緑礬の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
夏。
1904年の夏。
そこに、その日のある家の、書斎の中に、一人、一人、鬼気迫る表情の男がいた。
10年前に聞かされた「決まりきった運命」。それを変えるために、男は専門外ながらもずっと動いていた。長くを生きた。永くを生きてきた。だから色々なところに伝手はあったし、一緒になって考えてくれる存在も多くはなくともいた。
だから、でも。でも、それでも──流行り病、としか聞かされていないモノに対しての策など、汎用的なものしか立てられない。アンテナを常に伸ばし、何が流行るのか、何が来るのか、どういうものなのか。
尽くした。全力だ。男はただひたすらに命を救わんと動いて、動いて。
だから、蔑ろにしたようにも見えただろう。
当然ではあるのだ。勿論。
なんせ彼の子供はまだ5歳と4歳。誰が頼ろうか。むしろその心配を、葛藤を悟らせまいと、「今忙しいから出て行きなさい」と諭すのに、なんの不思議があろうか。
研究だ。勉強だ。
後悔しただろう。彼の生きてきた500年の内、100年でも医療に、医術に使っていれば、と。
やってくる。やってきた。
感染症の対策はしていた。万全過ぎるほどにしていた。
だというのに彼女は、男の妻は病に罹患した。ゾッとする程予定調和に、恐ろしいほど運命通りに。
あるいは必然であったのかもしれない。なんせそうならないための対価を支払っていない。必定の死の等価に値する対価を誰も支払っていない。
病。病だ。
どこが悪いのか、どこが罹患しているのか。切り離して再生させる、という手法も取れたのだろう。今や"生体錬成の権威"などと呼ばれている彼の施術に倣うこともまた。
けれど、けれど。
ああ、踏ん切りがつかなかった。まだ治せるはずだと何度も何度も、何度も何度も──悩んで。
子供の目にはどう映っただろうか。
母親が大変な時期だというのに、書斎に籠って籠って籠り続けている男は、父親は。
彼らの母親が諭しても、他の誰が慰めても、その姿は悪に映ったに違いない。
だって、彼女は悲しんでいたから。そう口には出さなかったけれど、誰が見ても、どうみても──彼女は彼に、彼の隣で最期を過ごしたかったのだろうから。
そうして、ああ、やってくるのだ。
昼間は晴れた空だったのに、夜中は雨で、暗くて。
子供らの祖母代わりが焦った声で男を呼びつけた頃には──もう。
「トリシャ……ああ、トリシャ。ダメなのか、そんな、もう……あぁ、トリシャ」
「……約束、守れなくて……ごめんなさい。先に逝きます……ありがとう、あなた」
「トリシャ!」
1904年の夏。
トリシャ・エルリックは病に倒れ、亡くなった。男、ヴァン・ホーエンハイムは「間に合わなかった、間に合わなかった」とぶつぶつ呟き、塞ぎ込み、とても正気であるようには見えない状態となる。
そして──彼女の葬儀が終わった後、彼は姿を消した。
子供である兄弟にも、祖母代わりであり、飲み仲間でもあるピナコにも何も告げず、ある夜の日に姿を消した。
これが事の顛末。
事前に運命を知らされていた男の、けれど何もできなかった男の末路。
そして、これもまた。
放置された研究書物や学術書やらから、子供らが生体錬成に──否、人体錬成に興味を持つのも、また必定であると言えたのである。
次々と運ばれてくる患者を治療する。
単なる打撲に始まり、骨折や裂傷、内臓破裂に四肢欠損。無論、四肢欠損は復元したり生やしたりするのではなく、機械鎧が付けられる程度にまで治す、というレベルの治療だが。
1906年。まだ殲滅戦の始まっていない時期でありながら、俺は勝手に戦地に赴いていた。
「ヴァルネラ先生! また患者です、今回は酷いですよ……」
「ああうん。その辺においといて。止血はしてある?」
「はい! ああ、こっちの方々はもう?」
「持って行っていいよ。戦線復帰に関しちゃちゃんと意思決定を聞けよ?」
「もちろんです!」
考えたのだ。
ニューオープティンでの一件から、どうしてああも簡単に彼らが俺を外道の錬金術師であると思いこんだのか。
簡単だ。俺が怪しくて、俺が怪しくて、俺が怪しいからだ。やってることが不透明過ぎた。軍部にこそ査定という点で功績は伝わっているだろうけれど、民間人にとってはそうではない。そして民間人から軍人になったばかりの者からしたら、71年前から国家錬金術師やってるやべぇ爺さんなのに子供、っていう真っ先に疑うべき存在になっているのである。
別にそれでもよかったんだ。襲撃されようが何されようが、俺にはあんまり関係ないし。
でも──こっちのが面白そうではあったから、理由付けに使った。
というのも、イシュヴァールの内乱ってめっちゃ長いのである。
1901年から1908年まで。プラス殲滅戦で、1909年に終結。その間エルリック兄弟の周りで起きることって、トリシャ・エルリックの死とホーエンハイムの門出、あと彼らの飼ってる犬が彼らを庇って機械鎧化する、ってそんくらいしかない。
そして世界の動きは、驚くことになーんにもない。イシュヴァールの内乱と、アエルゴからの支援。それしかないのだ。
それしかないんだったらそこにいた方がよくね? っていう。
メスを指先の上でくるくる回転させながら、患者の容体を見る。
イシュヴァール人に銃火器の類はない。武僧と呼ばれる超人格闘集団がいるだけだ。だというのに8年もかかるのは中央軍が足引っ張るからなのだけど、それにしても強い。
患者。運ばれてきた3人は、明らかに首が逝ってる奴、肋骨が折れて肺に刺さってゼーヒューしてる奴、最後の一人は……口が破れて、片目潰れて、胃と腎臓が破裂して……ってなんだこりゃ。タコ殴りにでもされたのか?
アメストリス軍は銃火器で武装している。
それを乗り越えてのコレである。まぁ殲滅戦に乗り切る気持ちもわからんでもないだろう。
さて、ここでの治療は流石に普通の生体錬成を使っている。
再生補填の奴は一般看護師たちに見せるにゃヤバすぎるからな。だからできることも少ないんだけど、少ないなりに多いというか、普通の錬金医師たちよりかは色々できるというか。
首の骨を正常な形に戻し、伸び千切れかけていた神経も元に戻す。
肋骨をもとの形に戻し、肺の穴を塞ぎ、入り込んでいた血液なんかも除去する。
破れた口を癒合させ、潰れた眼球は除去し、胃と腎臓は復元して、ハイ終わり。
眼球を復元させる錬金術はまだ発表していないから、できないことにしている。内臓破裂は一昨年査定に出しちゃったから言い訳がきかん。
ああ、ちなみにイズミ・カーティスのケースとは違う。アレは完全に持っていかれているので俺から移植する必要があったけれど、ここの兵士は破裂したり潰れたりしてるだけなので何とかなるってスンポーだ。
「先生! 次の人です!」
「あいよん」
この行為が何になるか、って。
そりゃ、更なる地獄を生み出す結果にしかならないだろう。
隣国アエルゴはこの戦いを長期化させ、アメストリス軍を疲弊させたい。中央軍も戦いを長期化させ、賢者の石の研究のための時間を稼ぎたい。イシュヴァール人は負けるわけには行かない。何も知らない兵士たちは国を守るために命を投じる。
今この場において、この内乱を「早く終わらせたい」と思っているのが、最も力の無い何も知らない兵士たちだけなんだ。
そりゃ終わらん終わらん。
そこへ俺が、そういう義勇に満ちた彼らを何度も何度も戦場に立ち直れるようサポートしているんだ。
そりゃ終わらん終わらん。
そそそ。
「で? アンタ何してんの? 今更正義感にでも駆られたってワケ?」
運ばれてきた患者は一人だった。
ソイツがいきなり口を開いて、軽薄な態度で話しかけてきたではないか。
いや氣でわかってたんだけどね。
「俺がそういうのに突き動かされるタイプだと思う?」
「いや全然? だから聞いてんじゃんか。今回ラースは流石に動けないってんで僕が視察に来させられるハメになってさぁ、こっちもメーワクしてんだよね」
「そりゃ重畳。エンヴィー、お前せっかく嫉妬として生まれてきたんだから、もっと苦労した方が良いよ。そうすりゃ楽してる奴らにどんどん嫉妬できる」
「わざわざ下に行ってまで嫉妬する趣味はないかなぁ」
エンヴィー。
ホムンクルスの一人で、姿形を自在に変えることのできる能力を持つ。男になったり女になったり子供になったり老人になったり、勿論人間以外にだってなれる。
いいなぁ!
俺もそういう能力欲しかったなぁ!!
「よいしょ……っと。って、うわ。スゲー、こいつらもうまた戦えるレベルまで治されてんじゃん。あっはっは、流石は緑礬の錬金術師。どんな怪我でもアンタの手にかかりゃ健常者にまで戻れる……殺しても殺しても蘇ってくる不死の軍団の出来上がりだぁ」
「死んだら無理だな、流石に」
「またまたぁ、アンタ自身が不老不死なんだ、死者を蘇らせる方法だって知ってんじゃないの~?」
まだ指先でくるくるしていたメスを上に投げてからつかみ取り、何の気なしに自らの首を掻っ切る。
普通なら即死だ。出血多量で失血死、じゃない。頸椎にまで届くレベルの斬撃は、様々な神経や筋肉を断ち切ってしまっている。
それが、ぐじゅり、と音を立てて治る。再生する。
「今、何かエネルギーが動いたように見えたか?」
「うわ普通に喋り始めるんだ。こっちは今めちゃくちゃドン引きしてたんだけど。話してる最中に自分の首掻っ切る奴いる? フツー」
「俺の不老不死は錬金術関係ないってことだよ。錬金術どころか、何のエネルギーも動いていない。ただ俺が俺であるから俺は不老不死なんだ。それを他人に適用させろって、無茶言うなよ」
噴き出した血液はどこぞへ付着する前に結晶化し、サラサラと舞っていく。
「ふーん? でもさ、そうは言うけどさぁ、あるだろ? なぁ、死者を蘇らせる錬金術が。アンタならどこ持ってかれたって再生できるんだから、やり得じゃんか。他の奴らと違って何回やってもリスクがない。ノーリスクハイリターン──そうだろ?」
「ホントにそうだったら一番にやって手合わせ錬成習得してるよ。知らないのかエンヴィー、俺ちゃんと体内に錬成陣書いてるんだぞ。馬鹿お前、合掌して錬金術使えたら超楽だろやれんならとっくにやっとるわ」
「ホントかなぁ~? ホントはできるけど見せたくないからやってないだけじゃないの? それこそ、たとえばコイツの左目。治せるんだろ、ホ・ン・トは」
「治せるなぁ。でもまだ発表してないから治せん」
「そうそれ! それそれ! 人体錬成もそうなんじゃないの?」
しつけー。
できたらやってるって言ってるだろ。
俺がそんなにも頑なに楽な方法を選ばないマンだとでも思ってるのか。
……いや確かに、便利な列車や自動車が発明されて尚徒歩を選んだ時間短縮嫌い不老不死マンだったけども!
「差し出せないんだよ」
「どゆこと?」
「そろそろ他の患者来るからちいっとは答えをくれてやるけどな。俺は差し出せない。不老不死だから。たとえ真理の扉を開いたとして、代価が支払えない。真理の扉でさえ俺の身体を持っていくことはできない。俺を殺すことはできない。俺の肉体を、あるいは概念におけるどこぞかを奪うということは、俺という不老不死を崩すことと同義だ。真理の扉はそれが行えない。だから人体錬成はそもそも発動せず、俺は真理を見ることもできず、俺の身体は代価にはなり得ない。対価としても使えない」
等価交換だ。
通常時、真理は「それはできないよ、代わりにこれを見せてあげよう、勿論対価は貰っていくよ」で相手の身体を奪う。絶望を与えるために奪う。
が、俺に対しては「君からは対価が貰えない。だからこれを見せることもできない。勿論それもできない」で終わり。順序が逆だけど、そういう意味で俺は人体錬成を行えない。人体錬成の陣を描いても発動自体しないんだ。
錬金術という技術、というフラスコの中にいる限り、その法則が俺を縛る。
「ほら、そろそろ行った行った。次の患者が来るぞ」
「……アンタさぁ、やけに真理の扉に詳しいけど……行ったことあんの?」
「行ったことはあるさ。当然だろ」
ハガレン世界に来たんだ、一回は行くだろフツー。
「は? いや、そんなあっけらかんと、」
「ほら出てった出てった! これ以上話を続けるなら──ほれ」
舌を噛み千切る。
それをプッとエンヴィーの足元に飛ばせば──瞬間、彼の立っている床だけがほのかな緑色の結晶に姿を変える。
同時、しゃらん、じゃらりと結晶が風化し。
「ちょ──どんだけ深く、オイ覚えと──」
彼は、奈落の底へ落ちて行った。
「ヴァルネラ先生? 大丈夫ですか? 患者さん暴れてたり……」
「ああ、鎮静剤打って寝かせたから大丈夫。……しっかし、そろそろ時間かねぇ」
「はい……日も落ちて来ましたし、落ち着いてくれるといいのですが……」
看護師と他愛無い会話をする。
ちなみにこの看護師の名前は……えーと。
まぁ。
「君もちゃんと休眠を取りなよ? "医者の不養生"なんて言葉もあるけど、俺は絶対不養生にゃならんからさ、なるとしたら"看護師の不養生"だ。俺は睡眠不足までは治せんからそのつもりで」
「ふふふ、お気遣いありがとうございます。ですが……私達よりも、ずっとずっとつらい戦いをしている兵士さんたちを思えば、休んでなんかいられませんから」
「微熱とはいえ体調ちょい悪なの透けてるから休めっつってんだけど?」
「あ……そう、ですか。そうですね。緑礬の錬金術師先生に病気の嘘なんて、無駄でした。ありがとうございます、休んできます」
「おう」
どーしてこう。
なんつーか、ひたむきな奴らばっかだよね、この世界の住民。
楽しようと考えてる奴でも、最後の最後にゃ意地見せたり妄執見せたりさぁ。
もっと楽に生きようぜー。その方が楽だぜ人生。
続きの無い一瞬くらい、楽に、簡単にサ。
そしてとうとう、1908年がやってきた。
俺は一応、軍部に進言したりしてたんだけどね。もっと早めにやらん? って。もっと早めに殲滅戦やった方が楽に終わるよ? って。
全部却下されたけど。
ま、予定調和である。ブラッドレイがその重い腰を上げたんだ、表向きは。
大総統令3066号。イシュヴァール殲滅戦の始まりである。
そうして投入される国家錬金術師。
原作よりかなり多い国家錬金術師は、けれど結構な数が老人だ。ロイ・マスタングやゾルフ・J・キンブリーに類する「若くて動けて殲滅力のある錬金術師」はかなり少ない。ただ戦場という、人間をどう扱ってもいい場所に来たくて来た、言ってしまえば研究をしに来た錬金術師ばかりだった。
だから、というか当然、というか。
この7年間を耐えに耐えてきたイシュヴァールの武僧相手に──そんな老人、歯が立つわけもなく。
俺が治せる範囲外。つまり即死な感じでプチプチと潰されていく様は、なんつーか哀れというか愚かというか。
ここまで研究に研究を重ねてきた頭脳。野心家、狂人とはいえいずれ文明に大いなる発展を齎したであろう頭脳頭脳頭脳……が、ぐしゃ、ぷち、めきょ、と。潰され殺され片付けられていく様を見て、まぁ溜め息くらいは吐いていいだろう。
イシュヴァール人側も少し困惑していたくらいだ。
国家錬金術師の投入、なんていうからにはもっと凄惨な地獄が広がるかと思っていたのに、蓋を開けてみればこんなんばっか。
……そうなれば当然、イシュヴァール人たちが活気づく。
アメストリス軍の切り札はこの程度だと、アメストリス軍はもう手札が無いと──声高らかにイシュヴァラの神を讃え、より強固に、より堅固になっていく。
そこに。
「あああ……あああ、あああ! 良い、良い、良いですよあなた達! 生命の音だ生命の輝く音だ──そして」
紅蓮が走る。
家屋があった。集会場だったのだろう、他と比べて少しばかり大きな家屋。武僧が何人もいたそこが、それが、その家自体が──爆発物になったと、誰が気づけただろうか。
紅蓮が走る。
石で作られた階段。石で作られた壁。石で作られた広場。なんて変換しやすい材質か。複雑なものを使用していない伝統的な作りの家々は、あまりにも簡単に爆発物へと変わる。
紅蓮が走る。
紅蓮が走る。
紅蓮が走る──。
「恐怖と憎悪と、絶望の怨嗟」
ニタリと、ニヤり、と、紅蓮に嗤う悪魔が一人。
彼の兄が導き出したカウンター錬成陣。ホーエンハイムの辿り着いたカウンター錬成陣。寸分違わぬその二つは、
廃品回収よろしくフラスコの中の小人の国土錬成陣を取り込んだ形の国土錬成陣を作り上げる──なんて、凡人には思いつかないだろう。あれは紛う方なき天才で、それを刻み込まれた彼の腕は何物にも代え難い。
ああ、そうそう。
邪魔するつもりはない、とか言ったけど、いや?
全然、フツーに邪魔するつもりあるよ。
だって散々お前の子供たちに殺されたからなぁ、等価交換しないとズルだろう。
俺に何の損失が無くたって、俺にとって死が本当になんでもないものであったって。
お前が俺を狙ったという事実だけで十分だ。
だから俺もお前を狙い返す。等価交換だ、これもまた。
「ってなワケで、困るんだぁ、お前に死なれると」
国家錬金術師たちが暴れている。
ゾルフ・J・キンブリーに始まり、ロイ・マスタング、バスク・グラン、暴れちゃいないけどアレックス・ルイ・アームストロング。
普通の兵士もだ。リザ・ホークアイもマース・ヒューズも、一般兵も誰も彼も。
その中に一人、深緑色のフード被った子供が歩いてたって誰も気にしない。いや、気にする余裕が無い。「あれ? あそこにいるのはもしかして緑礬のウワアア」が関の山だ。
ざわめき、どよめき。うめき声。
イシュヴァール人、アメストリス人問わず負傷者を受け入れる医療テント……ではなく、
大惨事だった。紅蓮の錬金術師によって爆破された地面は、その周囲の全てを巻き込んで消し炭にした。ボロ炭にした。粉々にした。
──が。
「あれ? 結構生きてんな。なんだ、一人だけで充分なんだけど、ま、ついでか」
「何が、ついでなんですか?」
「医者の本分って奴だよ、キンブリー」
爆発。
俺の足元にまで届いたソレは、しかし寸前にて風化する。
キンブリーの錬金術では俺の緑礬を爆発物に変換できなかったのだ。
生体錬成を用い、一人、また一人とその命を掬い上げていく。俯いているからだろう、キンブリーの声は酷く高い所から聞こえる。見下ろしているようでアレだけど、馬鹿と煙は高い所に上るってつまりホークアイはってこれ二度ネタね。
どのような怪我を負っていようと関係ない。どのような症状だろうと関係ない。
治せるんだから治す。理由はいつだって単純だ。
「いつか──貴方に問いましたね。貴方は"兵器"か、"医者"か、"怪物"か。貴方は"兵器"だと答えたはず」
「そーだな。俺は人間兵器だと思うよ、ちゃんと」
「では何故です? 彼らは敵で、貴方はこちら側の兵器。その兵器が何故、彼らを助けているのでしょう」
「簡単なことだ。簡単なことだよゾルフ・J・キンブリー」
誰かが起き上がった音がした。
誰かが歯を食いしばった音が聞こえた。
──誰かが、瓦礫で。
俺の頭蓋を殴った音が聞こえた。
「
ぐじゅる、という音と共に、殴られた後頭部が再生する。
息を呑む音が複数。キンブリーも、俺が治した者達からも。
「……不老不死! まさか、本当だったとは──」
「やぁイシュヴァール諸君。死の淵から帰ってきてすぐで悪いけど、とっとと逃げてくんね? あの巨壁にゃ俺が穴あけといたからさ、通れるようになってる。国家錬金術師は全部ここで足止めする。狙撃手もだ。それでも怪我したら、また治してやる。そうそう、それと」
発砲音。
誰だろうか。正確な狙撃があった。頭蓋、脳を貫いた銃弾に、一瞬グラつく身体は──しかし倒れない。
「そこのメガネの君。君は希望だ。だから、ちゃんと生きるように。生きて生きて、思い出したらでいいからさ、その時になったら俺を助けてくれ。等価交換だよ」
「……ッ!」
走り出すイシュヴァール人たち。
俺の言うことを聞いてくれたのか、こんな化け物同士の戦いに付き合ってられないと思ったのか。
どちらにせよ、予定外な人数を助けてしまったな。というか
「逃がしません!」
「行かせませーん」
爆発が、全て途中で止まる。
途中でシャラシャラと結晶になる。狙撃。銃撃。つんのめったり倒れそうになったりして、けれど踏ん張る。
俺の眼前での爆発。
焼かれ、めくれ上がった肌は、その煙が晴れる前に再生し終わる。
「……いいんですか? 軍法会議モノですよ」
「あっはっは、そのために大総統令が下る前からここにいたんじゃないか。知ってるか? 俺に下された命は戦場の負傷兵の治療──国家錬金術師としての責務なんざ俺に課されちゃいねぇのよ」
「それでも、イシュヴァール人を庇う姿が私含め複数人に目撃されています。国家錬金術師の資格剝奪に留まれば良いですね」
「大丈夫大丈夫。俺、ブラッドレイとマブだから」
撃たれ、爆破され、削がれて撒き散らした血が──青い光を放つ。
それは錬丹術の光。
これでもかと飛び散った血が放つ錬成光は、とうとう攻撃に出るのか、と思わせるのに十分だったらしい。
キンブリーが手を合わせ、錬金術を使う。
だからそこに向かって、一歩踏み込んだ。
「しまっ──」
「えー、今日の天気。硝煙時々銃弾の雨、のち──血の雨!」
どしゃあ、と。
それはもう、完膚なきまでに爆発四散する俺の身体。
血液や肉片は周囲の建物、道路、そして持ち上げられた壁の全てに付着し。
「それが晴れたら、緑礬の花が咲くでしょう~なんちて」
その全てから結晶が侵食。すぐさま風化するそれは、イシュヴァラの地に深い深い谷を作り上げる結果となった。