ヒスイにいたボクへ、パルデアにいるオレより   作:逸環

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9話:手

「だーかーらー!我々考古学者に限らず、学問に携わる人間は最大限の倫理観と良識をもって善しとすべきでしょうよ!」

「だけど気になるだろう!?好奇心が止まらんだろう!?」

「止まるわ!厄災ポケモン復活なんて、好奇心も止まるっつーの!」

「だが実際、杭を抜くだけで良いんだぞ!?」

「ダーメーでーすーぅ!絶対にダメ!」

 

歓迎会終了後、厄災ポケモンの取り扱い……復活の是非について侃侃諤諤となったレホール先生を伴っての2軒目。

歓迎会は、厄介な学者とのサシ飲みにフェーズが移ってしまった。

違う、こんな予定ではなかった。違うんだ……。

男どもで2軒目の予定だったのに、迷わずオレを切り捨てて逃げやがってアイツら……!

 

「くそぅ……!意地でも意志が変わらんか……!」

「変わってたまるか」

 

かつて国を滅ぼした厄災のポケモン復活とか、何が起こるか分からねえんだぞ。

杭を抜いたらパルデア地方が滅びました!……なんてのは、笑い話にもならん。

 

「ミカルゲ程度のものかもしれないだろう?」

「ミカルゲに国を滅ぼした伝承はねえ。比較対象外だ」

「誤魔化せんか……」

「誤魔化されてたまるか」

 

ちなみに入った店は個室の飲み屋。

ここなら多少大声を出しても、と言うかヤバい内容の会話でも問題はないだろう。

パルデア地方では数少ない、サケも出してくれる店なのが更に高得点。

ありがとう、クラベル校長。この店を教えてくれて。

 

でも、できればこの状況そのものから助けて欲しかったな……。

 

「はーい、厄災ポケモンの事は酒で忘れましょうねー」

「うぐぐ……ここは引き下がるが、ワタシは諦めんからな……」

「諦めろよ」

 

マジのやらかしになるから。

それやると人里離れた土地で隠れ潜む、潜伏生活の始まりになるから。

とりあえずタッチパネルを操作し、追加のサケとワインを注文する。

白身の刺身もあるので、白ワインにしておこう。

 

「エゾマ先生はまだ若いが、アルコールには堪能なのか?」

「いや、シンオウ地方は比較的寒い所だから、酒を腹に入れるのが一番体が温まるからよく飲んでただけで……」

「26歳で達する場所ではないだろう、それ。他にも暖を取る方法はいくらでもあるだろうに」

 

しかもオレの場合、成人してからシンオウ地方に行った事なんて、実は数える程度しかないけどな。

姐さんに拾われる前は、それこそ冬場の暖として辛いクラボのみを漬けながらよく飲んだもんだが。

辛いから子供の頃は苦手だったけど、この歳だと美味しく飲めるようになってしまった。

これが成長というものか。

 

「レホール先生は?」

「む?」

「酒が好きかって」

「ああ、勿論だな。決して強いとは言えないが、アルコールは歴史そのものだ。当然好んでいる」

「そういう理由でか……ああ、店員さんありがとうございます」

 

店員さんが持って来てくれた徳利を自分に、グラスの白ワインをレホール先生に渡す。

久しぶりの燗酒が胃に沁みるぜ……。

さて、肴の追加を頼むか。

肉は1軒目で食べたしなぁ。魚……刺身は既にある。

ふーむ、悩ましい。

 

「貝類はどうだ?」

「ああ、採用」

 

悩んでいたら、レホール先生の鶴の一声で決める事が出来た。

タッチパネルで適当に貝のフライをポチポチと。

 

ふと、目の前の女の顔を見てみる。

やはり美人なんだが、これで倫理観がもっと備わっていれば……。

 

「今、人の顔を見て失礼な事を考えなかったか?」

「謝罪は土下座で良いか?」

「本当に考えていたのか……」

 

ジト目でこちらを見てくるので、いつでも土下座をできるように準備をしておく。

女を怒らせたとき、一番良い手は土下座と勢いで有耶無耶にすることだ。

解決しようとするんじゃない。有耶無耶にするのが一番なんだ。

オレはそれをよく知っている。知りたくはなかったが。

 

「そういえば、初めての講義の時に言っていたが、エゾマ先生には恋人とかはいないらしいな?」

「ああ、それね。いたらこんな好き勝手できないからねぇ。レホール先生は?」

「ワタシもいないな」

「モテそうなのに」

「ワタシ自身が必要と感じないというのと、少し話しただけで向こうから去っていってな」

「ハッハッハ、だろうな」

「謝罪は土下座で良いぞ」

「失礼を申し、誠にすいませんでした……!」

 

即座に椅子の上で土下座となり、謝罪する。

プライドなどない……!笑いたければ笑え……!

 

 

 

「……まあ、少しばかり話を戻すとして、これは学者に限った話ではないんだが」

 

土下座の姿勢から座り直し、徐にお銚子を小皿の上に置いて彼は話を始める。

……そういえば、この2軒目に入って少ししてから、ワタシには敬語を使わなくなったなエゾマ先生。

心を許したのか、それとも「こいつには敬語を使わなくて良いや」と思われているのか……。

せめてその両方と思いたいが、それでも比重的には後者の方が大きそうなのが予想つくのが嫌だな。

 

「人間が何かをする原動力……レホール先生の好奇心、2000年前の皇帝の征服願望、亡国の王の収集欲。まあひっくるめて欲望だな。例に上がったもの以外にも、ありとあらゆるモノが欲望となり、人類を動かし続けて来た。発展のためにも、生存のためにも欲望は必要だ」

「……ああ、そうだな」

 

そうだ。好奇心は止まらない。

知りたい、知りたいんだ。

 

「だが、それにはラインがある。越えてはいけないラインだ。これを越えると、その時に待っているのはいつだってそう」

 

徳利からサケをお銚子に注ぎ、注ぎ、ついには表面に軽く盛り上がるまで注がれる。

その傾きは戻る事はなく────

 

「周囲を巻き込んだ破滅だ」

 

────下に敷かれた小皿へと溢れた。

まるでそれは、分水嶺を越えてしまった末路を示すかのように。

確かに、それは恐れるべき事だろう。

だが、ワタシには1つ気になることができた。

()だ。それを語る彼の眼に灯る、後悔の念。

気になった事は、確かめねばならない。

 

「……エゾマ先生、貴様にその経験が?」

「いや、ない。……正確には、そうなる寸前で止めてもらえた」

 

寸前。つまり彼は、越えるその瀬戸際に立った事があるのか。

それがいったいどこまでギリギリのラインで、いったい何をしようとしたのか。

お銚子のサケを飲み、小皿に溢れた分も飲む姿は、その言葉も飲み干そうとしている様に見えてしまう。

 

「……だから、まあ。危ない橋を渡るのはやめておくと良い。欲望は大事だが、止められる事のない欲望はロクなもんじゃない」

「……ああ、そうだな」

 

確かに、彼の言う事は正しい。

藪を突いてハブネークを出してしまっては仕方がない。

いや、ワタシ1人の被害で済むなら、後の世の笑い話になるが、また国が滅びるとなれば笑い話にもならない。

……だが、そうだな。

 

「なら、貴様がその小皿になってくれれば良い」

「……うん?」

 

ワタシの言葉に、今まさに置こうとした小皿を見る彼。

そう、その小皿だ。

溢れた酒を受け止めた、それだ。

 

「越えては行けないラインを越えた時のセーフティ。それがあれば大丈夫だろう?」

「……そう来たか」

 

しくじったな……。そう言いながら、彼は電子タバコを取り出す。

アマカジの汗と同じ、甘い匂いだ。

彼が近くにいると、この匂いがよくする。

 

「国を滅ぼした厄災……そうは言ってもポケモンだ。過去30年という極めて最近の話でも、伝説クラスのポケモンたちの捕獲例もある。それはシンオウ地方でもそうだろう?」

「……空間を操るとされるパルキアが、15年くらい前に今のチャンピオンにゲットされているな。なんなら、彼の切り札の一角としてバトルに出てくる事もある」

 

パルキア。かの有名な伝説のポケモンだ。

彼の最初の講義でも、アルセウスが生み出した最初のポケモンとして紹介されていた。

その存在には、ワタシも非常に興味がある。

今はワタシの興味は関係ないのだが、その伝説といっそ神の権能とも言える力を持ったポケモンが、1人のポケモントレーナーに捕獲され、手持ちにいるという事実こそが最大級に関係がある。

 

「そう、だから厄災ポケモンたちも、強いポケモントレーナーがいれば封印から解放しても捕獲し、研究し、対策が講じれるだろう?」

「理屈の上ではなぁ……。だけど、それこそこの地方で言うチャンピオンランクのポケモントレーナーの協力者なんて、どうやって探すんだ?」

 

……まったく、この人は何を言っているんだ?

ワタシが知らないとでも思っているのか?

 

「エゾマ先生、貴様自身がそうだろう?……シンオウ地方の殿堂入り記録を見たよ。その中に、貴様の名前もあった」

「……一度だけだ。まさしくポケモントレーナーとしての、最もギラついていた頃に調子に乗ってな。今はそこまでギラギラしてないし、ここ2〜3年で全盛期は過ぎつつある」

 

嘘だ。彼は今、嘘を言った。

証拠はない。しかし、直感で分かった。

女の勘は当たるのだ。

だが、どこが嘘だった?

……いや、今はそれは関係ないな。

 

「だが、今でもチャンピオンクラスの実力はあるだろう?……シロナの内弟子なのだから、そうすぐに錆び付く腕ではないはずだ」

「……微妙に否定しづらい言い方をされたな。ああ、そう言ってしまえばそうなる」

「では、大丈夫だな。……実は、厄災ポケモンを解放したいのには、ワタシの好奇心以外にももう1つ理由があるんだ」

「理由?」

 

彼が首を傾げる。

さてはこの男、ワタシの事をやばい女だと思っているな……?

 

「先ほど言ったな。杭を抜くだけで厄災ポケモンを解放できると」

「うん、そうだな」

「心無い誰かでも、それは同じなんだ」

「あー……なるほど」

「記憶に新しいのは、3年前のガラル地方で起きたブラックナイト事件におけるムゲンダイナだな」

「……ああ、確かに」

 

エゾマ先生は確か、その頃は丁度ガラル地方にいたという。

だからその事件を実際に目撃したかはともかくとして、ワタシなどよりも余程その脅威を実感しているはずだ。

 

「それの再来となってしまう前に、先に確保しておきたいというのもあるわけだ」

「リスクコントロール、ねぇ……」

 

まあ、実際の所の本音としては、ワタシの好奇心がメインなのだが、エゾマ先生にはこういう理由付けの方が効くだろう。

この短い期間でだが、彼が理性的で善性の人物であるというのは何となくは分かった。

それならば、その理性と善性に訴えかけるのが良いだろう。

 

「……分かった。そういう事ならば仕方ない。確かに、誰でも解放できてしまうのに放置して、取り返しのつかない事になっても事が事だ」

「おお!つまり!」

「協力しよう、レホール先生」

「感謝するよ、エゾマ先生」

 

ウッヒョー!これで厄災ポケモンを解放して、研究できる!

知的好奇心が止まらんぞ!!

 

……おっと、いけないいけない。

ここで好奇心を前面に押し出してはいけない。

落ち着け、落ち着くんだワタシ。

 

「ただし、条件が一つ」

「条件?」

 

エゾマ先生が人差し指を立てる。

条件とはいったい?金か?それともワタシか?

自分で言うのもなんだが、ワタシは人から好ましいと思われる容姿をしているという自覚はある。

彼も男だ。それを条件とする事もあるだろう。

 

「ちゃんと事前にクラベル校長に相談して、正式に研究チームを発足する事」

「……そう来たか」

「面倒な企画書の作成、人員と予算の確保は頼んだ!クラベル校長の説得くらいは手伝うから!」

 

極めて真っ当な条件を出されてしまった……。

それを言われてしまったら、頷くしかない。

非常に面倒な事務実務が全てワタシの分担になったが、仕方がない。

 

「わかった。それじゃあよろしく頼むよ」

「はいはい、オレの方もよろしく」

 

握手をして、契約を締結させる。

これでワタシたちは、協力関係だ。

 

 

ニッ、と笑ってワタシの手を握る彼の手。

その手はゴツゴツとして、傷だらけで、ボロボロで。

しかし温もりのある、暖かい手だった。

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