朝。私はいつものように目を覚ますと枯葉の下から顔を出した。
適度な湿り気と暖かさはやはり山中の木の葉布団が一番である。
ところで。
「……」
私のプリティチャーミーな寝顔を盗み見ている不埒なヒト娘がいるようだ。
「く、来ないでください。不審者」
遺憾の意である。私は歴としたトレセン学園のトレーナーなのだ。担当はまだないが。
「そんなシマシマなトレーナーがいるわけ……いや……千六百八十万色に光るのもいるから一概には……いやむしろ」
論破できたようだ。そうです。私はサバンナシマシマオオナメクジ。シマシマなトレーナーです。今後ともよろしく……。
「あ、ああ、わたしは樫本理子といいます。同じくトレーナーです。
色んな意味でお見かけしないお顔ですが新人の方で?」
ヤー。世界的迷子の新人トレーナーなんです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
ところでどちらに行かれるご予定で?
「担当ウマ娘の訓練の下見です。倒木や道の崩れ具合などで怪我があっては困りますから」
熱心で優しいトレーナーだ。しかしヤマビルを思わせる長い黒髪を束ねもせず、しかもスーツ姿では大変でしょう。
それに。
「ハァ、ハァ……」
ここまでなだらかな山道を百メートルほど登りましたが、随分とお疲れのご様子。
「お構、い、なく」
失礼ながら私と同じ鈍足の方とお見受けします。歩幅を半歩に縮めてゆっくり歩くと疲れにくいですよ。
「なるほど?」
じゃあ歌いながら行きましょうか。ナーメナーメクージクージクーソザーコのー、いっぽーもいーつかしーばさーんぜーん、シマシマかぞえてあすをまてー。
「な、なーめなーめ……」
「樫本トレーナー!」
山の麓側から驚いたような声が聞こえてきた。おそらく理子りんの担当だろうか。金髪が綺麗なウマ娘だ。
「あなたは……わたしが安全確保するまでは登らないようにと言っておいたでしょう」
なんかいきなりキリッとしましたね。でもすごい汗ですよ。
「樫本トレーナーが私たちの安全のためにやってくれているのは分かりますが、トレーナー自身の安全も確保してください!」
わたしのことをチラチラ見ながら理子りんを諌めるウマ娘さん。不審者じゃないですよ。シマシマなヒトのトレーナーですよ。
きゃあきゃあ言いながら自己紹介もそこそこに山を降りていく。このウマ娘さんはリトルココンさんというそうだ。ほかにもビターグラッセというウマ娘もいるとのこと。二バの担当! そういうのもあるのか。
ちなみにリトルココンさんは嫌がる理子さんを「重心を保つ訓練です!」と言って無理矢理抱っこして歩いている。
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〜〜〜〜〜〜〜
「ではここで……次こそは」
理子さんがトレセン学園の入口でクールに言う。どこか決意を秘めた顔をしている。
実は途中でかけっこしたのだ。百メートル走である。
初めは理子さんが圧倒的な速さで突き放したものの、突如失速。天を仰いで酸欠。そのままドンケツ。わたしは見事な追込み(鈍足等速運動)によりハナ差で勝利したのだ。
リトルココン……長いのでコンコンでいいか。キツネみたいな雰囲気だし。コンコンは「樫本トレーナーと同レベルの速さ……」と驚愕していた。まいったか。
なんだかこのかけっこが理子さんの心に火をつけたらしく、ついでに何かコンコンの育成のヒントも得たようだ。
ここまでが午前中のお話である。
運動してお腹も空いたので、お庭の葉っぱをザリザリとテイスティングしていると、妙に視線を感じる。このツートーンのシマシマはスポーツの園では美しすぎるのだろう。人気者は辛い。
「じー」
ところで。
キュートでおしゃまな食事風景に不埒な視線を向けるおませなウマ娘がいるようだ。
「じー」
なにかな?
「そのシマシマ、あんた妖精ね!」
ヒトです。
「そんなヒトいるわけないじゃない!」
残念ながらヒトです。光ってるヒトも着ぐるみで活動してるヒトもここにはいるんです。シマシマで素敵なシルエットを持つヒトがいてもおかしくはないのです。
「なによ! 妖精って言ったら妖精よ!」
ヒトですってば。……おや?
「バクシン! その勝負! 委員長が
ドン! などという音が聞こえてきそうな感じで横合いから現れたウマ娘。
なんと、昨日の委員長さんではありませんか。元気?
「はなまる! 元気! 委員長! それは私、サクラバクシンオーです!」
ハッハッハと快活に笑う彼女に戸惑っている妖精娘、というよりも魔女っ子スタイルのウマ娘に視線を向けると、どうにかしなさいよ、みたいな顔をされた。
「どうにかしてください。委員長」
魔女っ子は裏切られたような顔をし、一転して不安そうな顔になった。
「どうやって妖精かヒトか決めるっていうの?」
「バクシン力です!」
魔女っ子の眼が死んだ。
「バクシンの力で即座に判別するのですよ」
なるほど。たとえば校舎のてっぺんまでバクシンすれば?
「バクシン的なヒトです」
了解です。
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のっこのっこと校舎の壁を走っていく。どこへ? てっぺんに決まってらぁ!
魔女っ子と委員長がだいぶ小さく見える。
のっこのっこ。のっこのっこ。
ごーるいん。
「──? ──!」
下では何やら騒いでる。わたしが壁を走った跡に触れているようだ。ヒトは足跡を残すものだからね。
さて。
風が強いので寒い。そろそろ降りよう。風邪ひいちゃう!
登ったときと同じようにのっこのっこと走って降りる。
途中でコガネムシと競争になったが、惜しくも負けてしまった。
「あのう」
はい。なんでしょう委員長。
「どうやってぇ……登ったんでしょう? 手は使ってなかったような……?」
簡単なことです。足はお腹みたいに柔らかいでしょう? ぷるぷるもちもちのおみ足を踏み出せば、吸い付くように歩むことができるのです。
「魔法よ! シマシマナメクジ妖精の仕業よこれは!」
行き過ぎた技術は魔法のように見えるものなのだ。技術と根性があれば芝三千メートルも千二百メートルもかわらないものなのです。トレーニング次第であなたもできるようになりますよ。
「……」
……。
「……」
……委員長さん、眼が怖いんですが。
「……見 つ け た 」
見つかっちゃった。