朝起きたら紅美鈴   作:白仮面

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就活回



3話

昨日は子供達に中国武術を教えて、途中から鬼ごっこをして遊んでいた。

 

最初はさわりだけ教えて伸び伸びと遊びながら体力をつけてもらうのが1番だと私は思う。帰りが遅くなってはいけないので夕方には帰ってもらった。

 

あと途中で誰かの親御さんと思われる女性がずっと子供達の様子を撮っていたのに気付いたのだが挨拶すべきだっただろうか。というか私の姿も映り込んでいたと思うので消してもらった方がよかっただろうか。

 

子供達の手前で「それを消してほしい」と詰め寄るのもなぁ、と思い放置してしまった。

 

だが、たとえ私の姿が映り込んでいたとしても「気を使う程度の能力」は一切使っていない。少々派手な演武を披露した謎の赤髪の女性がいた、という程度の話だ。まさか勝手にネットにアップするなんてことはないだろうし大きな問題にはなるまい。

 

さて、昨日の時点で私は姿形だけでなく、「気を使う程度の能力」や武術についても含めた紅美鈴というキャラクター自身になっていることがわかった。

 

何故紅美鈴になってしまったのか、というのはいくら考えても答えが出そうになかったので一旦おいておく。

 

これから私がやるべきことは、元の姿に戻る方法を探しつつ、紅美鈴として生きていくうえで生活の基盤を築くことだ。考えたくはないがこの姿のまま戻れないという可能性は十二分にあるのだから。

 

ただその前提で私は一つ迷っていることがあった。

 

「流石に信じてはくれないよな……」

 

手に持つスマホの画面には実家への連絡先がうつっていた。

 

今の私の現状を両親に伝えるべきかどうか。両親に連絡をして相談できたらどれだけ気が楽になることか。

 

だが、朝起きたら姿も性別も違うゲームの中のキャラクターになってました、なんて荒唐無稽な話を誰が信じるだろうか。全くの赤の他人が「実は息子なんです!信じてください!」なんて新手のオレオレ詐欺かと両親をイタズラに怖がらせるだけだろう。

 

迷った挙句、結局私は実家へ電話をかけることなくスマホをしまった。いつか両親に面と向き合って話す時はくるだろう。だが私自身がこの状況を受け止めきれていない今ではない。

 

これからどうやって生きていけばいいのかな、とベッドに腰掛けながらボンヤリと考える。

 

紅美鈴となってしまった私は元の自分として暮らしていくことはできないだろう。姿形も性別も存在から置きかわってしまった今、私が私であると証明するのは極めて困難である、悪魔の証明というやつだ。

 

元の自分とは全く関係のない別人として生きていくという道しか私には残されていないのだろう。

 

幸いにして、1ヶ月くらいは音沙汰がなくても誰にも騒がれずにこの部屋で生活できるはず。ネット環境も整っている。その間にゆっくり住み込みバイトでも探せばいい。

 

それに今の私は紅美鈴であるという強みがあるのだから。

 

そう思ってバイトの求人を探して2週間ほどが経ち――私は一つの大きな問題に直面していた。

 

「身分証明書も住民票も使えないとかどうすればいいんだ……」

 

基本的にバイトをする時は身分証明書か住民票の提示が必要である。反社の方を不用意に入社させてしまうなどといった事態を防ぐためだ。今までは何の疑問もなく提示していたが、まさかこんな壁が立ち塞がるとは思わなかった。

 

電話でバイトの面接の応募をして、当日は身分証明書をもってきてくださいね、と言われてそこでようやく気付いた。顔や性別も違う元の自分のものは使えないという事実を。

 

手当たり次第に募集をかけていた住み込みバイトに電話をかけたのだが、身分証明書か住民票を用意してまたご連絡くださいとことごとく断られてしまった。

 

そして何の解決の糸口も見つからないまま2週間が過ぎていた。

 

非常にまずい事態である。もしかしなくても見通しが甘かった。どれだけ紅美鈴の身体能力が高くても、「気を使う程度の能力」をもっていたとしても、無戸籍かつ身分証明書なしでは現代日本で仕事を探すのは難しい。

 

光明が見えないまま、住み込みバイトを探しつつ息抜きがてら子供達に中国武術を教える日々。

 

子供達は一生懸命に練習してくれるので私も教えるのが楽しかった。お姉ちゃんと慕ってくれる子供達が唯一の癒しである。

 

夕方になり帰っていく子供達を笑顔で見送って、1人になった私は公園のベンチに腰をかける。茜色に染まる夕暮れを見つめながら物思いに耽る。

 

「このままバイト見つからなかったらあの子達ともお別れかぁ……」

 

せっかく子供達が中国武術に夢中になってくれているのだから近場で住み込みバイトを探そうとしていたのだが見つかる気配はない。他県にも目を向けてバイトを探さなくてはならないだろう。

 

そもそも子供達への武術教室と両立できるバイトなんて、早々見つかるわけなかったんだと内心で自虐的に笑う。

 

日が沈み、そろそろ私も帰ってバイト探しの続きをしようかと立ちあがろうとしたその時、1人の女性が私に声をかけてきた。

 

「あの、ちょっといい?」

 

「はい?」

 

声をかけてきたのは度々公園で子供達のことを撮っていた方だった。

 

結局誰の親御さんなのか分からずじまいで、子供達に聞いても誰も知らないというので最近「実は不審者なのでは?」と疑い始めたあの女性だ。

 

「ごめんね。あの子達ともお別れ、って聞こえたものでどういうことなのか気になっちゃって」

 

「ああ、そういうことですか」

 

どうやら独り言が聞かれていたらしい。横いい?と女性が聞いてきたので私が頷くと女性は私の隣に腰を下ろした。お互いに名前を知らないまま、というのはどうかと思い、自己紹介をする。

 

元の自分の名前は女性の名前としては不自然であるし、かといって紅美鈴と名乗るのはどうかと迷った結果、苗字は元の自分のものを、名は美鈴(みすず)と名乗った。

 

子供達を撮っていた女性――三枝(さえぐさ)さんは何か悩んでるなら話を聞くわよ、と言ってくれた。朝起きたら紅美鈴になってて途方に暮れています、とは流石に言えないが現状において1人では解決の糸口がみえないのは事実だった。

 

自分にはないアイデアが聞けるかもしれない。私は少し悩んだ挙句、住み込みバイトを探してることを彼女に伝えることにした。

 

「住み込みバイトを探してるんですけど見つからなくて。このまま見つからないなら県外に足を運ばないといけないかなって」

 

「え、それだけ美人で人当たりがよければバイトなんて選び放題なんじゃ?もしかして髪色?」

 

三枝さんは心底意外です、といった感じで驚いていた。私も紅美鈴の顔と身体能力さえあればすぐ住み込みのバイトをくらい見つかると思っていた時期がありました。

 

「いえ、ちょっと訳ありで身分証明書とか住民票がなくて門前払いといいますか……」

 

「あー、それは美人でも見つからないわけね」

 

なるほどねぇ、と三枝さんは納得を示しつつも腕を組んで、うーん、と考え込む。

 

他人事なのに一緒になって考えてくれる、というのは今の私にとってありがたかった。こんないい人を不審者と疑うなんて私はどうかしていたようだ。

 

よく聞き取れなかったが「ロ……ショ……」と何かを呟きながら考え込んでいた三枝さんが顔を上げてこちらを見つめてくる。何か思い付いたのだろうか。

 

「美鈴ちゃんはここら辺で住み込みのバイトが見つかるならこのまま公園で子供達への中国武術教室を続けるんだよね?」

 

「まぁ、見つかればですけど」

 

「そしてそこに私が混ざっても問題ない、ってことだよね?」

 

「はい…………はい?」

 

今流れでよくわからないまま了承してしまった気がする。だが少し覚えた不信感は三枝さんの次の言葉で吹っ飛んでいった。

 

「じゃあさ、ウチの店にきなよ。居酒屋やっててちょうどバイト探してたんだ。2階に使ってない部屋もあるからそこで住み込みで働けばいいよ」

 

「ホ、ホントですか!?」

 

思いも寄らない誘いについ大きな声を出してしまい、三枝さんがビクリと肩を震わせた。すいません、と謝るといーよいーよ、と彼女は笑って許してくれた。

 

ずっと探していた住み込みバイトがようやく見つかった。それも公園に通える近場の場所で。嬉しさに体が震える。

 

こんなことがあっていいのだろうか。ただ数日公園で顔を見合わせた程度の他人に自分の店で住み込みバイトしてもいいと誘ってくれるなんて。だがどうしてここまで彼女は優しくしてくれるのだろうか。

 

「なんで、会ったばかりの自分にそこまで?」

 

そう聞くと彼女は困ったように目を逸らしながらもゆっくりと答えてくれた。

 

「美鈴ちゃんは美人だから客が喜ぶっていうのもあるけどね、ここ数日でロリショタ……子供達にあんな優しく教えてるのを見てたから美鈴ちゃんがいい子だってのは分かってるつもりよ」

 

「三枝さん……」

 

朝起きたら自分の姿形が変わっていて、友人にも両親にも頼ることができない状況でずっと心細かった。先行きが見えない不安で焦りを感じていた。

 

だからこそ三枝さんの、人の優しさがより身に染みた。鼻の奥がツンとした刺激が走り、涙が溢れてくる。

 

「だからウチの店で働きながら、これからも子供達に会いにいきましょ。次からは一緒にね」

 

「ありがとう……ございます!」

 

私は安堵と感動につつまれて泣きながら感謝を述べた。止め処なく溢れてくる涙に、ほら泣かないの、と三枝さんがハンカチを渡してくれる。涙で前が見えなくなり、嗚咽混じりにハンカチに顔を埋めた。

 

「しゃあ!ロリショタと堂々と触れ合える口実ゲットォ!」

 

ハンカチを渡してくださった後に三枝さんが何かを言っていた気がするが自分のしゃっくり混じりの泣き声で聞こえなかった。聞き返すと彼女は無言で優しく背中を撫でてくれた。今はただこの背中の温もりに、隣人の優しさに感謝を捧げよう。

 




Q.無戸籍、身分証明書なしで困っていたらどうする?
A.盗撮犯が助けてくれる
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