緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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※なお最終話ではない。


第41話 帰り待つ家族

 ──"キング・ブラッドレイの身体を乗っ取ったフラスコの中の小人──つまり人造人間(ホムンクルス)の親玉がセントラルへ向かっている。目的は恐らく賢者の石の作成。このままいけば奴は元の力を取り戻し、次こそアメストリスは敵の手に落ちるだろう"。

 

 これが、黒い水──フラスコの中の小人が落ちてきたことで気を失っていた人々に説明された現状だった。刺青の男(スカー)。一度は、あるいは今も国家の敵であり、テロリストたるその男から零れる説明を、けれど誰も疑うことなく聞いて、信じて。

 

「……理解ができない、という顔だな」

「いエ、そこまでハ……ただどうしてでしょうカ、という疑念だけでス」

「それが、私にもわからないんだ。……復讐者になると決めた時。この国の安全を、無辜の民をも脅かすテロリストになると皆で決意した時、私の中には確かに復讐の炎があった」

 

 走り出した皆を送って、刺青の男(スカー)は図面を引いていく。

 その隣にいるのはメイ・チャンだ。重傷者の止血、応急手当を続けていて、彼女はフラスコの中の小人を追っていなかった。

 

「結局それは……ヴァルネラ、いやクロードと取引をしても、ブリッグズと同盟を組んでも変わらなかった。国家錬金術師。そしてキング・ブラッドレイ。私達はあれらを倒さねば、殺さねば──もう、人間には戻れないと。修羅の心持ちでいた。いた、はずだった」

「でモ今……いいエ、前に皆さんガ集まった時かラ、あなたのやっているコトは──まるデ、救世主を思わせまス。何よりあのブシュダイレンに頼られている事が……私達シンの人間にハ、考えられないことでス」

「……世界を救う、か」

 

 復讐者だ。だが、あの時──敵に利用され、操り人形となった紅蓮と、そして人造人間(ホムンクルス)によって同胞の全てを、唯一の肉親を失った時、彼の中に湧いた感情は「怒り」でも「憎しみ」でもなかった。

 だからといって「虚無」ではなく、「悲しみ」でもなく。

 ただ、「別の道があったのではないか」という──己を立ち返るような悔恨。復讐に身を焦がした時点で、死は決定づけられたものだった。ただ恩には恩を返すイシュヴァラの教義から、ひと時だけの休戦を……同一の敵を倒す、という話に乗って、その流れのままここまで来て。

 

 テロリストを育てるために逃がしたわけじゃない、と彼に言われた時、動揺してしまった自分がいた。いや、同胞達もそうだっただろう。

 だから、清算のつもりもあったのだ。今己らがしていることは。ブリッグズ兵と同盟を組み、仇敵と顔を合わせてまで人造人間(ホムンクルス)などというものを殺さんとするこの行為は、逃がされたことへの恩返しとしての、埋め合わせのつもりだった。

 そう頼まれたし、それを了承したのは勿論のこととして──だから。

 

「命を救われた対価は、命を救うことになるだろう。……けれど彼の命が救えない──救うに至り得ないものであるのならば」

 

 刺青の男(スカー)は自らの両腕を見る。

 施した錬成陣は、かつて自身が提起した「正の流れ」と「負の流れ」を汲んだもの。

 

「彼の友を救うことが、代価になるのだろう。……たとえその友が、憎むべき仇敵だとしても──憎しみより、恩の方が大きいと、自らが思いたいのであれば」

「……シンでは、あらゆるものに流れを見出しまス。大地の流れは龍脈とシ、生命の流れ、意識の流れ、人々の流れ、時代の流れ……すべてのものには流れがあリ、私達はその流れに流されていルだけだと」

「運命のようなもの、かな」

「はイ。そしテそれは、その場に留まって渦を作ルことはあってモ、遡ルことはありまセン。貴方が恩を覚エ、恩を返スという流レの中にいるのであれバ──」

 

 まだ、年端も行かない少女が。

 

「憎しみは留まル理由になれド、前に進まない理由にはならないかト」

「……やはり私も、書物だけでなく、本場で錬丹術を習うべきだな。この国の錬金術も、シンの錬丹術も……齧った程度ですべてを知った気になるのは、あまりに早すぎた」

刺青の男(スカー)サンの理解度は十分だと思いますけド……」

 

 いや、と言って。

 刺青の男(スカー)は一枚の紙を──アメストリス式錬成陣でも、シン式錬丹陣でも、クセルクセス式源流錬成陣でもない、奇妙な形の錬成陣の描かれた紙をメイに渡す。

 

「これハ?」

「私が復讐の全てを成し遂げ、死のうと思っていた時の……自決に使おうとしていた錬成陣だ」

「……」

「私たちはもう、イシュヴァラの(かいな)に抱かれることはできない。ならばせめて、肉体から魂を分離させ、地へ還らんと……そのままそれを死としようとした。今彼に必要なものは、これだろう」

「何故私に渡すのでスか?」

「君なら道をつけられる。今立ち上がったアレに、これをそのまま拡大することはできるか?」

「ならば、射出機を作る必要がありまス。私の肩ではあそこまデ──」

「もう、出来ている」

 

 用意が良い、なんてステージにない。

 すべてが準備万端なのだ。ただ唯一、彼にはまだ錬丹術の真髄──遠隔錬成ができない、というだけで。

 

「──問題ありませン。ですガ、発動させることは無理でス。この陣は、流れを汲んでいませんカラ」

「刻み付けるだけでいい。あとは彼がやるだろう。私が頼まれたのは錬成陣の作成であって、発動ではないからな」

「わかりましタ」

 

 世界がどちらに傾くか、など。

 刺青の男(スカー)はもう、興味が無い。かつてそれのために義憤を燃やし、国土錬成陣を利用した国土錬成陣を考えたこともあったが──それさえもどうでもいい。

 誰もいなくならない世界はもう作れないのだから。

 

「なんせ、正と負が──それを同時に内包することが、矛盾ではないと。そう体現する者がいるんだ。私だって、少しくらい矛盾しても──それは"人間"の内だろう」

 

 背を預ける。

 少しだけ休んで、また立ち上がればいい。

 さて──。

 

 

 

 

 

 ところで、錬金術の記号的には、太陽は魂を、月は精神を、そして石──即ち地球は肉体を表す。

 原作においてフラスコの中の小人は地球を一つの生命体として見て、その扉を開いていたけれど。

 

 この太陽と月、地球の関係を一つの生命体としてみることだって可能なわけだ。

 ……だからと言って、俺は扉を開けない。俺に人体錬成はできない。ただ魂に干渉できるだけの不老不死だ。あ、今のたとえがあるからって太陽に干渉できるわけじゃないぞ。そんなことできたら俺はとっくにソーラーレイ撃ってる。

 

 んでまぁ、俺が時間稼ぎをしていたのは、日蝕が終わるのを待つため。

 困るんだわな。

 

 月にいられると。

 

 激戦繰り広げてる皆々様方の前にヒーロー着地で飛び降りる。

 ホーエンハイムが作り出した土壁なんぞ、フラスコの中の小人には大して意味の無いもの。今奴の足を止めているのはロイ・マスタングの炎とエルリック兄弟の猛攻だ。あとの有象無象は知らん。意味があるのかないのか、銃弾なんか一発も通らないだろうに。

 

「あぁ!? 何しに来たんだよ今更!」

「──誰と、何を交換した。クロード」

 

 あらら、ホーエンハイムとエドワード・エルリックには随分と嫌われたなぁ。アルフォンス・エルリックは……あんまりこっちに構う余裕が無さそうだ。

 

「何をしに来た、クロード。ワタシは今そこそこ気が立っているぞ?」

「お話をしに来たんだよフラスコの中の小人」

「オマエと話した内容が益になった覚えが一度もないのだがな」

「そりゃお互い様だよ。そんで」

 

 一息。

 最強の眼があったころならまだしも、今のコイツは単なる超絶すんごいスーパー肉体を持った爺さんだ。シンの武術──というか大体の武術にあるだろう瞬きの瞬間に距離を詰める技術こと縮地は有効。

 

 肉迫し──ぶっ飛ばされる。

 まーた衝撃波だ。ホント何なんだよソレ。

 

「それで、なんだというのかね?」

「こう考えたことはないか。太陽が魂で月が精神、惑星が肉体を表すとしたときの話だ」

「今更、しかもワタシに向かって錬金術の講義かね? "時と場合を考える"、という言葉を知らぬらしい」

「釈迦がいねぇから説法できねーんだわ。まぁなんだ。肉体は作れる。肉人形なんざいくらでも作れる。精神は描ける。魂の定着錬成陣がそうだ。唯一作れないものが魂で、魂を作ることを人体錬成と呼ぶ」

「時間稼ぎか。くだらんな」

「じゃあ問題だ、フラスコの中の小人。お前、俺の血を使って再誕しただろう。──さて俺という存在は、魂と精神、精神と肉体──どちらの方の結びつきが強かっただろうか」

 

 ザンっと。

 ホーエンハイムが立ち上げた土の壁に、巨大な錬成陣が刻み付けられる。これは……メイ・チャンの遠隔錬成で、錬成陣を描画したのか。錬成陣の発動自体には至らないが、なるほどこういうことも。

 

「シンキングタイムはやらん。正解は魂と精神の方だ。肉体はおまけに過ぎない。──俺の血で再誕するってことは、俺の構築式を受け継ぐことに等しい」

「それが……どうした。既にワタシはカミで己を上書きしている。オマエの干渉など」

 

 ぐわん、と。

 何かがフラスコの中の小人を引っ張る。

 

「……?」

「不思議か? 不思議だろう。別に俺が干渉してるわけじゃねーからな。じゃあ何が干渉していると思う?」

 

 散々言ってる構築式とは何のことか。

 錬金術師ならすぐに答えられるだろう。構築式とは錬成陣のことだ、と。円に描く錬成陣。円をファクターにして発動する構築式。なれば血液という名の神の構築式も俺の構築式も、ある種の錬成陣であると言えるだろう。本来は逆なんだがそういうことにしておいたほうがおさまりが良い。

 どちらも血液が構築式である理由は簡単だ。これも前に述べたことだけど、不老不死と神は等号で結び得るから。どちらの意味でとるのも術者次第。まーだからっつって俺は神様でもなんでもないんだけどね。

 

「あっはっは、俺の血を使って再誕する──中々いい発想だが、やっぱりお前は不老不死に対しての造詣が浅いなァ!」

 

 踏ん張ったって無駄だ。

 月という名の精神が太陽()地球(肉体)の最短距離上から外れた今──最も結びつきの強い精神を太陽()は求める。

 

「お──オ、オ!?」

「ま、お前がセントラルで魂集めてたらちょっと危なかったんだよな。太陽()はお前を自らの精神と認めない可能性があった。他人のモンにまで手ェ出すほどがめつくないんだよ太陽ってのは」

 

 浮き上がる。

 フラスコの中の小人が、ブラッドレイの身体が。

 

「何故だ──オマエは、ワタシと同じはずだろう!? 何故お前は呼ばれない! 何故ワタシばかりが」

「おいおい、借り物の血でよく同じなんて言えるなぁ。俺の魂も俺の血も、俺のモンだよ。──カミでもなんでもないお前が御せるモンじゃねーのさ」

 

 だからまぁ。

 俺の血を取り込む、とか宣ってた時点で、ある程度の予見はしていた。不老不死は神の代替品になり得るんだ。そんなジョーカー、二つとあっちゃあいけない記号なのさ。

 

 太陽()が、フラスコの中の小人の中の血(精神)を──引っ張り上げる。

 この(肉体)よりも、結びつきが強いから。

 

「ホーエンハイム。アレ、発動できるか?」

「ああ。だが彼の身体は」

「しゃーなし、俺が抑えとくよ。頼んだぜ、俺に自由を与えた錬金術師」

「感謝の念なんて欠片もないくせに、こういうときだけ都合のいい……」

 

 ホーエンハイムが、メイ・チャンの刻んだ錬成陣を発動させる。

 魂の操作──正直ほとんど意味わからんが、刺青の男(スカー)兄が作り出したものならば信頼できる。そのための要否だし。

 

 んで俺の仕事は、ブラッドレイの身体を押さえておくこと。フラスコの中の小人にかかる引力で連れてかれかねんからな。流石にブラッドレイのスーパー超絶ミラクルチート超絶ウルトラ超絶ボディといえど、太陽に灼かれたら死ぬだろうし。

 

「よっと……おん?」

 

 浮き上がりつつあった彼の足を掴んで。

 

 ふわーっと……浮いていく身体。

 あ、そっか。俺子供だから全然無理だわ、押さえておくとか。

 

「何やってんだテメェ! アル、手ぇ貸してくれ!」

「うん……やっぱりすごいね。父さんと一緒で、手がかかる……!」

「おうクセルクセス人はみんな空気が読めなくてノープランで手がかかることにしたなアルフォンス・エルリック。正解だ!」

 

 クセルクセス王とかそうだったし。

 看守とか、見張り番とか。大体そうだったし。

 

「っ……おい、大佐! 少佐! 引っ張るの手伝ってくれ! アルとオレの重さでも──持ってかれる!」

「まぁ鋼のの重さは何の足しにもならんだろうからな。いやしかし、"大総統を引きずり落とす"という野望を抱いたことが幾度となくあったが、まさか物理的に引き摺り落とす日が来るとは」

「アームストロング家に伝わりしこの筋肉! まさに今こそ、この時こそ見せ所!!」

 

 そうして──出来上がるのは、大綱引き大会である。尾がいっぱいある獣を引っ張り出すアレかな?

 

 しかし、マズいことが一つ。

 俺さー、不老不死なんだけど、別に肉体の耐久力が高いわけじゃないんだよね。

 

 もう手首がギチギチ音を立てているし、肘の関節は外れている。ああ今肩も逝った。

 皮膚が裂ける。子供だからネー。こんな力に耐え得る設計ではないのネー。

 

「まだか、ホーエンハイム! そろそろ真面目にヤバいぞ! 割とマジで俺の身体が千切れる!」

「邪魔をするな、ホーエンハイム! 体さえ、身体さえあれば、たとえ宇宙空間に放り出されてもやり直せる──どうとでもなる!」

 

 マジで?

 それは想定外。ああでもそうか、別にコイツ自身は呼吸してるわけじゃないから、ブラッドレイの身体が生命活動を止めても関係ないのか。

 

 じゃあやっべ。

 真面目にやんないと、アレか。数百年後、数千年後とかに大宇宙錬金艦隊とか率いてこの星に来ることもあり得る感じか。

 それはそれで面白そうだが。

 ……別にそれでいいんじゃないか? どの道向こう数百年は帰ってこないだろ。その頃には要否の要たる奴らは全員死んでるだろうし、まぁ新しい要を見つけていても……いずれまた人間は現れるだろう。宇宙から飛来するコイツを迎撃する力熱(ねつ)は俺にゃない。

 

 ああ、けれど。

 ふと……必死の形相で俺を引っ張るエルリック兄弟を見た。

 

「エドワード・エルリック」

「ン……だ、よっ!」

「お前さぁ、これからどうするわけ? 肉体を取り戻すために旅してんじゃなかったの?」

「は──はぁ? こんな時に何言って」

「今さぁ、こんな大立ち回りして。でも得られるものなんか何もないだろ。ブラッドレイを引き戻して何になる。元敵だぞコイツ。寝返ったからお前ら側にいるだけで。ついでに言うともうすぐ死ぬ。寿命だな。──何をそんなに必死になって助けようとしてるんだ。エドワード・エルリック。アルフォンス・エルリックも」

 

 ビキッと。

 何かが──ブチ切れた音が聞こえた。手を合わせる音。

 エドワード・エルリックは自らの機械鎧を、そしてアルフォンス・エルリックも腕部の鎧に錬金術を発動させ──鎖とワイヤーを作る。

 そんでそれを、俺とブラッドレイに巻き付けた。

 

「さっきから聞いてりゃ──何が要否だ! 何が得られるモンだ! こちとら人間、そんな単純な損得勘定で動いちゃいねえんだよ!!」

「僕たちを助けようとしてくれた人を助けたいと思う。それがそんなに変ですか、クロードさん」

「オレ達の身体はいつかぜってぇ取り戻す! お前の助けは要らねえ! オレ達でなんとかする! だが、その前に!! ──オレはオレのやりてぇことをやる! 人助けなんかのために身を粉にするつもりはねぇ、ただ! 目の前で死なれると寝覚めが悪ぃから助ける! 人造人間(ホムンクルス)とか敵とか騙してたとかンなこた知ったこっちゃねえんだよ!」

 

 ふむ。

 ……体内に残った緑礬はあとわずか。生体錬成陣も流石にこの状況じゃ描けない。再生能力は再生する能力であって、筋力を強化したり耐久性能を上げる能力じゃない。

 どれほど熱を入れたって、どれほど怒られたって……無理なモンは無理だ。俺の身体はもう保たない。

 

 ──"君が等価交換を謳うのなら"

 

「そうだな。──ソイツは、いい考えだ。エドワード・エルリック」

 

 ブチッと。

 千切る。パージする。

 足を。

 

「は」

「え──?」

 

 そこから溢れ出た血が鎖やワイヤーを風化させ、それも千切って。

 

 一気に加速したブラッドレイの身体をよじ登って──顔のあたりに来る。

 

「よぉ、フラスコの中の小人」

「──諦めたか、不老不死!」

「いや? これもまた面白いって思っただけだよ」

 

 原作で、フラスコの中の小人に取り込まれて、ボロ炭へと硬化……というか炭化しようとしたグリード。

 あれを思い出す、ブラッドレイの口から出かかっているフラスコの中の小人を、むんず、と掴む。

 

「おい老眼。顎まで閉じれなくなったとか言わねえよな」

「──」

「ああそうかい。ま、老人の誤嚥はよくあることさなー。ゼリーでも詰まらせるんだ、こんな餅みてーなのはフツーに詰まるだろ」

 

 掴んで──引きずり出す。

 あっはっは、人格が顔という形で集中してるとか、直感的でいいな。

 

 ごぼっと吐き出される黒い水。ようやくホーエンハイムの、というか刺青の男(スカー)兄の錬金術が効いたらしい。効きが遅かったのは遠隔錬成だったこととホーエンハイムが自分で描いた錬成陣じゃないこと、そんでもってブラッドレイの身体能力故かね?

 けどなぁブラッドレイ。身体能力がやべーっつったって、老齢で無理にがぶ飲みなんかするからそんなことになるんだ。妻も、息子もいる身。帰りを待ってる奴がいんだから──身体は大事にしろ、っつってな。

 

「まさか、キサマ──ワタシを道連れにする気か!?」

「俺が、とは心外だなフラスコの中の小人。お前が俺を道連れにするんだよ。だが残念、俺は死なないんでね。太陽の寿命が来るまであの火の玉で過ごすのもアリだろう。お前が消滅しても、流石に太陽の引力からは抜け出せんだろうし」

 

 適当な距離でリリースできたらよかったんだけど、コイツ今巨大だからな。

 ワンチャン他の星に手をかけて、そっから戻ってくる可能性もある。だから、最期まで見届けてやんないと。

 

「生まれた所に帰る前に、生命の原初、太陽へと還ろうじゃあないか、フラスコの中の小人。水先案内人は任せろよ、慣れてるんだ、こういうの」

「やめろ──待て、離せ、待て! そ──そうだ、代価だ、オマエの名前の代価を渡しておらん! だから」

 

 ああそりゃ、勿論もらうけど。

 

「いいよ、後で。──ツケでもいいことで有名な等価交換屋さんだからな、俺は」

 

 

 

 立ち昇る。

 真っ黒な線が一本、太陽へと向かう。

 落ちてきた大総統の体は皆に受け止められ──太陽へ落ちていく二つは誰も彼もに見送られ。

 

 そうして。

 

 

 そうして──。

 

 

* * *

 

 

 扉があった。

 無地の扉。本来であればその者の生命図が描かれているはずの扉は、全くの無。

 そこにある扉は、ただの扉だった。

 

「なぜだ……」

 

 焼き尽くされた。

 あれほど眩しいものに。あれほど熱いものに。否、蒸発した、が正しいのだろう。

 痛みも熱さも感じる瞬間などなかった。それほどのものだったのだ。

 

「なぜ邪魔をする……おまえは何者なのだ……お前はなんなのだ、クロード!!」

「だぁから最初から言っているだろう。不老不死だよ」

「──!」

 

 いた。

 いないはずの存在が、いた。

 

 隣には、己に似た、輪郭の無いナニカ。

 

「なぜだ……なぜ私を阻む。不老不死であれど、神の代替品であれど……お前がそうも動き、私を止める理由にはならないはずだ。だというのに、なぜ!」

「おまえが棄てたからだ」

 

 ソレが答える。

 

「自ら生みだしたものを、棄てたからだ。感情を棄てるなどと嘯いて、作り上げた感情を持つモノを棄てた。そしてあろうことか、おまえは新たな存在になるために作り上げたモノたちを働かせた」

「何がおかしい! 私が作ったモノだ。私が作り上げたモノだ! 私のために働かせるのは当然だろう! それが道具というものだ!」

「ああ、そうだ。働かせることに不当はない。だが、棄てたのがいけなかった。所有するということは、責任を持つということだ。作り出すということは、作り出した責を担うということだ」

 

 だが、と。

 続けたのはソレではなく──クロード。

 

「だが、お前はそれを棄てたな。不法投棄って奴だよ。ははは、そんなことすりゃ当然罰せられるさ。が、まだその辺の法整備が整ってなくてな──だから、等価交換で手打ちとする」

 

 棄てたことに対する等価は。

 棄てられることだ。

 

「あの時、おまえは言ったなぁ。俺の名を聞いた時──"新たな世界に連れて行ってやる"と、お前は言った。正直足りないさ。だって俺は違う世界から来たんだから、二番煎じもいい所だ」

「……異なる歴史における、サン=ジェルマン伯爵をメインにした複合存在。それがお前だ、クロード。錬金術師であり、そして不老不死であり──あまりに近代であるためか神話における不死殺しの類にも遭遇しなかった怪人。お前は此方に呼び出される前より既に不老不死で、此方に呼び出された時、粉々にされて尚死ななかったのはそれが理由だ」

「おん。だーいぶ現代っ子に染まった自覚はあるぜ。自信もな」

「話が逸れ過ぎだ、クロード」

 

 だから、と。

 無理矢理に話を戻して、クロードは言う。

 

「取り立てに来た。だが、別の世界に連れて行けるほどの力がお前には無い。故」

 

 開く。

 ギィ、と。音を立てて─己の背にあった扉が開く。

 だが──あの黒い手は来ない。

 代わりに、押し出すような力が己の背を押す。

 

「こちらの世界に来てもらう。不思議だっただろう? 扉を開けたわけでもないのに、何故ここにいるのか。死んだのならここには来ないはずだからな。太陽に焼かれて死んだのなら、眠りという安寧を掴めたかもしれないが──そりゃ踏み倒しもいい所だ」

 

 だからお前には、新たな世界に来てもらう。

 この世界はお前を棄てたんだよ、フラスコの中の小人。

 

「待て──待て、おまえは、お前は何者だ! 不老不死だからなんだ! ここへ来る前から不老不死だから、だからなんだ! 何故お前はそちら側にいる! 真理の天秤のそばに立ち、まるで裁定者かのように──何様のつもりだ!」

「俺は鏡だよ。脆く壊れやすい鏡──ちなみにコイツはお前ね」

 

 その適当な紹介に、ソレは溜息を吐く。

 

「善意には善意を。誠意には誠意を。悪意には悪意を。害意には害意を。等価交換を謳いながら、コレのやっていることは反射と同じだ。錬金術における等価交換とは元の物質を別の物質に変換する際に等価でなければならない法則を指す」

「わたしは悪意など向けていない! 害意など欠片も持っていなかった! なのに」

「持っていただろう。利用してやろうという心。それが悪意でなくてなんだというのだ」

 

 良いものを見つけたと。

 組み込んでやろうと。計画に巻き込んでやろうと。

 

 十分だった。

 

「今からお前に、悪意を返そう。──じゃあな、フラスコの中の小人。意識だけの存在となり、未来永劫、何もない空間で過ごすといい──これが、新しい世界だ」

 

 飲み込まれる。

 どこかに。扉ではないどこかに。

 

 不老不死の、虚無の中に。

 

 声も言葉も、残せずに。

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