緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
第24話 識者の戯れ
昼下がり。
昼下がりだ。人の増えたセントラルはがやがやと騒がしく賑やかで、未だ、なんとか平穏の保てているここで──大きな爆発音がした。
人々は探すだろう。どこだ、と。どこから爆発音が鳴ったのかと。
そしてすぐにでも気付くはずだ。
──大総統府。
アメストリス軍中央司令部の大総統府から、煙が上がっている。
国民が思い至るのはテロだ。この国は他国から、そして併合した民族からの反感を買っている。可能性があるとかではなく買っている。だから、いつテロが起きてもおかしくはないという不安定なバランスに成り立っている。
だから、けれど、軍も優秀だ。すぐに鎮圧してくれるだろうという信頼があり、国民らは自らの家に戻ろうとして──大総統府から吹き飛ばされてくる「ソレ」を目にすることだろう。
深緑色のローブ。
子供のような体格。
未だ混乱の起きていないセントラルにおいては大恩のある
もう一つ。
砂煙が晴れて、両者が露になる。
人類史に名を刻むほどの医学者にして錬金術師である
「──キング・ブラッドレイ大総統!?」
だった。
誰が叫んだかはわからない。あまりにも多くが見ていたから。
だけど、その人は紛う方なき大総統だった。そして彼──吹き飛ばされてきた方もまた、確実に緑礬の錬金術師ヴァルネラ医師だった。
つまるところ。
「なんだ!? 何が起きてる!」
「何故二人が戦っている!?」
そうだ。戦っている。
キング・ブラッドレイは軍刀で。
ヴァルネラ医師はメスで。
その鬼気迫る表情は──民間人をしても、本物の殺意と呼べるもの。
「大総統閣下、どうなされたので」
「下がっていろ! この者は──この者は、禁忌を犯した! なんとしてでも私が処罰せねばならん!」
「ハ、禁忌!? 面白いことを言うじゃないかブラッドレイ! 目の前に可能性があったから試した──科学者として、研究者として当然のことだ! 今まで俺の研究成果に縋ってきておいて、今更そんな言葉で俺を切り捨てるか偽善者め!」
来年には60歳になろうというキング・ブラッドレイの衰えぬ身体能力。
実年齢は100を超えると噂されているヴァルネラの的確な対処能力。
だが、けれど、しかし。
本職が研究者であるヴァルネラより、武勲で大総統にまで上り詰めたキング・ブラッドレイの方が武を比べるのなら分がある。
体勢も悪いのだろう。
吹き飛ばされたままの姿勢で、しかもメスなんて武器でさえないもので戦うヴァルネラが次第に押されていくのは時間の問題だった。
そして──。
「ハハハハ! 焦るか、ブラッドレイ! そうだよなぁ、当然だ!」
「ッ」
一刀、一振り。
高笑いするヴァルネラの首を、キング・ブラッドレイの軍刀が刎ねる。
……悲鳴が上がる。当然だろう。
民間人には何があったかわからないが、たとえどんな大罪人であろうと目の前で人が死んだら──殺されたら恐ろしいものだ。どんなに無いとわかっていても、その刃が自分に向くかもしれないのだから。否、あるいは純粋に人死にに対して、だったのかもしれないが。
けれど彼ら彼女らが悲鳴を上げるのはまだ早かった。
首が飛ぶ。首が落ちる。
ごとんと重い音を立てて落ちたソレは、落ちたはずのそれは──そこにまだ首があるのにもかかわらず、
ぐじゅり、と音を立てて、首が生える。
「は……え?」
「うそ……」
確実だった。確実にヴァルネラの首は刎ねられた。
けれど、戻った。一瞬でだ。
今彼ら彼女らの横にいる、あるいは自分自身であるような、施術を受けて生き返った──とかではない。
今、この場で、緑礬の錬金術師は頭部を再生させた。
「アメストリス国民よ! 見よ! これがこの男の正体だ! これが、こんなものが──この男が自らのために研究し、開発した永遠の命の正体だ!!」
斬る。斬る。斬る。
激昂し、さらに早くなったブラッドレイの攻撃に対応しきれなくなったヴァルネラはどんどん斬られていく。腕も首も、胸も腹も。めった刺しにされて、ズタズタに切り裂かれて。
尚も。
「効かないなぁブラッドレイ……ハハハ、永遠の命だぞ? 効くわけがない──そのあたりにいる
今度はヴァルネラがキング・ブラッドレイを吹き飛ばす番だった。
老骨の腹に蹴りを入れ、子供とは思えぬ怪力で彼を蹴り飛ばす。
そうして立ち上がり、周囲を見渡しながら大きく手を広げた。
「劣化品……とは、どういう、ことですか?」
一人が。
勇気ある一人が、ヴァルネラに声をかける。彼は"生き返った者"だった。
「愚鈍だな、実験動物。簡単だ、わかるだろう? 俺が80年の月日を費やして作った研究成果。その副産物がお前達だ。国家錬金術師の名を借りて研究したよ、たくさん、沢山な──ハハハハ! そして、たかだか20万人で辿り着けた。理想の身体だ。傷ついても瞬時に治り、頭を吹き飛ばされようが心臓を貫かれようが死ぬことのない永遠の命」
感慨深い、というようにヴァルネラは息を大きく吸って、吐いて。
「不老不死だ。俺は今、不老不死を手に入れた。──礼を言うよ、不老不死ではない劣化品諸君。君たちから得た実験結果のおかげで、俺は一歩先のステージに進めた。──俺が与えたあと幾許かの命、精々楽しむと良い」
そう、告げる。
肉迫する。
復帰したキング・ブラッドレイがヴァルネラに──けれど彼の軍刀はメスの一本で止められて。
「しつこいよブラッドレイ。お前には俺は殺せない。いいや、誰にも俺は殺せない。──不老不死なんだから」
「それでも、貴様という化け物を国に置いておくわけにはいかん!」
戦闘はまた、激化する──。
左わき腹を狙ってきた軍刀。あばら骨に逸れても良いように水平にされたその刀身を、膝と肘で挟んで折る。
流石に面食らったらしい。俺がそういう武術を見せることがなかったからだろう。
さて、言わなきゃいけないことは全部言った。だからぶっちゃけここで終わってブラッドレイにぶっ飛ばされて終わり、でもいいんだけど──不完全燃焼ではあったからな。
「遊ぼうぜ、ブラッドレイ。俺もちっとは体動かさねえと面白くない」
「莫迦者。耳の良い者がいたらどうする気だ」
「あっはっは、大丈夫大丈夫。音に関しちゃ大気操作のスペシャリストがこの場を支配してんだ、上手くやってくれるよ」
「……まったく、理解に苦しむよマスタング君。好き好んでお前に付きまとおうとするとは」
ブラッドレイの刀の在庫は五本。その内の一本を完全に折った──けれど、ぶっちゃけ刀って折ったところで攻撃力そんなに落ちないんだよね。
リーチが減るだけで、刺突力やせん断力はあんまり変わっていない。勿論短くなった分力は余計に籠めないといけなくなるけど。
「しかし、まぁ、確かに。最近はこうも体を動かすことは無かったからな──少しばかり心の踊っている私がいるのは事実だ」
「あっはっは、戦闘狂め。お前と一緒にすんじゃねえよ、こちとら近接戦闘なんざ何百年ぶりだわ。ゾンビの群れをカウントしなきゃぁ、な!」
縦の斬撃に対しては腕で対応する。どうしても膂力負けするからな。そのまま斬ってもらって再生したほうが早い。
そうして斬られた腕で、地面に円を描く。円の中には四角、四隅に三角三つずつ。
「!」
「へぇ、良く避けるな! 流石は"最強の眼"だ」
「……二回ほど老眼だと馬鹿にされた覚えがあるのだがな。それにしても」
錬成陣から生み出されたのは棘だ。かなり歪な棘。だけど先端がちゃんと鋭利だから、もしこれの直撃を食らえば体に風穴があいていたことだろう。
ちなみに意味は四角形で円柱の形成、上面の回転、全体の引延、硬度の補強の四要素を補填しつつ、三角形でアームストロング家の錬成陣の汲み取り……大地と力と己を表している。三つ必要なのは俺が造形下手だから。ティム・マルコーとかは一つで良かったからね。練度の差って奴。
「攻撃的な錬金術。ようやく使うようになったのか」
「実用性に欠けるから微妙だけどな。つーか戦場に出くわしたところで戦うかどうかは別の話だし」
「私とのこれは?」
「こんなん遊びだろ?」
「ほう、ならばもう少し上げてみるとするか」
蹴り上げられる。
軍刀の一本を自らの背にある鞘にしまっていくブラッドレイ。けれどその柄は握ったまま。つまるところ、居合切りによる満月大根切り……もとい両断をする気なのだろう。
普通なら避けない。普段なら避けない。両断されても特に関係ないから。
だけどこれは遊びだ。演舞だ。
ならば、できうる限り対処してやるのも面白いだろう。
左の掌に五指を当て、ぐるりと回して円を描く。一本の指でやるより早く描けるこれは、さらに指を閉じることで五本の線を刻めるお得仕様。各所に刻むのは
それを発動させつつ、自身の額から腹にかけてまでに錬成陣を刻んだ手を滑らせる。
「ぬ!?」
本来であれば最後の文字はGaだ。ガモニムス、聖王の婚姻は錬金術的に言えば結合を意味し、つまり精神と名前、心を治療する、という意味を発揮する。その反転、ディアジギオ……離縁、離別、別れを刻み込んだ。
生憎と俺の精神も名前も心もこの程度の生体錬成じゃ引き裂かれない。だから余剰効果として「引き裂く」という結果だけが残り、それが肉体に作用する──とかいう、ぶっちゃけ遠回りも遠回りな錬金術。多分他の錬金術師ならそのまま「二分する」みたいな記号を持ってこれると思う。
で、まぁ要約すると頭から腹までぱっくり裂けるってコト。
降り注ぐは血のシャワー。流石に緑礬は使わないけれど、目を頼りにするブラッドレイに対して目つぶしは有効な手段だ。
「く……ふん!」
けれど、それでもブラッドレイはタイミングだけで俺を両断してきた。
やるねぇ。見えていないのに的確だ。
だけど、斬られる前に自ら切れたのには意味がある。
ぐじゅり、という音は、ブラッドレイの首筋から。
そこに付着した皮膚の一片から再生したのだ。あっちの身体は囮。
「獲った──」
俺はメスを取る。死にゆく身体から落ちてきたメスを。
強制肩車みたいな状態になって、俺は、ブラッドレイの首筋にメスを突き立て──。
「っ!?」
られなかった。
焔に灼かれたから。
二連、三連と続く小規模な爆発と炎は、俺をブラッドレイから引き剥がす。
「……助かったよ、マスタング大佐」
「いえ。御身がご無事でなによりです」
それでも。
それでも関係ないとばかりに再生する俺に、今度は地面から生えてきたグーが突き刺さる。
「おお、アームストロング少佐か」
「オレ達もいるんですがね」
「ム? ……ああ、小さすぎて見えなかった。エドワード・エルリック君、久しいね」
「──」
「兄さん、抑えて抑えて。相手は大総統だよ。一番偉い人だよ」
さて。
吹き飛ばされてあげるべきだ。これは茶番なのだから。でももうちょっと、もうちょっとと──アレックス・ルイ・アームストロングの作り出した鉄の拳からずり落ちて、再生する。
肩についた土を払い、再度立ち上がり──こちらに軍刀を向けるブラッドレイ。
その横で発火布をぴしっと付け直すロイ・マスタングと、なんかポーズとってるマッチョメン。
そして──強い眼でこちらを見る少年二人。
沈黙。にらみ合い。
耐えきれなくなったのは、民衆だった。
「ヴァ──ヴァルネラ医師! どういう、どういうことですか!?」
「私たちが実験動物ってなに!?」
「幾ばくも無い命とは……ご説明ください、神医ヴァルネラ!」
「そのままの意味だよ、化け物」
「!」
間髪入れずに答える。考えている素振りさえ見せない。
当然の事だよ、という風に言う。
「気付いているんだろう? 自分たちが人間として蘇ったわけじゃないことくらい」
「……!」
「え……!?」
「食事は喉を通らない。抱き着かれても温もりを感じられない。感覚もない。汗もかかなければ疲労もない。──夢のような永遠の命は、まるで夢の中のように実感がない。痛み、衝撃、苦しみ、感触。生きていれば必ず直面するこの世界に対するフィードバックが欠片もない──その身体」
「そ……れ、は。いずれ戻ると、あなたが言ったんじゃないですか、ヴァルネラ医師!」
「今ないモノがいつか戻るはずがないだろう。今まで何を見て生きてきたんだ? 木偶の坊め」
そん、な、と言って。
ゾンビの男性が膝をつく。
──その衝撃で、彼の膝がボロッと折れて、取れた。
「あ……え? 俺の足……」
「ハハハハ、メンテナンス不足だな。肉体なんだ、腐るに決まっている。防腐処置をしなければ体はボロボロに崩れ落ちていくだろうよ。なぁ、気付かないよなぁ、自分じゃあ。なんせ臭いを感じ取れない。味もわからない! なまじっか目が見えているだけに周囲も勘違いするよなぁ──生き返ってからまだ、生き返った実感がわいたことが一度もない、なんて、周囲からはわからないもんな!」
「……お」
「ん?」
「俺を、俺をこんなにして!!」
男性は急に立ち上がる。片足で、つまりもう片方の足が潰れることも気にせずに、俺に詰め寄り、俺の胸倉を掴み──涙を流す機能なんて活きていないから、ただ悔しそうに顔をゆがめて。ああ表情は作れるんだったか。
微妙なとここだわるな。
「何がしたかったんだ! アンタは、アンタは人類史に名を残す、医学の神じゃないのかよ……ッ!」
「だから、お望み通り人類は救っている。人類の心も最近治療したぞ。死者をもう一度蘇らせるという形で、未練ある者、無念を残す者と再会させた。どれほどの人間の心が癒えたことか。俺の研究の副産物として得られた恩恵がそれなら、これほど良いものはない」
「俺達の感情は無視かよ!」
「当然だろう。死人の感情になど興味は無い。ハハハ、それともなんだ。死んで尚も心配してほしいのか、ゾンビ。死んだ後にまで遺した者の心に傷をつけたいか? 引きずり、引き摺り、引き摺って引きずって、あるいは後を追うようなことまでしてほしい、カ──」
最後まで言えなかった。
頭蓋に拳が突き刺さったからだ。
機械鎧の、拳。
エドワード・エルリック。
「もういい」
「……ハハ、何を怒っているんだよエドワード・エルリック。医学に代表されるように、人類の進歩は無数の人体実験の賜物だろ? いつか俺の
「もういいです、ヴァルネラさん」
「……甘ちゃんめ。綺麗ごとばかりの──」
「口を閉じろと言っている。ヴァルネラ」
口腔が火に包まれる。ロイ・マスタングの焔の錬金術だ。
おー、おもしろ。
それでも起き上がろうとしたら、今度は眼球が。成程エンヴィーが嫌がるわけだ。
「わからんなぁ……わかってくれない理由が、まった、く──」
その後も。
俺が消し炭になるまで──ロイ・マスタングの攻撃は続いた。
続いたのだった。
大総統府の廊下を歩く複数人。
内一人──飛びぬけて身長の低い豆粒ドチビことエドワード・エルリックは、これでもかというほどに「不満です」という態度を隠さずノッシノッシと歩いていた。
「機嫌を直せ、鋼の。私だって良い気分ではないのだ。だが、必要なパフォーマンスだった」
「あんな悪趣味なヒーローごっこが必要なパフォーマンスだぁ? もっとやり様あっただろ!」
「そうは言うがな、エドワード・エルリック。この国に蔓延してしまった病ともいえるゾンビ……彼らの定めはもう決まっておる。それによって再び起こるであろう悲しみをどうにか軽減すべく画策されたのが今回の計画なのだ」
「わかってますよ……僕も兄さんも、理解はしてるんです。でも納得行かないっていうか……」
「はっはっは、若者だな。とはいえ私もすべてに納得が行っているわけではない。私とてヴァルネラの友人なのだ。彼一人を悪者に国民の心を一つにする、など……面白い話ではないのだよ」
中央司令部、大総統の執務室に入っていく国家錬金術師たち。プラスアルフォンス。
部屋に入り──まずやったのは、監視カメラや盗聴器の類が無いかのチェック。
無かった。
そしてカーテンを閉めて。
机の上に、人差し指の第一関節までを置く。
「……これが、ヴァルネラの」
「本当に……生き返る、んですよね?」
答えは沈黙だ。
エルリック兄弟の疑問に、けれど答えられない。何故なら誰も彼の不老不死の仕組みを知らず、付き合いの長いブラッドレイでさえここまで長い時間ヴァルネラが再生しなかったところを見たことが無いからだ。
緊張が走る。
指は。
──動かない。
「……おい、まさか──アイツ嘘吐いたんじゃねえだろうな」
「嘘、というと?」
「わかんねぇ大佐じゃねえだろ。──オレ達に本気でやらせるために、嘘吐いて──」
「いや俺そこまで善人じゃないよ」
パカァと。
天井の一部が開き、金髪金眼の少年が降りてくる。いつもの深緑色のローブ──ではなく、真っ白な、法衣とも取れるローブを着て。
「ハロー、ん? どうした、空気が葬儀だが」
「……ヴァルネラ。お前、打ち合わせの時にこの指から再生すると言っていたように記憶しているのだが、アレは嘘かね?」
「おん。バリバリ嘘」
「……嘘を吐いた理由は?」
「理由? ……ワンチャンこのまま逃げられるかな、とか思ったのはある。ダルいし。でもまだ支払ってもらってない代価がいくつかあるの思い出して、外で再生してフツーに戻って来た。よう、エドワード・エルリック。あのタイミングでのパンチは最高だったぜ。俺アレ以上何言っていいか考えてたもん」
ケラケラと笑うヴァルネラは──まぁ、空気が読めないので。
部屋の中のボルテージが上がっていることになど気づけないだろう。
特に豆粒ミジンコドチビなんかは、最早人の形ではない悪鬼羅刹のようなデフォルメ感を醸し出しながら怒り狂っているのだけど、それにさえヴァルネラは気付かず──神妙な顔を作る。
「さて──話し合いの時間と行こうじゃねえか、若人」
中央司令部内で、殴る蹴るなどの暴行、斬る刺す突く焼くなどの殺人未遂がどーたらこーたらとか。
被害者に怪我が無かったので誰も何の罪にも問われなかった。