「────ああ、そうか。オレはどうやら、こういう時が来たらこうなってしまうらしい」
「理性は止めろと言うのに、気持ちが止まってはくれない」
「だから、どうか、どうかお願いだ」
「頼むから、このオレを止めてくれ────」
「……ああ、クソ。夢か」
テントの中、潜り込んでいた寝袋で目を覚ます。
湯たんぽ代わりに一緒に入っていたニンフィアは、まだまだおねむらしい。
起こさない様にゆっくりと寝袋を出てから、モンスターボールに入れてやる。
テントを出て外を見れば薄明るくなっており、夜明けを迎えた様だ。
しばらくぶりに、あの日の夢を見た。
見たくもない夢だが、きっと昨日ポケモンバトルをしたあの学生のせいだろう。
強い相手と戦った日は、大体この夢を見る。見てしまう。
あのネモという名前の生徒は、本当に強かった。
オレがまだ講習を受けていないので使えないテラスタルはなし。加えて1vs1という縛りでのバトルだったが、チャンピオンクラスというのも納得の練度だった。
最終的には両者相打ちで引き分けだったが、あれでお互いに本気を出してのバトルになったら、正直勝てるかどうか……。
姐さんたち、チャンピオンというトップクラスのトレーナーたちに劣らない強さだった。
とは言え、まだまだ若い……というより幼い。
まだ経験不足な面が見える、といった印象だったな。
それも数年で埋まってしまうだろうが。
「……あれは才能なのか、それとも執念と言うべきか」
気分を変えるために電子タバコを咥え、蒸気を肺に入れる。
最近のお気に入りである、アマカジの汗から作られた甘いフレーバーが心地良い。
カセットコンロでお湯を沸かしながら景色を眺める。
薄っすらと明るくなってきた平原を、日中に活動するポケモンたちが動き始めていた。
あの黄色と黒の2色は、キリンリキか?
リッシ湖のあたりやジョウト地方でも見かけたが、この地方にもいたか。
……リッシ湖のあたりにはいなかったはずなんだけどなぁ。時代の流れって奴だよなぁ。
そういえば時代の流れで思い出したが、最近になってキリンリキの進化が見つかったらしいな。
実は進化したんだな、あのポケモン……。
などと考えていると、お湯が沸いたので珈琲を淹れる。
別に拘りはないので、インスタントの粉をそのまま溶かして飲む程度だが────
「……ああ、美味いな」
────この景色を肴に飲むだけで、どんな高級な豆の珈琲に勝る味に感じる。
……いや、肴って言うと酒っぽく感じるな。
ピクニックの文化が主体のこのパルデア地方だが、オレはガラル地方にいた頃から使っているテントでキャンプだ。
調査している遺跡の傍で野営をすることが多いので、このスタイルが一番になって来た。
一時期はカンムリ雪原で野営をし続けていた事もあるから、寒さ対策もバッチリだしな。
さて、今日はこの後はどうするか……。
今日は完全にオフにして、どこかの町で風呂に入りつつ、飯にするかな?
ここから近い所だと……マリナードタウンか。
「よし、これ飲んだら行くかぁ」
海に面した町、マリナードタウン。
きっと魚介が美味いはずだ。期待しよう。
「思った通りだったわ」
魚介が美味いはず。そう思って来たが、大正解だった。
アクアパッツァを頼んだら、滅茶苦茶に美味い。
魚の出汁が超出てる。
これはもう昼どころかまだ朝だけど、アルコールが欲しくなってしまうな。
……良いよね?今日完全にオフの予定だし、良いよね?
アルコールのメニューを確認すると……ああ、そうか。
土地柄ワインやビールが多く、サケはないか……。
完全にサケの気分だったんだがな……。
仕方ない……妥協しても良かったが、ここはアルコールはなしにしよう。
日中から酔うもんでもないしな。
代わりに電子タバコで食後の一服といこう。
……しかしまだ昼にもなっていない。
この後マジでどうしよう。
これが一般なら「じゃあ、久しぶりにポケモンとピクニックしよう!」となるのだろうが、オレの場合は日常でキャンプなのでそうはならない。
休日にやる事が何もないって、シンプルに嫌だな……。
どこかに遊びに行こうにも、パルデア地方には来たばかりで誘う友達とかもいないしな。
1人で散策……?無しではないが、今の気分とは何か違う。
急募、友達のいない独り身男性の休日の過ごし方。
などと益体もない事を考えても、この後の予定が空っぽなのは変わりはない。
とりあえずスマホロトムでマップを開き、次の行き先を考える。
……ジムバトルはやるつもりないしなぁ。
これが5年前とかなら、まだ「よっしゃ!ジム制覇だ!」ってなったんだが、今はもう違うなぁ……。
あー、テーブルシティの職員寮に一度戻って、ダラダラするとか?
いや、違うな。折角だから、アカデミーのデカい図書館で本読んでみるか。
あの蔵書量だ。何かしら面白い本があるかもしれん。
……オフなのにちょっと仕事に関連するけど、まあ良いだろう。
そうと決まれば、善は急げだ。
まずは勘定を済ませたら、町の外へ。
モンスターボールを取り出し、ポケモンを出す。
「おいで、プテラ。テーブルシティまでそらをとぶだ」
「ギャウ!」
呼び出したプテラの背中に乗ると、頷き一つでその翼を羽ばたかせる。
すぐにかなりの高度まで舞い上がり、滑る様に空を飛んでいく。
眼下に広がる景色も、雲もみるみる後方へと流れていくのが楽しく、風が気持ち良い。
「…………………………」
そして何もかもを置き去りにする感覚に、少しばかりの寂しさを抱く。
が、そんな寂しさを感じた時には、もうアカデミーの特徴的な建物が見えて来た。
正門前に降り立ち、プテラをモンスターボールに戻す。
さて、何気に初めて利用する、世界規模で大きい学院の図書館。
どんな本があるだろうか?
分かっていた事だが、図書館には大量の蔵書があった。
正直一生かかっても読み切れるか分からんし、ついでに言うとなんでか分からんが本が分類纏まっておらず、雑誌のバックナンバーがあっちこっちに飛んでいるしなんだこれ……。
司書とかいないのだろうか。いても限界はあるんだろうなぁ……。
これたぶんだけど、生徒たちが戻すところ適当な場所にしてるってのもありそうだし。
「……ん?」
本棚の前をうろついていると、見覚えのある本を見つけた。
『ガラルの歴史』……これソニアちゃんの本だな。
友人の書いた本がこんな所にもあるとは、何とも感慨深い。
これ書く時、ソニアちゃん頑張ってたなぁ。
写真を撮って、スマホロトムでソニアちゃんに送信っと。
文章は「オレンジアカデミーで発見!」で良いだろう。
懐かしい思い出に浸った所で、中身は読まずにスルーする。
だってオレ、この本の初版本を著者サイン付きで持ってるし、読んでるし。なんなら今背負ってる鞄の中に入っているし。
というわけで、更に本棚の前を移動する。
すると、赤……というより緋色の本を1階で見つけた。
目立つ装丁だが、タイトルは……『スカーレットブック』?
見た目とタイトルそのままだな。
内容は……ほう?200年前のエリアゼロ探検記だと。
結構貴重な資料じゃないか、これ?
なになに?この挿絵のポケモンは……ドンファンか?いや、でもドンファンの牙はここまで大きくはないしな。
書かれた名前は……イダイナキバ。エリアゼロという限定的な地域における、リージョンフォームか?
それか道具などのなんらかの条件を満たす事で現れる、現在知られていない次なる進化……?
確証は何もないから、なんとでも考えられてしまうな……。
しかもこいつに致命傷の人間も出されているのか。
……ああ、思い出す。
オレを襲って来た、あの日のマスキッパ……!!
「いかんいかん」
軽く頭を振って、忌まわしい記憶を追い出す。
おのれあの日のマスキッパ。今度シンオウ地方に行く機会があれば、その時こそマスキッパ根絶やし計画を……いや、普通にダメだな。
この計画は破棄しよう。
「あ!エゾマ先生だ!」
などといらん思考を飛ばしつつ本を読んでいると、昨日聞いたばかりの声がかけられる。
振り向くと、そこにはネモがいた。
オレは先生ではないが、まあ生徒からすれば誤差の範囲みたいなものだろう。
「はいはい、なんでしょな?」
「先生!バトルしよう!」
「昨日したばかりで!?」
子供は元気だな……いや、この子が変わってるのか?
現に周りの生徒たちが、ちょっとこの近くを離れ始めてるし。
これ強い敵が近くに来た野生のポケモンたちの動きなのよ。
「ダメですか……?」
「うーん……」
この子と戦うと、また今晩あの夢を見そうなんだよな……。
いや、悪夢ではないんだけど、自分という人間の悪い部分を鏡で見せられてる感じがして嫌なわけで。
「まあ、オーケーですよ。今日はオフですしね」
「本当ですか!やったー!」
……まあ、子供のためだ。
オレが見たくない夢を見るくらいは、諦めてやろう。
笑顔で喜ぶネモの頭を、軽くポンポンとしながら校庭へ向かいつつ、オレはそんな事を思った。