別冊星達のミュージアム 創刊号   作:苗根杏

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今回は、『仮面ライダーゼロワン OVERCROSS RAINBOW』や『星達のオーケストラ 〜The New Stars〜』などを書かれている自然派アークさんの作品です。



ぐつぐつ、ことこと、ゆっくりと。

 

 暖かい陽気の差し込むキッチン。並ぶ鍋はくつくつと小気味のいい音を鳴らし、赤とオレンジの中身をゆっくりと泡立てる。ふわりと漂う湯気を吸い込んでみれば、果物特有の爽やかな匂いが鼻腔に染み込んで、上手く出来たと感慨に浸る。そんな時、ドアの外から響く足音。

 "彼"がやって来た。

 火の管理を信頼するメイドのサヤに任せ、キッチンのドアを開ける。玄関に向かう足は弾み、ステップを刻むように駆けて、駆けて。いつの間にか隣にいた飼い犬のチビと一緒に、愛しい人を出迎えるのだ。

 扉を、開け放って。

「ようこそ、音羽くん!」

「恋ちゃん、お邪魔します!」

 

 ~~~

 

「今日は音羽くんに見せたいものがあるんです」

「えっ!? 何だろう……?」

「さぁ、こちらですよ!」

「わっ……れ、恋ちゃん!」

 少し細い音羽の手を握り、キッチンへと駆け出す恋。ドアを開けてみれば、部屋に充満する柔らかな香りに顔を綻ばせるサヤが居て。慌ただしく入ってきた2人を見遣ると、きっちり向き直り笑顔で出迎えた。

「音羽様、お待ちしておりました」

「休日の間、よろしくお願いします。サヤさん」

「いえ、こちらこそ。お嬢様。例のもの、出来上がりましたよ」

「ありがとうございます、サヤさん」

 大事な鍋を見守ってくれたサヤに感謝を伝え、音羽を誘い鍋を覗き込む。

「わぁ……! これって……?」

「ええ、イチゴジャムとマーマレードです!」

「ジャム! 懐かしいなぁ……2人でよく作ったよね!」

「えぇ。あの頃はよく鍋を焦がしそうになってメイドさん達に怒られていましたが……今は違います」

「違うって……?」

 少し誇らしげに答える恋に、サヤが笑顔で答えを返す。

「このジャムは、お嬢様がお一人で作られた物なんですよ」

「そうなの!? 凄いよ恋ちゃんっ!」

「ふふっ、恐縮です」

 目をキラキラと輝かせる音羽に、嬉しさを隠せないような笑顔で答える恋。

 恋はお嬢様育ちが故に出来ない事、知らない事が人より多いのだが、物事を理解さえすればすぐに身に付けられる程に素の対応力が高い。

 それは多彩な技能が要求されるスクールアイドルであっても同じで、幼少期の習い事で培った技術力と高い吸収性で短期間の間に目覚しい上達を遂げている。

 ジャム作りも、幼い頃こそ火加減を間違えて鍋ごと真っ黒に焦がしたりするような失敗はしたものの、今となっては専門店の品と遷色無いような物を作れるまでになっていた。

 その完成度の高さは、葉月家の料理全般を長年手懸けてきたサヤですら驚愕する程であり、それだけ彼女の能力の高さが分かるというものである。

 だが、サヤは気づいていた。それほどまでにこの愛しい主人を動かす原動力は……。

「すんすん……ふわぁ……いい匂い……」「我ながら会心の出来です……!」

 主人と可憐に笑い合うこの少年にあるのだと。

 ~~~

「お嬢様、私が瓶詰め致しますので、音羽様とお2人で先にゆっくり寛がれて下さい」

「そういう訳には行きません、サヤさん。瓶詰めも私にやらせて下さい」

「お嬢様、ですが……」

「僕も手伝うよ。来たばっかりで何も出来てないから、少しでも……」

「申し訳ありません。お二人共、お気持ちはすごく嬉しいのですが、私にやらせて頂けませんか? 最後まで、自分の手で成し遂げたいのです」

 胸に手を当てながらそう宣言する恋の真っ直ぐな目を見て、2人は頷き、笑顔で返す。

「分かった。恋ちゃんのやりたい事なら、僕は邪魔しない。でも……火傷しないように、気をつけてね」

「お嬢様、私も承知致しました。お怪我をしないよう、慎重に行って下さいね。私はお茶の準備を致しますので、何かあった時は直ぐに私をお呼びください」

「恋ちゃん。何かあったら僕のことも呼んで。すぐに駆けつけるから」

「2人とも……ご心配、ありがとうございます」

「それでは音羽様、先にお部屋へ」

「ありがとうございます……恋ちゃん、頑張ってね!」

「はいっ!」

 小さく握りこぶしを作って励ます幼なじみの姿に、恋は微笑みながら返答するのであった。

 

 ~~~

 

「では音羽様、ごゆっくり」

「ありがとうございます。いつもお茶まで出してもらって……」

「音羽様は葉月家にとって大切なお客様で、お嬢様のかけがえのない方です。もてなすのは当然の事ですから、お気遣いなさらず、ゆっくりされて下さい」

「いつも、ありがとうございます」

「こちらこそ、いつもお嬢様と仲良くしてくださってありがとうございます。では、私はこれにて失礼致します」

 パタリ、と大きな扉に似合わない静かな音が響いて、部屋にいる人間は音羽一人となる。

 "音"が無い静かな部屋の中で、紅茶をゆっくりと飲みながら待っていると、再びパタンと響く音。空いた扉からは、笑みを湛えた幼馴染が入って来る。

「お待たせ致しました!」

「ううん、大丈夫だよ。隣……座る?」

「はい! では失礼します……ふぅ」

「恋ちゃん、お疲れ様」

「ふふっ、ありがとうございます」

 音羽が開けたスペースに収まるように座り、溜息をひとつ零す恋。そんな様子の幼なじみを微笑みながら

 見つめ、一言労いの言葉をかける音羽。

 恋も微笑み返しながら言葉を返す。

 たったそれだけで、二人の世界の出来上がりだ。

「恋ちゃん、1人でジャム作れるなんてすごいよ!」

「ありがとうございます。ですが、まだまだです。最近になってやっと1人で作れるようになったばかりで……もっと経験を重ねてより完璧なジャムを作りたいです!」

「そんな事ないよっ、あんな綺麗なジャム初めて見たよ……!」

「そう、でしょうか……?」

「うんっ!」

「音羽くんがそう言ってくれるなら……ふふっ、益々頑張らないといけませんね!」

「ふふ……励みになれたなら、嬉しいな」

 そう笑いかけた音羽の顔に見えた、ほんの少しの陰りを見逃す恋では無い。

 音羽は周りに迷惑をかけたくないと、自らが抱いた負の感情を隠してしまう癖がある。

 それは幼馴染の恋の前でも同じなのだが、幼い頃から音羽の傍におり、彼の感情の変化に聡い恋はすぐにその癖を見抜いてしまう。音羽もそれを理解しており、より念入りに、怪しまれない様に、感情をしまいこんで取り繕う様にしている。かつて道を違えた際に起きた出来事から、音羽は恋に多くの悲しみや痛みを背負わせてしまったと感じており、それ故にこれ以上恋に迷惑をかけたくない、悲しみを背負わせたくないと、弱さを見せないように、しまいこんだ心にベールを被せて覆い隠しているのである。だが、今回は過ごし慣れた葉月家の屋敷という比較的リラックスできる空間で、かつジャム作りという懐かしい思い出を想起していた為か、感情のガードが緩んだかのように目元に僅かな陰りが見えた。その陰りから感じた心。それは……

「音羽くん。寂しい……ですか?」

 寂寥。

「寂しい……? なんで?」

「音羽くんの目が、何だか懐かしむような、寂しそうな目をしていましたので……思い違いなら、良いのですが」

「あはは、ごめんね……また心配、かけちゃった」

「心配のひとつぐらいさせて下さい。私と音羽くんの仲でしょう?」

「恋ちゃんだからこそ、心配をかけたくないんだ」

「強情ですね」

「そう、だよね……そう。でも、言いたくない。今僕が思ってる事を打ち明けてしまったら、恋ちゃんの邪魔になってしまうだろうから」

「それならば尚の事です。聞かせてください、音羽くん」

「……ごめん、話せ……むきゅ!?」

 俯く音羽の顔を両手で包み、自分の方へと向ける恋。

 その視線は、伏し目がちになった音羽の目を貫くように真っ直ぐ向けられる。

「音羽くん、言って下さい」

「いへひゃい……」

「言って下さい」

「いひゃだ……」

「言 っ て く だ さ い !」

「ひうっ……わ、わひゃった、わひゃったから、は、はなひて……っ」

 恋の目力と凄まじい語勢、そして怒涛のほっぺプレス攻撃に遂に音羽が折れ、許しを乞う。

 恋はその言葉を聞くと、ふぅ。とひとつ息を吐き、両手を潰す形から撫でる形へと変えた。

「んんっ……言っても、嫌わないでほしい……わがまま、だけど……」

「まさか、嫌ったりなど致しませんよ。私達の仲でしょう?」

「仲……ごめんね、気を使わせちゃって」

「いいえ、全然。気にしないでください」

「ありがとう……その、ね」

「はい」

 自信なさげに笑みを浮かべる音羽の、一言を待つ。

 少しか細い声色で続きが紡がれるのに、そう時間はかからなかった。

「……寂しかった。恋ちゃんが1人でジャムを作れたって聞いたとき、少し……いや。結構、寂しくなっちゃって。素直に喜ばなくちゃいけないのに、ね」

 音羽の言葉に恋は答えず、静寂が流れる。

 目の前の幼なじみが何も言わず、少し驚愕したような顔のまま固まってしまった事に、音羽は一抹の不安を抱える。

 そしておそるおそる、一言。

「恋ちゃん、そのっ……ごめ」

「ふっ、ふふ、ふふふっ……」

「れ、恋ちゃん?」

「ふふふっ、あはははっ……!」

「な、なんで笑うのぉっ……?」

「ごめんなさいっ……そのっ、理由が、あまりにも可愛らしくてっ……」

「可愛っ……!? そんなっ、可愛くないよっ! こんな理由……。だって、身勝手だよ……恋ちゃんの出来ることが増えたのに、僕、勝手な事思って……」

「いいえ、全然勝手などではないです。むしろ……私は嬉しいです」

「うれ、しい……?」

「ええ。私とのジャム作りを、それだけ特別な事と思っていてくれた事が……堪らなく、嬉しいんです」

 胸に手を当て、大切な思い出を離さないと言わんばかりに握りしめる恋。

 音羽との思い出は、恋にとって全てかけがえのないもの。

 ジャム作り一つ取っても、昔日の情景が溢れて止まらない。

 そのかけがえのない思い出を音羽が自分と同じぐらいに大切と思っていてくれていた。

 寂しく思ってくれた。

 それだけで、恋の心に音羽への感情が溢れ出る。歓喜、高揚.胸が張り裂けそうな程に高鳴る。

「そう、思ってくれてたんだね……ありがとう」

「っ……あ、当たり前です。貴方との思い出は、総てかけがえのないものなのですから。これまでも、これからも、ずっと……」

「ほんと……?」

「ええ。音羽くんとの思い出はすべて、私の宝物ですっ」

「……っ! 嬉しいなぁ……っ!」

 安堵したのか、緊張を崩すように綻んだ彼の笑顔を見て。

「……くん」

「れ、恋ちゃん、どうしたのっ? 嫌だった……?」

「音羽……くんっ!!」

「れんちゃわぶっ!?」

 感情が、決壊した。

「音羽くん……音羽くんっ!!」

「恋ちゃん……んん、ぎゅーってしてくれるのは嬉しいけどっ、ちから、つよ……」

「……はっ!? あぁっ! すみません音羽くんっ! 痛かった……ですよねっ……」

「ううん、大丈夫……痛くなかったよ。むしろ、強くぎゅーってしてくれて、嬉しかった……かも」

「じゃあ……また、ギューってしますか?」

「……うん。恋ちゃんが、いいなら」

「今更、貴方を拒みはしませんよ。……さぁ。来て、ください」

「うんっ、むぎゅー……」

 両手を広げて作り出した空間に、音羽がすっぽりと収まる。

 恐る恐る恋の肢体に手を伸ばして引き寄せれば、あの時と変わらない温もりと柔らかさが伝わってくる。

 数刻してより強く伝わってきたそれは、先程より強く、強く。痛い程に音羽の体に染み渡っていって。

 痛いはずなのに、心地よかった。

 目の前にいるかけがえの無い大切な人が、自分を深く、深く求めてくれていると伝わっているから。

 音羽は、その優しい温かさと少しの痛みを受け入れながら、ゆっくり。ゆっくりと、その温かさを返していく。

 恋が、同じ温かさを感じてくれている事を願いながら。

「んっ……ふ、暖かいですね、音羽くん。暖かくて、柔らかくて……何時までも抱きしめていたい心地です……」

「恋ちゃんこそ……っ、柔らかくて、暖かくて……本当に安心する。ずっと、こうしてたいな……。あ……さっき、力入れちゃってごめんね?」

「ふふっ、いいんですよ? 最初に強く抱き締めたのは私ですから、これでお互い様ですよ」

「ありがと……んぅ……」

 言葉を交わし終え、再びお互いの温度を確かめ合う。お互いの熱が混じり合い、湿った息遣いが耳に染み込む。

 そうしてどちらからともなく身体を離し、微笑みあって額を合わせる。

「恋ちゃん。わがまま、言ってもいいかな?」

「ええ。何ですか?」

「……今度、一緒にジャム作り……したいな。いい、かな?」

「……っ! もちろんですっ! 何なら明日一緒に作りましょう!」

「ふえっ!? あ、明日からっ!? さっき作ったばかりでしょ? いいのっ……?」

「善は急げ、ですよ音羽くん! それに、ジャムは何個あっても困りません! それに……音羽くんとまた2人だけで何か出来る事が、嬉しくて……」

「恋ちゃんっ……! 分かった。頑張るっ!」「ええ! 共に頑張りましょう!」

「ふっ、ふふっ……」

「音羽くん?」

「……楽しいねっ!」

「っ……! ええっ!」

 そうしてお互いの手と額を合わせながら笑いあう二人を、ドア越しに見守る影が2つ。様子を見に来たサヤと、みかんといちごのぬいぐるみを足元に置き、遊んでもらう気満々のチビである。サヤが慈愛の瞳で2人を見つめる横で、今か今かと落ち着かない様子のチビ。相変わらず元気なやんちゃっ子の頭を撫で、サヤは笑いかける。

「もう少し、2人で居させてあげましょうか」

「わふっ」

 サヤの意図を理解したかのように静かに吠えるチビ。

 それを合図に、2人に気づかれないように静かにドアから去っていく1人と1匹。その表情に笑みを浮かべながら。

 

 ぐつぐつ、ことこと、ゆっくりと。

 甘くて暖かい思い出を、これからも。

 

 

 




アークさんのあとがき
───────────
おとれんっ!!!!(ご挨拶)
どうも、自然派アークです。
この度は私が愛してやまない星達のオーケストラの三次合同に寄稿させて頂き、本当にありがとうございます。

今回の作品では、再び絆を結び直した音羽くんと恋ちゃんのちょっと特別な日常を描かせてもらいました。
二人の間に流れるゆっくりとした柔らかい雰囲気を上手く表現出来たかなと思います。

幼い頃からずっと一緒にいた2人。自分達だけの、特別な思い出が沢山あるはずだと思うんです。
では、その思い出からどちらか一方が前に進んでしまったら……?
『2人だから出来た事』が、『1人でも出来る事』になってしまったら……?
音羽くんも、恋ちゃんも。過去の思い出に想いを馳せ、心の中に大切に仕舞いはしますが、思い出の中で停滞するような子達では無いと思うのです。
お互いが大切で、憧れで、大好きだからこそ、きっと前に進む事を辞めないのだと思います。
互いに誇れるような人間である為に。
でも、やっぱり寂しいと感じちゃうのも、また人間の性なのです。
そんな時は一休みして、2人だけの時間を過ごしながら思い出を増やしていって欲しいなと、少しワガママな願いを抱いてしまうのです。

音羽くんも恋ちゃんも我慢しすぎてしまう所がありますから、二人でいる時はこうやって素直に甘えあって欲しいなと思っています。

最後に、素晴らしい原作を書いて頂き、また今回の企画を立案してくださった龍也さん、及び苗根杏さん。共に作品を制作した皆様、ありがとうございました。
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