緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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最終章です。


終章 -FEWMATERIAL ABOMINATION-
第37話 降り落つ巨獄


 原作のグリリンみたいにセントラル郊外のちょっとした小山に登って、木を掴んで街並みを見る。

 今日がその日。「約束の日」。日蝕の日。

 

 終ぞラストもエンヴィーも人前に現れることは無く、ブラッドレイ親子も動くことは無かった。

 皆が皆各々の"余暇"を楽しんで、あるいは恐怖して。

 

「──フラスコの中の小人よ。見世物となるか神となるか──それとも三文芝居に終わるか、だ」

 

 人間側の準備は済んでいる。

 和を乱す態度を取っていたことを謝罪し、各方面に協力を取り付けたロイ・マスタングの行動は迅速だった。時を同じくして刺青の男(スカー)兄、そしてホーエンハイムとエルリック兄弟にイズミ・カーティス。あとシグ・カーティスもそういった動きをしていて、彼らは自然と集い、自然と輪を構築した。

 誰か一人でも蟠りを生むやつがいれば簡単に離散するのが人間だし、誰か一人でも仲を取り持たんとするやつがいれば簡単にくっつくのも人間だ。

 

 彼らは持ち寄った事実と推測、計算からできることをやりつくした。

 やり尽くした上で──この日を待つしかない、という結論に至った。潰せなかったんだ。この「計画」を事前に潰す、というのができなかった。

 それほど優れた計画……というわけではなく、すべてが手遅れだった、と言う方が正しいかな。

 傲慢(プライド)が言うように、計画は最終段階にまで来ちゃってたってこと。

 

「等価交換のお時間、ってな」

 

 目を瞑り、手を放し。

 落ちる。

 

 さぁて──。

 

 

** + **

 

 

 日蝕の起こるその日。

 人々は──あまり変わらない日々を送っていた。仕方のないことではある。

 だって、変わらないのだ。ずっと暗い日常は、二か月も経てば慣れっこで。未だ神に祈りを見せるものの姿はあれど、ゾンビ騒動の時がそうであったように、彼らは「順応」をしていた。

 だから──気付く者は少なかっただろう。少なくとも最初から、は。

 空。

 いつもと変わらない空。

 

 それが、どこか──薄れて行っていることに。

 

「っ、始まったか」

「……そうか」

 

 ノースシティの手前。セントラルの北。

 ロイ・マスタングが人体錬成を行ったそこに、数名の人影があった。

 

 当人こと、ロイ・マスタング。リザ・ホークアイ。アレックス・ルイ・アームストロングに、なんとオリヴィエ・ミラ・アームストロング。曰く「アレを問い詰めたら北にいても中央にいてもあんまり関係ないよ、とのことなので来た」らしい。ブリッグズ兵は頭がいなくなっても動けるので問題ない。

 またグリードらデビルズネストの面々、メイ・チャンとヤオ家。そして刺青の男(スカー)らのブレイン──最早彼以外がいないので、ただ単に刺青の男(スカー)と呼ばれる男。

 

 最後に、キング・ブラッドレイ。

 

 エルリック兄弟らは「準備」のために中心からは離れていて、その他バスク・グランやジョリオ・コマンチと言った"事情を聴いて真っ先に手を上げた面々"もいたりする。ジョリオ・コマンチと刺青の男(スカー)の間で起きたひと悶着については語るべくもないだろう。一応、最も遠い所に配置されている。

 

「空が……晴れていく」

 

 黒膜が薄まっていく。

 分離するように、分解するように、結合を失うように。

 

 久方ぶりの陽光はアメストリス全土にどよめきと歓声を起こさせるに十分な要素だった。

 おお、おおお、おおおおと響き渡る轟音は──しかし、()()()()()()()()()()()()()、誰が一番に気付いたか。

 

 誰かが。

 誰かが、叫んでいる。

 

 どこのだれか。アメストリス全土に響く声など、誰がどう出すのか。

 

 答えは、空にあった。

 

 空──太陽に欠けが見え始めた頃合い。日蝕の始まったその瞬間から、うっすらと見え始めていた輪郭線。長方形のソレは、ロイとエルリック兄弟、イズミ・カーティス、そしてホーエンハイムのみが見たことのある──あの扉にそっくりで。

 

 そこから、おお、おおおと。

 ──まるで産声が如き歓喜が漏れ出しているのだ。

 

「鋼の。準備はできているか?」

 ──"万全! そっちこそ視力戻ったばっかだからってタイミングミスんなよ、大佐!"

 ──"大佐さん、こっちの傘はほぼ自動的に発動する。問題はそっちだ。絶対に妨害が入るから──"

「わかっています、ホーエンハイムさん。全力で撃退しますよ。──そのために、()()()()()()()()()から」

 

 しっかりと地を足で踏みしめる。

 己の目で、空を見る。

 

 ロイ・マスタング。その身体に二人の声を聴くための機械鎧は存在しない。

 あの騒がしい二人は──もう。

 

「"遺言はこれにします。──全力でぶちかましてくださいや、大佐ァ!"なんて言われたんだ。それに応えなくて、何が焔の錬金術師か」

「声真似、恐ろしく似てないですね」

「中尉? 今日くらいは少しでも士気を上げることを言うべきだと思うのだが」

「私なりのジョークです」

「……クロード医師が移ったのではないかね?」

 

 通信越しから聞こえるのは笑い声。

 

 ──"その調子なら大丈夫そうだな。大佐! 中尉も少佐も、死ぬのだけはやめてくれよ。オレはアンタらの葬式に出るのは御免だからな!"

「同じ言葉をそっくりそのまま返そう。そちらとて危険が無いわけではないことを忘れるなよ、鋼の。何よりそちらは、一人ずつなのだから」

 ──"わーってるって!"

 

 声は次第に地響きを伴う。

 音によって起きているもの──だけではないことを、この場にいる全員が知っている。

 黒膜が晴れたというのに、少しずつ暗くなる世界の中で。

 

「来るぞ!」

「来ル!」

 

 キング・ブラッドレイ。そしてリン・ヤオが叫ぶ。

 

 ギィ、と開く。開くのだ。開いた。薄い輪郭線でしかなかった扉が、透明な扉が、確かな厚みを持ってギィ、ギィと音を立てて開く。

 そこから這い出して来るのは黒い手。真理を知る者ならば、そして疑似・真理の扉に飲み込まれた者ならばよく知っているあの手が──けれど、凄まじい大きさのソレが這い出して来る。

 

 オオ、オオオ、ォォオオオオ!!

 もうわからない者はいない。歓声などではない。これは産声で、これは人間の発するモノではない。

 

 空に開いた扉から今。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 手が見えた。

 そして、顔が見えた。真っ黒。真っ黒の身体に、たくさんの眼。口。およそ人間ではないそれは──けれどヒトの形をしている。ソレがアメストリスに降ってくる。落ちてくる。黒い手を伴い、黒い巨人が、叫び声を囂しく上げながら。

 

 その、手が。

 アメストリスに伸ばされた手が──中空で阻まれる。

 これが傘だ。四隅に配置された最高位の錬金術師が編む、錬丹術を組んだ防御陣。ホーエンハイムが基礎を作り上げ、メイ・チャンが伝授した現代の錬丹術、刺青の男(スカー)がアレンジと効率化まで図ったソレは、術者への最小限の負担で真黒の巨人の生誕を阻む。

 

「よし、傘は発動した。あとは──」

 

 揺らめき、煌めく。

 細剣を振ったのはアームストロング少将だ。ロイに向かって──その背に迫り来ていた刺突を弾く。

 

「っ……!」

「油断をするな、マスタング。また下半身不随になりたいのか?」

「いえ……助かりました」

 

 刺突。

 だから。

 

「あら……防がれるなんてね。人間は成功の瞬間にこそ最も油断するモノだと思っていたけれど……」

「成功だと? 何がだ。作戦の一段階目が進んだことを成功などとは言わん。順調であること程恐ろしいものはない。──人造人間(ホムンクルス)色欲(ラスト)だな」

「ええ、そうよ。初めまして、ブリッグズの少将さん」

「マスタング。要るか?」

()()()。適材適所です。私の敵は──」

 

 それは超巨大質量。

 中心に集まっていたロイらを踏みつぶさんとする巨脚。

 

 対し、ロイが炎を、アレックスが巨大な拳を、そして刺青の男(スカー)もまた円柱を作り出して対抗する。

 拮抗は、一瞬。

 

「っ、離れろ!」

「くぅ、押し返せんか!」

 

 押し返せなかった。

 体表を焼く痛みは入っているはずだ。その足に突き刺さる高威力の錬金術も。

 けれど、そんなものはお構いなしとばかりに踏みつぶしてくる巨大な足。バチバチと音を立てて──さらにさらにと、大きくなる。大きくなる。

 ロイが以前見た若草色のソレとは違う。暗緑色の、刺青の男(スカー)らが相対したその姿こそが本物であり、その、上。

 

「……首が痛くなる程とは、聞いていないぞ……!」

「むぅ、成長期ですかな?」

「馬鹿言ってないで、来るぞ!」

 

 エンヴィー。

 体高はせいぜいが4~6mくらいだったはずだ。

 

 けれど今、ロイらの目の前にいるのは──15mはある巨大生物。

 

 あの大きさ以上にはなれないと踏んでいたが故の油断。

 この二か月、エンヴィーが何をしていたのか。それは至極簡単な話だった。

 

 質量の溜めこみ。色々な物に成り代わって食べて食べて食べて取り込んで取り込んで取り込んで。

 なんならどこぞの白い妖精の罪状の七割ほどがエンヴィーの仕業だったりするくらいには、人間の食糧を食い散らかして。野生動物を食べ散らかして。

 

「──高い視点ってのは、いいね。雑魚がより雑魚に見える」

 

 エンヴィーが、尾を振るう。

 ただそれだけで必殺の一撃だ。水平方向に逃げるのは無理だと判断し、高さを選択。地面からせり出す足場に乗って、間一髪にその尾を避けることに成功した。

 

「若!」

「おう! ランファン、合わせろ!」

「承知……!」

 

 巨体を駆け登っていくはヤオ家の三人。

 特にアメストリス人を噛まさないためシン語で話す彼らは、言語翻訳のリソースを使わない分さらに戦闘能力が高まる。

 暗緑色の体表。足をつければ沈み、あるいは赤子の手のようなものが足を掴まんとしてくるも──関係ない。

 疾風の名を恣にする三つの黒は、頂点──エンヴィーの顔にまで一瞬で辿り着き、各々の武器を突き立てる。

 

 も。

 

「ッ、硬い!?」

「ばぁーか。巨大になったら鈍重になるんだ、そういう欠点を補わないエンヴィー様じゃないんだよ」

「──まず」

 

 単なる頭突き。

 それは、どれほど鍛えているといってもただの人間に過ぎない三人には過ぎるダメージ。

 死も見えるその攻撃は。

 

「へぇ、お前硬くなれるようになったのか。いいじゃねぇか。俺様と勝負しようぜ、エンヴィー」

「!」

 

 どすん、と。

 エンヴィーの尾をぶった切る存在によって、助けられた。

 

「……強欲(グリード)

「あぁ、そうだ。昔っからちょいと思ってはいたんだよな。嫉妬(お前)強欲(俺様)。ちょいと似てんだよなぁ、アイデンティティっつーか、求めるモンが」

「完全に人間側な顔しやがって……そんなに堕落すんのが楽しいかよ」

「がっはっは、あぁ、楽しいさ。人造人間(ホムンクルス)の俺が、死を恐れるようになったくらいには、こっちは楽しいぜ、嫉妬(エンヴィー)

「それは退化っていうんだ──よ!」

 

 前足の振り下ろし。

 それを避けずに受けるグリード。踏みつぶされたかに思われた、次の瞬間。

 

「ッ──」

「ドルチェット、ロア! 思い切りやりやがれ!」

「おうさ!」

「ぐ、ぁああっ!?」

 

 仰け反る。

 15mの化け物が。

 

「んがっはっは! どうだよ兄弟! ──硬ェモン踏んだら痛ェって、知らなかったか?」

 

 やったことは単純だった。

 全身硬化したグリードが受け止めて、その肘をドルチェットとロアがぶっ叩く。

 つまり、人間で言う……画鋲を踏んだ、みたいなもの。

 

「笑ってないで、一旦逃げる!」

「おっとそうだった。んじゃあな、兄弟。足振り下ろす時は気をつけろよ、尖ったモンがあるかもしれねぇからなぁ!」

 

 マーテルの声掛けで、男三人はエンヴィーの攻撃範囲外に離脱する。

 合成獣(キメラ)とはいえ耐久力が低いのはデビルズネストの面々も同じだ。グリード自身は良くても、三人を守れない場合も多い。だから基本はヒットアンドアウェイの戦法を選択している。

 その隣に降り立つは、ヤオ家。

 

「すまなイ、助かっタ!」

「いいってことよ! だが気をつけろ、アイツはちゃんと強えぞ。舐めてかかるなよ、人間!」

「あア、もう油断はしなイ!」

 

 ──あるいは、唯一無二の相棒になるはずだった二人。

 それが並走して、そしてすぐに別れる。雑談をしている暇はない。

 

 遠方からの砲撃。バスク・グランだ。鉄血を二つ名に持つ彼の錬金術師は、重火器を瞬時に錬成する錬金術を使う。遠中距離において無類の強さを発揮する国家錬金術師。その反対からは巨大な円盤──チャクラムがエンヴィーに突き刺さる。

 勿論ロイやアレックス達とて負けてはいない。視力を取り戻したロイの凄まじい火力。アレックスの丁寧で且つ的確な攻撃。また刺青の男(スカー)の足場づくりや壁づくりなどがサポートを充実させ、ヒットアンドアウェイをしに帰って来たグリード達の重い一撃がエンヴィーを襲う。

 

 しかし。

 

「全っ然効かないから言うけどさぁ、アンタらの錬金術ってこんなもんだっけ? 特にマスタング大佐。攻撃に憎しみが籠ってなさ過ぎて、ハハッ、いつかの目の前でポンッてなる手品みたいだ。他の国家錬金術師も痒いとも思えない攻撃しかしてこないしさぁ……プライドが来る前に、僕が終わらせちゃうよ?」

 

 効いていない。強がっているわけじゃない。

 その厚い表皮がすべてを防いでいる。唯一効いたのはグリードの攻撃くらいだろう。

 

 巨体で、化け物の身体で、けれど人間のように溜め息を吐くエンヴィー。

 

 ──その首が、ごろりと落ちた。

 

「な──」

「ァ!?」

 

 錬成反応を立てながら再生していくエンヴィーの身体。突然のダメージは──いつの間にかそこに登っていた老人によるもの。

 

「後進が育ってきたことを喜びたかったのだがな。これではおちおち眠ることも出来ぬではないか」

「てっめ……憤怒(ラース)! つか、どうやって──お前の"最強"は眼だけだろ! 腕力も膂力も枯れ木みたいなそれの癖に、どうやって僕を斬った!?」

「何、鉄だろうと鋼だろうと斬り方さえ変えれば斬れるのだ。どれほど表皮が硬かろうとも、賢者の石以下の硬度であるならば斬れぬはずがないだろう。あとはどう斬るかを見極めればいいだけのこと」

「あー、言ってる意味はわかんねぇが、まぁアレだ。普通に攻撃通せねえなら、俺様たちが開けた穴に攻撃ぶち込めや。がっはっは、連携って奴だよ。すぐに再生しちまうから一瞬を狙えよ? あ、巻き込むんじゃねえぞ」

 

 言いながら、また。

 硬化したグリードの腕が、エンヴィーの足に突き刺さる。

 その彼をドルチェットが抱き上げて離脱すれば。

 

「助かる!」

「むぅぅう、これぞアームストロング家に伝わる──」

「それ以外の対抗策を練る。少し時間が欲しい」

「……それでは吾輩は護衛に徹させて頂く! マスタング大佐!」

「任せたまえ!」

 

 任されて。

 ロイは、少しだけ鬼面を被る。

 復讐に突き動かされることはもうしない。しないが──ラストとエンヴィーが仇であることに、何ら変わりはない。

 

 発火布を強く握り。

 

「さて、地獄を見せてやろう。少しでも人間の形をしていることを後悔する程にな」

 

 エンヴィーのお望み通りだ。

 焔の錬金術師が、最高最強の錬金術師が、ここに出る。

 

 

** + **

 

 

 少し離れた所でも戦いは起きていた。

 

「チ──リーチは無限か。厄介だな」

「無限ではないわ。そんなものに手を出せるほど私たちは驕っていないもの」

「物のたとえだ、人造人間(ホムンクルス)

 

 オリヴィエ・ミラ・アームストロングと人造人間(ホムンクルス)色欲(ラスト)

 さらには。

 

「……ふふ。顔が硬いわよ、中尉さん」

「何分、露出の多い女性は大佐の情操教育によろしくないので」

「なんだ、マスタングの情操教育はお前がしていたのか?」

「はい。大佐はよく女性に言い寄られる方ですが、立場上ハニートラップも多く」

「ふん、そんなものは引っかかる方が悪い。放っておけ」

「目の前攻撃きてまス!」

 

 リザ・ホークアイとメイ・チャン。

 あの巨大なエンヴィーと戦うには分が悪い三人が、そして小回りの利く三人がラストと対峙している。奇しくも女の戦いになったのは意図してのことではない。

 

「しかし、妙ですね」

「妙? 何がだ、ホークアイ」

「彼女は暗殺に特化した存在だと推測されていました。凄まじい貫通力を持つ指は、地面の下や壁の内側からの奇襲こそが本領発揮だと」

「ああ、先ほどマスタングを狙ったようにか」

「ええ。ですが、彼女は今私たちの前に出てきている。堂々と、です」

「……話されている私が言うことでもないとは思うけれど、そういう話は本人のいないところでやった方が良いと思うわ」

 

 確かに妙だった。

 人間を舐めていないはずのラストにしては、あまりに人間を舐めた行動だ。

 ただの人間である二人と、火力に劣るメイ・チャンならば問題ないと判断したのか。それならば。

 

「舐められたもの──」

「後ろ、何か来まス!」

「──ッ!」

 

 何かが来た。

 ナニカ──だから、あの地下で見た、影。

 

 影の化け物だ。

 

 流石ではあったのだろう。オリヴィエは瞬時に前に跳び。

 故に、時同じくして伸びたラストの爪を避けることができなかった。

 

「……っ」

「止血しまス!」

「……フッ。奴には劣るが、やはり医者がいるのは……ありがたいな」

 

 刺さる、そのぎりぎりで体をひねり、腕の皮一枚をざっくり裂かれたオリヴィエ。軍服の袖が剥がれ、左腕が肩からだらりと露になる。邪魔だ、とばかりに袖を斬って捨てるオリヴィエ。

 血は一瞬にしてメイ・チャンが止めた。生体錬成はお手の物。メイ・チャンは遠隔錬成に長けているが、シンのどこかにはアレと同じくらいの精度で生体錬成を使う者もいるだろう。

 

「面倒ね、その小さい子」

「気を付けてくださイ──囲まれていまス」

「シンの氣を探る技術でしたか。我々の気配がわかるとか。そういう割には、シン国では奇襲や暗殺の類が絶えないそうですね。何か隙があるのでは?」

「フフフ……それを探ってみるのも面白そうだけど──もうそろ、お父様も痺れを切らす頃でしょう?」

「ええ。ですから私は、傘とやらを作っている四人を狩ります。ラスト、()()()()()()()()()()()()()()

「その言葉、そっくりそのまま返すわ、傲慢(プライド)

 

 影の化け物が消える。否、地中に潜っていった、というべきだろう。

 本来であれば消えたと見せかけての奇襲を警戒したところだが、メイ・チャンが首を振ったのを境に、オリヴィエとリザがラストへの攻撃を再開する。

 

「しかし、器用な、ものだな! 私からの攻撃を捌きつつ──銃弾の全てを避け、あるいは斬って捨てるなど──剣客か、貴様」

「努力をしただけよ。私達には時間がたっぷりあったから……それに、忠告も受けていたのだから、それを忌避して、どうにか逃れようとすることは生物として当然でしょう?」

「ハッ、人造人間(ホムンクルス)が生物か。……錬金術師、そうなのか?」

「私は錬丹術師でス! そして、人造人間(ホムンクルス)が生物かどうかはわかりませン! ただ異様な数の気配──凄まじい数の魂がその方の中にあることは事実でス!」

 

 メイ・チャンは完全にサポートに徹している。というのも、彼女の苦無の速度ではラストにおいつけないのだ。

 五角形を作り出さなければ発動しない遠隔錬成は、その一本でも弾かれたら無為に終わる。いくら沢山持っているとはいえ有限である苦無だ。できるのならば回収できる形で使いたい。故、二人が怪我をした瞬間に治療し、自らが死んだり怪我をしたりしないようにする立ち回りを取っている。

 前衛として出ているオリヴィエは何を気にすることもなくラストと切り結んでいるが、二人の間で中距離を保っているリザは細心の注意を払いながら戦わねばならない。

 これが気心の知れた隊員ならばともかく、オリヴィエと組むのはこれが初。彼女がどう動くかわからない以上、攻め手を倦ねるケースが多い。

 

「努力か。──良い言葉だ。だが」

「ッ──」

「これで、一度。ふん、労力に見合わんな」

「いえ、三度です。──今、心臓と脳に撃ち込みました」

 

 人造人間(ホムンクルス)

 それを殺す方法は至って単純。

 

 殺し続けることが、唯一の殺害方法だ。

 

 これほどの時間をかけて、三度。

 

 人間たちに課せられた任務は二つ。

 一つは、人造人間(ホムンクルス)達を中心に行かせない。エンヴィーが既に一度踏んでいるが、それでも発動はしていない。刺青の男(スカー)の推測によれば何かを発動させる必要があるらしく、それさえ妨げれば計画は進行しないはずである、と。だから、この地に集った者達は戦っている。

 もう一つは傘の維持。降って来た"お父様"を防ぐ傘。たとえ人造人間(ホムンクルス)達が中心のそれを起動せずとも、"お父様"が中心に触れてしまえば終わりなのだという。

 

 だから、守らねばならないし、殺さねばならない。 

 殺し切らねば──いつ如何なる方法でその発動とやらをされるかわからないのだから。

 

「一応聞いておこうか。──あと何回だ」

「えト……」

「フフフ。特別に教えてあげましょうか。──たったの十七万回よ。節約しないといけないと気付くにはあまりに遅かったから、これしか残っていないの」

「そうか。たったそれだけか」

「ええ、たったこれだけ」

 

 再生が終わる。

 無傷の色欲(ラスト)と、止血はしているものの、少しずつ傷の増えてきたオリヴィエ。

 

「ホークアイ。私に構わず撃て。勝手に避ける」

「……了解しました」

「それと──出番だ。早く来い」

 

 声に、何かがぽーんと飛んでくる。

 真っ白い何か。

 

 それは。

 

「はいはい、一応俺が元ご主人様なんだけどね」

「もうブリッグズは私の手に戻った。そして、アームストロング家に礼がしたいそうじゃないか。──十分な代価だろう?」

「もう少し高みの見物しとくつもりだったけど、まぁ、いいだろ。ってことで」

 

 フードを取る。

 金髪金眼。ニヤついた笑みが軽薄さを生む、少年。

 

「……まさか出てくるとは思っていなかったわ。貴方、こっちの計画を知っているのでしょう?」

「おん、知ってるよ。俺がどういう記号になるのかも、お前らがやろうとしてることも、大体わかってる」

「わかっているのなら、出てくるべきではなかったと思うけれど」

「まぁそうだな。俺がいなければフラスコの中の小人の計画の成功率は格段に下がる。俺が中心から遠ければ遠いほど下がっていく。──でもまぁ、呼ばれたし。まだアームストロング家に代価返し終わってないし」

 

 否、白いローブまでもを脱ぎ去れば、その下にあるのは──どこぞの国の民族衣装らしきもの。ゆったりとした異装は白を基調としていて、イシュヴァールのものともアメストリスのどこのものとも似ても似つかない。

 見る者が見れば。というかホーエンハイムが見れば言うだろう。「懐かしい物着てるな……」と。

 

「つーわけで、お前さんを変えたっぽい俺が、お前さんを阻みに来たワケだけど、なんか感想ある?」

「──無いわ。やることは同じだもの」

「だよな!」

 

 さて──ようやく。

 人知を超えた戦いが、ここにも広げられる。

 

 傘はいつまで保つのか。

 傲慢(プライド)が狩りに行ったエルリック兄弟らの行方は。

 

 どれほどが落ち、どれほどが残るのか。

 

 希望となるのは──勿論、彼。

 

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