緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
この世界は/等価交換。
アメストリス北部。
ノースシティに差し掛かる前の何もない荒れ地──。
そこに、ソレはあった。
「……ラスト」
「何かしら」
「逃げ出したのは
「ええ、そうよ」
ロイの視線の先。
ソレ。地面のへこみ。いわば足跡だ。
足跡が、あった。
「何の
「それが、私にもさっぱり。辛うじてわかるのは人間と爬虫類の
「何故分かった?」
「髪の毛が生えていたのよ。頭に」
「……」
足跡は、大きなイチョウ型。
五指に開いた扇形。ロイの記憶にあるどの爬虫類とも噛み合わない──辛うじてワニに似ているか似ていないかの中間くらいのその形は、けれどロイが寝転がって尚有り余る大きさをしている。
それが、北部へ向かっていくつも。
「成程……軍は凄まじい化け物を作り出したらしい。
「……情けないことに、とは言っておきましょうか」
それがロイの認識だった。けれど、恐らく明かされていないだけで、相当な──動物実験で行ってよい段階以上にまで達しているのだろう。
あるいは人と動物の
エドワード・エルリックによれば、レト教の司祭であったコーネロも羽の生えた獅子なる
つまるところ、たとえば空想上の生き物のようなものまで作り出せている可能性が高い。
それと人間を掛け合わせ──もし、人間の知恵を持ったら。
さらにそれが、痛みを感じないゾンビにでもなったら。
最悪を考えて──人間に恨みを抱いていたら。
「……討伐は正解か」
「ええ。貴方にしか頼めないことだったわ」
「図に乗るなよ
言うだけ言って、振り返りもせずにロイは進んでいく。
足跡の向かう方向へ。
そうして──すぐに、見えてきた。
「……あれ、が」
全体は緑色。若草色とでも表現すべきその体色に、確かに人間のような髪の生えた──八つ脚で尾のある、爬虫類のようなナニカ。
人間が混じっているのは確実だ。だが。
だが、アレはなんだというのか。
何が──何を混ぜたら、アレになる。何をしたら、あんな巨大で、醜悪になる。
だから、気付かれないよう身を屈めて、隙を窺う。窺えたら良かった。
何故──立ち止まっていたのか。
当然だ。考えてみれば当然だった。生物が、動物が、道端で立ち止まる理由などいくつかしかない。
外敵を探しているか、獲物を探しているか。
──獲物を捕食しているか、の。
「チィ!」
ロイは瞬時にソレを灼く。
全身を灼熱に溺れさせ、食われていたものから遠ざける。
「ぎゃああああああ!?」
「……ッ、悲鳴まで人間らしいとは、つくづく殺しづらい……悪趣味極まるな!」
炎。炎。炎だ。
──もう助からないだろうニンゲンから、化け物を離していく。
炎を食らうたびに、悲鳴と、「イヤダ」とか「ヤメテ」とか──意味が分かっているのか、わかっていないのか、あるいはその部分だけ「人間」が生きているのか──とかく、ロイの心を削ぎ落とす懇願を垂らす
ぼこぼこと音を立てて──首筋から、人間の顔が、「やめて」と。「もうやめてくれ」と。「ころしてくれ」と。
「……っいったい何を混ぜたらこんな化け物が出来上がるというのだ! いや、何人……ヒトも動物も、どれほどを犠牲にしてコレを作り上げた! こんな、こんな──」
どれほど焼いても、どれほど焦がしても。
化け物は倒れない。
「……」
ロイが。
ロイが、振り返った時には──もう遅かった。
すべてが。
「ぷっ……アハハハハ! あぁ、もうダメだ。もう我慢できないよ……アハハハ!」
高らかに響く笑い声。
哄笑。それはロイの目の前の
明らかな人語。だというのに、ロイの耳はそれを処理しきれない。
「いやぁ、囮役ってのも中々オツなもんだね。むざむざ殺されるようなモンだから最初はイヤだったけど、僕が哀れな人体実験の被害者だって思ってくれてるせいか、手加減手加減手加減! なんだよアレ、顔の前でポン! ってなる奴! ハハハっ、あんなの本物の獣だって驚きやしないよ!」
膝をつくロイ。
当然だろう。
彼の眼には──あり得ない物が映っていたのだから。
「……ハボック。……ブレダ?」
「……は、ぼ……ぶ……」
「おい、ハボック……どこだ。ブレダ少尉……」
「しょ、い……こだ……は、く?」
ロイの言葉を繰り返す。
ロイの言葉を繰り返す。
ロイの言葉を繰り返すだけの──カタマリ。
「囮役お疲れ様、エンヴィー。ごめんなさい、無駄に石を使わせてしまって」
「大佐殿のこぉんな顔が見れたんだからラッキーだよ。だからチャラでいい。にしても、まさか本気で信じてたのかな、ラストのこと。──頼んだ覚えも頼った覚えもないのに、まるで仲間を守るかのように一番前に立ってさぁ!」
手が、四本あった。
足が、四本あった。金髪と茶髪。様々なところから生えていて、口が二つ、目が、四つ、ぐるりと動いていて。
「で、これでいいんだっけ。この大佐は殺さない──だよね?」
「ええ、そう。彼は人柱候補だから」
「ちなみにあの肉団子は?」
「貴重な研究結果だけど、もう用済み。あんなのでも構わないなら吸収してもいいわよ」
「ハハハッ、カンベンしてよ。あんなの食うのはグラトニーだけだろ」
「……まぁ、否定はしないわ」
生きていた。
生きているけれど。
生きているだけだった。
「……ハボック。ブレダ。どこだ。どうして」
「
「!」
朗々と──化け物が口にする。
あまりにも猟奇的な言葉を。
「盲点だっただろ。ま、だってやる意味がない。人間に動物の能力を獲得させる、動物に人間の知性を獲得させる。動物と動物を掛け合わせていいとこどりをした生物を誕生させる──こいつらは全部メリットのあることだから、研究されてきた。禁止されてたって関係ないさ。人間は目の前のキョーミから逃げられない」
「けれど、人間と人間の
「でもさぁ、誰もやってないなら、やってみたくなるってもんだよねぇ!」
言葉が耳を通り抜ける。
ロイの耳には、ただ、ロイの言葉を繰り返す目の前のカタマリの声しか入っていない。
それを知ってか知らずか、化け物は話し続ける。
「イイコト教えてあげるよ、ロイ・マスタング。──そいつらを元に戻すには、人体錬成を行えばいい」
「……」
「魂は混ざりあわない。だから魂を一旦真理の扉の中へと隔離して、肉体を切り離して──そうやってから魂を元に戻せば完了だ。カンタンだろ、錬金術師なら」
「……」
「ああでも、真理の扉を通るには通行料が必要なんだっけ? ──まぁいいよね、部下想いのロイ・マスタング大佐なら──それくらい払えるよねぇ」
高笑いは、響かない。
人体錬成の陣。ロイの頭の中にはそれがある。その答えを知っている。
人を人に錬成し直す陣を、ちょうど知っている。
「あ、そうそう。ハボック少尉へつながる電話番号。アレなんでアンタのポッケに入ってたと思う?」
「……なら、魂の情報を……二分し……」
「アンタさぁ、セントラルをすっげぇ怖い顔で歩いてる時──こーんな顔とすれ違わなかった?」
化け物の身体が縮む。
縮んで、人くらいのサイズになって。
そうして上げた顔は──どこにでもいそうな男性。普通の髪色、普通の衣服。普通の背丈の、普通の男性。
すれ違ったとしても、すれ違わなかったとしても、意識にも記憶にも残らないようなダレカ。
「ハハハッ、注意力散漫だ! なんだよいつの間にかポケットに電話番号が入っていた、って! なワケねーじゃん! ハハハハ、想像力の欠如って奴だよコレ!」
「エンヴィー、それくらいでいいわ。──もう彼は、準備を始めているから」
「えー、まだまだ煽れる要素いっぱいあんのに……。ま、さっきのラストみたいに手痛いしっぺ返し……舌だのなんだのを燃やされても困るし、撤収するかぁ」
肉塊に。
カタマリに。
それを中心とするように──ロイは、円を描いていく。五角形に四角形を重ねた陣は、彼の使っていたもの。
人を人に錬成し直すためのその陣は、決して人間を蘇らせるためのソレではない。
「あ、でも最後に一つだけ。──ハイマンス・ブレダに化けてたのはこのエンヴィー様だよ。部下に自分の武器を使い物にならなくされて、怒りもしないのはどうかと思うよ?」
「うるさいな」
「い゛!?」
火種が飛ぶ。
右手で錬成陣を描いている最中だというのに、その炎は正確にエンヴィーとラストを捉え──
「おや、ようやく出番ですか。まったく……一度死んだ身を何度も何度も起こさないで頂きたいものです。一度どころか、ですが。全くもって美しくない……」
「……」
「それで、今回の相手は……もしや、焔の錬金術師ですか?」
「そ……そうだ。あの二人が去るまでの間……ほ、焔の錬金術師の攻撃を防ぐんだ、ゾルフ・J・キンブリー!」
「……使役。まったく、賢者の石の力は素晴らしい。──意に沿わぬことでさえ、それを目的だと勘違いさせる力を有すとは。動物実験を散々やっていたようですが、私で完成ですか?」
炎と爆炎が衝突する。
ロイの焔の錬金術は、空気中の塵などを媒介に火種を走らせ、酸素濃度を操って巨大な火炎にする、というプロセスを取る。
対し、キンブリーの紅蓮は対象物を爆発物に変換する、というシンプルなものだ。
だが──そこに賢者の石が加わるのならば、話は別で。
「ティム・マルコー医師。此度もお願いしますよ」
「……わかっている。わかっている……!」
爆発する。
ロイが走らせた火種が、酸素に辿り着く前に爆発物に変換され、中途半端な場所で爆発が起きる。
かつてイシュヴァール殲滅戦において猛威を振るった二つの錬金術。
焔と紅蓮。
その衝突は──次の瞬間を以て、凄絶になる。
弾幕だろう。
突然昼間になったかのように、周囲で爆炎が弾け続ける。
ロイの勝利条件は火種を通すこと。キンブリーの敗北条件もまた火種を通すこと。
故に、その意思が伴っていなかろうと──キンブリーはかつてないほどの全力を出す。
その上で、舌を巻いた。
「……片手間でコレとは。流石は焔の錬金術師──正直私とは格が違いますね」
「も、もうすぐだ。もうすぐだから耐えてくれキンブリー!」
「……ティム・マルコー医師。うるさいですよ。今私は、彼の苦悩と絶望を味わいながらその妨害をしているのです。自由意志が利かないのですから、これくらいの嗜好は楽しませていただかなければ流石に不自由が過ぎます」
「う……す、すまない」
「そこで普通に謝るのがアナタの美徳であり残念なところですね」
そうして。
爆炎が止む。
「……撤退だ」
「まったく、人の死体を玩具の、よう、に──」
ガクン、と糸の切れたように倒れるキンブリー。
その身体を、特徴と言うものが失われた真白の老人たちが運んでいく。ティム・マルコーも、だ。そして、どこに隠れていたか──金歯の光る老人も。
だから。
だから……その場には、ロイと、カタマリだけが残された。
「……信じきれなかった。それだけだ」
呟く。
失意を零す。
「ハボックならば、そんなことはしないと。ブレダならば──何かヒントは残すと。女に絆され、軍を裏切るようなことはしないと。……信じてやれなかった。ただそれだけの話だ」
悔恨。懺悔。
誰に聞かせるものでもない。
寒空の下、ロイは──その陣へ、ゆっくりと手を当てる。
人体錬成を行えば、代償が持っていかれる。
エドワード・エルリックならば足を、アルフォンス・エルリックならば全身を。さらにアルフォンス・エルリックの魂を錬成した時は、エドワード・エルリックの手が持っていかれた。
ならば、信じきれなかった部下を戻すために。
あの場でおかしいと気付けなかった自らの過ちをかき消すために。
ロイは──何を持っていかれるのか。
「……なんでもいいさ。それで、二人が……戻るなら」
その手に。
すべての思いを。
「よう、ロイ・マスタング。何泣いてんだ、仰向けで」
「……」
なんか道端で死んでる奴いるじゃーんとか思って近づいたらロイ・マスタングだった。
仰向けで、ダバダバ涙流して。
──その手に二枚の鉄板を握り締めて。
「……ジャン・ハボックに、ハイマンス・ブレダ。……マジ?」
「……」
返事はない。
……うせやん。いやまぁ別に要らないけど、うせやん。
え、死んだ……っつかゾンビ化したの? いつ?
無事だ、とか言ってなかったっけロイ・マスタング。
「……すんません、大佐。記憶が……飛んでて」
「オレもだ。……どうなったんですか、オレ達は。地面しか見えねえ」
そりゃそうだ。
ロイ・マスタングが仰向けに倒れていて、その鉄板を地面に当てているのだから。
「……クロード」
「おん」
「代価は、なんだ」
「何の?」
「……二人の身体が欲しい。私では……分離させて、取り返すので精一杯だった」
ほん。
……ほーん?
「無理だな」
「っ……何故、ですか」
「ん-、肉体と魂は精神で繋がっている。今、ジャン・ハボックとハイマンス・ブレダの魂を繋げているのはその血印……それが精神の代替となっている。肉体は鉄板な。──けど、お前も知っての通り、本来肉体を表す記号っつーのは石なんだよ。鉱石であることを利用して拡張し、無理矢理適応させている。鉄と鉄分の連鎖反応でな」
だから、アルフォンス・エルリック含め、いつか拒絶反応が出る。
無理になる。誤認させているだけなんだ。いつか魂が、この身体は肉体ではないとはっきり認識するようになる。
「肉体を作るのは簡単だ。だが本人を作るとなると難しい。接続先が無いんだよ、肉人形って。パズルのピースさ。精神は両辺が尖ってる。魂と肉体はへこんでる。それぞれ一つの精神にしかハマらない。魂の方は形を変えやすい分ある程度の許容があるけれど、肉体は固定されているから無理」
他にも語れる理由はいーっぱいあるけど。
簡単に言えば。
「簡単に言えば、ハイマンス・ブレダとジャン・ハボックの肉体は死んだ。完全に死んだ。──それを作れって、オイオイ、死者蘇生はできねーって何度も言ってるだろ?」
「……そう、ですか」
「ま、優秀な方だろ。お前ひとりで二人も魂引っ張って来れた。エドワード・エルリックは一人しか無理だったのに、だ。んでもって四肢を失っていない……と、思ったが」
触って、わかった。
ああ。
「等価交換かぁ。下半身不随に加え、視力も失ったか。あっはっは、治してやろうか?」
「……もし、ここで──お願いしますと言った場合。私はあなたに何を奪われるのですか」
「今は何も。でも、すべてが終わったら取り立てに行くよ。お前の一番大事なものを。代価として、な」
しかし。
……なるほど。血印そのものの形である程度の操作ができるらしいな。アレか、アルフォンス・エルリックの血印にプライドが干渉したようなものか。その応用……というよりは、こっちが本来の使い方か?
これは……あー、アレだ。金歯医者。アレの錬成陣だ。描いてあることがそっくり。つまり偽ヴァルネラはアイツか? まだわかんないけど。
「ヴァルネラ医師」
「おん? ……おお、なんだジャン・ハボック」
「──俺の魂を代価にしたら、大佐の足は治るんスか」
「……」
「……馬鹿を言え。それでは、何のために……私がお前を取り戻したというのだ」
「だから聞いてんですよ。何のために俺なんか錬成したんだ。アンタ、大総統になるんじゃなかったのか」
「……ハボの言う通りですよ。オレ達なんかのために自分犠牲にして……それじゃあ何の意味も」
うわぁ、って思った。
いや俺は空気読めてない奴だからアレだけど、アレだよね?
この二人も今空気読めてないよね? 俺合ってるよね?
「意味はある!」
「……っ」
「あるに……決まっているだろう……! 私は、お前たちを……私は」
下半身不随で目が見えない。
フツーに考えりゃ退役だなー。次期大総統の話もおじゃんだ。
しかし、何があったんだか。
ここでアレか、ゾンビ軍団とかと戦って、両方が死にかけて……いや、元々ゾンビで、裏切ったとか? わっかんねーけど、まぁ何にせよ──うん。
要否で言えば、別にハイマンス・ブレダもジャン・ハボックも要らねーんだわな。
「ロイ・マスタング。良い話と悪い話、どっちが聞きたい? どっちかしか聞けねえなら、だ」
「……誰にとって、ですか」
「あっはっは、用心深いな。──世界的に見て、じゃねぇ? 常識から考えて、でもいいぜ」
「……ならば、悪い話を」
「おうけぃ」
ロイ・マスタングの手から、鉄板を奪う。
「お、うわ、視界が……」
「あれ、白い……?」
んで、ロイ・マスタングのポッケから国家錬金術師の証、銀時計を取り出してー、鎖の部分を切断!
それを二つの鉄板に融合!
さらにそれを、ロイ・マスタングの首にかける、と。
「……何を」
「ハイマンス・ブレダ。お前今何が見える?」
「え……空と、何故か真っ白いローブを着たヴァルネラ医師ですけど」
「ジャン・ハボックは?」
「地面スけど」
「ほい。じゃあこれがお前の目な、ロイ・マスタング」
やったな。
前後が見えるようになったぞ!
「……ふざけてますか」
「いや、全然。こっからが悪い話だ」
指をさす。
ハイマンス・ブレダの鉄板を。
「──魂はここにある。いいか、ハイマンス・ブレダ。ジャン・ハボックもだ。お前達──罪悪感を覚えているのなら、お前達がロイ・マスタングの目となれ。前後左右、お前達二人を合わせて360度の視界が存在する」
「あぁ、確かに……良く見える」
「そんで、下半身不随に関しては、治せるが治さん。代価は後で良いと言っているのに治してほしくなさそうなんでな。だから適当な機械鎧技師に車椅子でも作ってもらえ」
「……そう、ですね」
「いいか、魂はここにある。──二つある。が、どう頑張っても魂と鉄板では拒絶反応が出る。絶対だ。絶対にいつか、ハイマンス・ブレダとジャン・ハボックの魂はここを離れ、天へと旅立つ。絶対にだ」
「っ……」
本来ならこんな延命許されちゃならないんだ。
無論等価交換は行われているから、真理は許したんだろうけど。
「だから──その直前。お前たちがこの鉄板から弾きだされる直前に、お前たちの魂を代価としてロイ・マスタングの下半身不随、あるいは視力を戻す」
「そりゃ……」
「悪い話だ。ルールの穴だ。死にゆく魂でも魂は魂だから──代価になる。真理にはウザがられるだろうけど、正式な等価交換だ」
法の抜け穴、規則破り。
死ぬ直前でも命は命、なんて──まぁ、当然だよな。
「……待ってください、クロード」
「おん?」
「貴方に代価として持っていかれる二人の魂は、どうなるのですか」
「……余計なことに気付くなぁ、エリートは」
なんだよ。
聞かれなければ言わないつもりだったのに。
「永遠だよ」
「永遠……」
「痛くもなく、苦しくもなく、感覚もなく感触もなく、呼吸もできず腹も空かず渇水もせず温度もわからないまま、永遠を過ごす。意識だけとなって永遠を過ごす。真白で、真白で、真白で──ただ真っ白な空間で、永遠に、永遠に、永遠を過ごす。──俺が生きている限り、だ」
「ならばその取引はナシだ。……安らかに眠ることのできない未来を部下に約束させるわけにはいきません」
「残念ながらお前に決定権はないんだよ、ロイ・マスタング。代価を差し出すのはハイマンス・ブレダとジャン・ハボックだからな。──さて、どうだ二人とも。死の直前、命尽きるそれまでをロイ・マスタングの目として機能し、役目を終えたらロイ・マスタングの失ったものの代価となる。どうだ、この等価交換。受けるか?」
問いに。
「そんなんでいいなら、勿論です」
「何が起きたかさっぱりだが……どうやら死ぬほど迷惑かけたみたいなんで、それくらいは」
二人は、頷いた。
ただ一人。
ロイ・マスタングだけが、「やめろ、やめろ」と。
それは悪魔との契約だぞ、と。
「失敬な。不老不死だよ。今の俺は一般10歳だぞ」
──そんな、一幕。
「っつー顛末。どうよ、ラストを理性的な会話のできる
「……申し訳なさが際立つな」
「今や焔の錬金術師は車椅子生活。ホントは目が見えてないけど、首飾りから直接耳に響く二人の声で敵の位置を把握するだけの──案外前より強い錬金術師になっている」
「……」
アメストリス北部。
ロイ・マスタングが人体錬成を使ったその場所で、ブラッドレイと話す。
「目的は何だと思う?」
「まるで答えがわかっている、というような声色だな」
「あっはっは、まぁね」
目的。
そして、何らかの目的でロイ・マスタングをここに呼び出し、何かしら意味のある場所で人体錬成を行わせ、ついでに彼を人柱にした。
これで一応揃ったわけだ。人柱が。
エルリック兄弟、イズミ・カーティス、ロイ・マスタング、ホーエンハイム。
フラスコの中の小人は今いない様子だけど、こんな早期に揃ってしまって。
残された子供たちは、まだ何かをやろうとしている。
「疑いの目が向くぞ」
「……だろうな」
「同じ手段で裏をかこうとしている、としか見えねぇもんな、今のお前」
「裏などかかずともよいと宣言したのだがな」
ブラッドレイを孤立させるためにやったんだとしたら、これほど効果的なものはない。
悪の錬金術師ヴァルネラを退治した焔の錬金術師マスタングは英雄でありヒーローだ。そんな彼が明らかな重傷を負って帰ってきて──隠しきれない敵意を大総統に向けている、となれば。
大総統の方に何かがあるんじゃないか、と考える者も多く出てくるだろう。
そしてフラスコの中の小人がいなくなった今、軍上層部としてもブラッドレイの存在は邪魔で。
「膿を追い出す前に、膿として追い出されそうじゃん、お前」
「……ままならんものだな、人生というのは」
「貫禄と含蓄のある言葉に見えて、マジで初体験だもんなぁ、楽しそうでなによりだよ」
ブラッドレイは──こつん、と。
杖を突く。
「──クロード」
「おん」
「これより私は──
「おん」
「故、力を貸せ、クロード」
「いいけど、代価は?」
「ない。お前にくれてやるものなど何もない。……それで、お前は私にどんな力を貸してくれる?」
ふむ。だったら。
「なーんにも。お前に貸してやる力なんか一つもないよ。──んじゃ、一緒に潰すかぁ、フラスコの中の小人の秘中の秘!」
「……信じるぞ、不老不死」
「好きに裏切れよ
実害だ。
此度、初めての、目に見える形での実害だ。
なんせブラッドレイが次期大総統に推したロイ・マスタングを狙ってきたのだ。ブラッドレイがそうすると宣言したすぐ後に。
それは最早宣戦布告に同じ。
だから、と。
──ブラッドレイは、憤怒している。
いいねぇ。残り少ない命、燃やし尽くしていこうじゃんか。
なんて。
最近なんかちょっとブラッドレイの保護者気取りなの、気をつけないと。
後方腕組み親面は気持ち悪いんだから。