緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
第9話 魂を見る医師
ウィンリィ・ロックベルをラッシュバレーに置き、エルリック兄弟はダブリスへとやってきた。
自分たちが禁忌を犯したことも勿論憂鬱の種ではあった──が、それ以上に二人は落ち込んでいた。失意の底にあった。
ラッシュバレーで起きた、ある家族の一幕。
先に来ていたウィンリィ・ロックベルとは街中で落ちあい、向かったのは山の上。無愛想でありながら超優秀な職人ドミニクのいる家に来て、そのトラブルに見舞われた。
そこの家族の母親が産気づいたのだ。
両親が医者であるとはいえうろ覚えの知識しかないウィンリィが、妊婦から赤子を取り出す──自らの死よりも恐ろしい時間。無力だった。エルリック兄弟にできることは何もなく、ただ「カミに祈りを捧げ」ることしかできず。
なんとか無事生まれた子供と──。
裏腹に、
何かできたのではないか。何か手伝えたのではないか。
錬金術で、何か、何か。
医療設備の整っていない場での出産。ウィンリィ・ロックベルはよくやった方だ。否、目覚しい貢献をした。彼女がいなければ、最悪赤子も母親も命を落としていたことだろう。
それは多分、幼馴染として誇らしいこと。
だけど。
だから。
緊急で医療チームに搬送されていった母親を見送り、拳を硬く硬く握りしめながら、ウィンリィ・ロックベルはある決断をエドワード達に話す。
それは本当に先日の事。エドワード達と入れ違いになって来たヴァルネラとウィンリィの両親が話し、盛り上がっていた"医療用機械鎧"なる存在の構想。医者の両親を持ち、機械鎧技師でもあるウィンリィだからこそ作り上げられるだろうソレは、けれど圧倒的に知識不足なのだという。
だから修行がしたいと。
エドワードもアルフォンスも応援した。人の命を救う機械鎧など聞いたことが無い。この軍需景気においては機械鎧など全て兵器で、戦うための道具。その概念を覆すもの。
勿論アンタの腕の改良も忘れないからね、なんて言葉と共にガーフィールという機械鎧技師へ弟子入りしたウィンリィを見送って、エルリック兄弟は。
──無力だった。
夢。自分たちの身体を取り戻すこと。
それは自分たちのための夢。否、目的だ。
前に進んでいる気がしていた。
けれど違う。今エルリック兄弟がやっているのは、過去を取り戻す行為に過ぎない。
前に進んでいたのは、ウィンリィだけだ。
それを痛感して、彼女といる時だけは空元気を見せて、別れてからはずっと俯いていて。
ダブリスについてからも、久しぶりに会う人たちと顔を合わせても──それが晴れることはなく。
「──なんだいおまえ達。軍の狗に成り下がったことを叱ってやろうと思ったら……そんな雰囲気でもなさそうだね」
「
「はぁ。……何があったか話しな。しおらしさなんて捨てて、とっとといつものクソ生意気なおまえ達に戻ってくれ」
そうして、エドワード達は自らの師匠──イズミ・カーティスに最近あったことを打ち明けるのだった。
全てを話した。
だからつまり──人体錬成のことも含めて、全て。
わかっていたのだろう。どこか気付いていたのだろう。イズミ・カーティスは両手を組んで額に手を当てたまま、一言も発そうとはしない。
丸形テーブルを挟んで二人、メイスンとシグが段々おろおろし始める。だって沈黙が長すぎるから。
「……おまえ達、セントラルにいたんだろう?」
「あ……はい」
「なら、ヴァルネラって医者に会わなかったかい。深緑色のコートを着た、子供みたいな奴だ」
「はい、会いました」
「んじゃソイツに頼めば治してくれるよ。失った腕も足も。どうせ最初はできないって言うだろうけど──アルの身体も」
その、言葉に。
エドワードが拳をギリ、と握りしめる。
「断りました。とても……受けいれられない手法での治療だったので」
「なんとしてでも取り戻したい、さっきそう言ったと思ったけど」
「取り戻したい、です。オレもアルも、自分の身体は取り戻します。誰かのものを貰うんじゃなく……!」
そこまで聞いて、目を見開いたのはイズミ……ではなく、シグだった。
ようやくわかったのだ。ようやく気付いたのだ。
何故あそこまでイズミがあの"治療"を拒んだのか。
「……イズミ。イズミ。すまない、俺は」
「大丈夫だよ、あんた。あんたに悪意が無いのはわかっているし、私を純粋に想ってくれてたのも伝わってる。だから、大丈夫」
「
イズミは自らの腹に触れる。
吐血をすることはなくなった。気絶することも、失血で倒れることもなくなった。
子供は二度と作れない体ではあるが──健康だった。
禁忌を犯し、罰を浴び、代価を持っていかれたはずなのに、だ。
「……食事前でよかった。メイスン」
「あぁ、はい。……その、何度も言いますけど、俺は"そう"は思ってないんで」
「ありがとう。その言葉だけで救われた気がするよ」
メイスンが席を外す。
シグはともかく、ここに錬金術師が三人だけになった。
なれば。
「……
「ああ」
「見たんですか。……アレを」
「見たよ。見て、持っていかれた。内臓のあちこちをね」
「そんな……大丈夫なんですか? い、今すぐにでも横になった方が……」
「バカ。おまえ達の修行をつけている時、私が一回でも死にかけるようなことがあったかい?」
「……なかった、です。あ、でも時たま……お腹を押さえて、具合悪そうにしているのは見た……気がします」
「なんだ、案外目ざといね」
イズミは大きく息を吸って、吐く。
思いつめた顔をしているシグの──その背中をぶっ叩いて。
「治してもらったよ。緑礬の錬金術師ヴァルネラに。内臓を貰った」
「もらっ……そんなことが」
「できる。できたらしい。私には到底無理だけど、アレにはできた」
「……誰の、内臓なんですか。今先生の……中にあるものは」
「だから、アレの内臓だよ。──ヴァルネラは自らの腹を切り裂いて、その中から取り出した臓器を私に移植した。目が覚めた時にはアレはいなくなっていて、私の内臓もほとんどがあって、縫い跡さえなかった」
意識を奪う薬品を嗅がされたというのに、鮮明に残っている。
イズミの脳裏に──もし、順調に育っていれば、同じくらいの歳になっていたはずの子供が自らの腹を斬り、そこから臓器を取り出していくさまが。それを錬成反応を散らしながら作り替え、イズミの腹へ入れていくさまが。
朦朧としていた意識はどこまでが現実でどこまでが妄想なのかをわからなくさせてくれる──はずなのに、イズミの意識ははっきりとしていた。痛みは完全になかったし、違和感さえなかったのに、意識だけは、まるで幽体離脱でもしたかのように、はっきり、はっきりと。
取り出した臓器がぐじゅりと音を立てて再生する様子も。
体形や体質の違うイズミに合わせ、凄まじい速度の生体錬成で内臓を作り替えていく様子も。
最後にその腹を閉じて──施術を見下ろすような角度に視点を持っていた、夢なのか妄想なのかわからないイズミへ、彼がほほ笑んだのも。
覚えているのだ。
すべて。
「……緑礬の錬金術師は不老不死である」
「アル!」
「それは?」
「中央で……聞いた、噂です。僕たち、その時は馬鹿馬鹿しいって流したんですけど……」
生きていたら、あれくらいの歳だった。
その子供から、内臓を貰って健康を得た。
ヴァルネラ。ヴァルネラ。緑礬の錬金術師ヴァルネラ。
戦場の神医と謳われ、生体錬成の権威とも謳われる──少年。
「もしかしたらヴァルネラさんは、魂と会話ができるのかもしれない、って話になって」
幽体離脱のような経験をしていたイズミ。
その状態の彼女に笑いかけてきたヴァルネラ。
「それで?」
「僕……人体錬成をした瞬間の記憶が無いんです。僕も兄さんと一緒に真理を見たはずなのに」
「それで、その記憶をヴァルネラに戻してもらいたい、と」
「はい。……その、
イズミは、再度腹をさする。
痛くもない。苦しくもない。
ただ──考えるたびに、思い出すたびに、吐き気がする。
「何も」
「何も?」
「無償で……そんなことを?」
「ただ、いつか返してくれたらいい、とだけ言ってね。先日も彼に会ったけれど、特に何かを奪われることもなかったよ」
それは。
あまりに都合がよすぎる。
錬金術の基本原則が等価交換であることに倣い、錬金術師も等価交換を基に動くことが多い。
疑うな、という方が無理だ。
内臓の補填などという神業をやってのけて、代価はあとでいい、なんて。
「喪った記憶の代価は、なんだと思いますか」
「アル、別にあんな奴頼らなくたって」
「……ダメなんだよ、兄さん。──僕は今、一番弱い。一番何もできない。ウィンリィみたいな度胸もないし、兄さんみたいな覚悟もない。精神面でも戦闘力でも僕は一番弱い。ならせめて、僕の全身が代価になったっていう真理の記憶くらいは取り戻さないと──僕には、何もない!」
あるいは。
本来であれば第五研究所で、その後の病院で解消されていたはずのストレスが、ようやく、溜まりにたまったものがようやく、ようやくここでタガを外したのだろう。
ラッシュバレーでの無力感。リオールの暴動の引き金を引いた自分たち。代表的な二つはこれだけど、他にももっともっとたくさんある。
手合わせ錬成で激しい戦いを繰り広げ、血だらけになっていく兄を見て。
どれだけ練度を上げても錬成陣を描く速度は合掌には敵わない。それができる、兄と師匠。代償は同じものを持っていかれたはずなのに──自分だけ、自分だけ、忘れている、なんて理由で、自分だけできない。
「もし、叶うのなら──」
「はい呼ばれて飛び出てびよよよーん」
「ッ!」
一気に臨戦態勢になる四人。
はしたないことに、テーブルの上に土足で少年が降り立ったのだ。
「な……ヴァルネラ!? どっから……」
「どっからっつーと微妙だな。屋根からというか窓からというか。俺もう帰るからさ。用あるなら今言ってくんない?」
ヴァルネラ。
彼の衣服には、所々に血液が散っている。
「僕の記憶を戻して!」
「ちょ、おい、アル!」
「……あ、そうか。マーテルもうどっか行っちゃったから……あー、いいよ。いいけど」
今の今で話していたことだ。
何を要求されるのか。緊張が走る。否、そもそもタイミングが良すぎる。怪しい。怪しい。怪しい──。
「──代価は後で良いよ。つーことで、ほい。あ、やべ。んじゃ!」
プッ、と。
彼は口の端を歯で切って、それを飛ばす。
血。一滴とさえ呼ばない量のソレは、アルフォンスの鎧の隙間に入り込み──。
追われている。
追われている。
誰って。
「待テ、ブシュダイレン!」
「おいおい若の護衛は良いのかよ。多分その辺で行き倒れてんぜ~?」
「ふん、そちらにはそちらの者がついておル!」
「あぁそうかい!」
迫りくる苦無を右手で受け止める。というか受け止めきれないのでサクッと切られる。切られたまま仰け反って、空中で身動きのできないでいるソイツの足裏に膝蹴りを入れてやれば、思わぬ加速がソイツを襲う。
が、ソイツも手練れ。身を屈めて身体を回転させ抵抗を作り、吹き飛ばされるのを防いだ。
ぐじゅる、と手のひらから上が再生する。
「──やはリ、不死なル者!」
「はいそーですよ」
「ブシュダイレン!」
「はいそれもそうですよ、っと」
顔にぶっ刺さった苦無──は、なんか手榴弾がぶら下がっている。
住宅街って言葉知ってる?
一応できるだけ高く飛んで、上半身を吹っ飛ばされる。
爆炎の中で再生。塵芥から衣服を作って、またヒーロー着地。
「ぬぅ、やはリ単純な攻撃は意味を成さぬカ」
「ああ、毒とかも効かないよ俺。催涙弾とかもね。閃光弾も効かないかなー」
「ええイ面倒ナ。とっとと不死の法を吐け、ブシュダイレン!」
「おいおい、時の皇帝にだって吐かなかったモンをヤオ家の付き人なんかに話すわけないだろ。せめて皇帝連れて来いよ。話すかどうかはともかく」
「その皇帝に若様がなる為ニ貴様が必要なのダ!」
「前も言われたよそれ。そんで連れていかれて喋らなかったら首切られたよ。クセルクセスとおんなじことしてるよなシンって」
まぁその時は既に錬金術修めてたから抜け出せたけど。
落ちた首の方から再生したらめっちゃ驚いてたの懐かしい。
「不老不死の法、ブシュダイレン! この手に捕らえるまデ逃がさヌ!」
そのまま朝まで追いかけっこした。
流石のシン出身も人間。それも爺さんとあらば疲労が来る。
対して不老不死マンは疲れないのでずっと走れる。速度的には負けているのでズバズバ斬られているんだけど、全く以て意味のない行為なのでやっぱりフー爺さんばかりが疲れていく。
こうして逃げ果せた次第……だけど。
いやねー、色々原作を捻じ曲げてきた自覚はあるけど、これ結構じゃない?
シン組の狙ってる不老不死の法が賢者の石ではなくブシュダイレン……つまり俺である、ということ。
ブシュダイレンってのはシンでの俺のあだ名ね。不老不死、に似た意味があったはず。
いや確かにそうなのだ。
原作においては、彼らは不老不死の法を求めてきたものの、それがなんなのかわかっていなかった。わかっていないながらに調査を進め、まず
が。
いるんだよね、最初から。
不老不死。
そう……昔シンに行った時も、錬丹術習うだけ習って武術もある程度習って、結構な年月が過ぎたある日、そのお世話になってた部族の人から「お主まさか不老不死か?」って言われて「おん」って返したらやんややんや、皇帝のもとまで連れていかれて……ってあとはお察しなんだけど。
だから、その頃から俺の存在は認知されていて。
ずっと俺は探されていたみたいで、近年になってようやくアメストリスにいるってわかったんだとさ。誰が教えたんだろうねぇ。
で、来たのがご存じグリリンの下の方、リン・ヤオ率いる二人と、誰も率いていない極貧部族メイ・チャンになる……わけだけど。
そういえば
……。
いやまぁ助けようにもどこのスラムかわかんないし、助けたら助けたでブシュダイレン! って命狙われるんだろうし、助けるメリットがなーんにも無いように思うんだけど……どうなんだろう。
ほぼあり得ない話だけど、もしコトが原作通りに進んだ場合、マストとなるのはリン・ヤオの方ではなくメイ・チャンの方だ。言っちゃなんだけどリン・ヤオは単純戦力でしかなく、グリードが死んでいないので弱体化食らったようなもの。
対してメイ・チャンは錬丹術の達人というアドバンテージがあり、もし原作の決戦のような状況になったとき、あの精度で遠隔錬成を使える彼女がいるのはかなり強い──が。
……別に良くないか。
密入国者だし。わざわざ足運んで助けるほどの何かがあるわけでも──。
「あら? あなたは確か……夫の」
「ん? ……え、グレイシアさん? なんでラッシュバレーに」
「ラッシュバレー……? いえ、ここはセントラルですよ。ふふ、今の言葉だけ聞くと、まるで迷子の子供のようですね」
……マジやん。
おいあの爺さんダブリスからセントラルまでずっと追いかけてきてたのかよ。執念在り過ぎだろフルマラソン出ろ。
「あの……先日はどうもありがとうございました」
「ああいえ、別に。どうでしたヒューズ中佐は。過労死してませんか」
「あの日の記憶が一切ない、とは言っていましたけど、今は元気ですよ」
「そりゃよかった」
「それと……」
グレイシア・ヒューズが──深々と俺に頭を下げる。
おいおい目立つって目立つって。
「すみません、あの時は……ちゃんとしたお礼も言えなくて。もしかしたら、夫の命の恩人となっていたかもしれないのに」
「ん? っと……それは、どういう?」
「ああいえ、ですから、最近の夫は少し働きすぎといいますか、根を詰めているようで、あまり休んでいないみたいなんです。その……過労で倒れていた日の事をどうしても思い出したいみたいで、ずっとペンを走らせていたりして」
……ソイツは、ヤバいな。
マース・ヒューズの記憶を封じた時にも述べたけど、記憶って言うのは結構簡単に思い出せちゃうもんだ。思い出せないときはイライラするほどに思い出せないんだけど、何かしらのきっかけがあったら思い出せてしまう。
たとえば──俺を見る、とか。
あるいは、マース・ヒューズの足をぶった切ったあの書架を見る、とか。それだけで。
もし彼に記憶が戻ったら。
……流石に二度目はないぞ。俺も別に、マース・ヒューズに生きてほしいと思っているわけじゃないからな。
あー。
そろそろロイ・マスタングが中央に栄転して来る頃じゃないっけ。
軍法会議所メンバーを引き抜き……ってのは難しいかぁ。流石になぁ。しかも大佐と中佐だからなぁ。あー、まー、なるようになるんじゃねぇ?
「あの……お願いがあるんです」
「ん、はい。なんですかね」
「貴方はお医者様……なんですよね? 失礼ながらどこの病院に勤めていらっしゃるのかは存じ上げないのですが……」
「ああはい、まぁ個人医ですよ。だからでっかい病院とかないです」
「……夫を診てもらうことは、できますか?」
そう来るよなぁ。
だって最初にマース・ヒューズがグレイシア・ヒューズに俺を紹介した時の言葉が「セントラルじゃ有名なお医者さん」だもんなぁ。
でも俺と会ったら……うーむ。
「構いませんが……その、下世話な話、私は個人医なので……」
「お金は払います。ただ、どうも今の夫は見ていられなくて。お願いします、ヴァルネラさん」
ぐあー、そうか軍法会議所は給料良いんだった。
プランA、金取るぜげっへっへ作戦は失敗。プランBは無し。
「……わかりました。ただ予約の関係上少しスケジュール調整をさせてください。あ、これウチの電話番号です」
「ありがとうございます! あぁじゃあ、これがうちので……」
「それじゃまた後日連絡しますね」
「重ねて、本当にありがとうございます!」
うん。
さて──ロイ・マスタングに電話するか!