緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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次回、最終話。


第42話 降り臨む真人

 ロイ・マスタングがアメストリスの大総統になった。

 功績は言わずもがな、その甘いフェイスとキザな態度は少しばかりの反感を買いつつも国民の多くに受け入れられ、多くの人々から祝われることとなる。

 前大総統の40歳での就任をさらに上回っての30歳就任。これに対し出るかと思われたお偉方の反対意見は、──彼らが消滅していたので出なかった、なんてことは国民に知らせることもできないため、ロイ・マスタングの根回しがあまりにも上手すぎた、という結果に落ち着いた。

 

 此度の戦いでは戦死者が多く出た上、ゾンビ騒動や黒膜などが重なって国民の不安が膨れに膨れてしまっている。マスタング政権においてはこれをどう対処するかが目下の課題となるだろう。また、黒膜の異常事態を見てか隣国の動きも激しく、ロイの目指す国造りに手を出すには少しばかりの時間を要するだろう。

 フラスコの中の小人との戦いが終わっても、変わらず世界には血が流れるのだと。

 けれど、それを少しでも減らさんと動く者たちがいて、手を取り合おうとする者がいるのも事実で。

 

 クーデターなどの暴力的手段でなく、円満な引継ぎのもと行われた政権交代は、果たしてアメストリスに何を齎すのか──。

 

 

「というわけで、マスタングさん……マスタング大総統は来られないらしい。仕事が山積みすぎるからな」「うへぇ、大佐を大総統って呼ばなきゃいけないのが本当に……むず痒い」

「おう、代わりに俺が大佐になったからな。これからはロイを呼ぶみてーに俺の事大佐って呼んでくれていいぜ」

 

 そこに、一団はいた。

 一団──戦力的に見れば一個師団を名乗れるレベルの人数と能力を持つ彼らは、ある錬金術師らの護衛である。

 

 ある錬金術師。

 というのはまぁ、ヴァン・ホーエンハイムとエルリック兄弟、そして刺青の男(スカー)、さらにはメイ・チャンであるのだが。

 

 ここはイーストシティ、東方司令部。

 別にマース・ヒューズが左遷になった、とかではなく、ここでしかできないことをするために彼らはここにいる。単純に東方司令部に開けられたロイ・マスタング用の部屋がまだ借用状態のままだったから、この部屋を使用、及び練兵場を貸し切るという暴挙……もとい職権乱用にでたわけだ。

 

「ムムム……」

「どうした? 何かわからないところがあるか?」

「あ……はイ。いえ、シンではあらゆるものに流れを見出スと説明したのハ私なのですガ……私たちの星から太陽まで直線で流れヲ抽出する、というのが難しク……」

「ああ、それならアイツの使っていた方法を使えばいい……太陽を魂とし、月を精神とし、惑星を肉体とする奴だ……あれなら、既存の法則で代用できる」

「おいホー……クソ親父! 確認するが、アイツは生きてんだよな?」

「何度目の確認だエドワード……。そうだよ、アイツは生きてる。太陽で蒸発と再生を繰り返しながら、適当に怠けているはずだ。──だから、引っ張り出せる」

 

 そう。

 ここに集まった者達は、彼を──クロードを取り戻すために錬金術を編んでいるのだ。

 アメストリス式錬金術、シン式錬丹術、クセルクセス式源流錬金術。それぞれのスペシャリストに加え、アレンジの天才刺青の男(スカー)

 恐らく、こと知識において右に出る者のいない者達が考えるのは、クロード召喚の錬成陣……ではなく。

 

「アイツは今、単純に太陽の引力に引っ張られて出てこられないだけだ。それさえどうにかすれば、アイツはどうにかして地球に帰ってくるだろう。……まぁ他の惑星の引力に捕まった場合はもうどうしようもないが」

「だから、引力をどうにかする、というよりは魚を釣るように彼に糸をつけて引っ張る感じにするべきだろうな。その間様々な障害があるだろうが、彼ならば問題ない」

「けド、それだと莫大なるエネルギーが必要でス。正直言っテ……その、たとえホーエンハイムさんの賢者の石を使ったとシテも、賄いきれない規模ノ」

「太陽の引力に勝つ、とか土台が無理だからなぁ」

「ちょっと兄さん、それをどうにかするために僕たちここにいるんだよ?」

「……わーってるわーってる」

 

 太陽の引力に勝つ。

 それが無理な事くらい、ここにいる誰もがわかっている。もし簡単なことなら、クロードとて自ら帰ってきているだろう。まあ別にいいか、となってゴロゴロしている可能性は大いにあるが。

 

 そして──協力者はもう一人。

 

「……」

師匠(せんせい)……あんまり根詰めると体に障りますよ」

「……いや、別に……あぁ、まぁ、そうだね。少し……落ち着くことにする」

 

 イズミ・カーティス。

 彼女もまたクロードを呼び戻そうとしている一人だった。

 

 その理由は──シグ・カーティスにある。

 

「……多分、私だけなんだろうね。こんな不純な動機で……アイツを呼び戻そうとしてんのは」

「あ、私はブシュダイレンをシンに連れ帰るために手伝っていまス」

「おいチャン家の! 聞こえてるぞ! ブシュダイレンを連れ帰るのはオレ達ダ!」

「でもあなた達ヤオ家は今無能じゃないでスか」

「むのっ……!?」

 

 シグ・カーティスの意識は、未だに戻っていない。

 意識不明の重体だ。彼を治してもらうための代価は、エドワードが払った。それを成立させるために彼女は知恵を回している。

 クロードを助けるためだとか、立役者だからとか、そういう理由ではない。

 

 まだ内臓(ナカミ)の代価も支払っていないというのに、弟子に代価を支払わせて、夫を治療してもらおう、などと……なんて考えるたび、思考がずんずんと負へ落ちて行く。

 

 そして。

 

「どうしたんですか? 錬金術師さん」

「……いや、なんでもないよ」

 

 セリム・ブラッドレイ。

 そう、ブラッドレイ親子もこの場にいるのだ。

 

 直接全てを聞いたわけではない。

 ただエドワードが、「セリムは……。……い、いや、なんでもないです……」なんて態度を取るものだから、察してしまっただけだ。

 

 この、目の前でにこにこしているだけの少年が。

 "そう"であることを。

 

 ──人々の確執は、まだ抜けきっていない。

 それは誰もがそうだ。刺青の男(スカー)もブラッドレイにはまだ思うところがあり、ロイや生き残った国家錬金術師らにも憎しみに似た感情がある。

 アルフォンス・エルリックもまだ体を取り戻していないし、エルリック兄弟とヴァン・ホーエンハイムとの関係も完全に改善されたとはいえない。ロイ・マスタングの悔やみも、アレックス・ルイ・アームストロングの姉に対する畏敬も。

 

 すべてがすべて平和で大団円なハッピーエンド、ではないのだ。

 

 その中で、果たして。

 彼を呼び出すことが……少しでも「正の流れ」へと繋がると、この場にいる誰もが信じている。

 

「心配するな、錬金術師」

「……ブラッドレイ、前大総統」

「アイツは約束を守る。たとえどれほど遅くなってもな。あれほど等価交換を謳っておいて、自身は未払いに終わることはない。そして──取り立ても同じだ。あとで取りに来ると言ったのだろう? ならば必ず来るぞ。拒否しても、な」

「あなたにそう念押されると、なんだかそうである気がしてきますね」

 

 無理矢理に笑うイズミ。

 その顔に、セリムは。

 

 

 

 さて、夜である。

 まだ錬成陣は完成していない。基礎は出来上がったが、肝心の中身が曖昧だ。何よりどうやってクロードを掴むのか、という問題が出てきて、そちらに集中してしまったのが大きいだろう。

 

 睡眠の必要が無いホーエンハイムだけが残って作業するそこに、一人、現れる者があった。

 

「……どうした。眠れないのか」

「眠りませんよ、私は。元から。今までは母上と共に眠ったふりをしていましたが」

 

 セリム。

 ──否、傲慢(プライド)だ。

 

 此度の戦いで最も多くを殺し、シグ・カーティスに重傷を負わせ、人造人間(ホムンクルス)側の計画のほとんどをその手のひらの上で練り転がした──ある意味での黒幕。

 フラスコの中の小人の「後は任せたぞ」という言葉に忠実に従い、すべてを完璧に熟して終えた、冷徹なる人造人間(ホムンクルス)

 

憤怒(ラース)はどうした」

「消えました。お父様に飲み込まれて。……私は、特別ですからね。少しばかり消化が遅かったようです。おかげで生き残ってしまいました」

「……まだ人間に敵対する気はあるのか?」

「ないですよ。意味がありません。……母上が死ぬまでは、セリムを続ける気です。ただ、この容れ物は微量しか成長させられないので……私としても、彼に帰ってきてもらう必要があります」

「なんだアイツ、人造人間(ホムンクルス)の容器まで作れるのか」

 

 月が大きい。

 だから影も大きい。

 

「……おかしな話をしてもいいでしょうか、ホーエンハイム」

「ああ」

「私達人造人間(ホムンクルス)は、お父様の感情を切り離す形で生まれました。憤怒(ラース)……いいえ、お父さん曰く切り離せてはいない、とのことですが、少なくとも生まれた直後の私の中にあった感情は傲慢だけだった」

「……」

 

 影が揺れる。

 紛う方なき、れっきとした──化け物がそこにいる。

 

「ただ……そこから、人間を観察することで、幾つかの感情を拾ってしまったのでしょうね。……今の私は──私という、傲慢(プライド)という存在からしたら、あり得ない感情を抱いている」

「それは?」

「……"私はここにいてはいけないものだ"。"私は殺されるべきだ"。"兄弟は皆いなくなったのに、私は何故ここにいる"。……つまりは」

「孤独。そして悔恨か。確かに傲慢(プライド)が抱く物としてはあり得ないな」

「はい」

 

 正反対の感情だった。

 そして、人間に抱くはずの無い感情でもあった。見下している人間に対して──罪悪感のようなものを抱くなんて、絶対にありえない。──はず、だった。

 

「……それで? 結局お前は何が言いたいんだ?」

「罪滅ぼしをするべきだ、と。そう思っています」

「罪滅ぼし、ねぇ。それは無理なんじゃないか? 皆の前でお前が傲慢(プライド)だと明かせば、流石に皆殺意を押さえられないだろう」

「はい。……私にはこれら錬成陣の詳しいことはわかりませんが、もうほとんど出来上がっているのでしょう?」

「……まぁ、な。刺青の男(スカー)と協議して、少し危ない橋を渡ることにした。それさえクリアすれば、あとは全部繋がる」

 

 危ない橋。

 そうしなければならない程に、太陽は強い。

 

「ではそこで、私の賢者の石を使いなさい」

「……そんなことをしたら、バレるぞ」

「勿論影の姿で行きますよ。あるいは地中を回り込むか。騒ぎにはなるでしょうが、発動の直前で現れることで軽減も図れるでしょう」

「もし、バレたら?」

「その時は潔く殺されますよ。一人で生き残っても仕方ありませんからね。……ああ、でも、母上が守ってくれて……しまいそうだ。もしあの人が身を挺して庇って来たら、私は潔く死ぬことができない……ふむ」

 

 その様子に。

 ホーエンハイムは、おかしくなって、笑ってしまった。

 

「……なんですか」

「いやなに、どこが化け物だ、と思ってな。……フラスコの中の小人も、本当に……子育てが下手だな。俺と同じだ」

 

 優しい目で。

 ぽんぽん、と……セリムの頭を撫でるホーエンハイム。

 

「その罪悪感は、罪滅ぼしを行ったところで薄れることはないぞ」

「わかっています。別に罪悪感を軽減するために罪滅ぼしをしようと思っているわけではありませんよ。どの道私は、父と母上が死んだ次の日くらいには、死ぬ予定ですから。ただ……父も母上も死んでしまった世界で、のうのうと生きていくつもりが私にはありませんので。その時に無為に使い尽くすくらいならば、今ここで使う方が有益でしょう」

 

 強い目だった。

 話している言葉は、なんならクロードのそれと同じ有益無益のそれなのに、そこには愛があった。

 

 嫌なのだと、わかる。

 愛を失うことがどれほど怖いことか。失ったことが無いからこそ、傲慢(プライド)は恐れている。自らを愛してくれる二存在がこの世を去ることに──ああ、彼は耐えられないのだろう。

 耐えたくないのだろう。

 

「……わかった。影で俺の影に接続しておけ。錬成反応は自分で上手く隠すといい」

「はい。どうぞ、上手く使ってください。此度の戦いで多くを得ましたからね」

「あんまりそういうこと言うもんじゃない……って、いないか。……はぁ、空気が読めない所はアイツの血統かね……」

 

 エルリック兄弟が聞いていたら「お前が言うな!」と怒鳴られるだろう言葉を吐いて。

 

 ホーエンハイムは、最後の詰めにかかる──。

 

 

 

 

 朝、というよりは昼。

 錬成陣は、完成していた。アメストリス、シン、クセルクセスの全ての知識と、刺青の男(スカー)の閃き、そしてエルリック兄弟の気付きなど、あらゆるものを詰め込んだ錬成陣。

 また、イーストシティ近辺に刻まれた「元に戻す」効果を持つ錬成陣も一瞬だけ使用する予定があるため、アルフォンス・エルリックはここで退場となった。もし魂定着の陣が「元に戻された」ら困るからだ。

 やっぱり早く身体取り戻さないとなぁ、なんてしょぼんとしつつ、アルフォンスと、そしてエドワードも付き添いで、イーストシティから去っていった。無論、彼らにもやることはある。この六角形の錬成陣を、外側から発動させる役目が。

 

 時刻はその汽車が六角形を出た頃合い。

 正午手前。

 

「──始めるぞ」

「はイ!」

 

 練兵場に描かれた巨大な錬成陣。

 その中心部にコトりと置かれるは──小瓶。真っ黒い液体が入った小瓶だ。

 

「ウ……」

「なんダその氣は……」

「あれ、説明してなかったっけ? これは不老不死だよ」

 

 そんな、間抜けた声でホーエンハイムは言う。

 

「不老不死……?」

「かつてクセルクセスにおいて、クロードを呼び出すために使われた流体だ。極小のマグヘマイト、マグネタイトを磁性を帯びさせながら過集中させて作り出されたもの。無論クロードの召喚……というよりは不老不死の上書き、なんてものは失敗に終わったわけだけど、少なくともクロードはこれを目印にこっちへ来た存在だ」

「つまり、アンカーになル?」

「理解が早いな」

 

 錬成陣は円から辿る構築式が中心へ向かうことで上昇力を得て、その統一点たる中心に効力を発揮させる技術である。

 

 彼を呼び戻すというのなら、何かアンカーとなるものが必要だった。

 そうでなければ、こちらが太陽に引っ張られてしまいかねないから。

 

「固定はしなくていいのカ?」

「これから物凄い力がアイツを引っ張る。だから、この小瓶もその力で圧し潰される。固定なんかしなくても、勝手に固定されるよ。……さて、そろそろ正午だな」

 

 地面に描かれた錬成陣。

 その端──円周上の四か所に立つ四人。メイ・チャン、イズミ、刺青の男(スカー)、ホーエンハイム。そして、ホーエンハイムの影にこっそりと接続してきた、細長い影。

 

「行くぞ!」

 

 発動する。

 ──瞬間、東方司令部の窓がすべて割れた。地鳴りと地響き。ブラッドレイらの護衛がすぐに三人の身を隠し、他の者達も構える。

 パチパチと音を立てて──ホーエンハイムの影を伝う赤い錬成反応。それに気付く者はいない。あまりに圧倒的で、あまりに神々しい天からの光に目を奪われているからだ。

 

 激しい風、激しい力。

 メイ・チャンは姿勢を低くし、吹き飛ばされないよう踏ん張る。

 

 ──も。

 

「きゃ、ぁあ──アっ!?」

「こ、の……円に入らなけれバ、いいんだよナ!?」

「踏ん張れ小娘! この、やはり錬丹術師は軟弱な者が多イ!」

「く……」

 

 吹き飛ばされるメイ・チャンを、後ろから支えるは──ヤオ家の三人。

 

「何故……」

「ブシュダイレンを連れ帰らねばならなイのは此方も同じダ! どちらに付くかハ彼次第とはイエ、まずは帰ってきてもらわネバ話にならン!」

「ランファン、フー! 後ろにボルトを打ち込メ! 練兵場の修理費ハ大佐サンにツケる!」

 

 その様子を見て、今まで見ているだけに徹していた軍人たちも、刺青の男(スカー)やイズミ、そしてホーエンハイムの後ろについて、彼らを支える。

 

「ありがたいが、円には入るなよ! 一瞬で潰されるぞ!」

「応!」

 

 これほどの力が発されていても、実はまだ太陽に作用してすらいない。太陽と地球の距離は149600000km。光速でも八分はかかる。

 その間この錬成陣を維持し続けると共に、術者が飛ばされないようにすること、そしてこのエネルギーを錬成陣から出さないこと。

 単なる衝撃波でも先ほどの被害が出たのだ。

 もし逃がせばどうなるか、など。

 

 ──そうなる前に、ホーエンハイムは錬成陣を破棄し、リバウンドを受けるつもりであったが。

 

 減っていく。

 目減りしていく。ホーエンハイムの中の賢者の石が。そんな彼の服の中……背中側を通って、襟首から出てきた黒い影が囁くように声を発す。

 

「何故使わないのですか。尽きますよ、君」

「……俺だってお前と同じなんだよ。本当はフラスコの中の小人相手に使うつもりだったが、残ってしまった。内側で"やれやれ"だの"だからお前は計画性に富まんと何度言ったら"とか"お前の息子たちはもう大丈夫だ"とか……余計な世話ばかり焼いてくるのも解放しないといけないしな」

「……」

「安心しろ、ちゃんと、使うときに使うから……それまで夫人たちを守っていろ」

「……そうですね」

 

 引いていく。

 影は──また、ホーエンハイムの影と繋がるだけに戻った。

 

  

 次第に強くなっていく圧力に。

 次第に広がっていく力の作用範囲に。

 ジリジリと押されつつある全員。

 

 その中で、刺青の男(スカー)がハッと顔を上げる。

 

「捉えた!」

「でかした!」

刺青の男(スカー)サン、共有くだサイ! 小瓶と固定接続しまス!」

「ああ!」

 

 力の中であろうと、流れがあれば錬丹術は通る。錬成陣の円周上に刺さった苦無を通り、メイのもとへその情報が入る。

 メイがその流れの先を変更し、小瓶へと固定。これでアンカーとの接続ができた。

 

 後は引っ張るだけだ。

 

 ──強い力。本当に強い力が錬成陣を叩く。

 ピシリ、という嫌な音が鳴ったのは気のせいではない。

 

 耐えられていないのだ。練兵場の地面が。

 

「……やはり人間は……どうしようもない」

 

 直後、錬成陣の下の地面が全て黒色に変わる。

 氣で、そして直感でわかる者はいただろう。目を閉じていて、口を閉じていても──そんなことはあり得ないのだから。

 

 それでも何も言わなかったのは、今この場で扱われている力がとんでもないものだとわかるからだ。

 もしこれが暴発したら。

 だから、騒げない。騒がない。錬金術師の集中に任せる。そうでなければ。そうでなければいけない。

 

「使いなさい、ホーエンハイム。私一人分を隔離した、生まれ落ちてからの私の全てを」

「……ああ」

 

 使う。

 

 遠いところ。東方司令部の屋上で──巧妙に隠されてはいるが、錬成反応が迸る。

 わかった、のかもしれない。

 ブラッドレイ夫人が膝の上にいるセリムの手を握る。決して彼女には見せない角度で──酷く顔をゆがめていたセリムを。

 賢者の石を他者に使用される、というのは、中々に耐え難い痛みだった。それでも悟られたくなくて、なんでもないかのように振舞っていた彼の手を、ぎゅ、と。

 

「……帰ってこい! クロード! そして、借りたものと貸したものを皆に返せ! 私もまだ返し終わっておらん──私の死に立ち会わぬつもりか、不老不死!!」

 

 大きな声だった。

 もうすぐ寿命の尽きる彼の声だった。

 

 看取れ、と。

 葬儀に出ろと。

 不老不死を名乗るのならば、それくらいはしろと、押し付ける。

 

 

 パスは刺青の男(スカー)とメイ・チャンが繋げた。

 後の詰めは、イズミとホーエンハイムだ。

 

 危ない橋。本来は刺青の男(スカー)が払おうとしていたそれを、自分が払うと言ったのがイズミだった。足りないのだ。プライドの賢者の石だけでも、足りない。

 

 イズミは──ゆっくり、ゆっくりと。

 その力の中に入る。気を抜けば圧し潰されてしまう力の奔流の中を、歩く。歩いて、中心に向かう。

 

 姿勢をまっすぐに。

 一切ぶれず、同化する。全となる。一を全に認識させない。流れの中にあり、流れに逆らうことなく佇む姿は、達人のそれだった。

 

「──代価を払う!」

 

 そして、叫ぶ。

 代価。代価だ。

 

 まだ取られていない代価を払う。

 内臓の代価を払う。

 

「私は──夫以外、いらない! あの人がいれば、それでいいと理解した! だから!」

 

 親指で、胸を指す。

 太陽に咆えて、それを宣言する。

 

「だから、持っていけ! そして、そのためにここまで来な、緑礬の錬金術師!」

 

 幻視する。

 真白の空間で、誰かが笑う。

 

 ──"残念ながら二番煎じ、インパクトの欠片もねーが……ま、代価は代価だろ。どうよ真理。この答、気に入ったか?"

 ──"気に入るはずがないだろう? そんなありきたりな解答、未熟者でも出せる結論だ。……だが、今回は私ではなくお前の判断だ、クロード。好きにしろ"

 ──"あっはっは、んじゃあ、まぁ"

 

 何かが、着弾する。

 何かだ。何かだ。

 イズミの目の前に、轟々と燃える何かが着弾した。

 

 それは断片でしかない。

 なにか、肌か、骨か。

 今すぐにでも燃え尽きそうな──炭化していくソレが。

 

「そこまで言うなら貰っていくけどさぁ。それだと失ったモノは取り戻せないぜ?」

「構わない。今いるあの人を、私は愛している」

 

 ぐじゅる、と音を立てて──再生する。

 あと一秒もあれば炭化しきっていただろう肉片から、少年が再生する。

 

「抑え込め!」

 

 彼を認識した瞬間、ホーエンハイムが叫ぶ。

 抑え込む。彼を、ではない。

 

 暴れ狂う錬成エネルギーを、だ。

 少しでも外に漏らせば破壊が齎されるだろうソレ。

 想像以上に大きい。想定外に強い。

 

 太陽の引力に勝った錬成エネルギーだ。

 それがはちきれんばかりに暴れ狂い。

 

 

「今だ、アル!」

「うん、行くよ兄さん!」

 

 

 外側。

 六角形の外側に出た二人の発動する錬成陣によって、「元に戻る」。

 

 暴れずに、拡散せずに──エネルギーが太陽へ直進するように上昇していく。

 

 この錬成陣は「神の代替品」であるクロードの血をこれでもかと使った錬成陣だ。故にその効果は太陽を凌駕する。本人にそんな力はなくとも、この錬成陣にはその力がある。

 

 だから。

 

 だから──。

 

 彼は。

 

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