リコリス・アーカイブ   作:足舐め先生

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メゾン・ド・カフェ

 

「へ〜二人はキヴォトスの外から来たんだ」

 

 あれから聞こえてきたワードにそこそこ大きな声を出してしまった二人は店内の注目を集めることになってしまった。流石に居た堪れなくなって来たところで店長さんに手招きされてカウンターの前の席に座らせられた。声を出した事を注意されるかなとおっかなびっくり座る。千束が謝罪の一言を口から放つ前に、店長さんによって新しいコーヒーと小皿に乗せられたレアチーズケーキが出される。どう反応するべきなのか迷っていると店長さんと目が合う。そして直ぐにこちらの様子がおかしかったのか笑みを浮かべた。

 

 ここまで来ると流石に揶揄われたのだと二人にも理解出来た。しかしそのことに対しての反意よりか安堵のほうが勝った。

 

 どうやらカフェで出す新作のお菓子らしい。試食して感想を聞くのを条件に二人の事を知りたいようだった。こちらもこの地の事を詳しく知りたいのは一緒だ。互いの情報交換は臨むところだった。

 

「実はここの事全然っ知らなくて二人して迷ってたんですよ〜。所謂迷子ってやつ?」

 

「むっーーそもそも千束が余計な事をしなければ喧嘩になって逃げ回った挙句迷子になんかならなかったじゃないですか」

 

「だって子供が不良に脅されてたら見逃せないじゃん」

 

「それは……そうですが」

 

 いつものやりとりをしていると先ほどのピンク髪の美少女が興味津々に声をかけてくる。片手には紅茶の入ったティーカップ。千束の隣の席に腰掛けると長い髪が揺れてシャンプーの良い香りが鼻をくすぐった。

 

「なんだか楽しそうだね。あっ私は聖園ミカ。よろしくね」

 

「あっ、先ほどはどうもうるさくしてすみません。私は井ノ上たきなといいます。そしてこっちがーー」

 

「錦木千束だよ。ゴメンねぇうちのたきながうるさくしちゃって」

 

 和やかな雰囲気の影でミカの視界に入らないように後ろに回した手で二人の攻防戦が繰り広げられる。つねろうとするたきなの指先を千束は逸らして避けようと白魚のような二人の手が追いかけっこをする。

 

「それで、何で二人はさっき声を出してたの? いやっ、別に迷惑には思ってないけど純粋に気になっちゃってさ」

 

 とりあず一時休戦して事情を説明する。二人の良く知る名前が会話で出てきて、疲れて集中力の途切れ掛けていた二人は思わず声を出して反応してしまったのだと。なるほどと納得の表情をミカと店長さんは浮かべた。

 

「ミカって言ってたのはミカさんだと理解しましたが、先生とは?」

 

「わたしは“先生”が本業だからね」

 

「へ〜店長さんは先生でもあるんだ。そんなに色々やって大丈夫なの?」

 

「生徒の為の活動は全て先生としての役目だからね」

 

「……わーお。また先生が生徒を誑かしてる」

 

 店長改め先生は何の気負いも無く言い切ってみせた。全然似てないのに印象が浮かぶのは千束の“先生”の顔だった。たきなと視線を合わせると彼女も頷く。いまだ分からないことだらけのこの地だけどこの人なら事情を説明しても大丈夫そうだ。この場所から戻るにはどちらにしろ現地の協力者がいないと話が始まらなかった。信頼できそうな人を見つけた幸運を喜ぶべきだろう。

 

「実は……」

 

 二人でこれまでの経緯を説明する。リコリスという政府の組織に属していたことは流石に伏せたが、それ以外のことはほとんど全部。先生は時折質問や相槌をうって二人の説明をじっくり聞いているようだった。自分で話していてもあまりに突飛で荒唐無稽な話だとは理解している。しかし最後まで先生は茶化さず信じてくれた。

 

「じゃあくるみって子も別の場所にいるんだ?」

 

「ええ。連絡も取れていないので恐らく心配している筈です」

 

「なら行こうか?」

 

「えっ行くってどこに?」

 

「迎えに。車は資料があってちょっと狭いけど我慢してね。ミカ……悪いけど」

 

「はいはい。カフェは先生の代わりに見とくね……その代わりに、今度お願い聞いて貰おうかな?」

 

「……ほどほどにね」

 

 

 外はもう日が沈みかけていた。先生の車の後部座席から流れる街の風景は見慣れないものばかりだ。連なる街灯の灯りが二人の顔に光を当てては直ぐに影を落とす。気怠い体と夜の風景が相俟って少しセンチメンタルな気分になる。先生に最初にこのキヴォトスという地に訪れた場所から見える景色や目印を説明すると、彼女は誰かに連絡をとり何箇所か候補をリストアップして貰ったらしい。暫く運転しているとたきなや千束も見た覚えのある風景が増えてきた。

 

「着いたよ」

 

 もう視線の先にはエキゾチックなリコリスのキッチンカーが道の端に停車されていた。

 

「先生ありがとう! 愛してる!」

 

「大変お世話になりました先生。この御恩はいずれ」

 

 戯けて千束の飛ばした投げキッスを眩しそうに受け止める先生を尻目に急いで向かう。きっととっても心配させてしまっただろうから。走る千束を追いかけて、たきなは直ぐに歩みを止めることになった。

 

「どうしたんです? 急に止まって?」

 

「……何でくるみ、電気を点けていないんだろう?」

 

 辺りは既に暗くなり始めている。補給の心配から昼間は無駄な電力を使わないのは普通だが、流石にこの時間になっても帰らない二人を待つのに電気を点けていない理由も分からない。

 

「……周囲を警戒してあえて消しているのでは?」

 

「だといいんだけど……」

 

 二人でホルスターから拳銃を抜く。腰を落として足音を消し、キッチンカーに近付く。耳を車体にあてて中の音を探った。エンジン音も人の気配も感じない。この見知らぬ地で唯一の拠点のキッチンカーを放置する? 有り得ない。嫌な予感が胸を過ぎる。

 

 銃を構えたまま車内に入る。カバーでたきなが逆方向から窓越しに覗く。ハンドライトで確認出来る限りは車内は荒らされた様子は見られなかった。それでも警戒しながら車内を一通り探し回ってみるも、やはりくるみの姿は見当たらない。

 

「くるみー! どこー?」

 

「何処ですか? くるみー!」

 

 ふと外から足音が聞こえる。警戒して二人で飛び出して構えた相手は、

 

「……あはは」

 

「って先生ですか? ビックリさせないでくださいよもう」

 

「二人の声が聞こえたから……何かあったの?」

 

「実はーーってくるみいるじゃん!?」

 

「あんな大声で呼ぶなんて……恥ずかしいからやめろよな」

 

 先生の影に隠れて小柄なくるみの姿についぞ気づかなかった。ペンライトで千束に怪我が無いか確認されて笑顔で抱きしめられているくるみは表面上は迷惑そうな素振りだが、たきなには満更でもなさそうに見えた。

 

「いったい何処に行ってたんですかくるみ?」

 

「あぁ……そのことなんだが」

 

 途端に表情が暗くなる。あまり感情の機微を表面に出さないくるみが明らかに落ち込んでいる。滅多に無い事に二人は動揺を覚えた。

 

「ちょっとちょっとどうしたのさぁくるみ? おっぱい揉む?」

 

「言い辛い内容なら場所を変えますが……」

 

「……盗まれたんだ」

 

「ツッ!? あっ、お、お金なら全然心配しなくていいよ。どうせ持ってた通貨はここでは使えないみたいだしさ」

 

「そうです。くるみが無事ならそれで良かったです! ……それはそれとして後でそいつらの特徴を教えて貰えますか?」

 

「いや、私のドローンが……」

 

 くるみは凄腕のハッカーだが、彼女自体の戦闘能力は低い。安全圏からドローンを介してサポートやハッキングをすることでその弱点を補って来た。その頼みの綱のドローンが盗まれたというのはかなり大きな事件だった。

 

 詳しく彼女にその時の状況を聞いてみると、先ず彼女は二人が出発した後ドローンで周囲の索敵をし始めたらしい。珍しい建築物や人物が街中に溢れていて、今までネットで大概の知識を有していたくるみですら未知の光景ばかり。好奇心の赴くままにドローンを走らせる。幸いドローン自体はキヴォトスでもそう珍しいものでもない。変に怪しまれずに動かすことが出来たのは幸運だった。しかし順調な探査活動は当初の警戒心を薄れさせることにも繋がる。好奇心と少しでもこの地に辿り着けた原因に近付くができればと深追いしすぎてしまったのだろう。

 

 ドローンが大きな建物を視界に捉える。天空へ伸びる塔ほどではないが、巨大なビル。近くにはドーム型の建物が二つとアルファベッドのmのようなマークが屋上に光り輝くビルもある。ある程度建物の造り自体が似通っていて何かしらの関連性を覚えた。巨大な企業の一画なのかともっと近づいて調べてみようとしたところ、ドローンの視界が急激に大きく揺れた。その時に何かに撃墜されたのだろう。姿勢制御をとろうにも既に墜落からは逃れきれず、地面に落ちてカメラの大部分にヒビが入りそこから先はいっさいコントロールが効かなくなってしまった。

 

 映像が途切れる最後に見えたのは何者かの手でドローンが拾われて揺れる画面。撃墜した何者かがドローンをおそらく回収したのだろう。

 

「……いや、それ結構……かなりヤバくないですか?」

 

「下手したら飛ばした先が見つかって捕まっちゃう?」

 

「そんなヘマは流石にしないさ。ギリギリ録画データを消すのは間に合ったし……でもドローンを失ったのは大きいな」

 

「あの……いいかな?」

 

「ん? どうした先生?」

 

「ってそういえば二人はいつの間に知り合ったの?」

 

「さっき私がドローンをなくして落ち込んでいるところに偶然出会ったんだ。で、どうした先生?」

 

「多分わたしその落とした場所のこと知ってるよ」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

 とりあえずもう移動するには遅いということで捜索は明日に回された。三人は異邦人でキヴォトスの地で身分を証明するモノも無い為、暫くは先生の所属するシャーレの運営するカフェで働いて金銭を稼ぎつつ、情報収集するということで意見がまとまった。まずは現地の金銭を稼がないことには生活することさえままならない。カフェに併設された駐車スペースを借りて、リコリスのキッチンカーで寝泊まりすることになるだろう。しかし、先生はいったい何者なんだろう? カフェも経営して、直ぐにくるみの場所を探し当てて、この広い土地でのドローンの墜落場所も推測出来る。普通の教諭に出来る範囲は優に超えている気がする。ひょっとして“ミカ”を想起させたのは彼女の底知れなさを無意識に感じ取ったせいなのかもしれない。

 

 リコリスのキッチンカーで寝袋に包まれて眠る寸前、ふとそんなふうにたきなは考えた。

 

 

 

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