司波家の末弟   作:五人囃子の太鼓

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なんかまたちょっと重くなった気がする…


幼少期2

 

 

『訓練終了です』

 

スピーカーから聞こえた声にほう、と息を漏らした。動き回った体はまだ火照っていてどくどくと血が巡っているのがはっきりと感じられる。

 

(──できた)

 

そう実感するとともに嬉しさが込み上げてきた。自然と口角が釣り上がり飛び跳ねたい衝動にかられる。訓練場の出口へ向かう私の心は達成感で満たされていた。

 

訓練場から出てくると走り寄ってきたお父様によってだっこされてしまう。

 

「凄いじゃないか!いつの間にあんな魔法が使えるようになったんだ?しかもこの短い間に!」

 

天才だ!、と当人の私よりもはしゃいでいる。お父様は私たちに甘い。いわゆる親馬鹿なのだ。とはいえ褒められるのはとても気分がいい。なされるがままにされていると拍手が聞こえてきた。

 

「素晴らしかったわよ、亜夜子さん」

 

真後ろから聞こえた声にお父様に抱き上げられたまま首だけで振り向くとそこには当主さまがいた。ナイトドレスを着たその人は年齢よりも若く見え、さらにその見た目には不相応なほど艶やかな雰囲気をまとっている。当主さまは薄い笑みを浮かべて私を称賛してくれた。

当主さまの手前だっこされたままでは格好がつかない。お父様も人前で興奮しすぎたと思ったのか咳払いをして私が言うまでもなく下ろしてくれた。

地面に足をつけた私はすぐさまおじぎをする。

 

「ありがとうございます、当主様」

 

私が顔を上げると当主様は少し笑みを深めた。当主さまは何を考えているのかわからない人だ。それだけにストレートに褒めてもらえたことが嬉しい。

 

「これからも精進なさいね」

 

「はい」

 

当主さまは私に背を向けるとその場を歩き去った。

その後ろ姿が完全に見えなくなるまで待ってから私も訓練場をあとにする。早くだれかにこのあふれ出る喜びを伝えたかった。建物の外に出た私をのどかな陽気が照らした。

 

 

 

 

 

 

 

それから十数分後、私は例の野原に居た。

 

(……なんなのかしら、この人)

 

目の前で寝息を立てているこの人の頭を一度覗いてみたいものである。

うさ晴らしの意味をこめて大げさに体をゆさぶると倫也お兄様は眠そうに細めた目をこちらに向けた。

 

「……また迷ったの?」

 

「違います」

 

「…じゃあ訓練がうまくいかなかった?」

 

「違います!」

 

声までもがいかにも眠たそうなのが余計に気に障る。私が睨んでいることにも気がつかず倫也お兄様はまだ寝ぼけた目を擦って上体を起こした。

その仕草にイラッときて思わず大声で言う。

 

「どうして避けるんですか!」

 

私が訓練を終えて深雪お姉様を訪ねると倫也お兄様の姿は見えなかった。そのことを追及すると

 

『倫也ならまた散歩に行ったわよ』

 

と言われた。

訳がわからなかった。この間相談にのってくれたのになぜまだ避けられているのか。

私の叫びにも近い声を聞いて倫也お兄様心底面倒そうな顔をして目を逸らした。それでも睨み続けていると観念したのかため息をついて言った。

 

「別に…今日は避けてたわけじゃない」

 

「それってこれまでは避けてたって言ってるようなものですよ!……それならどうしてここに?」

 

案の定今までは避けられていたらしい。

神経を逆撫でする答えにさらに怒りが燃える。一度目を瞑ることでそれをなんとか鎮めさらに疑問をぶつけた。

 

「君がうちに来ても来なくても、ぼくは毎日ここに来てる。避けてたのはついでというか…」

 

「ついで⁉︎昼寝のついでに避けてたんですか⁉︎」

 

だめだこの人。

せっかく怒りを抑えても燃料を注ぎ続けるから焼け石に水にしかならない。叫ぶのに疲れて息が荒くなってきた。

 

大体マイペースすぎるのだこの人は。

今日も、この間も、この人のペース私は振り回されている。それなのに当の本人は私を眼中に入れていない。

一向に目を合わせようとしない倫也お兄様の顔をつかんて引き寄せる。こんなときでも顔がいいのがなんだか気にくわない。ぐにぐにとほおを引っ張ると面白いように表情が変わった。

 

「…ひゃひひへんほ?」

 

「なんて言ってるかわかりませんよ?」

 

そう返すと倫也お兄様は諦めたようにされるがままになった。その顔を見てなんとなくつまらなくなって私もほおから手を離した。

その代わりに両手を腰について諭すように言った。

 

「倫也お兄様は人との距離を空けすぎです。友達できませんよ」

 

「…君は近すぎると思うけど」

 

「それですよ」

 

私の脈絡のない言葉に倫也お兄様はきょとんとした顔でこちらを見たので久しぶりに目が合った。

 

「『君』ってなんですか。ちゃんと名前で呼んでください」

 

「えぇ…」

 

倫也お兄様が嫌そうな声を漏らしたのを気にせず続ける。

 

「私たちは親戚ですよ?名前で呼ばない方がむしろおかしいでしょう」

 

「それはそうだけど…」

 

「名前を呼ぶだけなのになにをそんなにためらうことがあるんですか」

 

私が尋ねるても倫也お兄様は静かに目を逸らして何も言わない。草花が揺れる音を聞きながら次の言葉を待っていると観念したように口を開いた。

 

「……名前、なんだっけ」

 

「は?」

 

私はキレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらり、と。

幽鬼のように影が揺れる。

俯いた顔は見えないが尋常ではないその怒りははっきりと視認できてしまう。この眼──『第三の眼』は不便なことにオンオフの切り替えができない。範囲を絞ることはできるがこの距離ではそれも意味がない。

 

全身の毛穴から嫌な汗が吹き出す。頭の中ではけたたましく警鐘が鳴っているのにうまく体が動かない。さして空いていなかった距離はすぐに縮まって太陽を背にした影が座っているぼくを見下ろした。

そのとき、違和感に気がついた。

 

風が吹いていた。

さっきまではそよ風程度だったのが強風と言ってもいいくらいには強くなっている。ただ違和感はそれだけではない。

 

(この風…まさか)

 

風は目の前の彼女から漏れ出た干渉力によって引き起こされていた。

ぼくはこれを知っている。

深雪とけんかしたとき、深雪が不機嫌になったとき、似たような光景を何度も見た。

 

干渉力の暴発。

干渉力が高い魔法師は精神が揺らぐと無意識に魔法のような事象を起こすことがある。深雪はなにか機嫌を損ねる度に軽い吹雪を起こすから双子の弟としては手を焼いたものだ。

ただ今回の場合はそんなかんしゃくがかわいく思える。なにしろぼくに対する明確な害意をはらんでいる。

 

(生きてられるかな…)

 

瞬間突風に体をさらわれた。

最後に見えた顔はそれまでの豊かな表情が嘘のような真顔だった。

 

 

 

 

「改めまして、黒羽亜夜子です」

 

「…せめて横にならせて」

 

「却下です」

 

ぼくの懇願は無情にも切り捨てられた。

あれから小一時間地面を転がされたぼくはだいぶグロッキーになっていた。にも関わらず現在ぼろぼろの状態で正座を強いられている。

 

「復唱してください。あ・や・こ、はい」

 

「あやこ」

 

もはや節をつけることすらもだるい。胃の中のものは消化されきっているらしくただ漠然とした気持ち悪さだけがあった。

目の前の彼女──もとい亜夜子は鼻息荒く腕を組んでいる。

 

「人の名前を覚えないのはさすがに人間性を疑いますよ?」

 

「起きがけに一回言われただけだし…」

 

「言い訳しないでください」

 

「…」

 

もうなにも言うまい。

というかなにか言う元気もなかった。その後も長い説教を吐き気と戦いながら聞き流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから亜夜子は我が家に来る度ぼくに会いに来るようになった。

ぼくは何かにつけて毎回叱られた。亜夜子曰くぼくの言動は人を怒らせやすいらしい。「そこまでいくともうコミュ障」だそうだ。

時には弟の文弥を連れてくることもあった。文弥は亜夜子とは違って控えめで最初はよそよそしかったが少しずつ自然体で接してくれるようになった。

 

亜夜子は火のような人だった。

燃えるように感情豊かで、ずっと見ていると不思議と心が凪いだ。余計なことを何も考えずにいられる亜夜子との時間は楽だった。

 

 

 

 

普段の野原とは打って変わって鬱蒼とした林の中をぼくは歩いていた。舗装はされておらず木の根が一帯に張り巡らされている。断続的に差す木漏れ日に目を細めながら30分ほど歩くと目的地に着いた。

 

たどり着いたのは切り立った崖の上である。

あと数歩というところで地面は途切れていて眼下には木が密集して見渡す限り一面の緑が広がっている。その景色を一通り眺めた後、砂利の中から手頃な石を手に取る。そして大きく振りかぶってそれを断崖絶壁から投げ下ろした。

石は重力に従って森に吸い込まれていった。石は雄大な自然に対して小さすぎて葉を散らす音は聞こえなかった。なんとなくあてが外れたように感じて手持ち無沙汰にまた景色を眺めていると、人の気配が近づいてくるのを感知した。

 

振り返れば亜夜子の姿が視界に入った。亜夜子はぼくを見つけると眉根をよせて近づいてきて、その途中で血相を変えた。

 

「──なにしてるんですか!」

 

手を掴まれて荒々しく引っ張られる。倒れそうになってたたらを踏んだもののなんとかこらえて立て直した。文句の一つでも言おうと亜夜子を見れば尋常でなく怒っていた。

 

「…今、何をするつもりだったんですか」

 

なんのことかと一瞬首を捻ったがよく考えれば自分はさっき崖の結構ギリギリのところに立っていた。もしかしたらそういうことをしようとしているように見えたかもしれない。

 

「ぼくにそんなことする勇気はないよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

思ったことをそのまま口にすると亜夜子は胡散臭そうな目でこちらを睨んできた。…亜夜子はぼくが簡単に身投げするような人間だと思っているのだろうか。

とりあえずそれは置いておいて今一番気になっていることを聞いてみた。

 

「なんでぼくがここに居ると?」

 

ぼくは今日誰にも言わず、初めてこの場所に来た。誰かがつけてくる気配もなかったのでここに居ることは知られるはずがないのだが。

 

「達也お兄様に力を貸していただきましたわ」

 

「ずるっ」

 

なんでもないことのように亜夜子は言った。

正直それは反則だと思うのだ。兄さんのあの眼にかかればどこへ行こうがバレるのだから隠れる意味がない。せっかくの努力が水の泡だ。

亜夜子はまだ不機嫌そうにしながらまた質問をしてきた。

 

「それで、何がありましたの?」

 

「なんで何かあったと思うのさ?」

 

そう問い返すと亜夜子は鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「倫也お兄様はいつも野原か離れにしかいないでしょう。いつも来ないここにいる時点で私を避けているのは明白ですし、それに」

 

そこで言葉を区切ると亜夜子はジトっとした目で詰め寄ってきた。

 

「倫也お兄様はいつも寝てるでしょう。私が訪ねた時一度も起きてたことありませんわよ」

 

結構衝撃的な事実だった。

一回くらい起きてたような記憶があるのだが気のせいだっただろうか。

 

「…一回も?」

 

「一回も、です。それが初めて起きてたかと思えば人目につかない崖の上に立っていたらなにかあったと思うでしょう」

 

「なんか…ごめん」

 

「今更ですわね!」

 

流石に罪悪感が勝ったので謝ると火に油だったらしく亜夜子は荒ぶった。

ちなみに亜夜子は社交の場に出るようになってから口調を変えた。いきなり絵に描いたようなお嬢様口調を使いだしたのを見て珍しく爆笑したらすぐに叩きのめされたのは記憶に新しい。

 

亜夜子は怒りを吐き出すように深いため息をついてから落ち着いた様子で言った。

 

「日課の昼寝をしなくなるほど何を悩んでいたんですか?…というかあからさまに私を避けて、何を隠していますか?」

 

「…」

 

別にも隠すつもりはなかった。ぼくの中に話さないという選択肢はなくてただ少し考えをまとめる時間が欲しかっただけだ。結果としてはすぐに見つかってそんな時間はなかったわけだが。

 

「…もうすぐ初仕事らしいね」

 

「ええ、今日は当主様から直々に詳細を伺いに来ました。…それが?」

 

亜夜子は頷いて続きを促した。特に何もひっかかった様子もないのを見てさっき石を投げた時と同じ、淡い期待が砕かれたような感じがした。

 

「亜夜子は不思議に思わないの?なんで自分みたいな子供がそんな仕事をするのかって」

 

「それは…」

 

反応を見るに心当たりはあるようだった。

 

「諜報って要はスパイみたいなものだろう。当然危険が伴うし無断で建物に入ろうものなら世間一般では罪に問われる。そんな仕事を子煩悩の貢さんでさえ心配はしても止めようとはしないんだ」

 

「…」

 

何も言わない亜夜子にぼくは背を向けた。目の前には不変の自然が広がっている。

 

「狂気だよ。ぼくも、君も、四葉の人間はみんなどこか狂ってる」

 

こういうのを洗脳教育と言うのだろう。とはいえ罪を犯した時点でそれを言っても手遅れだ。ぼくとてやっていることが公になればしょっぴかれるのは間違いないのだから。

…そろそろ本題に入ろう。

 

「ぼくは君に魔法を教えたのは結果的に間違いだったんじゃないかと思うんだ」

 

「…どういう意味です?」

 

背後からかけられた声に振り返ることはしない。今は亜夜子の顔を見たくなかった。自分の顔を見られたくもなかった。

 

「ぼくが亜夜子を助けなかったら、亜夜子は魔法がうまく使えないままで危険な仕事なんてしないでよかったかもしれない」

 

告解室で過ちを打ち明けるような気分で言葉を綴った。

少し思考が飛躍しすぎているという自覚はある。今でもあの時は亜夜子のためにできることをやったと思っている。でももしこの先亜夜子が仕事をする中でなにかあったらと考えるとどうしても不安が拭えないのだ。

ぼくが心の内を吐露している間亜夜子は何も言わなかった。

 

「ぼくは…間違ってたのかな」

 

痺れを切らして問いかける。

許しを乞うような情けない声が出た。謝りながらもぼくはみっともなく亜夜子に縋っていた。ぼくを肯定して欲しいと、ずっと今の心地良い関係に浸っていたいと、そう思っていた。

『第三の眼』には色々な色が混じった感情が見えていて亜夜子が何を考えているのかわからない。

そのとき砂利を踏みしめる音が聞こえて、振り向くと亜夜子はすぐ後ろにいた。

 

「おばか」

 

ぽかりと頭を殴られた。

うまく意図を読み取れず亜夜子を窺うとその表情は柔らかだった。仕方ない奴だというように呆れながら笑っている。

 

「色々言いたいことはありますが…倫也お兄様の心配はお門違いです」

 

そう言いながらぼくの頭ぶったところを撫でた。

 

「倫也お兄様が私を助けてくれなくても私はどうにかして仕事をやったと思います。それで半端な魔法しか使えず痛い目に遭ったらそれこそ目も当てられませんから、倫也お兄様は間違いなく私を救ってくれましたよ」

 

お嬢様口調は元の敬語に戻っていた。亜夜子は幼い子を寝かしつけるように優しくぼくの頭を叩いた。

 

「…やらないって選択肢は、無いの?」

 

「それは倫也お兄様が言った通りです。私たちは狂っていますし、第一他の生き方を知らないでしょう?」

 

曖昧な笑顔を見せる亜夜子を否定することはできなかった。狂気云々は自分が言い始めたことだし言い分に納得してしまったからだ。

そんなことを言わせてしまった自分に軽く自己嫌悪に陥っていると亜夜子の力強い声が聞こえた。

 

「大丈夫ですよ」

 

亜夜子はぼくの手を両手で包んでまっすぐ顔を見据えた。どこか安らかで、慈しむような微笑みだった。

 

「必ず帰ってきますから」

 

温かい亜夜子の掌からは狂気なんて微塵も感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて例の野原への道を歩いていた。慣れた足取りで村を抜けて森に入っていく。

 

初めてのお仕事はつつがなく終わった。考えてみれば当たり前のことではあるけれど直接戦闘はほとんどなかった。なんなら心配性のお父様もバックアップしてくれたせいで余計に拍子抜けだった。

それはともかくこれで倫也お兄様に胸を張って報告できる。早く報告して、安心させてあげなければ。倫也お兄様はお人好しな上に特殊な眼のせいで機微に敏いから色々思い詰めているように思える。

 

(でも正直心配してくれたのは嬉しかった…)

 

倫也お兄様は基本無感動で何を考えているかわからないから大切に思う気持ちは私の一方通行だと思っていた。けれど倫也さんも同じように思ってくれていたとわかって安心できた。

こういう言い方はカップルのようにも聞こえるかもしれないけど私と倫也お兄様にそれは無い。

まあ倫也お兄様は見た目は人類でも指折りの逸材ではある。でもデリカシーはないしコミュ力もない。身内にすごく優しいだけの人だ。

 

(あれ?思ったより優良物件…)

 

知り合った頃のマイナスのイメージが先行しすぎて気にしたことがなかったけどプラスなところはとことんプラスな人だ。他にも根は真面目なので初めて付き合った相手を一生大切にするぐらいの誠実さもあるだろう。どうしよう、急に倫也お兄様がかっこよく見えて──

 

(──なんて、そんな訳ないけど)

 

倫也お兄様と私は今の関係くらいがちょうどいい。

それにあの人が誰かを好きになる光景が思い浮かばない。そもそも恋愛云々以前に倫也お兄様は人と関わらないコミュ障である。偏見かもしれないけど恋とか愛とか知らずに人生を終えそうな気さえする。逆に好きじゃない相手に告白されても下手に想いが視える分どう対応していいかわからない、なんてこともあるかもしれない。

というかまず友達は居るのだろうか。

 

 

頭の中で暴言を吐きながら歩いていくと野原についた。倫也お兄様は私に背を向けてあぐらをかいていた。

 

「倫也お兄様!」

 

大きく呼びかけると振り向いて立ち上がった。そのまま私が歩み寄るのをじっと見ている。私が立ち止まると倫也お兄様は私を頭からつま先まで眺めた。何度も、確かめるように私を見て

 

「よかったぁ…」

 

そしてふにゃりと笑った。

 

くたびれたような、気が抜けたような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心臓が早鐘を打つ。

 

あの人に目が釘付けになる。

 

どうにも顔の熱がひかない。

 

早く、どうか早くおさまって欲しい。あの人の気が他に向いている間に。この気持ちの正体に気づかれない内に。

 

ついさっきまでそんなつもりさらさら無かったのになんで、どうしてたった一度笑顔を向けられただけでこんな──こんなの納得できない!できる訳がない!

 

私の願いとは裏腹に熱はどんどん増していく。

 

 

 

 

自分でも理解できない感情の奔流にもどかしさを抱えながらそれらをひたすら胸の奥に押しやった。

 




深雪視点を挟んで追憶編です。原作読み始めたので設定とかは間違えないよう頑張ります。


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