緑礬の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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最終話 それぞれの旅路のその途中

 煩雑に店が立ち並ぶ通りの一角。

 そこで大きく新聞……に似たものを広げる少年がいた。

 

「シンの次期皇帝はチャン家の皇女! 何代ぶりかの女王! いやぁ、ランファンの料理じゃダメだったか!」

「うるさイ。……ブシュダイレンが私の料理を気に入らなかッタのが悪イ。努力はしタ」

「へぇ、じゃあ今度食わせてくれよ」

「……構わなイ。代わりニお前はシン語を覚えロ」

「うっ……へいへい。まぁここに住むんだ、そろそろちゃんと覚えねえとなぁ」

 

 少年の対面に座るのは少女。

 いつもの忍び装束はどこへやら、この国における普通の衣服で、目の前の少年のからかいを受ける。

 

 そこへ、ドカッと料理を置いてきたのが──糸目の、ピクピクと青筋を痙攣させている青年。

 

「あのなぁエドワード。……今すっごく敏感な時期なんダ。俺たち以外の部族も出入りしテイテ、そんな場所のど真ん中でそんなこと叫ぶナ。誰に絡まれても知らんゾ」

「ひゃあ、暴力沙汰のプロ、ヤオ家の当主に絡まれてル~」

 

 口と舌を三角に尖らせて煽りまくる豆粒ドチビ。

 その彼の背後に編み笠を被った老人がやってきて──思いっきり、肘鉄を落とした。

 

「っでぇっ!?」

「若、書筒を預かってまいりました」

「書筒? 誰からだ?」

「チャン家の小娘……おっと、次期皇帝からです」

「ちょ、ちょいちょいちょい、俺の頭殴ったことは完全無視かよ!?」

「当然ダロウ。お前が悪イ」

 

 エドワード・エルリック。リン・ヤオ、フー、ランファン。

 彼らがいるのは──シン国。

 

 ヤオ家の故郷にして、エドワードにとっては初の国外である。

 

「……!」

「ん? どしたぁ、目ぇかっぴらいて」

「……エドワード。しっかり聞いてくレ」

「お……おう。どうした、改まって」

 

 フーから書筒を受け取ったリンが。

 声を震わせて──それを告げる。

 

「──ブシュダイレン、クロードが処刑されタ」

「……なん、で……」

「ランファン、フー! 支度をしろ! ──捕まえに行くぞ!」

「って、あぁそういうことかよ! 深刻な顔になったオレの表情筋返せ!」

 

 カバンを取って。

 物凄い速さで準備をしていくヤオ家の三人についていくエドワード。

 

 クロードが処刑された。

 ──つまり、逃げたということだ。これで「首を斬れば死ぬ」と思われたらチャン家の名が落ちるかもしれないし、捕まえて、あるいは交渉してもう一度皇帝のところに連れて行けばヤオ家の信頼が上がるかもしれない。

 まだメイ・チャンは次期皇帝でしかない。ほぼ確定したようなものだが、可能性はゼロではないのだ。

 

「ちょ、おいオレそんなぴょんぴょん跳ねられねーって、オイ待てよ!」

「今忙しい! 落ち着いたら迎えに来るから、それまで適当にぶらついてろ!」

「いや、まだシン語ほとんどわかんねーって……もういねーし」

 

 ぴょんぴょん跳ねて、建物の向こうに行ってしまった三人を見届けて。

 エドワードは、ドカッとその場に座る。

 

 そして……ダラダラと冷や汗を流しながら、立ち上がった。

 

「お客さん、お代」

「デスヨネ!」

 

 ダッシュである。

 だってエドワードはシンのお金を持っていないから。ヤオ家が奢ってくれる予定だったから。

 

 さて──始まるのは大逃走劇だ。

 錬丹術は浸透していても、錬金術はほとんど知られていないシンで、それはもう道やら建物やらをボッコボコにしていくエドワード。

 

 金髪金眼豆粒ドチビということもあって、新たな伝説が広まるのもそう遠くない話。

 赤いコートを着た──食い逃げ妖精の話が。

 

 

 

 

 

「兄さん、ちゃんとやれてるかなぁ」

「大丈夫でしょ。エドなら、どこでだってやってける」

「でも兄さん、シン語もほとんど覚えないで、お金もその日稼ぎで良いとか言って……絶対騒ぎ起こしてると思うんだ」

「まぁ、想像に難くないわね」

 

 ところ変わってアメストリスはリゼンブール。

 洗濯物を洗うのはアルフォンス。無論、まだ鎧。

 彼の背後で洗われた洗濯物を干すのはウィンリィ。

 

 結局のところ、エルリック兄弟の身体を戻す方法はわかっていない。

 答えを知っていそうな奴はいくらかいるけれど、自分たちで答えに辿り着くと決めた以上は頼らない。

 エドワードはシンへ行って錬丹術を学び、アルフォンスはアメストリスで文献を探す。というのも、鎧のままでシン国へ行けば、ブシュダイレン亜種として騒がれかねないからだ。

 

 互いに、二手に分かれて知識を探ることにしたのは、やはり錬丹術の可能性があまりに魅力的だったことが大きいだろう。

 遠隔で錬金術を発動させるその手法は、アルフォンスの肉体をどうにか引っ張って来られないか、という発想にも繋がった。

 

 それと。

 

「僕、実はまだクロードさんに代価を返してないんだよね」

「あぁ、記憶を戻してもらった、とかいう奴?」

「うん。……何か返せるものあるかなぁ、僕」

「なかったら作ればいいんじゃない? ……あ、そうだアル。あたし決めたの」

「決めた、って……何を?」

 

 洗濯物を干しながら。

 ウィンリィは──悲壮とか、後悔とか、そういうものの一切ない声で。

 

「医療用機械鎧の普及と、……町医者になるための勉強をする」

「……お医者さん?」

「そう。あ、勿論機械鎧技師も続けるわよ。でも……やっぱりお父さん達に憧れもあるし、あの時私に力があればって、そう思うし」

「ウィンリィ……」

「だから、私は医術を学ぶの。どっちもできたら、どっちの患者にも対応できるでしょ」

 

 だからそれは、後悔ではなく。

 決意、だ。

 

「……敵わないなぁ」

「もしアンタたちが体を取り戻せなかったら、あたしが作ったげるわ。全身機械鎧!」

「あはは……それは頼もしいけど、でも大丈夫。僕たちは絶対身体を取り戻すから」

 

 力強い声で言う。

 

「体を取り戻したら、クロードさんに代価を渡して……そっから先はわかんないや」

「いいんじゃない? あんまり遠くばっか見てると首が疲れるぞ、ってあたしもドミニクさんに言われたし」

「あはは、確かにね。……そうだね。小さな目標を……一つ一つやっていかなきゃ」

 

 のどかで、平和な──リゼンブールでの一幕。

 

 

 そして。

 

「……まだなんか書いてたのかい?」

「ん……まぁな。結局……まだ死ねてないんだ。だったら、いつかアイツらが必要とするかもしれないものを書いておくのもアリだろう」

「フン、今死んだらトリシャが驚くよ。"もう来たのか"って」

「……ああ。もう少し世話になるよ、ピナコ」

 

 彼も、また──まだ。

 

 

** + **

 

 

 ドカッと椅子に背を預け、ふぅ、と大きなため息を吐くは──ロイ・マスタング。

 アエルゴ、ドラクマ、クレタ。この三国からの干渉が最近激しくなっていて、それの対応に追われているのだ。

 黒膜を見たのだろう、「異常が起こっているようだから救援を送る」だの「災害に見舞われたようだから兵を送る」だの、腹の底が見え見えの声明を送ってくるものだから、それをどれほど冷静に丁寧に断るか、という部分でロイの手腕が求められる。

 相手も断られることが分かった上で言ってきているし、だからロイもそれを理解した上で言葉を選んで、だから相手もそれを理解した上で言葉を尽くして……というのをずーっとずーっとやり続けているのだ。

 

 疲れもする、というもので。

 

「よぉロイ。お疲れさん」

「……あのな、ヒューズ。今の私は大総統なのだ。そう気軽に……む」

「すみません、大総統。軍法会議所から大総統の調べ物についての回答を持ってこられた、とのことでしたので、私が通しました」

「中……大総統補佐。……いや、いい判断だ。そうだな、私がそれを頼んでいたんだったか……」

 

 色々言われたが。

 半ば無理矢理──周囲の応援もたくさんあって──大総統補佐に任命したリザ・ホークアイを「中尉」と呼べないこと、そして自身が大佐と呼ばれないことに、どうも、どーにも慣れない。

 

「……ヒューズ」

「ん?」

「私は……上手くやれているか?」

「……ロイ。お前なぁ」

 

 俯き気味に放ったその弱音。

 

 ガンッと。

 鈍器もいい所な資料で後頭部をぶっ叩かれ、そのまま額と鼻っ柱を机にぶつけるロイ。

 

「疲れてナーバスになってるのもわかる。だが、んなこと俺にわかるわけねーだろ。まだまだ渦中なんだ、何をどう評価したら"上手くやれてる"になんだよ。んで"上手くやれてない"としたら何やってんだよ」

「……すまん」

「そういう愚痴は大総統補佐に吐けっつーの」

 

 どうも。

 まだリザに弱音を見せるのは、どこか……恥ずかしい、というか。

 今のロイを見たら、ブレダとハボックが煽りに煽ってくることは間違いないのだが──まぁ。

 

「……うげぇ。見つめ合ってんじゃねーよ……ああ、早く帰りてえ。エリシアに会いてえなぁ~~~なぁ~~?」

「軍法会議所もお偉方の掃除があったんだ。勤務時間の改善もされたんじゃないのか?」

「逆だよ逆……お偉方が引き継ぎも何にもしないで殺されちまったんだ、毎日毎日やることだらけだ」

「そうか。……皆、忙しいか」

「そうだよ。ま、だからつってお前が我慢する必要はねぇけどな。どうだ、久しぶりに酒でも飲みに──」

「マース・ヒューズ大佐。──慎んでいただけると助かります」

「……おー怖。んじゃ俺は退散するぜ。ロイ、身体壊すなよ」

「ああ、お前もな」

 

 ヒューズが帰って。

 リザと二人きりになって。

 

「……中尉、じゃなかった」

「まだ慣れませんか大総統」

「君は慣れたのかね?」

「いえ、大総統と呼ぶたびに噴き出しそうになります」

「……馬鹿にしているじゃないか」

 

 溜め息。

 これは疲労から、ではない。

 

「……大総統の座について、わかったよ」

「自身の大言壮語具合についてですか」

「補佐。少しは容赦をだな」

「時期が悪かった、というのはありますね。ブラッドレイ前大総統が周囲に喧嘩売りまくった後の就任ですから、ヘイトが凄まじいです」

「……まったくだ。だが、少しでも隣国との緩衝に手を加えていかなければ……この国は変われない。クロード医師に喧嘩を売った手前、諦めるわけには行かんだろう」

「そうですか。では、そんな殊勝な心掛けの大総統にお手紙です」

「……今度はどこの国からだ」

 

 何も言わず、リザはそれを渡す。

 少しばかりの不信を抱きながらロイが封を取れば。

 

「──少し出てくる。すぐに戻る」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

「──はい。会ってあげてください」

 

 息を切らせてそこへ辿り着いたロイは──見る。

 髪を真白にして、ただそこに横たわる老人の姿を。

 

「前大総統……」

「む……ふっふ、マスタング……大総統か。なんだ、私のためなんぞに、駆けつけたとでも?」

「当然でしょう。──色々なことがあった上で、私はあなたを尊敬しています。……もう、長くは……無いのですか?」

「ああ。……まぁ、寿命だ。……セリム。お母さんと一緒にいてあげなさい。家族の会話は……もう、十分しただろう」

「……わかりました。──君との会話。それなりに楽しかったです。──おやすみなさい、お父さん」

 

 言って、病室を去っていくセリムと。

 

 窓に、花が咲く。

 緑礬の花。

 

 だから、閉め切られていたはずのそこに穴があいて──するりと入ってくるのだ。

 

「よぉブラッドレイ。間に合ったか? お、ギリギリじゃん。あびねーあびねー」

「クロード医師。そういうということは、まさか延命治療を?」

「ん? いやしねーよそんなこと。頼まれたってやらん。そうじゃなくて、死に目に立ち会わねーと不老不死としてアレじゃん? まぁなんかマブダチっぽいしさ。あれ俺が言ったんだっけ?」

 

 どこまでも、この時に際しても、軽い奴。

 

「……はっはっは、クロード。……最期の頼みがある」

「代価次第だなー」

「ちょ、クロード医師! こういう場です、融通の一つくらい……」

 

 何を経ても。

 どんなことがあっても、変わらない。

 誰を前にしても、誰が死んでも。

 

「良い。……代価は、私の魂だ」

「ほん? お前その意味わかってんの?」

「ああ」

「……で、なんだよ。そこまででけェモン払うってことは、アレか? 夫人の護衛とか、セリムの育て親になれとかか」

 

 ブラッドレイ。

 その肺が、大きく大きく──息を吸う。

 膨らんだ肺から、ゆっくりと空気が抜けて。

 

()()()()()。──お前の旅路に、私も……」

「……代価と要求が同じと来たか。成程、考えたなぁブラッドレイ」

 

 肉体を、ではないことくらいわかる。

 ロイはそれを知っているから。

 

 魂を売り。

 その代価で──魂を閉じ込める、など。

 

 

 何かが漂うのをロイは見た。

 何か──美しいものだ。何か。

 

 何か、荘厳なものが、ある。

 

「問いをしよう、ブラッドレイ」

「……」

「お前は誰だ」

「……キング・ブラッドレイ──ですらない。それになろうと育てられ……憤怒に適合し、小人を食い、憤怒を棄て……小人に食われた。もはや誰でもない何者かだろう」

「お前は己を信じられるか」

「無論。──敷かれたレールの上であろうと、そうでない場であろうと──私は私だ。肩書を……なくし、兄弟も、無くし……それでも私は……ふっふっふ……私が選んできた道に、今、私はいる」

「お前は不老不死を、なんと罵る?」

「無何有、だろうな」

「じゃあ最後の質問だ」

 

 それは扉だった。

 太陽が如き扉。ロイが真理の扉で見たソレとは違うもの。

 

「寂しいか」

「……ああ、そうだな。もう少し……世界を、見ていたかったと……ふっふ……未練など、とうに切り捨てたと思ったのだが……なんだ、案外、私にも」

「そうか」

 

 消える。

 幻想的な何かが消える。遠のく。

 そして、クロードは──ブラッドレイの胸に手を置いた。

 

 置いて。

 

「──お前、向いてないよ。不老不死」

「……!」

「代価は受け取らない。お前も連れて行かない。──この地で死に、泣かれ、摂理に従い天に召せ」

 

 錬成反応が走る。

 一瞬だけ。

 

「……最期、ま、で……」

「俺はお前の命を奪うよ。──だからさ、返されに来いよ。いつか」

「おもい、通り──に」

 

 力尽きる。

 今、この場から、魂が抜けたのがわかった。なくなったのが、わかった。

 

「……クロード医師」

「あ、アメストリスって宗教的に転生の概念ないんだっけ? ……まぁいっか。んじゃあな、ロイ・マスタング。とっととリザ・ホークアイと番えよ。多分周りは見ててイライラしてるぜ~」

 

 言うだけ言って、クロードは去っていく。

 窓に開けた穴からするりと出ていく。

 

 止める暇もない。何かを宣言する間もない。

 

 ロイは──大きく溜息を吐いた。

 

 どうせ、今すぐに彼の心を射止めるような国にすることはできない。

 ならばいつでもいいのだろう。

 

 急ぐ必要はない。できる時にやればいい。

 

 上手くやれていたか、など。

 死ぬ前になってようやくわかるものなのだろうから。

 

「一応言っておくと、とっとと番え、は余計なお世話ですよ」

 

 窓に向かってそれだけ吐いて、ロイは部屋を出たのだった。

 

 

** + **

 

 

 50年後。

 

 ……とかって飛ばし過ぎるとロイ・マスタングが可哀想なので、2年くらい経ってからアメストリスに戻って来た。どこ行ってたかって、まぁ色々。

 シンには近寄らないで、ドラクマも無理そうだったのでやめて、アエルゴとクレタを行ったり来たり。ああそう、ゴルドの爺さんとはフツーに再会した。今度余計なモン押し付けてきたらただじゃおかんぞ、と怒られた。あ、ブリッグズの話ね。

 

 そうそうブリッグズといえば、オリヴィエ・ミラ・アームストロングは間に合わなかったんだよな。代価を支払います、と言われた後にホラ、太陽行っちゃったから。どうも致命傷オブ致命傷だったらしくて、すぐに亡くなったらしい。ラストと刺し違えたって話だ。

 だから今ブリッグズの巨壁は脆く──なってることはなく。

 一人一人が1/2オリヴィエ・ミラ・アームストロングくらいの強さになっているので、堅牢さはむしろ増している。どういう鍛錬したらそーなるんだよ。バッカニアはもう将軍いけるくらい強いし。

 

 シグ・カーティスは全快した。させた。

 エドワード・エルリックの剣の代価だからな。それより前の応急処置……メイ・チャンの錬丹術がかなり命をつないでいたみたいだ。

 ああそうそう、デビルズネストの三人は行方知れず。軍に戻るって話も出たみたいだけど、なんか三人で旅に出たとかなんとか。まぁなんとかやってるだろう。再会したら祝宴な。

 

 で、2年経ったアメストリスは。

 

「……なーんも変わらんな。空飛ぶ車とか開発されててほしかったんだけど」

「人間の技術力なんて早々代わり映えしませんよ。天才が一人出てくるくらいしないと」

「そんなもんか……まぁそうか。こっから90年以上経ってまーだ宇宙開発とか進んでなかったりしそうだしなぁ」

「宇宙開発ですか? それは、面白そうな響きですね」

「おん? 興味あんの?」

「多少は、ですよ。……知らない言葉が出てきたら、興味があるということにするようにしているんです。そうしなければ、君のように熱量の無い怪物になってしまいそうなので」

「ハナから怪物だろってオイ蹴るな」

 

 なーんにも変わってないアメストリス。

 セントラルもなーんも変わってない。いや街並みはちょっと変わったけど。

 

 だから他のとこいこうとしてたら、なんかついてきた。

 

「つか、いいのお前。夫人は?」

「昨年亡くなりました。私も死のうと思ったのですが、母上の遺言が"賢い子に育って、マスタング大総統を支えてあげてね"でしたので……後半は聞かなかったことにして、もう少し生きてみようかと」

「ふーん。……何、ついてくる気?」

「違いますよ。というか、今私がいなくなったというだけで人間たちはあんなに大騒ぎしているんですよ? その私が地方に現れたりしたら」

「俺が誘拐犯になるわけか」

「あはは、それは面白そうですね」

 

 なんだか。

 めちゃくちゃ吹っ切れたっぽいセリム。こいつはもうプライドとは呼べねーだろ。

 

「定期的に帰ってきてください。そして私の容れ物を成長させてください」

「えー」

「代価は何が良いですか?」

「定期的に帰ってくる、が嫌なんだけど」

「しかし、そうしてくれないと怪しまれますよ。私が」

「俺関係ないじゃん」

 

 いや、はや。

 なんつーか。

 

 ちゃんと親子だな、とか思ったりしてさ。

 

「ふむ。ではこういうのはどうでしょう。私、賢い子供な上に少しばかりの発言力がありますので、君の……緑礬の錬金術師ヴァルネラの信頼回復に努めます」

「いやいーよ別に」

「十数年はかかると思いますが、それによってあなたを国家錬金術師に戻します」

「だからいーって。国外いってる時国家錬金術師とか関係ないし」

「──アメストリスに寄った時はもう絶対にお金に困らない、というのは魅力的ではないですか? 君、未だにロイ・マスタングからお金を借りているようですし」

「ム」

「等価交換はどうしたんですか? 借りてばかりで返せていない金額、あるんじゃないですか? それに、ロイ・マスタングが退役した後はどうするつもりですか? まさか新しい方からお金をせしめるんですか?」

「せしめるって言い方やめろよ。ちゃんと俺は返してるよ。……まぁその場の等価交換ができてないのは認めるけど」

「いいんですか? 真理の天秤の番人を騙る君が、そんな調子で。──代価代価、口を開けば代価対価等価代価。そんな君が、お金の貸し借りにだけはルーズなんて……あってはいけないことですよね」

 

 逃げる。

 影に手足を拘束された。アルェー!? コイツまだこういうことできんのかよ! 賢者の石は自分の分以外使い切ったんじゃ。あ、別に影は賢者の石の残数関係ないのか。そういう能力だもんな!

 

「良いことを思いつきました。ここに誓約書がありますので、サインだけください。ああ私が操りますので大丈夫ですよ」

「それはサインとは呼ばねえ」

「お父さんは君を上手く使えていませんでしたから、子供である私は父親を反面教師にして、君を上手く利用するつもりです。私という存在の寿命がいつ来るかはわかりませんが、その時までどうぞよろしくお願いいたします」

 

 サインさせられる。

 おいおい緑礬の錬金術師ヴァルネラのサインなんて久しぶりに書いたわ。つーかよく覚えてたなよく知ってたな!

 

「ああそうそう、お父さんを作った医者を覚えていますか? 金歯の」

「いたねそんなん」

「彼は球体の錬成陣を発動させた張本人なのですが、お父さんがお父様の企みを阻止したことで彼にリバウンドが来まして」

「おん。死んだか」

「はい。ですが、お父さんになり切れなかった方々の生き残りが残ってしまって」

「食べたのか?」

「いえ、私設部隊にしました。この国の闇、とでもいうべき軍上層部が軒並み消滅したこともあって、命令をする存在がいなくなり、右往左往していたところを救ってあげた形ですね」

「お前性格変わり過ぎじゃね」

 

 なんかどんどん人間臭くなっていっている気がする。

 感情を獲得した……というか。

 無理にいろんな感情を詰め込まれて、傲慢以外を制御できなくなっている、というか。

 まさか?

 

「ああ、アメストリスに戻ってくるついでに他国の事情を話してください。世間話ですから代価はいりませんよね」

「茶菓子くらい用意しとけよ」

「わかりました。ロイ・マスタングが用意します。──では、これから末永くよろしくお願いしますね、緑礬の錬金術師」

「……金は勿論だが、だったらこっちからも要求がある」

「はい?」

「とっととロイ・マスタングとリザ・ホークアイをくっつけな。次か、その次に帰って来た時くっついてなかったら、この契約はナシだ。一方的に破棄させてもらう」

「……愚かな人間の、その中でも最たる愚かな部分である愛恋の成就を私に手助けさせるとは……お父さんの友であっただけあって、やはり性格が最低ですね」

「そっくりそのまま言葉を返すよ」

 

 いや、まったく。

 なんつーか。

 

 ま、コイツが死ぬまでくらい、付き合ってやるか。

 んでアメストリスが更地にでもなったら──()にでも。

 

 

 そんな感じで──不老不死と錬金術師と人造人間(ホムンクルス)の物語はちゃあんと幕を下ろしきれず、付き合いも人間関係も()()()()()()も子々孫々代々代々だらだらだらだら長引くのでした、ってトコで。

 

 おしまい!






こんな、脆く、広がりゆく世界が。
緑礬の錬金術師 fin.

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