司波家の末弟   作:五人囃子の太鼓

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活動報告でもお話ししましたが原作前、追憶編、原作の順に投稿していく予定です


幼少期1

 

 

 

「素晴らしい」

 

 

2080年。四葉家本邸。

集まった者たちは皆一様に歓喜と安堵が混じったように顔を綻ばせている。その原因は現当主の姪にして元当主の娘の一人、司波深夜が産んだ双子である。

双子は上の子が女、下の子が男だった。

 

女の子は深雪と名付けられた。

まだ赤子でありながら整っているとはっきり認識できる顔をしている子だ。

男の子は倫也と名付けられた。

双子だけあってこちらも姉に似て整った顔つきだった。だがなかなか泣き止まず寝かすのも難しい。

 

だがそういったことは面々の反応とは関係ない。

重要なのは双子の魔法だった。

 

四葉家現当主である四葉英作は対象の魔法演算領域を解析することで対象がどのような魔法技能を持っているかを見通すことができる。

その魔法をもって二人の魔法を特定した結果、驚くべきことが分かった。

深雪、倫也はともに精神を司る魔法を持っていたのだ。深雪の精神干渉系魔法は攻撃性が高く、倫也に至っては四葉家でも深夜以外に例を見ない精神構造そのものに干渉する魔法を持っていた。

 

なぜそれが朗報になるのかというとその理由は双子たちの兄、達也にあった。

まだ一歳にもならない男の子は世界を壊す力を秘めていた。それこそ分家の当主たちは彼を生かしておくべきではないと考えていたほどである。

二人の魔法は達也の抑止力になりうる。

 

 

「いや、本当によかった」

 

「深夜さんは体調を崩されることも多いからな。あの魔法の後継ができたのは僥倖だ」

 

 

そんな話がなされる中。

身勝手な大人たちからそう遠くないところで赤子の泣き声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この家の人間は頭がおかしい。

そう思い始めたのは初めて魔法の訓練を受けたときだった。

そのときのぼくは少なからず魔法というものに希望を持っていた。一応生まれつき魔法の眼を持ってはいたけれど、魔法を自分から使うのは初めてだった。どんな系統に適正があるかな、とそんなことを考えていた。

 

ぼくの魔法が思っていたものとは違うということはすぐに分かった。

 

 

 

「てめぇらこんなことしてタダで済むと思うなよ!」

 

 

怒り。

 

 

「地獄に落ちろこのクソガキ!」

 

 

恨み。

 

 

「やめろ、やめてくれ…いやだ!助けてくれ!」

 

 

恐怖。

 

先程まで気持ちは違えど一様に叫んでいた人たちは今は魂が抜け落ちたように無表情で、意識はあるのにぴくりとも動こうとしない。

 

ぼくの魔法は人の精神を操る力だった。

自身に向けられた心を、その色を否定する。

そして言われるがままに作り変える。その手つきは我ながら一切の澱みはなかった。倫理的におかしいことだと分かっているけれど、やめることはしない。自分が手を止めてもなにも終わらないのだ。

そんなわがままな理由からぼくはこの猟奇的な訓練の手を止めない。

 

あの日からぼくは何人もの精神を壊してきた。そしてそれを見た家の人間は口々にぼくを褒めた。

 

気持ち悪かった。

人が自分の手で狂っていく様を見るのも、人の尊厳を踏み躙った自分を悪気なく純粋に賞賛する周囲も、ただひたすらに気持ち悪かった。

 

この家は狂人ばかりだと思った。

 

そして自分が手にかけた人数も覚えていないぼくはそんな頭のおかしい奴らと同類なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は使用人の人たちがいつもより少しせかせか動いているように見えた。

ぼくは姉の深雪と紅茶を飲みながらその様子を眺めていた。

 

 

「なにかあったのかしら?」

 

「今日はお客が来るって言ってただろう…忘れたの?」

 

 

不思議そうな顔をしている深雪に冷静に指摘すると言い方が癇に障ったのか真っ赤になってまくしたててくる。

 

 

「別に、忘れてないわ!急に思い出せなかっただけよ!」

 

「わかったよ」

 

 

こうなると面倒くさい。

大きな声で喚くのを聞き流す。確か来るのは黒羽家の当主の貢さんだったはずだ。貢さんはぼくたちの従兄叔父にあたる。ちなみにぼくの魔法を褒めてくるうちの一人なのでぼくは苦手だ。

悪い人ではないのだけれど…。

 

 

(それが狂っているってことなのかな)

 

 

思考に区切りをつけると茶を飲み干した。

 

 

「倫也?どこ行くの?」

 

「散歩」

 

 

そう言い残して席を立つ。

そして少しばかり準備をしてから家を出た。

村を抜けて森の中を駆けていく。少し荒い道ではあるけど子供が行けないほどではない。じめじめとした森を抜けると日の光が差す野原に出た。小高くなっている場所に仰向けに寝転ぶ。

 

ここは最近見つけたお気に入りの場所だ。

ここで空を眺めていると心が空に吸い込まれているように感じる。自分という存在が曖昧になって、しがらみから解き放たれるのだ。

なにも考えなくていいというのは楽なものだ。

乾いた野原にごろごろと寝返りをうっていると。

 

 

お昼には自分で作ったサンドイッチを食べて、それから昼寝をするともう日が沈みかけていた。家に戻ると客はもう帰ったらしく姿は見えなかった。

夕飯にはまだ時間があった。自分の部屋に戻って端末を開き、読みかけだった本の続きを読み始める。しばらくすると廊下から足音が聞こえて、深雪が入ってきた。

 

 

「倫也!どこ行ってたのよ!」

 

「散歩だってば」

 

 

頭に響く大きな声に顔をしかめることで応える。深雪はそれを意に介した様子もなく頬を上気させながら言った。

 

 

「はとこができたわよ!」

 

 

深雪が言うにはどうやら貢さんが子どもを連れてきたということだった。

 

 

「それにわたしたちと同じ双子の姉弟だったわ!倫也も散歩なんて行かずに家にいたらよかったのに」

 

 

興奮した様子の深雪を尻目に小さくため息をつく。

 

訓練を始めてからできなくなったことがいくつかある。

そのうちの一つがコミュニケーションだ。端的に言えばぼくは人を怖がっているのだ。

今の閉鎖的な人間関係では親しい、あるいは人となりの知った人間としか関わらないから側から見ても分からないだろうがぼくは知らない人とはなるべく会いたくない。ぼくの眼もあくまでその人が抱いている感情を読み取れるだけで考えていることがわかるわけじゃない。

ぼくにとって相手を知らないということはとても恐ろしいことなのだ。

 

 

(だからって年下にびびるって…)

 

 

我ながら情けないことである。

 

 

 

 

 

それから数ヶ月。

なんだかんだと理由をつけて頻繁に来るようになった貢さんを避けながら今日も野原に寝転んでいた。最近は散歩に行くのを止めようとする深雪を撒いてから来ているので少し疲れている。

 

 

「ねむ…」

 

 

日だまりで転がっていると心地よい陽気にあてられて眠気が襲ってきた。

重くなった瞼を閉じて微睡みに身を投げれば意識はすぐに深いところに沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

 

私──黒羽亜夜子はため息をついた。

今日もまた四葉本家に赴いている。ここへ来るのは嫌いではない。深雪お姉様とお茶をするのは楽しいし自然が多いこの地は落ち着くから。

私の憂鬱は魔法戦闘の訓練に向けられていました。

深雪お姉様も、弟である文弥も難なく訓練をこなしているのに私だけは失敗続き。二人があたりまえにできていることが自分にはできないという事実ゆえに、私の心は沈んでいた。

 

私の家である黒羽家は四葉において諜報を担ってる。私と文弥もあと一、二年もしないうちにその任を負う日が来る。それまでに私は強くならないといけない。姉として、文弥を支えなければならない。

それなのに…

 

 

「……あれ?」

 

 

気づけば見知らぬ森の中だった。

とぼとぼと歩いているうちに入り込んでしまったらしくしかも困ったことに帰り道がわからない。

 

 

(どうすれば…)

 

 

きょろきょろと辺りを見回していると少し先に光が差している開けた場所があることに気がついた。私はほとんど本能的にそちらへ走っていった。

 

森を出るとそこは野原になっていた。丈の短い草が一面に生えていて風に揺れている。

しばらくそこに佇んでいると薄い緑の草の中に真っ黒な何かが見えた。恐る恐る近づいていくとそれは人の頭だった。

 

草の上で眠っている少年は自分と同じくらいの歳だろうか。きめ細やかな白い肌と夜空を閉じ込めたような黒い髪が印象的な男の子だった。

そして顔のパーツがなんとなく深雪お姉様に似ている。

 

 

(そういえば…)

 

 

私は会ったことがないが深雪お姉様は双子の弟がいると言っていた。もしかしてこの人がそうなのだろうか。

…どちらにしても助けてもらう以外に選択肢はない。気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは気が引けるけど背に腹は変えられない。

私は意を決して男の子の肩を揺らした。

 

 

「んぅ…?」

 

 

かわらしい声を漏らして目を開けた男の子は細めた目でこちらを捉えた。

 

 

「…だれ」

 

「あの、私は黒羽亜夜子といいます。迷ってしまって。道を教えてほしいのですが…」

 

 

できるだけ丁寧にお願いすると男の子は目をこすりながら体を起こした。そして立ち上がると

 

 

「ついてきて」

 

 

と言って森の方へ歩いていく。私は慌ててその背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

「あの…深雪お姉様の弟さんですか?」

 

 

その場の雰囲気に耐えられなくて黙々と歩く男の子にそう問いかける。すると意外にしっかりとした答えが返ってきた。

 

 

「そうだよ。名前は司波倫也」

 

 

首だけで振り向いて倫也さんはそう名乗った。

やっぱりこの人が…。

お父様からはこの人はすごく優秀なのだと聞いていた。やけに褒めていたからよく覚えている。

 

 

(お父様は私より倫也さんが子どもだった方がよかったのかな…)

 

 

お父様に限ってそんなことはないとはわかっていても、そんな考えが頭に浮かんだ。そうしていると私がなにか言う前に今度は倫也さんの方から声をかけてきた。

 

 

「悩み事?」

 

「えっ⁉︎」

 

 

すっとんきょうな声をあげてしまった。

なぜわかったのだろうか。

 

 

「そんな辛気臭い顔してれば嫌でもわかるよ」

 

 

倫也さんは首だけでなく体もこちらに向けていた。話を聞いてくれるということだろうか。

 

私は話した。

劣等感を抱いていること、強くならないといけないということ。

終始あいづちもなしに話を聞いていた倫也さんは聞き終えると私に背を向けて言った。

 

 

「…ぼく自身は力にはなれないけど君の力になれそうな人は知ってる。ついてきて」

 

 

そう言うと私の答えも待たずにまた歩き始めた。

 

 

 

 

 

四葉邸に着くと倫也さんは私を連れてある部屋の前で立ち止まった。倫也さんがその扉を二回ノックすると中から「どうぞ」という声が返ってきた。

 

 

「こんにちは、兄さん」

 

 

扉を開けた倫也さんはそう言った。その部屋に居たのは見知った人だった。

 

 

「こちら兄の司波達也」

 

 

紹介されるとともにぺこりと礼をしたその人に私も軽く頭を下げた。この人のことは知っている。深雪お姉様の兄ということで質問したところ歯切れが悪かったのを覚えている。

 

 

「どうしましたか?」

 

「敬語はやめて」

 

 

倫也さんは食い気味に言った。

達也さんは困ったように苦笑すると

 

 

「わかったよ…それで、どうした?」

 

 

と私に目を向けた。

達也さんの態度に少し驚いている私の代わりに倫也さんが説明してくれた。

 

 

「──というわけで、この子に合った魔法があるか聞きたいんだけど」

 

 

話を聞いた達也さんは次に私に話しかけてきた。

 

 

「魔法の適正を聞いても?」

 

「えっと、収束、移動、でしょうか」

 

「なるほど」

 

 

私の答えを聞いた達也さんは黙々とタブレット端末をいじり始めた。倫也さんも何やら携帯端末を触っていてなにも言ってくれないので待っている時間の落ち着かない。

しばらく悶々とした気持ちで待つと達也さんは顔を上げてタブレットを私によこしてきた。画面にはある魔法の説明がなされてある。…難しい言葉が多い。

 

 

「『極致拡散』という収束系の魔法です。範囲内の気体や液体、物理的なエネルギーを平均化して──」

 

 

そこまで言って私が微塵も理解していないことがわかったのでしょう。達也さんは咳払いをひとつすると改めて説明してくれた。

 

 

「色々と使い道はありますが…隠密に使える魔法です」

 

「…なるほど」

 

 

実に簡潔でそんな感想しか出てこない。ただ黒羽家は諜報を任されているから確かに使えれば便利な魔法だと思う。

 

 

「また今度使って見れば?魔法の原理なんてあんまり気にしすぎても仕方ないよ」

 

 

私の様子を察した倫也さんがそうフォローしてくれる。言われてみればたしかに普段使っている魔法も細かいことを意識して使っているわけではないからやってみた方がわかりやすいかもしれない。

 

 

「あとこれ」

 

 

そう言って倫也さんは手に持っていた携帯端末の画面を私に見せてきた。そこには先程のタブレットと同じように魔法の説明が書いてあった。

 

 

「『擬似瞬間移動』。覚えといて損はないよ」

 

 

画面を見ると今度はその内容を理解できた。その名の通りの移動系魔法でかなり便利だと思う。

…というか。

 

 

(暇してたわけじゃなかったのね…)

 

 

てっきり私のことは達也さんに任せて暇つぶしに携帯をいじっていたと思っていた。自分は力にはなれないけど、なんて言っておきながらしれっと助けてくれているではないか。

倫也さんの顔を見ると何も言わなくなった私に首を傾げているようだった。

 

大体なんなのだこの人は。

今日まで一度も会わなかったのはもしかしなくても避けられていたからだろう。それなのに親身に私の話を聞いて、世話を焼いてくれた。私の進むべき道を教えてくれた。

 

矛盾している。

見れば見るほど純粋な顔だ。何を考えているのかまるで──

 

 

(──ああ)

 

 

この人は何も考えてなどいない。

何も考えずに人に手を差しのべられる、ただのお人好しだ。

 

 

「倫也お兄様、達也お兄様ありがとうございます」

 

 

目の前の彼は目を見開いて驚いた顔をした。いい気味だ。私を散々振り回したのだからこれくらいは許されるはずだ。

 

 

「あなたに話してよかった」

 

 

照れてうろたえる倫也お兄様は思わず笑ってしまうくらいには滑稽だった。





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