ブラック・ブレットー暗殺生業晴らし人ー 作:バロックス(駄犬
音が響いている。
その歌は、あどけない少女の歌声だった。少女が口にする歌にはまだ続きがあるようで、波が小さく打つ音ともに歌は静かな海に響いている。
「―――一掛け、二掛け、三掛けて。 仕掛けて殺して日が暮れて」
橋の欄干腰おろし、遥か彼方を眺めれば、この世は辛いことばかり。
片手に線香、華をもち、”お嬢さん、どこいくの”と尋ねれば。
私は暗殺生業晴らし人、七海静香と申します。
どこのどいつを殺りましょう。銭さえあれば誰問わず。
あなたの恨みを晴らしやす。
やがて歌い終えたか、響いている歌が止まる。月下、夜道を歩く一人の少女がいた。晴らし人の七海静香だ。着物姿に刀を携えた彼女は仕事終わりなのか、人気のない海辺を行く。
小波が揺れ、上から照らす月を見ると心が昂ぶりそうになるのは何故だろうか、と立ち止まって七海は思う。この波を眺めていれば、先ほどの仕事の凄惨さを忘れさせてくれるくらいの美しさだ。
仕事は内容は至って簡単だった。今回は元プロモーターだった盗人の暗殺。美濃と一緒に同行し、彼女が殺しの的を羽交い絞めにして動きを封じ、その隙に七海が心臓へ必殺の突きをお見舞いするという実にイージーな仕事であった。
・・・最近美濃ちゃんとの連携が上手くいってきた気がするなぁ。
時間が経ち、最初のぎこちない距離感を取っていた七海と美濃ではあったがここ最近になって仕事を通して暗殺の手際に連帯感を感じていた。
・・・一番キツかったのは、やっぱ間違って美濃ちゃんの頭に刀刺さった時だよなぁ。うん、アレはマズかった。
遠い過去の光景を思い出すように、七海はその時の失態が懐かしいものだと感じる。初めて連携を立てた時、今回と同じように美濃が相手を拘束して七海が刀で突き刺すという手順を行った時だが誤って七海の剣先が美濃の額に刺さってしまったのだ。
あの時の美濃の”どういうことなの・・・”と言わんばかりの顔は今でも忘れられない。剣先がちょっと刺さっただけで済んだから良かったがあれから数日くらいか、彼女は七海と口を聞いてくれなかった。
それも最終的にはいつものパターンで”世界一かわいいよ”コールで褒め殺して事なきを得たが。勿論、このような事態がこれから先起きないように、”突き”の精度に磨きをかけようと思った七海であった。最近ちょろいんとしての貫禄を積み重ねている美濃である。
・・・ちょっとは、強くなれたのかな。
浜辺に座り込んで、彼女は膝を抱える。あまり長居をしては、家で待っている八洲許を心配させるが、彼女が見渡した海にポツンと映る丸い月をもう少し見ていてもいいだろう。
・・・勇次に会って、晴らし人になって、木更師匠に会って、美濃ちゃんに会って・・・色々とあったけど。
と、振り返って見る。自分は最初に比べたら強くなったほうだろう。師匠である木更も剣術の太刀筋が良くなったと褒めていたし、その訓練の賜物か美濃との連携もうまくいった。
しかし、それでもまだ足りない。
あの日、八洲許と勝負を挑んだ時、七海は一太刀とも彼に入れる事が出来なかった。こちらが真剣を使用している故に一発でも入れば八洲許も大怪我するのだが。
身体能力を全て開放し、これまでの持てる力を全てを持って彼に迫った。だが、彼女は何もできず打ちのめされた。
七海は信じられなかった。竹刀で真剣を打ち返せるものなのかと。絶対何か仕込んでるだろ、と。
・・・勇次は強かった。オッサンになって堕落して、加齢臭したけど強かった。まだ私は弱い。
自身の羽織の裾を握る。今の自分の限界を感じながら、彼女は思う。まだ負ける事ができるということは勝つ為にその力を伸ばすことができという事だ。このプラス思考は都合の良い事にいつでも考えられるから便利である。
「そろそろ帰るかな」
立ち上がり、海に対して背を向けた時である。七海の視線の先には一人の少女が立っていた。
「♫~♫」
呑気に鼻歌を混じらせている少女は黒のワンピース、ウェーブの短髪姿だった。その陽気さはこの人気のない海辺に遊びに来たようにも見える。だが、七海は少女の手に持っている物を見て目を数度見開いた。
両手に持っていた物、それは黒い小太刀であった。同時に、彼女の瞳が妖しく紅に染まっていく。異様な存在だという事は、一目見ただけで明らかだ。
・・・私と同じ、呪われた子供?でもそんな事よりッ
彼女の全身から放たれるその種のオーラは”殺気”それと狂気を孕んだ何か。それが肌で感じた七海は咄嗟に刀の柄に手を伸ばした次の瞬間。
「キヒ――ッ」
少女半月の笑みを浮かべて、大地を蹴る。砂塵が舞い、そのスピードは一瞬ではあるが七海の視覚に”消えた”かのうよな情報をもたらす。しかし、それはあくまで錯覚で殺意を纏う少女は七海の目の前に接近し、右手の小太刀を上へと振りかざしていた。
「斬―――ッ」
大地を蹴った勢いは凄まじく、宙に浮いたまま振り下ろされる少女の一太刀。冷や汗のような物を背筋に流れたのを感じた七海は、真剣を抜くことを諦めて鞘でその一撃を受け止める。
「―――ッッ!!」
鞘の部分に刃がのしかかった瞬間、轟音と共に七海の足場が沈む。少女の繰り出した一撃は、想像していたより重いものだった。このままでは、鞘に収まった刀ごと、真っ二つにへし折られてしまうかもしれないと判断した七海は鞘を傾けて、一撃を”受ける”のではなく”流す”事へ変更。逸らした一太刀は地面へとめり込んだが、まるで斬撃が衝撃波を発したように数メートル先まで縦一直線に砂塵が舞う。
「ティヒッ!斬らせてッッ」
まだ少女の攻撃は止まらない。反転した少女は次の手として左手の太刀を横凪に払う。その刃は確実に七海の首を掻き斬ろうとする軌道であった。七海は刃を受けることをやめ、一歩だけその足を下げて回避に徹する。首と数センチの隙間を挟んで、その刃が空を斬った。
七海は、刀を抜こうにも抜くことが出来なかった。その理由は、目の前の少女が陣取っているその距離である。こちらが抜刀する機会を与えないように、二つの太刀が連撃を雨のように浴びせてくる。一度距離を空けるなどしなければ、こちらは応戦出来ない。
「アハ―――ッ! しぶといッ」
自身の斬撃がなかなか的を捉えれない事に苛立ちを覚えてる少女だが、それでも戦いを愉しむような笑みが七海の恐怖を煽る。腕だけでもかなり上を行く存在だ。手馴れている、そう感じた。
いつまでもこれでは拉致があかない、このままではジリ貧だと感じた七海は次の行動に出た。突き出された少女の突きに対して、七海は
「―――ッッ!?」
前に出た。本来なら、ひたすら後ろへ下がる方法で距離を取らなければいけないこの状況で。
全神経を集中させて、七海はひたすら少女の懐へと入り込む。黒ドレスの少女はこれを迎え撃ち、刀で迎撃、縦、横、下の七海の肉体部位を突き、払いで、ひたすら狙うが七海は最低限の動きで回避していく。途中で頬をかすめながらも、七海は歩みを止めない。能力を徐々に開放しつつ、七海はその接近スピードを一気に開放。
「ワンちゃん?」
黒ドレスの少女も驚愕しただろう。目の前に映った七海の姿は先ほどとは打って変わり、白の長髪と動物の耳を生やしていたからだ。直後、七海は鞘の腹を呆気にとられている黒ワンピースの少女の胸の辺りに押し当てると両手と足場に力を込め、
「―――破ッッ!!」
掛け声とともに、一気に黒ワンピースの少女を押して吹き飛ばした。数メートル先まで吹き飛ばされた少女は空中で姿勢を整えて後ろへ砂塵をまき散らしながらも両足で着地する。
「・・・・」
倒れずとも刀を杖がわりにして、少女は立ち上がる。七海はこれで相手が倒れてくれれば良しだと思っていたが。
「ワンちゃんだぁ」
まるで、道端で犬を見つけたかのように、先ほどのダメージなど気にしてもいないように七海を見てはしゃいでいる。
「ちょっとあなた誰よ!いきなり襲われる理由はないんだけど!!」
実際、殺される理由はこの稼業をやっている時点で山ほどある気がした七海だが、何も動くことのない現状に苛立ちを覚え、黒ワンピースの少女に問う。相手の少女は”あ、忘れてた”と言わんばかりに真顔に戻すと無機質に一定のトーンで、
「私、蛭子小比奈(ひるここひな)。10歳。ワンちゃん、私と仲間になろう」
「す、スカウト!?なんでスカウトなの!?その割りには殺す気満々だったじゃん!!」
猛然と突っ込んで見せた七海。だが、小比奈と名乗る少女は”うーん”と小さく唸って、
「なぜならそれは―――」
刀を構えて一言。
「私が斬りたいから」
「なんつー矛盾ッ!!」
狂人的なバトルマニア思考なのか、と目の前の戦闘態勢を解かない小比奈を見て、七海は彼女の理不尽な答えに反論してみせる。
「仲間にしたいなら、殺しちゃダメじゃん」
だが少女は真顔で首を傾げて言うのだ。
「ん? アレ? でもパパが半分だけ斬っていいって」
「半分どころじゃないよ。もう斬首する勢いだったよ」
引きつった顔で七海は密かに思う事がある。それは、先ほど小比奈の懐に入り込む際に貰った頬の傷だ。呪われた子供はその体にある因子の御陰で怪我をしてもその傷を再生する機能が備わっている。だが、七海が貰ったその傷は血を流すだけで、一向に再生する事がない。これを見て、七海は息を呑んで結論を出した。
・・・アレは、バラニウム製の太刀かッ
ガストレアには普通の銃弾は効かない。だが、バラニウムが生み出す特殊な磁場はガストレアの再生能力を阻害する事が出来る唯一の武器だ。そしてコレは、同じガストレアウィルスを持つ七海たち『呪われた子供たち』にも有効である。
危険な武器だ。再生能力を持っている七海たちでも、これで心臓を突き刺されればその傷を再生する事ができずに死んでしまう、下手をすれば致命傷になるのだ。だが、この状況下で七海が思った事は一つ。
「おのれ・・よくも乙女の顔に切り傷をッッ!!」
ふつふつと沸き上がる怒りに全身の血が熱くなる。髪は女の命だ、と言われるように顔もそれと同等なのだ。自称将来有望と考えている七海にとって顔を傷つけられる事は激昂するには十分すぎる理由である。
「覚悟しろッ その首、即刻叩き斬ってやるッッ!!」
刀を抜いて、構える七海に小比奈も昂る熱気を感じたか二刀を交差し、構える。
「私のモデルはマンティス・・・接近戦なら、誰にも負けない」
「抜かせッッ」
瞬間、またしても小比奈が跳んだ。一直線に突進する小比奈は七海の首だけを狙いに定めて両の太刀を音速で振り抜く。手応えとともに、何かが砂浜に落ちた。
「とったッッ」
一瞬でも勝利を確信した小比奈はそこで後悔することになる。小比奈が切り落としたと思ったのは七海の首ではなく、七海が持っていた鞘であった。呆気にとられてた小比奈は真横から怒りで瞳を紅く燃やす七海がその刃を伸ばしてくる事に気付く。
その刃は小比奈の心臓を目掛けていたが、目視してからも小比奈にとっては十分反応できるものだ。余裕の笑みを浮かべつつ、胴を軽く捻る。脇腹のすぐ近くを七海の突いた刃が通過していく。小比奈はカウンターの要領で左手の小太刀で駆け抜けて来る七海の首を斬ろうとしたが、
「―――ッッ!!」
小比奈は気付いた。躱した七海の刃が向きを変え、こちらを向いていた事に。七海は突きが避けられる事も予測し、突きから水平斬りに移るという二段構えの攻撃を展開していた。
だが、それでも戦闘特化・二刀使いの蛭子小比奈はその攻撃にも己の直感で対応する。脇腹に七海の刃が迫る最中、右手の小太刀を差し込んだ。強力な金属音と共に小比奈の体が威力で砂塵を上げながらその一撃を受ける。
「・・・・やるね」
金属同士がぶつかり合った反動で痺れを感じる右手をひと振りとともに捨て去った小比奈は真顔で続けた。
「でもねワンちゃん。私には勝てないよ」
「どうしてかな?」
七海の問に、小比奈は笑って返した。
「だって私には二本の刀があるんだもん。ワンちゃんは一本、も私の勝ちは揺るがない」
「・・・知らないの?刀っていうのは、片手で振るより両手で振った方が威力があがるって事を」
不敵に笑って見せた七海だが、コレは漫画のお話である。実際、呪われた子供の身体能力ならば二刀を使う事にさほど不便な事はない。普通の人間だと基本は重くてまともに振れないからだ。だが、目の前にいる小比奈のスキルに加え、二刀というのはまさに最高最悪の武器だ。一刀使いの七海にとって不利な事この上ない。
・・・奥山新陰流よ。なぜ”突き”にしか特化していないのだ。
自身の腕もそうだが、この流派が心底暗殺特化だったということを悔やむ七海である。だが、最終的にモノを言うのは腕力云々ではなく、技量の差である。
―――勝負ッ。
意図することなくリンクした思考と同時に、二人が動いた。そのまま激突するのではないかという手前、小比奈は地面を引きずるように這わせていた左の小太刀を一気に振り抜く。地面の砂を巻き込んだそのひと振りが目暗ましの戦術だと七海が気づいた時には既に遅く、目に降りかかった砂は容赦なく七海の視界を狭める。
「くっ・・・!!」
七海がスピードを緩めた瞬間、勝機を得た小比奈が首目掛けて横一閃。視界が奪われている中、七海が感じ取ったのは”死”が首元に迫っている事だった。勿論、それは目が見えない中での直感的な捉え方。確信は出来ない。だがその直感を信じ、七海は咄嗟に頭部を下げた。
「嘘―――ッ!?」
完全なタイミングで視界を奪った上でなおも仕留めれなかった小比奈が驚愕する。舞い散ったのは首ではなく、七海の伸びていた白い長髪だった。一瞬でも宙を舞う白髪に見とれていたことが原因か、上段に剣を構えていた七海に対して小比奈の反応が遅れる。
「だぁあああああああ!!」
気合一閃。そう言わんばかりの一撃が上段から振り降ろされたとき、小比奈が両の太刀を交差させてガードの姿勢をとるがそれもお構いなしに七海は押し通る。重厚な一撃に吹き飛ばされそうになるが、地面に足をつけて小比奈は数メートル下がっただけで踏みとどまった。
「おのれ・・・またしてもッ」
仕留めれなかった事に舌打ちをする七海。相手の小比奈は多少息があがっていたが、本質である余裕をまだ保ったままだ。やがて構えていた刀を下げて、小比奈が口を開く。
「ねぇ、名前、教えて」
紡がれた言葉に戸惑いながらも、七海も答える。
「七海静香・・・モデルはドッグ」
「やっぱワンちゃんなんだ」
数度ほど頷いた小比奈は再度刀を構える。
「ナナミ・・七海、七海。覚えた・・・ねぇ、もういっかい斬り合おう七海」
「おう」
呼ばれた名前に、応じた七海だったが違和感がある。両手に持っていた刀が異様に軽い。戦闘でアドレナリンが分泌されると想像以上の身体能力が発揮されるというが、刀の重さまでも感じなくなるものか、と。
・・・もしかしたらこれが・・・”もう何も怖くない”状態ってやつ?
どこぞの魔法少女が感じていた高揚感なのか、と思いながらも七海が構えようとした時、彼女は刀の異様な軽さの原因が分かった。
「・・・・アレ?」
良く見ると、刀身が10センチほど残してその先は存在していなかった。
「折れた――――ッッ!?」
愛刀がへし折れた事に七海の叫びが海に響いていく。先ほどの上段斬りで七海の刀はその威力に耐え切れずへし折れていたのだ。
・・・いや、ちょっ! このタイミングで折れる!?確かに最近手入れ怠ってたけどさ!!
「よし、行くよ七海。死ぬまで斬り合おう」
「えッ!? ちょっ、タンマタンマ!!見て見て! コレ折れた!折れた折れた!!ストーップ!マジでストーップ!!」
予期せぬトラブルに足踏みする七海に、満面の笑みを浮かべた小比奈はお構いなしに斬りかかる。流石に武器なしで刀を持つ相手と戦う技量は今の七海にはない。
「ウェヒヒヒ、動かないでね?首、落ちるから」
「ギャ―――――!!」
今度こそ終わりだ、と七海が悟って目を閉じ、来るべき痛みに備えようとしたその瞬間である。
「小比奈、やめなさい」
凛々しい男の声が聞こえたかと思い、目を開けた七海は自分の首筋に小比奈の刃が寸止めされている事に気付く。
「おい影胤、まだ俺の娘の首は繋がってるかよ」
続けて聞きなれた声に七海が小比奈の後ろを見る。二人の男がいて、一人は煙草を加えた八洲許とシルクハットとタキシード、仮面を身に纏った人物だった。
「愚かな娘よ、殺してはダメだと言っただろう?」
仮面の男から発せられた言葉に小比奈は不満なのか、頬を膨らませながら
「ええー。半分だけ斬っていいって言ったのはパパじゃーん」
「殺しては意味がないだろう。小比奈、もう刀はしまいなさい」
「ちぇっ」
首元の刀を下ろして、鞘に二刀を収める。状況を理解できてない七海であったが、それを説明しようかというように仮面の男が手を後ろに組んで言った。
「初めまして私は蛭子影胤という。手短に言おう、七海静香・・・私の仲間にならないかね?」
やっさんとの約束をさっそく破ろうとするハレルヤおじさん。 八話は次で一応終わりです。やっぱ戦闘は難しい・・・救いはないね(レ