暖房が動く音と、すすり泣く声だけが、暗い部屋を埋め尽くす。月明かりが差す窓際を避けて、私は体育座りで俯く。
現在の季節としては、秋など跡形も残っておらず、寒風が天高く吹ゆる冬。12月後半、冬の中でも真っ盛りの冬である。北風が窓をがたん、がたん、力強く揺らしているのが、下を向いているままでも分かる。
私は自分の膝を埋もれるように抱き、身体を不均一なペースで、せぐり上げては揺らす。
夜の神社の社務所は、昔から私の味方でいてくれた。オーディションに落ちた時、友達とケンカした時、遠足が雨のせいで無くなった時。きまって私は、この社務所の奥の方で縮こまっている。
16にもなって、子供っぽいと思う人だっているだろう。でも、私にとっては昔から、ここが拠り所なのだ。こんな惨めな私をガキくさいと思うのは勝手だが、私は至って恥とも思わない。これが私のメンタルリセット方法なのだから。
最近では、もう1つだけメンタルのリセット術がある。同級生と話すことだ。悩みの大体は、話すだけで解決の第1歩になったり、また悩みそのものがしょうもなくて人に話せば気が済むようなものだったり。そういった悩みなんて、かのん達と話していれば、家に帰る頃にはどうでもよくなっているものだ。
が、今回はそう易々と解決はしなかった。悩みの原因が、その同級生間にあったからだ。
原因自体は単純にして明快、シンプルな答えなのだが。私の生まれ持った、『ブレることができない、後に引けない性格』、それと『不幸の星のもとに生まれし運命』。それらが仇となったのだ。
名前を呼ぶ度に好きになっていったのは、どうやら私の方だけだったみたいだから。
恥ずかしい。彼をもっと早く手中に収めようとせずに、臆病にも積極的な行動に出られなかった自分への恥ずかしさが、うめき声となって喉の奥から漏れ出す。あんなに好きだったのに、もう顔すら見られないほどに、再び会うのが怖い。
彼の顔。たれ気味の目と、長いまつ毛。ふにゃっと笑う口角の優しいカーブ。
ああ。全てが好きだ。
彼のことを想い、浸っていると、ドアの方からノックの音がした。妹だろうか。
「どちら様」
少し冷たい返事を返す。するとドアの向こう側の人物は、妹より少しだけ、本当に少しだけ低い声を返す。
「すみれちゃん」
びくりと痙攣するように跳ね上がる。丸めた背中を、つりそうなほどに真っ直ぐにしたこの声の正体を、私は何度も夢に見ている。
転がるように彼の方へ向かい、ドアを開けてその姿を見たかった。しかし、私はその場から動かなかった。今更退けない。もう彼から手を引いてしまったと言っても過言では無いから。
「……なによ」
「寒いから、入れてくれないかな」
「は?」
「えっとね、いま寒いんだよ、外。無理にとは言わないからさ、中に入れてくれたら嬉しいな」
「知らないわよ!? 開けないったら開けないわ! あんたは私なんかほっといて、とっとと家に帰ればいいじゃない!」
「そっかあ、残念だ」
心底残念そうな声色。元々この人は、そんな嘘をつくタイプでもないが、本当に残念だという様子が顔を見なくてもわかる。
なんだか、こちらが変に意地を張ってるのがバカバカしくなってきた。彼は先ほどの私のことを、もう気にもとめてないかのように話す。
「すみれちゃんは寒くない? その部屋、暖房ついてる?」
「ホントは何しに来たのよ」
私はドアの真ん前まで来て、木の板1枚を挟んで彼と向かい合わせになる。
彼の優しい声色が、気遣いが、気のせいだと分かっているが匂いでさえも、ヒビの入ったガラスの心に染み込む。暖かさも冷たさも感じないはずの、無駄に脆い素材で出来たハートが疼く。
彼の前にいると、私は普段の私ではなくなってしまう。普段はそれを隠すために、演じているのだが……弱りきってしまったこの状況では、それも難しい。
ドアが少しだけ軋む音がした。彼がドアに手を当てたのだろうか。
「何をしに来た……って、そりゃあ、まあ……すみれちゃんってさ、笑顔の時が一番輝いてるでしょ? だからさ」
彼は少し照れくさそうに笑うと、こう言った。
「笑顔を持って来たんだ」
びくりと全身が小さく跳ねる。
あんたはいつでもそうだ。私がどん底にいようが、平気でその底に足をつけて、上まで連れ戻してくれる。
私が落ち込んでいる時は、決まって、この人は……私のことを助けてくれた……。
これ以上、好きにさせないで。あなたのことが好きじゃあなかったら、こんな気持ちになることもなかったのに、大粒の涙が、ひとつ、ふたつと、目元に浮かぶ。
「ばかぁ……そこに居たら……泣けないっ、じゃないっ……ぅ……っ」
私にとって、『一番星』とは画面越しの景色だった。フィクション同然の概念だったのだ。何をするにも一番になれず、いつも役どころは中途半端なものばかり。
そういった端役でも、私は一生懸命に演じていた。いつか、そんな姿が神様に評価されて、一番になれるんじゃあないか、って。
私はいつまでもそうやって、風をとらえ影を追うように、見えないものさえも見ようとするように、がむしゃらに走ってきた。時にはスタァの自分を演じるために、キツい性格になったりもした。
スクールアイドル部などというアマチュアの集まりに誰が入るもんですか、と、実績も技術もそこそこの私が偉そうに言ってしまったのは、今でも少し申し訳なさが残るくらいだ。
でも、私は演じなくっちゃあいけないんだ。スタァになるために。
『あんたは恋の方が大事なんでしょう!?』
『私は、あんただけのモノじゃあないのよね』
『すみれちゃんは誰のものでもないよ』
『……あんたのモノでもない、のね…………』
『ひどいわ!! 私が大切なんじゃないの!?』
『みんな、大切だよ。みんな、僕の特別だ』
『っ……友達、なのね……』
しかし、あの時。私は音羽の前で『友達』を演じられなかった。ひとりの『音羽に想いを寄せる者』として立っていた。私は、ショウビズだけでなく、演劇人としても失格だ。
「あんたのせいよ。全部、あんたのせい」
分かってる。
私のせい。全部、私のせいなの。
分かってるのに。
「すみれちゃんは優しいから」
「!」
「きっと、自分のことも責めちゃってると思ってた」
「……知ったふうな口をきかないで」
「もし、すみれちゃんが自分を責めてるなら、それは間違ってる。今日は、全部僕のせいにして」
彼に背中を預けるように、私はドアにもたれかかる。
「誰のせいでも、ないわ」
「……!」
「ごめんなさい」
私は音羽に、心の底からの謝罪の言葉を述べる。勝手に涙が出てきて、止まらない。こんなにも情けなくて、申し訳ないのに、まだ好きなのが尚更情けない。
私が全部悪いの。あんたを好きになってしまったから。あんたと心から結ばれたいと、あろうことか願ってしまったから。あんたを好きになってしまった、私のせいなの。ごめんなさい。音羽は、何も悪くないのに。勝手に好きになったのは私なのに。なのに……。
最初から、間違っていたんだ。
私はすみれ。春に咲く花。あんたは、例えるなら向日葵。夏に咲く花。生涯、一緒に咲くことのできない、対の存在。
ああ。向日葵は、葉月に……現代で言う8月に咲く花だったかしら。
思えば、私とあんたはいつも対極にいた気がする。名音楽家のサラブレッドのあんたと、一般家庭出身のスタァに憧れる私。音楽と優しさの才能に溢れ、嫉妬までも糧にしてしまうあんた。不幸の星のもとに生まれ、いつも空を見上げてばかりいる私。
私なんかが、好きになっちゃいけなかったんだ。歯を食いしばり、勝手に出てくる涙をぬぐう。
「泣かないで」
ドアの向こうから、鼻声のソプラノボイスが聞こえた。
「僕まで……悲しくなってくる。すみれちゃんの泣く音、重くて、暗いんだ。台風の日みたいな匂いがするんだ」
私から、オゾン層の崩れに崩れた台風の日の匂いがするわけがない。共感覚を持たない私には、あまりにも分かりづらい。その気遣いの欠如から、彼もいっぱいいっぱいなのだろうということを察した。
「ばか……あんたがっ……あんたがぁ……」
「っ……」
「……泣きたいのは、私のほうよッ……呼んでもないのに……」
ああ。こんなに、好きにならなければよかった。この感情が何なのか、知らないままで、あやふやで、いたかった。彼と友達のままでいられたとしても、私だけ、こんなにも苦しいんだもの。
こんなに心が苦しくて、痛くて、泣きたくなるほどに悲しいなら。
彼は、私の『心のドア』の中にいる、数少ない人物だ。人間関係における、ある程度のラインを超えた親友や恋人、家族などの範疇にいる人物である。
それに、彼、東音羽は例外中の例外。私が『心のドア』の中に、自ら迎え入れた人物である。最初こそ、なんだか無気力で、人に対して冷たそうな人だったが、彼について知れば知るほど……私は、彼に対して興味を持ってしまった。
私にとっては、彼を好きになってしまったことが罪そのもの。なら、その罰は、こうして何回も彼を思い出しては叶わない恋に泣くことだろうか。愚かにも知恵の実に手を出し、これから生まれる人類全てに原罪を背負わせてしまったアダムとイブの気持ちが、少しだけ分かってしまう。生涯にわたって負う傷。痛み。妬み。怒り。悲しみ。それらが一斉の十字架の束となって、私に覆い被さっている。
彼は優しい。だが、私の想いには気づいていない。だからこうやって、彼から直接迎えに来てくれる。私に好かれていることを分かっていれば、彼はきっと、気まずくて私に会うなんてことすらままならないはずだ。
彼は、恋の方が好きだから。
ポケットの中にあるネックレスを握りしめ、私は彼に問いかける。
「笑顔を持って来た……のよね」
「……そうだよ」
「今でも、その気持ちは変わらない? まだこのドアを開けるつもりでいるの?」
私のことを好きじゃない、私の好きな人は、すっかり疲れたような声で言う。
「君を笑わせないと、帰れないよ」
「…………音羽」
彼は、本当に私に好かれていることを知らない。とっくに気づいていたことを改めて噛み締め、私は気づいた。
開けなければいけない。私が『心のドア』を開いた時のように、もう一度、この社務所のドアを開けなければならない。
許さなければいけないのだ。彼を好きになってしまった、自分自身を。そして、ここで玉砕しよう。このまま秘密にしていては、本当の意味で彼と親友になれない。
彼に、『東音羽のことが好きでたまらない平安名すみれ』のことを知ってもらわなければならない。
私は立ち上がり、背を向けていた、背を預けていたドアに向き直る。ドアノブに震える手をかけ、覚悟を決める。
「音羽……」
返事は帰ってこないが、私は話を進める。
「私、平安名すみれは、東音羽のことを……世界で一番、愛しているわ」
そう言い終わり、ドアノブをひねった瞬間。
スパァンッッ。部屋の右側から、サッシの音が響く。
窓の向こうにいるのは、涙目の音羽だった。
「えっ!? 窓ぉッ!!?」
慌てて窓を開けると、音羽が窓枠に手を置き、こちらに箱を向ける。
「君に、笑顔を持って来たよ」
「なんかカッコイイ二つ名が出てる!?」
「カッコイイでしょ? すみれちゃんのも、みんなで考えたんだ!」
「え"」
「白き甲殻って、なに? えっ、グソクムシじゃないわよね?」
「え? 甲殻ってカッコイイ鎧兜みたいな意味じゃないの?」
「アイツか……ったく、ティアラの次に貰うものが、よく分からない二つ名って……というか、何で窓から入ってくるのよ!」
「ドアは諦めたからさ」
「窓なら入れてくれるかな〜、って?」
「そうそう! 窓ならいけるかなって!」
「…………」
相変わらず、変なところで天然というか、普通じゃあ出てこない考え方が出てくる。
私は少しため息をついた後、彼の手にある箱に目を向けた。見たところ、指輪を入れる箱よりかは少し大きいくらいの木箱だ。
音羽は私が箱を見ているのに気づき、彼はこちらに箱を手渡し、開けてみるように言う。
木製のちいさな箱を開けてみると、中には紫を基調とした地に、星の装飾が散りばめられている。箱の中身の大半を占めるのは、黒いゼンマイがついた機械。これはまさか、と、それを5〜6周巻いてみる。
手をゼンマイから離してみると、複数のピンを機械が弾く音が次々に流れる。よく聞くと、これはあるひとつの曲のサビであることに気づく。
「……『オルゴール』?」
忘れもしない、地区予選を突破した思い出の曲。『ノンフィクション!!』が、アレンジされつつオルゴールになっている。
「すみれちゃんのためにできることは、これくらいしか思いつかなかった」
「わ……ぁ……すっごいわね、コレ……」
「ふふ。すごいよね。父さんと母さんが一日でやってくれた」
「一日!? っていうか、あんたの両親……ぁあ〜ッ、なんか申し訳ない……」
「なんで?」
「いや、嬉しいは嬉しいけど……うん、今は素直に喜んでおく事にするわ」
彼はよく、もっと人に頼るように、と周りの人間から言われることが多いのだが、今回はしっかり頼ることが出来たようで、保護者のような目線から感動している。
「東家全面協力の一品だもの。受け取るしかないわね」
「あっ、もしかしてプレッシャーかけちゃった?」
「……あなたがくれるなら、何でも嬉しい。ありがとう」
また意地悪な言い方をしてしまった。私のために作ってくれたことが嬉しいの。私のために、何かをくれるなら、それが一番嬉しい。
私は彼の頭に手を置き、左右にわしゃわしゃと撫でる。
「笑えるわね、私」
「あっ」
「ん?」
「オルゴールのフタの内側……見て」
フタの内側には、手鏡ほどの小さなミラーが取り付けてあった。
そこには、頬を赤らめながらも抗えない喜びの波に耐えきれず、自然に口角の上がった自分が映っていた。咄嗟に隠そうとするも、彼に両手をおさえられる。
「笑顔。届けられたね」
「……あんたってば、花火病ね」
彼の手を振り払い、口元を腕で隠す。また下手な照れ隠しをしてしまった。
「何? その素敵なネーミングの病気」
「私たちが中学時代にいた、花火って千両役者から取られたの。まあ、本物の病気じゃないわ。中二病みたいな雰囲気の言葉よ……って、知らないの?」
「ついでに、そのチュウニビョウってのも知らないんだけど……」
変なところで世間知らずな愛しい人に、半ば呆れながらも、あんたはそういう奴よね、と私は振り向く。
音羽の方に向け、私は両手を広げる。
「もうひとつ、あるんじゃあないの? 私のためにできること」
「?」
「抱きしめてよ。音羽の出せる、最大限の力で。二度と離さないように」
私の顎くらいに、彼の頭頂が届く。小さな身体の精一杯の力で、私の身体は包み込まれた。腰の後ろに回された手は、ぎこちなくも私を力強く抱きしめる。
ハグとは、こんなにも癒しや温もり、愛情といったプラスの感情の局地を感じられるものなのか。私の身体がチョロいだけではなく、全人類、好きな人に抱きつかれたらこうもなるだろうという至福の快感に身を任せる。
「緊張してる?」
「……ちょっとだけ」
嘘つき。
恋には、これ以上のことを何回もしてあげてるくせに。
そんなことを浮かべる心の内とは裏腹に、私の体温はみるみる高くなっていく。サウナから出た後のような、そういうダウナーなベクトルの気持ちよさを感じる。
抱きしめられているはずなのに、開放感がある。私はずっと、彼にこうしてほしかったのかもしれない。
「すみれちゃん」
「……なぁに、音羽」
自分でも驚く程に腑抜けた声で、名前を呼び返す。
「心臓の音、真っ赤」
「はあっ!?」
「ふふ。ふふふっ」
「世界中であんたしか出来ないセクハラやめてくれる!?」
「ぼ、僕しか出来ないことはないって!」
「だとしても、あんたくらいしかやらないわよ、こんなこと……ふふふっ、あはは! っははは!」
なんだかバカバカしいやりとりに、自分で笑ってしまう。音羽は恥ずかしがりながらも、私が笑っていることにどこか安心したような顔をしている。
「ご、ごめんね。すみれちゃん」
「……謝るほどのことでも、ないったらないわよ」
私は改めて、彼の肩を強く、一生懸命に抱き寄せ、心の底から出た言葉を口にする。
「そういう優しい所も、好きよ。音羽」
さっきの告白は、ドアの前にいなかったから聞いていなかったみたいだし。
私の愛の言葉をどう取ったかは知らないが、彼もそれに応えるように力を強め、私を抱きしめる力をいっそう強くする。
「僕も好きだよ。すみれちゃん」
私の事なんか恋愛的にはちっとも好きじゃあないのに、こんな事を言ってくれるのだから、あんたは天性の女たらしだ。そんな、心にもないことを思ってしまう。惚れた私が悪いのにね。
ああ。出来るなら、いつまでもそうやって、私を惑わせてちょうだい。その演技も何も含まれていないあんたの声色が、たとえ私を友達として好きなのだとしても、私にとっては堪えがたい至福なの。
だから、もっとあんたのことを好きにさせて。
私は、あんたを奪ったりなんかしない。あんたの幸せが、私の幸せなんだから。
『音羽くん。愛しています』
『うん……恋ちゃん。僕も、大好きだよ』
私一人で、音羽を好きになるから。音羽は、私を好きじゃなくてもいいから。この片想いが実らないことが分かっていようと、私はずっとあんたのことを好きでいる。
『僕の特別に、なってください』
『!! ……はいっ……はい! 私は、音羽くんを世界で一番、愛しますッ!!』
だから、だから…………だから、お願い。
『……音羽?』
好きでいさせて。私を、ずっと狂わせたままでいて。私が主役になったとしても、あんたの前ではヒロインでもなんでもない、今まで通りの友人Aを演じるから。
お願い、愛しい人。
世界一、好きな人。
あとがき
─────
ご拝読、ありがとうございます。編集部の苗根です。
なんかいい感じの幻覚ができたので、おまけと言ってはなんですが、最後の方に載せてみました。解釈違いだったらごめんなさい。おとすみは、ちょっと重いくらいがいいなあ。と思いながら書きました。
少なくともラブライブ!界隈では初かもしれない、オリ主が軸の三次創作大型合同。こんな企画を実現できたのは、皆さんの協力があってのことです。本当にありがとうございました。別冊星ミュ2号でも、サービスサービスぅ。