ウマ娘 シマシマの旅   作:達谷堂

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ごめんなさい(必勝の前口上)

※ヒーロー的参考文献:エクゾスカル零(全8巻)、劇光仮面(大好評連載中)
 その他参考文献:シグルイ(全13巻)、衛府の七忍(全10巻)、月光仮面、快傑ハリマオ


第十一話 天バ降臨! 地を飛ぶウマ娘!! の巻

 それはバクちゃんが出た模擬レースの後の日。ある不審者から語られたお話──。

 

 

 ーーーーー/--/

 〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 降臨

  ぶウマ!! の

 

 トレセン学園中等部、ビコーペガサスは特撮ヒーロー『キャロットマン』に憧れるウマ娘である!

 今日もヒーローになるために、過酷な特訓に身を投じているのだ!

 

(──おかしい)

 

 ビコーペガサスは考える。自分の憧れるヒーローはキャロットマン。爽やかで快活で、決して諦めない栄養満点なヒーローだ。

 しかし、なぜだ。なぜ虚無ばかりが心を支配するのだ。

 

()()()のせいだ)

 

 確定した人類の滅亡、守るべきものを失ったヒーローは絶望し、抗おうとしてまた失望し、世界は混迷を極めた……。

 死者は死ぬこともできず煉獄から蘇って同胞を喰らい、怪人たちが跋扈する世界。死だけを(ねが)い生きようとする人のいない世界。

 

(どうやらアタシは地獄に堕ちたらしい)

 

 助けなきゃいけないみんなはいない。仲間もいない。やっつける敵もいない。

 正義は滅んだ。悪徳さえ失われた。

 

 ビコーペガサスはこの夢の中で戦ってきた。

 戦った相手は敵なんかじゃない。この世に生まれて、必死に生きている生命(いのち)だ。

 彼女もまた、生きるために必死にそいつらと戦い、勝利してきた。

 

 そんな夢を数か月にわたり毎晩見た。

 眠るたびに身体は夢と同じく頑強になり、精神は研ぎ澄まされた。不思議な夢だった。

 強くなった。色んな技を編み出した。でもそれは誰かを守るための技じゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()んだ!──なあ、キャロットマンもそう思うだろ?)

 

 泣きながら起きた。まだ夜明け前、同室のヒシアケボノの寝息が聞こえる。

 近くに誰かがいてくれる……それだけで安心した。だが。

 

(ボノに心配させすぎている)

 

 ヒシアケボノは毎晩うなされるビコーペガサスを手を尽くして癒そうとしてくれている。

 しかし、彼女もウマ娘でありレースでの勝利を夢見るひとりである。

 負担をかけすぎる現状が続けば、彼女の夢を奪いかねない。

 

 今日は久々の模擬レースの日だ。

 サクラバクシンオーに誘われた時、はじめは断ろうと思ったが、

 

(そうだ。走れば……すべてを忘れて走り尽くせばもう夢を見ないで済むかもしれない)

 

 走ることと夢を見ることに直接の因果関係はない。非論理的な発想だった。

 しかし、ビコーペガサスはその閃きに一も二もなく縋りついた。

 誘った者がどんな表情をしているのか、それを見ることさえも忘れていた。

 

 もう限界だった。

 

 

 ーーーーー|--/

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 午前九時。模擬レースの集合時間である。

 蒼天に太陽が輝き、澄んだ風が空から降りてくる。気持ちのいい朝である。

 

 サクラバクシンオーの呼びかけに応じ、集まったのは十二名のウマ娘。

 実力を試したい者、遊んでばかりに見える主催者にお灸を据えようという者、単に暇だった者、近くにいたからという理由でさっき連れてこられた者など、それぞれの思惑で出走準備をしていた。

 その中にはビコーペガサス──明日に希望を見出せない者もいた。

 

「みなさん、おはようございます!

 本日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます!!

 これも品行方正な私の人徳、いや委員長徳の賜物でしょう!!」

 

 意気揚々とした大音声が響いた。睡眠不足の頭には辛い。

 パラパラとまばらな拍手が起こる。

 朝から高いテンションについてこれないウマ娘も多かった。

 

「うおおぉぉぉーっ! やるぞやるぞやるぞぉぉ〜っ!!

 ターボがっ! 一番乗りだ!!」

 

 ……ダンダンと地を踏み鳴らして興奮している青い髪のウマ娘もいるが。

 

 各々がレースのために自身を鼓舞する中、ふとサクラバクシンオーが笑いながら腰に手を当てているのを見た。

 目が合った。

 

 ──背筋が凍った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

 そして、それは悪夢の中で幾度も見た、怪人たちが自分に見せる必死の形相(かお)

 

 威嚇であった。

 

(バクシンオー先輩はアタシを敵と認識している……)

 

 いつの間にか、拳を握り締め、構えていた。

 両腕をクロスさせ重心は高く取り、足元はいかにも柔らかく、羽搏(はばた)くごとく軽やかに相手を翻弄する天の構え。

 夢の中で編み出した、必勝の(くらい)である。

 ──冷え切った心に、蝋燭ほどの小さな熱が生まれた。

 

 どこか異様な雰囲気を感じ取ったのか、レース場は静まり返った。

 牙をむいた怪人はビコーペガサスに歩み寄り、ゆっくりと、しかしよく通る声で言った。

 

「ジャスティス・ビコー。あなたに、私は抜けません」

 

「オマエを差す」

 

 即答した。

 

 一方、テンションが高かった青髪のウマ娘は──

 

「ふにゅにゅ……ま、負けないぞ! 絶対に一着取るんだ!

 ……取るんだもん……」

 

 ビビっていた。

 

 

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 〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 模擬レース場、短距離一二〇〇メートル芝コース。

 右・外回り。

 馬場良し。

 天気晴朗なれど波高し。

 

 緊迫した雰囲気の中、各ウマ娘はゲートに入った。

 途端にずしり、と見ている者の肩にも感じられる重圧がレース場に落ちた。

 これがレースだ。今日の生命(いのち)(たたか)いだと言わんばかりに。

 

 ──スタート!

 

 同時にサクラバクシンオーの速攻重爆進により彼女の身体が香車(まっしぐら)に飛び出す。

 他のウマ娘よりも一歩速いその加速は、彼女たちが一瞬出遅れたかのようにさえ見せた。

 

 抜けていったサクラバクシンオーの走りは、いわゆる逃げではない。

 ただ早く走り抜けていっただけであり、もはや競走ではなく独走、疾走の類である。

 

 一方、ビコーペガサスは群に呑まれつつあった。

 その矮躯(からだ)は突破力に欠ける、以前はそう思われていたはずである。

 

 だが、近くを走っていたウマ娘はビコーペガサスをチラリと見て思う。

 

(目はギラついてて怖い。身体が異様に仕上がっていて……。

 これは要マークね)

 

 そう考えた矢先、彼女の心臓がうち鳴り、足がターフを蹴る音の中、その耳ではっきりとビコーペガサスの声を聴いた。

 

「〈ペガサスジャンプ〉」

 

 ──それは、(はた)から見ればただの外差し。しかしその姿も、音も、気配も、この模擬レースで走っているウマ娘たちは誰一人として認識できなかった。

 

 仏の教えでは、『存在』というものはすべからく瞬間的に生起し、また消滅するという。

 刹那に生じ刹那に滅す刹那滅(せつなめつ)──その明滅の瞬間に飛躍()び、認識の外から邪悪な怪人を無影・無音にて瞬殺するための走法が〈ペガサスジャンプ〉だ。

 飛翔中、誰にも認識されない孤絶空間にてかかる精神的負荷は、光の一切差さない深海で数年過ごす孤独に匹敵する。

 走者の後方に追跡者の気配が前触れなく出現することは、あたかも蒼空から降り来る天のように思われたろう。

 

 ビコーペガサスは音もなくサクラバクシンオーの影を踏んだ。

 

「〈ペガサスバイクフォーム・ストロングダッシュ〉」

 

 身体を沈ませて、さらなる滑空体勢に入るビコーペガサス。もはや前に倒れる寸前の姿勢である。

 空気抵抗が少ない小さな体躯、最小の負荷で最大の効率を生む軽い身体。

 本来競走において()()()はずの体は、大いなる全身全霊(スプリント)走行を可能としたのだ!

 

 小さいは正義!

 

 〈ペガサスマッハストライク〉はその足で大地を蹴り破り、〈ペガサスラピッドアロー〉は風を切り裂き、〈ジャスティスバースト〉は通常の二倍の速度で相手を差す。

 

 そして、ついにサクラバクシンオーの横に並び、更なる滑空体勢に入る。

 ビコーペガサスは叫んだ。

 

「カロテンチャージ!」

 

 最小の身体に、最大の勇気が宿ると同時にビコーペガサスの全てが炸裂する。

 突進する怪人。追いすがる天。もはや技は尽き、力は枯れ、脳は茹だっている。

 だが、レースとは足で走るものではない!

 すべての影を置き去りにして前に飛翔()ぶだけだ!

 

 もうゴール板は目前──抜いた!

 差し切った!

 ビコーペガサスの前には誰にも見えない。緑のターフと抜けるような青空が目の前に広がった。

 

 その時。

 

 斜め後方から、めり、と何かが軋むような、締め付けるような、そんな音が聞こえた。

 

 ……ところで、サクラバクシンオーは模範的委員長であり、明るく、正しく、そして愉快である。

 決して誰かを傷つけるウマ娘ではない……が。

 

(──喰われる)

 

 捕食者。蹂躙者。そんなイメージがビコーペガサスの脳裏によぎる。

 相手の姿を目視できない状況は恐慌を生む。

 ほんの一瞬の恐怖。灯った火に揺らぎが生じた。

 

 それは一歩の間の出来事。

 

 ──影を踏まれた。

 ──踏んだ者の背中を見た。

 ──背中から伸びる影を見た。

 

 ゴール板はもう見えない。

 

 桜咲く勝者はもはや明らかであった。

 驀進香車(スプリンター)サクラバクシンオー。

 その全身全霊の大バクシンは、正義も悪も、すべてを塗りつぶした。

 

 

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 〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 そらがあおい。かぜがかおる。

 

(……そうだ、空は青くて、風には匂いがあるものなんだ。……何で忘れていたんだろう)

 

 夢の世界では敗北は死であった。勝利は生存であった。

 しかしその生に意味などなく、明日に死する今日を生きるのみで──今日を生きる?

 

「今日を生きる……今日だけを生きる……」

 

 そんな簡単なことで良かったんだ、とビコーペガサスは呟いた。

 

 ヒーローは常に自分を勘定に入れない。

 自らの明日を思い、自分の正義を見てばかりの者がどうしてヒーローになれようか。

 傷つき、悩み、苦しみ、いつか果てるその時までヒーローであるために鍛えてきたのだ。

 憧れる自分を見ていた(まぼろし)は終わり、(うつつ)を夢に変える時が来たのだ。

 

「どうやら気づいたようですね、ジャスティス・ビコー」

 

「バクシンオーせんぱ……いや、爆速怪人イインチョウ。

 あなたには分かってたんだな」

 

「いいえ! あなたの心を誰が分かり誰が知るでしょう……でもあなたのことをよく見ている子はいたみたいですね」

 

 はっはっは、と快活に笑うサクラバクシンオーの顔は花が咲いたようで、そこに敵意など欠片もなかった。

 

 見ている子……ああ、とビコーペガサスはある大きな影を思い浮かべる。

 

(お礼をしなきゃいけないな)

 

 今もどこかで心配そうに見ているだろうし、と笑いながらサクラバクシンオーに相対する。

 

「ふ、ふふふふ、ははは、あははははは!

 よーし! 怪人イインチョウめ! この超新星ジャスティス・ビコー、一度は負けても二度目はないぞ!!

 合体技もまだ試してないしな!!」

 

 ──ウマ娘はあらゆる生物の中で唯一、背中を見せることで勝利する生き物だ。

 

「いいでしょう、この究極無敵銀河最模範委員長がいかなるレースでもお相手しましょう!

 アスレチックでも、ドッジボールでも、買い物でも!」

 

 いつか火は消えるもの。熱は冷めるもの。

 

「いや、普通にレースでお願いするぞ……」

 

 でも星々の煌めきは無限の距離を飛んでアタシの眼に輝きをもたらすんだ。

 

 

【ここでエンディングテーマが流れる】

 

 

  さく:快傑ハリマオ仮面

   え:トニーゆたか

    「ビコーペガサスの唄」

  うた:世界レベルのウマ娘とヴィクトリー倶楽部少年合唱団

 

劇 終

 

 

 ぱちぱちぱち。

 貰った水飴を舐めながら拍手する。

 白いターバンの端を肩に垂らし、サングラスをかけた覆面の不審者のおじさんは集まった練習場のウマ娘たちに言う。

 

「今日の紙芝居はこれでお仕舞い! ハリマオ仮面の次回作をお楽しみにね!」

 

 はーい、とウマ娘たちが返事をする。こころなしかちびっ子が多いような。

 はじめは不審者のおじさんを警戒していたウマ娘たちだが、水飴が美味しいと知るや、あっという間におじさんを取り囲んで紙芝居に夢中になったのだ。ちょっと将来が心配なのだ。

 ペールオレンジのカマーバンドがオシャレな不審者のおじさんは、不審者を捕まえんと突進してくるたづなさんを見てマントを翻し、眩しい笑顔(見えない)で叫んだ。

 

「さらばだ!」

 

 紙芝居の道具ごと忽然と消える不審者のおじさん。

 どこの誰だか知る者はないが、なんとなく誰だか知っている気がする。

 ……そういえば最近ビコーペガサスと契約したトレーナーの名前は“トニーゆたか”だったような……。

 

 いや、きっと気のせいなのだ。

 

 ──翼を持たない天は今日も魂で大地を飛翔()ぶ。




ビコーペガサス登場前に書き上げたかったけど間に合わなかったのだ
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