのは俺じゃあないとは思うが。

 確かにそうだ。俺があの時彼らを逃がしたのは傷の男(スカー)兄を助けるため。あの頭脳さえあれば他はどうでもよかった。

 しかしそれが今アメストリスの脅威となっていて、それを潰すための戦力(キンブリー)までもが民間人の脅威となっているのならば。

 

「いいぜ。イシュヴァール人のテロリスト集団刺青の男(スカー)を探し出し、そしてそれをまとめて居るだろう奴も探し出して、話を付ける。奴らが分解と再構築の腕を持っていようが関係ない。都合よく俺は生体錬成のスペシャリストだ。奴らの天敵だろう」

「……キンブリーの動きはこちらでも探ってみます」

「いや、危ない橋は渡るな。つか刺青の男(スカー)は複数人なんだ、キンブリーに気を取られて刺青の男(スカー)に背後から、なんてこともあり得る。お前はここでふんぞり返ってな、次期大総統」

「──は? 次期、え? 何を」

「悪い、クチガスベッタ。そんじゃあな。事が進んだらここに帰ってくるか手紙を出すよ」

 

 いつかのように、またぴょーいと窓から出る。

 ぐしゃっとなる足を瞬時に再生させて走り出す。

 

 向かうは貧民街(スラム)

 今回ばかりはゆっくりでなく急いで行こう。リゼンブールでゆっくりしすぎたしな。

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