ウマ娘 シマシマの旅   作:達谷堂

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第七話 差したい背中

 ──放課後、誰もいない校舎には青白い顔をした生徒が出歩いているそうですよ、とバクちゃんは言った。

 

 今、まさに放課後である。

 誰もいない教室、シンとした廊下、夕方というにはあまりに暗い外の景色、そして放課後のチャイム……。

 歌います。

 ほーたーるのーいーかーぁりー、のぉどぉーにーつきー、ふーきーこむーふーぶーぅきーうーらーぁめーしーやー。

 

「ひいっ! だ、誰っ⁉︎」

 

 おや? 私の美声に感極まった生徒がいるようだ。

 

「こ、このキングを驚かそうったってそうはいかないわよ! さあ、出てらっしゃい!」

 

 ぐっどいぶにんぐ。

 

「え? 上から声が……ひっ」

 

 やっほー。

 

「……――!」

 

 ……時間が止まったかのように沈黙が続いたのだ。

 息を飲む音が聞こえる。ん? これはもしや……。

 

「お、おば、おば……」

 

 お化けだぞー!

 

「サクラバクシンオーのトレーナーね!」

 

 えっ。

 

「シマシマな不審者がトレーナーしてるって噂を聞いたのよ!」

 

 バレちゃったか。でも一応おどかしちゃう。

 がおー、食べちゃうぞー。

 

「……はぁ……。いくら何でもやり過ぎだわ!

 天井に張り付いて壁を伝っ……て……? 降りて、きて……」

 

 ごめんね。今度『ましましまうまうアイスバー』をあげるから許してね。なんでもシマウマ!

 

「……ああ、あのコンビニで売ってる……しょうがないわね! 今回だけよ!

 ついでにもう一つ、あなたには私と一緒に教室まで教科書を取りに行く権利をあげるわ!」

 

 ……。

 

「一緒に教科書を取りに行く権利をあげるわ!」 

 

 ……教科書を教室に忘れたの?

 

「違うわよ! ちょっと、その……置いてきただけよ!

 それに薄暗くて気味が悪いから……いいからさっさとなさい!」

 

 そういうことになったのだった。

 

ーーーーー|--/

〜〜〜〜〜〜〜

 

 

(……スン……スン……ヒック。シクシクシク……)

 

 さて。

 目的地に到着したのである。

 でも入口で止まってしまったのである。

 というのも、なんか半透明のウマ娘が陰気に泣いているからである。

 

(おーいおいおいおい……!)

 

 意外と豪快に泣いているのである。

 

 ところで我らがキングジョーは。

 

「 」

 

 白目である。気絶しちゃった?

 

「お化けなんていないわ……そんなの嘘よ……」

 

 白目のままブツブツと呟く方が怖いのでやめていただきたい。

 

 まあ。それはともかくとして。

 のりこめー。

 

(だぁれ? もう誰もいないはずの……ヒュェ!)

 

 息などしていないはずなのに、恐怖に息を呑む音が聞こえた。

 彼女は何に怯えたのだろう。

 私はただドアの隙間からニュルりとお邪魔しただけなのだが。

 

(化け、お化け……)

 

 ヒトです。生きてます。トレーナーとかしてます。

 

 半透明のウマ娘さん──多分だけど幽霊さん──にそう言っても、ジロジロと胡散臭げに見てくるばかりで納得した様子はない。

 ナメクジにだって人権はあるんですよ! 私はヒトだけど!

 

(あ……ご、ごめんなさい)

 

 分からせたのである。こういうのは意味よりも勢いが大事なのだ。

 ところで教室の外にキングなご令嬢……キングジョーがいるんだけど入ってもいい?

 教科書を忘れちゃったみたいで。

 

「忘れてないわよ!」

 

 あ、キングジョーさん。

 

「宇宙ロボットでもないわ! ……なんだか貴方を見てるとお化けとかどうでも良くなってきたわ」

 

 それは良うござんした。

 

(良かった良かった)

 

 はっはっは、と三人で笑ったところで解散しましょうか。

 

「教科書も持ったし……そうね、帰りましょうか」

 

(──待ってください!)

 

 何か?

 

(こう、なんていうか、幽霊を見て言うことはないんですか⁉︎ どんな未練があってとか何の未練があってとか!)

 

 ……ええと、では、どのような未練というか理由があってここにいらっしゃるのでしょうか?

 

(──そう、それはもう遠い昔……)

 

「長くなりそうねえ」

 

 実際長かったのである。かいつまんで言うとこうである。

 

 ──彼女は地方出身で将来を嘱望されて同級生とともに中央に来たが、彼女自身はあまりレースの成績が振るわなかった。

 一方、一緒に地方から来たウマ娘は重賞で勝利するなど、その差は広がるばかりであった。

 厳しい現実を前に膝が屈してしまいそうになる毎日。

 

 引退しよう。でも『あのコ』には勝ちたい。

 

 そう思った。歪んだ決断だと自覚はしていた。

 過酷な訓練を己に課し、虚ろな眼でそれをこなす自分は『あのコ』にどう見えただろう。そもそも見ていてくれているだろうか。

 もう何のために走っているのか分からなくなっていた。

 ただ『あのコ』に勝ちたい。いや、『あのコ』に見てほしい。

 私はこんなに頑張って貴方に勝ったんだよ、だから褒めて、すごいって言って。

 そんな思いだけで走っていた。

 

 ある日。あるレースの日。『あのコ』が出るレースの日。彼女はそのレースに出た。

 見ているのは『あのコ』の背中。心臓が破れ、肺は潰れそうだった。

 『あのコ』はすごい。追いつけない、追い越せない。

 そう思った瞬間、遂に脚の力が抜けた。脚がもつれて転びそうになる。

 しかし、その時『あのコ』はほんの少し後ろを見た。

 

 『あのコ』が私を見た。そう確信した。

 

 彼女は転びそうになりながら、しかし両手を地面に叩きつけて逆に加速した。

 グングンと速度を上げる。

 やがて『あのコ』の背中が見えなくなった。

 いつの間にか『あのコ』が彼女の背中を見ていた。

 

 ゴールの後、『あのコ』は彼女を見つめて何かを言ったが聞こえない。

 あれほどうるさかった心臓の鼓動も聞こえなくなっていた。

 暗転する視界の中、彼女はただただ満足だった──。

 

 以上が幽霊さんの長話である。泣いた。

 ペタペタと拍手をすると幽霊さんはいやんいやんと照れたように顔を隠した。

 

「おかしいでしょ!」

 

 キングジョーが大声を出す。元気で物怖じしないのは良いことだがびっくりした。どうしたの?

 

「未練がないじゃないの! 満足してるじゃないの! どうしていまだに幽霊やってるのよ!」

 

 ハッ! そういえばそうである。なんでですか?

 

(だっていっぱい頑張ったんだからお休みしたかったんだもん)

 

 お休みかあ。

 

(いっぱい食べて、たくさん寝て、思いっきりダラダラしたかったんだもん)

 

 キングジョーの眼が一瞬おバカを見る眼になったが、それからため息を吐いて言った。

 

「じゃあ何で泣いていたの? 悲しいことがあったからじゃないの?」

 

(誰かの気配がしたから驚かそうと思って)

 

 幽霊さんが言った途端、ああー! とキングジョーが叫んだ。

 

「……そうよ、そもそも何か変だって分かっていたじゃない……トレセン学園はこんなのばっかり……」

 

 そろそろ門限だし、帰りましょうか。

 

(そうだね。そうした方が良いよー)

 

 またねー。

 

 と、キングジョーの手を引きつつ帰路に着いたのである。

 後日しっかり『ましましまうまうアイスバー』を請求されて幽霊さんと一緒に食べたのはナイショである。

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