別冊星達のミュージアム 創刊号   作:苗根杏

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今回は『Superstar-Z』などを書かれている、星宇海(ホシ)さんの作品です。


私は、あなたが嫌い。

 

 

 私は、東音羽が嫌いだ。

 

 最初に会ったのは音楽教室。彼は生徒達の中でも一際目立っていた。明るめの茶髪に、女の子かと見間違うほどの童顔。さらに私でも嫉妬するくらい女の子に似た……綺麗な声。

 

 それだけでも目を引く。がしかし、彼が注目されたのは、注目したのはその血統だ。音楽業界でその名を知らぬ者はいないと言われる「音楽界の巨匠」東湊人。有名歌手として名を馳せ、今はインストラクターとして活躍している東詩穂。作詞、作曲を手掛け、歌唱を行い『最優秀賞』を受賞したコンビの……1人息子なのだから。

 

 音楽特番でも、クイズ番組でも、ドキュメンタリーでも.その名を幾度となく見たことのある2人から生まれた子。注目しないわけがない。一気に、先生の目も、他の生徒の目も……彼に注がれていた。

 

「……」

 

 私だってそうだった。有名人の息子だと、目をキラキラさせていたと思う。だけど、心のどこかで濁った黒い何かがへばり付くのを……感じていたんだ。

 

「なんなの……」

 

 それしか言えなかった。東音羽の歌唱力、そしてピアノの伴奏。どれも私には真似できない。真似すること自体、烏滸がましい。

 

 彼に追いつこうとすればするほど、私と彼に備わったものの違いが明確になるのがわかった。私の立つステージと、彼の立つステージには明確な壁がある。どう足掻いても乗り越えることの出来ない壁が。そもそもスタート地点すら違った。私が歩き始めた場所の遥か遠くが、彼にとってのスタートラインだったのだ。

 

「音羽くん、本当に凄いです!」

「音羽くんすげーな!!」

「ねえねえ、どうやったの?」

「もう一回やってみて!!」

 

 彼が弾けば、歌えばこぞって絶賛の嵐だった。私だって凄いと思った。でも、私はここに音楽を学びにきたのだ。歌が上手くなりたい、ピアノを上手く弾けるようになりたいと。なのに横であんな技術を見せられては、私のやっていることが酷く惨めに思えてくる。「どうして私には出来ないの?」と。

 

「───ちゃん、もう帰る時間ですよ」

「やだ! まだ練習したい!!」

 

 そんな私は悔しくて、駄々をこねた。先生に声を掛けられても、私はやめようとはしなかった。時にはピアノに齧り付くくらいの勢いで離れなかった事もある。

 

「いい? 練習のし過ぎはかえって上手くならない。それに手を痛めるの。上手くなりたいのなら、しっかり休むこと。わかった?」

 

 主にピアノでは、引く際の集中力は尋常ではない。けれど疲労が溜まると、自然と集中力だって切れてくる。するとどうなるか。今までミスをしてこなかった場所をミスするようになる。弾き直すと今度はまた別のところでミスをする。そしてまた弾き直す……負のスパイラルに陥るというわけだ。当時の私はそれに気付かず、目に涙を浮かべて弾いていた。そこに、音を楽しむ余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 年齢が上がるにつれ、私と彼の間にあった壁はもっと分厚くなっていった。彼は女性的な声を歌として安定的に出せるようになり、ピアノなんて一度楽譜に目を通せば、ある程度は弾くことができた。

 

「私だって……!」

 

 でもやっぱり、努力でどうにかなる問題じゃなかった。どんなに練習しても、その壁が薄くなることはない。逆にその壁の厚さを痛感させられるだけだ。

 そうやって私は自分の情け無さに苛立ちを募らせていた時、周囲の声が徐々に変わっていったのを感じた。

 

『これくらいならできて当然』

 

 一部の人間が、口を揃えて彼に向かってそう言うようになった。湊人と詩穂の息子なんだから、それくらいのこと出来て当然だろうと。所謂レッテル貼りというやつだ。

 

 群れの中で突出しすぎた個体は目立ち、故にハブられることが多い。だが幸い、ここではそこまで酷いことは起きなかった。かと言って、そのレッテル貼りが酷い行いではないわけがない。まだまだ幼い彼にとって、その言葉がどれほど追い詰めていたのか、私にはわからない。けど───

 

「そうだよね。あの2人の子どもだもんね」

 

 ───そう思うと、幾らか楽にはなれた。今までの惨めさや悔しさが消えるわけではないが、しょうがないのだと、私自身を納得させることができた。

 

 周りの生徒からも小言や嫌味、皮肉なんかが飛んでくることが増えていった。でも彼は、何でもないように受け流していた。

 

「そうだ、今日は早く帰らなきゃいけないんだった……」

 

 いつものように遅くまで練習をしていこうとして鍵盤に指を置いた時、大事な用があることを思い出した。すぐさま帰り支度を済ませ、玄関に向かって歩いていく。

 

「はい、これ」

 

 別の教室から、嫌になるほど綺麗な声が聞こえてきた。少し覗いてみると、そこでは同じ教室の子と、楽譜を拾っている彼の姿があった。

 

「ありがと」

 

 相手は強めの語調と共に、少し乱暴に楽譜を受け取ってこちらに向かってきた。教室から出てくるのだとわかり、私は数歩戻って関係ない風を装う。そしてもう一度、私は教室を覗いてみた。

 

「……」

 

 オレンジ色の光が教室へ差し込んでいる。だからなのか、ピアノに向かっている彼の顔は眩しく照らされ、その表情を伺うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 中学へ進学すると同時に、教室内での男子生徒達が次々に変声期を迎えていた。以前は私たちと同じような高音が出せていたけれど、今は高音を出そうとすると咳き込み、同じパートで歌うことはできなくなっていた。しかし彼は違う。変声期は訪れているのだろうが、幼少期とあまり変わらず高音で綺麗な声を発していた。私は成長するにつれ声が低くなり、アルトを担当することになっていた。だからなのか、「仕方ない」と納得させ、小さくなりつつあった嫉妬心は周りの生徒達と同じようにしてまたもや膨れ上がっていた。

 

 だが嫉妬に塗れ、追いつこうと足掻いた日々はあまりにも唐突に終わりを告げた。ある日を境に彼は姿を現さなくなったからだ。後々話を聞くと、音楽教室を辞めたのだとか。やはり周りからの声が悪影響を与えてしまったのだろう。

 

 辞めたとわかってから数日後、同じ教室の男子達がなにやら楽しそうに話していた。会話の内容までは知らないが、あの笑い方からして碌でもないことなのは間違いない。しかし、私には関係のないことだった。

 

 東家の1人息子がいなくなった後でも、日常は変わりなく進む。

 

 でも、あの綺麗な声やピアノの音色が聴こえてこなくなったのは少し寂しい。その時、私は思ったんだ。なんやかんやで彼の声や音に惹かれていたんだと。嫉妬の傍ら、ずっと聴いていたいのだと思っていたんだと。だけどもう遅い。彼の姿はもうないのだから。

 

「……やっぱり、嫌いだな」

 

 

 

 

 

 それからまた時が経ち、高校生になった私は女子校へと進学した。そこでも相も変わらず音楽を続けている。入学試験や新生活により、彼のことも、あの時の煮えたぎるような嫉妬も過去のどこかへと消え去ったある日のこと。私は携帯端末で動画を見ていた。

 

「スクールアイドル……」

 

 関連動画に書かれていた名前。この言葉を聞かない日はない。学校の部活として、同い年の女子生徒が行うアイドルの総称だ。

 

 何を思ったのか私はタップし、スクールアイドルの動画を見始めていた。根本的な部分は共通しているのだろうが、画面の向こう側にいる彼女たちが纏っているオーラはまったく異なるものだった。

 

「結ヶ丘……?」

 

 そういえば、同じような名前で新設された高校があると聞いたことがある。ここがそうなのだろうか。しかし新設校でも既にスクールアイドルがいるのか。これも人気の凄まじさ故だろう。

 

 するとどうやら生放送を始めるらしい。赤字で「LIVE」と出ている。まだ時間もあることだし、見てみようと私はタップした。

 

『こ、こんにちはっ! ぼ、僕はっ……結ヶ丘高校スクールアイドルのサポーターの東音羽と申します! よろしくお願いします! えっと、今回は僕から皆のことを紹介しようと思い……』

 

 驚いた。そこに映っていたのは彼だ。私の何倍も上をいくのに、さも当然のようにやってのける……東家の1人息子。中学を最後に見なくなり、やがて忘れた音楽教室の同級生。

 

『っ……えっ……う……あう……』

 

 変わらず、嫌になる程綺麗な声だ。けど今はスクールアイドルの手伝いをしているらしい。確かに、彼の歌唱力やピアノの腕があの時より上達していれば、グループの強い力になるだろう。彼には適任だと言える。

 

 〈音羽くんかわいい!〉

 〈推し変する〉

 〈綺麗な声してる〜 歌ってみて〜〉

 

 コメントに目を落とすと批判するどころか、彼を褒め、彼の虜になるものが殆どだ。あの教室とは全く違う。誰もが彼のことを好意的に見ていた。

 

『あ、あの! 僕なんかより、すみれちゃんを好きでいてください! 僕はサポーターですしステージに上がる訳じゃないので……すみれちゃんだけじゃなくて、皆のことを好きでいてほしいです!』

 

 彼の声が聞こえる。自分じゃなく、スクールアイドルである彼女たちを応援してほしいとお願いしていた。

 

 そうだった。彼は自分のことよりも相手のことを気遣える人間だった。誰かの落とした楽譜を拾っていたり、教室のドアを開けてくれたり、先生と教材を運んでいたり……とにかく気が利く人でもあったなと思い出す。

 

『すみれちゃっ……ご、ごめんなさっ……』

『何やってるデスかこのグソクムシィっ!』

『すみれちゃん、落ち着いて! 映ってる映ってる!』

『おとちゃん大丈夫!? もうっ、何してるのすみれちゃん!』

『だって音羽が……何でったら何でよぉぉぉぉっ!』

『すみれさん、お……落ち着きましょう?』

 

 いつの間にか画面に映るのは6人になっていた。はちゃめちゃな状況ではあるが、彼の顔は緩んでいる。あの音楽教室では見られなかったような顔……だと思う。彼にとって今、その状況がとても楽しいのだろう。

 

 あの教室からいなくなった後、彼がどんな人生を歩み、どんな出会いをしたのかは知らないが、彼は見つけたのだろう。彼を彼として認めてくれる人たちを。心から力になりたいと思えた人達を。

 

「……」

 

 なんだか見ているこっちが勇気づけられたような気がする。彼を見ていると、私も負けてはいられないと心の底で熱くなるものを感じる。きっかけも感情もあの時とは違うものの、また彼に焚き付けられたような気がして少し悔しい。

 

 彼に抱いたあの嫉妬……あれは子ども心故の小さな対抗心、そして羨望だったのかもしれない。彼のようになりたいと憧れ、でも出来なくて……その悲しみや怒りを勝手にぶつけていたんだ。

 

 全部私の勝手だ。勝手に嫉妬し、勝手に憧れ、そして勝手に勇気づけられた。でも、だからこそ……私の勝手でこう思うのだ。

 

 

 私は、東音羽が嫌いだ、と。

 

 





星宇海さんのあとがき
───────────
 最初に、私は当初この企画に参加する予定はありませんでした。只々個人的なものとして書いて、龍也さんに見て貰おうかなぐらいの意識でしたが、飛び入りで参加させていただくことになりました。大変ご迷惑をおかけしてすみませんでした。そしてこのような作品を素敵な作品集に載せていただいたこと、本当にありがとうございます。
 さて今回の話は、音羽くんの過去編(星達のオーケストラ第8話〜第9話)をヒントに書かせていただきました。彼の才能に嫉妬する人物は必ずいるだろうなと。そんな「私」から見た音羽くんを描いています。
 星達のオーケストラ(以後星トラ)は、過去に苦しむ音羽くんがかのんを始めとした少女たちに救われ、そして今度は自分が彼女たちの力になるというのが物語の流れとなっています。私は音羽くんの苦しむ姿など見たくありません。出来る事なら一生Liella!のみんなと仲良くやってほしいと思います。しかし、三次創作としてその話を書けるのか、自分に星トラのすばらしい雰囲気や星トラ「らしさ」を描けるのか、確信がありませんでしたので、あえて過去の方を取らせていただきました。ここは私にとっての大きな課題ですね。
 最後になりましたが、『星達のオーケストラ』原作者並びにこの企画を立ち上げてくださった龍也様、そして同じくこの企画を立ち上げてくださり投稿してくださった苗根杏様、共に三次創作を制作した皆様、本当にありがとうございました。
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