2日目の朝…この日は休まずに喫茶シオンは開店した。
しかし、
「なんで俺が店手伝わなきゃいけないんだよ!」
開店前になって巧が文句を言った。巧はロイドに無理やり店のエプロンをつけられ、不平をたれている。
「無駄飯喰らいをウチに置くわけにはいかない。」
そう言ったロイドはどこか不機嫌だった。
それは巧が文句を言っているからではなかった。それは……
カランカランッ
その時、ドアのベルが鳴った。
「すいません、まだ開店前で……フィオナ?」
「おはようございます、先輩。」
店に現れたのはフィオナだった。
「フリッドから聞きました。ヨルちゃん、今日はあのガキとデートだって。」
「……ああ。」
ロイドは眉をピクリと動かした。そしてムスッとした顔でそっぽを向きながら返事をした。
「白昼堂々浮気か?ご愁傷さん。」
「ヨルさんはそんなことしない!」
からかってくる巧にムキになって反論するロイド。ロイドとヨルは相思相愛。ロイド自身もそれは分かっている……が、少なからずヤキモチは妬いていた。
(ヤキモチ妬く先輩…かわいいわね……)
「尾行したりしないんですか?」
「…昨日はした。今日もしようと思ったが……フリッドに言われたんだ。『ヨルさんの浮気を疑うなんて……それはお互いの愛を疑うのと同じじゃないか?それに、君の淹れるコーヒーと料理を待つお客さんをないがしろにするのか?』……って言われてな……何にも言い返せなかった。」
フリッドに諭され、今日は尾行を止め、店の方に専念することにしたのだ。
ロイドはため息をつくと、カウンター席の椅子を一つ動かした。
「まあ、座れ。コーヒーぐらい淹れる。」
「ありがとうございます。」
「で、今日はどうした?何か用か?」
「はい、実は……」
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「じゃあ、行きましょうか!グリムくん!」
「お、おう……」
そのころ、グリムとヨルは昨日の噴水広場で待ち合わせ、今度こそデートを開始した。
「……あら?」
その時、ヨルが声を上げ、グリムの足元を見た。
「コートの裾…地面に擦れてますよ?」
グリムはいつも襟元にファーがついた黒いコートを着ている。しかし、サイズが合っていないのか、裾が長いだけなのか、地面に擦れていた。
「ああ…いいよ。最初からサイズ合ってねぇんだよこのコート……」
「そうなんですか?そのコート、いつも着てますよね?」
「……形見なんだよ。これ……」
そう言ったグリムは淋しげな表情を見せた。対し、グリムの一言にヨルは首を傾げる。
それもそのはず、グリムには身寄りの人間はいないはずだった。母親はグリムが5歳の時に自殺している。それから後のことは知らないが、グリムは天涯孤独の身だ。
「どなたの、ですか?」
「……俺の、育ての親だ。ニコルって言うんだ。」
「ニコルさん……初耳です。」
「言わなかったからな。」
グリムは歩きながら、ヨルに昔のことを…ニコルのことを話し始めた。
「オフクロが死んでから、俺はゴミを漁りながら生きてきた。親戚もいなかったし、孤児院の場所も分からなかった。あの時の俺は無知だった。でも……そんな時俺の前に現れたのが、ニコルだった。」
グリムは目を細め、懐かしき日々を思い浮かべた。
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『ボウズ、お前名前は?』
『……グラハム。』
『グラハムか。俺は……ニコルだ。』
ニコルは当時の俺と同じで
ニコルは俺に色んなことを教えてくれた。喧嘩のやり方とか、金を稼ぐコツとか、美味い残飯の見つけ方とか……
でも、一番記憶に残ってるのは……
『グリム。』
『えっ?それ……俺のこと?』
『ああ。グラハムより、こっちの方がカッコいいだろ?』
『グリム……うんっ!!』
俺を「グリム」って呼んで名付けてくれたのもニコルだった。
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「……じゃあ、ニコルさんはグリムくんの名付け親なんですね。」
「まあな。……なんか、今日の俺けっこう喋るな。」
「人に歴史あり、です。」
苦笑いを浮かべるグリムに、ヨルは笑いかけた。しかし、すぐにしどろもどろと迷う様な顔になり、グリムに尋ねた。
「あの……形見って言いましたよね?それって……」
「……ああ、死んだよ。俺が10歳の時にな。」
そう言ったグリムはどこか遠くを見つめていた。さらにグリムは続けて語り始めた。
「その時俺は、自分の父親がドノバンって奴だってことを知って……怒ってた。オフクロが死んだのはアイツのせいだからな……俺は復讐しようと思った。でも、ニコルは止めようとした。俺はニコルの静止を振り切って、武器になるものをかき集めた。そして……ドノバンの奴の家に殴り込もうと思ったその時……ニコルが死んだことを、聞かされた。」
遠くを見つめていたグリムの目が暗くなり、俯いた。
そんなグリムを見て、失礼だとは思いつつもさらに尋ねた。
「どうして……亡くなったんですか?」
「……交通事故だって聞いた。多分、俺の後を追いかけた時に……轢かれたんだろうな。」
テンションの落ちた声で呟くグリムの目を、ヨルはじっと見つめた。
「一回は復讐するのやめようと思った。でも…結局怨みは消えず、6年間機会を待った。……そこでアンタらと出会ったワケだ。」
グリムの目は、涙こそ出なかったが、今にも泣きそうなほど瞳が震えていた。
おそらくグリムはこう思っている。ニコルは自分のせいで死んだ…と。自分が復讐に躍起にならなければ、ニコルは死なずに済んだかもしれないと思っている……
そう考えたヨルは、両手を広げた。
「グリムくん、だっこしてあげます♪」
「……はいっ!!?」
言われた途端、グリムは顔を真っ赤に染めた。同時に昨日抱きしめられた時の、ヨルの胸の感触を思い出してしまった。
「グリムくんはいつも頑張ってますから、ご褒美です♪」
「お、俺は別に頑張ってなんかねぇよ!!」
つい大声を上げたグリム。その大声に周りの者達が何人かこちらを見てきた。
噴水広場から話しながら移動し、二人は近くの喫茶店を訪れた。テラス席に座っていたため、街を歩く街人にも見られていた。
しかし、ヨルは周りの視線など気にせず話を続けた。
「いいえ、グリムくんは頑張り屋さんです!それに、とっても気遣いが出来る子です。シエルちゃんがまだ私のお腹の中にいた時……よく気遣ってくれましたよね?」
ヨルは自分の腹を撫でながら言った。
「私が出かける度に一緒について来てくれたり、重いものを率先して持ってくれたり……」
「そ、それはアンタが危なっかしいからだろ!腹に子どもいるのに、20キロ近くある食料持とうするし!……放っておけねぇっての……」
「フフッ……ありがとう、グリムくん。」
ヨルは笑顔を浮かべた。その笑顔を見て、グリムの胸は高鳴った。それと同時に、こうも思った。
「ヨル先輩はズルい」
太陽のように眩しくて思わずこっちも笑みがこぼれそうになる。だが、今のグリムにとって、この笑顔ほど苦しいものはなかった。
どんなに欲しくても、どんなに手を伸ばしても届かない高嶺の花……それが分かっているが故に胸が苦しくなる。
そんな自分の気持ちを、相手は気づいていない。
「それから……これは店長から聞いたんですけど、グリムくん……月に一度、私に送金してくれているんですよね?」
(あの褐色ジジイ……!!言うなって言ったのに……!!)
ヨルの言った通り、グリムは自分の給料の一部をヨルの口座に送金していた。
フォージャー家は貯金があるとはいえ、これから先、金は入り用になる。以前と比べれば収入は減っていると思ったグリムは少しでもフォージャー家が楽になればと思い、送金を始めたのだ。
「べ、別にいいだろ……どうせ俺が金持ってても食い物に使うだけだし……」
「グリムくん……どうして、そんなに私に良くしてくれるんですか?」
痛いところを突かれた、とグリムは思った。
理由はもちろん決まっている。グリムは言うなら今しかないと思った。
「そ、それは……お、俺は……!」
ヨルが心配そうに見つめる中、グリムはゆっくり、一言ずつ唾を飲みながら絞り出す。
「俺……!ヨル、先輩の……ことが……!!」
続けて「好きだ!」と言おうとした……その瞬間、キキーッ!という激しいブレーキ音とともに1台の車が二人の前に止まった。
「キャッ!?」
「な、なんだよ!?」
せっかく勇気を出して告白をしているところに突然の乱入者。グリムは思わず怒鳴り声を上げるところだったが……その時ガチャッとドアが開き、車を運転していた男が姿を現した。
「………ッ!!!」
その瞬間、グリムは息を飲んだ。目の前に現れたその男は、グリムがよく知る男だった。
「なんで……なんでアンタが、ここにいんだよ……?死んだって……死んだって聞いたのに……」
忘れるはずのない、その姿……自分が父のように慕っていた男……「グリム」という呼び名をくれた男……
「ニコル……!!?」
「久しぶりだな、グリム……」
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「なに?病院を辞めた?」
「はい。」
一方そのころ、喫茶シオンでは、ロイドは店の仕事をしながらフィオナの話を聞いていた。
聞いたところによると、フィオナは勤めていたバーリント総合病院を辞めたのだという。
「元々、任務中の先輩をサポートするために入っただけですから。」
「そうか……これからどうするんだ?」
ロイドが尋ねると、フィオナは途端に頬を赤く染めた。
「し……しばらくは、あ…あのバカと過ごしてやろうと思って……」
フィオナはそう言いながら、照れ隠しなのか髪をいじり始めた。それを見て微笑ましく思ったのか、ロイドはフッと笑った。
「結婚はいつになるんだ?」
「け!?けけけ……結婚……!!まだ、そこまで行ってませんから……」
婚約指輪を買っておきながら何を……と思いながら、ロイドはまたフッと笑った。と、その時……
「勘弁してくれ……」
フィオナの隣で、落ち込むような暗い声を出す女性がいた。見れば、そこにはシルヴィアがいた。
「ち、長官!?」
(いつからそこに……!?)
「よば……フィオナ……結婚は勘弁してくれ……」
フィオナのコードネームを言いかけながら、シルヴィアは俯きながらフィオナの肩を掴んだ。
「ウチはただでさえ人手不足なんだ……それをお前、結婚して子どもなんて作って育休なんか取ってみろ……人手が……」
シルヴィアはますます落ち込み、テーブルに顔を押しつけた。
ロイドが実質引退し、「WISE」は人手が足りなくなってきていた。その上フィオナが寿引退などしてしまえば、組織にとっては痛手になる。
それを憂いて、シルヴィアは深いため息をついた。
と、その時だった。
「嘆くことはありませんよ、長官……いえ、シルヴィアさん。」
若い男の声が聞こえてきた。振り向くと、そこには「WISE」のスパイであるロイド達がよく知る男がいた。
「ほ、法条……!!」
現れたのは、同じく「WISE」のスパイ、法条。違反を起こして東洋の地に左遷されたが、今ロイド達の目の前にいる。
「どうしてお前が……!?」
「フッ、私は優秀なんですよ。それにしても……ここなあなたの店ですか。」
法条はフッと笑うと、店の中を品定めするような目で見回した。見終わると、ロイドの方を見てまたフッと笑った。
「ずいぶんチャチで地味な店ですね。まぁ、今のあなたにはお似合いでしょう。」
「……減らず口は相変わらずだな。」
悪態をつく法条を見て、ロイドは怒るよりも先に笑いが起きた。可笑しくて笑ったのではなく、久々に見る法条の姿に懐かしさを覚えて笑ったのだ。
「それはそれとして……シルヴィアさん、私はあなたに関して面白い情報を手に入れまして……『
「!!」
黒夢……その名前を聞いた途端、シルヴィアは目を見開いた。
「……それをどこで知った?」
「資料室の奥で古い書類を見つけましてね……『オペレーション
「待て!」
法条のセリフを遮るように、ロイドが声を上げた。
「それじゃあまるで……」
「そうです。あなたが担当していた、『オペレーション
声には出さなかったが、ロイドは驚いていた。まさか、自分が担当していたミッションに前身が存在していたとは思ってもみなかった。
しかし、同時に疑問も浮かんだ。重要な任務なら、何故今まで誰にも知られなかったのだろうか。まるで歴史の闇に沈んでいくかのように、今の今まで明かされなかったのは何故なのか……
すると、法条は続けて言った。
「黒夢は任務中、偽名を使っていました。名前はニコラス・ハワード。ニコル、という愛称で呼ばれていました。」
運命の歯車は、回り始めた……
おまけ「グリムの食生活 その3」
「本業の仕事終わった後に晩飯を食うんだ。この前は……ステーキ食ったな。20枚。」
「ピザより少ないけど・・・」
「この数に違和感がなくなってしまった自分が怖いな……」
「でも、ステーキってセットで来るだろ?パンとかサラダとセットで。肉だけだったら30枚はいけるぜ?」
30枚……その数字にロイド達は立ち眩みすら覚えた。無尽蔵とも呼べるグリムの食欲に驚愕した。しかし、同時に違和感もあった。
「でも・・・毎日そんな食生活してたら金が持たないんじゃないか?」
「ああ、それか。でもそんな金掛かってないぜ?朝食のパンは近所のパン屋から期限切れの奴をただ同然で買ってるし、昼飯は基本この店の賄いで金掛かんないし……外食の金は『ガーデン』の経費で落ちるし。」
そう言ったグリムだったが、本人は知らなかった。自身の給料よりも、毎日経費で落としている食事代の方が高いことを……
「グリム君……頼むから暴飲暴食は控えてください……」
「ガーデン」の店長は日々送られてくるレシートに頭を抱え、胃に穴が開く思いだったという・・・・
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グリムの制作秘話2
グリムのモチーフは二通りあります。最初期のイキッてた頃は「ブレンパワード」の敵キャラ「ジョナサン・グレーン」です。プロットではメリンダとの会話シーンもあって、その時にジョナサンを強く意識したセリフもありました。
仲間になって以降は「ゲッターロボアーク」の主人公「流 拓馬」がモチーフになってます。
声のイメージは同じく「流 拓馬」の声を務めた内田雄馬氏です。