緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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今までが、上手く行き過ぎていただけ。


第11話 信じ頼る代償

 貧民街(スラム)

 人口約5000万人のアメストリスは、その軍拡が、そして他国への侵略行為が目立ちすぎて、東の砂漠以外の全ての国と小競り合っている現状にある。

 どれほど長閑な街にも戦火は忍び寄ってくるし、そうでなくとも荒くれ者が入ってきて治安を下げていくことが多い。

 

 けれど、そうではない……どこへいくこともなく、誰かの権利を侵害することもなく。

 ただ生きていたいから、で集った民たちが、こうして各地に──主に東部、南部の各地に貧民街(スラム)を作り上げているのだ。

 

 そこに、グリード達はいた。

 グリード、ドルチェット、マーテル、ロア。

 大人数で行動すれば足が着くと、ダブリスを出てすぐに相性の良い合成獣(キメラ)ごとの班に分かれたデビルズネストの面々。

 彼らは各地に隠れ潜み、グリードが出す"合図"に従ってまたどこかに集まることを約束している。

 

「とは言ったものの、どーするよこれから」

「根城は地の底、元からとはいえ追われる毎日。たらふく食った後にスラム街たぁオレ達もヤキが回ったもんですね」

「元からだろう」

「……別行動になっちまったあいつらは大丈夫かねぇ、ったく」

「心配しすぎですよ、グリードさん。あいつらは生存にかけちゃ随一の動物混じってんだ。必ずまた会えますって」

「そう信じるしかねぇよなぁ」

 

 スラムにはイシュヴァールの民が多い。

 ──が、偏見も、特別視も、何もない。だってグリードたちの方が変だから。

 蛇の合成獣(キメラ)、犬の合成獣(キメラ)、牛の合成獣(キメラ)人造人間(ホムンクルス)

 肌と目の色が違うだけの人間の何を恐れろというのか。

 

「へぇ、こんなもん売ってんだな」

「お、兄ちゃんなんか買ってくか?」

「買ってってもいいけどよ、俺様今手持ちほとんど無いぜ?」

「もしかしてぼったくられるとでも思ってる? あはは、ないない! ここのバザールは"自分には不要だけど他人にとっては役に立つもの"を共有しあう場所なんだ。お金はほとんど飾りだよ」

「ホーォ」

 

 日用品からよくわからないオブジェ、歴史を感じ……させなくもないコイン。

 生憎と目利きに強い者がいないからわからないけれど、少なくとも詐欺のある場所ではなさそうだ、と感じることはできただろう。

 

「コレは?」

「ん? どれだい?」

「コレだよ。兄ちゃん、爽やかな顔して人身売買かい?」

「──え、うわっ!? ひ、人!? 死んでない!?」

「マーテル」

「はいはい」

 

 少女だ。

 異装の少女が、バザールの商品の横で、うつぶせに倒れていた。

 

「……行き倒れ、栄養失調症のケがあるわ。店主、水と、何か消化に良いもの……スープとかない?」

「あるある、今すぐ持ってくるよ!」

 

 

 

 そんな感じで。

 

「この度、行き倒れていたところ、助けていただき本当にありがとうございましタ! 私、シン国から来ました、メイ・チャンっていいまス!」

 

 なんか懐かれたグリード一行である。

 

「シンってお前……国交断絶してたはずだが」

「あ、はい。だからその、密入国になりまス!」

「元気に言うことじゃねぇだろ!」

「東の砂漠を越えてきたってこと? ……ありえない。考えただけで干からびるわ」

 

 少女はメイ・チャンと名乗った。

 そして、メイはある人を探しにこのアメストリスまではるばるやってきたという。

 

「人探しか。あー、確かにそりゃ憲兵には聞きづれぇわな。聞いた瞬間お縄だ」

「そうなんでス……ブシュダイレンという方なのでスが……」

「ぶしゅ……なんて?」

「ブシュダイレンでス。不朽矮人(朽ちることなき小さな人)を意味しまス」

「朽ちることなきって、グリードさんのことか?」

「エ?」

 

 ロアがハンマーを振り被る。

 も、グリードが制止をかけた。汚れるし、勿体ないからだ。

 

「グリードさん、ブシュダイレンなんでスか!?」

「俺が小さな人に見えるか?」

「……見えないでス」

「で、メイ。お前さんさ、そのブシュダイレンにあってどうしたいんだ?」

 

 ドルチェットがメイに目線の高さを合わせて問う。

 こういうところは気遣いできるのに、普段がねぇ、なんてマーテルは思っていない。

 

「あ、ハイ。ブシュダイレンは不老不死ですかラ、その法を聞いて国に持ち帰ろうと思いまス!」

 

 瞬間、流れる沈黙。

 どこか気まずそうに後頭部を掻くグリードと、舌を出して目をパチパチさせるドルチェット。無言のロア。溜息を吐くマーテル。

 

「あー、ちなみにどーやって聞き出すつもりだ」

「"ブシュダイレンはご馳走を振舞うと割と何でも話してくれる"というのがチャン家に伝わっている伝説でしテ……今の私は無一文、私の部族もあまりお金は無いでスが、一緒にシン国へ帰り、できる限りのおもてなしをば、と思っていまス!」

 

 それを聞いて、グリード達はこそこそ話のタイムに入る。

 

「なぁドルチェット。もしかしてそれで聞き出せた可能性、あるか?」

「グリードさん覚えてないと思いますけど、こっちが話すとあっちも同じだけ話してくれる、みたいな人だったんで、可能性はそこそこあるかと……」

「あ、つか勿体ねぇ! 俺記憶飛んでるせいであいつの80年何にも聞けてねえ!」

「というか、美味しいものは振舞ったでしょ。それでも聞き出せなかったんなら……」

「いや、それがよ。俺が80年考えた結果、そこまで要らねぇって思ったから、自分から断ったんだよ……マズったかコレ」

「えぇっ、グリードさんそのためにずっと待ってたんじゃなかったんですか!?」

「うむ」

「うわ割とフツーに聞き出せたくさいな。今度会ったら飯奢って聞き出すか?」

「今度会ったら宴なんでしょ。そしたらまたグリードさんは酔って……」

「だからありゃ薬のせいだって」

 

 割とカッコよく、割と景気よく、それでいて豪快に、強欲として素晴らしいまでの答えを出したグリード。

 だけど、彼は強欲である。

 故に、「別に一番欲しいモンじゃないけど貰えるなら全然貰う」というスタンスは何も変わっていない。もしこの密入国者の言う通り「美味しいモン振舞えば割と何でも話してくれる」という伝説が真であるなら、次こそは……と画策するのもグリードらしい姿であると言えるだろう。

 

「あノ……?」

「よし決めた。嬢ちゃん、俺達と一緒に来い。そのブシュダイレンに心当たりがあんだよ」

「ほ、ホントですカ!?」

「今どこにいるかってのは……ちとわかんねぇが、再会の約束はしてある。必ず会えるはずだ」

「基本はセントラルにいるんじゃないですか? あの人セントラルの医者でしょ?」

「だな。んじゃ次の目的地はセントラルだ。──人相書きとか出てねぇよな?」

「多分」

「……出てたら今捕まってんじゃないですか?」

「そういえばさっきのバザールで私たちを見てこそこそしてたのがいたけど……」

 

 マーテルの言葉が早いか、その音が早いか。

 チャキ、という銃を構える時特有の音が周囲から響く。

 

「手を上げろ! お前たちは包囲されている!」

「おー……通報された、ってことか」

「どうしますか、グリードさん。この程度の人数なら一瞬で片付けられますよ」

「あんまり目立ちたくはねぇからな、秒でやるぞ」

「っしゃぁ!」

 

 さて──ここに。 

 THE・荒くれ者な集団+か弱き少女+成長できなかったパンダのパーティが完成したのである。ヨキなんてどこにもいない。

 

 

** + **

 

 

 

「どうしたのラスト。いかないの?」

「……どうしようかしらね」

 

 マース・ヒューズの抹殺。

 ヴァルネラ曰く「記憶を消した」らしい彼は、しかし最近になって明らかに異常な様子と共に、たくさんの調べ物を行っている。

 まだ、記憶は戻っていないようだが──それが時間の問題である、なんて一目瞭然だった。

 ただの一般兵だ。殺すなら、殺せばいい。

 

 でも、ラストの脳裏に過る。

 

「"お前、そのまま人間舐め腐ってると死ぬぞ。近い内に"……ね」

「ラスト?」

「いいえ……なんでもないわ」

 

 中央に異動してきたロイ・マスタング。その部下であるジャン・ハボックと、ラストは恋仲を演じている。あちらからナンパしてきたのだから、これ幸いにとのっかった次第だ。

 目下最大の障害はロイ・マスタングだけど、最も殺すべきはマース・ヒューズ。片方に気付かれたのだから、もう片方にだって気付く可能性は高い。

 

 ──"お前が馬鹿にした奴に殺される"。

 

 馬鹿にした奴、など。

 人造人間(ホムンクルス)に人間を見下していない者がいるかどうか。ああ、100年程前に離反したグリードや、人間に注入される形でできたラースはどうかわからないが──少なくともラストは、人間を見下している。馬鹿にしている。

 だから、絞れない。

 誰に殺されるか。あの医者が、何を予言したのか。

 

「ラストぉ、おでお腹空いたよ~」

「……そうね。じゃあ、行きましょうか」

「やったぁ!」

 

 マース・ヒューズを殺す。

 グラトニーに派手に追い掛け回させて、一息吐いたマース・ヒューズを壁裏から殺す。

 馬鹿にしない。油断しない。

 ラストの持つ最強の矛を最大限に生かした戦闘法で、可能性の芽を摘み取る。

 

 今日までにたくさんの下調べをした。馬鹿にするな、舐め腐るなという助言のもと、行き当たりばったりな作戦をやめて、窮地に陥ったマース・ヒューズがどのような行動を取るかまで作戦立てた。

 

 ロイ・マスタングの中央栄転祝い。

 セントラルのあるレストランで開かれる祝い事の──終わり際。

 全員が散り散りになっていく時を狙う。酒が入り、食事は胃を重くさせ、普段のパフォーマンスなんて一切出せないその時を狙って。

 

「いい? グラトニー。焔の錬金術師は殺しちゃダメ。その他は良いけど、最優先はマース・ヒューズよ。あの顎鬚メガネの男」

「おとこかぁ。おんなのこ食べたいなぁ」

「マース・ヒューズを食べた後なら、もう一人くらい食べてもいいから──行けるかしら?」

「うん! じゃあ、いってきまぁーす!!」

 

 ぼよん、とグラトニーの巨体が跳ねる。

 セントラルの鐘楼。陽の落ちてきた時間帯に、まずはその足となるマース・ヒューズの車を潰す。

 

 グラトニーが着地したその衝撃だけでひしゃげる車体。中には誰もいない。

 もう一度彼が跳躍を行えば、車は大きな音を立てて爆発、炎上した。

 

 それを聞きつけて出てくる面々。

 ロイ・マスタングを始めとするリスト通りの人間と──マース・ヒューズ。

 

「いた、メガネのおとこ──たべる!」

 

 なおロイ・マスタングの部下にメガネの男はもう一人いるが、グラトニーが顎鬚のキーワードを覚えてくれているかどうかはわからない。覚えていなくても問題ないが、あまり時間をかけると自分たちの存在が露呈してしまいかねない。

 短期決戦でマース・ヒューズを殺す。

 

「だから──ここ!」

 

 まず一つ目。

 壁裏からの闇討ちを行うには、彼らを散開させる必要がある。

 グラトニーをけしかけるだけでは彼らが結託し、むしろ固まってしまう可能性があるため、散開しなければならない状態で、且つグラトニーにも対処しなければならない状態を作り出さなければならない。

 

 そのためのラストだ。

 最強の矛──指から伸びる貫通力の高い攻撃は、"貫通力が高いこと"よりも"伸縮自在であること"が非常に有効的である。

 つまり。

 

「──っ、……!」

 

 狙撃、のつもりだった。

 まっすぐ伸びる爪は寸分違わず太った男……ハイマンス・ブレダの肩を貫く。その予定だった。

 

 けれど、狙撃し返されて仰け反ってしまった。

 誰が狙撃を、なんて問うまでもない。こちらが高地、位置も割れていなかったはずなのに、危険を察知した瞬間に狙撃ポイントを探すような者など、狙撃手(スナイパー)くらいだ。

 

 すぐさま鐘楼を飛び降りるラスト。

 その行動は正解だったと言えるだろう。なんせ次の瞬間、鐘楼の鐘が炎に巻かれたのだから。

 焔の錬金術師、ロイ・マスタング。彼の射程距離は見える範囲全てだ。分が悪いなんてものじゃない。

 

 一つ目の予定が崩れた──からといって、無論次の、その次の策は用意してある。

 

 だけど、それは予想外だった。

 鐘楼から降りたその先で、腹部に熱。

 銃弾などの痛みではない。それは。

 

「……ほウ、劣化ブシュダイレンとは聞いていたガ、治りも遅いナ」

 

 刃。

 真っ黒な装束に仮面をつけた何者かがラストの左腹を切り裂いたのだ。

 

「あなたは……何かしら?」

「フン、お前のような者に"何"などト蔑まれル筋合いは無イ」

 

 声は老人。

 ならば不意を打つ暗殺者の類。それならばこちらに分があると──ラストは踏み込みかけて、やめた。

 

「……どうしタ、怖気づいたカ?」

「一つ、質問があるのだけど」

「なんダ」

 

 見たことのない異装。

 ドラクマのそれでも、アエルゴのそれでもない。クレタとも違うとなれば──シンか。

 

「あっち……ロイ・マスタングとマース・ヒューズの方にも、応援が行っていたりするのかしら」

「答える義理はなイ」

 

 だろうな、と思った。

 だからラストは──。

 

「ム!? 逃げるカ!?」

 

 その老人から、離れるようにして駆けだした。

 

 

 

 

「どこへ逃げてモ無駄ダ! その氣、気色の悪さが追いやすサを高めているからナ!」

 

 追いかけっこが続いている。

 どこへ逃げても、どこへ隠れても、その老人は追ってくる。刃、時折爆発物。

 先ほど踏み込まなかったのは正解だった。

 

 達人クラス。なめてかかれば、瞬時に何度も殺されて死ぬだろう。

 

 それがどうしたというのか。人造人間(自分たち)に劣る人間の、何を恐れる。

 ──"そのまま人間舐め腐ってると死ぬぞ"。

 

「ッ、うるさい、本当に……!」

 

 響く。響く。

 脳裏に響く。

 

 ラストはプライドの次に誕生した人造人間(ホムンクルス)だ。

 だから、長く、長い間人間の営みを見てきた。見てきた上で、見上げる価値のないモノだと認識している。ラストの経験が人間を馬鹿にしているのだ。人造人間(ホムンクルス)だから、ではない。今まで見てきた人間が愚かだったから、その経験則に基づいて、舐め腐っている。

 それを否定するということは、ラストが産み落とされてからの今までを否定することと同じだ。

 

 だから、振り返れ。

 振り向き、この調子に乗った老人に死を与えろ。

 あるいは走りながらでもいい、指を伸ばし、仮面を貫いて額に穴をあけろ。

 

 それができるはずだ。

 

「逃げるだけカ!」

「生憎だけど……私、アナタみたいな枯れ木と踊る趣味はないのよね」

 

 異変は伝わっていた。

 グラトニーが暴れているはずなのに、大きな音がほとんどしていない。あたりで起こるのは火柱ばかりで、悲鳴も上がっていない。

 

 失敗した、と見るべきだろう。

 グラトニーが、そして己も。マース・ヒューズの抹殺はおろか、自分たちが狩られる側になっていると。

 

「──私とグラトニーが()()()時間を稼げるかしら」

「はっはっは、良いのかね、いつも言っていた人造人間(ホムンクルス)の矜持は」

「ええ。誇りは目的に勝るものではないから」

「そうか」

 

 すれ違う。

 こちらも老人──でありながら、いつも一言多いラストたちの末弟。

 

「よかろう。私は不審な人影から婦女を護る──それだけのこと」

「ええ。夫人に街で浮気しているところを見かけた、と伝えておくわ」

「ふん、早く行かなければ──連れ去られるぞ」

「!」

 

 ラストは、その爪を伸ばして建物の側面を昇り、グラトニーを探す。

 下で響き始める剣戟の音。軍刀と苦無、そのどちらに分があるかなどわかりきっているが、果たして。

 

「……いない。これは、本当に……? ッ!」

 

 狙撃。

 そのまま立っていないで身を屈める。

 

 読まれているのだ。

 グラトニーの動きが無くなれば、ラストが高い所からグラトニーを探すだろうことまで。

 先ほどの老人の位置も予測されていたのかもしれない。登る建物まで推測されていたとすれば──完全に負けだ。

 

「……必ず取り返しにいくわ」

 

 これ以上できることはない。

 グラトニーの捜索をしようとすれば、敵の思うつぼ。

 

 立てば狙撃。下では激戦。

 なら、ラストがとる手は──。

 

「はしたないけれ、ど!」

 

 自らの胸に、手を突っ込み、その賢者の石をぶちぶちと引き抜いて、サイドスローでの投擲。

 狙撃されない死角を通る赤い石は、空中にいる間に彼女の身を形成。

 

 これにより、彼女は"人間"から逃げることに成功したのである。

 

 

** + **

 

 

「……どうだ、中尉」

「目標、ロストしました。どのような手段かはわかりませんが、逃げたものと思われます」

「フュリー曹長、そちらはどうだ」

 

 ──"見当たりません。恐らく完全に撃退できたものと思われます"

 

「そうか。……ふぅ。……まったく、再生する化け物は一人で充分だというのに」

「えー酷いなオマエ。本人の目の前でそういうこと言う?」

「別に誰とは言ってませんよ、ヴァルネラ医師。……しかし上に狙われている、という医師の助言が無ければ、狙撃を許しているところでした。ありがとうございます」

「いやそういう意味で言ったんじゃ……」

 

 そう!

 俺である。

 

 いや、いや。

 ヤオ家一行と合流を果たした以上、俺にも戦力というものができたわけで。

 ほら、俺ってば錬金術も再生能力も、言ってしまえば受け身の能力じゃん?

 だからフラスコの中の小人に狙われたから等価交換でやり返す、とか言っておきながら、イシュヴァールの地での大爆発くらいしかやってこなかったんだよね。

 錬金術を改良すればいいじゃん、って話ではあるんだけど、いやそこまでの熱量があるかって言ったら微妙。キンブリーに言われた通り、俺には力熱というものが本当に欠けているようで、ホムンクルス全員殺したいか、って言われたらNOだし、フラスコの中の小人の企みを阻止したいか、って聞かれたらNOだし、主要人物で死ぬ人全員救いたいか、って問われたらNOだし。

 じゃあ何がYESなんだよ、って自問自答してみたら──これが驚くことに、無かったんだわね。

 おん。

 

「しかし、人造人間(ホムンクルス)……ですか、コレが」

暴食(グラトニー)という。あんま挑発したりすんなよ? ワンチャンこいつが一番やべーからな」

「へぇ、どうやべーんですかい?」

「食われると一生帰ってこれない異世界に飛ばされる」

「そりゃ……やべーっすね」

「だろ?」

 

 だからいつも通りっていうかこの辺の時期特にやることねーよな、ホーエンハイム帰ってくるくらいだけどアイツ帰ってくんのかな、とか考えながら家でゴロゴロしてたら、ヤオ家の三人が揃って「なんダこの氣ハ!」って立ち上がるじゃないか。 

 あー、原作の色々飛ばしてるとはいえ確かにグラトニーとラストを釣り出す時期だな、って思って、けどロイ・マスタングは人造人間(ホムンクルス)という言葉自体知らないはずだよなぁ、とか思いながらヤオ家三人に人造人間(ホムンクルス)のことゲロったら、なんか怒られた。

 

 曰く、知っていて、止められる力があるのに、どうして動こうとしない、だの。知り合いが殺されるかもしれないとわかっていながら何故そうも平静でいられる、とか。

 しまいにゃ「やはり不老不死は怠惰を極めるカ! あぁ、こんなモノを欲すル皇帝の気持ちが理解できなイ!」とか。

 

 おーん。

 ……いや、言われてみれば……確かになぁ。とは。

 マース・ヒューズが狙われている。ロイ・マスタングが死ぬかもしれない。リザ・ホークアイが食われるかもしれない。ジャン・ハボックが下半身不随になるかもしれない。その他面々が大怪我をするかもしれない。

 ……これを聞いて心が動かない自分に、でもそういうもんだしなぁ、という感想しか沸いてこなくて。

 

「しかし、大捕り物でしたね。ヴァルネラ医師、なんですかあの二人は。明らかにアメストリス人じゃありませんが」

「居候。ちなみに言うと三人」

「密入国者を庇うとなると、それなりの罪が発生しますよ」

「大丈夫ブラッドレイで止まるから」

「……アンタが大総統とマブっての、本当だったんスね」

 

 まぁでも、行くことは止めないよ、って言ったら行った。

 原作のヤオ家の三人ってこんなに正義感高かったっけ、ってずーっと考えてたんだけど、よーやっとわかってきた。

 つまり、原作では正義感というか良識が働く場面はあったけれど、最優先事項が不老不死の法だったから、そっちにばかりフォーカスが向いていた。

 しかし今回のヤオ家は既に俺という不老不死の法を手に入れているため、他に気を回す余裕がある。しかも今すぐに連れ帰る、ではなくかなり滞在する予定になるとわかっているから、町の治安も気になる。若様のために。

 

 そんなところに人造人間(ホムンクルス)、それも人を食らう奴の登場である。

 

「ジャン・ハボック。お前、今日デートだっただろ」

「え! い、いや……まぁそうでしたけど、流石に大佐の祝会なら出ますよ。ただ飯食えるし」

「おお、ヴァルネラ医師。もしかしてようやくソウイウことに興味が?」

「馬鹿言え、忠告だよ忠告。"その日は上司の祝会があるから、ごめんな"なんて言ったんだろ? その日を狙えって」

 

 ヤオ家は猛ダッシュでウチを出てって、まぁ、なに?

 あそこまで言われて……も心は動かないし、あんなにまで言われて……もどこ吹く風ではあったけれど。

 

 ……特に理由付けとかできないまま、ちょみっとだけもやっとしながらそのレストランに行ってみれば、目の前の車にグラトニーが落ちてきたではありませんか、って次第だ。

 あとはもう特に語るべくもない。みんな酒入ってたし腹も膨れてたみたいだけど、リン・ヤオとランファンのコンビがグラトニーを翻弄して、原作でエドワード・エルリックに要求してたように鋼鉄ワイヤー出せって言われたから出して、グラトニーを縛り上げて終わり。マース・ヒューズはレストラン内で縛られてた。曰く、余計なことしないように、らしい。

 フー爺さんはラストの方行ったみたいだけど、まぁラストが俺の忠告聞き入れてりゃ危ないかもしれん。聞き入れてなけりゃ楽勝じゃないかな。

 

 しかし、グラトニー捕まえるのはいいけど、マジでどうする気なんだろ。

 連れて帰る? 俺いるのに?

 

 俺ちょいと怖いんだよな。グラトニーそばに置いとくの。いつ激昂して疑似・真理の扉開いてくるかわかんないじゃん。

 アレまぁ俺は別にいいけど他の奴絶対守れないし「等価交換だ」って言う前に持ってかれるの目に見えてるからある意味鬼門。

 

「──遅く、なりまし、タ」

「ん。おお、お帰り──」

「フー!?」

「爺様!?」

 

 そそろそろ頃合いを見て帰ろっかなー、とか思っていた時だった。

 

 べしゃ、という音と共に──血だらけで、息も絶え絶えな様子の、右腕一本を失ったフー爺さんが帰って来たのは。

 すぐに臨戦態勢になるロイ・マスタングと部下の面々。

 しかし周囲には誰もいない。

 

 ……この綺麗な切り口は、ブラッドレイかー。

 そりゃ負けるわ。よー逃げ帰って来れたよ。

 

「フー、しっかりしろ!」

「……申し訳なイ、若様……敗北、なド」

「ヴァルネラ医師。周りは見ておきますから、治療を」

「対価は?」

「対価? ……その老人はあなたの家の居候なのではないのですか?」

「え、いやそうだけど」

 

 沈黙。

 その中に、荒い呼気だけが響く。

 

「……アウェイか、この空気。流石に」

「治せるのカ?」

「ああうん。なんなら腕も治せるよ。拾って来てくれてたらもっと簡単だったけど」

「頼ム! 対価がいるというのなラ、俺が払ウ!」

 

 リン・ヤオが膝をつき、頭の上で合掌し、その頭を下げる。

 シン国の、まぁ最上級の頼みみたいなポーズだ。

 

 そこまで言うなら。

 

「それじゃあその腕だな。リン・ヤオ。お前の右腕を斬って寄越せ」

「──な」

「ああ、ランファンでもいいぞ。どっちでもいい」

 

 別に俺のを斬って与えてもいいんだけど。

 それをしたら、もっと対価が払えなくなるだろう、こいつら。

 

 行動が早かったのは、ランファンだった。

 腰の苦無を抜き、その刃先を自らの右腕、その付け根へ──。

 

「っとぉ! ギリセーフ!」

「──! 何故止めル! このままでは爺様が死んでしまウ! ならば、腕の一本なド!」

 

 それを止めたのはジャン・ハボック。

 おー、苦無握ったらだめだぞ。手のひらから血が出てる。

 

「……ヴァルネラ医師。どういうことですか?」

「何がだ?」

 

 冷たい声だった。

 ロイ・マスタングは、何かを思い出すように、その問いを俺にかける。

 

「何故そんなにも、彼らには冷たいのでしょうか」

「冷たい? 俺が?」

「ええ。私の中で、あなたは等価交換を押し付けてくる割にはお人好し──という印象がありましたが」

「いやだから、俺が人を救うのは要否だって言ってんじゃん。必要ある奴は救うし守るよ。そのあと対価は貰うけど。でも必要ない人間は対価貰ってからじゃないと救わないよ。そこまで俺情熱的じゃねーもん」

 

 言えば。

 ロイ・マスタングは──ギリ、と奥歯を噛み締めて。

 

「では! あの時の貸しを使わせていただきます。私の周囲の者が大怪我をした場合には治療してくださると──そう言ったはずです。彼を治してください」

「……おいおい、いいのかよ。お前さん、こいつの名前も知らねえだろ? その対価はそっちの、お前の部下のために、」

「対価は事前に払いました──私の願いは聞き届けられませんか?」

 

 その目は、本気だった。

 あとで上手く言い包めて違ったことにするとか、使ってなかったことにする、とかじゃない。

 ロイ・マスタング。こいつは俺の生体錬成がどれほどの効果を有するかを知っている。どれほどの死地にあっても助けることができると知っている。

 そんな、ある意味「一回だけなら無茶してもいいよ券」みたいなモンを、今日会ったばかりのフー爺さんに使うというのだ。

 

 意味が分からん。

 が、まぁ対価は支払われている。で、俺は治すと言った。

 

「ランファン。その苦無俺に寄越せ」

「……何をするつもりダ」

「何ってフー爺さん治すんだよ。ほれ早くしないと、失血死するぞ」

 

 急かせば、ランファンは苦無をこちらに放ってくる。

 あーあー、やっぱり血がついてら。ジャン・ハボック、今は隠してるけど掌ざっくり行ってんなこりゃ。

 

 とか思いながら、自分の右腕を切断した。

 

「!?」

「──!」

「な、ぁ──」

「……ッ」

 

 ん? 何この空気。

 いやジャン・ハボック達はわかるよ? 見たことないだろうし。リザ・ホークアイのキツそうな感じもわかる。トラウマ刺激だよねごめんね。

 でもロイ・マスタングとヤオ家は何に驚いてんだ?

 

 ……あれ、ロイ・マスタングって俺が不老不死なの知らなかったっけ? 

 

 えー……まぁ別にいいか。

 で、ヤオ家はヤオ家で何驚いてんだよ。ブシュダイレンって呼んできたくせによ。というかリン・ヤオに至っては俺のこと切ってきただろーが。

 

 ぐじゅる、と水音を立てて、右腕が生える。あとで錬成陣刻み直さなきゃなぁ。

 

「……ブシュダイレン」

「だからそうだって。あー、フー爺さん。かなり痛いから頑張って意識保つのやめな。意識失ってた方が楽だぞ」

「いイ、気にするナ」

「そこ強がるとこじゃないけどなぁ」

 

 生体錬成。

 全身の傷を塞ぐのは単純な錬丹術でいいけど、腕を作り替えてつなぐのは俺特有の生体錬成だ。

 当然神経とか触るからめっちゃ痛い。

 のに、脂汗かいて、けれど叫びもしないフー爺さん。……まぁいいけどさ。

 

 そうして、錬成反応の青い光が消える頃には──。

 

「治っ、た……?」

「爺様、爺様!」

 

 この通り、五体満足なフー爺さん、と。

 

 んで。

 ……アウェイな空気、と。

 

 あれぇ、俺さ、ずーっとずーっと俺がどういうスタンスなのか、とかロイ・マスタングとかには言ってきてたよな?

 なんで今更こんなに引かれてんだ?

 

「あー、まぁ、もう敵は来ないだろ。氣でやべーのいたら教えてやれよ、お前さんら。んじゃ俺帰るから。……なんかごめんな? 多分俺が空気読めてねーわ」

 

 追ってくるやつは、いなかった。

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