ブラック・ブレットー暗殺生業晴らし人ー 作:バロックス(駄犬
「わーい牛丼だ! 牛丼だ!」
夜の八時、店の中で嬉々として箸を片手に持つ少女がいる。 七海静香のものだ。
空腹の夏世を満足させるために、八洲許は七海と連絡を取り、三人は外食をすることに。やって来たのは東京エリアなら数百以上はあるであろう某牛丼のチェーン店だ。
「はしゃぐな七海。 一緒に来てる夏世『ちゃん』に迷惑だろ」
複数人で座れる長椅子に腰を置いている八洲許は、ずっと静かなままの夏世の事を気にしてか、口元に人差指を立てた。向かいに座っている二人の内、夏世は手を振ってそれを否定する。
「あまり気にしないでください。 私は大丈夫ですから」
「そうもいかん。 店に入ったからには、それ相応のマナーを客は守らなきゃならん」
腕を組んで言う八洲許の言葉を理解した七海はゆっくりと持っていた箸をテーブルの上に置くと、こほん、と咳をした。
「ご、ごめん勇次、気をつけるよ・・・夏世ちゃんもごめんね?」
笑ってそういう彼女に夏世は小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。 私も、初の牛丼屋に来たためか、いささか緊張しているようです」
「緊張って・・・この店に来た事ないの? 他の地区に行けば取り敢えず目に止まるのに」
不思議そうに聞く七海に夏世は、まぁ、と曖昧に答える。 プロモーターである伊熊将監にすらこういう場所にはあまり連れてきて貰ったことはない。 食事は基本会社か自宅のみである理由は、自分が『呪われた子供』であるということが露見したときの事を考えてか。
最初は八洲許の外食に戸惑った夏世ではあったのだが、彼の『目が紅くならなきゃバレねぇだろ』という一言にやって来たのはいいものの、周りには一般人もいる訳でもしバレたらの事を考えると萎縮してしまうのはしかたあるまい。
だがその緊張も時間がどうにかしてくれたらしく、次第に周りの視線も気にならなくなってきた。
「さぁ夏世ちゃん、遠慮なく頼むのです。 勇次は太っ腹だから、一番高い奴でも勇次は何でも買っちゃえるからッ」
おうとも、と七海が調子よく言うと八洲許は胸を叩いて言ってみせた。
「ガキはあんま我慢しねぇで食え。 二人分の食費は大人の財力でどうにでもなる・・・刑事(デカ)なめんな」
遠慮なく食え、そう言って、八洲許たちのテーブルに注文していた牛丼が運ばれてくる。
お盆の上に乗せられた丼、そして白米を肉が覆い隠し、味わいを感じさせるようなその香ばしいニオイに夏世は思わず喉を鳴らした。
・・・よろしいのでしょうか。
と心の中でそう確認したのは、八洲許の許可が降りるかどうかという『指示』を待っていたからだ。だが、隣に居た七海が笑顔で、どうぞどうぞ、と手を差し出すジェスチャーを見て、夏世は箸を手に取り、その肉を口に運んだ。
「~~~~~~ッッッ!?」
甘い汁と共に炒められたであろう牛肉が舌を刺激する。米を口に運べば、汁と玉ねぎの甘さも相まって、これもまた絶妙な味を作り出す。
『うまい』
その一言に尽きる。 たかだか並盛り、400円程度の商品・・・夏世は軽んじていた。 世には安くとも、最高に美味い物があるのだと。
「どう夏世ちゃん、これがパワーアップ期間を乗り越えたこの店の姿だよ!」
「パワーアップ・・・期間?」
同じくしてチーズが乗っかっている牛丼を頬ぼる七海に夏世が疑問形で答えて、七海が意気揚々と説明する。
「なんでもこの店、『パワーアップしたら帰ってきます』っていう張り紙出してから営業やめてたんだって。でも去年くらいから24時間営業も復活しててさ、店長もマッチョになって従業員さんも増えて店も繁盛したからこれは間違いなくパワーアップ成功だよね!!」
傍にあったお冷を呑み干して彼女はついでに言うのだ。
「ちなみにパワーアップに失敗したお店は更地かただの駐車場になるよ!!」
・・・それはただ単に従業員不足による深夜の営業が出来なくなっただけでは?
内心でツッコミを入れている夏世だった。ガストレア大戦以降が終わって十年、まだ世界は平和なのかもしれない。
「しかしまぁ、夏世ちゃんの災難だねぇ。 お兄さんがお仕事で数日出張で面倒見れないから、知り合いの勇次に世話を任されたんだっけ?」
「ええ」
夏世と八洲許は七海に対して隠している事がそれはこの千寿夏世がイニシエーターであること、そして伊熊将監が、彼女のプロモーターであるということだ。
伊熊将監は八洲許の知り合いで、数日の出張で遠出になり、その間に夏世を任されたという設定になっている。
夏世にとって身分を隠す理由は簡単で、一般人である七海に対して『呪われた子供』という事実は酷く混乱を招くかもしれない・・これは八洲許と夏世が同意した事である。
一応、八洲許は将監と話をつけておいたらしいが、ひたすら睨みつけられて唾を吐かれた後に『好きにしろ』言ったらしい。自分の相棒をそう簡単に他人に任せるのはどうなのだろうか、と思ったりする八洲許だが自身も仕事を終えて空腹だ。 牛丼を胃に掻き込む事にする。
牛丼を食している間にもう食べ終えた七海が口を開いた。
「でさ? 夏世ちゃんはご飯が終わったらどうするの? おうちに親御さんいるんだっけ?」
「いえ、将監さんとの二人暮らしなので帰ってくるまでは一人です」
そうなんだ、と少しの間を開けて何か閃いたように笑みを浮かべると彼女は夏世と向き合い、
「だったら私の家に泊まってったら?」
その言葉を聞いた八洲許が食べていた牛丼を喉に詰まらせた。 数度咳き込み、慌てて夏世に差し出されたコップを受け取ると喉に詰まった異物を押し込むように水を飲み込む。
「おいッ 勝手に決めんなッ」
異物が消えてスッキリした八洲許は抑え目ながらもはっきりとした口調で怒鳴る。 対して七海はそっぽを向くように視線をワザと合わせないようにしながら、
「この辺は多いんだよねぇ~ 幼い少女を襲う変態ロリコンが。 ハイエースされてゆくへ不明とかよくある地区なんだよ~ 帰り道一人でいる女の子をそんな危険な目に遭わせようっていうのかなぁ警察の人は」
余計な事をしてくれた、と八洲許は内心でそう思う。 その表の仕事の立場上の事を言われると従わざるを得ないじゃないか、と。
・・・一番困るのはお前なんだぞッ
その会話を聞いていた夏世がオロオロし始める。
「別にそこまで気を使っていただく必要は・・・私、一人でも帰れますし」
「いや、その考えはダメだよ。夏世ちゃん」
がしっ、と七海は夏世の手を掴んだ。
「人間、一人より二人、二人より三人の方がいいんだって。 私は夜一人で悲しく泣く夏世ちゃんを想像したら何もせずにはいられないんだよ」
「私は夜一人になったくらいで泣きはしませんが」
「素直じゃないねぇ夏世ちん」
「夏世ちん!?」
あだ名で呼ばれ始めたことに違和感を声に出した夏世だったが馬鹿にしてるといった感じは七海からは無かったので怒る気にはあまりなれない。
「ねぇ勇次ぃ、ダメかな」
間延びした声で七海は潤んだ瞳で八洲許を見つめると彼は頭を掻いて苛立つ気持ちを抑えて、
「仕方ねぇ・・・」
そう言った。それを聞いて、七海がワザとらしく口に三日月の笑みを作ってはしゃぐ。だがすぐに八洲許が鋭い目つきで七海を制した。
「ちゃんとこの子を家に上げる前に『お掃除』はやっておけ」
『お掃除』という合図のような言葉に夏世は首を傾げるが、七海はその意味を理解していたようで静かに首を縦に振ってみせた。
「というわけで夏世ちん、今晩は寝かせないよ。 友情を深める為に、朝までゲームしよう」
「は、はぁ・・・」
自分が『呪われた子』というのがバレてはいないのだが、見ず知らずの他人を簡単に家に上げる事に戸惑いを隠せなかった夏世ではあったが、七海の人を疑う事を知らぬその笑顔に脳内の疑問はどうでも良い程に消え去っていった。
・・・不思議な子だ。
夏世は小さくお辞儀して、八洲許家に厄介になる事が決まった。
●
八洲許勇次がこの後気にしていて仕方が無かったのは二つの事だった。一つは、これから夏世を自分の居るアパートに上げる事である。
この事に関しては問題は幾つかあった。何せ、七海と夏世はお互いが『呪われた子』と言う事を隠している。だがそれが一瞬でわかってしまう問題の種が自分のアパートにある事を知っている。
それはイニシエーター等に配られる抑制剤だ。七海に使っている抑制剤は民警ペアと同じものを使用しているので使い慣れた薬剤がなぜ普通の子供がいるはずのアパートにあるのかと夏世に問われたらもう終わりだ。ガストレア大戦で多くの後遺症を残した人達にとって、赤目の『呪われた子』はトラウマスイッチだ。 七海の正体がバレたとき、今の小学校には居られなくなるし、これまで親しかった周囲の人々からは差別と偏見による熱い手のひら返しが待っている。
また、この事情がバレてしまった時に八洲許もただでは済まない。もし、七海の正体がバレてしまうと『警察が呪わた子を匿っているぞ』と猛烈な批判が来るし、これまでのように商店街で買い物しよう物なら『赤目を庇うクソ野郎には何も買わせねぇ!』と言われるかもしれない。そして、もしかしたら『警察』というその職業すらも追い出され、辞職という形になるかもしれない。そうなると実家の嫁と伯母になんと言われるかは大抵想像できる。
―――――婿殿ッ 大役を仰せつかった職を辞めるとは、なんとも、なんとも情けない・・・この代々警察官の血筋を守ってきた八洲許家の一生の恥ッ!!歴代のご先祖様には合わせる顔がありませんッ 今回ばかりは愛想がつきましたよ、コノ種なしカボチャ!!
―――――あなた・・・私は今日限りであなたと夫婦の縁を切らせていただきます。
八洲許にとって、『裏稼業』と『七海の正体』がバレることは人生が終わると同じと言っていいだろう。
「はは・・・」
「どうしたんですか刑事さん」
苦笑する顔が夏世の目に映ったのだろう、心配していそうな目でこちらを見ている。八洲許は平常心を装いながら暗くなった夜空を見上げて、
「いやぁ、婿養子ってクソ辛いわ・・・って」
「婿養子・・・?」
何が何だかと言った表情で夏世は視線を前へと向けて、八洲許はため息を小さくついた。願わくば、このまま何事もなく終わってくれることを夜空の星に願いながら。
だが、その願い虚しくと言った所だろうか・・・その事をある程度察していた八洲許が突然とその歩みを止める。いわゆる、八洲許が気になっていたもう一つの事だ。
「どうしたの勇次? 痔でも再発した?」
とても十歳児とはかけ離れたそのセリフのセンスに八洲許は肩を落としながら表情を出来るだけ変えずに、
「お前ら、ちょっと先に家に帰ってろ。 お仕事で野暮用ができちまってな・・・署の方まで一回戻んなきゃならねぇ」
嘘なのだが、と八洲許は内心で付け加えた。 この先ほどから背筋を刺す冷たい殺気が自分だけに向けられている。そのいざこざにこの二人を巻き込むわけにはいかないと彼は悟ったのだ。まだ何も分からない少女二人の内、七海が笑って言うのだ。
「分かった勇次! これを機に屋根裏にある変な本と変なビデオ捨てろってことだね! 任せて!夏世ちんと二人で鑑賞して中身を吟味した後でジャッジメントを下したら即ボッシュートしてあげるから!!」
「おいざけんなッ!なんで場所知ってんだよお前・・・・ンな事はどうでもいいからさっさと行きやがれッ!!」
軽い怒声を飛ばした後、何も知らない七海は夏世の手を引きながら、わーい、と八洲許から逃げるようにダッシュ。それを見てるだけ幾らか心が和らいだ気がした。
●
二人の姿が見えなくなったのを確認した八洲許は周囲を警戒しながら、殺気を漂わせる裏路地の方へと移動していく。この通りはビルとビルを挟んで出来ている通りであり、昼では日があまり差し込まないし、それが夜ならば殆ど見えない。まるで『魔界道路』だの、振り返ったら無数の手が地獄へ引きずり込む『振り返ってはいけない小道』だのとあらぬ名前が付けられている。辛うじてその路地の向かいに存在する線路を走ってくる電車の光がその路地を照らす唯一の光だった。
「やぁ」
前へと進む八洲許に掛けられた声がある。八洲許は立ち止まると目の前に一人の男が笑みを作って立っているのが分かった。ただその笑みは、無機質な仮面によって作られた借り物の”笑み”だが。
辛うじて路地のネオンによる光から照らされたその姿は、一言で表すならば”マジシャン”だった。黒のシルクハットに白いマスケラ、タキシードというその姿は巷の人間が見れば誰もがそう思うだろう。だがマジシャンにしてはこれから手品を披露するとは思えないような殺気と狂気・・・それが自分に向けられているのだと八洲許は牛丼屋を出た辺りから知っていた。
「我が・・・友よ」
仮面の男は八洲許を迎い入れるように両の腕を広げてみせる。まるで再会を懐かしむような声色が八洲許にとっては気色悪いものでも何でもない言ったようだったのか小さく舌打ちをしてみせて言うのだ。
「久しぶりだな・・・蛭子影胤(ひるこ かげたね)ッ」
そう言えば、どこかのSSで影胤さんがひたすら蓮太郎に『私の嫁になるんだ』って誘うブッ飛んだSSがあったような・・・(個人的にかなり好き)
~ちょっとした小話~①
なんで八洲許勇次と七海静香がこの作品で生まれたか、八洲許勇次に関しては仕事人シリーズを見て、ブラック・ブレッドで暗殺者のオッサンを頑張らせようと思ったからでした。 ならばイニシエーター的なポジションで七海静香がどうして生まれたか、これは新・仕置人の第一話にて、主人公の家に突然やってきて主人公が飼うことになった野良犬をヒントにして七海静香が生まれました。モデルドッグもこれが由来だったり。
そしてなんで犬耳で髪が白になるの? これは個人的な趣味全開なのですが、偶然その時に見た『百花繚乱サムライブライド』のサムライブライドになった柳生十兵衛がイメージにピッタリだったから。 アレが犬か猫かさておき、イメージはあれが幼女サイズになった感じだと思ってます。
これなら暗殺時も姿形が変わってわからなくなる、とても便利ッ!! どうでもいいお話でした、また次回ッ。