司波家の末弟   作:五人囃子の太鼓

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時を2592000秒吹っ飛ばした…その間の過程は吹っ飛び結果だけが残る。







遅くなって本当にすみませんでした(土下寝


閑話 弟

 

 

 

 

(あら?)

 

何気なく窓の外を見たとき、意外な人物を発見した。思わずまばたきをしてみたものの見間違いではない。その人物というのは私の双子の弟である倫也だった。ゆっくりと、ふわふわした足取りで歩いている様はどこか超然とした雰囲気を感じた。

 

珍しい、そう思った。

倫也はいわゆるインドア派で自分から外に出ることはほとんどなかった。私が誘えばついて来るので外に出るのが嫌いなわけではないはずだけれど、でもどちらかと言えば室内の方が好きなのだろうと思っていた。

 

そんな倫也が一人で外に出ている。

一体何のために外出したのか、かなり気になった。気にはなったけれど…残念なことに私はそれからすぐにピアノのレッスンがあった。行かない訳にもいかないので仕方なく後を尾けるのは断念した。

 

(まあ後でいくらでも聞けるわよね)

 

姉弟なら話す機会はいくらでもある。少なくとも昼食のときには顔を合わせるのだからそのときに聞けばいい。そう考えた私は声をかけることはしなかった。

そうして窓から離れようとしたそのとき、ふいに倫也がこちらを向いたように見えた。そしてもう一度窓の外を見たときにはその姿は消えていた。窓枠からフレームアウトしただけだと気づくのに十数秒を要した。

 

 

 

時間は流れて昼食時。

私は食堂に居た。にもかかわらず私の目の前にはたった一つの皿も用意されてはいない。これは私の意志によるものだった。

 

私は必ず倫也一緒に食事をとる。

二人一緒に食事をするのは家族なので当たり前といえばあたりまえのことではある。とは言うもののお母様はといえば体調を崩されることが多く、お部屋で一人。

 

兄は…私たちと食事をとることをしない。あるいは許されていないのかもしれなかった。というか、そもそも守護される必要がない家の中では顔を合わせることも多くない。…もっとも一緒に食べても気まずくなること必至だろう。

お父様に至っては顔を合わせる機会すらもそれほど多くないのだから日常的に食事の機会などあるはずがない。

 

したがって私たちは二人で食事をするのが常なのだった。

 

と、そういうわけで倫也が来るのを待っているのだけど……あまりにも遅い。食堂の壁にかかった時計を見れば時刻は1時を過ぎていた。

倫也は時間に余裕を持って行動するタイプの人間だ。具体的にはいつも12時過ぎには食堂にいて私を待っている。つまり控えめに言って今の状況は異常だと言える。

 

チクタクという秒針の音がやけに響く。

 

もしかして倫也は本当に消えてしまったのではないか。

あの時ただ見えなくなっただけだと思っていた倫也は本当は神隠しにでも遭ってもうこの世界のどこにもいないのではないか。そんな非現実的な思考が頭をよぎる。

 

(…さすがに考えすぎね)

 

動揺していたのか発想が飛躍しすぎた。

とはいえ倫也の身に何か起こったという線は捨てきれない。まずはだれか大人を呼ぶべきだろう。

 

一度食堂を出ようと席を立つと、同時に食堂の扉が開いて顔見知りのメイドさんが入ってきて私に粛々と歩み寄ってきた。

…何故ここに居るのだろうか。

こう言ってはなんだけれどただの使用人である彼女が私たちの付き添いもなくここに入ることは無いはずなのに…。まあ何にしても私にとってはちょうどよいタイミングだった。

 

「ねえ、倫也を知らないかしら?」

 

そう問いかければ彼女は緊張しているような少し強張った面持ちで答えた。

 

「倫也様のお姿が見当たらない──つまりは行方不明であることは存じております。…その件について当主様がお呼びです」

 

「──叔母様が?」

 

私はえも言われぬ不安に駆られた。

 

 

 

 

 

通されたのはサンルームだった。

今日は朝から雲一つない晴天で気持ちの良い陽光が部屋いっぱいに降り注いでいた。

 

「お昼も食べていないのに呼び出してしまってごめんなさいね」

 

「いえ…」

 

対面に座る叔母様は形式的な謝罪をする。

私は叔母様が苦手だ。この人はいつも全てを見通しているかのように悠然とした笑みをたたえていて、どこかぞっとする雰囲気を纏っている。

…けれど、今日は少し余裕がないように見えた。

 

「早速なのだけれど…倫也さんを最後に見たのはいつかしら?」

 

「えっと…午前中の、多分十時くらいです。外に出ていく倫也を見かけました」

 

「どこへ向かったかは分かる?」

 

「すみません、そこまでは…」

 

「そう…」

 

叔母様は一度息を入れるとまだそこそこ残っていた紅茶を飲み干してカップをソーサーに置いた。いつになくせっかちな、叔母様らしくない行動だ。

 

「話はそれだけよ。どうぞゆっくりしていってちょうだい」

 

「あ、あの!」

 

そのまま立ち上がって出て行こうとする叔母様に私は声をかけた。叔母様はその背中越しにこちらを振り向いて、首を傾げた。未だにあどけなさの抜けていない顔がそう思わせるのか仕草にまったく違和感がない。

私は続きを待っている叔母様に最も聞きたかったことを尋ねた。

 

「倫也が一人で外に出るとはどうしても思えなくて…なにかあったのではないでしょうか?」

 

私はまだ何もできていない。

弟が危ない状況にあるかもしれないのに何もわからず何もできないなんて、そんなのは嫌だ。いつも倫也に助けられることが多いけれど私だって姉なのだから倫也のためにできることをしたい。

そのためには少しでも手がかりが欲しい。そして倫也が自ら外出したことにはなにか意味があると思うのだ。

 

「…私は心当たりがないわね」

 

けれど返ってきたのは無情な答えだった。

私は閉まる扉を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

廊下を歩きながら考える。

 

糸口は絶たれてしまった。

他にどうにかして倫也にたどり着く方法はないのだろうか。考えてはみるものの、その方法は一向に思い浮かばない。

刻一刻と時間が過ぎていく。こうしている間にも倫也は危険な目に遭っているかもしれない。

 

もしも倫也が怪我をしていたら?

あるいは…考えたくはないけれど、崖のようなところから足を滑らせていたら?

この辺りは山中の森を切り拓いて村にしている。それはこの四葉本邸を隠すためであり一帯には感知を遮る魔法も張りめぐらされている。

それは逆に言えば周囲は手付かずの山ということだ。人が通ることなど想定されているはずがなく、険しく荒い道なき道があるばかり。つまりそういうことが起きる可能性は十分にある。

 

(でも、どうすれば…)

 

思考が泥沼に入りかけたその時、こちらへ歩いてくる兄に気がついた。思わず足を止める。兄の方も私を認識したようで──なぜかこちらへ歩いてきた。

 

(なんでこっちに来るの…!)

 

私は兄に苦手意識を持っている。

この人はいつも感情の読めない無表情で人間味が感じられないのだ。要するに怖い。

私が兄を避ける理由は他にもある。

 

言うまでもないことだが兄は私の兄だ。

誕生日で見れば私たちは同い年と言える。

それなのにこの人はいつも他人行儀で、使用人として、守護者として私に接してくる。周囲の人たちもそれをなんとも思わず、むしろ兄を疎ましく思っているようにさえ感じる。

それは同調圧力、と言うのだろうか。何かおかしいとは思っているけれど周りがそうしているから私も兄を避けていた。

 

(…落ち着きなさい、私)

 

そう、まだ兄が私に話しかけてくると決まった訳ではないのだから、普通にすれ違えばいいだけのこと。いつものように、自然に通り過ぎよう。

その時、ある考えが私の頭をよぎった。

 

この人ならば倫也に関する手がかりを何か知っているかもしれない。

 

倫也と兄は普通の兄弟のように親しい。

倫也は日頃からよく兄に話しかけているし空いている時間には兄の部屋──使用人として割り当てられているもので兄の待遇が良い訳ではない──に入り浸ることもしばしば。もしかすると倫也が兄と居る時間は私と同じくらいかもしれなかった。倫也が私に言っていないことを兄は知っているということもなきにしもあらずだろう。

 

とはいえ…

 

(どんなふうに声をかけたらいいのかしら…?)

 

まずはその段階だった。

妹として振る舞えるかと言われれば難しいと言わざるを得ないし、かといって命令することにはさすがに忌避感を感じてしまう。

 

「お嬢様」

 

「っ!」

 

どう話すかを考えている間に兄はすぐ近くまで来ていた。私が肩をびくりと震わせると「驚かせて申し訳ありません」と珍しく少しだけバツの悪そうな顔で謝られた。そして気が動転して二の句を継げなくなっている私に言った。

 

「自分は倫也様の居場所がわかります」

 

「!」

 

「しかし、自分は命令がない限り動くことはできません」

 

だから、と兄は私を見据えて言った。

 

 

 

「自分に『倫也様を探せ』、と命じていただけませんか」

 

「──」

 

その瞳は確かな想いの光を宿していた。

 

それを見た私は呆気に取られてしばらく固まっていた。

 

(この人、こんな目もできるのね…)

 

今の発言、言葉使いは守護者としてのそれだったけれど紛れもなく兄自身の意志だった。そこには兄として弟を心配する気持ちが確かに含まれていて。この人にも心はあるのだな、とそんなことを思った。

 

だからだろうか、今度は思ったよりも素直に言葉が出た。

 

「私も行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「…」

 

歩き始めてもうどれくらい経っただろうか。

私たちの間に会話はなく、どこまでも鬱蒼とした森の中を兄の先導に従って歩いている。

 

あの後危険だからと私を置いていこうとする兄を押して同行したはいいもののいざ二人きりとなるとやはり気まずい。

ずいぶん歩いたけれど兄が足を止める様子は見えない。ただ度々こちらを気遣うように振り向いては歩調を合わせてくれている。

それは守護者としての行動なのか、それとも兄としての行動なのか。時折見える兄の横顔からは何も読み取れない。ただこれまでにない頼もしさは感じていた。

 

歩き始めて二時間は過ぎただろうか。

夕方というほどの時間ではないけれど日は少しずつ傾いていた。かなり疲れが溜まった体に鞭を打って歩き続ける。兄がこちらを振り返る回数が多くなっていたのには気づいているがついてくると言ったのは私なのだから足手まといになる気はない。なにより倫也の無事をこの目で確かめるまでは帰れない。

 

「もうすぐそこです」

 

「………!」

 

励ましかと思って聞き流した言葉はすぐに事実だったとわかった。

森の中で木の生えていない少しだけ開けた場所があってそこに倒れる人影があった。

 

「倫也!」

 

走り寄って倫也の側にかがみ込む。

 

息は…ある。

目立った外傷もない。

どうやら最悪の事態は起こっていないようだった。

 

(というか…)

 

心なしかずいぶんと安らかな顔をしているように見えた。

 

「むにゃ…」

 

 

散々心配した弟は森のど真ん中で熟睡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがあったのよ」

 

話し終えた私は紅茶を口にする。

今日も我が家に訪れた亜夜子ちゃんとお茶をしていた。

 

「なんというか…倫也お兄様らしいですね」

 

亜夜子ちゃんはどこか呆れたようにそう言った。

 

…正直私は倫也らしくないと思うのだけれど、この印象の差はなんだろう。倫也は亜夜子ちゃんに一体どういう接し方をしているのだろうか。

 

「それはそうと…そもそも倫也お兄様はどうしてそんなところに居たんですか?」

 

「本人が言うには眼のせいだそうよ」

 

「眼?」

 

首を傾げる亜夜子ちゃん。

倫也は説明していなかったらしい。頭にクエスチョンマークを浮かばせている亜夜子ちゃんに私は説明する。

 

「倫也の眼は人の心が見えるのよ」

 

「心が…?」

 

「そう、いわゆる霊子放射光過敏症に近いらしいの。人の心が光として見えるらしいわ。目を閉じていても見えるから落ち着かないみたい」

 

倫也曰く夜は電灯がいくつもついているような状態ですぐには寝付けないそうだ。

また、人の心を覗く、というのは倫也的には忌避感があるようなのだ。私は人の心を読めれば便利だと思うのだけれど…

 

「まあそれ以来倫也が家の外に出るときはあの場所って決められたのよ。それからは毎日のようにあの場所に居るわ」

 

「本当についでに避けられていたんですね、私…」

 

亜夜子ちゃんはお人形さんのような顔を引き攣らせた。

これは多分この間愚痴っていた倫也が亜夜子ちゃんを避けていた理由のことを言っているのだろう。

 

…やっぱり私の中の倫也と亜夜子ちゃんの倫也像には大きな差を感じる。

 

亜夜子ちゃんは一体倫也をどんな風に見ているのだろう?

 

 

 





なんか一場面が異様に短いのはなんでだろう…?


遅くなってすみません。一月は塾と学校の合計で三回テストがありました。
今月も期末なのであと一回投稿できるかどうかといったところです。


補足・解説
・『精霊の眼』
実は一度視認した相手は国内のどこにいても見つけ出せるという能力も持っている。倫也を発見したのもこれ。

・倫也の『天使の眼』
人の表層の感情を読みとれる(具体的な思考や深層心理は無理)ため、霊子が見えているとされる。オンオフの切り替えができず常時発動している。霊子放射光過敏症の上位互換とも言える。

・倫也の真意
山に入ったのは本当に眼だけが理由なのか…


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