緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第6話 満を持す言葉

 コトは案外早くに進んだ。

 つーのも、前も述べた通り俺たまに尾行されてたんだよね。セントラル市内でも。

 んでそれがイーストシティになったらさらに多くなって。 

 

 流石に武僧の背後取れる程俺の武術は卓越してないんで、フツーに声を掛けたらフツーに出てきてくれた。

 傷の男(スカー)ではないにせよ、両腕に入れ墨を持つイシュヴァール人の武僧。

 んでアンタらのブレインと話がしたい、と言ったら、アジトを晒すわけには行かないから目隠しをした上で連れて行くってんで「いーぜー」つって付いてきたワケだけど。

 

「……」

「流石にアウェイか」

「……この空気でそんなことを口走れるのは、流石に尊敬の念しか出ないよ」

 

 両腕に分解と再構築の錬成陣を施した、施してなくても超絶強いイシュヴァールの武僧約20人。

 パワーインフレもいい所だ。俺が逃がしたやつせいぜい10人以下だったから、後々合流した奴らも含まれてんな。

 

 そこへ思った通りの素直な感想を口に出せば、その奥から一人の青年が出てきた。

 メガネをかけた、他の武僧よりはひょろっこい青年。

 

「久しぶりだな」

「そうだね。久しぶりだ──あの時君に命を救ってもらって以来だ」

「名は……無さそうだな。イシュヴァラの教えに背き、復讐に身を焦がした以上名は捨てたか?」

「驚いたな。私たちの教義まで知っているとは、博識だ、天才だとは聞いていたけれど……そこまでか」

「いや、前に行ったことがあるだけだよ、イシュヴァールに。そこで勧誘みたいなのを受けた。シャン、つったかな。あの姉さん。今は婆さんだろうけど」

 

 名前を出せば、流石に動揺する面々。

 今はクセルクセスの遺跡に隠れ住んでるはずだけど、何かしらの手段で連絡とってると見た。

 

「やはり……君はその若さで博識なのではなく、私たちが想像している以上の歳を取っている……そうだね?」

「ああ。お前らと会った時も、シャンの姉さんと会った時も、500年前も、この先未来永劫も──俺はこの姿だろうよ」

「……不老不死」

「そうだ。どうだ、どんな気持ちだイシュヴァールの武僧。お前らの命を救ったやつが、イシュヴァラの教えに背くどころか常軌を逸した化け物だったと知った、今のお前らの心境は」

「変わらん。お前が我々の命を救い、逃し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはたとえお前がアメストリス人であれそうでない民族であれ、人間であれ化け物であれ、我らイシュヴァールの民はお前に畏敬の念を尽くす」

「それに──化け物というのなら、我らもそうだ。今もなおイシュヴァラの教えを守り、清貧に生きる赤い眼の同胞もいる中で、我々は復讐という目的のために教義を捨てた。あらゆるものを破壊する腕。あらゆるものを作り出す腕。これらを持つ我らを化け物と呼ばずして何とする」

 

 あー、覚悟キマってるから煽りが効かねえや。

 一般武僧も傷の男(スカー)……傷無いからこう呼ぶのも変なんだけど、傷の男(スカー)も、その兄も。

 信念は捨てていない。けれど復讐を止めることはできない。

 そういう顔をしている。

 

「──が、すまんな。俺はアメストリス人っつかアメストリス軍人だ。一応な。だから、国内でのテロリズムは止めにゃならん」

「……だろうね。君がロイ・マスタングを庇った時点で……いや、君もこの国の国家錬金術師である時点で、そうなることは予想できていた」

「お前らを逃がしたのは俺だ。けど俺はテロリストを育てるためにお前らを逃がしたんじゃない。俺がお前らを逃がしたことで、誰ぞかが死ぬというのなら──俺はお前らを止めなければならない」

「そうかい。やはりアメストリス軍は、私達の行いを君の罪として扱ってきたか。……確かに君に恩義を感じている私達は、君にそういった泥を塗るのは避けたいところだ」

 

 義と情に厚い。

 それは変わっていないらしい。

 

 ──だが。

 

「けれど、申し訳ない。私達にも消えない炎がある。今でも思い出す──貫かれ、潰され、弾け飛んでいく同胞を。見るからに戦えない者も、足を引きずる者も、老婆も子供も……すべてが国家錬金術師に砕かれた。それを忘れる、ということは……できない」

「だろうな。つか、そりゃ正常だよ。復讐心は悪感情に捉えられがちだがな、自らの心の整理、精神の安定を図るための薪としてみたら、これほどわかりやすく信じやすいものはない。むしろ変に良識持って良心の呵責で心身ともにボロボロになってく方が哀れだ。お前らくらい燃えて燃えて燃え尽きている方がよっぽど健康的だろうよ」

「……私たちを止めに来たんじゃなかったのかい?」

 

 無理だろう。

 あんな殲滅戦があって、それを忘れろ、なんて。我慢しろ、なんて。耐え忍べ、なんて。

 忘れなくてもいいから今は耐え忍べ──とはイシュヴァールの、傷の男(スカー)の師父が言っていたけれど、まー無理だ。愛が強ければ強いほど無理だ。俺みたいなちゃらんぽらんなら大丈夫だろうけど、イシュヴァール人は仲間意識超強いからな。絶対無理。

 

「俺は話を付けに来ただけだ。今言ったように、俺は不老不死の医者。お前らがどれだけ国家錬金術師を狙おうと、その全てを死の淵から救い出してやる。たとえ心臓が止まっていても、たとえ脳がぐちゃぐちゃに破壊されていても引き戻す。俺はそれができる」

 

 時間と条件に依るけど。

 流石に一日経った後の死体、とかだと大体切れてるから無理。

 

「お前らは復讐心で国家錬金術師を殺して回ってるんだろう? でも全部俺が治す。全部だ。全員俺が治して、今奴らは安全地帯でぬくぬく過ごしている。国家錬金術師は金があるからな、老後も安泰さ」

「……つまり私たちは君を殺さなければ復讐を果たせない。しかし君は」

「そう、不老不死だ。試しに俺を分解してみるか? 殴るでもいい、その辺の建材を体にぶっ刺すでもいい。心臓を止める、脳を破壊する、首を斬る腹を斬る全身をバラバラにする──何をしてくれても構わん。その程度じゃ俺は死なないからな」

 

 生唾を飲む音が聞こえる。

 これを虚勢だと思うような考えの浅い奴はここにはいない。俺が本気だと、誰もが感じ取れている。

 

「どうする、イシュヴァール人。俺という存在がいる限りお前らの復讐は無為に終わる。俺という存在は永遠に消えてなくならない。どうするイシュヴァール人。お前らの怒りはどこへぶつける。お前らの憎しみはどこへぶつける。お前らの恨みは──」

「カンタンでしょう。私にぶつければいい」

 

 俺の身体が、またも爆発四散した。

 

 

 

 

 渦を巻くように、ぐるりと、ぎゅるりと再生する。

 飛び散った破片からクセルクセス時代くらいの簡単な衣服を作り、溜息を一つ。

 

「まさか自分から出てくるとは。お前、基本的に遠距離からドンチャンする錬金術師だろ。いいのか、こんな至近距離まで来て」

「おや、まさか私の心配ですか? イシュヴァール人の心配ではなく?」

「邪魔だからどっか行けって言外に言ってんだよ。俺いまコイツらとお話し中なの」

「それは失礼を。ただ私も仕事中なので」

 

 地面を蹴る音。風が吹いた、としか思えない何かが俺の横を通り抜けた。二つ。

 それらは余裕綽々と帽子の鍔を押さえていたゾルフ・J・キンブリーに一瞬で肉薄し──。

 

「ハイ残念」

 

 彼の立っていた壁が、全て爆発した。

 衝撃で二人の武僧の両腕が千切れ飛ぶ。

 

「! 散開しろ、柱の影へ!」

 

 傷の男(スカー)兄が指示を飛ばす。彼自身は傷の男(スカー)が担いで持っていく。

 

「自身の弱点の克服くらいしますよ。イシュヴァールの武僧の強さは身に染みてわかっていますからね。あらかじめ自身の周囲に反応式地雷(リアクティブマイン)を仕込んでおく。これくらいはしますよ、あなた達を相手にするのなら」

「今意識を失うのと、痛み我慢してまだ戦えるようになるの、どっちがいい」

「……頼む」

「おぅけぃ」

 

 ゾルフ・J・キンブリーを無視して吹き飛ばされた二人の武僧のもとへ行く。

 幸いにして腕は千切れただけだ。だからそれを材料に腕を錬成し直し、元の位置にくっつける。

 一瞬の施術は、しかし凄まじい苦痛を伴ったことだろう。脂汗は酷く、口の端を噛み千切ったのか血が出ている。

 それでも、彼は立ち上がり、柱の背に身を隠した。

 もう一人にも同じ施術をして──やはり、それでも。

 

「……なるほど、貴方はテロリスト側につく、と。そうなると分が悪いですね。戦場の神医ヴァルネラ。その治療速度は瞬きをする間と同じ、とさえ言われている。爆破しようとも殺そうとも、瞬時に治されてはこちらばかりが疲弊する、ですか」

「俺は東方司令部の命令で"イシュヴァール人と話をつけてくる"ってのに動いてんだわ。んでテロリストはお前だろキンブリー」

「はて、私の何がテロリストなんでしょうか」

 

 俺は正義の味方ではない。

 俺は軍属だが軍人を志したわけではない。

 誰を守るとか、誰を死なせないとか、そういう心で動いているわけじゃない。

 

 打算だ。

 要否だ。

 俺にあるものは。だから──火に油を注ぐことも、時としては必要と考える。

 

「ユースウェルの崩落事故。未来のテロリストの芽としてイシュヴァール人の子供を殺す──そのために民間人も多く巻き込んだ。必要な犠牲なんて俗な言葉使うなよ? お前程の腕があり、お前程の綿密さがあれば、子供一人だけを狙うことだってできたはずだ。──しなかったよな、お前」

「ま──待て、緑礬の錬金術師! 何の話だ、それは」

「ふむ。まぁ確かに貴方の言う通りです。出所してすぐで浮かれていた部分はあったのでしょう。認めます。……そうですね。イシュヴァール人のテロリストを殺せ、という命令ならば、それ以外を殺すのは美しくない。確かに一理ある」

「それで? ここに来るまでに何人殺したんだ。無辜の、可能性という名のテロリストと、民間人は」

「イシュヴァール人は4人。民間人は……数え漏れがないのなら、24人。ユースウェルの炭鉱夫を含めるなら54人ですか。確かにこれは無駄が多すぎる」

 

 何かが割れたような音がする。

 空間だ。空間が割れた。それは勿論錯覚だけど、いつか感じたカーティス夫妻の放ったものと同じ──圧。

 即ち殺気がこの場に満ちる。

 

「反省しましょう。貴方に言われなければ私は美しくない行為を重ね続けるところだった。──迅速に、確実に、イシュヴァール人だけを殺す。礼を言いますよ、緑礬の錬金術師殿」

「そんなお前にクイズだ、キンブリー」

「……貴方、空気が読めないとよく言われませんか?」

「よく言われる。んじゃ第一問! ──ここどーこだ」

 

 ここ。

 俺が目隠しされて連れてこられた場所。距離的にはイーストシティを出ていないこの場所は、果たしてどこなのか。

 人目に付かないだけじゃない。人が寄り付かず、そして無意識的に焔の錬金術師が行こうとしない場所。

 

「クイズになっていませんよ、それ。私は貴方のように連れてこられたのではなく自らここを見つけた。ですからここは──」

「そう、ガスホルダーだ。老朽化で使われなくなった方の、な」

「ええ、ですからここにはガスも満ちていない。私が至近距離で爆発を起こしても、引火することは──」

 

 それはまた、一瞬のこと。

 青い錬成反応と共に作り上げられるは壁。キンブリーが爆破した壁が再度構築されていく。ただ錬成速度が遅かったからだろう、巻き込まれるより先に、彼はこちらへ──建物の中へ入ってくる。

 こつん、と。

 一歩、地面に足を突いて──鼻をヒクつかせた。

 

「──ッ!」

「お生憎様だキンブリー。お前が相手にしてきたどれとも違う。勉強しただけで世界の真相に辿り着くレベルの天才がこっちにゃいてなぁ──あとはまぁ、お前の周りの気体だけ俺が分解し続けとけばよかったんだ」

「この硫黄の臭いは」

「紅蓮の錬金術師の特性をわかってる奴がなーんで柱の陰に隠れたのかわかるか。お前の錬金術を考えりゃ、柱爆破されたら終わりだって」

 

 のによ、まで言い切れなかった。

 余計な事──他の部分に穴をあけられるなどで逃げられる可能性を恐れたためだろう。

 彼らは瞬時に判断し、瞬時に行動し、瞬時に俺を囮にした。俺の不死性を信じたから。

 

 さぁ──災害レベルの大爆発が起きる。

 

 柱の陰に隠れたのなんて気休めだ。再構築の腕でシェルターを作れるかどうかはソイツ次第。だが、教えに背いてでもこいつだけは、こいつだけは殺さねばならないと、ああ、それこそが殺気だ。

 むやみやたらにまき散らすものじゃあない。憎しみと怨恨の籠った必ず殺すという圧が、それこそが──。

 

 

 

 

 

「と、いうのが顛末だ。ロイ・マスタング」

「……遺体は?」

「全部弾け飛んだ。俺もものっそい火傷負ったが治した」

「ちなみにこちらはその爆発のせいで都市ガスが一時的に全停止。イーストシティ全域でガスの供給に問題が生じる結果となっています」

「おう悪いな。キンブリー強いわ。イシュヴァール人説得するのにも時間かかったし」

「……イシュヴァール人は説得し、国家錬金術師殺しを止めさせて、ゾルフ・J・キンブリーは殺した……で、合っているんですよね?」

「殺したのは俺じゃないけど、そうだな」

「……」

 

 東方司令部。

 俺の上げた報告書を隅から隅までじっくり眺めるロイ・マスタング。

 

 ところどころに嘘が散りばめてあるけど、俺の不老不死とかの件を隠しているだけだから、概ね事実だ。

 爆発の後イシュヴァール人……刺青の男(スカー)達とも話を付けたし、俺の目視通りならゾルフ・J・キンブリーは死んだ。炎に巻かれ、自らの愛した爆発に巻かれ、消し炭になった。

 ただ遺体は確認できてないからもしかしたら、って感じ。アイツ賢者の石持ってるし。

 

「イシュヴァール人とはどのように話を?」

「お前らの復讐は意味がない。俺がいる限り。そしてイシュヴァール人は恩義により俺を殺せない。故に復讐をするのなら俺が死んでからにする、ってよ」

「……ヴァルネラ医師。あなたいつ死ぬんですか?」

「さぁ?」

「ペテン師ですね……」

 

 これも嘘。

 傷の男(スカー)兄とはある約定を交わし、その間行動を控えてもらうことにした。さらにホムンクルスのことをゲロっておいたので、もし彼らが邪魔に思われて襲われる結果になってもバチバチにやりあってくれるだろうことが期待できる。

 

「まぁ、これで刺青の男(スカー)とキンブリーの2件を片付けてもらった、ということで、大遅刻の方もチャラでいいですよ」

「おお太っ腹じゃん」

「それで? ここまでの会話で何回嘘吐きました?」

「イシュヴァール関連は大体嘘だな。ただ国家錬金術師殺しが当分起きないのはホントだよ」

 

 大きな……大きな大きなため息。

 なんだよ、俺の事そんなによくわかってんなら、覚悟くらいしとけよ。

 

「んじゃ、俺はセントラルに帰るよ。イーストシティっつか東部も結構面白かったけど、やっぱセントラルが一番だわ」

「……意外ですね。貴方にそんな帰属意識があったとは思いませんでした」

「んぁー、帰属意識っつか……なんかな、イーストシティ。落ち着かないというか()()()()んだよな」

「ふわつく?」

「……んにゃ、なんでもない。じゃあな、ロイ・マスタング。寝不足で過労死だけはやめとけよ」

「ああ……はは、心に留めておきますよ」

 

 そいじゃま、達者で。

 

 

 

 汽車の中。

 ちょいと考える。俺は記憶力が良い。良いってレベルじゃない。全て覚えている。

 その俺が、エルリック兄弟の前に現れる時「失念していた」。

 そして俺ともあろうものがキンブリーの遺体を「確認し損ねた」。

 んでもってこのふわふわした感じ。

 

 なんだ。イーストシティになんかあるのか、俺。

 

「……そりゃまぁ、それはそれで面白いが」

 

 フラスコの中の小人がなんか画策してんなら、それもまた良いだろう。

 ただアイツ俺との等価交換忘れてないだろうな。等価交換の入れ子構造はダルいんだぞ本当に。

 

「しかし」

 

 思い返す。

 傷の男(スカー)兄との会話を。あ、俺達が彼らを刺青の男(スカー)たちと呼んでいることに関しては、「名を捨てた私たちをどう呼ぼうと勝手だ」で済んだ。

 

「いやホント、頭のいい奴っているもんだわ」

 

 ロイ・マスタングもそうだけど、一を聞いたら十を返す奴。んで傷の男(スカー)兄はその千倍返してくる。

 一を聞いて十を理解し、百を構築して千を脳内で試行、その後万を聞き返してくる。

 っべーわ。まじっべーアレ。正直俺なんか比じゃない。アレに勝てる奴いねーだろ。俺は知識量で勝ってるからなんとかなってるけど、同じステージに立ってて敵だったら、と思うとゾッとするね。

 

 良かったよ。

 復讐の件はともかく、ホムンクルス関連を聞いて真っ先に出てきた彼の言葉が良識あるものでさ。

 

 とまぁ、イシュヴァール人はこんな感じ。

 

 今度はエルリック兄弟だけど……えーと、そろそろティム・マルコーの研究書解読したあたりかな? 原作の日数的には。

 んで第五研究所行って色々怪我してマース・ヒューズが色々気付いて死んで。

 アルフォンスがバリー・ザ・チョッパーに色々言われて兄不信になったりウィンリィ・ロックベルが来たり。

 そんで……ああ、ダブリス行くのか。ラッシュバレー行くついでに。

 ダブリス。

 グリードは答えを見つけられたのかねぇ。

 

 不老不死の等価を。

 

 

** + **

 

 

 夜。

 マース・ヒューズは一人、国立中央図書館の分館にいた。

 調べ物だ。

 内容は緑礬の錬金術師について。エルリック兄弟が調べていたもの……ではなく、彼の記録に関するもの。

 公式記録に残されたヴァルネラ医師の最初の登場は1814年6月。子供の汽車置き去りに関する資料、というものに纏められた中に、彼の名があった。凡そ100年前だ。

 その次が国家錬金術師試験で、すぐ後に第一次南部国境線にも姿を現している。

 

「……だからどうした、って話ではあるんだが」

 

 仮に本当に不老不死だったとして、だからどうした、とは思う。

 けれど気になることがあって、ヒューズは資料を探し続ける。

 きっかけは東方司令部に行ったときの事だ。彼は、あの時気分を悪くして司令室を出たリザ・ホークアイから少しだけ詳しい話を聞いていた。

 

 曰く──彼は確実に死んだはずだった、と。

 

 1814年。ダブリスの街中で大量の血痕。鑑定の結果、緑礬の錬金術師ヴァルネラのものであると判明。

 1894年。リヴィ橋の川下で子供の足と見られるものが発見される。鑑定の結果、ヴァルネラ医師のものであると判明。曰く「悪い悪いこれ実験用」とのこと。

 1900年。ニューオープティン近くの森で、大量の血痕。鑑定の結果、ヴァルネラ医師のものであると判明。その後彼にこれを問い詰めると、「外で生体錬成やってたらヘマこいただけだよ」と話した。

 1908年。イシュヴァール殲滅戦。刻まれた深い谷はヴァルネラ医師の錬金術によるものらしかったが、その場にいた兵士は誰も詳細を語らなかった。その上で、リザ・ホークアイの「確実に死んだ」という発言。

 そして今年、つい先日──ユースウェルの崩落事故。詳細不明。ただ、崩落したはずの落石が跡形もなく消えていた、という奇妙な報告は上がっている。

 

「──よぉ、マース・ヒューズ中佐」

「……! っと、驚かせないでくださいよ、ヴァルネラ医師」

「あっはっは! いや何、調べ物が捗ってるみたいだからさぁ、ちょっと手伝いに来たんだよね」

「ああいえ、今終わりましたよ」

「そう? じゃあ」

 

 チャキ、と。

 ヴァルネラが、ヒューズに銃を向ける。

 

 飲み込む生唾は中々喉を下りない。

 

「冗談はよしてくださいよ、ヴァルネラ医師」

「冗談じゃないさ。マース・ヒューズ中佐、アンタ気付いちゃいけないことに気付いちゃったんだわ。ずっとずっとひた隠しにしてきた秘中の秘にね」

 

 ヒューズは投げナイフを手に取ろうとして、やめる。

 悪手だ。生体錬成の権威にその行為が何の意味を為そうか。

 

「ダメだよ、マース・ヒューズ中佐。そういうことは気づかないでおかないと。馬鹿でいた方が楽に長生きできるよ?」

「……こちとら嫁と娘が家で待ってんだ。アンタみたいに独り身ならそれもいいかもしれませんがね、俺は頭回して国を守らなきゃ全部が台無しになる!」

 

 金属音。

 それは何か、金具のようなものが外れた音。

 

「あん? 何をして──」

「それに、ヴァルネラ医師が──アンタみたいに簡単に笑うなら!」

 

 ヒューズは体当たりをかます。

 目の前のダレカではない。国立図書館第一分館の本棚に、だ。

 本来その程度ではビクともしないはずの書架が、その基部を押されたことでぐらりと──ヒューズたちの方へ倒れてくるのがわかった。

 

「おいおいそんなことしたらアンタも潰され──ガッ!?」

「そんな簡単なことはねぇんだ。……クソ、悪夢か、こりゃ」

 

 予め逃げる準備をしていたヒューズは通路へと転がりながら抜け出し、その最中ダレカの両目にナイフを投げる。それは正確無比に着弾し、ソイツの両目を潰した。

 

 と、いうのに、だ。

 

 倒れた本棚は人間の身体で耐えきれる重さではない。

 ナイフは刺さった。想像を絶する痛みであることに間違いはない。

 

 だというのに。

 

「く、そ……デスクワーク一辺倒のおっさんじゃねぇのかよ……!」

「オイオイ……そんなとこまでヴァルネラ医師と一緒なのか……勘弁してくれ、俺は錬金術なんてどう対処したらいいかわかんねぇんだぞ……」

 

 バチバチと音を立てて、ダレカが再生する。

 本棚の直撃を受けて折れたはずの首も、ナイフの刺さった目も。

 "生体錬成の権威"。錬金術の素養のない者からすれば、その違いはわからなかっただろう。

 

「チョーシ乗りやがって……殺してやるよ、オッサン!」

「俺はまだ29だッ! は、う、ぉ!?」

 

 向けられたのは銃──ではなかった。

 腕。ヴァルネラ医師の腕が、蛇かなにかのように伸び、ヒューズを掠める。

 それが着弾した背後の壁は粉々に砕け落ち──その威力はもう察するまでもない。

 

 更には、自身の上にあった書架を持ち上げるダレカ。

 

「……ヴァルネラ医師の真似すんなら、せめてその範疇でいろよ……」

「ハ! 誰があんなのの真似なんかするかよ!」

 

 投擲される。巨大な書架が、ヒューズに向かって落ちてくる。

 逃げ場。左右か、前後か。引き絞られているのは右腕。ならば左か。それはフェイクで、左か。

 それとも。

 

「上も、左右も──全部だよ!」

 

 書架が落ちる。

 右を選んだヒューズに蛇のような腕が襲い掛かる。威力はさっきの通りだ。落ちてくる書架だって人間を潰すには容易だ。

 

 だからもう。

 

「く、そったれ……!」

 

 

 

 

 

「──等価交換だ」

 

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