初心と迂遠   作:鳥籠のカナリア

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こーゆーのは始めたもん勝ちって誰かが言ってました!


第1話

 東京都内の某所にあるライブスタジオ。界隈ではちょっとした有名な場所に構えられたここは、あまり客が居ないせいなのか、休憩で暇している奏者がスタッフに話しかけてくることがある。

 

 こちらとしては作業に没頭したい気持ちもあるが、本当に没頭すると勤務時間の半分もかからない。だから話しかけられれば返すし、こちらから話を出すこともある。しかし、仕方なく対応しているような表情を浮かべているのは変わらない。

 

 そのはずなのに、最近熱心に話しかけてくる女の子が居る。

 

「ハルさんって、楽器とか弾けないの?」

「また唐突で」

 

 今井リサ。平均に近い身長で、そこだけ切り取ればあまり注目する人間でもない。ただ、それは外見を除けば、の話。毎朝1時間以上かけて準備しているだろうふんわりとした髪、兎のピアスがトレードマークで、男ウケの良い肩出しの洋服を好んで着る。その上美人系で顔がいい。

 

 イマドキ女子、と言えば聞こえはいいが、要するにギャルだ。すくなくとも、外見上は。

 

 モデルでも食っていけそうなバツグンのプロポーションを持っているにも関わらず、女子校出身ということもあって男の目には鈍感。これでナンパされたことがほとんどない、というのはあまりにも出来すぎた話のようにも思える。

 

 共学に通っていれば、また違った性格になっていたのかもしれないとは本人談。

 

 ただ話しているだけでは落ちてこないはずの話まで知っているのは、向こうが勝手に話してくるから。楽しげに話す彼女を無下にも出来ず、ずるずると付き合いが続いている。

 

 話すようになってから半年も経っていないのに、歴の長い常連より仲はおそらくいい。俺の勘違いじゃなければ。その証拠に、最近暖かい目をオーナーからいただくことがある。相手は女子高生なんだから邪推しないでいただきたいが。

 

 相手を、特に女性をジロジロ見るのは失礼なのに見てしまった。それを悟らせないため、誤魔化すように質問に答える。

 

「弾けないぞ。楽器を握ったことすらない」

「えー?」

 

 信じられない、と言わんばかりの大袈裟な反応に溜息が出そうになる。他の常連にも聞かれたことがあるが、ライブハウスで働いていれば楽器を弾ける、もしくは触れたことがあって当然なのだろうか。

 

 バイト先にライブハウスを選ぶことは物珍しさがあるのは間違いないが、あいにく聴くのが好きなのであって自分で弾きたいとは思えない。

 

 暇な時間はスタジオを借り音楽を聴くことがこのバイト唯一の楽しみだ。

 

 この手の質問は他の子たちにもされたが、やはりライブハウスで働いているからには楽器出来た方がいいのだろうか。

 

 いや、やめた。必要性に駆られて始めたことが結実した(ためし)がない。

 

「ねね、指触っていーい?」

「あいよ」

 

 手を差し出すと、絹でも扱うかのように丁寧に持たれて指をにぎにぎ、にぎにぎ。

 

 男の手を綺麗だという感性もすごいと思えるが、手を握られたことに驚く。女子校出身者ってこう……異性との距離感がバグってないといけない決まりでもあるのかな。同性同士だとこのくらい普通だから、その勢いで触れている……とか?

 

 それにしても、今井の指は女性らしい柔らかさはもちろんあるけど、ところどころ硬くなっているところがある。楽器やってる人……いや、努力している人はこんな指になるのだろうか。

 

 人の指になにか感慨を覚えたことはないが、なるほど。指先ひとつからここまで知れるのだと初めて知り、人を知るには色々な方法があるのだな、と感心する。

 

 なにも言わず静かに彼女の指を観察していると、ぴくりと指が跳ねる。なんだろう、と思い彼女の表情を伺うと、真剣だった表情が次第に崩れて頬は血色のいい朱色になっていく。

 

「えーっと……あはは。ごめんねいきなり握ったりして!」

 

 恥ずかしくなってきたのか、慌てて手を離されて温かかった指先が室温に晒される。自分が低体温ということもあるのだろうが、思っていたより人の手って温かいものなんだな。

 

 一人暮らしだとこの感覚に乏しくなる。

 

「いや、気にしないでいい。それに、いい経験をさせてもらった」

「え?」

「今井の指、ちゃんと練習してる人の指だ……と思う。魅力的な指だ」

 

 これだけ恰好が派手なのに、ネイルをしていないというのは驚いた。以前話をしていたときに、前はネイルをしていたと言っていたし、楽器を始めるにあたって辞めたのだろう。

 

 自分がやると決めたとはいえ、自分が好きなことを捨てるというのは簡単に出来ることじゃない。人間、それまでやってきたことを惰性で続けがちなのは自分の生活を顧みれば分かること。それを振り切れるのは、それだけ覚悟があるということでもあるわけで。

 

 覚悟だけじゃなく行動していることも含めてすごいなぁ、と一人で関心していると、プイっとそっぽを向かれる。

 

 なにか悪いことでも言っただろうか。

 

 髪の間から覗く耳が、赤くなっているのだけは見えるが、なにが原因なのか分からない。

 

もう、ちょっと頑張って思ったらいっつもこれだもんなぁ……

「……?」

 

 頑張るってなんだろう。バンド関係じゃないのは分かるけど、じゃあなんのことか、と言われると分からん。

 

 相談してこないってことは俺じゃ手に余るか信頼の足りないことだろうしなぁ。

 

 首を傾げて悩んでいると、悩ましげな溜息が聞こえる。

 

「ハルさんがもっと……」

「もっと……?」

「ううん。やっぱり、今のままでいいや」

 

 儚げに笑う彼女の姿が妙に美しく思えて、喉元まで出てきていた言葉が引っ込む。俺は今なにを言おうとしたんだろうか。

 

「つか、練習で来たんじゃないのか。10分くらい過ぎてるが」

「うっそ。マジ?」

「ほれ」

 

 腕時計を今井に見せてやると、楽しそうだった表情が青ざめた。彼女のバンドは女子高生にしてはハードで、休憩時間以外はおしゃべりタイムすらない。音楽性の違い、なんて聞こえのいい理由で解散しがちなティーンエイジャーのバンドでは珍しいほど熱心でだと一部界隈では有名なほど。

 

「あーもう! 楽しすぎて休憩時間忘れてた!」

「さようで」

 

 楽しい、と女の子から言われて嬉しさを感じないほど枯れているわけではないけど、それを目当てに話していたわけでもない……なんて、言い訳を自分の中でつける。

 

 それにしても……あそこのボーカルとギターはそんなに怖いのだろうか。いつもより笑顔が引きつっている気がする。捨てられた犬猫に見えるくらい、やらかした時の顔だ。

 

 ……仕方ない。

 

「まぁ、30分オマケしといてやるよ。それならお前のとこのボーカルとギターにも言い訳利くだろ」

「ハルさん~!」

 

 誰かにこういうことをすると他の人間にもやらないといけなくなるからオマケとかするなよ、とオーナーから仰せつかっているが、そう言ってる本人が似たようなことをやってるのだから糾弾される(いわ)れもないだろう。実質セーフ。

 

 言い訳を脳裏で浮かべていると、不意に手を握られながら感謝される。距離が、距離が近いよお前。こっちは健全な男子大学生だぞ。もうちょっと警戒心を持て。

 

 誰かに見られたらどうすんだ純情な女子高生だぞ勘違いされたらお前が困るだろうが。

 

 そうこうしている間に電話がかかってきた。

 

「やばっ、このあと合わせあるの忘れてた!」

「なおさらさっさと行った方がよかったんじゃね?」

 

 こちらの声すら聞こえていないように、慌ただしく出していたボトルを手に持ってスタジオに足を向け始める。さて、俺も仕事をしないとオーナーに怒られるな。

 

「あの……さ」

「ん?」

「ハルさんの指もその……よかったよ!」

 

 先ほどの意趣返しか、顔を真っ赤にしてまで言った彼女は、逃げるようにスタジオに入っていく。

 

「意趣返しにもなってないなアレ」

 

 カラカラと笑う。ありゃ小悪魔タイプの女子になるのは無理だろうなぁ。純情すぎるわ。初見で疑った自分は人を疑い過ぎているのだろうね。

 

 作業へ戻ろうとして──後ろから、服の裾を掴まれる。

 

 振り返ってみると、今井に負けず劣らずの素晴らしい女性。長い銀髪は見る者を虜にし、力強い瞳は目を背けることが許されない。不思議な魅力のある女の子がそこに立っていた。

 

「どーも、湊さん」

「こんにちは、椿木」

 

 ──湊友希那。今井の所属しているバンド、“Roselia”のVocal。透き通るような歌声と、一つのことを見据える性格はバンドの中心人物と言って差し支えない。

 

 相手がタメで俺が敬語なのは仕事中だから。

 

 リーダーとしてすごいんだろうなぁ、とぼんやり考えて。そういえば今井と違って自分から話を切り出す方ではないと思い出して話を続ける。

 

「今井なら慌てて部屋に戻ったぞ」

「紗夜に呼ばれたからだと思うわ。私は休憩中」

「なるほど」

 

 紗夜、というのはギターの子だ。この子も実力者で有名だが、尖った性格であることが原因で長く続いたバンドはほとんどない。Roseliaはお気に召したのか、今のところ離れたという話はない。

 

「で、なんで俺のところに」

「……? 居てはいけないかしら」

「別にそうは言ってない」

 

 休憩時間中もメンバーの様子を見ていた方が思い付くこともあるのではないか、と言おうとしてやめる。ストイックだとか言っておきながら、わざわざ追い返す必要もない。

 

 ただ、話すことがリラックスになる人間でもないのにわざわざ話に来たのが不思議というだけで。

 

「リサが気に入っているみたいだから、話しておきたいと思って」

「……まあ、ずっと話してるもんなぁ」

 

 店に来た時に話すし、休憩中も話すし、帰るときも……ってあれ。ずっと構われてる気がする。彼女はよく猫っぽい口をしてるから、猫だとして。俺はマタタビかなにかだろうか。

 

「ええ。あの子がずっと一人に関わってるの、実は珍しいのよ」

「それも、なんとなくは」

 

 ライブハウスに入ってくるときの様子を見る限り、Roseliaの精神的支柱は彼女だろう。その証拠に、誰とも均等に話す。こればかりは気を付けてどうにかなるものでもない。本人の在り方がああなんだろう。

 

 俺は気に入った人間以外は雑になりがちなので、人によって対応を変えない彼女を実は尊敬している。

 

「私には、ずっと関わってくれているけど」

「なんだ自慢か?」

「ええ」

 

 むふん、と擬音が出そうなほど胸を張る彼女に苦笑する。二人は幼馴染で、荒れていた時期も一緒だったらしい。もっとも、荒れていたのは湊の方らしいが。

 

 ウチに来たのは荒れていた時期を過ぎてからのことで、お目にかかったことはない。

 

「大事にしろよ。そんな大切にしてくれるやつ、なかなか居ないぞ?」

「もちろんよ」

 

 自信満々な湊の表情に、曖昧な笑みを送る。彼女たちが離れ離れにならなければいいなとそう思いながら。

 

 俺はあくまで彼女たちと関わりのあるバイト。なにかで干渉するなんてこと、あるわけないんだから。




 承認欲求の獣なので感想とかくださると続きが早くなります。
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