初心と迂遠   作:鳥籠のカナリア

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 今井リサとかいう女、なんも分からん。


第2話

 休日のライブハウスには、熱心なバンドほど足が張り付いたように居座る。

 

 金を払って居続けるわけだから、こちらとしてはなにも文句はないが、時折社会人の仕事以上に熱心に打ち込むバンドがある。

 

 ただそうするには惰性で長時間やるわけではなく、適度に休憩をして集中力を保つことが必要。

 

 言うだけなら簡単。ただ、熱中出来ることは辞め時を失うことが多い。その時だけを切り取れば悪くないが、そのあとのことを考えるとなかなか難しい問題。

 

「ねー、構ってよ~」

「いや、構ってるだろ」

 

 辞め時を失った結果がこれ。全身が倦怠感に包まれてゆるゆるになった今井がカウンターでクールダウンしてる。

 

 話しかけてくる子が多くなってきて、椅子を用意したが、一番活用してるのはこの子だろう。

 

 バンドとして次のステップに進む足がかりを掴めそうになって、無理をして長時間練習した結果がコレ(今井)。こればかりは本人たち次第なので外野からはどうしようもない。

 

「そうじゃなくてさぁ……」

 

 サービスで身体が冷えないように適度にぬるくした紅茶を出して、会話相手になっているのになにが不満なのか。

 

 スルーして仕事に戻るのは後々が面倒だから留まっているが、そのうち面倒になって対応がテキトーになりそうな気がする。

 

 いや、もう既に面倒になっていて、眉間に皺が寄っていくのが分かる。それをなんとか戻し、吐き出しそうになった言葉も一緒に飲み込む。

 

「めっ……」

 

 面倒くさい、なんて言ったら全然傷付いてませんよアピールしながらしっかり傷付くのはこれまでの付き合いで分かったこと。これが分かるまでは本当に適当で、傷付いていたことに気が付かなかった。

 

「じゃあ、なに?」

 

 傷付けるのは好きじゃない。むしろハッキリと嫌いだと言える。

 

 人を見た目や先入観で判断してはいけない。でも先入観をなくすことは難しい。だから相手の言動をよく観察して合わせていく。傍から見れば調律に等しい行為なのかもしれないが、二十歳程度では精度に劣る。

 

 だから言ってくれないと分からない。そういう意味を込めて視線を送ると、なんだか浮かない表情。

 

「労い、とかあってもよくない?」

 

 いや充分労ってるだろ、と言いそうになるのをぐっ、と堪える。足りていたらわざわざ口にしない。人間関係の基本。それに応えるかどうかは本人次第だ。

 

 わざわざ言ったからには報いたいと思いはする。労い……労いね……。

 

「お前の好みも知らないのにどうやって労えと」

「あれ、言ったことなかったっけ」

「俺の記憶にはない」

 

 心底意外だったのか、目を何度か瞬かせて驚いている。彼女がするのは基本的にバンドと学校の話ばかり。

 

 あっちはバンドガールで、俺はライブハウスのスタッフだからなんらおかしいことでもないのだが、個人で話しているのに自分のことを話さないのは珍しい。

 

「あれ、違ったか?」

 

 ちょっと不安になってきた。

 

 そもそも、スタッフと客がこれほど話しているのが珍しい。うちは比較的その辺りが曖昧になっているとはいえ、彼女ほど熱心に話しかけてくれる人間は他に居ない。閑古鳥が鳴いている、といえば返す言葉もなくなるが。

 

「えっと……アタシの話、ちゃんと聞いてくれてたの?」

「覚えてるぞ。お前の誕生日とか」

 

 人の誕生日を覚えるの、なかなかないんだよな。自分の誕生日ですら言われないと思い出せない。

 

 ただ、こいつの話は本人が楽しそうにしてるからか、聞いていて飽きない。

 

「他には?」

 

 ちょっと期待したような視線を向けられても困る。

 

「おしゃれが好きなのと和食が好きってのはなんとなく」

「意外ってよく言われるんだよね~」

「まぁ意外性はあるかもな」

 

 見た目派手だからな。……改めて見ると、やっぱりいい服の使い方するよな。

 

 素材がいいのはもちろん、本人がそれを理解して自信満々にいるのが好ましい。それでいてひけらかすようなマネもしないのだから美しい、と言っても過言じゃない。

 

「えっと……あんまりジロジロ見られると恥ずかしい……」

「あーっと、すまん。かわいいな、と思って」

「かわっ!?」

 

 人をジロジロ見るのは失礼なのに、なにやってんだ俺は。 

 

 ちょっと反省。いくら素敵な格好をしてても、許可なく見るのは問題だ。

 

 いや、許可なんて取ったら取ったでなんか特殊だ。

 

「ハルさん、えっち……」

「なんで……?」

 

 密かに反省していると、不本意にもそう言われる。いや、確かに俺が悪かった。謝ろうと、視線を向けると、胸を両手で抱くように恥じらう乙女の姿が。

 

 こいつ、初心すぎない……?

 

 前から初心だ初心だと思っていたが、ここまでとは筋金入りだ。

 

「……ところで、さっきの言いかただと俺が聞き流していると思ってるってことになるんだが?」

 

 誤魔化すようにそう言う。逃げているわけではない、単純に不服だった。

 

 確かに、反応は薄いかもしれないが聞いている。学校のこと、バンドのこと。

 

 指摘すると、猫のような口を見事なまでに歪ませ、視線が宙を舞い、壁を這い、地を歩いて右往左往。視線が泳ぐとはまさにこのこと。

 

「えっとぉ……」

 

 誤魔化そうと言い訳を考えているのが分かるが、そもそも誤魔化すのが下手すぎる。どれだけ正直に生きてるんだこの子は。呆れた視線を向けると、バツが悪そうに、にへらと笑う。

 

「アハハ……」

「誤魔化せてないからなそれ」

 

 むしろ肯定しているようなものだろう。思わず溜息が出る。黙っているよりは愛想があるとは思うけど、自分の思ったことを誤魔化さなくてもいいんじゃないだろうか。

 

 ただ、そうした方が生きやすいのは事実なので、女子高生って大変なんだなぁとぼんやり思う。俺が割り切りすぎているだけかもしれないという事実には目を背ける。自分を見つめるのは面倒だ。

 

「聞かれてないと思ってるのによく絡みにこれるな」

 

 鋼のメンタル、ではないだろう。なんだかんだ。ずっと傷付いているのは見ていればなんとなく分かる。

 

 所詮は行きつけのライブハウスに働く一スタッフだから嫌われても構わない、という関わり方でもない。もう少し親しげ……だと思うんだけどなぁ。

 

「それは……そうだけど……」

「ハッキリしないな」

「でもなんか、居心地よくて……」

 

 恥ずかしいのか、顔を伏せたままそんなことを言う。よく見れば、耳が少し赤いようにも見えて。ようは照れているのだろう。まあ、話を聞いてくれる年上の人間というのは安心するものだ。俺も学校の話を聞いてくれている先輩のことは信頼しているから、それと似たようなものだろう。

 

「ま、そう言ってくれるのは嬉しいけどな」

「え?」

 

 ジッと瞳を見て、耳元によって囁く。

 

()()()、されても知らないよ」

「っ……」

 

 俗に言うウィスパーボイス、というやつだ。高校の時に習った程度の知識だが、思いのほか上手く出来てしまい自分で驚く。

 

 あとはついでに警告。顔がいいのに、男にそんなことを言って相手が狼にでもなったらどうするのかと。なにがとは言わないが、大学生のは一般的には安いしそもそも自己責任だ。ただ、高校生となったら話は別。

 

 なにか遭ってからでは遅いし、夢見が悪い。主に俺の。

 

「ぁ……ぇ……」

 

 反応がないことを疑問に思い、視線だけ向けると、顔を伏せることも忘れて呆然としている。……純情な女子高生には少し刺激が強かっただろうか。

 

 ただ、今のままだとちゃんと聞いているか怪しい。もう一押し、しておこう。

 

「分かった?」

「ゎ……わかったから……!」

 

 何度も何度も頷くと、貸し出している部屋に逃げ帰ってしまう。……これは、嫌われただろうか。

 

 それはそれで仕方がない。彼女の糧になってくれればいいのだ。

 

「本当に、なにかあってからでは遅いんだよ」

 

 誰に聞かせるでもなく、静かに独り言ちる。勝手な願いだけれど、彼女には純情なままでいてほしい。あの年で清純なのは珍しいのだから。

 

「老人みたいだな」

 

 カラカラと、自分でもなにが面白いのか分からずに笑い声が出る。誰かが来る前に、どうしようもなく沈んだ気分を紛らわすために、イヤホンを耳に付ける。

 

 バイト中?

 

 うちはテキトーだから大丈夫。あ、これこの前今井からもらったデモ音源だ。……まぁ、いいか。

 

 


 

 

「……」

「今井さん、ちゃんと集中してください」

「えっ、あっ。ゴメンゴメン!」

 

 なんだかアタシ、最近ボーッとしてることが多い気がする。休憩が終わって、ギターとベースで合わせをしてみようって話になってるはずなのに、なんだか集中出来ない。

 

 腕は動いてる。ピックを動かす指先も、だいじょうぶ。でも、それを動かす心だけが、ここにない気がする。まるで、心をどこかに置いてきたみたい。

 

 浮足立つ心が、自分でも情けないくらいに指先に伝わってる。

 

 絶対、さっき言われたことが原因だよ……。




 感想クレクレマン。思ったより評価されてて嬉しい。今のバンドリよく分からないので。
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