緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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全員が全員、そうであるわけではない。


第16話 敵と戦の開闢

 ブリッグズ要塞の爆発──。

 

 それは誰も予見していなかったこと。爆薬が漏れたか、戦車が誤射したか。

 否、あり得ない。ブリッグズも武僧もミスなどしない。何より、そうだ、その爆発は、紅蓮は、それが誰なのか、どういうものなのかを──彼らは知っているのだから。

 

「──紅蓮の錬金術師!」

「っ、国家錬金術師か! だが、何故……」

「ありえん、紅蓮は爆発に飲まれて死んだはずだぞ!?」

 

 だが、そこにいる。

 だが、ここにいる。

 

 絶望の怨敵、多くの非戦闘員を殺し、殺し、殺し、殺し、殺した国家錬金術師が──そこにいる。

 

「マズい、奴にとって建物は──」

 

 刺青の男(スカー)兄が言葉を紡ぐ前に、二度目の爆発が起きる。

 どこに仕掛けられているとか、どこなら逃げられるとか──そういうものはない。

 紅蓮の錬金術師。その錬金術の最たる部分は、理解したあらゆる物質を爆発物に変換することができる点にある。

 どれほど硬い巨壁だろうと、どれほど複雑な機構の戦車だろうと関係が無い。

 爆発、爆発、爆発。

 爆弾狂のキンブリー。

 

 だが、だが、である。

 

「一班、予定の繰り上げだ──氷壁を上げろ!」

 

 分解と再構成。

 錬金術への理解が深ければ深いほど、両腕に施された刺青は変幻自在な錬金術を起こし得る。

 イシュヴァラ神より賜った大地を自ら作り替える蛮行。全てに背いてでもすべてを成し遂げると覚悟を決めた武僧たちにとって、必要とあらばアメストリスの座学にも手を出す。理解、分解、再構成。理解、再生。錬金術、錬丹術、あらゆる座学を修めた上で、その信念のもと彼らはここにいる。

 

 ゆえに、個々の力が国家錬金術師のそれに届かずとも、統一された意思のもとに行う錬金術は、その"氷壁"は、アイザック・マクドゥーガルの錬成速度にも勝るとも劣らないものとなる。

 

 無論、そんな氷壁など瞬時に爆破され──るから、第一班と名指された武僧は壁を作り続ける。

 ここはブリッグズ。極寒の地。

 材料など──腐るほどあるのだから。

 

「一班以外は引き続き怠惰(スロウス)傲慢(プライド)への対処を! マイルズさん、要塞内は」

「気にするな。こちらのことはこちらでやる。そして、あの程度の爆発ではこの巨壁は崩れない。幸い戦車は無事だ。──それに、あの人が動いているからな」

「……わかった」

 

 爆発音は続く。怪物は尚も動こうとしている。影が伸びてきては蒸発する。

 均衡を崩すのは、果たして。

 

 

** + **

 

 

 ゾルフ・J・キンブリーがそこから飛び退くことができたのは、かの戦役を経験していたがためだろう。あるいは浴びるようにしていたからか。

 

 殺気──殺意なる圧。

 イシュヴァール人からの、武僧からのそれをワインのように浴びて飲んでいたキンブリーにとって、その攻撃には殺意が乗り過ぎていると言えたことだろう。

 

「──避けたか」

「これは、これは。オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将、そして……バッカニア大尉、でしたかな?」

「ほう? 俺の名も知っているとは、中々勤勉だな」

「ええ、まぁ。別に要らなかったのですが、ご丁寧にも要注意人物リストに名が挙げられていたので、頭の片隅程度には入れていましたよ」

 

 ブリッグズ要塞──西方。

 巨大なるブリッグズ山に、三人はいた。キンブリーは山の斜面から要塞を爆破していたのだ。

 

「それで? 何用でしょうか」

「ほう、それがわからん貴様でもあるまい。国家錬金術師が爆弾狂のキンブリー」

「わかりませんとも。私は軍に命令されたテロリスト……国家錬金術師殺しを追って、ようやくその足取りを掴み、このブリッグズまでやってきた。そしてその調査に違わず複数の武僧を発見した──よってこれを殺さんとするために、攻撃を開始した。私がやっているのはテロリストの鎮圧です。用が無いのなら邪魔しないでいただきたい」

「遺言はそれでいいな?」

 

 ヒュ、と。 

 雪によって覆い隠された剣がキンブリーを襲う。

 キンブリーは多少動けるとは言っても基本は遠距離型の錬金術師だ。完全なる近接戦闘タイプのオリヴィエとやりあうには分が悪い──。

 

 ので。

 

 それを叩き落す存在があった。

 オリヴィエの剣を横合いから叩き落し、キンブリーを守った者。

 

「な……に?」

「なんだと!?」

 

 特徴的な髪型。寒冷地仕様の軍服。

 そして、巨大な機械鎧。

 

「ふん……俺に妨害されるとは、腕が落ちたかよ、少将」

 

 バッカニアが、そこにいた。

 

「ハッ!」

「なにっ!?」

 

 そこにいたけれど、お構いなしにオリヴィエは斬りかかる。

 一振り、二振り、三振りまでして──その機械鎧を、ざっくりと切り落とした。断面は金属ではなく、何か気色の悪い肉のようなもの。

 

「フン、やはりな。偽物め、受けの技術がバッカニアの技量に足りておらんようだな?」

「……躊躇が無いのは嬉しいような、嬉しくないような」

 

 切り落とされた機械鎧は──バチバチと音を立てて、赤い錬成反応を残しながら再生する。

 今度は機械鎧でなく、人間の腕に。残っていた半分もまた、人間の……否、ヒトガタに収まっていく。

 

「痛って~……おいおいなんだよあの女。仲間に対して一切の躊躇が無いんだけど!?」

「ああ言ってませんでしたね。彼女はオリヴィエ・ミラ・アームストロング少将。弱肉強食を体現するような方なので、たとえ相手が敵だろうが部下だろうが弱かったら悪いで終わりです。なので彼女の部下に化けるのは得策ではありませんよ」

「……お前さぁ、今助けてやったのと、ほぼほぼ完ぺきな焼死体ジョータイから助けてやったの、わかってる?」

「ええわかっていますとも。私が雪に仕込んでいた地雷を踏ませられずに終わったこと、そして私を焼死体状態からここまで復活させたのは別にあなたではないこと。全て理解していますよ」

「だぁあっ、うざい! だからコイツと組むの嫌だったんだよ! つーか、どう考えても過剰戦力過ぎない?」

 

 バッカニアだったモノ。

 それは、髪の長い、中性的な少年へと変貌した。真白のコートを羽織るキンブリーと言い争いをしていれども、その二人が同じ陣営であることははっきりしている。

 

「──化け物の手を取るか、ゾルフ・J・キンブリー」

「先にテロリストの手を取ったのはそちらでしょう? オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将」

 

 それで言葉は終わりだ。

 ここより先に「行くぞ」だとか「合わせろ」だとか──合図さえ必要ない。

 

「オオオオオオ!」

 

 先に動いたのはバッカニア。その機械鎧は"クロコダイル"の名を持つ通り、一対の鍵爪にチェーンソーが組み込まれた形をしている。凡そ人間の手とは違う形状のソレを、けれど自在に操り──狙うはキンブリーだ。

 

「おっと、私を狙ってきますか。しかし残念、そこには」

「爆弾があんだろ? ハハハ! 知ってるよ!」

「っ!?」

 

 爆発する。

 確実に踏んだ。バッカニアはキンブリーの仕込んだ地雷を確実に踏み、踏み抜いて彼へと肉薄する。

 豪快な駆動音。それは既のことでキンブリーの翳した手の前に止まり、触れられる直前で後退。チ、と舌打ちを吐いた。

 

「……私の錬金術をよく理解している方がいらっしゃるようで」

「まぁな。こちとら理論の類はよくわからんが、対処法対策法攻略法、全て"今"伝えられたよ。まったく、あの頭脳にゃさしもの俺も頭が下がる」

「今……国家錬金術師殺しのブレインですか。全く、本当に余計なものを逃がしてくれた……!」

 

 紅蓮の錬金術師。ゾルフ・J・キンブリー。 

 その錬金術の発動条件、発動モーション、弱点、短所長所。

 無線を通してバッカニアとオリヴィエに伝えられた簡潔且つわかりやすく覚えやすい攻略法は、二人の脳内に確りと刻まれた。

 

 掌を合わせるモーションがなければ錬金術は発動しない。爆破するものに触れていなければ爆発は起こらないが、遠距離からの場合連鎖的な爆発で攻撃してくる場合もある。あくまで周囲のものを爆発物に変換する錬金術であり、爆弾や地雷を作る錬金術ではない──など。

 紅蓮の錬金術師対策に調べたこと、そして実際に彼の錬金術を自身で再現してみて、できることとできないことを知り尽くした──"天才"。机上だけですべてを把握する安楽椅子探偵にも似たその頭脳は、キンブリーの行動パターンさえも彼らに伝えている。

 

 危うくなれば至近距離での爆発も辞さない。

 人体へは錬成が使えない。

 やった事例はないが、衣服にもできる可能性があるので注意。

 

 そして。

 

「やべっ、おいキンブリー、避けろ!」

「……こちらの邪魔をしないでいただきたいものですね」

 

 普通の人間ならば避けなければならないような──落石や倒木に対しては、己の錬金術で対処しようとする。

 彼は両手を合わせなければ錬金術を使うことができず。

 ならば故意に倒木や落石を狙うか、仲間に倒させて──その隙を狙えば。

 

 

「──そう来ると踏んでいましたよ!」

「我らがな」

 

 

 爆発する。

 周囲全土、雪も木もバッカニアもオリヴィエも中性的な少年も、そして自分自身さえも巻き込んだ大爆発。

 そんなものを雪山の斜面で起こせば、当然雪崩が起きる。

 爆発に飲まれ、雪崩にも飲まれたら生存確率など絶望的だ。だというに、キンブリーは笑って、笑って。

 

 だから、聞こえなかっただろう。

 ぱしゅん、なんて小さな音は。いや、少年──エンヴィーは聞き馴染みがあったかもしれない。

 

 サイレンサーの発砲音、なんて。

 

 

 

 

 

「っ、ふぅ……無事か、バッカニア」

「へい。──っとぉ!?」

「む、本物のバッカニアだな。力の受け流し方に慣れがある」

「いやアンタ、一応雪崩から生還した部下に対して真っ先にやることが攻撃って……」

「敵に味方に成りすますことのできる者がいるのだ。当然の対応だろう」

「へいへい。んでアンタは本物のオリヴィエ・ミラ・アームストロング少将ですよ……こんなこと当然のようにしてくるやつアンタ以外みたことないんで」

 

 オリヴィエは純粋な身体能力と経験則──雪崩に飲み込まれたことが何回もある──だが、バッカニアのそれは機械鎧の排気によるところが大きい。彼の機械鎧は巨大であり、その肩口からそこそこの熱量を放出していて、これによって凍傷から身を守っている他、雪を溶かす意味合いも含まれる。

 それでも雪崩から助かったのは奇跡的だ。刺青の男(スカー)兄からも「正直危険度が高すぎる案だから、本当の最終手段でしか使わないでくれ」と言われていたもの。バッカニアとオリヴィエは最初のアイコンタクト一つでそれの実行を決めていた。

 

「──ぶっはぁ! ……オイオイオイオイオイ、マジの雪崩じゃんか……で、そっちのお二人さんは生きてて、キンブリー……おいキンブリー!? マジかよまたアイツ瀕死だったりするのか?」

「いや、キンブリーならここにいるぞ。ほれ、返してやろう」

 

 言って。

 バッカニアが、ひょい、と。ポイ、と。

 

 ──その機械鎧に挟んでいたキンブリーをエンヴィーに投げ渡す。

 その胴は、腹は。

 今にも千切れそうなくらい──切断されていて。

 

「結局瀕死じゃんか!」

「仕方が無かろう。バッカニアの腕は内部がチェーンソーなのだ。雪崩から奴を救う手前、奴を掴めばどうしてもそういう結果になる」

「そういうことだな!」

「……うひぃ、これだから極地で頭キマった奴は嫌なんだよ……」

 

 さて、と。

 オリヴィエが、バッカニアが──雪を払って立ち上がり、得物をエンヴィーに向ける。

 

「終わりだ化け物。直にあちらも終わりが来る。最後に問うておこうか──何故このブリッグズを狙った?」

「最後? 最後って何さ、もしかして僕がここで終わる、と──で、も?」

 

 あまりにも綺麗な太刀筋だったからだろう。 

 エンヴィーは、顔を斬られながらもニヤニヤと喋り。

 

「──混合燃料お持ちしました!」

「よし、ぶちまけろ!」

 

 いつの間にか集結していたブリッグズ兵たちに、それ……寒冷地仕様の混合燃料をぶちまけられる。

 斬られたまま、再生もしないまま、追いつかないまま。

 

 エンヴィーは──凍り付いた。

 

 

 瞬間、爆発が起きる。

 

 

「なっ──」

「どういうことだ、バッカニア!」

「どういうこともなにも、確かにありゃ死んで……無い!?」

 

 死んでいたはずだった。

 胴体を両脇から削ぎ斬られて生きている人間がどこにいようか。

 

 けれど彼は、キンブリーは、そのコートを真っ赤に染めながらも生きている。生きて。

 

「いえ──確かに死にかけましたよ。流石はブリッグズ兵。大尉といえど侮れませんね。ですが……こちらの戦力が私達だけとは一言も言っていないでしょう?」

「……っ」

 

 いる。

 彼の後ろに、ブリッグズ山岳警備隊の装備を着た、けれど山岳警備隊の者ではない誰かが。

 

 その手に、赤い石を持って。

 

「っ、賢者の石!」

「はい。まぁ私が使うのも良かったのですがね、敵がこれだけ用意していて、さらには天才なる人物もいる。これは火力の私が持つより医者である彼に持ってもらった方が得策でしょう。そして」

 

 賢者の石。これも対策リストにあった物質。

 だが、これが相手の手にある場合、対策などよりも先に撤退を選べと──そうする他ないと。

 

「……あのさ、キンブリー。……もうちょっと良い助け方無かったワケ?」

「今回ばかりはあなたの油断でしょう人造人間(ホムンクルス)エンヴィー。オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将は不意打ち上等会話の最中でもなんでもなく斬りかかってくる方だとわかっていたはず。それを失念して切断され、あまつさえ凍らされるなど……その辺どうなんですか、人造人間(ホムンクルス)の矜持は」

「矜持ぃ? そんなものこのエンヴィー様にあるかよ。そういうのはそういうのがないと自己を保てない奴が持つ物だ。あ、これ傲慢(プライド)の奴には言うなよ?」

「聞こえていますよ」

「どわっ!?」

 

 そう、雪崩が起きたのだ。

 ブリッグズ山からその麓に向かって。

 

 だから当然その場所は、例のトンネルのほど近い場所であってもおかしくなく。

 

「──ち、バッカニア! 退くぞ!」

「んじゃ、これでも食らいな!」

 

 バッカニアが腰に付けていたものを投擲する。

 これも刺青の男(スカー)兄から共有されていたこと。

 

 "護身用に最低一本は閃光弾を携行すること"。

 

「っ、また閃光弾! 面倒な──」

「おいおい雪の上で閃光弾とか普通の人間失明するだろ!」

「閃光弾は爆音があまりないので私は好きじゃないですねぇ」

「……」

 

 こうして──オリヴィエ、バッカニアは撤退に成功した。

 

 

 

 

 ものの、である。

 

「今帰った! 状況を報告しろ、マイルズ少佐!」

「砲弾はまだありますが、兵にかなりの負傷者が」

「何? なぜだ、細心の注意を払えと言ったはずだが」

「紅蓮による爆破の落石、および構造的な耐久不足による落下。そして──」

 

 轟音が鳴り響く。

 爆発音ではない。

 

「めんどくせぇ……」

 

 ブリッグズ要塞。その壁と、一階のほとんどにへこみができている。

 誰が思うだろうか。巨大なクレーターが如きそれが、単一個人による体当たりの結果である、など。

 

「一階から退散しろ、戦車なんてまた作り直せばいい! 奴と平面上で戦うな!」

「ぐ……くそ、分解の方を千切られた」

「止血はする! ……すまない、私には彼ほどの腕が無い。くっつけるには相応の時間を要する。今はこれで我慢してくれ」

「あぁ……いや、十分だ。……あとは死兵として動かせ」

「……っ」

 

 そしてその体当たりは、戦車を紙屑のように潰し、逃げ遅れた武僧の、少し引っかかった程度の腕を破壊する。

 

「……少将、そちらは」

「化け物が増えた。他人に成り代わることのできる化け物だ。ただし、姿かたちを似せられるだけで記憶や技量は本人とは一致しない。そして紅蓮と、もう一人医療に特化した錬金術師を傍に置いている。そいつは賢者の石を使っていて、胴体が千切れかけた瀕死の人間でも短時間で蘇らせることができる」

「賢者の石に、……その能力は、恐らく嫉妬(エンヴィー)という人造人間(ホムンクルス)だな」

「さらには傲慢(プライド)の影も出てきた。奴らは雪崩の果てにいる。だが、その矛先がいつこちらを向くかは──」

 

 マイルズも、刺青の男(スカー)兄も、オリヴィエも。

 歯噛みする。これだけの戦力を揃え、これだけの演習をして──けれど破壊されている。

 

 侮ったのだ。人造人間(ホムンクルス)というものを。敵の戦力を。

 

 ──苦難はまだ続く。

 

「緊急! 緊急! 北のドラクマより、開戦宣言アリ! 繰り返す、北のドラクマより、開戦宣言アリ!」

「な……」

「狙いすましたかのようなタイミングだな……」

「……マズい。もし今ここでこの要塞を守り切れたとしても、ドラクマとの戦争が始まってしまえば、血の紋が刻まれてしまう!」

「奴らは保険、というわけか。どこまでも……人間を見下している」

 

 過剰戦力のはずだった。

 アメストリス全土においても最強と名高いブリッグズ兵と、個人個人が最強であろう刺青の男(スカー)達の連合軍。

 それが今、窮地に立たされている。

 

 こちらの勝利条件は複雑だ。

 ブリッグズ兵、武僧を殺させない。トンネルを掘らせない。人造人間(ホムンクルス)、及び紅蓮の錬金術師を撃退、ないしは殺す。そして──ドラクマの兵士も殺さない。

 

「ち、最後が無理過ぎる。殺し合いは避けられんぞ!」

「どの道起きていたことだ! 総員配置に──」

「いや、待った」

 

 止めた。

 混乱が起きようとしていた、戦争が起きようとしていたこの地には──しかしまだ、いる。

 希望が。

 たった一人で過剰戦力と言えてしまうだろう天才がいる。

 

「第一班、まだ余力はあるか? ……ああ、頼む。ドラクマ側だ。山を利用して氷壁を上げてくれ。欠員が出たら他の班からも補充を。生体錬成を少しでも理解できた者は仲間の手当に」

「っ、そうか。聞こえるか? ブリッグズ兵は戦車の組み立てだ。ただし一階は使うな二階でやれ」

「──ああ、そうだ。最後の手段を使う。これが上手くいくかは……私でさえ微妙なところだが、本当にどうしようもなくなったら怠惰(スロウス)に穴へと帰ってもらえ」

 

 戦いは、まだ続く。

 

 

** + **

 

 

「あー、仲間が飲まれた、ねぇ……そりゃご愁傷様っつーかなんつーか」

「どうにかできないのか……?」

「いやまぁどうにかしてやりたいのは山々なんだが、コイツ、グラトニーっていうんだけどよ。コイツの腹は異空間に繋がってんだわ。異空間。意味わかんねえよな。がっはっは、俺も意味はよくわかってねえ。が、まぁこことは違う空間でな。で、入ったら出られないんだわ。だから助けてやれねえ」

 

 セントラルのはずれ、空き家前。

 そこにいる六人──と一匹。

 

 グリード一行とメイ・チャン、シャオメイ、そしてノックス。

 彼らは"最強の盾"と化したグラトニーの横で焚火を囲んで、マシュマロを焼いて食べていた。魚とかじゃない理由は特にない。手持ちにあったから、それだけだ。

 

「……ロイは、助からないのか」

「助かった事例を俺様は見たことが無え。ま、大人しく諦めな。アンタだけでも助かったのは御の字だろ」

「あの……ヴァルネラに診せても、無理、か?」

 

 その名を聞いて。

 当然、全員が反応する。だって彼を探しに来たのだから。

 

「ヴァルネラ! なんだオッサン、アイツの知り合いか?」

「ブシュダイレン! やはりセントラルにいるという話は本当でしタ!」

「おお、捨てる神あれば拾う神ありってのはこういうことだよな」

「うむ」

「私たちが人助けとか正直どうかと思ってたけど……見返りがあるならまぁ悪くはないか」

 

 一気に食いつかれて辟易するノックス。

 

「い、いや知り合いって程じゃない。だが、所在は知っている。……どうなんだ。このグラトニーってのをヴァルネラに診せたら、ロイの奴は……他の奴らも、助かる可能性はあるのか」

()()()()()()()()()()()()()()()()。がっはっは、久しく言ってなかったが、コイツは俺の口癖でな。グラトニーに飲み込まれた奴が帰ってくるなんてことはあり得ない。だからこそ、グラトニーに飲み込まれた奴が帰ってくる可能性はある。──が!」

「が?」

「俺様は勿論、ここにいる全員がそれを行うことはできねぇ。あぁ、一応聞くがメイの嬢ちゃん、できるか?」

「無理ですネ!」

「そういうこった。俺達もヴァルネラに用があってダブリスから遥々セントラルまで来たんだ。このままアンタも入れてアイツのトコに向かうのも悪くはねぇ」

 

 んじゃ、と。

 グリードはロアに目配せする。

 

 ロアはうむ、と頷き──前衛的なオブジェになっているグラトニーを担ぎ上げた。

 

「行くか」

「いや、行くかって……このままセントラルへ入る気か? 目立つどころの騒ぎじゃないぞ!」

「……そうか?」

「まぁ、割と。グリードさん目立ちますし」

「うむ」

「いやどう考えても抱えてるアレの方でしょ。せめて布被せるとか」

「ああ!」

 

 マーテルは思う。

 こいつらはやっぱり馬鹿なんだな、と。

 

「このでけぇのを隠せる布とかねぇか、オッサン」

「……この家の中に、医療用のシーツがある。それで十分だろう」

「お、いいねぇ」

 

 そんなこんなで。

 何か巨大な白いものを担ぐ大男と、真っ白な道着を着た犬っぽい男と、トゲトゲ頭の見るからやばそうな男と、平々凡々なくたびれた中年男性と、しなやかな体をした女と、か弱き少女と大きくなれなかったパンダのパーティーが完成した。

 

「……大所帯に感じんな、なんか」

「ま、一時の付き合いだしいいんじゃない?」

 

 グリード一行は、セントラルはヴァルネラの家へ向かう──。

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