朝食を食べ終わる頃には大分気分は落ち着いた。
朝食を食べながらテレビを眺めていたのだが、幻想郷が発見されました!、なーんてニュースはどこもやっておらず、芸能人の不祥事やら天気予報やら変わり映えのない番組ばかり。
テレビでは情報を得られなさそうだ、とパソコンを起動して『東方project』と検索にかけてみれば東方projectのシリーズについてやwikiがズラリと並ぶ。一つ一つに目を通しつつ、こんなキャラいたなぁ、と懐かしさをおぼえる。
東方projectがない世界線にとんでしまった、なんてことはなく、紅魔郷は変わらずあるし紅美鈴というキャラクターもしっかりと存在していた。
改めて紅美鈴を眺める。原画と鏡に映る自分を見比べれば、紅美鈴が現実に現れたらこんな感じ、というまさしくぴったりなイメージを体現していた。服装もコスプレ感はなく、そうあるのが自然といった着こなしをしている。もしもコスプレ大会があればぶっちぎりで優勝できるだろう。
それからもネットで色々な記事を調べた。『朝 二次元 キャラクター』なんて調べても『二次元にいくならどの世界!?15選!』なんて頭が痛くなりそうな記事しか出てこなかった。5ch、YouTube、Twitterと色々なサイトを見てみたが同じような状況に陥っている人はいなさそうだった。
「やっぱり収穫なし、か」
はぁぁ、とため息をついて椅子にもたれこむ。誰か1人くらい自分と同じ状況の人がいないものかと思ったが世間は変わらず平和でいつも通りだった。
この状況をすぐにでも誰かに相談したかったが目を覚ましたら紅美鈴――ゲームのキャラクターになっていました、なんて言って誰が信じてくれるだろうか。イタズラですんでくれればいいが、騒ぎが大きくなったらどうなるかわかったものではない。
とりあえずしばらく大学は自主休講、バイト先には申し訳ないがしばらくお休みすることをメールで伝えるしかないだろう。1ヶ月くらいは誰とも連絡をとらずともなんとかなると思うのでその間に今後どうしていくか、身の振り方を考える必要がある。
戸籍や免許証をどうするか、周りへの説明をどうするか、今後自分の体に戻れるのか、などなど問題は山積みだ。だがそれらの問題を差し置いて気になることがひとつある。
果たして見た目だけが紅美鈴となったのか、それとも存在自体が紅美鈴というキャラクターになったのか、だ。
もしも存在自体が紅美鈴というキャラクターになったのだとしたら、「気を使う程度の能力」や達人レベルの武術を使えるかもしれないという事実に私は少なからずワクワクしていた。
恥ずかしい話だがこれでもドラゴンボールやハンターハンターといった少年漫画は大好きでこんな風に動けたらと思ったことは少なくない。「気」というものが実際に使えるのだとしたら光弾やかめはめ波を撃てるかもしれないのだ、少年心がくすぐられる。
「よ、よーし、軽く試してみようかな」
1DKの狭い部屋なので大したことはできないが、少しだけなら大丈夫だろうと試してみることにした。
まずは身体能力。とはいえ走り回ったりもできないし、ダンベルなどがあるわけでもない。どうしようかと悩んだあげく軽くジャンプしてみることにした。力も入れずかるーくジャンプするだけ。なのに身体は高く高く舞い上がり――
ガンッという鈍い音と共に天井に頭をぶつけた。べしゃりと地面に落ちる。
「っ〜……」
痛みと恥ずかしさで蹲る。誰もみてなくてよかったと心の中で泣いた。
紅美鈴、すさまじい身体能力である。あそこまで跳ぶつもりはなかったのに軽々と跳べてしまった。昨日までの自分ではとてもではないが天井に頭がつく高さまで跳ぶなど不可能だ。
どれだけ身体能力があがっているのかもう少し確かめたかったがこれ以上家の中で試すとなると壁か天井に穴が空く未来しか見えない。先程も天井に穴が空いてないかとちょっと焦っていた。
続いて大本命である「気を使う程度の能力」を試してみることにした。とはいっても「気」なんてものどうやって使えばいいのか検討がつかない。
一番イメージしやすいのはかめはめ波だが、流石に家でうつわけにもいかないので手のひらを上に向けてその上に光弾を作るイメージで頭の中で「気よ出ろー、気よ出ろー」と念じてみる。
ポンッと手のひらの上に虹色に光り輝く光弾が現れた。
「ほんとに出るのか……」
あまりに呆気なく出られると逆に困る。この手のひらに持て余した光弾をどうしようかと悩むが、放り投げるわけにもいかないので「気よ戻れー、気よ戻れー」と念じればそのまま身体へと吸収されていった。
もっと色々できるんじゃないかと遊び心を出してみる。ちょっと調子に乗って10個ほど身体の周りに光弾を出してクルクル回転させてみたり、指の上に光弾を作ってフリーザ様ごっこなんかをしてみたり。正直かなり楽しい。
思えば原作でも弾幕ごっこであれだけの光弾を出していたのだ。紅美鈴にとって光弾を作ることくらいお茶の子さいさいというわけだ。ひとしきり「気」で遊んで満足したところで私は確信する。
どうやら私は姿形だけではなく、“存在”として紅美鈴というキャラクターになってしまったらしい。でなければ「気を使う程度の能力」なんて使えるはずがない。
だが世間に気が使えるなんて知られたらどうなる?テレビのワイドショーで流れるだけならまだしも客寄せパンダにさせられたり、はたまた怪しげな宗教団体に利用されるかもしれない。無用な混乱を招く真似はやめておくのが吉である。
「うん、とりあえず気は封印しよう」
身体能力はともかく気はバレたら洒落にならない。
戦争が起こっているわけでもなし。テロリストがいるわけでもなし。争いごとが少ない現代日本で気を使う必要性なんて元々ないのだ。家の中で遊ぶ時に使う程度がちょうどいい。
ひとまず「気を使う程度の能力」の検証はおいておいて、身体能力と武術に関する検証をした方がよさそうだ。
「けどこれ以上は外じゃないと無理か。試すとしたら近くの公園かな」
これ以上激しい動きをすれば家の中のものを一つや二つは壊す自信がある。暴れてる、なんてご近所さんに通報されるのも御免だ。
というわけで紅美鈴のスペックをもう少し検証するためにも外に出ようとしたのだが、玄関のドアノブに手をかける前にピタリと止まる。「待てよ、このまま出ればコスプレしてる痛い人とみられるのでは?」という疑問が私に待ったをかけた。
「服は流石に変えてからいくか……」
服さえ変えればただの赤い髪の美女としか見えないはず。そう考えた私は急いで元々持っていたパーカーとスウェットをクローゼットから引っ張り出す。いざ着替えようと服に手をかけ元の体のノリでさっさと脱ぎ捨てようとして――
「あ」
おっぱいが丸見えになった時点で私はすっと服を着直した。
そう、私は身体能力や「気を使う程度の能力」に舞い上がって忘れていたのだ。紅美鈴という“女性キャラクター”になってしまったということを。
服装やトイレという新たな問題が出てきてしまったことにまた私は頭を抱えるのであった。