緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
それはゾンビ騒動が始まってすぐのこと。
行方知れずとなったハボックとブレダを探しに出たロイのもとに、一通の手紙が届いた。
届いたと言っても郵便受けに、ではない。スリか錬金術か、はたまた別の手段か──いつの間にか彼の軍服に入っていたのだ。手紙が。
手紙。
それはハボックから出されたもの。
内容は、電話番号のみ。
当然のように怪しみつつ、ロイは公衆電話からその番号に電話をかける。
「ハボックか?」
ハボックをハボックと呼ばずに暗号名で呼ぶ手もあったが、仮にハボックが敵の手に落ちている場合、それが透けてしまう──もしくはそこから全ての名がわかってしまう場合がある。
だから、そのまま呼んだ。
呼んだら。
──"あー、大佐。すんません今動けないんですけど、一応
──"アラ? 捕まえられた、の間違いじゃなくて?"
──"いやまぁこっちにも体裁ってモンが──あ、ちょ、どこ触って、"
どんがらがっしゃん。
──"えー、そう、場所、場所。"セントラル西部にある『オーシャンビュー』ってマンションで"
「マンション? 少尉、何故マンションなどにいる?」
──"そういうことはもっと正確に言わないとダメでしょ、ハボック……ここは私の家。私がアナタを連れ込んだ家で、アナタが鼻の下を伸ばしてついてきた部屋"
──"いやだからソラリス! こっちにも体裁が──"
──"私は
「……
──"ええ、そうよ"
「ブレダはどうした。共に行動していたんじゃ──」
──"ふぅ、人が増えたせいで並んでて並んでて……ほい、少尉、ソラリスさん。飯買ってきましたよー……と、電話中でしたか。こりゃ失礼"
──"……そういうことよ"
どういうことだ、と問う前に電話は切れて、それ以降繋がらなかった。
ロイは。
ダァン、と扉を開けて、発火布を突きつけながら──がっくりと肩を落とす。
一応、ちゃんと、罠だと思ってきたのだ。あのやりとりは無理矢理やらされている演技で、本当の本当に捕まっているものだと。
まさかオードブルを囲んでいるなどと欠片も思わなかった。ハボックと、ブレダと、見知らぬ女性が。
「あら、いらっしゃいマスタング大佐。初めまして……
「大佐、寒い寒い。ドア閉めて」
「すんません大佐。こっちも結構込み入ってて。心配してくれた……んですよね?」
「心配していた。が、今その心配は焼き切れた」
何とは言わないが大きかった。
色欲の名を冠するだけあって。大きくて扇情的で、大きかった。何とは言わないが。
そんな美女と三人、何故かオードブルを囲ってくつろいでいる。
二人の手足に枷の類はないし、どれだけ匂っても腐臭はしない。
「罠だと思え、というのは?」
「そういわないと貴方のようなオトコは来ないと思ってね。本気度をできるだけ上げないと──でしょう?」
「……私の事をよくわかっているようだ」
「彼らから聞いたのよ。貴方の人物像」
キッと二人を睨むロイ。
目を逸らす二人。
「それで、用件はなんだ
「……何故こんなに敵意があるのかわかる?」
「いやぁ、大佐いつも悪ぶってますけどめちゃくちゃ正義の人なんで、アメストリスがゾンビに溢れてるってだけで怒り心頭なん……ちょ、耳を食むな!」
「はぁ。またイチャイチャして……大佐、オレの身にもなってくださいよ。ハボがこの人の家について行って、オレは尾行して張ってたんですけどね、"そんなところにずっといたら寒いでしょう。何もしないから上がっていいわよ"って言われて最大限警戒して入ったら、パンツ一丁でベッドに寝てるハボがいて」
「……」
「一線は越えてないス! 信じてください大佐!」
「そんなことで睨んでいるわけじゃない!」
つまり。
まぁ。
二人は無事なのだ、と。
ロイは大きく溜息を吐く。張っていた肩肘を少しだけ緩め、けれどやはり警戒は解かずにラストを見る。
「それで、用件は何だ
「せめて名前で呼んでくれないかしら」
「……それで、用件はなんだラスト」
「素直ねぇ」
だってそうしないと話さないからだろう、という言葉を飲み込んで、ロイは耐える。忍ぶ。
「用件はいくつかあるのだけど、重要度は昇順と降順どちらがいいかしら」
「降順だ」
「じゃあ、まず一番の用件。──協力してほしいの。ゾンビの──失敗作の処理に」
思わず反射で指を擦りそうになったロイは、けれどラストの前に躍り出たハボックに止まる。
必死な顔で、そしていつだかの──ランファンの苦無を握り締めて止めた時の傷が見えて、だから本気で庇っていることが伝わって。
「……聞くだけ聞いてやる」
「まず一つ、勘違いを正させてもらうけれど、このゾンビ騒動に私はかかわっていない」
「私は、か。
「わからないわ。少し前からお父様……私達
「……前々から指示していたのではないのかね? これだけの規模だ、どれほどの錬金術が使えたとしても、数十年前から仕込みは必要だと思うが」
「私は関わっていなかったわ。正確に言うと、関わろうとするたびに妨害を受けていた」
「妨害?」
ラストはええ、と続ける。
「私達の誰か、あるいはお父様が指示をして作っていたのは確実。だけど、私がその研究所へ立ち入ろうとするたびに用事が入るか、兄弟が割って入ってきて近寄らせてもらえなかった」
「その研究所とはどこだ。第一から第五があるぞ」
「……」
「答えろ、
口を閉じたラストに、再び発火布を握り締めるロイ。
ハボックもブレダも──息を呑む。
そして。
「第一から第五。そのどれでもないわ」
「……なんだと? では……まさかセントラル軍病院か?」
「いいえ。ただ、あそこのトップには息がかかっていたようだけど」
他に人間の研究ができるような広い場所など。
軍施設で、
「……!」
「気付いた、かしら。多くの人間の名を簡単に手に入れることのできる場所。民間人は無理だから、直接出向く必要があったみたいだけど──特にイシュヴァール戦役なんかではその必要が無かった、とある場所」
そこはその性質故に疑われず。
そこは所属する者故に目も向けられず。
そこは──だから。
「軍法会議所だと……!?」
「正解。あぁ、けれど安心してほしいのは、貴方の大事なマース・ヒューズ中佐は関わっていないわ。関わっていたのなら、私やエンヴィーが彼を狙いに行く必要がないもの」
「……」
「そんなに怖い顔しないでくれるかしら。さっきも言った通り、私はこの件にあまり深く関われてはいないのよ」
「その、深く関われていない奴が、何故私にゾンビの処理などを頼む。まるで自分の不始末を隠さんとするかのような頼みだぞ、それは」
「ええ、それも正解。少しでも人間に気を許した私が馬鹿だったわ。隙を見て入り込んで、アソビのつもりでからかって油断して、殺されて逃げられた。──何の言い訳もできない不始末よ」
殺されて。
グラトニーなる怪物もそうだった。シンの二人と協力しなければ、あの再生し続ける怪物は倒せなかっただろう。
殺されても再生する
「何故、私に協力を要請する」
「貴方が一番強いから」
「何故そのゾンビを始末しようとする? 逃げられたところで、
「……これは昔、緑礬の錬金術師にも言ったのだけどね。別に私たちは大量殺戮をしたいわけではないの。人間を殺して回りたいだけなら、この不死性を用いて無防備且つ無抵抗であろう田舎町でも狙って暴れまわるわ。でも、そんなことをしても何もならない」
「あのグラトニーという怪物は見境ないようだったが」
「彼は幼いもの。仕方がないわ」
「幼い……確かに言動はそうだったか」
「まぁあなた達よりは遥かに年上だけれど。あの子は、そうね。110歳くらいかしら」
「……それで幼いのか。まったく、
来年で60歳になる老人もいるけれど、とは。
口に出さないラスト。
「……だが、人間に敵対しているのは事実だろう」
「そうね。相容れない種族だとは思っているわ」
「ソラリス……」
「ハボ、今は黙っとけ」
「ならばやはり同じだ。大量殺戮をしたくないとしても、見知らぬ人間が死ぬことに対しては無関心でいいはず。何故気にする。貴女にとっては無辜の民だろうと目標の誰であろうと、一括りに人間だろう」
「……」
言っていて、言葉にしておいて吐き気がするけれど。
ロイはあくまで客観的に見て言う。疑問を突き付ける。
「……"お前、そのまま人間舐め腐ってると死ぬぞ"」
「なに?」
「"お前が馬鹿にした奴に殺される"……誰の言葉だと思うかしら」
「そう聞くということは、ヴァルネラか」
「ええ、そう。人間を舐め腐って、馬鹿にしてからかっていたら、殺されて逃げられたわ。……そしてこれが最後だとは思えない。彼の言う"死"が、私達
「"死にたくないから協力してくれ、助けてくれ"──そういうことかね、
「ええ、そ──」
一瞬だった。
一瞬で、ハボックもブレダも声を上げる間もなくラストの舌が燃え上がる。
悲鳴と共に大きく仰け反り、バチバチと音を立てながら再生するラストに──ロイは告げる。
「くだらんことをペラペラというものだ。これで舌の根は乾いただろう。……今の今までヒューズの命を狙い、その仲間が一度はヒューズを殺しかけた。グラトニーは私と私の部下と、盟約を結んだ二人を掃き溜めに押し込んだ。……それを無視して"助けてください"だと?」
「……!」
「馬鹿にするのもいい加減にしろよ、
ロイは、発火布を外さない。
どころか燃え上がる炎を隠そうともせずに──憎しみの眼をラストに向けて、言う。
無理だ。
彼に協力を取り付けるのは。ラストはそう判断した。判断できた。
それくらいの殺意の籠った目だったから。
だから、「じゃあいいわ」という諦めを口にしようとした。
口にしようとして、口を開いたから、そこに火種が伝ってきて──。
「っ……!」
「チ、何をするハボック! 私の錬金術の威力は知っているだろう、当たったらタダじゃ済まんぞ!」
それを、全身でハボックが庇う。
ぎりぎりのところで逸れた火種は彼らの背後の窓を割り砕き、寒空の空気が部屋に流れ込んでくる。
それでも。
それでも、ロイの頭が冷えることはない。
「どけ、ハボック少尉! ──ソイツは敵だ! 目を覚ませ!」
「悪ィけど、嫌ス! ソラリスは俺が守るんで──やんなら俺ごとやってください!」
「ソラリスというのも偽名だ。ラストと名乗っただろう。お前がセントラルへ来てからできた彼女、というのがこの
「……!」
「利用されていたんだ、ハボック! 目を覚ませ、そして離れろ! 背中から刺されでもしたらどうする、相手は
「……すんません、大佐。──嫌っす。殺されんのが、ソラリスみてぇな美女なら──それでいい。でも、目の前で殺される美女を見殺しにすんのは、無理だ。俺が壊れちまいます」
けど、頭が冷えていないのはハボックも同じだった。
ロイの言うことは正解なのだ。ラスト。その能力は"最強の矛"──人間の身体程度、容易く貫けるソレ。もし今ラストが十指を全て矛にしてハボックを突き刺したら。ハボックを斬り割いたら。
簡単に、ハボックが後悔する間もなく彼を殺し得るだろう。あるいはほど近い場所にいるブレダでさえも。
相手が
わかりきっていて、無理だった。
怪物でもなんでも。
美女だから、だけだ。ハボックの行動理由など。たとえ本当に刺し貫かれ、罵倒され、下半身不随になっても──どれほど涙を流し、悔やみ、つらい思いをしても。
もしそれが油断でなく、美女を救うための行動の結果であれば、ハボックは後悔しないだろう。
「ッ……」
「く……どけ、ジャン・ハボック少尉!!」
「んじゃオレは、ハボが退けるようにしますよ」
ばしゃ、と。
横合いから──ブレダがコップの水をかけた。
ロイの発火布に。
「……!」
「すんません。これでオレら死んでも罪悪感覚えないでください。オレらがバカやって女に騙されて死んだ。悔やんでも良いですし罵ってくれてもいいですけど、アンタのせいじゃない。オレたちのせいだ」
「すんません大佐。──命令に背きます。俺は、ソラリスを」
「もういい!!」
もう良かった。
部下二人に離反されたことが余程響いたのか。
あるいは──自分の中の何かを曲げたのか。
「……そのゾンビとやらはどこにいる。ついてこなくていい。場所だけ教えろ。灼いてくる。──無念を背負うのも軍人の仕事だ」
「正確な場所はわからないわ。ただ、目撃情報によれば──北部。ノースシティの手前あたりだった」
「ノースシティか。……ハボック」
「……はい」
「さっきの命令に背く発言は聞かなかったことにする。ブレダ、先ほどお前が私に水をかけたのは、手が滑ったからだな?」
「……ま、そうですね。アンタがそうしたいなら、そうですわ」
見る。
「……窓の修理代はハボックの口座に入れておく。邪魔をしたな」
これが。
帰り道、突然現れたキング・ブラッドレイに「ロイ・マスタング君、話があるのでついてきてはくれないか」と言われ、
なおすぐに誤解は解け、ホークアイ中尉に口止めの件と共に報告。「エドワード君にもダメですか」という問いに「ダメだ」と答え、そこからは特に何もしていなかった──とか。
まぁ。
ドコゾーノ・エルリックが聞いたら「なにしてんだよ……」と呆れられそうな彼の一週間であった。
キング・ブラッドレイが
ノースシティへ向かう道。
そこに四人がいた。
「何故……ついてきたのかね? 私は一人で行くと言ったはずだが」
「どこにいるとは言ったけれど、ゾンビの特徴は話していなかったでしょう。誰かわからない者を殺せるのかしら、大佐さん」
「ならば今言え」
「言葉には出しづらいのよ」
四人。
ロイ、ハボック、ブレダ。
そして、ラスト。異色である。
「……ハボック、ブレダ。お前たちはなんだ」
「そりゃ大佐の護衛ですよ。ホークアイ中尉から"本当はついていきたいけれど、セントラルを守らなければいけないから今回だけは任せるわ。今回だけよ"って念を押されたんでね。ついでにソラリスとの北部デートっす」
「ハボだけじゃ不安なんで、オレも。ハボがラストさんに現を抜かしてる間はオレが大佐を守りますよ」
「……私の錬金術は味方がいなければいない程最大火力を出せるのだが」
「えぇ、大佐って雨に濡れるだけでも無能になるのに、戦場に味方がいるだけで弱体化するんスか?」
「……挑発は効かんし好かん。はぁ……もういい。ラスト、あなたの得意レンジは?」
「中近距離ね。遠距離は狙いが甘くなるわ」
「ほら私と相性が悪い。中尉のような完全遠距離タイプ以外私とは合わさらんのだ」
「中尉に付いてきてほしかった、ってことスか?」
「その髪全部焼いてやろうか?」
「これが終わったら私は軍法会議所に乗り込む。もう一度聞くぞ、ラスト」
「何かしら」
「お前達
「ええ。狙う理由がなくなったもの。それに、彼を狙って、もし殺しでもしたら──貴方私たちを根絶やしにするまで止まらなくなるでしょう」
「当然だ。……ヒューズ以外でもそうだが」
「焔の錬金術師と全面戦争するには分が悪いのよ。知っての通り、グリードとラースがいないのだもの」
「……成程。確かにだ……ラースが貴女達の側にいたら、話は違ったかもしれないな」
その武功を直に見たわけではないが、軍内部に伝わるブラッドレイ伝説は尽きぬほどにある。
どれもが眉唾モノ──空中に放り投げたリンゴを軍刀一本でリンゴジュースにできる、など──だが、もし、もしも本当だったら。
「とにかく、無駄話は終わりだ。行くぞ」
「ええ、行きましょう」
「はい!」
「へーい」
というような理由で、この四人がセントラルを離れる次第となった。