ブラック・ブレットー暗殺生業晴らし人ー   作:バロックス(駄犬

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さて、必殺ではよくある光景「内輪揉め」です。


~仮面無用~⑤

 夜の八洲許の住む『山根荘』の103号室。居間のちゃぶ台を囲む人物が四人いた。テレビやラジオなどは一切つけられても居なければ、別に夜食をするという訳でもなく、料理などは存在はしていない。

 

「勇次はさぁ・・・」

 

静寂に包まれていた重々しい雰囲気の中、七海が呟いた。

 

「知ってたんだよね、夏世ちんが私たちと同じ『呪われた子供』だって」

 

時折睨みつけるような視線が目の前で鎮座している勇次に向けられて、彼は腕を組んで小さく頷く。だが彼は申し訳ないと言った素振りも見せず、

 

「お前の諸事情を隠すって言う事が如何に大事なのかって、分かるだろうよ七海。 それでなくても、俺たちは「人殺し」をする「晴らし人」だ。 お互いに気づかず、何事もなく終れればそれで良しって腹だったんだがなぁ。 運が悪かった」

 

歯を軋ませた七海がその台を強打した。まるで怒りを表すかのような音に、そのやり取りを見守っていた一同が動きを止める。

 

「せめて「呪われた子供」ってだけでも、バラしても良かったんじゃないのッ!? そうすれば、もっと分かり合えた筈なのにッ!!」

 

「違ぇだろ七海」

 

まるで彼女の綺麗事を正すかのような口ぶりに七海のちゃぶ台に置かれていたその腕がぴくり、と動いた。

 

「俺たち「晴らし人」はなぁ、何が何でもその正体をバラしちゃいけねぇんだよ。俺は『警察』、墨と美濃は『按摩屋』、七海、お前は『小学生』だ。 皆『表』の仮面持ってんだ。 その『裏』がバレねぇように、今日まで頑張ってきたんじゃねぇか。 その為にお前ぇ、あの夏世ちゃんに正体ばらしてみろ。そいつが周囲に言いふらして、お前学校にもいられなくなるんだぞ」

 

「夏世ちんはそんな事しないッ! 絶対だッ!!」

 

否定する。意地でも彼女は八洲許の意見を否定する。それはまるで知られたくもない事を知った、それを認めたくないと言う必死さが感じられた。

 

 

「おいおーい、ここで俺ちょっと質問があるんだけどよぉ」

 

今にも七海が八洲許にとってかかろうという際、声と共に手が上がる。陽気な声でそう言うのは墨だ。

 

「七海ちゃんはその夏世ちゃんが「呪われた子供」って聞いても、さほど気にしないと思うんだがなぁ、逆にその場で将監って野郎に噛み付くと思うんだわ俺」

 

確かに、と横にいる八洲許が疑問を感じ取った。呪われた子供だったというその事実を聞かれても、それだけではその場にいた七海はこうやって一人でしょぼんと帰っては来ないだろう。

 

何かがあったのだ。その『呪われた子供』という事以上に、衝撃的な事実が。

 

「その将監に、何かされたか・・・或いは何かを言われたかだ」

 

「七海・・・お前ぇ、何を言われたんだ。 言えッ」

 

墨、八洲許と順に迫られる中、七海はひたすらに下を見つめている。 苦悶に染まった表情を確認した美濃は、震えているその七海の手を取り、

 

「七海ちゃん、言ってよ・・・・私、心配だ」

 

共にその悲しみを受けているような悲痛な表情を見て、七海は視線を下に戻しながら震えるように喉を絞って声を出す。

 

「夏世ちんが・・・人を殺してるって」

 

 

 

 

 

 

七海が振り絞って紡ぎ出した真実に、一同がそれぞれ腕を組んだ。彼女が言うには呪われた子供という事実を突きつけた後に七海が食い下がらず、逆に食いついて来た後に言われた事であったと。

 

恐らく、七海にとってもこの事実だけは衝撃的で受け止めきれなかったのだろう。戸惑いながらも反論してみせたが、もうそこからは心理的にも七海も動揺し、将監に押し切られて、夏世は将監に連れ去れられてしまった。

 

 

「アイツ等・・・やっぱやってやがったか」

 

「どういう事だ。やっちゃん」

 

うん、と墨の問にそう頷く八洲許はその将監の言う人殺しの件に覚えがあったのだ。

 

「調べて分かってた事だが、アイツ等の民警としての仕事では組んだ他の民警のペアがこぞって行方不明になってる。 決まってその時には伊熊将監と千寿夏世がいてな」

 

点と点が繋がるかのように、彼は続ける。

 

「民警同士組んでの仕事は金の報酬欲しさに、分け前を多くする為に競争相手のペアを殺す事がある。将監もその一人だったって訳だ」

 

「じゃあさ八洲許さん、そういう人達を、逮捕したりは出来ないの?」

 

「無理だなぁ美濃。民警同士のそう言った『いざこざ』は、俺たちは関与できねぇようにされてんだ・・・暗黙のルールって扱いでな。関与できるとしたら、聖天使が直々に捕まえろ、とか言ってくれたりとか、余程の事がねぇといけねぇ。 捜査しようにも肝心の死体が現場にねぇんじゃあお手上げだ・・・恐らく、死体は無料でその地に生息してるガストレアがやってくれてるんだろうよ」

 

「チッ、相変わらず役に立たねぇなお前。十年前から何一つ変わってねぇ」

 

うるせぇ、と墨の嫌味を流して小さく溜息をついた。民警同士の暗黙のルールには八洲許も疑問に感じていたことだが、プロモーターやイニシエーターは一般人より強い場合があるのだ下手にほじくり返し、反撃を喰らい、それが原因で死んだ警官も居た事を八洲許は知っている。

 

その無念の死を遂げた者たちを知っているからこそ、八洲許も手を出せないのだ。

 

 

「夏世ちん・・・泣いてたよ」

 

ポツリと語りだすように七海が零す。その場面を思い出して、彼女が将監に引かれながらも去り際に発していた一言を七海は忘れられなかった。

 

 

―――ごめん、なさい。

 

 

もはや誤魔化して笑う事も出来なかったのだろう。絶対にバレたくなかった、そんな事実を知られてしまった彼女の心はもうここにはないと言った感じで。

 

「夏世ちん、嫌だったんだ。 人殺しも、道具っていう扱いもッ!それも全部、あの男が悪いんだッ!!」

 

伊熊将監。口布を巻いたあの男の顔を、七海は忘れることが出来ない。忘れるものか、まるで親の敵を見るような目に、周りの一同に緊張が走る。

 

「アイツは・・・私が殺す!!」

 

「ダメだ」

 

七海の怒りは、平常心の塊である顔をした八洲許により、簡単に否定された。勿論、ただ黙っている七海ではない。

 

「なんでだよ勇次! アイツが居なくなれば、夏世ちんは幸せになれるんだっ! なんでダメなんだよ!!」

 

ちゃぶ台を乗り越し、八洲許の胸ぐらを掴む七海に動じることなく、八洲許は冷静に返していく。

 

「なんでってお前・・・頼み人はいるのかよ」

 

頼み人とは、簡単に言うと殺しを依頼する依頼人の事である。「晴らし人」の仕事は基本は彼らを統べる「元締め」という存在に殺しの依頼が届き、それを裏取りや証拠などから相手が完全に「クロ」だと確定した後で八洲許達に依頼が届く。 その依頼料である「頼み料」を受け取り、「晴らし人」が殺しを行うのである。

 

今回の殺しの的(まと)を将監とすると、依頼人は誰も居ないのだ。被害の民警ペアの件は証拠を立証することは出来ないので裏取りは難しい。証拠を闇に葬った将監を殺しに掛けることは出来ないのだ。

 

 

「私がいるッ! 頼み人は・・・私だッ!!」

 

その力のこもった言葉に、墨と八洲許の顔が強ばった。美濃と七海がただならぬ雰囲気を感じ取り、息を飲む。最初に口を開いたのは八洲許だ。

 

「七海・・・それは、『外道仕事』をするって事か?」

 

「違う。将監は殺しをしているから、そいつを殺すんなら外道仕事じゃない」

 

七海は忌々しげにそう吐き捨てると、胸ぐらを掴んでいた手を離して、どすんと畳に座り込んだ。

 

『外道仕事』とは、罪のない、善良な相手を殺しに掛ける事である。「晴らし人」が殺しを行う上で何が何でも守っている”掟”が存在する。 それは罪のない人間を殺さないことだ。七海の言い分なら、将監は確かに殺しをしているし、本人がそう証言したのであながち間違いではない・・・だが、

 

「それを本当に見た奴はいたのか・・・」

 

「・・え?」

 

その呟きを発したのは墨だった。どこかで買ってきた豆を袋から取り出しながら、墨は続ける。

 

「その殺したっていう証拠を俺たちが掴めてるのか・・・目撃者はいたのか」

 

乗っかるように、八洲許が頷いた。

 

「もしかしたら、将監は本当は人を殺してねぇのかもしれねぇ。それがお前と夏世ちゃんを引き離すだけの嘘だったら・・・将監は無実だ。 無実っていうのを踏まえた上でお前が将監を殺すってんなら、それは掟破りの、外道仕事に当てはまる」

 

豆を貪りながら、墨が言った。

 

 

「殺しをしてる無法者の俺らが言えたことじゃねぇが、これは最低限、この世界では守らなきゃならねぇルールだ」

 

 

「元締めちゃんにも言ってみろよ。 この依頼内容聞いただけで多分あの娘はロケットランチャー構えて”無理”って言ってくるぞ」

 

七海の脳裏に、愛用しているロケットランチャーを構えるあの元締めの姿を想像して七海は動きを止めた。それを見て、八洲許がぱんっ、と自身の膝を叩く。

 

「こんな事もあるもんだ。お互い知らねぇ方がいい事情ってモンがあったんだ。俺らのことがバレなくてラッキーだって思いな・・・・ま、そんな事より仕事だ仕事。 墨、お前たしか今日元締めから紹介されてんだよな。 どんな内容だ」

 

話を切り替えるかのように彼は言うと、待っていましたと言わんばかりに墨は用意していた紙袋を取り出して、中身をちゃぶ台の上に置いた。

 

「ほっほー」

 

歓喜に似たような声を漏らすと八洲許はそのちゃぶ台に転がった札束を舐めるように眺める。ざっと300万くらいはあるだろう。 これが今回の依頼料だ。

 

「もちろん、今回は山分けというワケだが・・・その前に殺しの的が誰かって話だ。 聞いて驚けこのボンクラども」

 

墨の悪い笑みに八洲許や美濃が真剣に聞く中、七海だけは上の空だった。恐らく、先ほどのやり取りで納得できていないのだろう。そして、墨が口を開く。

 

「矢野橋 才蔵。 コイツは表じゃ名の知れた運輸会社の男だが、裏では色んな武器の密輸や、クスリ、バラニウムの盗掘をやってるクソ野郎だ・・・安心しろ、裏はもう元締めが探り入れて分かりきってる。『クロ』だ」

 

殺しの的が判明して、一同が納得する。美濃が安堵したような表情を浮かべて言うのだ。

 

「そうかぁ、まぁ大手の人だろうがいつも通りやれば関係ないね」

 

「いや、今回はそうもいかねぇぞ」

 

美濃の言葉に反して、そう割って入ったのは八洲許だった。

 

 

 

 

矢野橋才蔵。その名前を聞いて、八洲許は頭を抱え込んだ。突如の謎の動作に気になったのか、墨が声を掛けてくる。

 

「どうした。 なんか知ってんのかよ、オイ」

 

墨の恫喝にも似たような言葉に八洲許は声を発せず、小さく首を動かしてみせた。一瞬だけ視線を動かして、まだ俯いている状態の七海を見て八洲許は思う。

 

 

・・・これから、辛くなるなぁ。

 

殺し屋として、日常を何度も欺きながら生活してきた八洲許にとって、これから七海に起こることを考えるのは耐え難い事だった。もしこれから自分の行うことに、彼女は反発するだろう。

 

・・・だけど、これもお前の為だ。

 

そうでもなければ、あの日決めた二人の約束も果たせなくなってしまう。最悪、自分が七海に殺されるという事もあり得るだろう。だが、それでも進まなければならない、彼女の為に。自身も俯き、溜息をついた後、八洲許は顔を上げた。

 

 

「その矢野橋を殺るんなら、いくつか障害がある。 そいつには腕利きの護衛がいてな・・・護衛は二人、伊熊将監と千寿夏世だ」

 

 

 

 

 

二人の名を聞いていた一同は思わず耳を疑った。まさか、先ほどまで話をしていた将監と夏世の名前が今回の仕事に絡んでくるとは思いもしなかったからだ。勿論、疑問に思う人間もいる。静かに八洲許に問うのは墨だ。

 

 

「おい、なんでそんなことが分かんだ」

 

「今日の朝なぁ、将監を釈放する前に金やら圧力使って引き取ってったヤツがいる。 話を聞いたところ、それが矢野橋海洋運輸の名前を使ってたんだとよ」

 

「なるほど、腕利きの護衛を雇っちまうには越した事はねぇな。そうなると、今回はちょっと骨が折れるなぁ・・・そいつら、千番代の民警ペアだったか」

 

 

現在の民警ペアは二十万以上。その大多数の民警ペアにはIISOから発行されるIP序列があるのだが、数字が低い程、実力のあるペアということになる。 将監や夏世などのペアは千番代という事だが、この千番という数字は二十万というペアの上に居る存在なのでその実力の高さは折り紙つきと言えるだろう。

 

「ちょっと、待ってよ!!」

 

淡々と話が進んでいるように見えたが、その流れを受け止めきれない者が一人だけいた。 肩を震わせながら二人にそう訴えるのは七海だ。

 

 

「もし、その仕事で夏世ちん達に見つかったら・・・」

 

どうなるの、と言い切る前に目を細めた八洲許が口を開いた。それは重々しく、やるせないような声で、

 

 

「・・・決まってんだろうが。 二人とも殺すしかねぇだろ」

 

 

晴らし人は暗殺を行うときに気を付けるのは、標的を仕留める時ではない、問題は誰にも見られずその場を去れるかという事にある。目撃者がいようものなら、顔が割ることが簡単な現代だ。そうなれば、捕まるのは時間の問題と言っていいだろう。もし目撃者がいようものなら、その存在を消す必要がある。勿論、殺すという意味でだ。

 

 

「そんなの・・・できるわけないじゃんかッ!!」

 

両手を台に叩きつけて、七海が吠えた。衝撃で積まれていた札束が崩れてそれを墨が拾う。 八洲許は怒りで息を荒くする七海を諌めるように両肩に手を置いて、

 

「・・・依頼の金を受け取っちまったら、その仕事は何がなんでもやらなきゃならねぇ。七海、辛いがこれも、この稼業の宿命なんだよ」

 

 

「八洲許さん、本当にこれしか方法がないの? その二人を殺すって選択しかないの?」

 

嗚咽を漏らしていた七海を見て、どうにかしたいと思ったのか、美濃が震えそうな声でそう八洲許に言った。だがその美濃の頭にぽん、と墨の手が置かれる。

 

 

「千番代のペアが俺たちのような野郎をやすやすと見逃すとは思えねぇ。それほどの実力があるんだ・・・迷ったら死ぬぞ美濃」

 

 

その手に力がこもっていたのを感じた美濃はそれ以上、彼に言及することを避けた。 美濃が大人しくなり、八洲許が七海に何か言いかけようとした時だ。 不意に、その肩を掴んでいた手が振り払われる。

 

 

「・・・いやだ」

 

 

「おい・・・なんのつもりだ」

 

 

咄嗟に眉間に皺を寄せた八洲許が見たのは能力を開放し始めた七海の姿だった。 獣の耳と白い髪を伸ばして悲しみに染まった紅い瞳を八洲許に向けて、

 

 

「もっと・・・夏世ちんと一緒に居たいんだッ」

 

頬を伝わせる涙を抑えながら、

 

「遊びたいッ」

 

がむしゃらに抵抗するように、

 

「もっと仲良くなりたいッ」

 

意思を炎のように灯して、

 

「助けたいッ」

 

そう言い切って、七海が獣のように唸る。 まるで敵と戦う為の、臨戦態勢のようだった。状況がまずいと思った美濃が能力を開放して抑えに入る。

 

「ダメだよ七海ちゃん! 下手したら、八洲許さんを殺しちゃうよ!!」

 

「構わない!! それで夏世ちんが助かるなら!!」

 

完全に、ななみの怒りのメーターが振り切れていたのを羽交い絞めを決めながら美濃はそう感じ取った。納得できない事も多いだろう。実際、仕事を了解した美濃でさえも、まだその心は揺らいでいるのだから。 兎に角、この七海は危険だ。下手をすれば、その夏世という少女の為にこの場にいる八洲許や墨もその手に掛けようとするかもしれない。

 

そう考えたときに、止められるのは同じ能力を持つ自分だけだと美濃は思い、考える。 最悪は彼女を止める為に殺さなければならないと。

 

 

「わかった・・・」

 

 

一瞬で、場の空気を静まり返るような状態にしたのは八洲許の声だった。 唸っていた、今にも襲いかかってきそうな七海はその動きを止めて、端で枕を抱えていた墨も顔を枕から覗かせる。

 

だが次の瞬間、殺気を込めた視線を七海に向けながら、

 

 

「勝負しろ」

 

八洲許は言った。呆気に取られた一同を気にせず、彼は続ける。

 

 

「仕事は明日の夜だな、墨」

 

お、おう、と墨が枕を放り投げてしどろもどろしながら聞いて頷いてみせると、八洲許は頭を掻いて七海に言う。

 

 

「明日の朝5時。 俺が鍛錬してた剣道場で俺と勝負しろ。 そこでお前が勝ったら・・・俺らはこの仕事から手を引く。 そうできるように、俺が元締めと掛け合ってやる」

 

「本当に!?」

 

「ただし―――」

 

一瞬だけ、いつもの笑みを取り戻したかのように七海が顔を上げると直ぐに八洲許が彼女を睨んで、彼は言った。

 

 

「殺す気で来い・・・ちゃんと刀を使いな」

 

それは、明らかに昼行灯の警察官、八洲許勇次ではなく「晴らし人」としての八洲許勇次の顔だった。表ではどんな事にも基本「妥協」し、のし上がる事を諦め、媚びへつらうかのように腰を低くし、楽な方へと逃げていく。それが刑事としての表の彼だ。だが、ここに居る男は殺しの掟に準じ、自分や仲間の為なら「妥協」を許さない。厳格な殺し屋の顔があった。

 

 

「今日はお開きだ。さっさと帰れテメェら・・・俺はちょっと出掛けてくる」

 

 

そう言われ、墨が両の袖口に手を突っ込んで、仕方ねぇか、と呟いてからは美濃も雰囲気に呑まれながらも察したようで、皆が八洲許の部屋を去っていく。他の住人たちから見たら部屋から着物を来た坊主の男が出てくるという光景がやたら不自然には思われないものだろうか。

 

 

八洲許もそのまま家から用事で出て行ったので、部屋に残ったのは七海だけとなった。暫く放心状態となっていたが辺りを見渡して、墨が置いていった豆の袋が散乱しているのが目に入ったので掃除を始める。

 

「・・・あ」

 

指で摘んでいた袋がぽろっ、と畳に落ちて中の豆がまた散らばった。自分でも気づいていなかったのか、その手が震えているのが分かって、その腕をもう一つの片手で押さえ込む。どっちにしろ、両方とも震えているのでそれを見て七海は笑ってしまった。

 

 

「・・・どうしよう。 初めてだ、こんなの」

 

七海にとって、八洲許との喧嘩は初めてではない。やれ新しい服を買えだの、今日のご飯はアレが食べたいだのと、小さなスケールでならほぼ日常茶飯事で起こっている事だ。だが、今回のように「裏」の仕事に関してで七海が八洲許に反発して実力行使での喧嘩に発展したのは恐らく初めてであろう。

 

「勇次は、味方だと思ってたのにな・・・」

 

彼女がこれまで「裏」の仕事で文句を言わなかったのは、七海が八洲許に寄せていた絶対的な「信頼」というものが大きな部分を占めているだろう。どんな事があっても、八洲許だけは自分の理解者であり、永遠の味方なのだと、きっと今回の夏世の事も上手いこと策を用いてやり過ごしてくれるだろう、そう思っていたのだ。

 

顔を振って、煩悩を振り切るように七海は気を入れ替える。今は彼を倒すことを考えよう。

 

 

・・・絶対的な差は無いはずだ。あの時の、剣術習いたての頃の私とは訳が違う。木更師匠だって褒めてくれたたし!

 

つい最近、自身の太刀筋を褒めてくれた木更の言葉を思い出して奮起する。そこには大きな自信があった。剣術に関しては師である八洲許の方が上だろうが彼は殺しの現場からは最近離れており、殆どが七海が行っている。剣士としての「勘」はかなり鈍っている筈だ。

 

加えて、七海は「呪われた子供」にのみ与えられる爆発的身体能力がある。これだけでも普通の人間を、ましてや勘の鈍っている44歳のオッサン相手に遅れを取ること自体がおかしいのだ。

 

 

・・・戦いで必要なのは、イメージだ。 誰かが言っていた。”常に最強の自分をイメージしろ”と

 

紅い外套を身に纏った某弓兵の言葉を思い出しながら、七海は掃除を終えて即布団を敷くと丸くなるように潜り込んだ。後は睡眠と同時にイメージを行いながら戦いに備えての「戦略」を練ることにする。

 

だがこれは、ふと帰ってきた八洲許に顔を合わせない為に早く寝ようという意味もこの時の七海にはあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日、午前五時。

 

 

日は昇り、木の柵から光が差し込む中、古びた剣道場にて二人の影が見える。 一人は道着姿の七海と深緑のコート、いつもの仕事着の八洲許だった。

 

その道場は見た目は今にも崩れそうな場所ではあったのだが、内装はそれと反して綺麗であった。床は七海がよく通う木更の道場のそれ並みの輝きを放っている。

 

 

「さて・・・と」

 

特に表情を変化させることもなく、八洲許は横に置かれていた得物を拾い上げて、構えた。

 

 

「勇次・・・舐めてるの」

 

七海が持ってきていた真剣を構えながら歯を軋ませる。八洲許が持っていた武器はなんと「竹刀」だったのだ。真剣相手に竹刀という組み合わせはあまりにも馬鹿げてる。能力を開放して、刀身がぶつかったら刀身が無くなるのは八洲許の持つ竹刀の方だろう。

 

 

だが、八洲許は全く動じることもなく、

 

「俺はいつだって本気だ・・・あと、覚悟しとけよ」

 

「な、なにをさ・・・」

 

綴られた言葉の意味を七海は理解できないまま、刀を構える。すると、八洲許は冷ややかな視線をこちらへと向けて、

 

「侵食率・・・2%くらいは」

 

 

背筋を襲った悪寒に七海は息を呑んだ。 真剣で与えられる傷で2%ならどれくらいの深手なのかは想像は出来る。だが、竹刀で叩き込まれる侵食率2%の上昇とは一体どれほどなのか、考えただけでも恐ろしい。「呪われた子供」にとってはとんでもない脅し文句だ。

 

 

しかし、七海は引く事は出来ない。これで自分が負けたら、夏世は殺されてしまうかもしれないのだ。

 

 

「勇次ぃぃぃぃぃい!!!」

 

能力を開放し、殺意を露にしながら、その名を叫び七海は八洲許へ向かって跳んだ。




本物の飾り職の人「だったらなぁ・・!こんな仕事、始めから受けなきゃ良かったんだよッ!!」

うだつの上がらない昼行灯
「オメェに何が分かるってんだッ!!」


たしかこんな感じで内輪もめが起きてた。そのシーンを参考に。 お前ら、フリージングしてる場合じゃねぇぞ!!


え?戦闘? すぐ終わるよ。
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