司波家の末弟   作:五人囃子の太鼓

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遅くなってすみません。

感想等とても励みになっています。ありがとうございます。


追憶編  Dramaturgie
追憶編1


 

 

 

 

なんとなく居心地が悪い。

沈黙の中で私はそんなことを考えていた。

 

私は家族旅行で沖縄に来ている。

もちろんそれ自体は楽しみにしている。普段から私たちに対してよそよそしいお父様は別として、お母様は体調を崩しがちなので旅行というのが滅多にないことなのだ。私にとってこの旅は間違いなく楽しいものになるはずだった。

けれど同時に息苦しくもあった。

 

「…」

 

「…」

 

その理由が今このときも互いに沈黙を貫いているお母様と倫也だ。

 

お母様と倫也は仲が悪い。

いや、倫也がお母様に対して反発していると言った方が正確だろうか。

 

倫也は別段反抗期や思春期という訳ではない。

そういったことに関係なく倫也は単純にお母様を嫌っているのだ。そしてその要因はひとえにお母様の兄への扱いに尽きる。

お母様に限らず我が家の人は兄を使用人としてしか見ていないし、現にそういう対応をしている。兄は私と倫也のガーディアンであって私たちと同列にされることはない。そして倫也は他の誰よりもお母様がそれを容認し、実行していることにたまらなく怒りを感じているのだ。

 

今も…ちょうど兄が全員の荷物を背負ってこちらへ来るのを見て倫也は兄の方へ小走りで近づき、自分の分の荷物を受け取って自分で背負った。かたやお母様は兄を一瞥しただけで空港の出口へ歩いていく。

 

そして…迷った挙句にお母様の後を追いかけるのが私。

追いかけながら何度も後ろを振り返るのが私。

 

多分家族としての在り方は倫也が正しいのだろうとわかってはいる。けれど私には倫也ほどの勇気はなかった。

私はお母様も倫也も家族として大切に思っているし、兄のことも今はそれほど苦手ではない。だからこそこれ以上家族が歪むのが怖かった。

 

そんな私を倫也は責めることはしない。

 

そのことが私を惨めな気持ちにさせた。

倫也と自分を比べるとまるで自分が兄のことを家族と思っていない、冷血人間のように思えてしまう。

 

(せっかくの旅行なのに…)

 

わたしの沖縄旅行は鬱屈とした気分で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、奥様。それに深雪さんと倫也君、達也君も」

 

これからしばらく泊まることになる別荘に到着するとお母様のガーディアンである桜井穂波さんが出迎えてくれた。

桜井さんは調整体魔法師でお母様を護衛するのはもちろん家事もできるとい非の打ちどころのないガーディアンだ。

そして我が家で数少ない兄をちゃんと私たちの兄として扱う人でもある。先程の挨拶からもそれはよくわかる。

 

…さっきのことがあったからか胸にちくりと痛みを感じてしまう。

 

(…こんな気持ちのままじゃいけないわね)

 

せっかくの旅行なのだからもっとテンションを上げないともったいない。どうにかして気持ちを切り替えないと。

 

「お母様、少し歩いてきます」

 

「…僕も」

 

気持ちのいい潮風を感じながら海辺を散歩すれば心機一転できるだろう。そう考えてお母様に声をかけると最初に応えたのは倫也だった。それに次いでお母様からも返事があった。

 

「それなら達也を連れてお行きなさい」

 

正直に言えば嬉しくない提案だった。今は一人になりたい気分だったから。けれど余計な心配をかけるのは本意ではない。

 

「わかりました」

 

背後から二人分の足音がついてくるのを感じながら私は別荘を出た。

 

 

 

 

 

歩き始めても誰も話さなかった。

私だけではなく後ろを歩く倫也と兄の間にも言葉が交わされることはない。こんな時でも倫也くらいは私か兄かになにかしら話題を振ってくるものだけれど、今日はそれもない。

 

もしかして気を遣わせているのだろうか。

倫也はあの眼を持っているしそういうことをする人間だ。

 

そう考えると今度は不甲斐なさがこみ上げてきた。

昔から、倫也にお世話されている節はあった。

倫也は私よりもよほど人として完成されている。気が利いて他人に優しく、芯が通っていて正しい行動ができる。完全無欠と言ってもいい。

 

なぜ私は姉なのだろう。

いっそのこと私が妹なら、こんな劣等感を抱くこともなかったのに。

 

 

「深雪、前!」

 

不意に倫也の鋭い声とともに後ろに腕を引かれた。

その直後に前方からドシンと衝撃を受けて私は兄の方へ倒れ込んだ。突然のことに一瞬混乱したものの、すぐにぶつかられたのだと気がついた。

今のは明らかに兄が私の手を引いてから衝突した。つまり相手がわざとぶつかってきたということだ。

 

むっとしつつも顔を上げてみれば軍服を着崩した黒い肌の大男が立っていた。いわゆる「取り残された血統」だ。その後ろには同じような格好をした人が二人、気味の悪い笑みを浮かべている。

 

身の危険を感じて思わず一歩後ずさったそのとき、二つの背中が私の視界を塞いだ。

言わずもがな倫也と兄だった。

 

「着いて早々迷惑な…」

 

そんなふうにぼやいて倫也は携帯端末型のCADを取り出した。天下の往来で一切の迷いなく魔法を使おうとする倫也に例の三人組の男達もぎょっとしたような顔を浮かべている。

そしてCADが起動する直前、兄が手で倫也を制した。

 

「…兄さん?」

 

「俺一人で大丈夫だ」

 

「えぇ…」

 

それを聞いて倫也は顔や声から不満を滲ませて兄の方を見た。

 

「わざわざ魔法を使って騒ぎを大きくする必要はないだろう?」

 

「…わかったよ、兄さんに任せる」

 

そんなやりとりで倫也は納得したようで一歩下がって私に並んで立った。

 

事態についていけず固まりながらも、私は倫也に微かな羨望を抱いていた。

私に対しては敬語を崩さず、使用人としての距離を保つ兄が倫也との会話の中で見せる「兄」としての一面。それを向けられる倫也に対する羨望だった。

 

私がそんなことを考えている間に男達は平静さを取り戻したらしかった。

 

「…フン、かっこいいじゃねぇか、兄ちゃん。けどお前に用は無ぇんだ。怪我したくなきゃ大人しくどきな」

 

三人分の嘲笑が兄に浴びせられる。

それでもなお、兄は一歩も退かずに私と男達の間に立っていた。

 

「…痛い目に遭わなきゃわかんねぇらしいなぁ!」

 

とうとう男の腕が振り上げられる。

 

「…っ!」

 

私は本能のままに目を閉じ、身を固くした。

 

けれど、いつまで経っても衝撃はこなかった。

 

 

恐る恐る目を開けると男の驚きの表情と、そして両の足で力強く立つ兄の後ろ姿。

 

兄は初めに立っていた位置から一歩も下がることなく、相手の拳を正面から受け止めていた。一瞬魔法かと思ったものの、それなら私が気がつかないはずがない。

 

「面白い…単なる悪ふざけのつもりだったんだが…」

 

「悪ふざけって自覚はあったんだ…」

 

呆れたような倫也とは裏腹に私はまだ男に対する恐怖が拭いきれず、それどころか増していた。それは先の一言を口にしながら男が両拳を胸の前に構えたからだ。相手をその気にさせてしまったということは私にもわかった。

 

「いいのか?この先はお互い洒落じゃすまないぞ」

 

兄の煽りともとれる発言に私はひやひやしながら見守ることしかできない。倫也が余裕を崩す様子がないから多分大丈夫なのだろうけど…

 

「ガキにしちゃ気合いの入った台詞を吐くもんだ、な!」

 

そうこうしているうちに男の拳が兄めがけて振り下ろされる。

そこからは何が起きたのか見えなかった。

 

兄が男の懐に踏み込んだことと、男に一撃入れたことだけが兄の体勢からわかった。殴られたであろう男は肩を押さえて咳き込み、うずくまっている。

 

「帰りましょう」

 

その言葉が私に向けられたものだと気づく前に兄は私の手を引いて足早に歩き始めた。後ろからは倫也も小走りでついてきている。

 

 

しばらくいくと兄は手を離して歩調を戻した。

 

「あの…ありがとうございます」

 

お礼を言うと兄はいつも通りの澄ました顔で答えた。

 

「いえ、当たり前のことですので」

 

あまりにもそっけない答え。

それは果たしてどのような意図をはらんでいるのだろう。

 

兄として?

 

それとも…ガーディアンとして?

 

兄の顔はもう見えない。

 

 

 





本当はパーティーまで書くつもりでしたがグダりそうなので次回にします。


解説・補足
・原作より達也に苦手意識がない深雪
前話などから達也にも人間味があることをわかっているためそこまで苦手ではない。ただ、達也の倫也に対する扱いと自分に対する扱いに差を感じている。

・思い悩む深雪
思春期だからね、仕方ないね。

感想、評価等よろしくお願いします。

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