別冊星達のミュージアム 創刊号   作:苗根杏

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2作目は、『シスコン弟とAqoursの日常』や『雨雫のシナリオ』を書かれている、ふらんどるさんの作品です。


彼と私と料理とカミサマ

 

  

「今日は随分と冷えるったら冷えるわね」

 

 冷たい秋風がすっかり色づいた木々の葉を落としてゆく。

 

 そうして散らばった落ち葉を竹ぼうきで集めて境内を綺麗にする。子供のころからやっている神社の娘としての日課だ。

 

 今のLiella! の活動は予備予選も無事に終えてひと段落、とはいかず、すかさず年末の地区予選に向けて準備を進めている。

 

 それに加えて、これからの年末年始は神社が一番忙しくなる季節、家の手伝いも増えてきて私としては色々大変な時期だ。

  

 ふう、と一つため息をつき、とりとめもなく最近の出来事を振り返る。

 

 初めて私がセンターに立てた予備予選の事に、これから迎える地区予選の事、未だに私以外知らない可可の帰国の事、いろいろある。

 

 たいていの事はそんなこともあったな、と思い返すだけで終わるが、どうしても一つだけ張り付いたように頭から離れないことがある。

 

 どんなに振り払おうとしてもどうやっても払えない、それどころかふとしたことでも思い起こしてしまうその名前。

 

 やはり私はどうしても意識しまう、東音羽という人物の事を。

 

 私は彼にとって恋のように幼馴染でもなければ、かのんのように初めから彼に積極的に関わってきてもいない。かと言って可可や千砂都のように人懐っこく積極的に絡んでいくような性格でもない。このグループの中で彼は一番遠い位置にあると言っても過言ではない。

 

 言わずもがな、彼は人気者だ。彼の周りには常にLiella! の誰かがいるし、最近は彼も学校内で有名になってきたから他の生徒にも声をかけられることが増えてきた。勿論、私にだって負けてはいない。小さい頃からショウビジネスの世界を生き抜いてきたテクニックと武器は十分だ。

  

 でも、今の私と彼の間にはどうしても距離があるように感じてしまう。

 

 そもそも、彼の第一印象は、はっきり言って良くない。常に暗い雰囲気をまとってマスク越しにぼそぼそとしゃべる様子がどうしても好きになれなかった。何より、他人から注目されるほどの素質があるのにそれをあえて隠そうとする姿がショウビジネスの世界にいた私からすれば特に腹立たしかった。あの時は嫌われてもおかしくないずいぶん手荒なこともしたが、彼は特に気にしていないようだ。

 

 そして初めて彼のマスクを取った時、綺麗な顔だなと思った。それと同時に今までどこか彼をひくくみていた自分に嫌気がさした。 

 

 それからの彼はずいぶんと見違えた、いや、本来あるべき姿を取り戻したと言ったほうがいいのかもしれない。でもそれと同時に彼が創り上げる曲は私たちに彩を与えてくれるし、的確なサポートのおかげで円滑に活動できている。さらに最近は生徒会やクラスの手伝いも積極的にやっている。

 

 無論曲作りや生徒会の仕事は彼が自ら望んでやっている事だから私がどうこう言うべき事でもないし、実際彼はどれもよくやっている。しかし、私はどうしても気になることがある。

 

 彼は、東音羽という人間は少し頑張りすぎではないだろうか。

 

 かのんや可可たちに言えば「おせっかい」とか「過保護」と言われるだろうし、そう言われればそれまでだが、私はどうしても気になってしまう。

 基本的に、彼は人に頼る様な事をしない人間だ。それはそれでいいことなのかもしれないが、何でも自分一人で解決しようとする姿勢は見ていて危なっかしく思う時もある。

 

 彼の癒しはいったいどこにあるのだろうか、ふとそんな事を考える。

  

「まったく、何でこんなこと考えるのかしら」

 

 よくわからなくなった気持ちを整理しようと何気なく言葉を発した。少し手を止めていたせいか、集めていた足元の落ち葉も散らばり始めていた。

 

 早く片付けて夕飯の支度にかかろう、そう思い腕を動かそうとした瞬間、さっと吹き抜ける風の音と共に石畳を歩く音がこちらに近づいてきた。

 

 こんな時間に珍しいな、と思いながらも神社の娘として挨拶をしようと後ろを振り返る。

  

「すみれちゃん」

 

 一瞬の木々のざわめきの後、誰もいない境内に透き通った声が響く。

 

 東音羽、私が直前まで頭に浮かべていたその人である。

 

「おっおおおっ……音羽! いつからそこにいたの!」

 

 思いもよらない本人の登場に動揺し、つい大声を出してしまう。

 

「えっと、遠くからすみれちゃんが見えたんだけど、なんか考え込んでるみたいだったし、話しかけるのも悪いかなって」

「まったく、近くにいたんだったら言いなさいったら言いなさい!」

 

 いつもの癖でつい言い方がきつくなってしまった。無論直したいのだが、私の中にある変なプライドが邪魔をして、いつもうまくいかない。

 

 嫌に思ってないか不安だったが、様子を見るにいつもの事だと思われたらしく気にしていないようだ。

 

「こんな時間にどうしたのよ」

 

 軽く深呼吸をして、今度はゆっくりと彼に話しかける。

 

「ちょっと曲作りの息抜きに散歩でもしようかなって。そうしたらいつの間にか近くまで来たからお参りしていこうかなって」

  

 そう言って彼は本殿の方へと進んで一通りお参りをして戻ってきた。

 

「すみれちゃんは何かお願いしたりしないの?」 

「神頼みなんてしないわ、願うものは自分の力でつかみ取るもの。ショウビジネスの世界じゃ常識よ」

 

 私は言わずもがな神社の娘だ、ここでたくさんの人の願いを受け止めてきた。私も、昔はオーディションの前になると熱心に手を合わせていた。

 でも、結果が伴うことは無かった。

  

 そしていつからだろうか、私は神様に頼るのをやめた。自分の得る道は自分で切り開く、それがわかってきたからだろうか。

 

「おねーちゃん! ごはんまだー? お腹減ったー!」 

 

 静寂を切り裂くような高い声と共に、社務所の入り口からぴょこっと小さな顔が飛び出した。

 

「さっきも言ったでしょ、掃除終わるまで待ってなさい」

「えー! お腹減ったー!」

「そんなに言うんだったら、たまには自分で作りなさいったら作りなさい!」

「けち! いじわる! べーっ、だ!」

 

 そう言って妹は年相応に舌を出して顔を引っ込めた。

 

「まったく、うるさいわねぇ」

  

 そう言ったと同時にハッとした、今私の隣には音羽がいる。またしても恥ずかしいところを見せてしまった。

 

「すみれちゃんって、いいお姉さんなんだね。いつもご飯作ってあげてるの?」

 

 彼は特に気にする様子もなく、いつも通り穏やかな顔でそう言った。

 

「たまによ。今日は親がちょっといないだけ」

 普段通り冷静に装うが、内面では安堵と自分へのいら立ちが交錯してよくわからなくなっていた。

「前から思ってたんだけど、Liella! の中のお姉さんみたいなんだね」

「へ?」

 

 そんな不安定なところにさらに変な事を言われたものだから、思わず変な声が出た。

 

「どういうことよ、それ」

「だって、すみれちゃんいつもくぅちゃんの面倒見てるし、いつも冷静に物を見てるから」

「誕生日的にはそうでもないし、それに実際に妹持つといろいろ面倒よ」

「そうだけど、すみれちゃんはいつもいろいろ手伝ってくれるし、すごく助かってるんだ」

「別に、当然ったら当然よ」

 

 口ではそう答えるが、本当は「助かってる」なんて言われると純粋に嬉しい。素直に「ありがとう」という一言すら言えない自分の中にあるプライドが憎らしい。

 

 話しているうちに、辺りも随分と暗くなった。いつもならすぐに終わらせて夕飯を作り始めている時分だが随分と予定が伸びてしまった。今頃部屋では妹がうるさいだろう。

 

「じゃあ、邪魔になっちゃ悪いし、僕はそろそろ帰るよ。また明日から頑張ろうね、すみれちゃん」

「え、ええ」

 

 そう言って彼は軽く頭を下げた後、鳥居の方へと歩き出す。

 

 徐々に遠ざかっていく彼の背中を見ると、普段の私と彼の関係を現しているように思えた。

 

 彼は優しく歩み寄って来るのに、自分自身のどうでもいいプライドのせいでその気持ちを素直に受け取らなず皆に先に行かれてしまう。

 

 もしかしたら、私は常に彼から逃げていた、本当は臆病な本心をプライドで包み隠していた、そう思えてならない。

 

 そうだったら、私はずっとこのままだ。いくらは知っても絶対に追いつけない、いや、走ってると思い込んでるだけで単に足踏みをしていただけなのかもしれない。

 

 それだけは絶対に嫌だ。 私は、進むんだ。

  

「待って」

 

 私は思い切って音羽を呼び止める。力んでいたせいか少し声が大きくなってしまった。

 

 音羽は少し驚いたように振り返る、いきなり呼び止められたから無理もないだろう。

 

「どうかした、すみれちゃん?」

 

 その表情はもう普段と変わらずきょとんしたものになっていた。

 

 そんな音羽の顔を見ると、不思議と落ち着く。

 

「もし、よかったら」

 

 私は意を決してゆっくりと言葉を紡いでゆく。

 もし、ここで止まったら、そして私はずっと後悔する。

  

 私は一歩でも先に行く。

 

 もう神様には頼らない。主役が歩く道は、自分で切り開く。

 

「もしよかったら、夕飯食べていかない?」

 

 私の心のざわめきを現すかの如く、木枯らしが周囲の木々の枝を揺らした。

 

 もちろんこんな時間にいきなり夕飯に誘うなんて無理があるにもほどがある事は自分でもわかっている。

 

 彼は、東音羽はどう出るか、固唾をのんで返答を待つ。

 

「本当? いいの?」

「ええ」

「ありがとう。たしか母さんができ物買ってくるって言ってたから。僕の分はいらないって連絡しておくよ」

「悪いわね、なんだか」

 

 いつもの如く振る舞うが、心の中では万歳を叫びたいほど嬉しい。

 

「そういえば、みんなから聞いたよ。前に食べたすみれちゃんの料理がものすごくおいしかったって。だから僕も食べてみたいなって思ってたんだよ」

 

 そう言って彼は無邪気な笑顔を見せる。

 

 きっと神津島の民宿で作った夕食の事だろう。

 

「すみれちゃんって、よく料理作ってるの? さっきたまにって言ってたけど、見せてもらった写真だと、たまに作るような程度じゃなかったからさ」

「……まあ、話せば長くなるわ」

 

 少し間を置いた後、私は『昔話』を始める。

  

 料理を始めたのは子ども向け料理番組のオーディションがきっかけだ。

 

 始めて参加した大きなオーディションで、どうしても出たかったから必死になって練習した。

 毎日学校が終わってから寝るまで、うまくできなくて何度も泣きながら、包丁で指を怪我しながらで必死に努力した。

 

 それだけじゃない、歌やダンス、演技から立ち居振る舞いまでオーディション当日まで合格に向けてできる限りのあらゆることを練習してきた。 

  

 でも、結果は不合格。

 

 結局温情でもらえたのは一話限りの端役中の端役。あまりにも悔しいと涙も流れないことをその時初めて知った。

 

『きっと次がある』とは家族からは言われてその後も練習を続けたが、結局選ばれることはなく、家族以外誰にも披露する機会のない料理の腕だけが自然と上達していっただけだった。

 

 今でも料理を作るとどうしても思い出してしまうほど、私にとっては忘れることができない出来事だ。

 

「……まあ、こんなところよ」

 

 一通り話を終えて彼の方を見る。

 

「そうだったんだね」

 

 彼は申し訳なさそうにそう呟いた。

 

「昔話はこれで終わりよ。すぐに掃除終わらせるから待ってなさい……なんでそんな顔するのよ」

 

 その悲しげな雰囲気をまとった彼の表情に思わずそう声をかける。

 

「ありがとね、話してくれて」

「別に、感謝されることでもないわよ」

 

 妹にさえしてこなかったこの話をしたのは、おそらく私の中で東音羽という存在がそれほど特別なものなんだろう。それにしても、つくづく彼は優しい。

  

「何ならリクエストにも応じるわよ」

 

 どうせ作るのなら彼に喜んでもらえるものを作りたい。その思いから私は尋ねた。

 

「良いの? もう時間も時間だし、買い物も大変でしょ?」

「せっかく食べてもらうんだから、できる限りなら」

「でも……」

「ここは素直に厚意に甘えるものよ」

 

「じゃあ……オムライスとかで大丈夫?」

 

 音羽は少し考える様子を見せた後、そう答えた。オムライスは彼の好物だからもしかすると、とは思っていたがやはり予想通りだった。

 

「それくらいならお安い御用よ。何度も作ったこともあるし、卵が余ってたからどっちみち使う予定だったから」

 

 余裕気な言葉とは裏腹に、『オムライス』という彼の返答に私は正直心底ほっとした。自分から言っておいて気が引けるが、もし難しかったり買出しが必要なものだったら目に見えてあわてていただろう。

 

「ありがとう。悪いね、なんだか」

「何なら、味のリクエストにも応じるわよ」

 

 リクエストを求めるなんて、私らしくないことはわかっているが音羽に褒められたのが素直に嬉しかった。

 

「味のリクエストって言われても、まあ、強いて言うなら」

「わかったわ。あと、スープとかはなるべく冷ましておくわよ。あなた猫舌なんでしょ?」

「よく知ってるね。言ってたっけ?」

「言わなくても、普段一緒に居ればそれぐらいわかるわよ。知らないかもしれないけど、千砂都ってあなたの分のたこ焼きだけわざと冷ましてるのよ」

「そうだったんだ、なんだか悪いなぁ。それにしてもやっぱりすみれちゃんは気遣い上手だよね」 

「気遣いができない人間なんて、ショウビジネス的には失格よ」

 

『気遣い上手』そう言われて悪い気はしない。やっぱり私は、彼に褒められると心が揺れ動いてしまう。もうこれは認めざるを得ない。

 

 東音羽という人間の隣に立つまでの道則は、決して平坦なものではない。

 

 でも、わたしはやる。やってやる。

 

 境内を駆け抜けた一陣の風がどこからか屋台の食べ物の匂いを運んでくる。そろそろ準備を始めないとまたうるさいのが出てくる時分だ。

 

「そろそろ作り始めないとだから、ちょっと待ってなさい」

「掃除、手伝うよ。何か持ってこようか?」

「良いわよ別に。あなたはお客なんだからそこで待ってればいいの」

「そんな、せっかくお招きされたんだから何かしないと僕の気が済まないよ」

 

 この短い会話だけでもつくづく実感する、やっぱり彼の優しさには敵わない、そして優しくされると、すごく、嬉しい。

 

「まったく、あなたのその性格には負けたわ。そこの物置に落ち葉入れる袋があるから取ってきてくれる?」 

「了解。すぐ取って来るよ」

 

 そう言って彼は脱兎のごとく駆け出す。

 

 速足で遠ざかる彼の後ろ姿を見ると、彼のその無償の優しさが何だかとてもくすぐったいくらいに温かく感じた。

 

 境内にさっと秋風が吹き抜ける。

 

 その優しい風は、東音羽の隣に立つためにひた走る、私の背中を押しているように感じた。

 




ふらんどるさんのあとがき
─────────────
まずは『星トラ』原作者の龍也様を初め苗根杏様などこの企画関わってくれたすべての方々に心から感謝申し上げます。まだ最新話に追いついていない状況ながらも「自分なりの平安名すみれが書きたい」という勢いで本企画に参加しました。お出かけとかもっと濃密に二人を絡ませることも考えましたが結果的に「ヒロインズ・ランウェイ」から着想を得てモノローグ中心の自分なりの「おとすみ」が書けたかと思います。すみれちゃんは小さい妹を持つからこそ、またショウビジネスの世界にいたことや神社の娘という性質上「願いが叶わなかった人」を多く見てきた経験が、面倒見がよく努力家な彼女を形づくったんだと思います。また、そう言った経緯が同じく複雑な過去を持つ音羽君と彼女を引き寄せるんだと私は考えます。
音羽君と同じようにそういう複雑な背景の人物ですから書いてみると動かすのにずいぶん苦労しました、本当に龍也さんには頭が下がります。
最後に、これからも『星トラ』という素晴らしい作品がもっと多くの人に読まれ、愛されることを願ってやみません。
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