リコリス・アーカイブ   作:足舐め先生

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キヴォトスに来たる影

理想郷のジレンマ。そこは人が想像し得る理想の総体。あらゆる苦痛や困難、恐怖などの非なるモノから解き放たれたその地に辿り着いた者は二度と離れない為に、理想郷が存在することを証明することは出来ない。誰もがそんな地など存在しないことを揶揄した例え話だと理解している。それでも人はそんな夢を抱かざるを得ない。本当の理想郷が存在するとすれば、それほど残酷な事は無いというのに……

 

 

 

「……リコリコってハワイに出張してましたよね?」

 

「そうだね〜」

 

 日本と違いキッチンカーで営業するリコリコハワイ支店。当初はキッチンも狭く色々と慣れるのに時間がかかったが一月もすれば流石に慣れてきた。同時に便利屋?の仕事も再開して、二人の優秀なリコリスとバックアップから次々と要望をこなすリコリコの噂も広まってきた最中のことである。

 

「……此処はどう見てもハワイでは無いですよね?」

 

「そうだね〜」

 

 日差しは強いが日本の夏と違い湿気はほとんど無くカラッとした空気に陽気な人々。当初は懸念していた英語も日本人が多く在住し、観光地と好まれるハワイでは日本語が通じる場所も多い。リコリスは身分証明書も無い孤児で当然パスポートもなかった二人にとって、この地は過ごしやすく異国感も楽しめる絶好の土地であった。その筈だった。

 

ーーしかし、何故か目の前に広がるのは近未来都市の一角のようだった。SF映画で見たような曲を多用した高層ビルが立ち並び、視界の奥には天に向かって伸びる巨大な塔が見える。街には頭部に人間の表情を映し出すディスプレイを取り付けた人型のロボットが歩き回っている。かと思えば服を着た小型の犬集団が二足歩行で人語を話している。何故か話しているのは日本語だ。こんな巨大都市が日本に存在していたら当然耳に入ってる筈だが勿論そんな訳が無い。

 

「……もしかしてこれは集団幻覚なのでは?」

 

「そうかもね〜」

 

「「……アハハハハハハハッ」」

 

「……二人とも現実逃避している場合かよ。今の私達は結構それなり以上に異常事態にいるんだぞ」

 

「……むしろ何故くるみはそんなに落ち着けているんですか!?」

 

「そうだそうだ! 先生もミズキもキッチンカーにいた筈なのにいないしさ。ウォールナット様はここから打開する秘密兵器でも持ってるのかな〜?」

 

「ああ任せろ。こんなこともあろうかと昨日までのデータのバックアップがドローンに入っている。後はこれをセーブデータの入ったファイルに入れてロードすれば昨日までの平穏な一日に戻る筈だ」

 

「あっこれ冷静そうに見えて全然ダメなヤツですね」

 

「リアリストのくるみが一番ダメージ大きかったみたいだぁ。ーーじゃあせーのっ」

 

「「「アハハハハハハハハハハッ」」」

 

 そうして暫く3人で遠い目をしながら空笑いすること数分。流石に現実逃避の虚しさと現状の不味さからいち早く我に返ったのはたきなだ。長い黒髪を耳にかけて二人の頭を軽く叩いて正気に戻す。

 

「はっ、私は正気に戻った! ーーあっ待って待ってっ!二発目叩こうとしないでたきなちゃん」

 

「いい加減にしないと本気でぶちますよ。ほらっくるみも」

 

「……ほ〜い」

 

「さて先ずは現在の状況と、未確定事項をまとめましょう」

 

 経営不振だったリコリスを立て直した経理の顔が顕れた。まず話題に上がったのはどうしてこんな近未来都市に来てしまったかだ。それぞれ直前までの行動や場所を事細かに追及したが、昼間だったこともありそれぞれリコリスで働いて怪しい人物も行動も特に見当たらなかった。そも本人たちの気づかないうちに一瞬でこんな所に飛ばすだけの手段を持っている人物・組織ならば想像するだけ無駄な相手だ。よって直前までの行動については考える必要は無くなった。

 

「やっぱり気になるのは私達だけってところだよねぇ」

 

 千束の気付きは誰もが気になっていた所だ。あの時リコリスには先生とミズキもいた筈だ。何かしらの方法で車ごと移動させるなら二人が居ない状況は不自然だ。

 

「リコリスが狙いならくるみまで連れてくる必要は無いですし、そもそも監禁されていない理由も不明です」

 

「そこだよ。何か狙いがあってのことならば私達がこうして自由に喋れてる状況が理解出来ない。一応周囲をドローンで索敵してみたがこちらを監視しているような存在は見つからなかったしな」

 

 此処までの事が出来る組織だとドローンの索敵など意味がないだろうけどな、という言葉はあえて呑み込んだ。そんなことは周知の上。現状それぞれの分かる範囲での事実を報告して既知の情報を共有する以外ない。

 

「此処に来たのは私達だけでは無く、先生とミズキだけ別の場所にいる可能性もあります」

 

「それもそうだね。ーーじゃ行きますかっ」

 

「って何処に行くんですか?!」

 

「そりゃあ? 二人を探すのとここが何処かって情報収集に決まってるじゃん」

 

「流石に危険ですっ」

 

 何処かも分からない都市だ。未来の日本か下手をすれば此処は地球で無い可能性すらある。

 

「いやだって此処で話しててもさ、結局何も分からないでしょ。ここは千束さんに任せなさい! 英語もペラペラだよ〜?」

 

 実際千束の言う事は正しい。あまりにも分からない事が多い現状、危険は伴うが現地の住民?やマスメディアを通じて生きた情報を手に入れないことには何も始まらない。それでも頭の何処かで千束が危険な目に遭う事を恐れたたきなは反論する仲間を得ようと、振り返っても小柄な金髪のハッカーはうんうんと首肯していた。

 

 

 

 街を歩く。かなり技術は発展しているようだが都会の空気にしては綺麗だ。

 

 あれから結局千束の意見を覆すことも出来ず探索活動は行われることになった。当初は一人で行こうとした千束だが、効率と安全性からたきなも一緒に出ることに決まった。くるみは拠点となるキッチンカーのお守りとドローンによる情報収集兼二人のナビケーターとして残っている。肉体面は見た目相応のくるみは長時間の探索には向いてないし自衛能力も殆ど無い為だ。だからこそたきなも最初は残ろうとしたが、本人から『いざとなれば何とか身を隠すぐらいは出来るさ』と固辞されてしまった。常にインカムで相互連絡をとり続けることで仕方なく妥協という結果に落ち着いた訳である。

 

「わー見て見てたきな可愛いよあの犬の子」

 

「……そうですね」

 

 少しでも防弾性能のあるリコリスの制服で二人街を歩くこと1時間。この近未来都市であらゆる場所に怪しまれないで潜伏するリコリスの制服が何処まで通じるかと当初は不安に思っていたがそんな懸念は直ぐに拭えた。

 

 道を歩けば少女。少女。ロボット。犬人間。ロボット。少女。少女。

 

 制服姿の少女があちこちに歩き回っていた。それでもこれが女子校の近くならば違和感を覚えなかったであろう。

ーー制服姿の少女がホルスターにぶら下げた拳銃やPDW、アサルトライフルを当然のように携行していなければの話だが。硝煙や発射による摩耗で普段使いされたモデルガンでは出せない本物の銃器。細腕でアタッチメントを含めれば5kgは優に超える筈の兵器を軽く振り回している。

 

「まるでリコリスの養成所みたいです」

 

「リコリスだったら銃器にペイントしたりあんな可愛いキーホルダー着けてたら没収どころの話じゃなかったけどねぇ」

 

 初めてその姿を見たときは二人もかなり警戒したものだが、すれ違う少女が全員そうならば過剰に警戒するのも馬鹿らしくなる。こちらに敵意は無く、話す内容も多少物騒だが見た目通りの女子高生らしい華やかな様子。

 

「……あの腰から生えた羽根や頭の角は」

 

「ハロウィンなのかな? 結構可愛いよねあれ私も着けてみたいなぁ」

 

「動きが作り物っていうよりあまりに生々しいんですが……」

 

 更に頭を痛くする要因。それは頭から二つの角を生やした女子高生。これはまだコスプレというかオシャレで理解出来る。腰の辺りから黒い翼や白い翼を生やした女子高生。彼女達の意志を反映したかのように生物的な滑らかな動きをする翼は作り物というにはあまりに自然だ。いや翼が着いている事はあまりに不自然なのだが。架空の存在である天使や悪魔のようにも見える。

 

「ーーって千束?」

 

 少し目を離した隙にあの活発な少女の姿がない。焦りながら周囲を見渡すと通りの向こう側で何やら女子高生と口論していた。

 

「ちょっと何やってるんです千束!!」

 

 急いで向かうと相手の容貌もハッキリと見えて来る。千束に見せられた過去の映画で出ていた改造セーラー服。スケバンとかいう奴だったろうか。脛まで伸びたスカートに反してあえてセーラー服の丈は短く、スカートとセーラー服の間は地肌が見えている。目つきは鋭く、口元を隠すマスクには大きなバツ印がペイントされて周囲を威圧しているようだった。

 

「いやさぁ聞いてよたきな。この人自分でこの子にぶつかって持ってたアイスを落としたクセにクリーニング代寄越せって言うんだよ」

 

「ああっ!? こちとら一丁羅汚されてんだ! 慰謝料とクリーニング代含めて10万クレジットは払って貰うからな!」

 

 千束の影に隠れて見えなかったが、死角にパグをそのまま二足歩行にしたような生き物が瞳を潤ませて千束の膝にしがみついていた。地面には崩れて小石と混ざった二段重ねのアイスとコーンが無惨に晒されていた。確かにスケバンの言うように僅かにスカートに汚れは着いていたが、さっと拭き取れば分からないぐらいの汚れでしかない。この地の市場価格は分からないが子供相手に無理を言っているのは彼女のようにたきなも思えた。普段ならきっとたきなも千束の味方をしていただろう。しかしここで下手な争いを起こすのは得策では無い。争いを嗅ぎつけて警察でも来ようものなら、二人の持っている身分証明書が通じる保証は何処にも無いのだ。

 

「止めましょう千束。あの、本当すみませんでした」

 

「ああぁん! 文句つけて来てはいそうですかっていくと思ってるのか?」

 

「ひぃぃん」

 

「私はこの子にまず謝って欲しいんだけど!」

 

 千束の声をかき消すかのような轟音が響く。スケバンの持つ狙撃銃から放たれた弾丸が千束の直ぐ横を通過した。

 

「痛い目に遭う前に持ってるクレジットを全部出しな」

 

 スケバンは人を撃つことになんの躊躇いも見られない。普段ならこれでスケバンは楽にクレジットを稼ぐことが出来ていた。しかし、数々の鉄火場を経験していたリコリスの二人にとっては意識を日常のそれから仕事のそれにスイッチするには十分だった。

 

「……後悔する前に謝っておけば良かったのにね」

 

 今度こそ脅しでは無く本気で銃口を千束に向けて引き金が引かれた。スケバンにとっては予想外に、二人にとっては当然のようにその銃弾は大きく回避した千束に当たること無く透かされた。超人的な動体視力を持つ千束にとって引き金を引くスケバンの指の動きは欠伸が出るほど遅い。近距離での戦闘を重視したCARシステムで銃身を半身に構えた千束が持つケルテックKSGを続け様に三連射。特性の低致死性弾といえど大の大人を無力化するには十分な威力のそれを受けたスケバンは、

 

「痛ッ、ちょっと痛ぇけど? なんだ子供の玩具か?」

 

ほとんど痛痒も感じていないようで嘲るように笑った。

 

「えっ!? 嘘ッ? 防弾チョッキでも着てるの?」

 

 疑問が自然と口から出るがそうじゃ無いことは一目同然だった。真島のアラン機関特注の防弾シャツのようにも見えないし、肌が見えるほど薄着なスケバンがそのセーラー服の下に何も着込んでいないことは明白だった。

 

「千束!」

 

 直ぐにたきなが声を掛けてスケバン相手に援護射撃をする。流石に実弾を撃つのには抵抗はあったが、相手が撃ってきている以上反撃をしなければ千束がやられてしまう。しかし銃を持つ左手に何発かヒットするもスケバンの動きは被弾によって痛みは覚えたみたいだが戦意を挫くには足りなかったようで反撃をして来た。たきなは街灯の影に隠れ、千束もそこに潜り込む。流石に特注のリコリスの鞄でも狙撃銃の弾丸を防ぐのは難しい。防ぐのには成功してもその衝撃で腕や肋骨がやられかね無いのだ。

 

「あれ本当に人間ですか?!」

 

「まさかターミネーターだったりしてぇ?」

 

「笑い事じゃ無いですよ本当」

 

 幸い件の犬の子供は隙を見せて逃げ出したようだ。一般人を巻き込むには気がひける。人気の無い方向へ引きつつなんとか姿をくらますしかない。アイコンタクトで意志を伝えあった二人は意識をこちらに引き寄せる為、銃撃が再び始まった。

 

 

 そこから2時間後。なんとか巻くのには成功したものの二人とも必死だったのでくるみとの連絡をとるのを忘れていたのに気づいたのは日が暮れ始めた頃だった。しかし激しい戦闘やら警察のような治安維持部隊から逃げ回ったりしてる内にインカムは故障し、連絡をとるのは既に不可能だった。慣れない道や路地裏を通って土地勘の無い二人は俗に言う迷子になってしまっていた。なんとか巨大な天に伸びるタワーの近くで合流したはいいものの、既に疲労は体中に漂いたきなのお腹からは空腹を訴える声が聞こえる。

 

 そんな時に匂ってきたのは暖かいコーヒーの香りだった。

 

 喫茶リコリスで良く嗅いだ匂いだ。ミカのコーヒーにはファンも多く、わざわざブレンドした豆を買い求めるお客も一定数いる人気のメニュー。そんな優しい香りにふと涙腺が緩み掛けて慌てて誤魔化すように目元を拭う千束。それを見て見ないフリをしてたきなはその匂いの出どころを探す。オシャレな白いドアの上にシャーレ併設カフェと掲げている。中からは時折賑やかな談笑が聞こえて、暖かい雰囲気を外からでも感じ取ることが出来た。

 

「あそこに行って事情を話してみましょう。幸い私たちは喫茶リコリスで働いていましたし、あわよくば食事代をバイト代から払ってくれないか交渉が出来るかもしれません」

 

「……そうだね! とりあえずは千束ちゃんの第一印象でズバッと面接合格と行きますか!」

 

 カランッ

 

 ドアベルが鳴ると、

 

「いらっしゃい」

 

挨拶が返ってくる。丁寧語よりいい意味で暖かさを感じる。床は白と青のタイル貼り、入ってすぐ左には食品サンプルが載せられた台が風船で飾り付けられている。カウンターの奥にはメニュー表が黒板にチョークで書かれて奇妙な動物達のぬいぐるみが見下ろしていた。カウンターからこちらを覗いているのはエプロンを着たベリーショートカットのユニセックスな雰囲気の女性だ。子供が絵で書いたかのような眉の端を弛めた笑顔は一目で優しい人物だと予期させる。

 

「このお店は初めてかい?」

 

「ええ」

 

 説明を受けるに、どうやらこのカフェはほとんど実験的な施設らしい。生徒達はここでの食事や過ごす時間に関してはほとんどタダ同然らしく、その代わりに利用した時間分次回は店員としてここで仕事をするというシステムのようだ。店長さん(さっきの笑顔の女性がそうだったらしい)曰く趣味と実益を兼ねた最高の空間と自負しており、実際二人にとっても今一番必要な最高のシステムだと意見が合致していた。

 

 席に着いて直ぐに注文を取りに来た店長さんにオススメを聞くと飲み物ならコーヒーとココア、食べ物ならホールケーキかパンケーキがオススメとのことだった。暫く悩んで千束とたきなはコーヒーを二つに、パンケーキのフルーツトッピングとアイストッピングをひとつずつ頼むことにした。

 

「ん〜美味しい! パンケーキもふわふわ」

 

「アイスも市販品では無さそうですね」

 

 二人で堪能しているとまたドアベルが鳴り響く。自然と入口に目をやるとそこには天使がいた。艶々とキューティクルの入ったピンク色の髪の毛。目もパッチリと白を基調としたドレスを着こなす様はまるで御伽噺のお姫様のようで腰から伸びた白い翼が彼女の可愛らしい表情と神々しさのバランスを見事にマッチさせている。可愛いもの好きな千束は勿論、千束一途なたきなでさえ思わず見惚れる美少女だった。

 

「あっミカ。いらっしゃい」

 

「先生、久し振りだね」

 

「あれ? 三日前も来てなかった?」

 

「そうだよ? だから言ったの久し振りだって」

 

 

「ミカ?!」

 

「先生?!」

 

 

 

 

 

 

 

 





三人にはヘイローが見えないという設定です。







正直最後のがやりたかっただけだろという感想は事実陳列罪です
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