緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
そこは、地下道の水を溜めておく貯水槽らしき場所だった。
アメストリス全土、特にセントラルやダブリスには顕著に表れている古代の遺跡。といってもロマン溢れる宝箱の眠る古代遺跡、というものではなく、単に機構が現代のものへと転用できるために残され使われている、というだけの遺跡群。
そのうちの一つだ。アーチ状の天井を持つ廊下を抜けた先の、広間。
「待テ、一人いるゾ」
「
「いヤ……氣がそうではなイ」
「ならば興味は──いや、誰であれこんなところにいるのならば殺しておくべきか」
ヤオ家とマスタング隊。
それらが一切の油断をせずに警戒を続け、ここまで辿り着いた。
「大佐。……私の、見間違いでなければ、ですが」
「知り合いか、中尉」
「──アイザック・マクドゥーガル……氷結の錬金術師かと」
「なに?」
この中で最も目の良いリザが伝える。
そこに立つ人物の名を。
だけど。
「それは……おかしいですよ、ホークアイ中尉。氷結の錬金術師は死にました。随分と前の話だ」
「勿論私も知っているわ。……けど、あの姿は間違いなく」
「狼狽えるな二人とも。ゾンビ、というだけだろう。今更誰が蘇っても驚く必要はない。首根の鉄板を壊せば死ぬ。違いはそれだけだ」
アイザック・マクドゥーガル。
氷結の錬金術師。元国家錬金術師でありながら反体制派となり、テロリストとなった男。
少し前にセントラルへ潜入しようとして、それを阻止され、殺された。
リザの記憶に間違いが無いのならば、その対処をしたのは──緑礬の錬金術師ヴァルネラ。クロードだ。
「ハボック、ブレダ。錬金術の起こりを見逃すなよ。そして位置は正確に報告しろ。全て私が潰す」
「了解ッス!」
「ええ、前は任せてください」
「中尉、ここからでいい。奴の定着陣を狙ってくれ。今までのゾンビと同じ場所にあるだろう」
「……承知」
「大佐サン、俺達は背後の警戒をすル。多分アンタらの連携に割り込むのはよした方がいいだろうからナ」
「……ああ」
戦いの火蓋が落とされるのにそう時間はかからなかった。
出現する氷柱。潤沢にある水を用いた、アイザック・マクドゥーガルの本領発揮。
「左上空30度、距離88! 数は27!」
「後続も錬成されてますぜ! 同じ場所に同じ数だ!」
「焼き払う。前に出るなよ、中尉、ヤオ家」
火花が飛ぶ。
それだけで──この地下に紅蓮が咲く。ゾルフ・J・キンブリーが今のロイを見たら、「差し上げますよこのような二つ名!」と手放しで賞賛するだろう程、殺意の詰まった焔。
赤く、朱く、紅い炎は氷柱を焼き──そのまま、アイザック・マクドゥーガルまでもを焼き尽くす。距離も場所も報告されていないにもかかわらず、だ。
錬金術師としての経験則だけで、術者がどこにいるのかを考えた。ただそれだけ。
「中尉、撃て」
「はい」
発砲。火だるまになったところで定着陣の位置は変わらない。
肉体を焼き尽くし、鉄板を溶かし尽くすより、銃撃の一発で砕いた方が早い。
そしてこちらは鷹の眼──外すことはない。
「……対象、沈黙しました」
「そうか。では行くぞ。
「お……おウ。凄まじイな……」
もっと長引くかに思われた戦闘は、一瞬だった。
焔の錬金術師。その名が示すは最強。たとえ相手が水だろうと氷だろうと関係はない。
「ヤオ家。どうだ、
「あア……もう少し地下ダ。移動していル」
「こちらから逃げている感じか?」
「いヤ、向かってきてはいなイだけダ。構造がよくわからないガ、時折……立ち止まっテ」
「ならば、直通を作った方が早いな。中尉、肩を貸してくれ」
「はい」
車椅子から降りる。
降りて、手を合わせ──床に、地下への直通経路を作り上げる。直下ではなく斜めに、だ。スロープのついた階段。目が見えていないとは思えない精巧な作り。自らの車椅子がちょうど通れる幅と、歩行者の全員が頭を打たない大きさ。
「ヤオ家は引き続き背後の警戒を頼む。ハボックはヤオ家を見張れ。ブレダは前方の注意を」
車椅子に座り直し、それをリザが押して進む。
地下深く、深淵へ──ゆっくり、ゆっくりと。
そうして──辿り着く。
これまた巨大な広場らしき場所にいた、
「無粋ねぇ」
「黙れ」
声が聞こえた。それだけで十分だった。
位置を割り出し、燃やし尽くす。問答など無用とばかりに焔を放ったロイは、しかし舌打ちを残す。
発動していない。火種が途中で殺されたのだ。
「……え」
「ンだと!?」
「どうした、報告をしろ」
前を見るブレダとリザの驚愕。
目の見えないロイは状況把握に二人の報告を聞くしかない。だから、ワンテンポ遅れた。
「大佐、アイザック・マクドゥーガルが」
「二人目……ッ、距離22、方向は」
「方向は要らん。全て焼けばいい」
灼熱が走る。
今度は発動した。発動し、対象を焼き尽くす焔。すかさずリザが二人目のアイザック・マクドゥーガルの鉄板を狙撃し、砕く。
「……やっぱり、ダメね。アイザック・マクドゥーガル本人ならもう少し上手く戦えたでしょうに……」
「どういう意味だ」
「あら、黙れと言ったり説明を要求したり。女を振り回す男は良いオトコじゃないわね」
火種が飛ぶ。
けれどまた、届く前に散る。
「こ──今度は二人、アイザック・マクドゥーガルです!」
「奥にも……数えきれない量がいます」
「……クローン、という奴か」
「いいえ。どれほど頑張っても既にいる人間のクローンは作れなかったわ。どれほど錬金術師が、研究者が手を尽くしてもね。だからこれは張りぼて。外見だけを寄せた人形。顔や体格まで合わせているのは正直研究者のこだわりが強いだけよ。必要なのは彼の錬成陣だけだもの」
クローンをつくることはできない。
──どこぞの不老不死に言わせたのなら、「いや複製時に魂作るんだからそりゃ人体錬成じゃん科学でできるわけねーだろ」である。とかく、この世界においてはクローンというものを作ることは不可能。不可能である、と言う所までは辿り着いたのだ、この国の研究者たちは。
故に。
「これはただの操り人形。ふふふ……なら、誰が動かしていると思うかしら、大佐さん」
「知らん。興味もない」
「ですって。本当につれないオトコね。……ああいう男はどう思うかしら、
「……何?」
呼びかけられたアイザック・マクドゥーガルは、顔を上げる。
顔を上げ。
「おお……本当に他者の身体だ。いや、錬金術はからっきしだが──そうだ、これもまた永遠の命の形の一つ」
「あら、聞いていなかったみたい」
レイブン中将。錬金術師ではない軍人で、ロイの不在時、リザたちに怪しげな勧誘をしてきた将校。
似ても似つかない。そもそもアイザック・マクドゥーガルはテロリストだ。それにそう声をかけ、彼もまたそれらしい反応をした理由は。
「緑礬の錬金術師ヴァルネラが、彼が最期に言った言葉。ゾンビたちは劣化品。アレ、本当よ。あなた達は緑礬の錬金術師をより悪く見せるためにそういう演技をさせたのでしょうけれど、偶然にも正解だった。ゾンビ化はある実験のための材料。ある実験を成功させるための試金石でしかなかった」
「ぐだぐだとよく回る口だな。聞いてもいないことを開示するのがそんなに快感か、色欲」
「当然でしょう。だってこれは時間稼ぎだもの」
オ、オオ、と。
何かが叫ぶ。誰かが叫ぶ。
「なんだ」
「話を続けましょうか。まぁ、簡単な実験よ。
「おイ……突然囲まれタぞ! 周囲、50はいル!」
「どこから出てきたカ……珍妙ナ」
「そして、錬金術のわからない素人なりにこう考えたの。"拒絶反応が起きて魂が肉体から離れた時、肉体がまだ生きていたらどうなるのか"。錬金術師達は難色を示したわ。まず魂の無い肉体が生き続けることは難しい。栄養補給の問題、安全の管理、その他たくさん……。けれど、それさえクリアすればできないこともない、という結論を出した」
一行を囲うように現れたアイザック・マクドゥーガルの群れ。
それらは三者三様の言葉を吐きながら、ロイ達に向かってくる。しっかりと錬金術を用いて、だ。
「ヤオ家、出なくていい。それより私に近づけ。中尉もだ」
「っ、分かっタ!」
その、すべてを無に帰す──炎の柱。
囂しく音を立てて燃え盛る炎は氷の全てを溶かし、アイザック・マクドゥーガルを近づけることもない。地下という閉所で使われたその錬金術は、けれど内部にいる者に酸素欠乏の被害を与えることはない。しっかりと空気を引っ張ってきているし、酸素も作り出している。
「ゾンビ化はお父様の指示ではあったけれど、その過程は全て軍御用達の錬金術師が考えたもの。死体へ魂を定着させ、それが剥がれた時どういう反応をするのか。どれほどの損壊具合であれば定着するのか。栄養はいるのか。腐敗は」
「……くだらん研究をするものだな」
「様々を経た結果──ついにそれは完成した。自身から一時的に魂を剥がし、それを賢者の石として錬成し、人形へ流し込んで乗っ取る──それを為し得る錬成陣。乗っ取られた人形、あるいは定着陣が壊れたのなら、魂は元の身体へと戻り──また新たな人形へ乗り移る」
一人が、抜ける。
炎の壁を。焼死体となりながらも──抜けて。
リザに撃たれて死んだ。
一人。いや、一人じゃない。
自分の身体ではないのだから、炎を怖がる必要はない。だからと踏み込んで、焼かれて、撃たれ、斬られ、絶命する。
その波は、段々、段々と大きく、強く。
「若くて鍛えてあって、錬金術も使える。そんな夢のような人形」
「錬金術の効果は知識に左右される。理解の薄いお偉方がアイザック・マクドゥーガルの氷結を勉強でもしたのか?」
「必要ないのよ。だって彼らの体内には賢者の石が流れているのだもの」
「……どれほど稚拙な術師でも、国家錬金術師相当になれる増幅器、か」
人形故にリバウンドの心配もなく、初めから壊れる前提で作られているから無茶もできる。
マンネリ化解消のための新たな人形としてゾルフ・J・キンブリーが用意されていた──が、すべてのデータを取り切る前に自爆した、なんて話はロイ達には関係の無いことだ。
「成程、魂の乗らない肉人形さえ作れたら、あとはそれでいいわけだ。人間の最小単位として作られた名前の彫られた鉄板。それを埋め込み、自らの魂を定着させることで、お偉方は遊戯感覚で他人を操り、戦える、と」
ふざけるなよ、という言葉はロイ自らが放った炎によって葬り去られた。
アイザック・マクドゥーガルの人形が出てくる通路。その全てに走る炎は、肉人形を作る錬成陣も、身を潜めていた錬金術師も──何もかもを焼いて、焼いて、焼いて行く。
「耄碌したものだな。アレらをお偉方と呼ぶこの舌さえも汚らわしい」
「……そこについては、同感よ」
炎は。
さて、ところ変わって金歯の医者なる錬金術師を探すグリード一行。
中央司令部内にいる、ということまではわかったものの、それ以上がわからない。見た目ゴロツキも良いところなグリードを見て一般兵士らがこれを撃退にかかるものの、都度都度硬化することで銃弾を弾き、あとはドルチェットやロア、マーテルが兵士をシメて落とす。
道行案内人は勿論メイ。だが。
「……ヘンでス。ヘンな感じガ……流れが、往復して……」
「それ、どこだ嬢ちゃん」
「上の方でス。いえ、上と下で往復している、というべきでしょウか……」
「馬鹿と煙は……あー、でも親父殿は一番下にいたしな」
「何の話、うェっ!?」
言いながら、グリードはメイの首根っこを掴んで後ろに放る。
そのまま硬化した肘でのガード。
軍刀。
──明らかに一般兵と練度が違う。
「オイオイ、当たりっぽいぞお前ら! ……お前ら?」
「ケホッ……い、今の一瞬デ、分断されたみたいでス……」
「……あいつらの場所、わかるか?」
「三人共一緒にいらっしゃいまス……二人の人間から、逃げていル……?」
「一緒なら大丈夫だ。んじゃ嬢ちゃん、こいつら片付けて、金歯の医者っつーのもぶちのめしたあと、ドルチェット達を迎えに行くぞ」
「微力ながラ、お供しまス!」
煌めきは一瞬。
どちらを先に倒すのが効率良いか、は火を見るよりも明らかだ。
メイ・チャン。錬丹術を使い、氣や流れを見ることのできるサポーター。
だからそっちを先に殺し、凶悪で強大な
蹴りが刺さる。
硬化の施された蹴りは男の頸椎を的確に捉え、そのまま壁へ圧迫され──折られる。
「!」
「ヘッ……やっぱり蹴りの方が威力は高いな。シンプルだが、良い気付きだ」
「グリードさン!」
「応!」
壁にめり込んだ男に対し、クナイが五本突き刺さる。
同じくしてグリードの足元にもクナイが刺さり、その中心をグリードが踏んで硬化を始めれば、連動するようにして男の体表にも炭素が集まっていく。
もう慣れた連携だ。
メイ・チャンが道を作り、錬成反応を遠隔で通す。
「がっはっは──やり口を間違えたなぁ。俺様から仲間を奪うってのがどういうことか、ぶちのめしながら刷り込んでやるよ」
今日、中央司令部に怪人が現れる。
止める者は誰もいない。当然だ。中央司令部は、軍は、止める者を全て敵に回してしまったのだから。
死ぬことを勿体ないと認識したグリードは油断をしない。
敵の攻撃はしっかり防ぎ、隙あらばソードブレイクをする。彼の邪魔をしないようメイ・チャンは逃げまわり、けれど攻撃もサポートも着実にこなす。
止まらない。
止められない。足止めというものが二人には効かない。
だから、早かった。
そこに辿り着く時間は。
「……んだ、こりゃ」
「人でス。……けど、魂が……ない?」
「んじゃゾンビか?」
ずらっと並んだ軍のお偉方。
近づく者は誰であろうと切り殺す「ブラッドレイになれなかった者達」が守っていたはずの、大切で大切な──金歯医者にとっては至極どーでもいい肉体。
「肉体は生きていまスが、魂がないとなるト……」
「ま、なんでもいいだろ」
ざく、ぶしゃあ。
なんでもいい。なんてこともないかのように、一人を殺す。
「エ」
「眠ってるワケでもねぇが、意識はないか」
「ちょ、グリードさン!? 何しテ」
「……いいか、嬢ちゃん。ドルチェット達を攫ったやつと同じ奴が守ってた意識の無い体。──ンなもん俺様たちの敵のなんかしらの作戦に使うモンだ。それくらいわかんだろ?」
「わ、わかりまスが」
「逆に聞くが、どーするよ嬢ちゃん。こいつらが一斉に起き上がってまたゾンビにでもなったら。今度こそシンに伝わってるスァンシーだっけ? 食ったらソイツもゾンビになる、みてぇなのになるかもしれないんだぜ?」
喋っている間に、どんどん。
グリードは──殺していく。魂無き肉体を。
メイ・チャンは、その目尻に涙を浮かべて。
「私は外に出ていまス。……異変があったらお伝えしまス!」
「おう。見たくねえモンを無理してみる必要はねえよ。特に嬢ちゃんみてぇな、良識寄りの奴はな」
そんな、欠片程度の優しい言葉を背に、メイ・チャンは部屋を出た。
出た、その直後──豪、という音と共に、今しがた出てきた扉が燃える。
「わ!?」
「……っぶねぇ、俺様も燃え尽きるところだったぜ……つか、オイオイ、まさか」
身を屈め、腕を交差して反対側の扉を突き破って来たグリード。
その身にもいくつか焦げ跡があって、音の発生源たる炎のすさまじさを語らせている。
メイが、唾をのんで焼け落ちた扉を──その中を覗けば。
地下から、地上。否まっすぐ中央司令部を突き抜ける程にまで──吹き抜け状態にするくらいまで、すべてが焼き尽くされた円柱形。
底は暗くて見えない程に。その道中にあっただろう構造物の全てを消し飛ばして。
「なんか……ヤバすぎねぇか、アイツ」
「マスタングさん、ですよネ……?」
「ああ。なんつーか、元からやべぇ錬金術師なのは知ってたが……今、他の誰よりもやべェだろ」
その容赦のなさも、冷徹さも。
見た所奇跡的に被害者はいないようだが、もし一般兵が巻き込まれていたらどうしていたのか。
「……復讐の炎ハ、復讐を果たすことでしか消せませんかラ」
「復讐ねぇ」
グリードは、心の中だけで零す。
これは復讐というよりは、八つ当たりや癇癪の類だな、と。
「うし、んじゃ行くぞ嬢ちゃん。金歯の医者ってのを探さねぇと」
「ですが、この階にはもう誰もいないようでスよ?」
「……んじゃドルチェット達を拾って下だ」
「はい」
グリードたちの金歯医者探しは続く──。
それは、アイザック・マクドゥーガルを含めた
──"ロイ、ロイ! 聞こえるか!?"
「ヒューズか。どうした?」
──"上手く説明はできねぇが、
「空?」
今、ロイは地下にいる。
空を見ることはできない。
「フフフ……どうするのかしら。空を見に行くか、今ここで私と戦うか」
「別に、貴様を一瞬で葬り去ってから戻ればいいだけの話」
発火布が擦れる。
距離はもういらない。声のする方向に最大火力をぶち込む。それを隔てる人形は全て焼き尽くした。ならば、届くはずだ。
はず、だった。
「ッ、なんだありゃ……」
「大佐、黒い……影のような化け物に防がれました!」
「影のような化け物とはなんだ。正確に報告してくれ、わからん」
そう言われても、ブレダもリザもそれ以上の語彙を持たない。
影のような化け物だった。
ラストを守ったのは、影のような化け物だ。それ以外の言葉はない。
「あら、助けてくれるということは、納得はしたのね、
「ええ、喧嘩は終わりました。よって──計画は最終段階へ移行します。
「……そうね。少しばかり、楽しみだったかもしれないわ。けれど──矜持に目的が勝るのなら、娯楽にだって目的の方が勝るもの」
何度も、何度も。
ロイが炎を放つが、影のような化け物にはダメージが通らない。今の今まですべてを焼き尽くしていたロイが、唯一燃やせないナニカ。
「
「く……目の前にいるのだろう!? ブレダとハボックの仇が──それを、それを!!」
「……大佐サン。早く戻った方が良イ。何か……何かが」
ひと際大きな炎が影にぶち当たる。
けれど、無傷だ。傷と言う概念があるのかどうかも怪しい。リザが銃を連射しようと、やはり攻撃は通らない。
「
「ああ、はい。初めましてですね、人間の皆さん。これから起こることは、君達にとってはあまり心地の良いものではないでしょうが──お父様に任された最後の大詰め、私達の最後の大一番をどうぞお楽しみください」
「何の話を──」
「それでは、今日から"約束の日"までの約二か月間──命の余暇、猶予をごゆるりとお楽しみを」
目礼。影についた目がその目を閉じて、それを礼として。
──消えた。
化け物も、
何もかもが、何もなかったかのように、消えた。
ロイ達が地上へ戻ってきて──異変はすぐに伝わった。
彼自身こそ目が見えないのでわからないことだが、他の全員がそれを理解したし、ロイも周囲から聞こえる声で把握した。
「空が……黒い……?」
黒い。
曇天ではない。真っ黒な、膜……ドームのようなもので覆われたかのような空。
太陽は見えず、夜の帳が落ちたかのような暗さが辺りを包んでいる。
「マスタング大佐!」
「この声は、アームストロング少佐か。すまない、ついさっきまで私達は地下にいた。何が起きたか教えてもらえるだろうか」
「……何が起きたか、を正確に報告することは難しいです。ただ、セントラルの北……ノースシティの手前あたりから突如黒いインクのようなものが空へと上がり、中空で止まって……そこから、各地、セントラルを含めたあらゆるところから立ち昇った黒がそれに融合しました」
「セントラルの北。ノースシティの手前、か」
そこはロイが人体錬成を行った場所。
「民衆は?」
「混乱の極致ですな。……ですが、吾輩を含めた中央軍、及び憲兵らと協力して安全確認、安全管理に努めている現状です。吾輩たち錬金術師は原因究明も行うつもりですが……如何せん範囲が広大すぎる上、この世の終わりだと言って暴動を起こす民までいる始末。人手が足りません」
致し方の無いことではあったかもしれない。
ゾンビ騒動がまずこの世の終わりのような光景で、それが一斉に活動終了したことも前に同じ。
その後すぐに空が黒く染まるなど──錬金術を理解しない民にとってはワケのわからぬ話だろう。錬金術師にとっても、だが。
「とにかくまずはセントラル市民だ。安全を確保し、暴動を起こす者は速やかに鎮圧を」
「はい。マスタング大佐はどうなされますか?」
「……クロードを探す。奴ならば何かわかるかもしれない」
「承知いたしました。……マスタング大佐。
「っ……敵わないな、君には」
「いえ。それでは失礼いたしますぞ!」
ロイの視界と同じくらい。
アメストリスの空は、黒く、黒く染まっていた。