ウマ娘 シマシマの旅   作:達谷堂

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勘亭流のウマフォントがないのだ。お相撲さんが困っているのだ。


第九話 ふちゅうおしゃれウマむすめ

 ――府中花錦馬娘ふちゅうおしゃれウマむすめ

 それは数多の花が()き、幾多のウマ娘たちが(わら)うこのトレセン学園における最高の称号。

 闘い抜いたその先に見える、神の体現者。

 

「一番、イナリワン、四百五十二キロ。プラス八キロ」

 

 円形闘技場(どひょう)を取り巻く屈強なウマ娘たちの、その頂点。 

 

「六番、ゴールドシチー、四百九十六キロ。マイナス十キロ」

 

 それはまさしく――横綱(プリマ)である。

 

ーーーーー|--/

〜〜〜〜〜〜〜

 

「お相撲をしましょう」

 

 その普通のウマ娘――サクラチヨノオーは言った。その眼は桜色であった。

 

「いいですね! やりましょう! しかし、なぜ突然お相撲なのでしょうか?」

 

 いつも元気で桜咲くウマ娘、サクラバクシンオーは疑問を投げかけた。

 

「最近読んだ本に書いてありました。

“古書においては花は(わら)はず、人()かず。近比(このごろ)は花咲き、人は相笑ふとなむ。わらふべし。笑へば府中花錦馬娘ふちゅうおしゃれウマむすめとならん”……と」

 

「なるほど! すごいですね!」

 

 サクラローレルが褒める。

 その傍ら、なんかいつもと違うな、と思いつつバクシンオーはとりあえず頷いた。授業でわかってなくても前のめりでふんふんと頷くのが教師の心を狂わせるバクシン仕草である。

 

「そして、こうも書いてありました。

“人相さきみだれ、相わらふには、相撲(すま)ふべし”

 つまり――お相撲です。」

 

 バクシンオーは思った。ああ春なんだな、と。

 ヴィクトリー倶楽部にも春の陽気に浮かれ狂ったウマ娘に対して、見て見ぬふりをする情けが存在した。

 

 そうして覗き込んだチヨノオーの瞳には、『桜』と勘亭流で描かれた文字が光っていた。

 

ーーーーー|--/

〜〜〜〜〜〜〜

 

 こうして始まった『春のトレセン学園ウマ娘相撲ダービー』。空に仰ぐ吊り屋根が見る者を圧倒する。

 風が花を散らし、『満員御禮』の文字が翻る。

 

「じゃじゃじゃ! 見るべし。シチーさんの美姿(おすがた)! 春の桜に負けねえキラキラした張りと艶! ほにほに綺麗だなやぁ。砂かぶりで見たかったべ!」

「ねえ、四百キロとかって何? 体重?」

幕内(重賞)力士のオーラぱねぇ! やっぱり番付上位は格が違うわ。」

「え~弁当(ちゃんこ)~弁当~いかぁっすか~? ソップ型もアンコ型もどっちもありぁすよ~!」

 

 トレセン学園春場所初日の土俵入り(パドック)の一幕である。

 

 私の名前はサバンナシマシマ──いや、今は木村シマ三郎。この神事を裁定する審神者(ぎょうじ)である。

 昨日、バナナの匂いに誘われて入った食堂で、鼻に絆創膏、そしてなぜか体操服の上から腰に『成田山』と刺繍された化粧まわしを付けた目つきの鋭いウマ娘に捕まって言われたのだ。

 

「飼い主なら面倒を見ろ」

 

 一言そう言って連れて行かれた先には変な機械があり、三女神様を名乗るAIに「すまないが、これも仕事なのでな」と脳みそをこねこねされて行司となったのだ。人権とかないんですか? と聞いたら何かカッコイイポーズを笑顔で決めてごまかされたのだ。

 ……まあ、そういうわけで、今の私は木村シマ三郎なのだ。

 

「トレーナーさん!」

 

 おやバクちゃん、今の私はシマ三郎よ。

 

「シマシマ三郎? キタさんが喜びそうな名前ですね!」

 

 キタさんとはキタサンブラックという今ステージでヴィクトリー甚句を歌っているウマ娘である。バクちゃんとは仲が良いようで何よりなのだ。

 ところでバクちゃんは土俵入りは?

 

「今回わたしは太刀持ちです! 桜餅ではありません! えっへん!」

 

 私はモチモチです。ぺったん。──あっ! 突っつかないでお餅になっちゃう!

 いやあ、しかし太刀持ちなんてすごいじゃないの。横綱は誰? 露払いは?

 

「横綱はチヨノオーさん、露払いはローレルさんです。──ちゃんと覚えてた! わたし偉い!」

 

 君は誰よりも偉大になるよ。

 

「そうでしょうとも、ハッハッハッハ!」

 

 名前に桜があるつながりなんだね。春だなあ。

 

「ヴィクトリー倶楽部の仲間ですから! ああ、でも……春、なんでしょうねえ。多分」

 

 形の良い眉を顰めながら珍しく言い淀んだバクちゃん。どうしたの? と聞く暇もなく「こうしてはいられません! 部屋に忘れた太刀を取りに行く途中だったのです! いざ、バクシーン‼︎」と去ってしまったのだ。また土俵で会えるかな。

 しかしローレルさんか……私を連行したウマ娘の廻しの刺繍をしたのが彼女だったな、と連行中に「どいつもこいつも頭の中まで春になって……」とボヤかれたのを思い出した。

 

ーーーーー|--/

〜〜〜〜〜〜〜

 

 横綱土俵入りは凄かった。行司として立ち会ったのだから余計に凄かった。

 

 ──桜の花びらが風に飛び、雲間から薄日が差してくる。

 少し風が肌寒いなと思ったところで、パァン、と手拍子が打たれる。空気が震え、風が止んだ。

 その目は半眼にして穏やか。しかし眼光は身を灼くほどの熱さを感じる。

 富士に吠える狼が大きく描かれた化粧廻しの両端から見える太く長い足で大地を揺るがし、筋肉質な腕は天を指すように上に伸びる。

 その瞬間、雲間から差した日の光が光線となってチヨノオーに降りかかる。そこに四股を踏む音。

 

 すべてが神の手によって演出されたような──いや、横綱こそが神であるかのような──荘厳にして華麗、祝福された存在の一挙手一投足がこんなにも感情を揺るがすものは思わなかった。

 バクちゃんは桜色の帛紗に太刀を持ってチヨノオーを見ながら時折首を傾げていたし、ローレルは鼻に絆創膏をしたウマ娘──ナリタブライアンというらしい──をじっとりと見つめていて怖い。

 

「あれサクラチヨノオー……だよね? なんかこう、太……いやゴツい……いや、ウルフっぽくない?」

「これが……府中花錦馬娘……もうウマ娘じゃないみたい……!」

「この吊り屋根どこから吊ってるの? 空しか見えないんだけど」

 

 どこかから口さがないウマ娘の会話が聞こえるが、誰も咎めない。

 我々は今、神を見ているのだ。記憶し、心に刻むのに必死で他人に構う暇などなかった。

 

 推定チヨノオーさん……お千代富士を見送った後、一番の取組が始まった。土俵外で。

 

 ヒシアケボノとハルウララは地球が土俵だ! と言わんばかりに大きくなって多摩の山中で取組を行うらしい。

 流石に私の鈍足ではそこまで行けなかったので、最初で最後のリモート相撲が始まり、なんとハルウララに軍配が上がった。

 鼻先に止まった鳥を追いかけようとしたら突進していたヒシアケボノを躱す形になり、ヒシアケボノは転んで地に手を着いてしまったのだ。

 

 そんなこんなで名勝負や珍勝負が続いた。いずれも素晴らしいものだった。シッコクハカイシャ──ウマ娘によっては自分で四股名をつけているのだ──が土俵を破壊したり、ニンジンウィークとチャンコワンダーのアンコ型対決があったり、コンドルを使ったエルコンドルパサーの空中殺法にフンバリルドルフが駄洒落を言って撃墜したり、ゴールドシチーがチャンコを詰め込まれていた現場に居合わせたマネージャーが卒倒するという面白事件も起こっていた。

 ちなみにハルウララはおねむになったのでキングが寮に連れて帰った。寮の窓から耳が見えるがどうやって入ったのだろう。

 

 とまあ、一通り午前の取組は終了し、今は昼休みである。相撲に昼休みがあるかは知らないが、そもそも何で相撲をやっているのかも分からないのだ。一日で千秋楽までやってしまおうという悪魔のスケジュールである。

 

 ん? あれは……。

 

「はるはさくら……なつはささのつゆ、あきはかのこ……。ふゆのめでたき、きょうのはなびら……」

 

 桜餅に笹の露、鹿の子餅にはなびら餅をご所望ですか?

 

「しかり。『思い出したら食べたい』です」

 

 お千代ちゃんであった。以前見たときよりもかなりマッシブなソップ型ウマ力士に仕上がっているのだ。お父さんにそっくりなのだ。

 力士の星の下に生まれたようには見えなかったんだけどなあ。

 

「年は桜……星は狼。……ちゃんこ食べてお相撲したい」

 

 しようか。

 

「えっ?」

 

 君が優勝したら私とお相撲です。

 

「でも、行司さんとは……いえ、シマ三郎さんには他のヒトにはないものを感じます。優勝したその暁には、ぜひお相撲しましょう」

 

 迫力のない張り手でデモンストレーションをするお千代富士。しかしそこには空気に粘りを感じるほどの圧力があった。

 

ーーーーー|--/

〜〜〜〜〜〜〜

 

<ひがぁーしーぃ、オチぃヨぉーぉぅぉフぅジぃー>

 

 呼出の声が響き渡る。これまでお千代ちゃんはここで勝ち越せば優勝である。

 対する相手は……。

 

<にぃしーぃ、アイーアぁンウィーぃルぅー>

 

 ……誰?

 

 ──彼女の体操服の背中には白毛のウマ娘の脱力を誘う顔が「あんし〜ん」と吹き出し付きでプリントされていた。真っ白な勝負廻しの結び目にある笹針の刺繍がワンポイントで可愛らしい。

 また、その艶やかな黒髪を肩に届かない程度のショートカットに切り揃え、そのきりりとした眼は鋭く光っている。

 そしてその頭には小さく髷が結われていた。

 しかし……。

 耳が……。

 

「ウマ娘──じゃない?」

 

 どう見てもヒト娘である彼女に対して目を細めてお千代ちゃんがつぶやく。本来土俵では喋ることなど許されないはずであるが、あまりの異様な雰囲気の中で咎めるものはいない。

 

「あ、あれは……!」

「知っているのか?」

「この前のササバリィンクル・シリーズでウマ娘に匹敵するレコードタイムで優勝した伝説の笹針人間だ!

 雷光のように突如として現れ、圧倒的な強さから『ウマになった女』『人』『鬼龍院葵』などと呼ばれた謎のヒト娘……。

 風の噂によればトレセン学園のトレーナーで担当するウマ娘に模範を示すために自ら笹針を受けて全てを過去にするスピードを手に入れたが担当よりも速くなったために自己矛盾を起こして狂死したと言われていたが生きていたのか!」

 

 観客席から急に解説が飛んできたのだ。

 

「ミーク……私の幸せ……マイ・ハッピー……」

 

 ヒト娘、いや、アイアンウィルの眼が濁っていく。

 ううむ。この事態を収束させるためには……。

 

 ──相撲しかない!

 

 私のシマシマ模様の脳細胞はそう結論を出した。

 東西の力士が揃ったのだ。塩で場を清めたのだ。

 となれば見合って見合って……発気(はっけ)よい! ──のこった!

 

 ずん、と大地が揺るいだ。がっぷりよつに力士が組んだのだ。地割れを起こさないだけでも僥倖である。

 一瞬の膠着。

 そこからお千代が仕掛けようとしたとき、それは起こった。

 

 アイアンウィルが浮いた。

 はえー……いや、違う! これは──すり足だ! あまりにも速いすり足により浮いて見えるのだ。

 お千代が腰を入れようとしても、すり足による巧みな重心移動でいなされてしまう。

 まるで水面に浮かぶ瓢箪を押さえつけても右に左に逃げられてしまうかのようである。

 

 土煙が舞い、一時的に両者の姿を隠した。

 

 だがこのシマ三郎の軍配は形だけのものではない。玄妙不可思議な行司力を使い軍配を一振りすればたちまち土煙は晴れていくのだ。

 そこで見えたものは……。

 まさにお千代が上手投げに投げ飛ばされようとする姿であった。

 

 一本足で踏みとどまるかに見えたお千代であったが、ついに足が地面を離れた。

 決まった──! そう思ったがそのままお千代は空中を一回転。何事もなかったかのように土俵に降り立った。

 しなやかで力強いその姿、まさに狼、まさに横綱(プリマ)である。

 

 しかしアイアンウィルは怯むことなくすり足ホバーで歩み寄り、張り手、張り手、張り手の嵐を浴びせる。

 お千代も負けじと突き返すが、ジリジリと後退していく。

 遂に土俵際まで追い詰められたお千代。そこにアイアンウィルが組み付いて廻しを取った!

 

 ヒトに非ざるがごとき膂力によりお千代を浮かせるアイアンウィル。

 その視線の先には──背中のプリントと同じ顔をした白毛のウマ娘がいた。

 

「……ミーク……」

 

 そこで交わされた無言の会話の内容は分からない。だが、ほんの一瞬、攻めが緩んだ。

 

 その隙をついてお千代が土俵際から押し返す。

 その顔は阿修羅のようであった。

 どこを見ている、わたしを見ろ。ここは土俵だ、お相撲をしろ。……そう言っている顔だ。

 

「アイアンウィル……まさしく鋼のごとき意志の怪物だな。西の横綱にふさわしい娘だ……!」

「ねえ、あれヒトだよね?」

「お千代富士も負けてないぞ」

「いや、決定的な差がある」

「……差?」

「本当にヒトなの?」

「お千代富士は土俵(ダート)に適性が……ない」

「まさか⁉︎」

「そう、お千代富士は初めから劣勢だったんだ」

「逆にヒトならダートに適性があるって理屈はおかしくない? 本当にヒト?」

「それなのに多くのウマ娘の突進を真正面から受け止めてきた。今はまさに体力の限界なはずだ……!」

 

 またも解説が飛んでくる。そのとおりである。

 だが、お千代の眼は諦めるどころかその光を増して……増して……あれ、何か土俵が光ってない?

 

 ──土俵には神が宿る。

 小さな円形闘技場(リング)に華々しくも散っていったウマ力士たちの想い。

 そして、その想いが励起する()()()()()()とその結果に我々は神に対する古代からの信仰を思い出すのだ。

 

 光が少しずつ収まっていく。土俵はどうなって……これは!

 

 赤、白、桃、青……様々に彩られた土俵、いや()()が姿を現した。

 

 これは……芝桜か!

 花の絨毯(ターフ)の上で、お千代はアイアンウィルを押し返していく。

 そのとき初めてアイアンウィル──いや、桐生院葵は目の前のウマ娘を見た。

 

 春は桜。草原には狼。土俵には力士。そして──ターフにはウマ娘。

 

 そう理解した。ヒトがウマの真似をしてもウマにはなれないのだと。どんなに速くても、決して担当しているハッピーミークに本当の意味では勝てないのだと。

 また、ただのトレーナーとしてミークのもとに戻れるのだと、そう思って……安堵のため息を漏らした。

 

 その様子を見た我らが東の横綱は、しかし一切の反応を示さずそのまま身を沈めた。

 アイアンウィルは咄嗟にお千代の後ろの廻しを取ろうと手を伸ばすが、遅い。

 

 お千代は沈めた腰を使い、廻しを取りながらアイアンウィルの両足の間に片膝を差し入れ、大きく持ち上げ──投げ飛ばした!

 そのままアイアンウィルは花の中に落ちていく。スローモーションのように感じられる時間の中、手を着き、そして膝が地に着いて身体が花に受けとめられた。

 

 ──オチヨぉーフジぃーぃ!

 

 軍配を挙げ、高らかに宣言する。決まり手は(やぐら)投げ。稀代の大技であった。

 

 勝利したお千代に人参一年分の引換券が渡される。

 

「ごっつぁんです」

 

 受け取るお千代の精悍な顔。その視線の先には、涙を流しながら笑顔で白毛のウマ娘と手を取り合うただのヒト娘の姿があった。

 ウマもヒトも走り続けた先に見るものは同じなのかもしれない。そう思わせる光景だった。

 

「『花()いて、地ふんわりすれば人(わら)う』すべてはお相撲だったのです」

 

 そうだね。お相撲だね。

 

「だから──約束どおり、お相撲しましょう」

 

ーーーーー|--/

〜〜〜〜〜〜〜

 

 そうして始まった特別取組(エキシビジョンマッチ)

 すでに体力の限界だったお千代に対し、ぬめり足で地に吸い付きながら花々をもぐもぐして体力を回復するシマ三郎が組んだとき、お千代はモチモチすぎるシマ三郎にめり込んでいき……すやすやと眠ってしまったのだった。

 

 これが『春のトレセン学園ウマ娘相撲ダービー〜府中花錦馬娘〜』の顛末である。

 後日放映されたこれは、一般には怪作ではあるがよくできた映像作品(フィクション)として楽しまれたという。

 なお、翌朝からお千代富士はいつものチヨちゃんに戻っていてみんなを安心させた。

 また、トレーニングコースでは超スピードで担当と併走するヒト娘の姿もあったとか。




両国花錦力士は名作なのだ。天皇賞が場所入りに見える唯一のマンガなのだ。
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