緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
第18話 凍壁の血戦
永い、長い悪夢が続いている。
イシュヴァール戦役から始まったこの悪夢は、ある時を境に途切れ──ある時を境にまた始まった。
悪夢。
悪夢だ。
「ああもう、っとにウザったるいな!」
「ええ……これだけの戦力を投入して尚も崩せないとは、流石はブリッグズの巨壁……!」
体が千切れかかっていようと、心臓が露出していようと、全身の骨がバラバラに砕けていようと──治せる。治せてしまう。かつて見た神医の如く、たんなる錬金術師である己が──夢のように簡単に。
赤い石。完全なる物質。
この悍ましき増幅器は錬金術の出力を大幅に底上げし、本来はできない──できてはならない領域にまで足を突っ込むことができる。
目の前で白いスーツを赤に染める彼は、いったい何度死んでいることだろう。
その出血量だけで人間の致死量を超える。だというのに彼は死んでいない。先ほど胴体が泣き別れしかけたのに、死んでいない。災害クラスの爆発に見舞われ全身に大火傷を負ったのに、死んでいない。
全て、すべて──己が治したから。
「……痛みにも、随分と慣れてきましたね。ではお願いしますよ、マルコー医師」
分解され、千切れかけた腕を治療する。
賢者の石の赤い揺らめき。それが何なのかを知っている己にとっては、怨恨の声にしか聞こえない。
「ったく、血の紋刻むのも上手く行かないわスロウスの穴掘りも途中で止まってるわ……的確過ぎんだろ!」
「こちらの手は完全にバレていて、ブリッグズが要であることも理解している。その上で用意してきた様々をこちらが砕いても、瞬時に更なる上を用意できる頭脳。まったく、神は二物を与えず、などといいますが、二物どころか」
己は医者だ。
だから患者を治すのは正常だ。
だが、だが──こちらの陣営にいることは正常か、
人間を滅ぼさんとする
「──ヘンな気起こすなよマルコー。あの街がどうなってもいいのかい?」
「な、何もしていないだろう!」
「そうだねぇ、何もしていない。そうさ、アンタは何も考えなくていい。ただ賢者の石を用い、治療をするだけの装置だ。脳を使う必要自体がない。──覚えときなよ」
ドクター・マルコー。ティム・マルコー。
そんな名前の医者など、もうどこにもいやしない。
ここにいるのはただ。
ここで使役されているのはただ──主人に噛み付くことさえできない、一匹の。
遅くはある。
何がって、
俺と
──"復讐は否定しないけどちょっと今それどころじゃないから色々片付けてからそれ進めてくんね?"
国家錬金術師殺し。
別に良いんだわ、要否の面じゃ。バスク・グランを殺そうがコマンチの爺さん殺そうが、俺は止めない。が、今んとこ俺が軍属で、医者としての給料、及び国家錬金術師としての給金という名の代価を貰ってしまっているがために治しているに過ぎない。
そこを絶対死なせない! なんて熱量は俺にゃない。
だから別に守る気はないよ、と伝えて、けど今それどころじゃないんだわ、とも伝えて。
フラスコの中の小人の作戦に必要な要の地、血の紋を刻む地はあと三つ。
うち一つは既に始まっている第二次南部国境戦で、他がペンドルトン国境戦とブリッグズ国境戦。
正直第二次南部国境戦はもう刻まれかけているようなものなので、集中すべきはクレタとの国境であるペンドルトンと、ドラクマの国境であるブリッグズ。
この双方に血の紋を刻ませさえしなければ、フラスコの中の小人の国土錬成陣はそもそもが発動しない。しなければカウンター錬成陣も必要ないし、この国から賢者の石のフィルターを取り除く国土錬成陣は血の紋以外の方法で刻めばいいので問題なし。
それを念頭に置き、さらには円──スロウスが今せっせかせっせか掘っている円も止められるのなら止めてやればいいと言った。円の完成を待つ必要などどこにもなく、ブリッグズ砦に至る前の段階で止めてやればいい。
錬成陣の円は最も重要なファクターだ。いびつでなければないほど効果を発揮し、繋がった円なればこそ中心点を統一点にできる。
もし繋がっていない円で錬金術を発動させようモノなら──まぁ発動自体はできなくはないんだけど、不安定なものになることは間違いない。
だが、フラスコの中の小人はそれを良しとしないだろう。
アイツは割と完璧主義者だ。全然、焦ったり足りなかったりしたらその辺のもので埋め合わせるくらいの柔軟性は持っているけれど、それはそれとして計画は遂行させたい。邪魔なものは排除しておきたい。危機管理意識が高いんだわな。行動が伴っていないだけで。
だから、円の完成を阻害しようとすれば、血の紋の完成を阻害しようとすれば──必ずそこに戦力を集中させてくる。
そこで
スロウス一体ならヘーキヘーキ、あ、でもプライドには気を付けてね。
──そう送り出して。
「……来ねえな」
「何がだ?」
「手紙。安定したら一報入れてくれって頼んだんだけど、やっぱプライドが暴れてんのかなー」
まだ、スロウスを殺した、という報せは届いていない。
負けた時点で血の紋は刻まれるだろう。ブリッグズ兵だってただの人間、憎悪を持たないのは無理だ。
そして至宝クラスの天才が失われる。要否で言えば要も要な人間が。また、言い方は悪いけど雑兵を率いるリーダーのカリスマを持つアームストロング少将を失うのもかなりの痛手。
あの食事会の時、プライドの影がブリッグズ方面に急行したのを見逃したのはやっぱり悪手だったかあ。
よし。
「グリード、留守頼むわ」
「あ? どっか行くのかよ」
「おん。ついてくるか?」
「……いや、良い」
「なんだ、こっち来た時からそうだったけど、妙にしおらしいなお前」
「がっはっは、しおらしい? 俺が? ……そう感じるなら、何かあったんだろうよ」
「そうけ」
何かあって、何か悩むのはまぁいいことなんじゃないだろうか。
悩んでも進むしかない奴もいるわけだし。
「どこかに行くのカ?」
「ああ別に他国にわたるとかじゃないから安心してくれ。ロイ・マスタング、メイ・チャンと一緒に、俺の行き先でも口論しておきな。俺は旅は一人旅のが好きなんだ」
「……わかっタ」
因むと、グリードがここに来た理由は「飯振舞えば永遠の命を得る方法を教えてくれる可能性があったから」。アホかい、とか思った。だから、クセルクセス王にもシン皇帝にも教えてこなかったんだって。そこまで価値の無いものって判断したんじゃないのかよって言ったら「貰えるモンは貰う。強欲だからな」らしい。
で、それを断ってから、けれどフツーにウチで暮らしている。
ウチデカいからなー。空き部屋ばかりだから何にも問題ない。ドルチェット、マーテル、ロアも一緒だ。つーのも奴ら軍に顔割れてるってんで、身を隠す場所があると安心とかなんとか。結局似た理由でヤオ家も戻ってきて、大所帯になった。あ、メイ・チャンもいる。
シン国組はブシュダイレン、つまり俺がなんとしてでも必要で、その俺が来年の「その日」まではアメストリスにいるよ、って言ってるものだから、これ以上やることないんだろうね。
ってなわけで、俺はブリッグズ行きを決めた。
ロイ・マスタングも流石にセントラルから離れることはできないのでついては来なかったし、その部下も以下同文。まー心配なのはグラトニーがまだオブジェ状態で、ラストが取り返しに来かねないこと……だったけど、シン国組っていう感知装置とグリードっていうフツーに過剰戦力がいるので大丈夫だろう。
グリードがロイ・マスタングを守る理由がないのはまぁそうなんだけど、一応メイ・チャンに言伝として「グリードが俺の真似して周囲の人間を見捨てようとしたら"代価を払え。家賃"って言えばいいよ」とは言ってある。
そもそもグラトニーのオブジェが俺の家にあるからラストはこっちに来ると思うので保険でしかないが、マース・ヒューズがまだ思い出す可能性もゼロじゃないからな。
これら大所帯な面々の中で、要否で言えばロイ・マスタングのみが要だ。他はどうでもいい。だからそこはグリードに守ってもらえるとありがたい。俺分身できないし。
そんな感じでセントラルを離れ、ちょっとぶりのノースシティへ向かう汽車に乗る。
あ、旅行申請はしたよ。また受理を待たずに、だけど。
汽車の旅。
……は、本当に何もなかったので割愛する。久しぶりに本当に何もなかった。ホーエンハイムと流石にそろそろ出会ったりしねぇ? とか、またラストが来たりして、とか。
なーんもなかったね。
そうして──ノースシティに辿り着いて。
「おや、坊ちゃん。一人かい? お母さんお父さんは?」
「ああ俺はこういうもので」
「……国家錬金術師! この年で……凄いのねぇ!」
なんて久しぶりなやり取りをしつつ、なんとなくの現状を把握した。
演習。
ブリッグズ軍の演習が三日以上続いていて近づけもしない、のだとか。
駅でライターを買う。最初渋られたけど銀時計見せれば一発である。銀時計つええええ。
やっぱりプライドか。
スロウス単体が三日も戦い続けられるわけがない。アイツ飽き性なんだから。
だからプライドが暴れているに違いないと、さっきのおばちゃん含む一般市民を近づけさせないためだろう配置されたブリッグズ山岳警備隊をやり過ごしつつブリッグズの巨壁に近づいて行って──。
「おー」
ま、流石の俺も驚きの声が出る。
そこにあったのは氷柱。六枚の氷壁によってブリッグズ要塞を囲んだ何か、が鎮座していたのだから。
すわアイザック・マクドゥーガルかとも思ったけれど、ちゃんとあの時死んでたしなぁ。
とりま氷壁の一部を緑礬化させて内部に入り、ブリッグズ要塞を目指す。
「フンッ──なに?」
「お」
目指す。目指そう、と思った瞬間胴体が泣き別れした。
着替えが面倒なので再生ではなくくっつけて生体錬成する。
「また……再生する化け物か……とも思ったが、違うな」
「いやまぁ再生する一般人だから違うよ」
「一般人は再生せん。──深緑色のコートに金髪金眼。緑礬の錬金術師ヴァルネラだな?」
「おん。で、アンタはオリヴィエ・ミラ・アームストロング少将だね。初めまして」
「初めまして。早速だがお前には負傷者の治療を行ってもらう。──見ての通り、死屍累々でな」
初めまして、と出した手はちゃんと握り返してくれるあたりが礼儀作法なってるよな、とか。
そういえばこの人俺の事知ってたっぽいけどなんでなんだろう、とか。
色々置いといて──ああ、死屍累々だ。
氷壁の外からじゃほとんど見えなかったけど、血、血、血、血、血──。
倒れているのはほとんどがブリッグズ兵だけど、中にはイシュヴァールの武僧もいる。
「少将、アンタも腹斬られてるっぽいけどソレはいいの?」
「ほう、服の上からでも気付くか」
「ああいいや、隠したいならそれでいい。治してくれと頼まれてないものまで治す気はないよ。一部例外を除くけど」
「いや、治してくれ。先ほどから動きづらくてかなわん」
ただざっくり斬られているだけの傷だったので、服の上から生体錬成をかける。
患部に触れないと治せないようじゃ内臓手術とかダルいからね。遠隔錬成の応用でこういうのはできるよ。
「……成程、本物か」
「状況は? っていうか
「できているからこうも戦闘が長引いている」
「そんだけ強いってわけだ、敵が」
「強さはそれほどでもないがな、厄介だ」
その時、物凄い轟音がした。
左上空……氷壁の一枚に何かが着弾したのだ。
砲弾……じゃ、ない。
「
「途中で獲得した。あの影の化け物……プライドといったか。奴がスロウスに巻き付いた後から、明らかに動きが違う。今までは水平方向の突進だけだったのが、ああして縦横無尽に飛び回るようになった。
「ドラクマ? ……お、ホントだ。ドラクマの兵士来てんじゃん。誰が呼んだんだ?」
「ふん、奴らは常に虎視眈々と我らの隙を窺っている。呼ぶも何もなかろう」
キンブリーかと思ったけど、アイツは死んでるはず──とか思った瞬間、ブリッグズ要塞の壁面で爆発が起きる。
Oh...あれは。
「敵はスロウス、プライドだけではない。紅蓮の錬金術師、そして変幻自在に姿を変える
「大所帯じゃん」
「歓迎パーティーを開く程ブリッグズは開放的ではないのだがな」
「
「さぁな。どこかにはいるだろう。混戦状態故各々の位置はわからん。だがあの男が早々に死ぬとも思えん」
「俺もそう思ってる。俺にとってはあの人のみがマストで、次点で少将、アンタかな」
「……何の話だ」
「他は死んでもいいって話」
言えば、少将はその剣で俺の肩口を刺し貫く。
冷たい瞳だ。ああそういえばこの人仲間想いなんだったっけ。口には出さんタイプだけど。
そのまま剣を振られ、べしっと氷壁にぶち当てられた。
再生する傷口。ああ錬成反応だしとこ一応。
「私の前でつまらん冗談はよせ、緑礬の錬金術師。次に吐けば、その首叩き切る」
「斬ってもいいよ死なないし。──で? 俺にやってほしいのは負傷者の治療だけでいいわけ?」
「……他に何ができる?」
「そりゃ、敵を倒すーとかさ。国家錬金術師だぜ、俺」
「できるのか?」
「できると思う?」
「無駄な時間を過ごさせるな。できるできないに関係なく、お前の特筆すべき能力はその生体錬成だ。医者を戦わせるなど兵法として悪手も悪手。そういう話はここにいる全員を五体満足で復活させてから言え」
「五体満足は流石に代価が必要かな。あと、死んでるのは無理だよ。死者蘇生はできない」
「代価だと?」
「そう、代価」
悲鳴が上がる。
怒号が響く。
スロウスの突進と、時折砦から突き出る影の化け物に、爆発。
武僧の分解の錬成反応も見えるし、再構成の突起物も見えはするけれど──すごいな、現場が見えていないのに劣勢だとわかる。
首の左側に剣。
おお、見えなかった。ブラッドレイの剣に似てるな。躊躇の全くない剣だ。
「ブリッグズの兵士も、イシュヴァールの武僧も、今は志を共にする仲間だ。──それを救うのに、代価を欲するか、国家錬金術師」
「当然」
「……──」
見定めるような目。
「いいだろう、ブリッグズをくれてやる」
「──うん?」
その答えに、今度は俺が聞き返す。
今まで俺に聞き返してくる人が多かったけれど──こればかりは、俺が聞き返してしまった。
なんて?
「ブリッグズだ。この地、この巨壁、私を含めた兵士──屈強なる部下たちの全て。その命、その魂、その心──あらゆるものを貴様にくれてやる。だから治せ。癒せ。我らにまた戦い得る力を施せ、国家錬金術師」
言葉。
強い強い言葉だ。何の迷いもない、すべての意思が詰まった言葉。
ああ、この人は錬金術師じゃない。
等価交換が全く分かっていない。
代価は等価だからこそ代価なんだ。
ここで倒れている兵士を五体満足に復活させること、に対する代価が──この地の全て、だって?
「やめてくれよ、そういうこと」
「なんだ、これでもダメか、戦場の神医」
「違う違う」
溜め息だ。
等価交換は両辺が等価でなければならない。
ゆえに、提示した代価に対し──大きすぎる値を入れてきたのなら。
「貰い過ぎになるとこっちがたくさん働かなきゃいけないんだからさぁ、その辺のルールっつかマナーは守ってもらわないと」
さぁ、話している時間も惜しいだろう。
跳ぶ。飛ぶように跳ぶ。
そして今、まさに今スロウスの突進に潰されそうになっていたブリッグズ兵に手を当てる。
目の前で人体の潰れる音を聞きながら、スロウスと壁の間からソイツを引きずり出して、生体錬成。欠損はない。頭部も無事だ。背骨が軽く逝ってるから整形。
「あれ……白い兵士……殺した、はず」
「が──ぁ、あ? なんだ、今の感覚……俺は確かに死んで」
さてはて、このブリッグズの全てと等価になる働きは、あとどれくらいかねぇ。
ブリッグズ兵をぽいっと巨壁の上に投げて、次の患者のところに行く。スロウスは無視だ。戦えって言われなかったし。
「チクショウ、こんな、ところで……!」
「死ねないよなぁ。じゃあ生き返るしかない。まぁ死者蘇生はできないんだけどサ」
「う!?」
足が千切れていた兵士。幸い近い所に千切れた足があったので、一旦
「刃物を持て! 影の化け物は刃物や鉄で弾ける! だが、腹を見せるなよ、そこから噛み千切られるぞ!」
「ええ、背中も見せない方が良いですよ」
「──ギ」
「と、両断された直後にくっつけると一瞬で治るんだわ。時間がたってたり不純物が入ってるとちょいとダルくなるんだけどね」
「ガ──ぁ、あ? は?」
ちょうどプライドに斬られていたブリッグズ兵の胴体を空中で繋げて治す。
んでどうせなんで彼の持っていた刃物を一本貰い、一部の砕けている要塞を利用して太陽光を刃で反射、プライドに照射する。
「……ああお前、これじゃ全く効かないんだ」
「ふざけているのですか? そして、何故ここに?」
「代価が支払われたから」
「……またそれですか。ならばこちらからも大量の賃金を払いますので出て行ってくださいませんか?」
「金じゃアームストロング少将の払った代価とは釣り合わんなぁ」
「なんですか。じゃあ食事ですか」
「あっはっは、なんだお前学習できるじゃん。でもダメだよ、そりゃ。嗜好品とじゃあ釣り合わん」
「彼女は何を支払ったんですか?」
「教えて欲しいなら代価を払えよ、
「……いえ。もう面倒になりました」
プライドが──その大口を開く。
ここの廊下全てを埋め尽くすほどの影が。足元も天井も、何もかもに伸びて、口と目を開いて。
「食べてしまえば関係ありませんから」
「グラトニーでも食いきれなかったモンをお前が食いきれんの?」
「あはは、僕は一番上の兄ですよ。弟ができなかったからといって、兄ができないとは限らないでしょう」
「一理ある」
ばくん、と閉じる。
その影に寄りかかって、もう死んでいるブリッグズ兵の衣服の一部から自分の衣服を錬成した。
「!?」
「密封性が足りないよ、お前のは。とまぁ、お前さんと遊んでるのも平時ならいいんだけど、今俺バイト中でさ。支払われた分の仕事はしないといけないんだよね。だから」
錬成反応を迸らせながら、閉じていた拳を開く。
そこから出てきたのは何かの小さな粒。
プライドの影、目の部分に付着したソレは。
「……もしかして目潰しのつもりですか? 私の目や口を人間のものと同じ構造だとでも思っている、」
「はい、ライター」
瞬間、激しい光を放つ粒たち。ただのアルミニウムである。
はっはっは、俺は一応緑礬の錬金術師つってな、物質変換が得意な錬金術師なんだわ。造形できないけど。
粒状アルミニウム作るくらいワケないサ。他の燃焼物質も作ったろか、なんなら花火も行けるぞこんなとこで爆発させたら大惨事も良い所だけど。
と、まぁだから、戦うのもアリっちゃアリなんだけど、俺は今医者で。
廊下で死んだように蹲っている奴の、死んでいない奴を治していく。一部ちゃんと時間をかけないと治らん奴がいるのでそういうのは運ぶ。ずるずる引っ張って。
フ、チビを舐めるなよ。担ぎ上げても引き摺ることになるぞ──!
「馬鹿、そういうのは大人を頼れチビ!」
「お前だなさっき助けてくれたのは! 感謝するぞガキ! だが仲間を引きずるな余計に怪我をする!」
「錬金術師だな!? こちらの仲間でいいんだよな!」
ふと負傷兵が軽くなったと思えば、横にはさっき治したばかりのブリッグズ兵が。
彼らは俺が引き摺っていた怪我の深い負傷兵を担ぎ、俺と共にプライドから逃げる。
……。
「比較的安全な場所はあるか?」
「ない。この砦は既にどこも危険だ。あの影の化け物も、紅蓮も、スロウスも……人間が集まってると、狙いすましたかのようにそこを狙ってくる。分散してるのが一番安全だ」
「そうか、じゃあお前、どれくらい走り続けられる?」
「この足が折れるまでだ」
「おぅけぃ、折れたら治してやるから走り続けろ。攻撃も全部避けろ。反撃は考えるな。他の奴らは傷の深い負傷兵を片っ端から担いで持ってこい」
「──信じるぞ!」
さて、初めてではあるが、できないことはないだろう。
走りながらの、並走しながらの手術。生体錬成。
ほかの錬金術より精密性が問われるこの作業を、爆走しながら、並走しながら、時に攻撃をよけながら時に階段を上下しながら行う。
そうして治し終われば、ソイツも戦力に追加だ。戦いはしない。死んでいない仲間を拾い上げて逃げ回り、また治して──を繰り返す。
「緑礬、コイツも頼、」
「ばかもーんそいつはエンヴィーだ」
蹴っ飛ばして砦から放り出す。
負傷兵に成りすましてるのマジでタチ悪いな。
「緑礬の錬金術師!」
「この嬉しそうな声は」
「ええ、私ですよ──貴方たちによって死地に送られ、けれど戻ってまいりました。それでは──」
「見つけたぞ、紅蓮の錬金術師!!」
白スーツをぶち飛ばすのは、ボロッボロの熊。
もとい、バッカニアだ。
「……貴方、無粋ですよ」
「ははは、生憎と中央の礼儀作法には疎いものでな!」
「大尉! 出血量が……」
「ふん! このバッカニア、あの女豹より先にくたばるものかよ!」
静かに迫り来ていた連鎖爆破を緑礬で踏みつぶす。
「バッカニア大尉だな。お前、ブリッグズ兵何人運べる?」
「六人は運んでやる。それがどうした」
「じゃあ運べ。お前に運ばせた方が効率が良い。キンブリーは任せるぞ」
「ああ」
すれ違う。
褐色赤目の男達。俺が来たことをどこかからか知ったのだろう、合流しようとしていたのはわかっていた。武僧側にも負傷者がいるはずだからな。
「今まで運んでたやつは全員バッカニアに預けろ! そんで、また負傷兵を担いで──あー、どっか広い部屋はないのかこの砦」
「作戦会議室がある! 広さは一番だ! 安全性は保障しないがな!」
「それでいい。そこに運べ。全部治してやる」
まずバッカニアの身体を治す。
……おいおい、タフ過ぎるだろ。この失血量、並の人間ならぶっ倒れてんぞ。
腹に錐揉みしたみたいな貫通痕……プライドか。それに、爆発の火傷痕、切れ味の悪そうな刃物による傷。
特に左手がヤバいか。右手の機械鎧さえあれば戦えると踏んだんだろうが、こりゃ切断したほうが早いな。
「痛みに耐えろ。一瞬だ。激痛だが」
「問題ない!」
瞬間、斬る。
左腕を付け根から。
その左腕を手の中で分解、再構成し、また付け根にくっつける。
その間たったの0.6秒──。
……まぁ麻酔も弛緩剤も何もしていないから、フツーに腕切られる痛みが襲うんだけど。あと神経くっつける時に神経も触るからその痛みが。
「──、……問題ない!」
「んじゃ運んでくれ。順に治していく」
額の脂汗は見なかったことにしよう。
さぁさ、国家錬金術師がワンマンアーミーと言われる所以を久しぶりに見せつけるとしようじゃないか。
俺一人の投入で戦局は大きく転ぼうさ。イシュヴァール以来の本気モードだ。
なんせ、ブリッグズの全てが代価だからな!