緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
ならばこの等価交換は/成り立たない。
六人。
──たった六人が、一斉に顔を突き合わせる。
「……見失った、か」
「少し急き過ぎた。通信が届いていない。一度戻るべきだ」
「だが、それで逃げられては元も子もない。クロード殿を待てばいい」
追い詰めたはずだった。
武僧はどれほど暗い茂みでも、どれほど鬱蒼とした森の中でも敵を見逃さない。
故にあらゆる動物に変身して逃げ回るエンヴィーを追い詰めに追い詰め、六方向からの挟み撃ちにて仕留める──その予定だった。
だが、いない。
鳥に変化したわけでもない。草木石になっているわけでもない。
これは。
「……我らの、誰か、か」
「成程どこまでも……」
そう考えるのが当然だ。
エンヴィーは変身能力に長けた
通信が届かなくなっている今、ブレインたる彼の助言もない。
であれば膠着状態に陥るしかない。
──常人であれば。
合図はなかった。
五人が同時に踏み込み──そして残った一人に蹴りを入れる。
「!? ──ッ、なんで!」
「踏み込まなかったからだ。互いの誰かが敵であるのならば、己以外が敵と同じ。それを殺さんとしたというのに、お前は動かなかった。故に目標を変更した」
「そんな合図、無かっただろ!?」
「不要だ。我ら復讐者。既にイシュヴァラの
錬成反応が迸る。
分解の腕。五人のそれは──確実にエンヴィーを取り囲み。
「死ね、
ここに。
「兄者、何をしている?」
「……ゾルフ・J・キンブリーの死体を検分していた。少し気になることがあってな」
「そうか」
何をしているかは聞いても、気になることは聞きはしない。
そんな相変わらずの弟に苦笑しつつ、
──賢者の石。
銃弾の形に加工されたソレは、キンブリーの体内を流れていたものとは別に埋め込まれていたものだ。
いつ撃ち込まれたのか──何の意味があったのか。
「兄者」
「どうした?」
「調べ終えたのならば、それを壊したい。……見ていて不快だ」
「ああ……そうだな」
「──!」
違和感はあった。
投げ渡せばいいものを──何故、手渡しで、と。
けれどその言葉を口にする前に。
「ぐ、ぉぉおおお!?」
「──ひひっ、良い悲鳴出すじゃん。油断してたねぇ……やっぱり仲間は仲間でも、血縁関係があると騙しやすくて良い!!」
弟──
超至近距離から腕部を巨大な刃に変形させ、質量によるゴリ押しで千切り切ったのだ。
バックステップで距離を離すも、右肩からは大量の血がどばどばと溢れ出る。
「アハハハハ! いやぁキンブリーはいい仕事をしたよ! お前ら武僧は厄介極まりないけど、各個撃破すれば結局人間と変わらない!」
「……兄者は、どうした」
「どうしたと思う? ──ヒヒ、そんな怖い顔するなよ。お前らが散々僕にやってきたことだろ? ──なぁ!」
蹴り。しかも傷口を狙ったソレは、咄嗟に右に転がった
「──ぅ、ぐ」
「ああ……良いぜ、その顔。それだよそれ……それを待ってたんだ。ったく、イシュヴァラの教えだか何だか知らないけど、頭イっちゃってる奴らと戦うよりずっと楽しいよ……ハハハっ」
失血。
その出血量に、
起こる錬成反応は。
「ぐ……ふ、ぅ……」
「……周囲の皮膚を引っ張って止血した? オイオイ、激痛も激痛だろそんなの。さっきのテーセー。やっぱ頭イってんのは変わらないや」
けれど、出血を止めたところでダメージは大きい。
残る再構築の左腕だけでこの
それは。
「……他の者は、どうした。全員貴様のような奴に殺される程弱くはないはずだが」
「ナニソレ。もしかしてチョーハツのつもり? ハハハッ、意味ないって。──このエンヴィー様に負けた奴らを引き合いに出されても、笑い話でしかない」
「負けた……」
「ああ、負けた。簡単だったよ。オマエも、アイツラも。結局は腕の攻撃だけが火力になる。確実に殺すってなれば必ず分解の右腕を使う。こんだけ見せられて殺されたらそれくらいわかる。──だったら、その他を拘束すればいいだけだ。こういう風に」
「っ、ぅ……」
エンヴィーはファイティングポーズを取り──瞬間、
間一髪で避けた
「別に人間の身体に拘る必要はないんだ。全身からこーやって肉の塊を出して縛り上げて背骨折ればそれで終わり。ホンット脆いよねアンタら人間って」
うねうねと身体のいたるところから暗緑色の手を生やすエンヴィー。元より彼は八本足であり、それらを自在に、同時に、全く別の動きをさせるよう操るのは苦でも何でもない。
やらなかっただけだ。
理由などない。やらないだけ。やらなかっただけ。
「人数がいりゃ確かに厄介だったし、あの人数に囲まれたらこのエンヴィー様だってヤバかったかもしれないけどさぁ、ダメだろ、格上相手にバラけちゃ。コイツはそんなことも教えてくれなかったのかい?」
コイツ、と。
顔だけをまた
「俺が雑魚狩り専門だ、とかって言ったから油断しただろ。アハハハッ、こういうの"術中に嵌る"っていうんだっけ? 雑魚狩りしかしてこなかったから弱いって──そう思ったんだろ!」
エンヴィーは──その身体を膨らませていく。
巨大に。巨体に。
暗緑色の肌と八本足。長い尾。助けを求める魂はポコポコと湧き出て、人間のような髪を残すワニが如き頭部が形成される。
「雑魚狩り専門は本当だけどさぁ──お前ら、自分がザコだって思わなかったワケぇ?」
「……何がどう、
化け物だった。
紛う方なき化け物。静かな森に現れたソイツは、あまりに醜悪で、あまりに──憐れな。
「
「……参る」
それは、絶望を通り越した戦い。
勝負はほぼ一撃でついたようなものだった。
地面に手を当ててスパイクを作り出した
土や石程度の構成物でしかないスパイクをガラガラとぶち壊し、尾を確実に
振り切られた尾は
「──!」
「アッハ、今骨を砕いた感触があったねぇ……ほんっと、愚か愚か。愚か過ぎて溜め息が出る。──この男とかね」
エンヴィーがその体表から──ある男の上半身だけを出す。
それは。彼は。
「き、さま……!」
「アハハハっ、ジョーダン、ジョーダンだって。殺してないよ。殺す価値もない。あれはブレインで、アンタら手足がいないと何にもできない存在だろ? わざわざあの不老不死の不興を買ってまでやることじゃあない」
冗談だ、と言いながらも、その体表からは
怒り、だった。
復讐心。それを滾らせて、その満身創痍な体で──意志の力のみで、立ち上がる。
「へぇ、まだやる気なんだ。そういうトコが愚かなんだよね。考えてもみなよ。僕はこの通り巨体で、お前は小さいんだ。ならあの不老不死のところまで逃げればいい。そうして、代価だっけ? なんか差し出したら助けてくれるんだろ? 腕も生やしてくれるかもしれない」
「……敵からの情けは受けん」
「情けじゃないさ。シゴクトーゼンの事を言ってるだけだ。逃がしてやるってわけじゃない。ただ、片腕しかない今の状態じゃアンタは俺に絶対勝てない。このエンヴィー様の尾に当たっただけでそんなボロボロになっててさぁ、どう勝つつもりなんだよ。だったら尻尾巻いて一旦退いて、少しでも可能性のある方を取った方がいいってそれだけだろ? ゴーリテキな話だよ、ゴーリテキな」
それでも、
エンヴィーはそれを眺めて──つまらなそうに溜め息を吐いた。
「あっそぅ。じゃあ死ねば?」
地面が割れる。
いつの間にか──いつの間にかエンヴィーが地面に潜らせていた尾。それが
振り回すでも叩きつけるでもなく、突き刺すように。
錬金術は間に合わない。防御もできない。
蓄積したダメージはもう立ち続けることさえ難しい程。
「イシュヴァラの神よ」
突き出る尾に腕を突き出し、それが紙のようにぐしゃりと潰れるのを見ながら、
「──どうか、兄者に」
言葉は──最期までは。
「片付いた……のか?」
「ん-」
通信妨害が入っていた。
届かなくなったのではなく、妨害されていたのだ。
故にクロードと共に森を探索していた
音のしていた方向。
少し開けた場所。
──そこに一人。
片腕を失い、血だらけとなった
意識がないのか、立っているだけで精いっぱいなのか。
フラつき、時折ガクガクと震えながらも──立っては、いる。
「……流石だな。生きていてくれたか」
「あー、そりゃ残念」
近寄ろうとした
何故、という疑問を
「ちょ、オイなんでだよ。アンタどっちの味方ってわけでもないんだろ? だから手ぇ出してこなかった。なのにソイツは助けるのかよ!」
「当然だろ。要否と等価交換でしか俺は動いてねーんだよ」
「……まさか」
バチバチと音を立てて消えていく血液。褐色の肌。赤い眼。
それらは色白の少年へと変貌を果たし──そして、
「返すよ。ソレ、アンタの弟の持ち物だ。ああ、持ち主はすり潰しちゃったから、その辺のシミにでもなってんじゃない?」
腕。
──破壊の腕。分解の右腕。
大きさも形も。
それが誰のものか──わからない彼ではない。
「……そうか」
「アレェ? なんだよ、もっと絶望しろよ。肉親が、身内が死んだんだぜ? もっとあるだろ! 泣き叫ぶとかさぁ。特にアンタは戦えないブレインで、アンタの手足になってたやつらが全員死んだんだ──アンタが戦い方を教えて無かったから! ハハッ、あいつら誰一人逃げなかったよ。形勢を立て直すって言葉を知らないみたいにさ!」
「そうか」
びしゃり、と血が落ちた。
「えぇ、唯一の形見をそんなにしちゃうんだ……理解できねー。ソレしか残ってなかったのに、ソレも消したら、もう何にもないぜ? あ、こういうことはできるけど、欲しかったりする?」
言いながら──その手を
自らその手首を切り落とし、放り投げる。
「……」
「ヒヒッ、今ちょっと反応したね。やっぱ感情はあるんだ──我慢してるだけ。ホントは怒り狂いたいんだろ。ホントは泣き叫びたいんだろ? 同じ部族つったって他人は他人だ。けど、ソイツだけは唯一の肉親だもんなぁ!」
「……クロード」
「おん?」
煽りを無視して。
「君にとって、私は要否の上における要──だったな」
「まぁ、そうだな。軍に逆らってでも助けるくらいにゃ希望だって思ってるよ」
「そうか」
ならば、と。
「来た来た来たァ! どうする? 殴る? 蹴る? そのヒョロヒョロの身体でこのエンヴィー様を分解するか、貫くか──なぁ、どうするんだよイシュヴァール人!」
「良いのかい、クロード」
「……あー」
あくまでエンヴィーは無視して、
意図を理解したらしい。クロードは後頭部を掻いて、溜息を吐いた。
「このエンヴィー様を無視してんじゃねぇよ人間!」
腕が、腕先が刃物のようになり、伸びる。
二本。二つ。
挟み込むような動きの、蛇のようなそれが
「そうやって使われるのはあんまし好きじゃないんだけど、まぁ、いいよ。今回だけな」
「わかっているさ。──すまないな」
叩き、落とされる。
「──ハ!」
ハ、ハ、ハハハハ、と。
笑う。
腕を引き戻したエンヴィーが、腹を抱えて笑う。
「なんだよそれ──なんだよそれ! もしかして、アンタが出るっての!? 今の今まで全部見殺しにしておいて、ソイツだけは守るって!?」
「おお全部言ってくれるじゃん。楽でいいな、お前」
「緑礬の錬金術師! 攻撃されないと錬金術を発動できないアンタに、何が」
踏み込み。
それはエンヴィーの瞬きのタイミング。人間と似た構造にされているが故の隙。
縮地。
「抜いといてよかったよ。お前との戦闘記憶」
顔を掴み、発動するは生体錬成。
──否、だから、ここでだけは彼らに倣って。
「ギ──ァアアアア!?」
「医療分解だ。あっはっは、なぁエンヴィー。武僧の分解ってのは、人体破壊……人体なら必ずあるだろう要素を理解して分解する、いわば汎用的なダメージしか与えられねぇもんでさ。それでも十分強いんだけど──たとえば」
バチバチと音を立てて再生するエンヴィーの、左目に人差し指が、刺さる直前で止まる。
寸止めだ。眼球、それが映し出すは、指の腹に描かれた錬成陣。
一瞬、一瞬だけ触れた。
眼球に──瞬間。
「ッ!? ぁ……なん、がっ」
「視神経だけを分解した。どうだ、どういう痛みだ、
つんのめり、もんどり打つエンヴィー。しゃがみ込んでその顔を掴み、今しがた視神経を分解した方の眼に親指と人差し指を入れていく。
ぞぶり、と。
突き破って入ったそれは、エンヴィーの眼球を引き千切るものもなく抜き取る。
ざらりとした感触。あり得ない。ありえなかった。
エンヴィーは思わず自らの眼を触る。今しがた再生したはずの眼は、当然、ちゃんとある。そこにある。
ならば彼の手にあるものは、とクロードを見て、そこに来た拳にぶん殴られた。
「……ンだよ、今のは……」
「え、手品だよ。手品っつか、誤認を利用した遊び? 自分の眼球触られてるみたいで面白かっただろ」
「狂ってるだろお前……」
もう眼球に感触はない。
何故かまだクロードの手にある眼球は。
「ぐしゃっと潰すと」
「ぎ、アぁあ!?」
潰された方の眼に激痛が走り、エンヴィーは崩れ落ちた。
思わず抑えた目は──けれど再生自体が起こらない。何故なら、潰れていないから。
「おいおい、何やってんだよ。遠隔で臓器潰すとかそんな魔法みたいなことできるわけないだろ」
「……だったら、この痛みはなんなんだ!」
「幻覚痛って奴だよ。目の前で見せられて、お前の脳が勘違いしちゃってるだけだ」
あっはっは、なんて笑うクロード。
面白そうに、可笑しそうに──何の感情もなく笑いを零す。
「顔を分解するより、首を分解した方が効率よく賢者の石を減らせそうだな」
「っ、後ろ!?」
後ろだった。
いつの間にかいた
けれどそれはいつもの痛みだ。仰け反るようなそれじゃない。だからすぐに再生し、
ぶちん、と千切れた自らの腕に──その肩に手を乗せる不老不死に。
「──メンド」
激情ではなかった。激昂しなかった。
いつものエンヴィーであれば何をしてでも
だけど、どれほど殺しても意味のない存在が彼を守るとあれば話は違う。
これ以上の感情は不要だ。
彼は冷静にこれを判断し、瞬間大きく跳躍する。
「お、逃げるか」
「……落とせるかい、クロード」
「ソイツは要否じゃねぇからな。代価を寄越せよ」
空中で腕を再生させ、そのまま鳥へ変身し──その場を去る。
どの道目的は達成したのだ。
留まる理由は一つもない。
「……どうせ、あと少しの命だ。精々楽しめばいいさ、人間」
言葉を一つ落として。
エンヴィーは二人から逃げることに成功した。
舌を巻く、というのはこういうことを言うのだろう。
セントラルの地下で戦いを始めてから六時間は経過したことだろうか。
──その間、傷一つ無い自らの弟。あるいは偽装の父。
手加減などしていない。確実にその身を刺し貫くつもりでいる。けれど、当たらない。──当たらない。
「ですが、そろそろ渇水や空腹が来ているのでは? その身体は人間──疲労には勝てないでしょう、お父さん」
「そうだな。そろそろ家に帰ってやらねば心配されるだろうぞ、セリム」
「……確かにそれはそうですね。ですが、今ばかりは母上の心配より──こちらの方が楽しい自分がいます」
「楽しい。そうか」
長らく最強だった。
長らく一番だった。
お父様に作られた「はじまりのホムンクルス」。
その身はお父様の中身に寄せられ、その能力は後に生まれた兄弟と比べても桁の外れたもの。
人間だろうが動物だろうが切り裂く鋭利さも、アメストリス全土を覆いつくし得る影の範囲も、どれもが不足の無い強さ。
それが。
それが、今、たった一人の人間に──
口角がつり上がって仕方がない。
これほど戦闘狂だった覚えはないから、恐らく違う感情なのだろう。
大喧嘩。
成程、これは確かに"スッキリ"するかもしれない。
「もう一度問うておこうか、セリム」
「なんですか、お父さん」
「何故お前はそうも怒っていた? 今は随分と上機嫌になったようだが──私をあんなにも一方的に遮断したのは何故だ」
「……ああ、その話ですか」
確かに。
そろそろ母が夕飯を作っている時間だ。料理人の手によるそれではなく、母が作る手料理を食べる機会は案外少ない。
もうすぐ──全てが終わる。
それまでにあと何度食べられるか。
「いいでしょう。戦いながら、少しだけ話してあげますよ」
「そうか。はっはっは、これは、セリム。お前の心を少しでも解せた、と見てよいのだな?」
「……お父さん。君はそういう、相手が話す気を失くすような言動をやめたほうがいいと思いますよ」
影でラースを襲いながら、まぁ、と。
なんでもない話なのですがね、なんて言いながら──話し出す。
「私とお父さん、そしてお母さん……母上は、家族でした。噓偽りしかない家族。欺瞞に満ちた、仮初の家族」
「そうだな。実年齢においても兄弟関係においても真逆。血のつながりもない──嘘の家族だ」
「ですが、家族でした。私は君の息子を演じ、君は私の父を演じた。それは事実です」
「異論はない。続けなさい、セリム」
あり得ないことだ。
まだ軍刀の一本も切れていない。
まだその身に土埃一つ付けられていない。対して此方は──しっかりと消耗している。閃光弾を使われたわけでも、影を絶たれたわけでもないのに、だ。
この容れ物への攻撃だけで、壊れてしまいそうなほどにダメージを負っている。
「でも君は、私達家族を捨てました」
「……どういうことだ。今でも家族は続けているつもりだが?」
「ヴァルネラ。あるいはクロード。──彼の錬金術師に、君は"友情"を見出した。
「ほう? 友情。自由。窮屈。どれもこれも、お前の口から聞けるとは思っていなかったぞセリム」
「──君は、いつの間にかそちらにいましたね」
天井付近の影に乗り、彼を見下していたはずなのに──いつの間にか真横に来ていた彼の軍刀に弾き飛ばされる。
ボロ、と。
何かが剥がれ落ちる音が体の中で鳴った。
「つまり──なんだ、セリム。お前は……羨ましかったのかね? 私とクロードの関係が」
「あはは、君は本当に子ども心がわかりませんね。違いますよ。──私は思い通りにならない君が怖かった。思う通りに動かない君が恐ろしかった。だってそうでしょう、
──傲慢そのもの、じゃないですか。
言う。
「お父さん。知っていますか? 私達
殴られた──肌が、再生しない。
割れる。中身が露出する。
「私は傲慢です。お父さん。知っていますか、お父さん。傲慢である私が最も恐れるものがなんであるか」
「……舐められることかね?」
「不正解です。正解は」
──愛されていないこと。
言う。言葉を、恥ずかしげもなく口にする。
少しだけ目を見開く彼に、こちらも少しだけ笑みを落とす。
「産み落とされてから……360年程ですか。国土錬成陣を敷く以外の時間、割と自由な時間が多かったので、私は私について考えてみたのです。私が何を欲し、私は何を恐れ、私が何に惹かれているのか」
「殊勝なことだな」
「ええ。なんせ不老不死……この世界には既に、最も傲慢な名を名乗る者がいましたから、先ほど言ったアイデンティティが揺らいでしまいまして」
不老不死。完璧なる存在。
尾を食らう蛇では、雌雄同体の龍には勝てない。それは同一のものを指す記号でありながら、劣化品だ。永遠と完璧には何故か差があり、絶対と不滅には大きな隔たりが横たわる。
「愛されたかった。お父様に、でしょうね。彼は愛をくださいませんでしたから。……これを自覚してから、私は自覚的か無自覚的かはともかく、愛を求めるようになりました。あはは、勘違いしないでくださいね。恋愛の類の愛ではありませんよ。──家族の愛です。最強として、原初として、ほとんどの自由を与えられていた私は、けれどいつもいつも空虚だった。欠乏を感じていた」
「……
「ですから、君という弟が生まれ──それが父親になると知った時、私は嬉しかったんです。無論君の前にも家族はいました。私はずっとずっとセリムでしたから。それでも彼らは私を知らず、私をセリムとしてしか見ない偽物。宛がわれた存在でしかなかった」
故に、
「君は、私を愛していましたね。仮初で良かったのに、欺瞞で良かったのに──まるで本当の子供の様に私へ接した。こういった場でも私をからかったりしていたのがその証拠です。君は母上がいるから、という理由だけでなく、私を子供として見て、君は父親であろうとした」
ようやく手に入れた、嘘だらけの──本当の家族。
「だというのに。君はあの不老不死に──自分がまるで真理の天秤を司る番人のような振る舞いをする傲慢極まりない者に現を抜かした。いいですか、お父さん。私は君とあの不老不死の関係を羨んでいるわけではありません」
止まる。
軍刀が。……これ以上やれば、容れ物が壊れてしまうから。
……負け、ですね。
「私は怒っているのですよ、
「そうか。……そうか」
「さて、では一応"参りました"と言っておきましょう。体力的にはまだまだ戦えますが、容れ物が保たない。……しかし困りましたね。流石にこの状態で母上の前に出て行けば、心配されるどころでは済まなそうだ」
「はっはっは。ならば、セリム。今の話をした上で呼ぶのは少しばかり心苦しくはあるがな」
彼が手を叩く。
数瞬の沈黙。
その後、天井に大穴が開いた。
「お前さ、俺の事執事かなんかだと勘違いしてない?」
「しておらん。救急箱だとは思っているが」
「箱かよ」
落ちてくる。
真白のローブの、金髪金眼の少年。
今──まさにコレの話を、コレとの付き合いに苦言を呈していたというのに、まったく……。
「あれ、
「
「喧嘩? ……え、マジで喧嘩したんだ。あっはっは、冗談だったんだけど」
「お前に言われたからではない。それで、治すには何が必要だ、クロード」
どうやら、
……少し不満ですね。私の母上が特別である、とした方が気分が良いのですが。
「いや代価なんか要らねえよ」
「何?」
「なんですって?」
偽物?
「オイオイ、お前ら俺の事なんだと思ってんだよ。──父親と息子が喧嘩して、息子が怪我して、今医者呼んだ。──それで代価なんざ要求するわけねーだろ。鬼か俺は」
「……お前は事あるごとに"代価を寄越せ"、"代価を寄越せ"と言ってくるイメージがあったが」
「私もです。たとえ重傷者、瀕死者相手でも代価代価代価と、等価交換を騙るように言葉を吐いていた覚えがありますが」
「まぁ、否定はしないよ。そういう側面も俺にはある。たださ」
クロードは、自らの額を割り、剥ぎ取り、私の崩れた部分に押し付けて──生体錬成を発動する。
その皮膚、肉は容れ物によく馴染み──何事もなかったかのように、
「俺は赤子には優しいんだよ。払えるモンなんかまだ何も持っていないくせに、覚悟と欲求だけは人一倍強くて、それでいて純粋だ」
「赤子など、この場にはいませんが」
「ん-? ……ま、そう思うんなら勝手にしろよ。んじゃーな。夫人に俺が治してくれたって言っといてくれていいぜ。ああでも今俺指名手配犯だったわ。今のナシで!」
そんなことを言って、天井に空いた穴を塞ぎながら帰っていく不老不死。
……わかりませんね、何も。
「帰るか、セリム」
「……そうですね。お母さんが待っています」
でも。
どちらにせよ、なんにせよ──もうすぐ、すべてが終わる。
この光景も──。
明日の更新が少し遅めになりそうなので今更新