緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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死者が少ない代価は


第20話 死者の闊歩

 東部の街リオール。

 暴動の鎮圧されたここに、黒いローブを被ってなんだかこそこそとしている豆粒ドチビが一人──。

 

 暴動の痕跡……建物が壊れていたり、大勢の争った形跡のあるそこかしこ。加えて壊し砕かれた太陽神レトの銅像に何か思うところがあるのか、それらを見上げて呆けて、憲兵に睨まれてまた逃げるを繰り返す豆粒ドチビ。

 彼はいくらかの路地を経由した後、もう見るからに明らかな「隠れ家です」感ある廃屋に帰ってきて──大きくため息を吐いた。

 

「だぁ……こそこそすんのは性に合わねぇなぁ」

「ごめんね兄さん。兄さんにだけ調査を任せたりして……」

「あー? 別に、っつかお前の身体で調査なんか行ったら一発でバレるだろ」

「バレてもいいだろう別に……むしろ国家錬金術師なんだ、憲兵からの聞き込みもできるようになる……」

「……色々あんだよこっちにも!」

 

 廃屋にいたのは二人。

 鋼の──鋼でできた錬金術師アルフォンス・エルリックと、その父ヴァン・ホーエンハイム。

 なればこの豆粒ドチビは、勿論エドワード・エルリックである。その黒いローブをはぎ取って、疲労を露に藁の上に寝転がる。

 

 彼ら、エルリック兄弟にとってリオールは自らの罪の象徴たる街だ。

 当然ホーエンハイムに「立ち寄る」と言われて渋ったし、了承した後でも苦手意識を持っている。特に自分が鋼の錬金術師だとわかったら──「レト教の真実を暴いた張本人である鋼の錬金術師である」とバレたら、どうなるか。

 それを想像すると、どうも顔を明かせないのだ。

 

「それで、エドワード。何か収穫はあったか?」

「……ホーエンハイム」

「なんだ」

「その……アンタ、"ゾンビ"って……信じるか?」

 

 沈黙。

 

 沈黙だ。

 アルフォンスを含め、廃屋に沈黙が流れる。

 

「エドワード……。俺もつらい。アルフォンスもつらい。だがトリシャは」

「そういう話じゃねえよ!」

「兄さん、死者は蘇らないって納得したばっかりじゃないか」

「だからそういう話じゃねぇって!」

「じゃあどういう話なんだ」

「……だから、錬金術的に……俺の知らねえ錬金術の手法的に、ゾンビってのは作成可能なのかどうかって……ことだ。この国の錬金術は勉強してるつもりだが、クセルクセスのとか、他国のは知らねえからな。その辺はアンタの知識に頼るしかねぇ」

 

 不満そうに。

 けれど、致し方ない、というように。

 エドワードは問う。その態度は、複雑な思いこそ詰まっていれど──真剣だった。

 

「……ゾンビ。動く死体。リビングデッド。スァンシー。呼び名は古今東西様々だが、一貫して"死人が再度動き出す"という部分は変わらない。グール、なんていう死体ですらない不死の怪物もいるが、エドワード。お前が聞いたのはゾンビだったんだな?」

「聞いたっつか……見た、っつぅか」

「見たの? ゾンビを?」

「オレだって、オレだって信じられねえんだけどよ。見たし、いたし、聞いた。だから聞いてんだ。ホーエンハイム。アンタの知識にゾンビはあるか?」

 

 問い。

 あるいは生徒が教師に質問するような。

 

「ない、とは言わない。たとえば俺がそうだ……。既に死んだはずの身に、無数の魂が宿って動いている。……それに、アルフォンスも似たようなものだろう」

「あ……」

「てめっ、そういうこと」

「物のたとえだ。アルフォンスは死んでいないから厳密には違う。だが、死人の……たとえ死ぬ前の魂を剥がして、鎧だのなんだのにはっつけたら、ゾンビと言えなくもない」

「……鎧じゃなく、ちゃんと肉体があった場合は?」

「その場合は……死者の魂でなければ可能だ。別人とか……」

「明らかに生前の奴と同じ言動だった場合は?」

「……」

 

 今度こそホーエンハイムの言葉が詰まる。

 だってそこを何か証明できるのなら、死者蘇生はできないという絶対法則を──覆せるのなら。

 

 一度振り切ったはずの悔恨が、また、また、過去が、過去が彼らに手を伸ばしてくる。

 

「兄さん。その……生前と同じ言動だった、っていうのは」

「ああ──ロゼだ。死んだ、って聞いてたけど……生きてた。……死んだって最初の報告が間違いだったんなら良い。それでいいんだけど……気のせいじゃなければ、したんだよ」

「……腐臭、か?」

「ああ。女性に対して言うことじゃねえのはわかってるけど、人間の腐った臭いだった。香水とかで誤魔化していたけど……アレは」

 

 死体だと、思う。

 まで……エドワードは、しりすぼみになって言う。

 

「にわかには信じがたいな」

「……だよなぁ。だからオレも信じてもらえるとは」

「だが、信じるさ。エドワード、お前の言った言葉だ」

「──」

「僕も信じるよ、兄さん。……それで、そうだとして、兄さんはどうしたいの?」

 

 本当にアレが、ロゼが、その他大勢の人々がゾンビだったとして。

 エドワードはどうしたいか。

 

「……決まってる。死者は死者だ。……蘇っちまったら、法則が乱れる。だから」

「殺す──かしら」

「!?」

 

 瞬時に藁上から、椅子から飛びのくエルリック兄弟。対し、呑気に座ったまま白湯を飲んでいるのはホーエンハイムだ。

 声。女性の声。聞いたことのない声。

 

「驚かないのね」

「まぁ、お前らのお膝元でこれだけエドワードが動いたんだ。尾行されていると考える方が自然だろう」

「そう、つまらないオトコ」

 

 廃屋──そこへ入ってきたのは、妖艶な女性。

 全身の黒いその女性。名は。

 

「ラスト。人造人間(ホムンクルス)だ」

「ホムンクルス……じゃあこの人が、父さんの言っていた"大いなる叡智の欠片"……?」

「あ、いや、そっちじゃない。人造人間の方のホムンクルスだ」

「人造人間!? そんな、あれは机上の空論じゃ!」

「あら酷いボウヤね。実物が目の前にいるっていうのに」

「……人造人間(ホムンクルス)なんざ今更驚かねえよ。ホーエンハイムがゾンビなんだ、どっちもどっちだろ」

「父親をゾンビ扱いとは、酷いな……」

「てめーで言ったんだろーがっ!」

 

 その、コントともとれるやり取りに、ラストは眉ひとつ動かさない。

 

「殺す、と言ったわね。そのゾンビを」

「いや別にホーエンハイムを殺すつもりは」

「このリオールの街に溢れかえっているゾンビを、殺す、と」

「……やっぱりゾンビなんだな。そう認めるんだな」

「ええ、認めるわ。だって私たちが作ったのだもの」

 

 次の瞬間、金属音が鳴っていた。

 エドだ。

 彼が機械鎧の手甲を刃物に錬成し、ラストに斬りかかったのだ。

 が──。

 

「……なんだその指」

「ただの指よ? ──なんでも貫ける指」

「っ!」

 

 バックステップ。

 飛び跳ねるように退いたエドワードに、ラストはその人差し指を向けて。

 

「ラスト。何か話しに来たんだろう。遊んでいる暇があるのか?」

「……このボウヤから斬りかかってきたのだけど……まぁいいわ。そうね、用件だけ。この町にいるゾンビだけど……いろんな推測は全てハズレ。魂は()()()()()よ。──殺すなら、勝手にするといいわ。それじゃ」

 

 踵を返し、廃屋を出ていくラスト。

 

 追える者は──いない。

 

「……本当に生き返った……ってのか?」

「……」

「兄さん……」

 

 だとしたら、それを殺す、ということは。

 その、本人を──。

 

 

 そして、このゾンビ騒動は──リオールだけでなく。

 

 

 

 イーストシティはある住宅。

 その家のドアベルが鳴った──来客予定の無い昼頃に。

 何かと思って住民が出ると。そこには。

 

「……ぇ」

「ただいま、ジェミー」

 

 ──イシュヴァール戦役で死亡したはずの、夫の姿が。

 

 死んだはず。だから亡霊だと。

 住民、女性、その夫の妻たる彼女が後退りをすると、夫の男性は「あはは……」と困ったように笑い、後頭部を掻く。

 その仕草、その表情は──どう見ても彼女の夫の、幼馴染としてずっと過ごしてきた最愛の人そのもので。

 

「ど……う、して」

「驚くのも無理はない。けど、軍がね。イシュヴァール戦役で死んだ俺の身体を、ずっと保管してくれていたんだ。そして──先日、奇跡が起きた」

「き、せき?」

「ジェミーも知ってるだろ? 緑礬の錬金術師。戦場の神医ヴァルネラ。彼があるレポートを軍に提出したんだよ。ようやく──ようやく、長年の研究が実を結んだ、と言ってね」

 

 その報告書。

 年一の査定に出したソレが。

 

「──死者蘇生の錬金術」

「うそ……」

「ホントさ。ただし俺みたいに身体が全部無事な奴に限るみたいだけど、緑礬の錬金術師は成し遂げた。年単位も前に死んだ俺の肉体に、俺の魂を取り戻して、ああ勿論肉体も治して──こうして蘇らせてくれた」

 

 女性が、一歩、また一歩と男性に近づいていく。

 

 そうして──抱き留められた。

 男性が豹変することもなければ、何かおかしなところもない。

 

「俺だけじゃない。あの戦役で死んだ奴らは、みんな帰ってきてる。軍が他の事件で死んだ人々も逐次蘇らせていくそうだよ。そしてアメストリスは、死の無い国になるんだ、ってさ」

「ホントに……ホントに、もういなくならないのよね?」

「ああ。本当にもういなくならない。──会ったことがあるわけじゃないが、緑礬の錬金術師には本当に感謝しないとだな。……俺も、こうしてまたジェミーを抱き留められるとは思っていなかった」

「──私もよ、コルド」

 

 死んだ人間が還ってくる。

 その事例は──リオール、イーストシティ。否、あらゆる場所で起こって──その全ての場所で、誰もが涙を流して言う。

 

 緑礬の錬金術師の名を讃えて。

 

 

** + **

 

 

「どう思うよ、シンの次期皇帝」

「……死んだ人間は蘇らなイ。これは絶対ダ」

「だが……増えたよなぁ、人間」

 

 セントラルはヴァルネラの家。

 その最上階で、グリードとリンが話す。

 窓から見えるセントラルの光景は、明らかに活気のあるもの。今までの単純に二倍、あるいは三倍。

 

 カップル、親子連れは勿論、初老の親を車椅子に乗せて押す子供や、その逆──子供を肩車して歩く親など。

 

 それが、溢れている。

 

「お前らの言う氣って奴はどうなんだ」

「……氣は、普通なんダ。グリード、アンタやグラトニーのようにあり得なイ数の魂が中にいるとかじゃなク、一人に一人分の魂しかなイ。つまリ、普通の人間と同じということダ」

「へぇ」

 

 あり得ない。

 ──なんてことは、あり得ない。それは勿論グリードの口癖だ。だが、これは。

 

「いえ、氣は確かにそうでスガ、流れには違いがありまス!」

「流れ?」

「はイ。錬丹術の使えないヤオ家にはわからないことでしょうガ、私のような錬丹術師はあらゆるものの流れを読みまス。自然が循環しているようニ、大地には脈……龍脈が存在シ、そしてそれは人間にもありまス。血液が循環するコト、脳から来た伝達信号が神経を流れ、神経が感じ取った信号が脳に戻る流レ、呼吸、筋肉の収縮……数えだしたらキリがありませんガ、とにかくあらゆるものには流れがあるんでス」

「で、それが連中には無えと」

「はイ。完全に止まった──死体にしか見えないものガ、ああもにこやかに人々と歩いている様子ハ、正直見ていて気持ちが悪イです」

 

 グリードもリンも、そしてメイ・チャンも見る。

 賑やかで活気のあるセントラルを。

 

「一匹殺してみるか?」

「……普段なら止めますガ、スァンシーは私たちが見分けられますのデ、ありかト」

「俺も……同意見ダ。殺して死ぬならいいガ、もしまた蘇るのなラ、気味が悪いどころの騒ぎじゃなイ」

 

 割合良識ある方に分類されるリンとメイでさえ、グリードの言葉に賛意する。

 ちょいと調子が狂うなぁ、なんて思いつつ、グリードは。

 

「気をつけろよ? これやったのはヴァルネラだって話だ──どうせ軍の嘘なんだろうが、もし本当だったら──がっはっは、アイツを敵に回すってことになる」

「ウ……」

「比喩なく不滅の軍団が出来上がる。──そんでもって、ソイツがあるいは、永遠の命の法ってか」

「……」

 

 死者蘇生を成し遂げた緑礬の錬金術師。

 その功績は瞬く間にアメストリスに広がる。全土でないのは、その恩恵を受けているのがセントラル周辺と東部の一部地域のみであるからだろう。ただし軍はいずれこれを全土に広げると宣言していて、今はただ人手が足りないだけだ、と公表している。

 

 ゆくゆくは──死の無い国、アメストリスへ、と。

 

「がっはっは、まー精々ビビってなぁションベンガキが。──無ぇよ、不滅の存在自体がフツーはあり得ねえ。んで、あり得ねえことがあり得なかった例が奴だ。そう簡単に増えてたまるかよ」

 

 言葉でどう言っても──街は活気づいたままだった。

 

 

 

 

 中央、ロイ・マスタングに割り当てられた司令室。

 

「……中尉。顔色が悪いな」

「大佐こそ。割れた陶磁器の破片のような顔色ですよ」

「どんなだ」

 

 空気はやはり重かった。

 彼らはイシュヴァール戦役経験者である。であるから──当然、あの時死んでいった仲間を覚えている。

 ヴァルネラが治癒したのはあくまで即死していない兵士のみであり、死んだソレを治せるわけではなかった。だから、覚えている。少ないからこそ、余計に覚えているのだ。顔も、声も、どういう性格かも──全て。

 

「まるで悪夢だな」

「グラトニーの腹に飲み込まれた時よりはマシではないでしょうか」

「……どっちもどっちだ」

 

 今、リザ以外の部下はそれぞれが調査に出かけている。

 知り合いを含む「死んだはずの人々」。それが本物かどうか──怪しい点は一つもないのか。

 

「……君には、酷な話だが」

「大佐にとってもそうでしょう」

「知っているか、流石に」

「レベッカから電話が来ましたよ、朝一に」

 

 ああ──気分も悪くなろう。

 

「イシュヴァール人まで、か」

「……」

 

 生き返ったのは何もアメストリスの兵士だけではない。

 あの時殺した、殺すしかなかったイシュヴァール人までもが蘇り──イシュヴァールの地に再度根を下ろしたというのだ。

 喜べは、しない。

 今でも脳裏に張り付く悲鳴。怒号。

 それが、それが。

 それが──夢から覚めても、なんて。

 

「ヴァルネラ医師め……それはしないとあれだけ言っていたというのに」

「それなのですが、大佐。数日前に、ヴァルネラ医師からの外出申請が軍に出されています。彼の行動はセントラル内部では自由ですが、イシュヴァール戦役における命令違反の罪緩和の条件で制限されていて、この外出申請を行わなければ彼はセントラルを出ることができません」

「……それで、出ているのか」

「いえ、受理されませんでした。ただ──ブリッグズへ行く、という申請であった所までは掴めています」

「ブリッグズ……そういえばそんなことを言っていたような。戯言だと聞き流したが……」

 

 この時期にブリッグズへ行くなど正気の沙汰ではない。

 それを。

 

「ロイ!」

「ヒューズ。帰ったか」

「帰ったか。じゃねぇ、これを見ろ!」

 

 二人のもとに、血相を変えて帰って来たのはマース・ヒューズ。

 彼は幾らかの資料を胸に抱え、それをロイ・マスタングの机に降ろす。

 

 地図と資料。その詳細。

 

 何事かと彼の様子をコーヒーなんて飲みながら眺めていたロイも、地図に書かれた文字と図柄を見て血相を変える。

 

「……ヒューズ、お前錬金術はできない……よな?」

「ああ。だが、できなくともこれが何か意味のあるものだってことくらいはわかる」

 

 それはアメストリス建国時から今までに起きた大きな事件。それを線で繋いだもの。

 また、その作戦に関わった軍がどこなのか、作戦命令を出したのが誰なのかが事細かに書かれたもの。

 

 何より、この五角形の陣は──疑似・真理の扉なる場所で見た、ヴァルネラの描いた人体錬成の陣だ。

 

「……もし、この円が既に敷かれているものとすれば……いや、もっと大事なのは交点。マテリアルの交点は……ペンドルトンとブリッグズか」

「まさか、ヴァルネラ医師は……」

「ああ、止めに行った、と考えるのが妥当だろう」

「だがそんだけじゃねぇんだ、ロイ。この上に、さらにある」

 

 ヒューズは──頭痛を抑えるように頭を抱えながら、アメストリスの地図の上にもう一つのカタチを描いていく。

 1814年、ダブリス。1894年、リヴィ橋。1900年、ニューオープティン。1908年、イシュヴァール。1914年、ユースウェル。

 これらを線で繋ぐと──。

 

「……いびつだな。これでは意味は拾えん……これがどうかしたのか?」

「ヴァルネラ医師が確認された場所だよ。大量の血痕と共にな」

「──待て、1894年のリヴィ橋だと?」

「ああ」

「ここで同じ年代に……確か未解決事件が発生していなかったか? 錬金術の暴走だのと言われていた奴だ」

「俺も気になって調べた。1894年のリヴィ橋で、汽車の車両が中頃から最後尾まで綺麗さっぱり消える、っつー怪事件が起きてる。乗ってた乗客は勿論、線路まで消えちまったって事件がな」

「……大佐」

 

 人も、物も。

 綺麗さっぱり消える事象。──ロイ達は、つい最近体験したばかりだ。

 

 そして、あそこにいた彼も、20年間ここにいる、と。

 

「もし。もしもリヴィ橋の件が別件だとしたら」

 

 新しく地図を取り出して、そこに図形を描いていくロイ。

 ダブリスとニューオープティン、イシュヴァールを結び、三角形を。

 六芒星を描くために、ユースウェルからセントラルへ線を伸ばし、それに対応するためにサウスシティ近辺の街レイゼンに線を。

 

 そうすると──中心に、イーストシティを含む六角形ができる。

 六角形。それは「戻す」という意味を持つ錬金術記号。

 

「俺はコイツを忘れていた。忘れさせられていた。他ならんヴァルネラ医師に」

「忘れさせられていた?」

「ああ……化け物と戦った時だ。確か、エンヴィーと呼ばれていた化け物。人造人間(ホムンクルス)とか呼ばれてたっけな。それと、悪夢みてぇな戦いをして……その後、記憶を封印された」

「エンヴィー。嫉妬か。暴食(グラトニー)を考えると、納得の行くネーミングだ」

 

 となれば。

 

「ヒューズ。今日から単独行動を禁止にする。記憶を取り戻したというのなら、いつどこで襲われてもおかしくはない」

「……ロイ」

「なんだ」

「もし俺が──今噂になってる、"生き返った死人"になった時は」

「ああ、有無も言わさず焼いてやる。グレイシアさん達に一生恨まれてでもな。だがその前に死ぬな」

「……ああ、わかってる」

 

 アメストリスの全国土を使った錬成陣と、イーストシティ周辺に敷かれたヴァルネラに纏ろう錬成陣。

 これらが発動した時、何が起きるのか。その想像は容易ではない。容易ではないが──。

 

「まずいな。中尉、すぐに全員を呼び戻してくれ」

「もうやってます。──ですが、ハボック大尉、ブレダ少尉と連絡がつかず……」

「なんだと?」

「フュリー曹長はほど近い場所にいたようで全速力で帰ってくるそうです。ファルマン准尉は図書館にいたのでできるだけ軍施設を辿って帰ってくると」

 

 動き出している。

 何かが。いや、もうすでに、とんと昔から──誰かが動いていた。

 

 それがもうすぐ完成しようとしているのだ。

 

「ヴァルネラ医師へは繋がらないか?」

「中央に掛け合っていますが……」

「上で止められている可能性もあるな。……中尉達はここを出るな。フュリーとファルマンが帰ってきても、すぐには気を許すなよ。……問題ないとは思うが、ヒューズにもだ」

「オイオイ、と言いてえところだが、そうした方が良い。あのエンヴィーとかいう奴は誰にでも成りすますことができてた。誰かが本当は、って可能性は十分ある」

「それだけじゃない。ゾンビかもしれない、ということだ。未だ生き返った者が生きている者に危害を加えた、という例は報告されていないが──万一は常に考えなければ」

 

 仲間を信用できない。

 信用してはならない。

 ロイとてそんな状況はお断りだが──。

 

「私はハボックとブレダを迎えに行ってくる。いいか、私が戻ってくるときは二人を連れて帰ってくる時だけだ。それ以外の……つまり、一人で帰って来た時は容赦なく私を撃て、中尉、ヒューズ」

「はい」

「わーってるよ」

 

 自らに割り当てられた司令室を出ていくロイ。

 ──彼は。

 

「まったく……もうすぐ私の物になる国で、ふざけたことをしている奴がいるようだな」

 

 炎を滾らせて。

 

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