緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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作者の勘違い&計算ミスで前話80年とか言ってたところ20年でした。
修正済みです。


第14話 目を覆う謝礼

 完全に独立した異空間。現実と真理の狭間。出口も出る方法もない。ただ死を待つしかない場所。

 ただし、唯一の脱出方法は、正規の真理の扉を開き、そこから出ることで現実に帰ること──。

 

「……くそ、これも……無理か」

 

 ヴァルネラからその情報を齎されてからずっと、ロイ・マスタングは何かを考えていた。

 無論脱出方法だ。それも、全員無傷での。

 

 代価を払う。

 つまり、人間を人間に錬成し直す。リザ・ホークアイをリザ・ホークアイに、リン・ヤオをリン・ヤオに、ランファンをランファンに錬成し直せば良い。そうすれば人体錬成は発生し、死者蘇生ではないから法則がそれを認可、人体錬成という名を借りた真理の閲覧が術者にもたらされ、その代価を術者が払う。

 それが一つ目の脱出方法。

 

 もう一つが、誰かを犠牲にすることで疑似賢者の石を作り、増幅器としてのそれを使って上記を行う。この場合増幅器から先に消費されるため術者は代価を支払うことなく現実に帰ることができるし、疑似賢者の石にならなかった者も帰ることができる。

 

「……誰が、そんなことを……! 考えろ、考えろ……できるはずだ、何か、方法が……!」

 

 はじめ、その二つの方法を聞いた時、真っ先に手を上げたのはランファンだった。

 曰く、「自分が最も必要ないから」と。それを聞いたリンは酷く怒ったし、ロイもリザも彼女を叱った。その後「それを言うなら私も」なんて言い出したリザもロイが叱り飛ばしたが。

 

 必要のない人間などいない。

 人間の存在価値に優劣などない。

 

 ゆえに一つ目の方法をロイが選ぼうとしたら、今度は全員に止められた。

 エドワード・エルリックが左足を犠牲に真理を見た。それだけで済むのなら、あるいは外のヴァルネラがなんとかしてくれるかもしれない。

 だけど、同じく真理を見たアルフォンスの例を考えるに代価はランダムだ。

 もし、全身をとなれば、それは犠牲と何ら変わりがない。怪我程度、欠損程度なんて覚悟で挑むものじゃない。ちなみに「そうやって思い上がった奴は大体全身持ってかれるか頭持ってかれるぜー」なんて軽い口調でヴァルネラが言ったものだから、余計に全員が全員で止めた。

 

 だから、考えているのだ。

 上記の二つではない、別の方法を。

 

「……ヴァルネラ医師」

「おー、なんか考えついたか。ちなみに医者になった覚えはないが」

「私がそうでないと呼びづらいので我慢してください。ヴァルネラ医師、貴方の身体は無限に再生する……ということでしたが、あっていますか」

「合ってるよ」

「そのエネルギーはどこから? 治癒力を最大限に高めているのだとして、莫大なエネルギーが必要なはず」

「いや、エネルギーとかないない。俺は俺である限り不老不死だ。うーん、例えばだけどさ、ロイ・マスタング」

 

 大きな石板。それに、ヴァルネラは血文字を書いていく。

 

「錬金術の発生において、まず必要なものってなんだ」

「……錬金術の講義ですか? 私に?」

「いいからいいから」

「……まず、円です。円が無ければ何も始まらず、円があって錬金術は錬金術足り得る。故に錬成陣は全てが円形です」

「おお、優等生だな」

 

 おさらい。 

 それに何の意味があるのか。

 

「円には必ず中心点がある。円周上から中心点へ向かって上昇力が集中し、それを均一に高めることで力の循環を起こし、統一点として機能させる」

「そうですね。ですから、円に乱れがあったり歪みがあったりすると、錬金術は上手く発動しません。この円をどれだけ素早く描けるかは錬金術師の基礎としてのトレーニングであり課題です」

「じゃあ構築式はどうだ。構築式はどんなものだろう」

「……構築式は、物質の構成と錬成課程を示したものになります。中心に置いた原料に向かい作用する構築式は、当然円形の式であることを念頭に置かなければなりません。そしてすべての構築式を正しく配列できたとしても、術者によって錬成結果は異なります。術者の技量によってはその構築式を完全に理解できていなかったり、あるいはそれ以上を知っていたりするからです」

「おーおー、聞いてないところまで。エリートだねぇ」

 

 褒められてもそこまで嬉しくない。

 何故ならヴァルネラは最年少国家錬金術師であり最長国家錬金術師記録を毎年更新し続けている者。そしてあの生体錬成だ。ジャンルもベクトルも違うけれど、錬成速度の一点においてヴァルネラはロイに勝る。それはそのまま思考力にも繋がり──。

 

「んじゃ、発動はどうだ、ロイ・マスタング」

「発動?」

「錬成陣を敷いたあと、術者は錬金術を発動させる。どういう仕組みを取る?」

「仕組みと言われましても。錬成陣に思念を送り、発動させます。それ以外にありますか?」

「それだよそれ。思念。思念はなんだ、ロイ・マスタング」

 

 思念。

 思念とは何か、と問われて、簡単でしょう、と答えようとして。

 詰まった。

 

「思念。感情。なんだ、それは。それはエネルギーか? 脳の働きが生み出すエネルギー。確かにそうだろう。だが、失血寸前だろうが脳に問題があろうが酸欠で意識不明になる直前だろうが錬金術は使える。()()()()()()()()、ロイ・マスタング」

「……思念」

「まぁ別に俺の身体思念とか関係ないんだけど」

「じゃあなんだったんですか今の問答は」

「いやだから、世界にはそういうものがあるってことだヨ。俺の身体はエネルギーの消費、増減なしに再生する。ただまぁ質量保存の法則は生きているからな、俺が再生するたびに、宇宙のどっかの何かが消えてるはずだ」

「……宇宙のどっかの何か、とは」

「さぁ?」

 

 適当だった。

 ロイが真面目に質問し、真面目に受け答えをしたのが馬鹿らしくなるくらい、適当だった。

 

「あの……一つ、いいかしら」

「ん、いいよ、リザ・ホークアイ。なんか気分悪そうだけど。あぁ、イシュヴァール殲滅戦で大量の血を見たトラウマとか刺激されてる? はは、気にすんなって。ここにある血は……いやまぁ大半人間のものだけど、割合豚とか牛とかのも混ざってるよ」

「……今の話を聞く限り、貴方の再生にはどこかの何かしらの物を消費する必要がある」

「ああ順序が違う。俺が再生するから質量保存の法則が作用して勝手にどっかで物が減る、だ」

「なら」

 

 リザは──震えながら。

 その言葉を口にすることさえ気分が悪いと思いながら、言う。

 

「今ここで貴方を殺し続けたら──どうなるのかしら」

「……ま、どんだけかかるかはわからんが、いずれは()()()かもしれないな」

「ダメだ、中尉。都合よく"宇宙のどっかの何か"が消えてくれるならばいいが、突然私たちの身体の一部が消失する可能性もある。そんなリスクは背負えない」

「……そう、ですか。そうですね。……この手法を取らなくて良かったと、心から安堵している自分がいます」

 

 見た目は10歳くらいの子供。

 それを殺し続ける手段、など。

 

「なら逆はどうダ?」

「逆?」

「あア。アンタの身体は再生し続けル。つまり無限ダ。それでこの空間を埋め尽くすってのハ」

「中尉の案と何が違う。ランダムな消失のリスクは避けられんし、埋め尽くすというのなら埋め尽くす過程で私達も潰れかねん」

「……お、オウ。すまなイ、余計なことを言っタ」

「む……いや、こちらこそすまない。気が立っていた。感情をうまく制御できていない……これは私が悪い」

 

 ああでもないこうでもない。

 議論は続く。

 

「緑礬は? この緑礬の侵食は谷をも作るほどだ。これを使えば、果てまで」

「あー、疑似・真理の扉と無限対決しろって? 良いけどマジで無限に続くと思うよ。お前らの寿命より長く」

「やはりどこかに出口があるはずダ。入り口があるのに出口がないのはおかしイ。次何かが入って来た時、そこに集中砲火を加えてこじ開けるのはどうダ」

「次のグラトニーの暴走を待って、どこに現れるともわからんそれをどーやってか事前に察知して、そこをどーやってかこじ開けろって?」

「……無理カ」

 

 考えて、考えて、考え抜いて。

 

 ふと、ある考えに辿り着いた。

 

「……そういえばヴァルネラ。アンタはその真理の扉とやらヲ潜れないと言っていたナ」

「おう。俺は代価にならんからな」

「だが、ここにいル」

 

 リンだ。あれだけ頭を悩ませていたロイでもなく、トラウマから気分を悪くしていたリザでもなく、ちょっと脳筋気味な解決策をポンポン出していたランファンでもなく、リンがそれに辿り着く。

 

「そうだな。俺はここにいる」

「おかしいだろウ。ここが疑似・真理の扉という場所なのだとしテ、そこへ出入りするためには錬金術を介す必要があるはずダ。そしてそれがあのグラトニーという怪物の力なんだろウ? 飲み込まれた覚えなどないガ、あの怪物には対象を疑似・真理の扉に閉じ込める──転移させる力があっテ、俺達もアンタもそれに飲み込まれタ」

 

 ロイの中で、何かがカチりと嵌る。

 笑みを深めるのはヴァルネラだ。

 

「つまるところアンタは現実と真理の扉のある空間そのものハ行き来できル。できル上で対価にならズ、真理を見ることもできなイ。扉を開くことができないかラ」

 

 要するに。

 

「──ヴァルネラ医師。貴方は人体錬成以外の方法で真理の扉を開ける方法を知っているのですか?」

「あ、そっち行くか。うーん。……60点だ、錬金術師」

 

 及第点は超えていた。

 

 

 

 

「つまり、貴方は答えを知っていて、それが第三の選択肢になることもわかっていて、けれど教えてはくれない、と」

「代価を払え。そしたら教えてやる。いやさ、俺はてっきり今の問答でお前が答えに辿り着くんじゃないかって期待してたんだよ。そしたらなんだ、結局"あなたは知っているんじゃないですか答えを"って……がっかりだよロイ・マスタング」

 

 ロイが発火布を、リザが銃を、リンとランファンが得物を構える。

 

「ん、なんだ。力尽くで聞き出そうって? やめときなよ、俺に痛みは通用しないよ」

「問います、ヴァルネラ医師」

「おう」

「──貴方は何者だ。どうしてそんなことを知っている。まるで番人のように我々の前に立ちふさがり、まるで天秤のように我々に選択を迫り──やっていることが人間ではない、あるいは神のようなものとさえ思える行動だ。そして、なにより」

 

 城が崩れる。

 緑礬がすべて崩れていく。

 

「貴方は何故、私たちの名を知っている。貴方の記憶においては──私たちはまだ出会ってすらいないはず。貴方が本当に1894年にグラトニーに飲み込まれた存在であるというのなら、です」

「ああ何? もしかして疑ってんの? 実は俺が外の俺と繋がってて、俺は単なる端末で、お前たちを使って何かをしようとしているんじゃないか──みたいな」

 

 巨大な水晶の城は風化し、そして彼を中心に、今度は足元の血が水晶となっていく。 

 

「あっはっは、ないない。俺はただお前らのこと知ってるだけだよ。なんせ俺は──」

「ア!」

 

 誰かが大きい声を出した。

 誰だろうか。

 

 今大切なところなんだから静かにしててくれ、というロイの願いはどこ吹く風に、その発声元が割れる。

 

 ランファンだ。

 

「どうしタ、ランファン」

「若様、思い出しましタ。ずっと考えていたのでス。──確かシンに、血液のみで作ル料理があったナ、ト」

「料理?」

 

 食いつきは早かった。

 ヴァルネラは──今まで出していた「なんか知ってそうな黒幕ムーブ」の一切をやめて、ランファンに詰め寄る。

 

「もしかしてランファンお前、ミーシュエガオを作れるのか?」

「ぶ、ブシュダイレン、近イ」

「みーしゅ、えがお? とはなんだ、中尉」

「私に聞かれましても」

「……ミーシュエガオは、まぁ、なんというカ……俺達の国でたまに食べル、血液で作る料理ダ。本来は動物の血で作るんだガ、確かに人間の血でも作れないことは無いナ。猟奇的だガ」

「血で作る……」

「……料理?」

 

 アメストリス人にとってはあまりなじみのないもの。

 だけど、ヴァルネラは知っていた。食べたことがあるのだ、昔。シンで。

 

 けど、作り方は知らなかったし、仮に知っていても試さなかっただろう。彼にそこまでの情熱はない。

 

「ブシュダイレン。あなタは、馳走を振舞えバ話をしてくれル……あの御伽噺ハ本当カ?」

「──良いだろう、代価として認めてやる。なに、この世界から出るのって実は結構簡単なんだよ。真理について詳しくない奴は大体遠回りに遠回りを重ねて無駄な浪費をしまくるんだけど、えーとな、じゃあまず錬成陣を」

 

 あまりにシームレスに話し始めるヴァルネラに、ロイが急いでメモを取る。

 

 人体錬成の陣。五角に四角を重ねた陣は、ロイも初めて見るもの。

 さらにそこへ、六芒星が敷かれていく。

 

「あぁランファン、ミーシュエガオはその辺に作っておいといてくれ」

「いや、ミーシュエガオは冷蔵を要するかラ、時間がかかル」

「ロイ・マスタング」

「私の身体は一つしかないんだが……」

「……じゃあいいや、レシピだけ書いといて。ああシン語もわかるよ、シン語でいい」

「そうだったのカ。いや、当たり前カ。ブシュダイレンはシンに来ていたのだかラ」

 

 それなりに大き目の錬成陣。

 血液で描かれたそれには、雌雄同体の龍が所々に描かれている。不老不死の記号だ。

 

「真理の扉を開くには鍵が必要なんだ」

「鍵、ですか」

「そ。その鍵ってのは血液のこと。神の構築式の詰まった高エネルギー体が人間の血液なんだよ。だからこの陣は、構築式で構築式を描いているようなもの。シンプルな陣で複雑なことを為せるのが優秀な術者の証とはいえ、複雑極まる陣ならさらに複雑な行いを為せるのもお前は知っているな?」

「ええ、まぁ。あとは、術者の想像力の助けにもなりますからね」

「おう。だから俺の緑礬も結構強力な錬金術なんだが、それはいいとして、っと」

 

 描き終わる。

 ロイが分析するに、これはやはり人体錬成の陣だ。人体をそのまま人体に作り直す陣。最初に聞いたものと同じ。

 違うのは、所々に散りばめられた不老不死の記号。

 それらは六つの線で繋がり合い、複雑かつ奇妙な形を作っている。

 

「ロイ・マスタング。術者はお前だ。だから今から言うことを理解しろ」

「はい」

「まず、現実の世界をフラスコだと考えろ。考えたな? よし、そうしたら、ここはフラスコの中にもう一つフラスコがあるものだと考えろ。考えたな? つまり、フラスコの中のフラスコから出るには、出入り口を探せばいい。が、この出入口には返しがついていて内側からは出られないと来た。ならばどうする」

「……内側から、フラスコの中のフラスコに穴をあける……でしょうか」

「おお、それができるならそれが一番だ。今やれ。できないだろ? じゃあ別解だ」

「う」

 

 急いでいる。

 何か急いでいる。これは。

 

「……新たな料理を食べたいあまり、私への教授を疎かにするのはやめていただきたい」

「あバレた?」

「どうせ調理には時間がかかるらしいではないですか。なら、こちらの話をできるだけゆっくりと……」

 

 そこまで言って、ロイはふとあることに気付いた。

 顔を上げる。

 

「ヴァルネラ医師」

「じゃあ続き行くぞ」

「ヴァルネラ医師」

「おん?」

「あなたは、どうするのですか?」

 

 今、当然のようにスルーしていたけれど。

 彼は。

 

「どうするって何が?」

「ですから、これからです」

「これから? ミーシュエガオ食うけど」

「そうではない。これからです。それを食べた後、どうするかと聞いています」

「いやわかんねーよ。食べた後も食べるかもだし、食べずにゴロゴロするかもだし」

「だから、そうではなく──!!」

 

 話が嚙み合わない。

 伝わらない。

 何故って。

 

「──オレ達がいなくなった後、アンタはどうなるカ、と聞いていル。そうだロ、マスタング大佐」

「え、いや、フツーにここに居続けるけど。ん? 何? 他になんか方法ある?」

 

 わかりきっていたことを、わかりきっているだろう? と聞く。

 

「あなたを、犠牲にしろ、と?」

「え? え? 待って、待った待った。何悔しそうな顔してんだよロイ・マスタング。犠牲とかじゃねーって。俺は飲み込まれた時に面白そうだからって意識保っただけの不老不死なわけで、外の俺には会ってんだろ? 別にどっちが本物とかないけど、俺はこっちで生き続けるし、あっちはあっちで生き続ける。何が違うよ。ほれ、言ってみ?」

「……この、何もない、誰もいない牢獄のような場所で生きることと、外の世界で生きることが──等価だとでも!?」

 

 その激昂とさえ取れる問いに。

 

「おん。等価だろ、フツーに」

 

 揺れない。

 ヴァルネラは、不老不死は、何も揺れずに言う。

 石がどこに置かれていても石であるように。

 木がどこで生えていても木であるように。

 そこに「楽しくない」とか「無為である」とか「つまらない」とか──あるべくしてある感情が無い。

 

 力熱(ねつ)が無い。

 

「そう……です、か」

「そうだよ。ほれ、集中しろ? お前の理解がお前の生死を分ける。こいつら三人とお前の命はお前さんのその両肩にかかってんだ、俺なんか見てないで集中しろ、ロイ・マスタング」

 

 わかった。

 わかってしまった。

 

 先日の治療の時、何事でもないかのように腕を切り落とし、移植したことも。

 イシュヴァール殲滅戦で身を挺してまでイシュヴァール人を逃がしたことも。

 戦場において、あらゆる場において奇跡と称される生体錬成を用いることも。

 

 すべてが、等価。 

 彼にとって──彼の偉業、彼の非業、彼の結末に、その心を波立たせるものが一つもない。

 

 なんて。 

 なんて──。

 

「おい、わかったか? 聞いてんのか、ロイ・マスタング」

「……ええ、理解しました。全て」

「そうかい。じゃあ行けるよ。犠牲も無しに、ここから出られる。神の構築式が詰まった高エネルギー体、存分に使っていけ。こんなすげぇモンをゴミ箱なんかに放り込んだフラスコの中の小人(おろかもの)を驚かせてやれ、人間」

 

 全員が集まる。

 

 そしてロイが、錬成陣に思念を送り込む。

 輝きだす陣。黒いうねうねとした手が出てきて、そこにぎょろりと目が開いた。

 

「……信頼してるゾ、錬金術師……!」

「大佐、お先に失礼します」

「う、グ……!」

 

 輝く錬成陣。

 ほかの皆は飲み込まれた。扉に分解されるようにして、いなくなった。

 

 けれど、その目に足を突っ込んでいるというのに、ヴァルネラに変化は一切ない。 

 ズ、ズズと飲み込まれていくロイが彼を見ても──やはり。

 

 その感情に揺らぎなど。

 

「おいおい、割り切れないのかよ、ロイ・マスタング。なんだ、外の俺はそこまでお前と仲良くなったのか? あっはっは、そりゃ勘違いだ。……と、言いたいところだがな」

 

 分解されていく。変換されていく。

 ぼやけていく視界で、ヴァルネラが──地面に手を突いたロイに目線を合わせるように。

 

 気のせいでなければ、苦笑いをしているような。

 

「もし──本当にお前が俺の心を動かしたというのなら、それは偉業となる。そして、お前がそこまで俺に感情を向けているということ自体が代価となる。──俺が返す代価になるって話さ」

 

 視界が白く染まる──。

 

 

 

** + **

 

 

 

「そんなワケがないだろう。大量の血液程度が通行料に? それならば世界全土に真理を見た奴が溢れかえっているだろうさ」

「──!」

 

 白。

 どこまでも、白。天地の境目が無く、ただ自分の影だけが落ちる世界。

 

 ロイが目を開けた時、ソイツはいた。

 黒い靄に囲まれた、あるいはそれが無ければ輪郭さえ見ることのできない何か。

 シルエットは──ロイに似ている。いやそのものだ。背丈も、そして声も、立ち姿も。

 

「お前は……誰だ」

「私は……そうだな。お前たちが"世界"と呼ぶ存在。あるいは"宇宙"。あるいは"神"、あるいは"真理"。あるいは"全"。あるいは"一"。そして、私は"おまえ"だ。ロイ・マスタング」

「……お前が真理か。ならばお前を見れば、鋼ののように手を合わせるだけで錬金術が使えるようになるのか?」

「お前には無理だ。少なくとも今はな。お前が真理を見ないよう、目隠しをした存在がいる。小賢しい真似だが、確かに見ていない者から代価を取ることはできない」

「目隠し?」

 

 確かに、そうだった。

 ロイは真理を見ていない。気付けばここにいた。エドワードの証言が正しいのならば、この世全ての、生命誕生の全てを見せられるはずだ。それが無かった。

 

「さぁ、とっとと元の世界に帰ると良い。つまらん話だが、私からお前にすることなど何もないし、お前から私に求めるものも何もない。本当にくだらない真似をしてくれる。いつもいつも、だ」

「待て、さっきから何の話をして──」

「おまえの後ろにいる奴の話だよ、ロイ・マスタング」

 

 黒い手が伸びる。

 気色の悪い手が、ロイの身体を引っ張り、引き摺り、この世界から排出していく。

 否、元の世界へ返していくのだ。お前のいるべきはここではないと──あちらこそが然るべき場だと。

 

 そしてその手は、誰かを素通りする。誰かを貫通する。

 ロイは引っ張る癖に、ロイの後ろにいて、今となりに来た誰かには干渉しない。

 

 引く。引く。

 赤子の手のように小さく、泥のように生暖かく、べたべたと張り付いて取れない何か。

 

「待て、おい、待て! 待てと言っている! 何故だ! お前は──何故私を助けた! お前は、あなたは、あなたを──私は、恐れたと、いう、のに」

 

 手を伸ばしても、届かない。

 睨みつけても見えはしない。

 声を荒げても──返事はない。

 

 助けてもらった恩があった。等価交換などと嘯いて、それでも感じる人の好さがあった。

 けれど覆された。一度は腕で、そして此度はその身で。

 だからロイは、彼を──恐れてしまっていた。ああ、そうだ。哀み、恐れ、理解ができないと……まるで化け物を見るかのような目で、彼を見てしまっていた。

 

 けれど彼は、なんでもないかのように、フツーに、テキトーに、ちゃらんぽらんに手を振って。

 

「あっはっは、ロイ。ロイ・マスタング。お前がもうここには来ないことを祈っている。ここはなーんにもねーからなー。この祈りでチャラだぜ、ロイ・マスタング。──お前が俺の幸福を願ったことへの対価だ。これとさっきの目隠し(サービス)を等価とし、ゼロにする」

「全く、賢しいにも程がある。外に出たいとは思わないのかね?」

「ずぇんずぇん。はン、悲しいと思わなけりゃ悲しくないんだよ、"真理"。んで楽しいと思えば楽しいんだ。昔から言ってるだろ?」

 

 誰かと誰かの会話が遠くなっていく。

 もう、抵抗する力もない。起きない。

 

 真っ暗な闇の中に放り出されて──ロイは。

 

「私は──貴方の心を動かすほどの国を作るぞ! いつまでも、いつまでも、そう余裕でいられると思うなよ、不老不死!!」

 

 彼は、現実に帰還した。

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