緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第21話 聖者の後進

 

 全身に錬成陣を刻み直して、準備完了。

 

「じゃあ、作戦通りに」

「ああ。君に言うべきではないと思うが、気を付けろよ」

「あっはっは、気を付けても気をつけなくても変わんねーからなぁ」

 

 刺青の男(スカー)達とはここで別れる。

 彼らはセントラルへ向かい、俺はペンドルトンへ行く。

 

 まーこれでもう完全に敵対したようなもんだ。

 別に俺は誘われたらまた一緒に食事するくらいのスタンスではあるけれど、さしものプライドももう俺の事は敵だと思っているだろう。

 ブラッドレイは……わからんが。

 

「ブリッグズの守りは任せろ。ドラクマは血の紋なる場所では殺さんし、また穴が掘られんとするものなら何をしてでも止める」

「任せた」

「不老不死の所有物になったのだからな、私たちもそうでなければ」

 

 ということでアームストロング少将ともお別れ。まぁ中央への招聘が来ていないし、ドラクマの脅威もあるからな。

 ちなみにブリッグズ要塞は全部刺青の男(スカー)兄が直した。俺がやったらボッコボコになる自信がある。

 

 よってまた一人旅──とはならなかった。

 

 なんと。

 

「……なんだ」

「いや……いいのかなぁ、って」

「何がだ?」

「アンタの兄は武僧じゃないでしょ。一緒に居なくて大丈夫?」

 

 刺青の男(スカー)……というか、原作における傷の男(スカー)がついてくることになったのである。

 

「そろそろ兄離れをしろと言われた」

「あー」

 

 まぁ、べったりだったもんね。

 

「呼び名が無いと面倒だから刺青の男(スカー)って呼ぶけど、大丈夫?」

「問題ない。呼び名などなんでもいい」

「おう。んじゃ──」

 

 腕を広げて銃弾を受け止める。

 全然受け止められんけど骨に当たって止まったそれが、再生によってボロボロと排出されていく。

 

 そんなことをしている間に刺青の男(スカー)が俺の横を通り抜けて、分解だ。

 相手は──お。

 

「これは……」

合成獣(キメラ)だね。アメストリス国軍が秘密裏に使っている合成獣(キメラ)部隊だ」

「……これも錬金術の」

「まー悪い部分と見るか良い部分と見るかは人それぞれでしょ。俺は良いと思うけどね。鳥になって空を飛んでみたい、なんて幼子なら誰もが持つ夢だ」

「空も飛べず、腕も使えぬ醜悪なものが出来上がる未来しか見えんが」

「そこは術師の力量次第だろうけど」

 

 刺青の男(スカー)が今しがた分解で殺した合成獣(キメラ)

 ……馬と人間のキメラかな? 原作には出てこなかったけど、もし持久力と速力をいい感じにミックスできてたのなら……ん?

 

 衝撃があった。

 自分の腹部を見ると、何故か剣が刺さっている。ブラッドレイ……じゃあ、ない。こんな雑には刺さない。じゃあ刺青の男(スカー)? まさか、イシュヴァール人は義を守る。

 なら誰か、って。

 

「ハ、ハハ……ホントだ、本当に……俺は、永遠の命を──」

「ふん!」

 

 喋り始めたソレに、刺青の男(スカー)が再度の分解を入れる。

 大量の血液を振りまいて仰け反るキメラ。

 

 そう、キメラだ。今殺されたはずのキメラが──今度は仰け反るだけに終わって。

 

「痛くない! 痛くない痛くない──ひ、ひひひ!」

 

 刺青の男(スカー)がこちらを見てくる。

 これも錬金術の良い所、か?

 俺に聞かれても。

 

 頭部が血だらけどころじゃない、頭蓋も脳漿も飛び散って明らかやべーことになってる男が、ひひひとかはははとか笑いながら──俺達に向かってくる様子は、さながらゾンビだ。

 流石に効かないとあっては連発しないのだろう、刺青の男(スカー)が少し下がる。

 

 ふむ。

 

 舌先を噛み千切り、ソイツに向かってプッと吐く。あ、腹はもう再生してるよ。

 

 着弾した舌は緑礬の花を咲かせ、一瞬にしてソイツの身体を風化させる。

 ……舌先程度じゃ風穴開ける止まりだな。

 

「ひひひっ、永遠の命! 永遠の命だ! ──死ね、死ね!!」

 

 そんで止まらない、と。

 

「殺し方はわかるか、緑礬」

「殺さなくてもいいでしょ。足壊して放置しておけば?」

「なるほど」

 

 分解の錬金術。

 それにより足がこれでもかってほどに分解され、歩けなくなったキメラ男。

 

 あとは放置だ。運が良ければサウスシティの憲兵が見つけてくれるんじゃないかな。

 

「なんだ、アレは」

「単純に考えればゾンビだよね」

「ゾンビ……」

「死んでいるから死なない怪物、って奴。……だけど、ふむ。ちょっと妙だったな」

 

 魂はあったけど、結びついていなかった。

 なんだアレは。見たことのないものだ。

 フラスコの中の小人の新たな作戦だとすれば、切り替えの早さにスタンディングオベーションだ。しないけど。

 

「前方、20人ほどの集団」

「野盗?」

「恰好はな。だが、全員首が折れている、目が無い、などの特徴がある」

「ワオ、そりゃ特徴的だ」

 

 流石イシュヴァールの武僧、目が良い。

 

「俺に攻撃手段はないよ。特に死人に対してはね」

「聞いている。だから俺がついている」

「それじゃ、あの人数全部いける?」

「いけずとも問題ない」

「ん? うぇ」

 

 首根っこを掴まれる。

 掴まれて──ぶん投げられた。

 

 ものっそい腕力だ。そんで、遠くにいた野盗が全部こっちに来るのが見えた。

 狙いは俺、と。

 

 そのまま落ちて。

 当然、ぐちゃあ! ってなって。

 

「乱暴すぎるだろ」

「お前の利用方法はこれが一番効率的だ」

「精神キマりすぎだろこえーよイシュヴァールの武僧」

 

 ──緑礬が咲く。

 落下地点。人間が高い所から落ちたのだ。落ちる角度にも寄るけれど、落ちる側がいい感じに調節すればそこは血だまりになる。

 血だまりになったらば、そこへ突入してくる野盗の全てを風化させられる、と。

 

 こえーよ。

 

「明らかに俺狙いだったな」

「そうだな。死者に嫌われるようなことをしたか、緑礬」

「まぁ瀕死者は助けてきたけど、死者は見捨ててきたからなぁ。ソレじゃね?」

「……なるほど」

 

 その後も。

 明らかゾンビっぽいのが現れるたび、刺青の男(スカー)は俺の頭を千切って「新しい顔よ!」をやったり、腕を取って投げ槍みたいにしたり、また俺ごとぶん投げて……扱い雑ゥ!

 

 おいおい、今まで俺の不老不死と緑礬の発動条件を知った奴はいくらかいたけど、ここまで効率よくっていうか武器みたいに扱う奴に出会ったのは初めてだよ!

 

「使えるのだ。使わぬ方が勿体ないだろう」

「そうだけども!」

 

 そんな風にその辺全部血みどろにしながらペンドルトンへ着いた。

 

 着いて。

 

「……」

「……こりゃ」

 

 ペンドルトン。クレタとの国境線にあり、ここもまた常日頃から血の絶えない場所……ではあるけれど。

 

 戦いはほとんど起きていない。

 普通より深く掘られた塹壕でヨタヨタ歩くアメストリス軍と、クレタ軍の死体。

 

 時折飛んでくる銃弾はアメストリス軍人に当たる──も、彼らはすぐに復活し、撃ち返す。クレタ軍の士気はダダ下がりで、アメストリス軍は……士気も何も、って感じだな。

 

 とりあえずここはもうだめだ。

 血の紋が刻まれている。クレタ軍の憎悪が染みついている。無駄骨だった。

 

「──ブリッグズで同じことが起きている可能性は無いか」

「うわ。あるわ」

 

 踵を返す。

 出戻りになるが、俺と刺青の男(スカー)はブリッグズへ向かう。

 

 

 

 案の定、ブリッグズ要塞では戦いが──起きていなかった。

 

「来たか。来るだろうとは思っていたが」

「少将。ゾンビは?」

「全員牢にぶち込んである。イシュヴァールの武僧もな」

「申し訳なさそうにする必要はない。イシュヴァラの(かいな)に抱かれた者が自ら戻ってくるなど、あってはならないことだ」

「ふん、そいつらも同じことを言って、自ら首を切り落としたさ。それでも動いていたので牢に入れたが」

 

 あー。

 首落としても動いてるってことは、脳で考えて動いてるわけじゃねーなコレ。まぁ刺青の男(スカー)に頭破壊されても動いてた時点でわかってたことではあるけれど。

 となると。

 

「牢はどこだ」

「貴様らがゾンビではないという保障は?」

「体のどこ吹き飛ばしてくれてもいいよ」

「……ふん、貴様では判断のしようがない。いい、ついてこい」

 

 少将についていく。

 ちなみに少将はゾンビじゃない。あー、つか流れでわかるなコレ。俺みたいに自然物の流れでも、ゾンビみたいな妙なトコで止まってるでもない、人間はずーっとぐるぐるしてるもんな。わかりやすいわ。

 ってことはメイ・チャンが感知器に使えるな。ヤオ家はわからん。氣だけじゃ無理だぞコレは。

 

「一応聞くけど、何があった?」

「昨夜、奴らを埋葬した墓地で物音がしてな。見に行ってみれば、死んだはずのブリッグズ兵と死んだはずのイシュヴァールの武僧が戦闘を行っていた。当然ながら武僧の圧勝だった──が、それだけでは終わらない。私たちが来たことを察した武僧は状況を説明し、後は頼むと言い残して自らの首を切り落とした」

「だからキマりすぎだろ武僧」

「問題はブリッグズ兵だ。私達とて無為に蘇ろうものなら首を落としてでも死ぬ。生きている者に迷惑をかけるなど、ブリッグズの恥だからだ。──だが、奴らは正気には見えなかった。何かを求めるように我らの元へ縋りつかんとし──撃たれ、切り裂かれ、叩き潰された」

 

 違いはアメストリス人かどうか……いや、アメストリスは多民族国家だ。ブリッグズ兵の人種が全部同じってことはない。

 単純に武僧側の精神がヤバすぎなだけか?

 

「お前たちは何故戻って来た?」

「行く先々でゾンビの襲撃にあって、なんとかペンドルトンに辿り着いたらゾンビの群れ。クレタはみんなビビってて、十二分に血の紋刻まれてたから帰って来た。ブリッグズでも同じこと起きてたらやべーなーって。まぁ杞憂だったけど」

「成程。ペンドルトンは軟弱だったと、そういうことだな」

「ソダネ」

 

 ブリッグズが堅牢すぎるだけです。

 

 そんな雑談をしているうちに、牢へと辿り着いた。

 ここがエドワード・エルリック達が監禁されてた牢か。

 

「ぁー……」

「う……ぅー」

「あぁ……永遠の命……永遠の命だぁ……」

 

 完全にゾンビだな。

 だけど牢を破るほどの腕力はないか。

 

 んでこっちは、武僧。

 首が無いまま……座禅しとる。なんなんだ。

 

()()()()、緑礬」

「……というと?」

「この状態は明らかに正常ではない。異常だ。つまり私はこれを、死者がかかる病のようなものだと判断した。治療ができるかと聞いている。戦場の神医、どうだ?」

 

 的確だね、一々さ、言葉が。

 

「消滅させることは、治療と見做せるか、少将」

「無論だ。意志とは別に動かされているのならば、消えることで解放されるものもあるだろう」

 

 そうかい。

 

 んじゃ、と。

 手前、牢の格子に縋りつき、大きく口を開けている奴に目をつける。

 手の甲に緑礬の錬成陣を大きく書いて、ソイツの口に突っ込んで。

 後は自分で手首を切り離せば──ざぁっと。

 

 俺は命を奪わない。返せないから。

 奪うほどの熱量が無いのもあるけど、やっぱり返せないから、が一番の理由だ。

 

 だけど──まぁ。

 

 空に飛んでいきたいと願う風船の紐をほどいてやるのは、命を奪う対価になるだろう。

 

「ん?」

 

 完全に消滅させたブリッグズ兵。

 その中から──鉄板が一枚落ちた。

 

 名前の書かれた鉄板。裏面には……おお、魂定着の錬成陣じゃん。アルフォンス・エルリックのものとは違う。どっちかというとスライサー兄弟とかバリー・ザ・チョッパーに刻まれていたものに似ている。

 つか、気のせいじゃなければまだ「あーうー」言ってるなこの鉄板。

 

「これ、今の奴の名前で合ってる?」

「ああ。合っている」

 

 確認が取れたので叩き割る。

 

「んじゃ他の奴も成仏させてやるかぁ」

「成仏?」

「……あー、シン語。R.I.P.だよ」

「ほう、意外に多才だな」

 

 まぁこれでも長く生きてるからね、と。

 

 全員消す。

 ……スロウスの時から思ってたけど、これ攻撃方法としては微妙なんだよな。いちいち腕の中の錬成陣書き直さないといけないのダルすぎ。

 

 で、やっぱり全員の中から出てきた鉄のネームプレートと魂定着の錬成陣。

 イシュヴァールの武僧の方も同じことやって、同じ名前と錬成陣、と。武僧の名前なんかよく調べたな。

 

「名前、合ってる?」

「……ああ。捨てたはずの名を刻まれるなど……屈辱でしかないが」

「こちらも、全員分確認した」

 

 確認したので、割る。鉄板と言えどこの薄さなら非力一般人ヴァルネラくんでも割れる。てこの原理ってすげー!

 

 さて──まぁこれで犯人は絞れた。

 何故って、スライサー兄弟やバリー・ザ・チョッパーがいたのは第五研究所。かつてそこで働いていたのがティム・マルコーで、キンブリーの不死性も似た理由だろうことが窺える。

 

「兄者が心配だ」

「そういうとこだろ、兄者離れできてないって」

「……」

「が、セントラルが心配なのはわかる。少将」

「ああ、わかっている。こちらで死者を出さぬこと、不審者は全て捕らえること、加えてノースシティの警備も出そう。ドラクマの侵攻も勿論止める」

「キャパ足りる?」

「足りんな、流石に。故、ブリッグズ兵をさらに鍛え上げる。一人一人が将として闊歩できる程に」

「おん。頑張れ」

 

 まぁ、下手人がティム・マルコーだとしても、ペンドルトン周辺とこっちと、あっちこっちで起きてる。多分セントラル含む全土で起きてんだろ。

 そう考えるとティム・マルコー一人じゃ無理だ。もっといると見た。

 だから、これまたやっぱり当然に、真犯人はフラスコの中の小人だろう。

 

 国土錬成陣止められたからってゾンビ騒ぎはちょいとネタ切れ感あるけど、さてはて。

 

「時間が惜しい。行くぞ、緑礬」

「ああ」

 

 そんなわけで。

 俺達は一足遅れでセントラルへ向かう──。

 

 

** + **

 

 

 

 暴動によって破壊され、見る影もなくなったレト教の聖堂。

 そこに忍び込む影が三つ。

 エルリック兄弟とホーエンハイムだ。

 

「なんでお前まで……」

「こと魂の事に関しては俺の方が詳しいからな」

「そーだけど……」

 

 相変わらずいがみ合っている……というか一方的に敵視している兄に苦笑いしながら、けれど注意深く周囲を警戒するアルフォンス。

 

 ああ──けれど、警戒するまでもなく見つけた。

 

 皮肉だろうか。

 太陽神レトの像が砕かれ、天井も崩れ落ち──だからこそ月明かりが入り込み、"彼女"をその光が照らしている。

 砕けた像に祈りを捧げる少女。

 

「──ロゼ」

「ほら。──生き返ったわ。死んだ人間が」

 

 少女は、祈りを捧げた格好のまま、零す。

 そうだ。彼女は恋人を生き返らせたくてレト教に入信し、その全てを捧げてきた。エルリック兄弟がレト教の真実を、教主コーネロの真実を暴くまで──盲目的に。

 けれどそれは嘘で。賢者の石も不完全なもので。

 

 兄弟がかけた慰めの言葉は──けれど、リオールで起きた暴動という大波に浚われて、消えた。

 

 死んだのだ。

 彼女は。

 

「錬金術の基本は等価交換。死んだ人間は生き返らない。失敗しても代償として体が持っていかれる──嘘ばっかり。()()()()()()()()()()()()()()()()

「──!」

 

 息を呑むエドワード。

 いや、呑み込めていない。何かが引っかかるようにして、呑み込めない。

 

「それは──嘘じゃないよ、ロゼ。死んだ人間は本当に」

「じゃあ、私は何!?」

 

 諭す声色のアルフォンスに、ロゼは被せるようにして叫ぶ。

 祈りの手は崩さないまま、祈りの恰好は崩さないまま。目を瞑り、壊れた太陽神に頭を垂れたままに。

 

「私は──死んだ。死んだのよ、アルフォンス君」

「……」

「大勢の人にね、寄ってたかって、殴られて、斬られて……銃でも撃たれたわ。松明で顔を、身体を、石で、鉄の棒で、みんなみんな、レト教はペテン師だったって、騙されたって、良くも騙したなって、自分たちを利用する気しかなかったんだって──お前も、そうなんだろう、って」

 

 震える声で、月光のもとロゼは言う。

 死んだ記憶。死んだ時の記憶。

 

 そこまであって──エルリック兄弟は彼女を、偽物だと断定できるのか。

 

「最終的にレト教のみんなは、絞首刑になった。知ってる? 絞首刑。首を吊って、晒し者にして殺すの。残酷に。もう誰も抵抗できなかった。できない程痛めつけられていた。誰も手を差し伸べてはくれなかった。私たちも……私達だって、信じてたのに。信じていなかった人たちが、たくさん、たくさん、たくさん──私の死を望んだわ。そうして、ギリギリと首の縄が締まって行って、呼吸ができなくなっていって、頭がね、冷えていくの。急に、ひゅぅって。それで、身体が動かなくなって、苦しくて辛くて、もう嫌だって思って、でもまだ死ねなくて──」

 

 そうして。

 

「ようやく、ようやく死ねた、って。そう思った時に、私は光を見たわ」

「……光?」

「そう。どこかへ私を連れて行ってくれるような光。手を伸ばして、差し伸べてくれて、だから私はその手を取ったの。──そこで眠りに就いたわ」

 

 ロゼが、顔を上げる。

 その顔は幸せに満ちていた。今までの苦悩の、苦しみの言葉とは裏腹に、否、まるで今は救われたからと──そう語るように。

 

「そして、起きたら、生き返っていたのよ。──貴方達みたいな()()()()とは違う。私を起こしてくれた人がいたの。その人はこう言ってくれた。──"ようやく君を起こすことができた"、って」

「……それは、どんな奴だ。コーネロか?」

「いいえ。その人はね、顔はわからなかったわ。フードを深く被っていたから。でも、優しい声だった。起きて間もない私に、ゆっくりしていていい、記憶は無理に思い出さなくていい、って。そして、"それじゃあ私は他の人を起こしてくるから、ゆっくりしていなさい"って」

「そのフードの色は?」

「色? ……確か、深緑色だったわ。それが何?」

 

 思い浮かぶ人物は──。

 

「お嬢さん」

「え?」

 

 と、その時、ずっと黙っていたホーエンハイムが声を上げた。

 ロゼは目を瞑っていたからわからなかったのだろう。エルリック兄弟以外に今の"告白"を聞かれていたことに驚いたのか、目を真ん丸にしてホーエンハイムを見ている。

 

「お嬢さん」

「あ……ええと、どちら様、かしら?」

「この兄弟の父親だよ。ホーエンハイムという」

「……そう。ホーエンハイムさん」

 

 エルリック兄弟の父親と聞いて、ロゼの眼が薄く細まる。

 彼女にとってペテン師もいいところな兄弟の父親だ。その対応も仕方がない。

 

 しかし。

 

「──すまなかった」

「え?」

「は?」

 

 ホーエンハイムは、ロゼに深々と頭を下げる。

 その行為に、ロゼも、そしてエルリック兄弟も驚きの声を上げた。

 

「愚息達が貴女に余りにも酷いことを言ったらしい。父親の俺から謝らせてくれ」

「ちょ、どういうんべっ!?」

「黙っていなさい、エドワード。お前は冷静じゃない。アルフォンスもだ。自分の犯した罪に向き直り、少しばかり反省していなさい」

 

 有無を言わさない様子と──普段のホーエンハイムなら絶対に言わない台詞から、アルフォンスは何かを悟る。

 悟れていない、未だ暴れようとするエドワードの口をホーエンハイムより引き継いで塞ぎ、少し下がる。下がった。

 

「この通りだ。──許してほしい。アイツらは……まだ14なんだ。ガキなんだよ。自分の事も満足にできないくせに、他人の世話を焼きたがって、そういう風に空回りする。……すまなかった」

「い……いえ、こちらこそ……お父さんの前で、息子さんたちをこんな風に言ってごめんなさい。そう……本当は、もう別に恨んでなんかいないの……いないんです。だって私はこうして蘇ったから。彼らの言葉が本当じゃなくて、人は蘇るんだって証明されて……だからもう、いいんです」

「……それでもあなたを傷つけた。あなたの心を傷つけた」

「いいえ。心ももう大丈夫。だから、頭を上げてください、ホーエンハイムさん」

 

 言われ、顔を上げるホーエンハイム。

 ゆっくり、ゆっくりだ。ゆっくりと顔を上げ──ロゼの身体を見て。

 

「これか」

「え?」

 

 なんでもないかのように、その右手を彼女の胸に突き刺した。

 胸。胸骨柄のあたりだ。首の根元。

 

 ホーエンハイムが手を引き抜けば──その手には、一枚の鉄板。

 

「な──何してんだテメェ!」

「父さん、何してッ!?」

「え……え? 私……あれ、私、倒れて……?」

「!!」

 

 激高し、ホーエンハイムに殴りかかろうとした二人。

 けれど聞こえた声にとどまった。

 

 声だ。

 少しくぐもった、反響したような声。

 

 ホーエンハイムが掲げ、月光に照らしている鉄の板。

 角度上ファミリーネームは見えなかったけれど、エドの眼にはROSEの文字が映っていた。

 

「アルフォンスと同じだよ」

「……っ」

「まさか、それに……そんな小さなものに、魂を?」

「どう、なっているの? これは、どうして……私は、倒れた私を見て……」

 

 文字のある面を裏返せば、そこには錬成陣。

 エドワードがアルフォンスに使ったものとは違うけれど、それは確実に魂を定着させるためのもので。

 

「お嬢さん。()()()聞きたい。そのフードの医者っていうのは、ヴァルネラって名前だったのかな?」

「ああ、そう。そうよ、みんなも感謝していたわ。ヴァルネラ様、ヴァルネラ様って」

「そうか。ありがとう」

 

 割る。

 ホーエンハイムは──冷酷に、無情に、その錬成陣を割った。

 

 声が消える。

 その意味が分からない兄弟ではない。

 

「な──ん、で」

「悪質だな。死ぬ直前に魂を剥がし、どこぞかに定着させて保管。肉体が死んだ後、この鉄板を介して魂を定着させる。血印の中の鉄分と鉄板、そして体内の鉄を連鎖反応させることでまるで生き返ったように見せる、か。心臓が止まっているのは目に見えていたし、エドワードの言う通り腐臭もあった。肉体が死んでいるのは確実だから、次第に腐り果てていくだけだ。肉の人形に魂を乗せているようなもんだな」

「て、めぇ、は……」

「利点は痛みを感じないこと。脳が生きているわけではないから、神経信号の一切を無視できる。欠点は同じか。生物的活動はほとんどできない。だから気付いていたんじゃないか? このお嬢さんも、町の人々も。"自分は人間として生き返ったのではなく、死体として動いているだけだ"、って」

 

 淡々と説明するホーエンハイムに──エドワードは我慢ができなくなったのだろう。

 アルフォンスの拘束を振り解き、本気の殴りをホーエンハイムに入れ。

 

「!」

「……エドワード」

 

 ようとした。

 入れられなかった。

 ホーエンハイムがその拳を掴んだからだ。

 

「俺の敵は、こういうことを平気でしてくるやつだ」

「っ……だからって!」

「殺すと決めたのなら、迷うなよ。ゾンビがいるのはおかしい。死んだ人間が生きているのはおかしい。──だから殺す。そう決めただろ。なら迷うな、エドワード。たとえ生前の記憶を持ち、たとえ生前の言動を倣ったとしても、死人だ。それともなんだ、エドワード。今のお嬢さんを──アルフォンスのような形で生き長らえさせるつもりだったのか?」

 

 目を、見開く。

 顔を上げて。

 弟を見る。

 

 知っている。

 彼が今の身体をどんなに悔いているか。どんなに──悲しく思っているか。

 眠れない体を。痛みもない。みんなと食事もできない。

 体温を感じ取ることも、感触を確かめることさえできないその身体を。

 

「……こっちを見るのはズルだよ、兄さん」

「……すまねぇ」

「でも今、僕も同じ気持ち。父さんに"なんで"って言おうとしてたけど……他の人にもこの身体を押し付けるのは、嫌かな」

「ああ……」

 

 知っている。

 弟もまた──兄が後悔していることを、知っている。

 

「さて、そろそろここを離れないと、憲兵たちに殺人の容疑をかけられるぞ」

「……他の奴らはどうすんだ。暴動で死んで、けれど生き返った奴らは」

「一人一人やってたら時間がなくなる。仕組みはわかったんだ、あとは大本を叩きに行けばいいだろう」

 

 倒れたロゼの身体に月明かりが差す。

 

「フラスコの中の小人だよ。これだけの派手をやってるんだ。計画に支障が出たと見た。"その日"を待つ前に、ぶっ叩いてやるさ」

「ヴァルネラじゃねぇのか?」

「ふん、アイツがこんなことをやる意味がない。お前たちはアイツの熱量の無さを舐め過ぎだ。アレは干渉しなければ路傍の石や花と何も変わらん」

 

 誰も見ていない中で、その身体から──光が、天へと。

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