緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
国家錬金術師制度が厳しくなった。
ブラッドレイが大総統に就任してすぐのことだ。それまでは国家錬金術師とは名ばかりで、軍属というよりは「国家資格を持っている錬金術師」という色合いの強かったそれが、完全なる軍の狗として扱われるようになった。
伴い、原作にもあったような、一年に一回の研究レポートの提出が義務化。
提出できなければ国家資格が剥奪され、研究資金も取り上げられる。
この制度はまぁ定期的に錬金術師をセントラルに来させて、監視と観察と、人柱候補足り得るかどうかの判断をするところが主目的なんだろう。
その点、俺にはクリティカルヒットだ。フラスコの中の小人が俺の血を狙っているというのなら、やっぱり中央には近づきたくない。またホーエンハイムの代わりに錬成陣を刻みに行く必要があるから、旅をする際今までのような五年十年をかけた道程が辿れない。
外周へ行って、すぐにセントラルに帰って、また外周へ……なんて繰り返すのはちょっと馬鹿らしい。
ので。
「おー……速い速い。いやぁ、文明の利器って奴?」
またまた前言を撤回し、俺は今列車に乗っている。
不老不死だから時間短縮をするようなものは使わない、と言ったな。考えが変わった!!
そんなこんなでクレタ国境線の帰り。アメストリスを巨大な円と見た場合、賢者の石作成に必要な錬成陣もカウンター錬成陣も、南方を底辺とした五角形を描いている。
第一次南部国境戦はアエルゴとのもの。これは右側の頂点。そしてエドワードが国家資格を取得する1911年10月に起こる第二次南部国境戦がアメストリスの左下、クレタとの戦いだ。
だから、というわけでもないんだけど、まぁピリピリしていた。かなーりピリピリした空気を感じ取りながら、クセルクセスの民を置いてきた。あ、ちゃんと「対話済み」の奴貰ってきたからな、協力してくれない、ということは無いと思うぞ。
さしもの俺も、俺の馬鹿な行動のせいで戦争ガー、なんてことに成ったらちょっとくらいは罪悪感を覚える。だからクレタとの国境の観光は程ほどに、列車に乗ってセントラル方面に帰っている最中なのだ。
……ブラッドレイが隣国に喧嘩売りまくってるからな。イシュヴァールの方もピリピリ度合いが半端じゃないし、もう観光なんて言ってる場合じゃない。そこかしこで戦争ムードが立ち込めているとでもいうべきか。
確かジャン・ハボックやロイ・マスタング、マース・ヒューズはこういう戦争の空気を感じ取って軍に入ろうと思ったんだっけか。そのトップが主導してるわけではあるんだけど。
ピットランドからリクスウェルポスト、そのままフィズリーへと繋がる列車の中で──ふと、二つ分の氣を感じ取る。
リヴィ橋のあたりだ。そこにいる。つまりそう、ホムンクルスが、二人。
ブラッドレイの奴じゃない。グリードでもプライドでもない。
……これは。
「ほんとにいいの?」
「
瞬間だった。
一瞬だった。
線路の上を走っていた列車が、その線路ごと、中の乗客も車掌も何もかもを巻き込んで──消える。
消滅する。
した。
「……っぶな。おいおい、いいのかよそういうことして。アンタら俺の血が欲しいんじゃねえの? それやったら、二度と取り出せなくなっちまうだろ」
「あれ? 全部食べたと思ったのに……うーん、もういっかい!」
二度目。
もう一度放たれるソレに、今度は自らあたりに行く。ただし当たるのは今しがた錬金術を施した部分だけだ。
肉がこそげ落ちる。骨にまで達したそれは、まるで空間ごと切り取られたかのように消滅し──ぐじゅる、なんて音を立てて再生する。
そして、持っていかれた方は。
「グラトニー、よく狙って。もう一度よ、心臓と頭を飲み込むの」
「はぁ~い」
「あー、やっぱ発動しないか。飲み込むつったって異空間に飛ばしてるようなモンだもんな。となると俺にできることは少なくて、」
ごっ、と。
直撃する。全身がその空気砲のようなものに飲まれ、消滅する。
そこにはもう、列車も、線路も、フードの錬金術師も──何も残っていなかった。
「食べれた!」
「ええ、偉いわグラトニー。それじゃ、お父様のところへ帰りましょう」
「うん!」
片や女性。妖艶な空気を纏う彼女は、異様に太った子供を引き連れて、荒野の向こうへ去っていく。
ぼよんぼよんと跳ねて移動するソレが、その震動が感じ取れなくなって──ようやく。
じゅるり、ぐるり、グギガラリ。
水音と肉の発達する音、骨が重なり骨格となる音。
あるいは魂を乗せないダミー人形を錬成する時に聞く音ではあるのだろうか。けれど決して──決して人間であるとは言えない過程を経て、そこに、その場所に、ぎゅるりじゅるりと再生する。
俺が。
「いやぁ、見境なしにもほどがある。が、俺の不老不死を舐め過ぎだな。核がある方からしか再生できない
耳が残されていたら、そこから。
指がちぎれていたら、そこから。
髪が抜かれていたら──そこから。
俺は再生する。死なない。俺は完全な不老不死であるけれど、それは副産物だ。何度も言っていることだ。俺は再生能力持ちなだけの一般クセルクセスの民だと。
そんでまぁ、俺じゃなくなった方は、俺じゃないんだから、俺じゃなくなる。
グラトニー。奴の疑似・真理の扉の中には、俺ではない肉片と血液が多量に零れ落ちていることだろう。あちらに頭があろうが心臓があろうが関係ない。あっちはもう俺じゃないから再生しないし、不老不死でもない。
綺麗に真っ二つに斬られたら、なりたい方で再生する。
細切れに分割されたら、再生したいところから再生する。
そして──喜べエドワード・エルリック。お前が原作通りグラトニーに飲み込まれるかは知らないが、もし飲み込まれたら足場が死ぬほど増えていることだろう。心臓に施された錬成陣は強力だからな、かなりの範囲を結晶の足場にしてくれるだろうさ。まぁめちゃくちゃ崩れやすいんだけど。
しかし。
フラスコの中の小人にとって、疑似・真理の扉は失敗作……ゴミ箱程度でしかなかったと思うんだがな。
俺の血を採取するために投入するには些か暴力的すぎる。そんでもって、何故ゴミ箱にしかならないかって取り出せないからだ。原作でエドワードがやったように正規の真理の扉を潜るくらいでしか帰ってくることのできない亜空間。
そんな場所に俺を堕として、果たしてどうするつもりだったのか。
取り出す手段でも開発したのか?
「……だから変えるの嫌だったんだよなぁ」
予測がつきづらい。コントロールがしづらい。
適当に木々から衣服を作りつつ考える。歩きながら、リヴィ橋の根元……ホムンクルスの気配を感じ取った場所まで歩く。そこに荷物とか放り投げたからな。いやぁ、予めホーエンハイムから預かった魂たちを避難させておいてよかった。もしあれごとグラトニーに飲み込まれていたらと思うと可哀想で仕方がない。
エドワード・エルリックに頭を下げて、「もし疑似・真理の扉に行くことあったら血の入った小瓶を取ってきてほしいんだ!」って頼み込むところだった。まだ生まれてすらいないけど。
にしても、だ。
フラスコの中の小人が不老不死を手に入れんとしている。俺に成り代わろうとしている、とホーエンハイムは言っていた。パッと思いついた意見がそれだ、と。
だけど、ブラッドレイは確かに「組み込まんとしている」と言ったのだ。
それってつまり、やっぱり
うーん。
わっかんねぇなぁ。
1897年9月。
来年にはイズミ・ハーネットが……いや、もうイズミ・カーティスとなっているだろう彼女が人体錬成に失敗する年。あぁあとロックベル夫妻の結婚する年でもある。
そろそろだ。
そろそろすべてが動き出す。"激動の時代"が始まりつつある。
懸念事項はあんまり増やしたくなかったけど、まぁ、俺だって方針を変えたんだ。
謎は謎として、解けない謎を傍らに置くことを楽しむとしよう。
それがたとえ自分の首を絞める真綿となっても、ほら俺不老不死だし!
最近、"生体錬成の権威"と呼ばれることが多くなった。
いやそれ勘のいいガキ嫌いおじさんのものだろ、ってツッコミはごもっともなんだけど、昔も昔から存在し、生体錬成の第一人者みたいな扱いを受け、いつまでもいつまでも若々しくあり続ける……というのは、まぁ、そこそこに目立つわけで。
顔をフードで隠していたって動きは機敏なソレだし、声も一切嗄れない。周囲の軍人や錬金術師が次第に老いさらばえていく中で、いつまでもいつまでも元気いっぱいなヴァルネラ君なのだ。その秘密が俺の錬金術にあると睨むものが出るのも致し方の無いことだろう。
実際、国家錬金術師制度が厳しくなってから、査定に提出しているレポートは生体錬成のものばかりだ。シンの錬丹術をも汲んだ新たな形の医学とでもいうべきソレは、アメストリスの生体錬成技術に大きな成長を遂げさせたことだろう。
アレなんだよね。
俺ほら、自分で人体実験できるから、他の奴より進み早いんだよね。動物実験だってやっぱり「人間と違う部分がある」ってトコがネックになる。その点俺は、治るだけで特に人間と違う要素のない身体をしているものだから、杉田玄白もとい解体新書よろしく、傷や病巣に対して詳細かつ効果的な生体錬成のレポートを書き上げられるわけだ。
ホーエンハイムには病は生体錬成ではなく医術の領域だ、なんて言ったけどな。
罹患部位を見極め、切り離すことを生体錬成と呼ぶのなら、医術の領域にも侵犯できるわけだ。
そしてそれを正常に治せるのなら──言うことは無し。
「──頼む、この通りだ」
そんな折である。
だから、"生体錬成の権威"とか呼ばれ始めて、プラスして医術にも精通していると思われ始めた頃。
俺が旅行きがちな、セントラル空けがちな錬金術師と知っていたのか、それとも偶然か。
セントラルを始発で出た列車の中に、二人はいた。
「この通りだも何も……まずどっかで降車しようか。目立つのは良くないだろ、お互いにさ」
明らか体調悪そうなイズミ・カーティスを背負ったシグ・カーティスに、出会ったのである。
セントラルとダブリスの間、機械鎧の聖地と名高いラッシュバレーで降車した俺達は、適当な酒場に入った。子供の俺を見てシグ・カーティスらに店主のキツい目が飛んだけど、そこは最近支給されたこの銀時計君を見せれば一発だ。
もーっと嫌な顔を向けられながら、ノンアルジュースを注文する。いやぁ、この二人だって飲めないだろ、今は。じゃあなんで酒場に入ったんだって、酒場か機械鎧ショップくらいしかないからねラッシュバレーって。
俺はこの身体の性質上機械鎧に世話になることは一生ないし、国家錬金術師は錬金術を軍事国家に売って生計を立てている奴ら、みたいな理由で嫌われている。特に錬金術を利用している機械鎧とその技師からはかなり嫌われている。民間錬金術師は好かれているみたいだけど。
「で、結局アンタ誰よ」
「俺はシグ・カーティスという。こっちは妻のイズミだ。……緑礬の錬金術師。この通りだ、頼む」
「とりあえず話は聞くけど、なんで俺が俺だってわかった?」
「その背丈で黒いフードを目深に被った錬金術師は、緑礬の錬金術師しか知らない」
……フードの色変えよ。赤……は被るから、青……も、青の団と被ってヤだな。
白は汚れるよなぁ。特に血で。どうすっかな。
「そんで、妻を治してほしい、ね」
「ああ……俺に支払えるものならば、なんでも用意する」
「そう? じゃあ命だ。子供の命が一つあれば、そっちの女性を治せるよ」
空間に罅が入ったような音が聞こえた。
勿論幻聴だ。幻覚だ。
けれど達人クラスの格闘家二人の殺気は、俺と、あと酒場にいたすべての人間にそう思わせるほどの圧があった。
「隠し事は無しにしようぜ、シグ・カーティス。アンタ……じゃないな。アンタは錬金術師じゃない。そっちの病気って偽ってる方だ。イズミ・カーティス。アンタだろう、禁忌を犯したのは」
「……」
「人体錬成。内臓が対価ってことは、ソレが生み出すために必要なものだったからだ。等価として見られたか、赤子が」
「……アンタは」
「はは、真理って奴の言い分は決まってコレなんだ。『それはできないよ、でも代わりにこれを見せてあげよう、勿論対価は頂くよ』──そんなに優しい口調じゃあないけどな」
人体錬成が何故失敗するか。
答えは簡単、できないからだ。失敗してるんじゃなくて、できない。この世界というフラスコの中にいる限り、この世界の生物はフラスコ内の法則に縛られる。あるいはできる世界もあるのだろう。死者を蘇らせるレイズデッドとかリザレクションとか、魔法で織り成される世界も存在するのだろう。
が、この世界の魔法は錬金術なんて面倒くさいしがらみに囲まれた技術で、その技術では必ず果てに辿り着く。その外側に死者の蘇生は存在するのだから、どれだけ手を伸ばしたって掴み得ない。フラスコの中の小人はフラスコから出たら死んでしまうのだから。
「と、ここまでそれっぽく振舞ったけどね。生憎俺はカミサマを気取るつもりはないし、知識マウントを取るつもりもない。いいよ、治してあげよう。なんなら失った臓器を補填してあげることもできる。どうする、錬金術師。その体、困るだろう。痛いだろう。苦しいだろう。──普通の人間と同じにまで戻してあげるよ、何の対価もなしに」
俺はそれができる。
臓器移植だって錬丹術を使えばお手の物だ。臓器の整形だってできる。
ならば、俺という健康体からあちらさんの身体に合うよう臓器を整形し、それを移植する──なんて荒業も何の問題もなくできてしまう。
俺じゃなくなった臓器は不老不死にはならないけど、だからこそ人間には馴染むだろう。
「タダだ、イズミ・カーティス。私欲で禁忌を犯し、罰せられ、罪を浴びたお前の傷を、俺がタダで治してやる──どうする? 治療を受けるか?」
イズミ・カーティスの答えは。
──拳、だった。
「さっきから……ぐだぐだ、ぐだぐだと……うるさい! カミサマを気取る気がないとか、マウントを取るつもりがないとか言っておきながら、ずっとずっと上から目線で、だってのにそんな覇気の無い声で……うっさい!」
覇気のない声は関係ないじゃーん。
……貫禄ってどうやったらつくんですかね、ゴルドの爺さん。
「錬金術師の基本のキは等価交換! 対価の無い施しなんて受けて堪るもんですかって──ごぶっ」
「イズミ!?」
まぁ、最初からだーいぶ調子悪そうだったのに、いきなり動いていきなり叫ぶんだもんな。
そらそーなるわ。
なんだっけ、内臓失って、ほとんど処置もせずにいるから、血の巡りが最悪なんだっけ?
いやいや、俺じゃなくても生体錬成に長けた医者に診せなよ。マルコー医師クラスは流石に無理にしても、そこそこいるよ?
まぁ女性錬金術師がかなり少ないから腹部を……おそらく失っているだろう子宮とかその辺を見せるってのは抵抗あるのかもしんないけどさ。
「イズミ。イズミ! 大丈夫か、イズミ……」
「アンタ、も……余計なことは、しないで……いい、から……っ」
あーあー、酒場のテーブルが血まみれだ。
とりあえずその吐き出された血を花の形に作り替えて、お掃除をする。うーん不格好。やっぱ俺こういう造形系の錬金術苦手だわ。
「うーん、じゃあ後払いでいいよ。おんなじ約束をダブリスのホム……トゲトゲ兄ちゃんともしてるんだ。あ、同じじゃないか、似たような約束を、かな」
「なに、を……」
「シグ・カーティス。彼女を運んで。あ、店主。お代はここにおいとくぜぃ」
施術はそれなりにショッキングな映像だから、流石にこんな公の場じゃやらない。
飲んでもいないジュースの代金をテーブルに置いて、店を出て。
適当な裏路地に入ったら、錬金術だ。
作るのは超簡易な箱。閉じ込められたことにシグ・カーティスが身構えるような姿勢を取るが、もう遅い。
年一の査定帰りだからね。色々薬品を持っていたんだ。その中の一つ、気体で、吸引する際に生物へ強烈な弛緩効果を齎すものを充満させる。俺は息止めてるから大丈夫。
巨体故にだろう、少しばかり効きが悪かったけれど、まぁ象でも眠らせるレベルのヤバい薬だ。ちゃんと効いてくれたようで何より。銭形警部は秒で起きるらしいけど、彼は銭形警部じゃないから大丈夫。
「シグ……どうした……の」
「今からアンタの腹を弄るからな、イズミ・カーティス。その絵面はとてもショッキングだ──とても誰かに見せられるものではない。アンタも早く呼吸をして、眠っておいた方が楽だぜ?」
「いらない、って……言ってるだろう……!」
「"好意の押し売り"って言葉知ってる? 無理矢理貸し作っといて、後で返してもらうんだよ。そうやって自分に都合のいい人間を作っていくってワケ」
イズミ・カーティスに、試験管から直接弛緩剤を嗅がせる。
それでも意思の力で意識を保とうとする彼女の体内に、同じものを生成して。
俺は、自分の腹を掻っ捌いた。
「──……な、に、……を」
「え、まだ意識あんの? ヤバすぎだろ。早く寝なよ、マジでグロいからさ。あ、あと予め謝っておく。子宮とかは無理。俺持ってねーからさ」
それに、それこそが本当の対価だろうから。
他はおまけで持ってかれたんだよ、多分。
おなじことをイズミにもする。
もう痛覚はないようで、ビクリとも跳ねない彼女の身体。その中身を調べ、俺の中から同じものを選出、それぞれを移植していく。彼女の身体に合うよう整形して、彼女の身体に沿うよう錬丹術で治し作り替えて。
臓器移植を素手で行っていく。
流石に。
流石に寝たらしい。寝たのか気絶したのかは定かではないけれど、うん、それがいいさ。
子供にトラウマ持ってるような人が、見た目子供な奴から臓器を移植してもらうシーン、なんて……そんな最悪の悪夢、見ない方が良いだろうからさ。
「等価交換だからな。あとで返してよ、思いついたらでいいからさ」
彼女の腹を生体錬成で塞ぎ。
俺の臓器と腹が再生で治り。
はい、完成。
血の巡りも格段に良くなったはずだ。で、あとは換気孔つけて。ドア作って。
「まぁ何? 一応妹弟子になるわけじゃん? ──そういう義理は大切にするのサ、少しくらいはね」
そんじゃま、16年後までごきげんよう。