待ってくれていた方はお待たせしました(焼き土下座)。
2023/06/03、一部編集しました。
旅行に来てまで親戚主催のパーティーに参加するのもいかがなものかと思うのだ。
別にその親戚は沖縄に住んでいるわけでもないしなんなら結構頻繁に顔を合わせる方だ。この旅行も一応は家族水入らずという形なんだからもう少し気を遣ってもいいだろうに。
…「家族水入らず」。
自然と頭に浮かんでいた言葉を反芻して思わず小さく笑う。我ながら酷いジョークだ。
そうしてしばらくベッドに寝転がっていると扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。準備は…できていますね」
入ってきたのは穂波さんだった。時計を横目で見ると予定の出発時刻まではまだ30分ほど時間がある。体を起こして大きなのびとをすると穂波さんは苦笑いした。
「もう、またごろごろして…せっかくの着替えたのが台無しになってしまいますよ?」
そう諭すと穂波さんはこちらに歩み寄り、僕の着ているスーツに手をかけて装いを正し始めた。最近成長期に入ったらしい僕の背丈だが穂波さんよりはまだ低い。
「倫也君ももう中学生なんですから、もう少し身だしなみに気を使うべきですよ?」
「そうは言っても学校以外で家から出ることなんてほとんどないですし…周りからどう見られるかなんて正直どうでもいいですし」
これは人の心が視える僕だからこそ余計にそう思うのかもしれない。人間見た目じゃないというのはまったく金言で、外面というものは得てしてあてにならないものだ。
「もう…はい、これでいいですね」
服から手を離した穂波さんは一歩下がると僕を頭からつま先まで眺めてから頷いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。……奥様と私はついていくことができませんから、色々大変でしょうが…」
「…ええ、わかってます」
今日のパーティー、本来なら穂波さんもあいつの護衛として来てくれるはずだったのだが肝心の当人が体調を崩してしまい穂波さんはその看病に残ることになった。つまり───
「…気が重いですか?三人だけだと」
「…そう見えましたか?」
「それはもう」
どうやらよほど顔に出ていたらしかった。それ以上何も聞けず黙っていると穂波さんが口を開いた。
「くれぐれも会場では周りの人に気取られないように注意して───というのは今はいいとして……ひとまず吐き出してみてはどうですか?私でよければ、ですが」
「…」
なんだか気疲れしてしまってまたベッドに腰かける。重い体が低反発のスプリングにどこまでも沈み込まれるように感じた。
「……どうすればいいか、わからないんです」
兄さんと深雪の関係はいずれ解決すると思う。お互いが線引きをしてしまっているだけでそれを取り払いたいという意志が深雪にある。何かきっかけがあれば普通の兄妹になれるはずだ。だが僕と深雪の間ではそうではない。
深雪が僕に抱いている感情は劣等感だ。それは比較対象である僕という人間が存在する限り消えることがない。つまり深雪を苦しめているのは他でもない、僕自身で──そんな現実と向き合う度、底なし沼に浸かっているような感覚に襲われるのだ。
「倫也君は自分が深雪さんより優れていると思いますか?」
「いえ…というかそれ自体深雪の勘違いというか」
即座に首を横に振った。深雪は成績優秀だし魔法師としての能力も正しく天才と言える。それどころかコミュニケーション能力なんかは僕よりも高くて交友関係も広いからむしろ深雪に分がある。
穂波さんは僕の答えに少しだけ満足そうに「そうです」と頷いた。
「客観的な事実として深雪さんが倫也君に明確に劣っているところはありません。全て深雪さんの妄想に過ぎないのです」
しばらく間をおいてから穂波さんは問いを重ねた。
「では何故深雪さんがそのように自分を過小評価しているのか、わかりますか?」
新たに投げかけられたそれを今度はじっくりと吟味する。深雪が自分より僕の方が優れているという結論に達した、その理由。少なくとも深雪から見た、僕の美点と言える所。僕にあって深雪にないもの。言いかえれば僕と深雪の差異…。
答えが出ないと見たのか穂波さんは正解を教えてくれた。
「…達也君との接し方、です」
突きつけられたのは容赦のない現実だった。
「っ…それは……仕方ないことなんです」
僕はこの眼があって、深雪にはない。そこに優劣はないけれど大きな差はある。深雪の環境からすれば今の関係になっているのも無理からぬことで───
「その是非は今はおいておきましょう」
「順を追って説明しますね」と穂波さんは続けた。
「深雪さんは達也君を自分のお兄さんとして受け入れたいと思っています。けれど、達也君が自分を受け入れてくれるのか、そもそも奥様の───ひいては本家の意向に逆らってしまうのではないか。そう考えるとあと一歩が踏み出せない。
だからこそ、周りの目を気にせず兄弟として達也君と接する倫也君に引け目を感じているのです」
さも見てきたようにすらすらと深雪の心中を明かしていく穂波さんは僕の理解を超えていた。どうしてそうも深く他者を理解できるのか。特別な力は備わっていないはずの目で、この人には一体何を見ているのだろう。
「少し遠回りになりましたが、私が言いたいのは倫也君は下手に手を出すべきではないということです。これは深雪さん自身が自分から変わろうとしなければ解決しません。自分を変えるのは容易なことではありませんが、当人以外がそれをするのはもっと難しいですから」
「たとえ心が読めたとしても、です」と穂波さんは締め括った。…確かに今まで自分なりに行動した結果、現状は変わっていない。干渉しないという選択肢しか、僕にはないのかもしれない。それでも───
「…不可能だ、とは言わないんですね」
「……ええ。あまりに抽象的であやふやな、手段とも呼べないものが一つ」
穂波さんが初めて言葉に詰まった。何か逡巡している様子で───しかしそれも一瞬だった。
「感情というものは時に理屈を外れます。それこそ心を塗りつぶすほどに」
やけに神妙な顔を隠そうともしない。身構えつつも目で続きを促すと穂波さんは数秒瞑目した後やっと口を開いた。
「愛ですよ。
愛は、人を変えます」
ほとんど呟くように言った穂波さんはどこか焦点の合わない瞳で僕を見つめていた。
「…以前何かあったんですか?」
その言葉に含まれていた複雑な色を視ると流石に尋ねざるを得なかった。
「倫也君の言うように私個人としては良い思い出がありませんが……それでもそういう力があるのは確かです」
そう言って曖昧な笑みを浮かべた彼女にはそれ以上を語る気はないらしかった。
パーティーが誰にとっても楽しいものかと問われたらそれは否だと思う。むしろ心から楽しめる人間の方が少ないのではないだろうか。会場に入ると目に飛び込んでくる参加者達の上っ面だけの笑顔。誰もが腹の底で何かしらの思惑を抱いている。これで楽しめというのが土台無理な話だ。
さて、面倒なことにパーティーのゲストというものはホストに挨拶をしなければならない。普段ならそんなのは母のやることではないのだが今回僕たちは一応その代理として来ている。よって今回の主催者である黒羽貢さんに挨拶にいく必要があるのだが…何分あの人の話は長い。
特に子供の話が。
自分の子供をほとんど歳の変わらない子供に自慢して何が楽しいのやら。そういうのは親同士でやってほしい。まあ見たところまだ他の参加者との話していて忙しそうなので挨拶はもう少ししてからのほうがいいだろうか。
「倫也兄さん!」
「───こんばんは、文弥」
まったく息つく暇もない。そんな思いが顔に出ないように気を付けながら駆けてきた文弥を迎える。文弥は純粋にこのパーティーを楽しんでいるようで相変わらず子犬のようにピュアで可愛らしい。願わくばいつまでもこのままでいてほしいものだ。
「倫也お兄様、それに達也兄さんと深雪姉さんも、こんばんは」
「……こんばんは」
文弥の頭を髪形を崩さない程度になでてやっているとゆったりとした声がかけられた。声の主───亜夜子は文弥とは対照的に落ち着いた様子でこちらに歩み寄ってくると自然な動作で僕から文弥を引き離した。文弥が不満そうに亜夜子を見たが当人は素知らぬ顔だ。
「久しぶり…というほどでもありませんか」
「…そうだな」
愛想のつまった表情は他の参加者たちと同じ、貼り付けたような笑みだ。確かにこの場ではそれが正しい処世術なのだろうが…なんというか、やりにくい。
「やあ、深雪ちゃんに倫也君。よく来たね」
そうこうしているうちに貢さんもこちらに顔を出しに来た。あと数時間もこんなところにいなければいけないと考えると早くも気が重くなった。
「ん…」
眩しい。
それは固く目を閉じても、顔を背けても意味を為さないほどの輝きだった。どうにかしてそれを視界から外そうとひたすらに身を捩る。もがいているうちに少しずつ意識がはっきりしてきて、自分が横になっていることに気づく。
……寝ていたらしい。
それを理解するとそれまでの行動が思い出された。確か会場から抜け出して庭園にあったベンチに腰かけて───そのままうとうとしてしまったのだろう。ともかくあまり時間が経ってないといいが…。
目を開けると赤みがかった瞳がこちらをじっと覗き込んでいた。
「…」
「あら、もうお目覚めですか」
亜夜子の顔が目の前にあった。
「…何してるんだ」
「見ての通りですが」
悪びれもせず亜夜子はそう答えた。
僕を膝枕した状態で、だ。
「…どれくらい寝てた?」
「私が見ていた限りでは二十分くらいですね。見つけるまでの時間を含めても三十分ほどかと」
体を起こして尋ねるとそれほど時間は経っていないらしい。とはいえ早いところ戻った方がいいのは確かだろう。
「何かありましたか?」
会場に戻ろうと歩き出すとそんなことを言われる。やけにふわっとした質問だ。
「何かって?」
「せっかくの旅行を楽しめていない様子でしたので、何かあったのかと」
「まあ大方見当はつきますが」と亜夜子はこちらを流し目に窺ってくる。
こういうところが苦手なのだ。話していると自分の思考回路を覗かれているように思えてなんというか、やりにくい。自分だっていつも他人の心を覗いているだろうと言われればそれまでだが。
「亜夜子には関係ない」
「…」
「僕のことは気にしなくていい」
これは我が家の問題であって亜夜子が首を突っ込む必要はない。そもそも旅行だから嫌でも顔を合わせなければいけなかっただけで仲が険悪なのはいつものことだし、この程度で気疲れするようなメンタルは持ち合わせていない。
───ふと数歩後ろから聞こえていた足音が止んだことに気づく。
亜夜子は少し離れたところで立ち止まっていた。普段と変わらぬ淑女然とした立ち姿ではあるものの、笑みを消して真っ直ぐに僕を見つめている。
「私、眠っている倫也お兄様はあまり見たくないのです」
しばらくの沈黙の後、亜夜子はそう切り出した。
「昔は倫也お兄様がなぜお昼寝をするのか疑問でした。深雪お姉様にその眼のことを聞いて、それで納得していました。でも今は…それは表向きの理由だったのではないかと思うのです」
「…」
「倫也お兄様にとってお昼寝とは現実逃避だったのではありませんか?」
いつのまにか足下に目を落としていた。姿は見えない。それでも澄んだ声は容赦なく耳に届いた。
「意識を失っていれば、全てを忘れられる。あらゆる苦悩から解放される…だから来る日も来る日も誰もいない場所で眠っていたのではありませんか?」
「…」
「だから私、思ったんです」
「…?」
顔を上げれば後ろ手を組み、少し前屈みになった亜夜子が僕の顔を覗き込むように立っていた。その表情は年相応に無邪気な笑顔で───
「寝る間も惜しくなるくらいに倫也お兄様を幸せになってほしいと───私が、そうさせたいと」
言葉よりも、仕草よりも、何よりも雄弁に訴えかけてくるその『想い』が、煌々と夜を照らした。亜夜子に何か言いたいことがある気がするのに、その輝きから目を離せない。
「だから、まずはちゃんと頼ってくれませんか?私に倫也お兄様を助けさせてください」
あんな自信に満ちたことを言ってもなお、亜夜子は律儀にもそう尋ねてくる。だけどもう、充分だ。
「───大丈夫」
「…そう、ですか」
そう言って目を伏せてしまった亜夜子にすぐに言葉を補った。
「違う、亜夜子の助けが必要ないって意味じゃない」
「え?」
亜夜子の視線に気恥しさを覚える。今から口にしようとしている言葉がどうにも気障ったらしく思えたのだ。
「あの、倫也お兄様…?」
「…笑わないでほしい」
亜夜子はそんなことをしないとは知っている。けれど気を紛らわすために言わずにはいられなかった。一度大きく息を吐いて亜夜子と目を合わせる。そして未だきょとんとしている亜夜子に言った。
「もう、大丈夫。亜夜子の気持ちだけで充分すぎるくらいだ。…ありがとう」
亜夜子はしばらく言葉を吟味していたが、突然目を見開いた。そして何かを噛みしめるように胸に手をあてて、それからどこか恥ずかしそうにくしゃりと微笑んだ。
この言葉を僕が口にする意味は当然遠慮なんかではなかった。
「…戻ろう」
「はいっ」
歩きだしてもまだ亜夜子はずっとにこにこしている。
…亜夜子から向けられる想いが何なのか、それがわからない僕ではない。そして亜夜子も僕が気づいていることに気づいている。
でも亜夜子はそれを口に出すことはしない。そこにどんな意図があるのかはわからないが、少なくともそれを僕から指摘するつもりはない。そもそも僕は今まで何人もの人間の尊厳を弄んできた。そんな僕が幸福になるべきではないし、亜夜子とも釣り合うはずがない。
隣を歩く亜夜子と目が合う。お淑やかな表情に隠しきれない喜色が滲んでいる。目が眩むほど眩しくて、暖かくて、絶えることを知らないその輝きはまるで太陽のようだった。
どうにかして原作の深雪と穂波さんみたいな絡みを作りたかったんです。そしたらこうなってたんです。文才が欲しい。
倫也と亜夜子の相関
・倫也→亜夜子
大人っぽかったり、考えていることを当てられたりで可愛げがない。それはそれとして綺麗な心の持ち主だと思っている。
・亜夜子→倫也
好き。幸せにしたい。
次回以降巻きで進めていきます。